説明

摩擦クラッチ装置

【課題】クラッチ継合動作不良が発生したときの原因をアクチュエータの故障または摩耗追従機構の故障のどちらかに判別して、動作不良の原因究明及び故障個所の修理を効率的に実施できるようにした摩擦クラッチ装置を提供する。
【解決手段】駆動側プレート2と、摩擦材31、32を有する従動側プレート3と、従動側プレート3を押動するプレッシャプレート4と、プレッシャプレート4を駆動するアクチュエータ4と、プレッシャプレート4の移動ストローク量を検出するストローク検出手段6と、従動側プレート3の摩擦材31、32の摩耗量に応じて駆動側プレート2とプレッシャプレート4との間の間隙長dを調整する摩耗追従機構7と、クラッチ継合動作不良が発生したときに、移動ストローク量の変化に基づいて動作不良の原因をアクチュエータ5の故障または摩耗追従機構7の故障のどちらかに判別する故障判別手段81と、を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は摩擦クラッチ装置に関し、より詳細には、摩擦材の摩耗を補償する摩耗追従機構を備えてアクチュエータにより駆動される摩擦クラッチ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両のパワートレーンの途中、一般的にはエンジンと変速機の間に、動力の伝達を継断するクラッチ装置が用いられる。代表的なクラッチ装置として、摩擦面に摩擦材(フェーシングやライニングと称される)を有する従動側プレートが駆動側プレートに摩擦摺動して継合する摩擦クラッチ装置がある。摩擦クラッチ装置は、油などの冷却液を摩擦面に供給する湿式と、空気による冷却に頼る乾式とに細分される。また、操作方式には、運転者がクラッチペダルを踏み込むことによって駆動されるマニュアル式と、制御部及びアクチュエータによって自動的に駆動される自動式とがある。自動式の乾式摩擦クラッチ装置で、クラッチ継断動作を繰り返すと摩擦材が摩耗して動作特性に影響を及ぼす。この影響を低減するために、摩擦材の摩耗を補償する摩耗追従機構を用いる場合がある。
【0003】
特許文献1のクラッチ制御装置は、本願出願人の共同出願になるものであり、クラッチディスクの摩耗補償を行う調整機構(摩耗追従機構)を備えている。詳述すると、クラッチ制御装置は、フライホイール(駆動側プレート)に対向するクラッチディスク(従動側プレート)をプレッシャプレート及びダイヤフラムスプリングを介して軸方向に変位させるアクチュエータを備え、クラッチディスクとフライホイールとの係合状態を変化させるように構成されている。さらに、クラッチ制御装置は、プレッシャプレート及びダイヤフラムスプリングの間に配設されて、アクチュエータの駆動によりプレッシャプレートとダイヤフラムスプリングとの軸方向の距離を変更し、クラッチディスクの摩耗補償を行う調整機構を備えている。
【0004】
また、特許文献2の車両用摩擦クラッチも、押圧部材とプレッシャプレートとの間に配設されてクラッチディスク(従動側プレート)が備える摩擦プレート(摩擦材)の摩耗量を補償する調整装置(摩耗追従機構)を備えている。この調整装置は、一部の構成部材の名称は異なるものの、特許文献1の調整機構と同様の構成及び作用を有している。
【0005】
すなわち、特許文献1及び2では、クラッチディスクが摩耗して継合に達するまでのアクチュエータの駆動ストローク量が増加することを補償している。つまり、調整機構(調整装置)でプレッシャプレートとダイヤフラムスプリング(押圧部材)との軸方向の距離を変更し、摩耗時に必要とされる駆動ストローク量が通常時から著変しないようにして、動作特性を安定化している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2004−116693号公報
