説明

抗癌剤感受性試験方法

癌細胞の抗癌剤に対する感受性マーカー、およびを癌細胞の抗癌剤に対する感受性を予測する方法を提供する。癌細胞のガングリオシドGM3合成酵素(SAT−I)遺伝子から発現される、mRNAまたはポリペプチドが癌細胞の抗癌剤に対する感受性マーカーとなり得る。発現される、mRNAまたはポリペプチドを測定することによって癌細胞の抗癌剤に対する感受性を測定できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、癌細胞の抗癌剤に対する感受性試験方法に関するものである。さらに詳しくはガングリオシオGM3合成酵素の遺伝子の発現レベルを指標にした、抗癌剤に対する癌細胞の感受性試験に関するものである。
【背景技術】
今日、種々の癌に対して多数の抗癌剤が開発されている。抗癌剤はその効果に患者の腫瘍の特性や個人差があるため、治療効果を見ながら試行錯誤的に使用されているのが現状である。その結果、効果のない抗癌剤の投与による無駄な治療が行われる上、薬剤の副作用による苦痛を患者に与えている場合もある。化学療法開始前に、癌細胞が薬剤に対して感受性か否かの識別が可能となれば、治療方針を立てる上で非常に有益である。
最近、わが国の肺癌死が胃癌を追い越して第一位となっている(1998年度部位別癌死亡率では肺癌死亡率:17.9%)。今後もこの肺癌死亡率の増加傾向が続き、2015年では2000年死亡数の約2倍になると予測されている。肺癌に関わる医療費の低減の課題は重要である。
肺癌の診断は症状や検診で胸部X腺写真、CT、造影レントゲン、CT(コンピューター断層写真)MRI、内視鏡検査、気管支ファイバースコープ、生検組織診、細胞診、客痰細胞診などが行われる。これで肺癌であるかどうか、肺癌であるとするとどのくらい進行しているかが判定される。
具体的には肺の原発腫瘍の広がり(T)、リンパ節転移(N)、遠隔転移(N)のそれぞれについて点数をつけその組み合せでI期からIV期のステージが決められる。一般的にはI期からIII期の一部までが手術の対象となるが、それ以降の期のものは放射線と抗癌剤を使用する化学療法が主体と治療となる。
抗癌剤はとしてはシスプラチン、ビノレルビン、マイトマイシン、パクリタキセル、ドセタキセル、ゲムシタビン等が幾つかの組み合わせで使用されている。上述のように患者に副作用による苦痛のみを与え、効果のない抗癌剤の投与を避けるために癌細胞が薬剤に対して感受性か否かの識別が可能となれば、治療方針を立てる上で非常に有益である。抗癌剤が癌細胞に対して有効であるかどうかを判断するためには、マーカーとなる物質があれば非常に便利である。
ガングリオシドは、シアル酸を含むスフィンゴ糖脂質(GSL)ファミリーの総称であり、GM3はその生合成経路における最初のガングリオシド分子であるGM3はヒトを含む哺乳動物の種々の細胞に広く発現していることから、その生理機能および病態生理学的意義が注目されてきた。
ガングリオシドの発現と癌の悪性度や機能との関連については、以前より多くの研究者の興味の対象であった。癌の転移能に関して細胞膜が非常に重要な役割をもっていることが示されたのは、高転移性細胞の膜小胞を低転移性細胞の膜に融合させると、転移能の形質が転換されるというものであった(Poste,G.and Nicolson,GL.:Proc.Nat.Acad.Sci.USA,77,399−403,1980)。
ガングリオシドと細胞の癌化や腫瘍形成能に関しても多数報告されている。その中でも興味深いのは、ウイルス感染による細胞の形質転換によってガングリオシドの発現パターンが変化することである(Hakomori,S.,Murakami,WT.:Proc.Nat.Acad.Sci.USA,59,254−261,1968;Yogeeswaran,G.,Sheinin,R.,Wherrett,JR.and Murray,RK.:J.Biol.Chem.,247,5146−5148,1972)。腫瘍原性DNAウイルスであるSV40やポリオーマウイルスによる形質転換で一般にGM3などの糖鎖の短いガングリオシドが増加する。これは糖転移活性の変化による糖鎖不全あるいは単純化として理解されている。
