説明

摩擦材組成物及び摩擦材組成物を用いた摩擦材

【課題】 良好な摩擦係数を示し、かつメタルキャッチ発生や対面材表面の荒れを防止し、環境負荷の少ない摩擦材を得るための摩擦材組成物及び摩擦材組成物を用いた摩擦材を提供する。
【解決手段】 繊維基質、結合材、有機充填材及び無機粉を含む摩擦材組成物において、モース硬度5以上7未満の無機粉を摩擦材組成物全重量に対して7〜30重量%、モース硬度7以上の無機粉を摩擦材組成物全重量に対して0.5〜4重量%及び硫化錫を摩擦材組成物全重量に対して2〜10重量%含むことを特徴とする摩擦材組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、摩擦材組成物及び摩擦材組成物を用いた摩擦材に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車などには、その制動のためディスクブレーキパッド、ブレーキライニング等の摩擦材が使用されている。
【0003】
現在、使用されている摩擦材、例えば、ディスクブレーキパッドは、アラミド繊維、鉱物繊維等の繊維状物質、カシューダストなどの摩擦調整剤を用いて制動時の鳴きや異音の発生の少ないノン−アスベストス−オーガニック(Non−Asbestos−Organic)(以下、NAO材とする)系のディスクブレーキパッドが多く用いられている。また、従来、耐磨耗性を向上させるために黒鉛や二硫化モリブデンを摩擦材に配合することが行われている。また、高温域での耐摩耗性を向上するため三硫化アンチモン、硫化鉛、酸化アンチモン等の固体潤滑剤を摩擦材に配合することが行なわれている(例えば、特許文献1〜3参照)。三硫化アンチモン、硫化鉛、酸化アンチモンを用いた摩擦材は、高温域での潤滑性が高く、対面材攻撃性が少ないため、対面材の摩耗粉の還元反応によるメタルキャッチ発生やメタルキャッチに起因する対面材表面の荒れが少ない。しかし、これら鉛化合物及びアンチモン化合物は環境問題への取り組みから使用を抑制する動きが高まっている。
【0004】
近年では鉛化合物及びアンチモン化合物に代わる固体潤滑材として、鉛及びアンチモン以外の金属硫化物を用いた摩擦材が提案されている(例えば、特許文献4〜12参照)。しかし、これらの提案でも300℃以上、特に400℃以上の高温域でのメタルキャッチ発生や対面材表面の荒れを良好に防止し得ないという問題がある。一方、高温域でのメタルキャッチ発生を抑制する従来の手法として硫化チタン、硫化鉛、三硫化アンチモン及び金属複合硫化物を除く金属硫化物を3種以上含有したアンチモン及び鉛化合物を含まない摩擦材が提案されている(例えば、特許文献13参照)。特許文献13で具体的に開示されている摩擦材は金属硫化物の配合量が5体積%と多く、このような金属硫化物の添加量が多い摩擦材組成ではメタルキャッチ発生が抑制されるが、良好な摩擦係数を示す摩擦材が得られない。そこで、摩擦係数を向上するために研削効果の高い硬質の無機粉を摩擦材に添加すると、メタルキャッチ発生や対面材表面の荒れが発生し易くなるという問題があった。
【特許文献1】特開平08−291223号公報
【特許文献2】特開平06−129455号公報
【特許文献3】特開平06−306185号公報
【特許文献4】欧州特許出願第0654616B1号明細書
【特許文献5】特開2005−024005号公報
【特許文献6】特開2002−226834号公報
【特許文献7】特開2003−301878号公報
【特許文献8】特開昭54−000160号公報
【特許文献9】特開昭54−109013号公報
【特許文献10】特開平04−311789号公報
【特許文献11】特開平07−083256号公報
【特許文献12】特表平10−511732号公報
【特許文献13】特開2003−313312号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、良好な摩擦係数を示し、かつ高温域でもメタルキャッチ発生や対面材表面の荒れを防止し、環境負荷の少ない摩擦材を得るための摩擦材組成物及び摩擦材組成物を用いた摩擦材を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、(1)繊維基質、結合材、有機充填材及び無機粉を含む摩擦材組成物において、モース硬度5以上7未満の無機粉を摩擦材組成物全重量に対して7〜30重量%、モース硬度7以上の無機粉を摩擦材組成物全重量に対して0.5〜4重量%及び硫化錫を摩擦材組成物全重量に対して2〜10重量%含むことを特徴とする摩擦材組成物に関する。