【特許文献2】特開2004−301191号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、特許文献1及び2では、調整機構または調整装置(摩耗追従機構)を備えたことで動作特性を安定化できる点は好ましいが、その分だけ構成部品の点数が増加している。このため、クラッチ継合動作不良が発生したときに、動作不良の原因がアクチュエータの故障によるものか、または調整機構(摩耗追従機構)の故障によるものかを判別できない。これにより、故障原因の究明が複雑化して難しくなり、また、故障箇所の修理に手間取ってしまうおそれが生じる。
【0008】
本発明は上記背景技術の問題点に鑑みてなされたものであり、摩擦材の摩耗を補償する摩耗追従機構を備えてアクチュエータにより駆動される装置構成で、クラッチ継合動作不良が発生したときの原因をアクチュエータの故障または摩耗追従機構の故障のどちらかに判別して、動作不良の原因究明及び故障箇所の修理を効率的に実施できるようにした摩擦クラッチ装置を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の摩擦クラッチ装置は、駆動源に回転連結された駆動側プレートと、前記駆動側プレートの軸線方向の一側に並んで軸線方向に移動可能に配設され、前記駆動側プレートに対向する面に摩擦材を有し、負荷に回転連結された従動側プレートと、前記従動側プレートの軸線方向の一側に並んで配設され、軸線方向の他側に移動して前記従動側プレートを押動して前記摩擦材を前記駆動側プレートに摺動させるプレッシャプレートと、前記プレッシャプレートを駆動するアクチュエータと、前記プレッシャプレートの軸線方向の他側への移動ストローク量を検出するストローク検出手段と、前記従動側プレートの前記摩擦材の摩耗量に応じて前記駆動側プレートと移動する前のプレッシャプレートとの間の間隙長を調整する摩耗追従機構と、クラッチ継合動作不良が発生したときに、前記移動ストローク量の変化に基づいて動作不良の原因を前記アクチュエータの故障または前記摩耗追従機構の故障のどちらかに判別する故障判別手段と、を備える。
【0010】
さらに、前記摩耗追従機構は、或るクラッチ継合動作で前記移動ストローク量が規定値を超過すると前記間隙長を減じて次回のクラッチ継合動作における移動ストローク量を減じ、前記故障判別手段は、クラッチ継合動作不良が発生したときの移動ストローク量の最大値が前記規定値未満であるときに前記アクチュエータの故障と判別し、前記移動ストローク量の最大値が前記規定値以上であるときに前記摩耗追従機構の故障と判別する、ことが好ましい。
【0011】
また、本発明の摩擦クラッチ装置は、車両のパワートレーンに組み込まれていてもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明の摩擦クラッチ装置は、摩擦材の摩耗を補償する摩耗追従機構を備えてアクチュエータにより駆動される装置構成を有し、クラッチ継合動作不良が発生したときに、故障判別手段が移動ストローク量の変化に基づいて動作不良の原因をアクチュエータの故障または摩耗追従機構の故障のどちらかに判別する。したがって、判別結果を参考にして、動作不良の原因究明及び故障箇所の修理を効率的に実施できる。
【0013】
さらに、或るクラッチ継合動作で移動ストローク量が規定値を超過したときに、摩耗追従機構が駆動側プレートと移動する前のプレッシャプレートとの間の間隙長を減じて摩擦材の摩耗を補償する態様では、故障判別手段は、クラッチ継合動作不良が発生したときの移動ストローク量の最大値と規定値との大小関係に基づいて故障部位を判別する。したがって、故障部位を正確に判別でき、動作不良の原因究明及び故障箇所の修理を効率的に実施できる。
【0014】
また、車両のパワートレーンに組み込まれた摩擦クラッチ装置では、クラッチの継断動作が多頻度で発生するが、摩耗追従機構により摩擦材の摩耗を補償しつつ、故障判別手段によりクラッチ継合動作不良が発生したときの故障部位を判別できる。したがって、摩擦クラッチ装置の動作信頼性が格段に向上する。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施形態の摩擦クラッチ装置を模式的に示す側面断面図である。