一方、自然に形質転換した細胞、あるいはヘパトーマ細胞では糖鎖の単純化の傾向はみられていない(Dnistrian,AM.,Skipski,VP.,Barclay,M.,Essner,ES.and Stock,CC.:Biochem.Biophys.Res.Commun.,64,367−375,1975)。このようにガングリオシドと癌細胞の転移や浸潤、癌化能に関して統一された見解は見出されていない。ガングリオシドの発現と癌の悪性度や機能との関連については、以前より多くの研究者の興味の対象であるが、ガングリオシドと癌細胞の転移や浸潤、癌化能に関して統一された見解は見出されていない。
【発明の開示】
以上のことから、癌細胞の抗癌剤に対する感受性診断マーカーとして有効で、且つ一般的に応用可能な遺伝子が求められており、さらにはそのマーカーを用いた精度の高い抗癌剤感受性試験方法の開発が急がれている。
本発明者らは癌細胞の抗癌剤に対する感受性の程度により特定の遺伝子の発現量が変化することを見いだし、本発明に至った。この試験方法で患者の細胞が抗癌剤感受性かどうか容易に判定でき、患者に投与すべき抗癌剤種が選択できる可能性を見出し患者に適した抗癌剤の選択することにより副作用を低減できると考え鋭意研究を行った。
本発明者らはガングリオシド発現と癌の悪性度の関連性を新たな視点から検討することを目的として、1998年にクローニングされたガングリオシドGM3合成酵素(SAT−I)遺伝子(Ishii,A.,Ohta,M.,Watanabe,Y.,Matsuda,K.,Ishiyama,K.,Sakoe,K.,Nakamura,M.,Inokuchi,J.,Sanai,Y.and Saito,M.:J.Biol.Chem.,27,31652−31655,1998)(配列番号1)の発現レベルを種々のヒト癌細胞について調べた。その結果SAT−I遺伝子の発現レベルには個々の癌細胞で大きな差があることを発見した。本発明に用いる酵素遺伝子は、ラクトシルセラミド(LacCer)をガングリオシドGM3に合成する酵素(配列番号2)の遺伝子(GM3合成酵素(SAT−I)遺伝子)である。
さらに本発明者はGM3合成酵素遺伝子(SAT−I遺伝子)の発現レベルは癌細胞の抗癌剤に対する感受性と明らかな相関性を示すことを発見し、これらの知見に基いて本発明を完成させた。
即ち、本発明は、配列番号1のヌクレオチド配列を有するガングリオシドGM3合成酵素(SAT−I)遺伝子から発現される、癌細胞の抗癌剤感受性マーカーとして使用するSAT−ImRNAに関する。
本発明はまた、癌細胞の抗癌剤感受性マーカーとして使用する配列番号2のアミノ酸配列を有するガングリオシドGM3合成酵素(SAT−I)ポリペプチドに関する。
本発明はまた、癌細胞の抗癌剤感受性を試験する方法であって、癌細胞のガングリオシドGM3合成酵素(SAT−I)遺伝子の発現量を測定することを含む方法に関する。癌細胞の抗癌剤感受性は癌細胞のガングリオシドGM3合成酵素(SAT−I)遺伝子の発現量と相関関係があるのでSAT−I遺伝子の発現量を測定することにより癌細胞の抗癌剤感受性を測定できる。癌細胞は生物寄託センターや医用細胞保存機関より入手できる。
本発明はまた、
(1)抗癌剤に対する癌細胞の感受性と、癌細胞のガングリオシドGM3合成酵素(SAT−I)遺伝子発現量との相関関係を求めておき、
(2)患者の癌細胞のSAT−I遺伝子発現量をインビトロで測定し、
(3)(1)の相関関係と(2)の発現量から抗癌剤に対する患者の癌細胞の感受性を求める、
ことを含む抗癌剤の選定方法に関する。
【図面の簡単な説明】