【0007】
また、本発明は、(2)前記モース硬度5以上7未満の無機粉が、酸化ジルコニウム、四三酸化鉄の少なくとも1種以上であることを特徴とする前記(1)記載の摩擦材組成物に関する。
【0008】
また、本発明は、(3)前記モース硬度5以上7未満の無機粉が、平均粒径7μm以下の酸化ジルコニウムであることを特徴とする前記(1)又は(2)記載の摩擦材組成物に関する。
【0009】
また、本発明は、(4)前記モース硬度7以上の無機粉が、珪酸ジルコニウムであることを特徴とする前記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の摩擦材組成物に関する。
【0010】
また、本発明は、(5)前記珪酸ジルコニウムの平均粒径が、1〜3μmであることを特徴とする前記(4)記載の摩擦材組成物に関する。
【0011】
また、本発明は、(6)コークスを摩擦材組成物全重量に対して1〜10重量%含むことを特徴とする前記(1)〜(5)のいずれか一項に記載の摩擦材組成物に関する。
【0012】
また、本発明は、(7)前記(1)〜(6)のいずれか一項に記載の摩擦材組成物を加熱加圧成形してなる摩擦材に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、良好な摩擦係数を示し、かつ高温域でもメタルキャッチ発生や対面材表面の荒れを防止し、高温摩耗に優れ、環境負荷の少ない摩擦材組成物及び摩擦材組成物を用いた摩擦材を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下に、発明を実施するための最良の形態について、詳しく説明する。
【0015】
本発明の摩擦材組成物は、繊維基質、結合材、有機充填材及び無機粉を含む摩擦材組成物において、モース硬度5以上7未満の無機粉を摩擦材組成物全重量に対して7〜30重量%、モース硬度7以上の無機粉を摩擦材組成物全重量に対して0.5〜4重量%及び硫化錫を摩擦材組成物全重量に対して2〜10重量%含むことを特徴とする。
【0016】
本発明で用いる繊維基質としては、特に制限はなく、例えば、無機繊維、有機繊維、金属繊維等の繊維物が挙げられる。具体的には、アラミド繊維、セルロース繊維、アクリル繊維等の有機繊維;銅繊維、青銅繊維、黄銅繊維等の金属繊維;チタン酸カリウム繊維、鉱物繊維、セラミック繊維、生分解性セラミック繊維等の無機繊維;等が挙げられる。これらの繊維基質は、単独で又は2種以上を組み合わせて使用される。また、これらの繊維基質は、繊維状、粉末状で用いられる。繊維基質の含有量は、摩擦材組成物全重量に対して5〜50重量%であることが好ましく、10〜30重量%であることがより好ましい。前記繊維基質の含有量が5重量%未満である場合は、摩擦材の欠損、クラックに対する強度低下及び耐磨耗性の低下の傾向にあり、一方、50重量%を超える場合は、摩擦材として成形する際に成形性に劣る傾向にある。
本発明で用いる結合材としては、特に制限はなく、摩擦材に通常用いられる熱硬化性樹脂を用いることができる。熱硬化性樹脂としては、例えば、フェノール樹脂、アクリル変性フェノール樹脂、シリコーン変性フェノール樹脂、カシュー変性フェノール樹脂、エポキシ変性フェノール樹脂、アルキルベンゼン変性フェノール樹脂等の各種変性フェノール樹脂又は未変性フェノール樹脂などが挙げられ、これらは単独で又は2種以上を組み合わせて使用される。結合材の含有量は、摩擦材組成物全重量に対して5〜20重量%であることが好ましく、6〜12重量%であることがより好ましい。前記結合材の含有量が5重量%未満である場合は、摩擦材として成形する際に成形性に劣る傾向にあり、一方、20重量%を超える場合は、柔軟性が低くなり、鳴き等の音振性能が悪くなる傾向にある。
【0017】
本発明で用いる有機充填材は、特に制限はなく、例えば、カシューダスト、タイヤゴム粉、アクリルゴム粉等が挙げられ、これらは単独で又は2種以上を組み合わせて使用される。有機充填材の含有量は、摩擦材組成物全重量に対して2〜20重量%であることが好ましく、4〜10重量%であることがより好ましい。前記有機充填材の含有量が、2重量%未満である場合は、柔軟性が低くなり、鳴き等の音振性能が悪くなる傾向にあり、一方、20重量%を超える場合は、圧縮変形量が増加し、引きずり、効きフィーリングが悪くなる傾向にある。