【図2】摩擦材の摩耗量が少ない通常時の正常なクラッチ継合動作を示すストローク特性図である。
【図3】摩擦材の摩耗量が多い摩耗時の正常なクラッチ継合動作を示すストローク特性図であり、(1)は今回の動作、(2)は摩耗追従機構が機能した後の次回の動作である。
【図4】通常時のクラッチ継合動作不良の一例を示すストローク特性図である。
【図5】摩耗時のクラッチ継合動作不良の一例を示すストローク特性図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明を実施するための実施形態を、図1〜図5を参考にして説明する。図1は、本発明の実施形態の摩擦クラッチ装置1を模式的に示す側面断面図である。図中で、破線の矢印は、情報及び制御の流れを示している。摩擦クラッチ装置1は、車載のエンジンと変速機との間に配設されてエンジンから出力された動力の伝達を継断するものである。また、摩擦クラッチ装置1の本体部分は、軸線AXを有して概ね軸対称に形成され、図1には上側の半分が図示されている。摩擦クラッチ装置1は、駆動側プレート2、従動側プレート3、プレッシャプレート4、アクチュエータ5、ストロークセンサ6、摩耗追従機構7、及びクラッチECU8などにより構成されている。
【0017】
駆動側プレート2は、図略のエンジン出力軸に回転連結された略環状の部材である。駆動側プレート2の内周側には軸受け部91が設けられており、軸受け部91の軸心には変速機入力軸92が相対回転自在に貫設されている。
【0018】
従動側プレート3は、駆動側プレート2の軸線AX方向の一側(図では右側)に並んで軸線AX方向に移動可能に配設された略環状の部材である。従動側プレート3は、内周側で変速機入力軸92にスプライン結合され、軸線AX方向に移動可能に回転連結されている。従動側プレート3は、駆動側プレート2に対向する面の外周寄りに摩擦材31を有し、その裏面にも摩擦材32を有している。摩擦材31、32はフェーシングやライニングとも呼ばれ、駆動側プレート2と従動側プレート3との回転数が異なるときに摩擦摺動して同期を達成し、また摩擦結合して同期回転を維持する部材である。摩擦材31、32は、摩擦摺動を繰返すことにより摩耗して厚みが減少する。
【0019】
プレッシャプレート4は、従動側プレート3の軸線AX方向の一側(図では右側)に並んで配設された略環状の部材である。プレッシャプレート4は、軸線AX方向の他側(図では左方)に移動して従動側プレート3の裏面の摩擦材32に圧接し、さらに移動して従動側プレート3を図の左方向に押動する。すると、従動側プレート3の摩擦材31が駆動側プレート2に接触して摩擦摺動が開始される。この位置がタッチ点Ptである。また、タッチ点Ptに到達するまでにプレッシャプレート4が移動した移動ストローク量がタッチストローク量Stである。
【0020】
アクチュエータ5は、プレッシャプレート4を駆動する部位である。アクチュエータ5は、例えば、図略のサーボモータ、減速ギヤ機構、及び回転直進変換機構と、駆動ピン51とにより構成することができる。サーボモータは電力で駆動されて回転運動を発生し、減速ギヤ機構は回転数及びトルクを適正に調整する。回転直進変換機構は、例えばピニオンギヤとラックギヤで構成して、回転運動を直進運動に変換し、駆動ピン51を軸線AX方向に駆動することができる。
【0021】
さらに本実施形態では、アクチュエータ5は、ダイヤフラムスプリング52、及び伝達部材53を介してプレッシャプレート4を駆動する。ダイヤフラムスプリング52は略環状で、駆動側プレート2の軸線AX方向の他側(図では左側)に配設されている。ダイヤフラムスプリング52の径方向の中間部522は、駆動側プレート2に設けられた支点55によって支持され、「てこ」の原理によって駆動力が伝達されるように構成されている。伝達部材53は、段差を有する筒状の部材であり、駆動側プレート2及び従動側プレート3の外周に離隔配置されている。伝達部材53の筒状の小径部531の一端に形成された鍔部532はダイヤフラムスプリング52の外周部523に係合し、筒状の大径部533の他端534の内周面はプレッシャプレート4の外周面に結合されている。