図1は5種のヒト非小細胞肺癌におけるSAT−I遺伝子発現量の比較を示す電気泳動図(上)および棒グラフ(下)である。
図2は抗癌剤処理による肺癌細胞の生存率の試験結果を示す棒グラフである。
図3はヒト肺癌におけるSAT−I遺伝子発現量と抗癌剤処理による癌細胞生存率の相関関係を示す相関図である。
【発明を実施するための最良の形態】
対象となる癌種としては肺癌(非小細胞肺癌、および小細胞肺癌)、食道癌、乳癌、胃癌、肝癌、頭頸癌、大腸癌、膵癌、前立腺癌、子宮頸癌、卵巣癌、脳腫瘍、睾丸腫瘍があげられる。
患者から癌細胞を得る場合には、吸引生検、挟みとり生検、察過生検、細胞診用生検、内視鏡生検、細針吸引生検、針生検、経気管支的肺生検等の生検(バイオプシー)により、或いは、患者の排出する喀痰から、または外科手術の際に得ることができる。
SAT−I遺伝子の発現量は癌細胞の該遺伝子から発現されるSAT−ImRNAまたはSAT−Iタンパク質を測定することによっておこなうことができる。検出方法はSAT−IのmRNAあるいはタンパク質を検出、および抗癌剤感受性・耐性細胞間での発現量の比較が可能であれば特に限定されるものではない。
ガングリオシドGM3合成遺伝子の発現量は、SAT−ImRNAを、典型的にはノーザンブロット法によって測定することによって測定できる。
ノーザンブロット法は当業者に周知の技術である。ノーザンブロット法では細胞からRNA(mRNA)を抽出し、RNA(mRNA)を電気泳動して、そのパターンをフィルターに移しとり、アイソトープ等で標識した特異的な標識プローブとハイブリダイゼーションをさせることで、標本中のmRNAの存在と量を解析する。
ハイブリダイゼーションにおける検出のためのプローブとしては、二本鎖DNA、一本鎖のDNAまたはRNAが使用される。ノーザンブロット法により、mRNAを特異的に検出しようとする場合は、そのmRNA自体に相補的配列をもつ一本鎖のDNAまたはRNAをプローブとして使用する。用いるプローブの鎖長は比較的任意であり、20〜40塩基程度の合成オリゴヌクレオチドや、数百から1kbpの長さのDNAまたはRNAプローブが使用できる。合成するDNA配列は比較的短いDNAプローブの場合、検出しようとする遺伝子の特異的な配列部分を利用する。遺伝子の相同性を確認するツール(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/Blast)を用いることで検出しようとする遺伝子特有の配列を検索することが可能である。
ハイブリダイゼーションに用いるプローブの標識方法には大きく分けて放射能標識と非放射能標識の2種がある。放射能標識オリゴヌクレオチドの作製は、おもに32P標識したヌクレオチドをもとにPCR法で合成することが出来る。ただしこの方法は、放射性廃棄物処理の問題があり、簡便ではない。非放射能標識では、プローブ分子内に特殊な修飾基を付加したものを利用し、付加した修飾基を蛍光や化学発光、発色によって検出する。この非放射能標識方法を用いた核酸の検出法の検出感度も放射能標識の方法の感度も大きな差は無くなってきているので、比較的安全であり、この非放射能標識方法を使用することが望ましい。非放射能標識の例としてジゴキシゲニン(DIG)標識やビオチンと(ストレプト)アビジンを使うビオチン標識や蛍光を発するFITC(fluorescene Isothiocyanate)分子等をDNAに共有結合させて標識させる方法も適用できる。
また、非放射能標識プローブの簡便な作製法として、PCR操作時に標識ヌクレオチドを5’末端に付加する方法も利用できる。標識物質としては、ビオチンやジゴキシゲニン化が挙げられる。オリゴヌクレオチドプローブは、均一なものを比較的大量に作製できる利点があるが、感度の点で問題が残されている。プローブ末端以外の部分に標識を入れる場合、ニックトランスレーション法による標識DNAの合成方法も利用可能である。