【0018】
本発明で用いる無機粉は、モース硬度5以上7未満の無機粉、モース硬度7以上の無機粉及び硫化錫を含むものであり、摩擦材組成物全重量に対するそれらの含有量が重要である。
【0019】
モース硬度5以上7未満の無機粉の含有量は、摩擦材組成物全重量に対して7〜30重量%であり、好ましくは15〜28重量%である。前記モース硬度5以上7未満の無機粉の含有量が7重量%未満である場合は、低速から高速まで効力が大きく低下し、良好な摩擦係数が得られない。一方、前記モース硬度5以上7未満の無機粉の含有量が30重量%を超える場合は、メタルキャッチ発生及び対面材の荒れの程度が急激に大きくなる。
【0020】
モース硬度7以上の無機粉の含有量は、摩擦材組成物全重量に対して0.5〜4重量%であり、好ましくは1〜3重量%である。前記モース硬度7以上の無機粉の含有量が0.5未満である場合は、
である。一方、前記モース硬度7以上の無機粉の含有量が4重量%を超える場合は、メタルキャッチ発生及び対面材の荒れの程度が急激に大きくなる。
【0021】
硫化錫の含有量は、摩擦材組成物全重量に対して2〜10重量%であり、好ましくは3〜8重量%である。の範囲とされ、前記硫化錫の含有量が2重量%未満である場合は、メタルキャッチ発生及び対面材の荒れの程度が大きくなる。一方、前記硫化錫の含有量が10重量%を超える場合は、低速から高速まで効力が大きく低下し、良好な摩擦係数が得られない。
【0022】
モース硬度5以上7未満の無機粉としては、酸化ジルコニウム(モース硬度:6)、四三酸化鉄(モース硬度:6.5)、酸化マグネシウム(モース硬度:6.5)、酸化チタン(モース硬度:6.5)などが例示される。これらのなかでも、酸化ジルコニウム及び/又は四三酸化鉄は、メタルキャッチ発生の防止及び対面材の荒れの防止を向上し、良好な摩擦係数を示すという点でより好ましい。また、メタルキャッチ発生の防止及び対面材の荒れの防止を向上する点で、酸化ジルコニウムの平均粒径は7μm以下であることが好ましい。
【0023】
モース硬度が7以上の無機粉としては、珪酸ジルコニウム(モース硬度:7.5)、酸化アルミニウム(モース硬度:9)、炭化珪素(モース硬度:10)、シリカ(モース硬度:7)などが例示される。これらのなかでも、メタルキャッチ発生を防止し易い点で、珪酸ジルコニウムが好ましい。また、対面材への攻撃性が少ない点で、珪酸ジルコニウムの平均粒径は1〜3μmであることが好ましい。
【0024】
本発明に用いられる無機粉は、前述したモース硬度5以上7未満の無機粉、モース硬度7以上の無機粉及び硫化錫以外の無機粉を含んでいてもよく、例えば、コークス、硫酸カルシウム、硫酸バリウム、黒鉛、マイカ、バーミキュライト、水酸化カルシウム、酸化カルシウム、ゼオライト、炭酸カルシウム、リン酸カルシウム、銅粉、亜鉛粉等が挙げられ、これらは単独で又は2種以上を組み合わせて使用される。これらのなかでも、メタルキャッチ発生の防止及び対面材の荒れの防止をより向上するために、コークスが好ましく、摩擦材組成物全重量に対して1〜10重量%を含むことが好ましい。
【0025】
また、本発明の摩擦材組成物は、環境への負荷を低減するために三硫化アンチモン、硫化鉛、酸化アンチモンを含まないことが好ましい。
本発明の摩擦材組成物における無機粉の含有量は、摩擦材組成物全重量に対して10〜80重量%であることが好ましく、20〜70重量%であることがより好ましい。
【0026】
本発明の摩擦材は、本発明の摩擦材組成物を加熱加圧成形してなるものである。具体的には、本発明の摩擦材組成物をレディーゲミキサー、加圧ニーダー等の混合機を用いて均一に混合し、この混合した配合粉を予備成形し、得られた予備成形物を成形温度130〜160℃、成形圧力20〜50MPaで3〜12分間成形し、得られた成形品を150℃〜250℃で2〜10時間熱処理し、必要に応じて塗装、スコーチ処理、研磨処理を行って得られる。
【実施例】
【0027】
以下、実施例により、本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に制限するものではない。
【0028】
実施例1〜8