【0022】
図1において、アクチュエータ5の駆動ピン51が矢印M1に示されるように右方に駆動されてダイヤフラムスプリング52の中心部521を右方に押動すると、ダイヤフラムスプリング52の外周部523が図の左方に駆動される。これにより、伝達部材53が矢印M2に示されるように左方に駆動され、最終的にプレッシャプレート4が左方に駆動されるようになっている。図1には、駆動ピン51及びプレッシャプレート4が駆動されていないクラッチ切断状態が例示されている。この状態から、プレッシャプレート4が左方に駆動されると、駆動側プレート2とプレッシャプレート4との間隙長dが徐々に減少し、まず、プレッシャプレート4が従動側プレート3に当接して押動する。やがて、タッチ点Ptに至り、従動側プレート3の摩擦材31が駆動側プレート2に接触して摩擦摺動が開始される。そして、最終的にプレッシャプレート4が完全継合点Ppまで移動し、プレッシャプレート4、従動側プレート3、及び駆動側プレート2の三者が互いに強く圧接されて同期回転し、継合状態が達成される。
【0023】
ストロークセンサ6は、アクチュエータ5の駆動ピン51に近接して配設され、駆動ピン51の駆動量Sdを検出する。ストロークセンサ6は、本発明のストローク検出手段に相当し、プレッシャプレート4の軸線AX方向の他側への移動ストローク量Sを検出する部位である。つまり、駆動ピン51の駆動量Sdとプレッシャプレート4の移動ストローク量Sとは連動して変化し、両者の関係は予めわかっているので、前者Sdを検出することにより、演算によって後者Sを求めることができる。なお、ストロークセンサ6に代わる検出手段をプレッシャプレート4に近接して配設し、プレッシャプレート4の移動ストローク量Sを直接検出するようにしてもよい。
【0024】
摩耗追従機構7は、従動側プレート3の摩擦材31、32の摩耗量に応じて、駆動側プレート2と移動する前のプレッシャプレート4との間の間隙長dを調整する機構である。摩耗追従機構7は、或るクラッチ継合動作でプレッシャプレート4の移動ストローク量Sが規定値SXを超過すると、間隙長dを自動的に所定量SYだけ減じ、次回のクラッチ継合動作における移動ストローク量Sを所定量SYだけ減じる機能を有している。摩耗追従機構7は、本実施形態では駆動側プレート2とプレッシャプレート4との間に配設されており、例えば、特許文献1に開示した摩耗補償を行う調整機構を応用して構成することができる。
【0025】
クラッチECU8は、マイコンを内蔵してソフトウェアで動作する電子制御装置である。クラッチECU8は、車両の走行を統括制御する上位ECU89と接続されて情報を交換し、ストロークセンサ6から駆動ピン51の駆動量Sdの情報を取得するとともに、アクチュエータ5を制御するようになっている。また、クラッチECU8は、図略のエンジンECUからエンジン出力軸の回転数(エンジン回転数)Neを取得し、図略の変速機ECUから変速機入力軸92の回転数(変速機回転数)Niを取得するようになっている。クラッチECU8は、上位ECUと連携してクラッチ継合動作及びクラッチ切断動作を制御する。さらに、クラッチECU8は、本発明の故障判別手段81と、ストローク学習手段82とを含んでいる。
【0026】
故障判別手段81は、クラッチ継合動作不良が発生したときに、プレッシャプレート4の移動ストローク量Sの変化に基づいて動作不良の原因をアクチュエータ5の故障または摩耗追従機構7の故障のどちらかに判別する手段である。故障判別手段81は、クラッチECU8のソフトウェアによって構成されている。具体的に、故障判別手段81は、クラッチ継合動作において変速機回転数Niがエンジン回転数Neに同期しないときにクラッチ継合動作不良を判定する。このとき、故障判別手段81は、プレッシャプレート4の移動ストローク量Sの最大値Smaxが、摩耗追従機構7が機能するときの規定値SX未満であるときにアクチュエータ5の故障と判別する。また、移動ストローク量Sの最大値Smaxが規定値SX以上であるときに摩耗追従機構7の故障と判別する。