mRNAなどのRNA分子をノーザンブロット法で検出する場合には、その検出用プローブは1本鎖である必要がある。1本鎖DNAプローブの作製にはオリゴヌクレオチドの使用、ランダムPCRなどがあるが、一本鎖プローブとしては、RNAプローブを利用する方法が感度が高く好ましい。RNAプローブはT7やSp6等のRNAポリメラーゼのプロモーター配列の上流にクローニングしてあるDNA配列を鋳型として、アンチセンスRNAを合成する。この時、標識されたヌクレオチドを基質とすることで、標識されたRNAプローブを作製することが出来る。
癌細胞を培養する培地(RPMI−1640またはDMEM,シグマ社製)には10%の子牛血清とペニシリン、ストレプトマイシン等の抗生物質が含まれている。細胞は通常、5%CO存在下のインキュベーター内で10cmディッシュに培養する。培養温度は通常37℃である。
10cmディッシュに細胞をコンフルエントになるまで培養し、PBS(リン酸緩衝食塩水(phosphate−buffered saline))で3回洗浄する。Trizol(RNA抽出用フェノール性試薬、ギゾゴ社製)を1mlを加え、室温で2分間静置した後、スクレイプして1.5mlのチューブに回収する。ピペッティングにより細胞を完全に溶解した後、室温で10分間インキュベートする。クロロホルムを200μl加え30秒間懸濁した後、2分間静置し、4℃、12,000rpmで、15分間遠心し、相分離を行う。上層を新しい1.5mlチューブに移し、等量(500μl)の冷イソプロパノールを加えて10秒間懸濁した後、10分間静置し、4℃、12,000rpmで、10分間遠心してRNAを析出させる。上清をデカントして70%エタノール−DEPC(ジエチルピロカーボネート)処理水を1ml加え、軽く懸濁して洗浄し、4℃、12,000rpmで、5分間遠心した後、デカントして塩を取り除く。このチューブをデシケータで乾燥させ、完全に水分を除去した後、DEPC処理水20μlでRNAを溶解する。保存は−80℃で行う。
全RNAはmRNAまで精製することが望ましいが全RNAのままでも分析することができる。ホルムアミドとホルマリンの溶液にいれて55℃で変性させてからホルマリン入りのアガロースゲルで電気泳動する。その後ゲルを15〜20xSSCという高塩溶液でニトロセルロースまたはナイロンフィルターにトランスファーする。全RNAがフィルターについた後、ニトロセルロースの場合は80℃で2時間くらい真空オーブンで処理し、全RNAを固定化する。ナイロン膜の場合には紫外線をしばらくあてて架橋を作るなどして固定する。次にこのフィルター上のSAT−ImRNAを同定するためにSAT−IcDNA由来のプローブを作製する。一本鎖にしたプローブとフィルターを特定の条件で接触させると相補性のあるものは結合する。ここでプローブに放射性物質でラベルしておけば結合したSAT−ImRNAだけを検出できる。ハイブリダイゼーションの条件としては5〜6xSSC、温度65℃(ホルムアミド存在下では42℃)とする。
mRNAの測定はRT−PCR法によっても行うことができる。RT−PCRは、まずRNAを逆転写酵素(reverse transcriptase)を用いてcDNAに逆転写し、次にこのcDNAを出発材料として特定のプライマーセットと耐熱性DNAポリメラーゼを用いてPCRを行い、目的のRNAの存在をそのcDNAの増幅という形で、検出定量化する方法である。
ガングリオシドGM3合成遺伝子の発現量を、該遺伝子から発現されるタンパク質を、典型的にはウエスタンブロット法を用いて測定することによって測定することができる。
細胞を6穴ディッシュに培養し、界面活性剤(1%TritonX−100)を含んだタンパク質抽出バッファー(10mMトリス−塩酸、150mM塩化ナトリウム、5mMエチレンジアミン4酢酸ナトリウム(EDTA))にて抽出し、氷上にて10分間超音波粉砕を行い、15,000rpmで、30分間遠心分離操作により上清を回収する。