表1に示す組成に従って各成分を配合し、レディーゲミキサーを用いて10分間均一に混合して摩擦材組成物を得た。この摩擦材組成物を予備成形し、得られた予備成形物を成形温度145℃、成形圧力30MPaの条件で5分間熱圧成形した。次いで、得られた成形物を200℃で4.5時間熱処理し、研磨処理、スコーチ処理を行ってブレーキパッドを作製した。
【0029】
得られたブレーキパッドについて以下の評価方法により温度別摩耗試験及び効力試験を行った。結果を表1に示す。
【0030】
また、使用した各成分の詳細は表2に示す。
【0031】
比較例1〜5
表2に示す組成に従って各成分を配合し、実施例1〜8と同様に操作してブレーキパッドを作製した。
【0032】
得られたブレーキパッドについて実施例1〜8と同様の評価方法により温度別摩耗試験及び効力試験を行った。結果を表2に示す。
【0033】
また、使用した各成分の詳細は表3に示す。
【0034】
評価方法
温度別摩耗試験:JASO C427に従い、34.2kg・mの慣性モーメントで試験を行った。制動前ブレーキ温度100℃、200℃、300℃、400℃及び500℃試験時のパッド摺動面のメタルキャッチ発生度合い及びロータ表面の荒れ度合いを評価した。パッド摺動面のメタルキャッチ発生度合い及びロータ表面の荒れ度合いに関しては、以下の基準にて評価した。
【0035】
・パッド摺動面のメタルキャッチ発生度合い
◎:メタルキャッチが無い。
○:直径3mm以下のメタルキャッチが1個ある。
△:直径3mm以下のメタルキャッチが2個以上ある。
×:直径3mm以上のメタルキャッチがある。
・ロータ表面の荒れ度合い
◎:表面の荒れが無い。
○:表面に1〜3本の線傷がある。
△:表面に4本以上の線傷がある。
×:ロータ表面の金属光沢部の面積が、ロータ表面の全面積に対し、30%以上ある。
【0036】
効力試験:JASO C406に従い、34.2kg・mの慣性モーメントで試験を行った。第2効力での初速50km/h、100km/h、130km/h及び減速度0.3Gでの摩擦係数を評価した。
【表1】

【表2】

【表3】

【0037】
表1に示されるように、実施例1〜8のブレーキパッドは、良好な摩擦係数を示し、かつメタルキャッチ発生や対面材表面の荒れを防止し、環境負荷の少ないことが明らかである。これに対し、表2に示されるように、比較例1〜5のブレーキパッドは、摩擦係数が劣る、メタルキャッチ発生や対面材表面の荒れが多い、環境負荷が多いなど、いずれかに欠点があることが明らかである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
繊維基質、結合材、有機充填材及び無機粉を含む摩擦材組成物において、モース硬度5以上7未満の無機粉を摩擦材組成物全重量に対して7〜30重量%、モース硬度7以上の無機粉を摩擦材組成物全重量に対して0.5〜4重量%及び硫化錫を摩擦材組成物全重量に対して2〜10重量%含むことを特徴とする摩擦材組成物。
【請求項2】
前記モース硬度5以上7未満の無機粉が、酸化ジルコニウム、四三酸化鉄の少なくとも1種以上であることを特徴とする請求項1記載の摩擦材組成物。
【請求項3】
前記モース硬度5以上7未満の無機粉が、平均粒径7μm以下の酸化ジルコニウムであることを特徴とする請求項1又は2記載の摩擦材組成物。
【請求項4】
前記モース硬度7以上の無機粉が、珪酸ジルコニウムであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の摩擦材組成物。
【請求項5】
前記珪酸ジルコニウムの平均粒径が、1〜3μmであることを特徴とする請求項4記載の摩擦材組成物。
【請求項6】
コークスを摩擦材組成物全重量に対して1〜10重量%含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の摩擦材組成物。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の摩擦材組成物を加熱加圧成形してなる摩擦材。

【公開番号】特開2008−174705(P2008−174705A)
【公開日】平成20年7月31日(2008.7.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−115497(P2007−115497)
【出願日】平成19年4月25日(2007.4.25)
【出願人】(000004455)日立化成工業株式会社 (4,649)
【Fターム(参考)】