【0027】
ストローク学習手段82は、タッチストローク量Stの学習機能を有し、クラッチECU8のソフトウェアによって構成されている。ストローク学習手段82は、毎回のクラッチ継合動作におけるエンジン回転数Ne及び変速機回転数Niの時間的変化の様子から前述のタッチ点Ptを判定し、そのときのタッチストローク量Stを学習する。学習した結果は、移動ストローク量Sの時間的変化の目標となる目標ストローク曲線Scvに反映される。
【0028】
なお、駆動側プレート2と従動側プレート3とが同期回転している継合状態において、摩擦結合でなくギヤやスプライン溝などの噛み合いなどによって両者2、3をメカニカルに結合するロックアップ機構を備えていてもよい。本発明は、ロックアップ機構の有無に関わりなく実施することができる。
【0029】
次に、実施形態の摩擦クラッチ装置1の動作及び作用について説明する。図2は、摩擦材31、32の摩耗量が少ない通常時の正常なクラッチ継合動作を示すストローク特性図である。また、図3は、摩擦材31、32の摩耗量が多い摩耗時の正常なクラッチ継合動作を示すストローク特性図であり、(1)は今回の動作、(2)は摩耗追従機構7が機能した後の次回の動作である。さらに、図4は、通常時のクラッチ継合動作不良の一例を示すストローク特性図であり、図5は、摩耗時のクラッチ継合動作不良の一例を示すストローク特性図である。図2〜図5の横軸は時間軸t、縦軸はプレッシャプレート4の動作ストローク量Sである。また、各図で、プレッシャプレート4の目標ストローク曲線Scv1〜Scv3は破線で示され、実際のストローク曲線Scw1〜Scw5は実線で示されている。さらに、摩耗追従機構7が機能するときの規定値SXが一点鎖線で示されている。
【0030】
図2の通常時の正常なクラッチ継合動作において、時刻t0で、上位ECU89からクラッチECU8にクラッチ継合指令が発せられ、クラッチECU8はクラッチ継合制御を開始する。クラッチECU8は、まず破線で示される目標ストローク曲線Scv1を設定し、これに実際のストローク曲線Scw1が追従するようにアクチュエータ5を制御する。時刻t1で、アクチュエータ5が動き始めてプレッシャプレート4が移動を開始し、実際のストローク曲線Scw1が目標ストローク曲線Scv1からわずかに遅れて増加する。時刻t2までの動作で、プレッシャプレート4がタッチストローク量St1だけ移動して、タッチ点Pt1に到達する。
【0031】
プレッシャプレート4はタッチ点Pt1で一旦小休止した後、時刻t3で移動を再開し、実際のストローク曲線Scw1が目標ストローク曲線Scv1からわずかに遅れて増加し、時刻t4で完全継合点Pp1に到達する。完全継合点Pp1では、駆動側プレート2と従動側プレート3の摩擦材31とが強く圧接されて摩擦摺動し、同時に、従動側プレート3の摩擦材32とプレッシャプレート4とが強く圧接されて摩擦摺動する。これにより、駆動側プレート2と従動側プレート3との回転数差が急速に減少し、同期回転に至ってクラッチ継合動作が正常に終了する。
【0032】
ここで、プレッシャプレート4の移動ストローク量Sの最大値Smax1は、規定値SXに達していない。したがって、摩耗追従機構7は機能しない。
【0033】
また、図3の(1)の摩耗時の正常なクラッチ継合動作において、時刻t10でクラッチ継合指令が発せられて、クラッチECU8はクラッチ継合制御を開始する。クラッチECU8は、学習機能で学習した前回動作時のタッチ点Pt2を参考にして、図2の通常時よりも移動量の大きな目標ストローク曲線Scv2を設定し、これに実際のストローク曲線Scw2が追従するようにアクチュエータ5を制御する。時刻t11で、アクチュエータ5が動き始めてプレッシャプレート4が移動を開始する。時刻t12までの動作で、プレッシャプレート4がタッチストローク量St2だけ移動して、タッチ点Pt2に到達する。
【0034】