ウエスタンブロット法はタンパク質をSDSを含むポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS−PAGE)で分画し、ニトロセルロースフィルターに移し、これを抗体を用いて検出する方法である。タンパク質はポリアクリルアミドゲルからニトロセルロースの薄膜のような適当なフィルターへトランスファーする。フィルターへ付着したタンパク質はSAT−Iタンパク質の抗体をプローブとすることによって同定できる。抗体検出には例えばペルオキシダーゼ結合二次抗体法を用いる。ゲルからフィルターへのトランスファーは多くの場合エレクトロブロッティングによって行う。すなわち、電気泳動によりタンパク質を展開したゲルとフィルターを密着させフィルターを陽極側にゲル側を陰極にして一定時間電流を流す。こうするとタンパク質はゲルからフィルターに転写される。数時間後この膜を取出しSAT−Iタンパク質に特異的に結合する抗体を反応させ更にその後その抗体を染め出す。
抗体を作製する方法はよく知られている。SAT−Iタンパク質またはその断片を使用して抗体を誘導する。ウサギ、ラット、およびマウスといったような動物を、例えば100μgのタンパク質およびフロイントアジュバンドを含むエマルジョンの腹腔内注射および/または皮内注射により免疫する。例えば固体表面に吸着させたタンパク質を使用するELISA検定により抗体を検出することができる。高い力価を得るためにブースター注射が例えば約2週間の間隔で数回必要である。抗体は上述の方法によるポリクローナル抗体のほかモノクローナル抗体(Harlow,E and Lane,D.(1988),Antibodies:A LABORATORY MANUAL,Cold Spring Harbor Laboratory)も用いることができる。
また蛋白質の検出法として細胞を粉砕せずに蛍光顕微鏡、レーザー顕微鏡による観察および画像処理、フローサイトメトリーによる計測、さらにエバネッセント光などを用いた検出方法が可能である。
蛍光標示式細胞分取器(fluorescene−activated cell sorter,FACS)は細胞を抗体で蛍光標識し、その蛍光強度によって細胞を分取する装置であり、本装置を用いた実験方法はフローサイトメトリーという。細胞に例えば抗GM3合成酵素を作用させ次いで抗GM3合成酵素と反応するFITC(Fluorescein isothiocyanate)標識した抗体を作用させる。この細胞をFACSにかけ蛍光強度の強さを測定することによりGM3合成酵素が高発現しているか否か判定できる。
抗癌剤は、なんら限定されるものではない。肺癌の場合、エトポシド(etoposide)、アドリアマイシン(Adriamycin)、シスプラチン(Cisplatin)、ヴィンクリスチン(Vincristin)、パクリタキセル(Paclitaxel)を含むが新規な抗癌剤が開発されればその抗癌剤に対しても適用可能である。
本診断システムによると、抗癌剤の副作用を最小限に最大の治療効果を予測することができる、個々の癌患者のテーラーメード癌治療戦略のシステムを提供できることが期待される。
以下に、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は、これら実施例によりなんら限定されるものでない。
【実施例1】
肺癌細胞のSAT−I遺伝子発現量の測定(1)