プレッシャプレート4はタッチ点Pt2で一旦小休止した後、時刻t13で移動を再開し、時刻t14で完全継合点Pp2を超えた規定値SXまで到達する。この時点で、摩耗追従機構7が機能して間隙長dが所定量SYだけ小さく調整され、次回のストローク特性が所定量SYだけ小さくシフトされる。この後時刻t15で、プレッシャプレート4は最大値Smax2に到達する。これにより、駆動側プレート2と従動側プレート3との回転数差が急速に減少し、同期回転に至ってクラッチ継合動作が正常に終了する。
【0035】
ここで、タッチ点Pp2は、従動側プレート3の摩擦材31、32が摩耗して厚みが減少した分に相当するだけ図2の通常時よりも大きな側に偏移している。さらに、移動ストローク量Sの最大値Smax2は、図2の通常時よりも大きくなっている。タッチ点Pp2、完全継合点Pp2、及び最大値Smax2は、ストローク学習手段82の学習結果に基づいて設定される。また、移動ストローク量Sの最大値Smax2が規定値SXを超過して摩耗追従機構7が機能するので、次回のプレッシャプレート4のストローク特性は、図3の(2)に示されるとおりとなる。
【0036】
図3の(2)に示されるように、摩耗追従機構7が機能した後の次回の動作では、目標ストローク曲線Scv3及び実際のストローク曲線Scw3が小さい側にシフトし、タッチ点Pt3までのタッチストローク量St3は所定量SYに相当するだけ前回よりも小さくなる。また、プレッシャプレート4の移動ストローク量Sの最大値Smax3も小さくなり、規定値SXを超えない。
【0037】
次に、図4の通常時のクラッチ継合動作不良について説明する。図4は、図2の通常時と同一条件のクラッチ継合動作において、アクチュエータ5が故障したときのストローク特性図である。アクチュエータ5の故障内容としては、減速ギヤ機構や回転直進変換機構の「かじり」や「こじれ」、サーボモータの巻線のショートや電源電圧低下、などが想定される。このようなアクチュエータ5の故障では、アクチュエータ5の駆動ピン51の駆動量Sdが減少し、プレッシャプレート4の移動ストローク量Sが減少する。これにより、実際のストローク曲線Scw4が目標ストローク曲線Scv1から乖離し、時刻t2でプレッシャプレート4がタッチ点Pt1に到達できなくなる。また、プレッシャプレート4は、完全継合点Pp1となる移動ストローク量Sの最大値Smax1まで到達できなくなり、時刻t4で最大値Smax4となり停止する。この結果、クラッチ継合動作不良が発生する。
【0038】
このとき、故障判別手段81は、実際のストローク曲線Scv4上の最大値Smax4と規定値SXとを比較し、最大値Smax4のほうが小さいのでアクチュエータ5の故障と正しく判別することができる。
【0039】
次に、図5の摩耗時のクラッチ継合動作不良について説明する。図5は、図3の(1)の摩耗時と同一条件のクラッチ継合動作において、摩耗追従機構7が故障したときのストローク特性図である。摩耗追従機構7は、プレッシャプレート4の動作ストローク量Sが規定値SXを超えた時点で機能するが、故障時にはプレッシャプレート4の移動を阻害してしまう。このような摩耗追従機構7の故障では、アクチュエータ5が正常に動作して駆動力を出力しても、プレッシャプレート4の移動ストローク量Sは規定値SXを超えた後の増加が阻害される。これにより、実際のストローク曲線Scw5が規定値SXを超えた以降は目標ストローク曲線Scv2から乖離し、時刻t15で最大値Smax5となり停止する。この結果、時刻t14で完全継合点Pp2に達して継合動作が行われるが。摩擦追従機構7の動作ができなくなる。したがって、この後に摩擦材31、32の摩耗がさらに進むと滑りが発生するようになり、クラッチ継合動作不良のおそれが生じる。
【0040】
そして、実際に動作不良が発生すると、故障判別手段81は、実際のストローク曲線Scv5上の最大値Smax5と規定値SXとを比較し、最大値Smax5のほうが大きいので摩耗追従機構7の故障と正しく判別することができる。
【0041】