ヒト非小細胞肺癌のGM3合成酵素(SAT−I)遺伝子の発現量を比較する目的で,5種のヒト非小細胞肺癌(LCSC#1、LCSC#2、Lu99B、LK−2、A549(東北大学加齢医学研究所医用細胞資源センター(http://www.idac.tohoku.ac.jp/dep/ccr/)より入手))細胞を用いた。細胞は10%子牛血清を含むRPMI−1640培養を用いて5%CO存在下のインキュベーター内で37℃で培養した。RNAの抽出は以下のように行った。10cmディッシュに細胞をコンフルエントになるまで培養し、PBS(リン酸緩衝食塩水(phosphate−buffered saline))で3回培養した。Trizol(RNA抽出用フェノール性試薬、ギブゴ社製)を1ml加え、室温で2分間静置した後、スクレイプして1.5mlのチューブに回収した。ピペッティングにより細胞を完全に溶解した後、室温で10分間インキュベートした。クロロホルムを200μl加え30秒間懸濁した後、2分間静置し、4℃、12,000rpmで、15分間遠心し、相分離を行った。上層を新しい1.5mlチューブに移し、等量(500μl)の冷イソプロパノールを加えて10秒間懸濁した後、10分間静置し、4℃、12,000rpmで、10分間遠心してRNAを沈殿させた。上清をデカントして70%エタノール−DEPC(ジエチルピロカーボネート)処理水を1ml加え、軽く懸濁して洗浄し、4℃、12,000rpmで、5分間遠心した後、デカントして塩を取り除いた。このチューブをデシケータで乾燥させ、完全に水分を除去した後、DEPC処理水20μlでRNAを溶解した。この方法を用いて抽出したRNAについてノーザンブロット法によりSAT−I遺伝子発現量を確認した。
1細胞あたり6μgのRNAをホルムアルデヒド変性アガロースゲル中に泳動後、ナイロン膜に転写し、ジゴキシゲニン標識したヒトSAT−I遺伝子のRNAプローブをハイブリダイズさせることで各細胞のSAT−I遺伝子mRNAの発現量を確認した。
プローブは以下のようにして作製した。ヒト白血病細胞HL60のRNAを抽出し、以下の配列のプライマー:

を用いてRT−PCRを行い、プローブ用SAT−I遺伝子断片を増幅させた。pGEM−T easy(Promega社製)にライゲーションして大腸菌(XL−1 blue)にトランスフォームし、精製した。このプローブ用SAT−I遺伝子断片挿入プラスミドを制限酵素EcoO109Iを用いて切断し,T7 RNAポリメラーゼ(Roche社製)とDIG標識されたモノヌクレオチド混合液(Roche社製)を作用させ,RNAプローブを作成した(配列番号5)。
その結果、1種のSAT−I遺伝子高発現株A549、2種の中発現株LCSC#1、LCSC#2、2種の低発現株Lu99B、LK−2に分類された(図1)。泳動したRNAの量は、28Sおよび18SリボソームRNAのメチレンブルー染色により確認した。SAT−I遺伝子発現量を相対的に比較した結果、A549(腺癌)が最もSAT−I遺伝子を高発現しており、LCSC#1(腺癌)、LCSC#2(腺癌)の2種は中程度の発現量であり、Lu99B(大細胞癌)、LK−2(扁平上皮癌)の2種は低発現であった。
【実施例2】
抗癌剤感受性試験(1)
次にこれらの細胞について抗癌剤感受性(抵抗性)の検討を行った。トポイソメラーゼII阻害剤であるエトポシド、RNAポリメラーゼ阻害剤であるアドリアマイシン、微小管機能阻害剤であるヴィンクリスチンおよびDNA生合成阻害物質であるシスプラチン存在下、24時間後の各種肺癌細胞の生存率について細胞毒性測定用試薬Cell Counting Kit−8(同仁化学研究所製)を用いて測定したところ、測定したすべての薬剤においてSAT−I遺伝子発現量に依存した薬剤抵抗性を示した(図2に各薬剤処理による肺癌細胞の50%生存率(IC50値)を示した)。
5種のヒト非小細胞肺癌を96穴プラスチックプレートに1穴あたり10,000個/100μlで播種し、24時間培養後、エトポシド(1,10,100,500μM)、アドリアマイシン(0.1,1,10,50,100μM)、ヴィンクリスチン(1,10,100,500,1000μM)、シスプラチン(1,10,100,500,1000μM)を上記の濃度系列で投与した。さらに24時間培養後、細胞毒性測定用試薬Cell Counting Kit−8(同仁化学研究所製)10μlを各穴に添加し、3時間後の培地の吸光度(450nm)を測定した。結果を図2に示す、SAT−I遺伝子を高発現しているA549(腺癌)が抗癌剤エトポシド、アドリアマイシン、ヴィンクリスチン、シスプラチンに対して高い抵抗性を示し、LCSC#1(腺癌)、LCSC#2(腺癌)の2種は中程度の抵抗性、Lu99B(大細胞癌)、LK−2(扁平上皮癌)の2種は高感受性を示した。SAT−I遺伝子発現量と抗癌剤エトポシド、アドリアマイシン、ヴィンクリスチン、シスプラチンに対する抵抗性に正の相関関係が認められる。
【実施例3】
肺癌細胞のSAT−I遺伝子発現量の測定(2)
下記の16種のヒト肺がん細胞株についてSAT−I遺伝子発現量をRT−PCR法により測定した。
EBC−1(A),LCSC#1(B),LCSC#2(B),Lu65(C),Lu99B(C),LK−2(A),A549(B),OBA−LK−1(C),ABC−1(B),Lu99(C),QG90(D),PC3(B),PC6(D),NCI−H226(A),Lc1sq(A),NCI−H23(B)(細胞名の末尾括弧内は病理組織分類を示す:(A)扁平上皮がん、(B)腺がん、(C)大細胞がん、(D)小細胞がん)。QG90、PC3、PC6株については北海道大学井上勝一助教授より供与を受け、それ以外の株は東北大学加齢医学研究所医用細胞資源センター(http://www.idac.tohoku.ac.jp/dep/ccr/)より入手した。
一本鎖cDNA合成キットReverseTra Ace(登録商標)(東洋紡)を使い、各細胞から抽出したRNAサンプルを用いて一本鎖cDNAを合成した。一本鎖cDNA合成に際しては、ランダムプライマーあるいはオリゴdTプライマーを用いた。キットに添付の方法に従い反応液を調製し、ランダムプライマーを用いた場合は、30℃10分、42℃50分、95℃5分の反応を、オリゴdTプライマーを用いた場合は、42℃50分、95℃5分の反応をサーマルサイクラー(GeneAmp登録商標 PCR System9700、アプライドバイオシステムズ社製)により行った。反応終了後、逆転写産物は−30℃にて保存した。
PCR反応は、400nM(終濃度)のSAT−I遺伝子発現確認用の順逆両プライマー及びExTaq(宝酒造)を用い、容量10μlにて行った。サーマルサイクラーのパラメーターは、全ての反応において、94℃5分間の後、94℃30秒で変性、55℃30秒で対合、72℃1分で伸長のサイクルを30〜35回繰返し、更に72℃5分間伸長反応を続けた後、4℃で静置した。PCR産物は、最終反応物の一部を1.5%アガロースゲル電気泳動にて展開し、エチジウムブロマイド染色により、検定した。結果を表1に示す。
【実施例4】
抗癌剤感受性試験(2)
実施例3で用いた各種ヒト肺がん細胞の抗癌剤パクリタキセルに対する感受性を測定した。
10cm dishに各種ヒト肺がん細胞を凍結状態より起こして培養し、最低2回以上継代して細胞の増殖状態を安定させた。この細胞を0.25%Tripsin−EDTA溶液(シグマ)を用いて剥がし、ヘモサイトメーターにより細胞数を測定した。5×10cells/mlになるように培地で濃度調製を行い、96well plateに100μlずつ播種した(1wellあたり5×10cells)。一日後、0,0.1,1,10,100μMの濃度で各種抗がん剤を含む培地に交換し、インキュベートした。22時間後、Cell counting kit−8(同仁化学)を10μl/well加え、2時間COインキュベーターで反応させた。マイクロプレートリーダーを用いて、450nmの吸光度を測定した。Cell CountingKit−8は細胞増殖または化学物質の細胞毒性試験において、細胞数を測定するキットであり、高感度水溶性ホルマザンを生成する新規テトラゾリウム塩WST−8(2−(2−メトキシ−4−ニトロフェニル)−3−(4−ニトロフェニル)−5−(2,4−ジスルホフェノニル)−2H−テトラゾリウム・1ナトリウム塩)を発色基質として使用する。WST−8は細胞内脱水素酵素により還元され、水溶性のホルマザンを生成する。細胞数と生成するホルマザン量は直線的な比例関係にあるため、このホルマザンの450nmの吸光度を測定することで生細胞数を計測することができる。結果を表1に示す。