実施形態の摩擦クラッチ装置1は、摩擦材31、32の摩耗を補償する摩耗追従機構7を備えてアクチュエータ5により駆動される装置構成を有している。そして、クラッチ継合動作不良が発生したときに、故障判別手段81は、プレッシャプレート4の移動ストローク量の最大値Smaxと摩耗追従機構7が機能する規定値SXとの大小関係に基づいて、故障箇所をアクチュエータ5または摩耗追従機構7のどちらか判別する。したがって、故障箇所を正確に判別でき、判別結果を参考にして、動作不良の原因究明及び故障箇所の修理を効率的に実施できる。
【0042】
また、摩擦クラッチ装置1は車両のパワートレーンに組み込まれているためクラッチの継断動作が多頻度で発生するが、摩耗追従機構7により摩擦材31、32の摩耗を補償しつつ、故障判別手段81によりクラッチ継合動作不良が発生したときの故障箇所を判別できる。したがって、摩擦クラッチ装置1の動作信頼性が格段に向上する。
【0043】
なお、摩耗追従機構7は、特許文献1の調整機構を応用した構成に限定されず、その他の構造を採用することもできる。その他、本発明は様々な応用や変形が可能である。
【符号の説明】
【0044】
1:摩擦クラッチ装置
2:駆動側プレート
3:従動側プレート 31、32:摩擦材
4:プレッシャプレート
5:アクチュエータ
51:駆動ピン 52:ダイヤフラムスプリング 53:伝達部材
6:ストロークセンサ(ストローク検出手段)
7:摩耗追従機構
8:クラッチECU
81:故障判別手段 82:ストローク学習手段 89:上位ECU
91:軸受け部 92:変速機入力軸
AX:軸線 d:間隙長 SX:規定値
Scv1〜Scv3:目標ストローク曲線
Scw1〜Scw5:実際のストローク曲線
Pt1〜Pt3:タッチ点
St1〜St3:タッチストローク量
Pp1〜Pp3:完全継合点
Smax1〜Smax5:移動ストローク量の最大値

【特許請求の範囲】
【請求項1】
駆動源に回転連結された駆動側プレートと、
前記駆動側プレートの軸線方向の一側に並んで軸線方向に移動可能に配設され、前記駆動側プレートに対向する面に摩擦材を有し、負荷に回転連結された従動側プレートと、
前記従動側プレートの軸線方向の一側に並んで配設され、軸線方向の他側に移動して前記従動側プレートを押動して前記摩擦材を前記駆動側プレートに摺動させるプレッシャプレートと、
前記プレッシャプレートを駆動するアクチュエータと、
前記プレッシャプレートの軸線方向の他側への移動ストローク量を検出するストローク検出手段と、
前記従動側プレートの前記摩擦材の摩耗量に応じて前記駆動側プレートと移動する前のプレッシャプレートとの間の間隙長を調整する摩耗追従機構と、
クラッチ継合動作不良が発生したときに、前記移動ストローク量の変化に基づいて動作不良の原因を前記アクチュエータの故障または前記摩耗追従機構の故障のどちらかに判別する故障判別手段と、
を備える摩擦クラッチ装置。
【請求項2】
前記摩耗追従機構は、或るクラッチ継合動作で前記移動ストローク量が規定値を超過すると前記間隙長を減じて次回のクラッチ継合動作における移動ストローク量を減じ、前記故障判別手段は、クラッチ継合動作不良が発生したときの移動ストローク量の最大値が前記規定値未満であるときに前記アクチュエータの故障と判別し、前記移動ストローク量の最大値が前記規定値以上であるときに前記摩耗追従機構の故障と判別する請求項1に記載の摩擦クラッチ装置。
【請求項3】
車両のパワートレーンに組み込まれた請求項1または2に記載の摩擦クラッチ装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2013−53735(P2013−53735A)
【公開日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−194213(P2011−194213)
【出願日】平成23年9月6日(2011.9.6)
【出願人】(592058315)アイシン・エーアイ株式会社 (490)
【Fターム(参考)】