図3はヒト肺癌におけるSAT−I遺伝子発現量と抗癌剤パクリタキセル処理による癌細胞生存率の相関関係を示す。SAT−I遺伝子発現量と抗癌剤パクリタキセルに対する抵抗性に負の相関関係が認められる。
以上の結果は、癌細胞におけるSAT−I遺伝子の発現量が抗癌剤抵抗性(感受性)と密接に関連していることを示すものであり、SAT−I遺伝子の発現量を測定することにより抗癌剤抵抗性(感受性)を予測できることがわかった。この発見が今後の癌診断および癌治療に大きく貢献することを期待される。
【配列表】





【図1】

【図2】

【図3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号1のヌクレオチド配列を有するガングリオシドGM3合成酵素(SAT−I)遺伝子から発現される、癌細胞の抗癌剤感受性マーカーとして使用するSAT−ImRNA。
【請求項2】
癌細胞の抗癌剤感受性マーカーとして使用する配列番号2のアミノ酸配列を有するガングリオシドGM3合成酵素。
【請求項3】
癌細胞の抗癌剤に対する感受性を試験する方法であって、癌細胞のガングリオシドGM3合成酵素(SAT−I)遺伝子の発現量を測定することを含む方法。
【請求項4】
(1)抗癌剤に対する癌細胞の感受性と、癌細胞のガングリオシドGM3合成酵素(SAT−I)遺伝子発現量との相関関係を求めておき、
(2)患者の癌細胞のSAT−I発現量をインビトロで測定し、
(3)(1)の相関関係と(2)の発現量から抗癌剤に対する患者の癌細胞の感受性を求める、
ことを含む抗癌剤の選定方法。
【請求項5】
癌が肺癌である請求項3または4に記載の方法。
【請求項6】
肺癌が非小細胞肺癌である請求項5に記載の方法。
【請求項7】
ガングリオシドGM3合成酵素遺伝子の発現量を、該遺伝子から発現されるmRNA量を測定することによって測定する請求項3または4に記載の方法。
【請求項8】
mRNA発現量をノーザンブロット法で測定する請求項7に記載の方法。
【請求項9】
請求項7または8に記載のmRNA発現量を測定するために用いる、配列番号1のヌクレオチド配列を有するDNA若しくはその断片、またはそれらに対応するRNAよりなるプローブ。
【請求項10】
ガングリオシドGM3合成酵素遺伝子の発現量を、該遺伝子から発現されるタンパク質を測定することによって測定する請求項3または4に記載の方法。
【請求項11】
発現量をウェスタンブロット法で測定する請求項10に記載の方法。
【請求項12】
請求項10または11に記載のタンパク質発現量を測定するために用いる、配列番号2のアミノ酸配列を有するタンパク質またはその断片に対する抗体。
【請求項13】
抗癌剤がエトポシド、アドリアマイシン、シスプラチン、ヴィンクリスチン、パクリタキセルよりなる群から選択される請求項3または4に記載の方法。

【国際公開番号】WO2004/099407
【国際公開日】平成16年11月18日(2004.11.18)
【発行日】平成18年7月13日(2006.7.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−506046(P2005−506046)
【国際出願番号】PCT/JP2004/006511
【国際出願日】平成16年5月7日(2004.5.7)
【出願人】(500503551)株式会社生物有機化学研究所 (7)
【出願人】(503170710)
【Fターム(参考)】