説明

摩擦材

【課題】C/Cコンポジットの欠点である低速・低温摩擦係数が低く、水分の影響を受け易い等の問題が生じずに、C/Cコンポジット、セラミック基複合材のロータの他に、一般路上走行に使用されている鋳鉄のロータとの摩擦でも安定した性能が得られ、尚且つ低価格の摩擦材を提供する。
【解決手段】有機材料を焼成炭素化して結合材とした摩擦材において、室温における圧縮変形量が荷重4MPaの時に0.3〜2.5%であり、かつ荷重10MPaの時に1.0〜4.5%であることを特徴とする。また、前記室温における圧縮変形量と300℃における圧縮変形量との圧縮変形比が荷重4〜10MPaの範囲の時に、1.0〜1.5の範囲である。更に、前記焼成炭素化は、真空、還元ガス、不活性ガスの何れかの雰囲気中で荷重をかけながら550℃〜1300℃の温度で前記有機材料を炭素化してなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、鉄道、航空機、産業機械等に使われているブレーキ用摩擦材に関するものである。近年ブレーキは省エネルギー、効率化の観点から、小型、軽量化、高性能化などが強く求められ、ブレーキ用摩擦材には高温、高負荷条件に耐えうる耐熱性に優れた摩擦材の要求が高まっている。
【背景技術】
【0002】
主に自動車や鉄道で使われている摩擦材はフェノール樹脂を代表とする熱硬化性樹脂を結合材として成形されているが、結合材が有機材料である事から高速での摩擦係数が低くなったり、ブレーキ熱による有機材料の熱変形や軟化から圧縮変形量が増大したり、熱分解が原因となる摩擦係数の低下(フェード現象)が問題となっている。
自動車や鉄道などの高速化、高性能化と省エネルギー化が進むにつれ、ブレーキの小型・軽量化が更に進み摩擦材にかかる負荷は益々厳しくなっている。
【0003】
これらの問題解決のため、有機材料を使わない銅系焼結合金による摺動部材(特許文献1参照)や、C/Cコンポジット(炭素繊維で強化した炭素複合材)のロータと摩擦材(特許文献2 、特許文献3参照)や、更にセラミック基複合材(CMC:セラミックマトリックスコンポジット)のロータ(特許文献4参照)等が提案されている。
【特許文献1】特開平7-102335号公報
【特許文献2】特許2805263号公報
【特許文献3】特開平7-332414号公報
【特許文献4】特開平4-347020号公報
【特許文献5】特許第2601652号公報
【特許文献6】特開昭63−310770号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、銅系焼結合金は熱分解しないものの、その金属の融点以上の耐熱性は得られず、またC/Cコンポジットはロータと摩擦材とをC/Cコンポジットにすることにより、軽量で高速の摩擦係数が高く、高温圧縮変形や耐フェード現象等に優れた摩擦特性となるが、低速・低温摩擦係数が低く、水分の影響を受け易い等の問題がある。
また、一般路上走行で使われている鋳鉄製ロータとの摩擦では摩擦特性が不安定になり、その製法上の困難性から価格が従来品の数百倍と高い事などが課題として残っている。
【0005】
すなわち、C/Cコンポジットの製法は、補強材としての炭素繊維に高分子材料を含浸し成形した後、高温炭素化炉で焼成炭素化しているが、一回の焼成では、密度が低く目標とする強度が得られない。このため高分子材料の含浸と焼成を何度も繰り返し炭素化し密度を高める必要がある。
【0006】
また、通常一回の焼成では、密度約1.5g/cm2となり、これに含浸、焼成を繰り返して約1.8g/cm2まで高め、その後2000℃以上の高温で黒鉛化処理を行い摩擦材としている。この工程を全て完了するまでに数週間から数ヶ月が必要であり、高価格の原因となっている。
【0007】
更に、摩擦性能が不安定となる主要因は、摩擦中の接触状態が安定しないことにあり、有機系摩擦材においても接触状態を改良するために、制動時の加圧によって摩擦材が変形して接触状態を安定させるために、圧縮変形量が重要な要素となっていた。圧縮変形量に
おける有機系摩擦材の課題は、高温で有機材料が溶融したり分解して高温圧縮変形が異常に大きくなり、異常摩耗や引きずり現象など悪影響があり、圧縮変形量の制御に制約があった。一方、無機系材料だけで造られたC/Cコンポジット摩擦材では、このような現象が少なく温度条件によるメリットは大きいが、その成分と製法上から必要な摩擦強度を維持した上で圧縮変形量を大きく調整する事が出来ていなかった。
【0008】
更に、一回の焼成で高密度品とならない主な原因は、補強材として使われている繊維や織布が焼成により構造変化を起こさない安定した炭素繊維であるのに対して、結合材は高分子材料が炭素化して約1/2に減量収縮(炭素化収率として約50%)するため、その収縮部分が気孔として残ってしまう結果と考えられる。
【0009】
以上から本発明の目的は、C/Cコンポジットの欠点である低速・低温摩擦係数が低く、水分の影響を受け易い等の問題が生じずに、C/Cコンポジット、セラミック基複合材のロータの他に、一般路上走行に使用されている鋳鉄のロータとの摩擦でも安定した性能が得られ、尚且つ低価格の摩擦材を提供することに有る。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、上記のような問題点を解決するため、下記の手段を採用した。
すなわち、本発明の摩擦材は、有機材料を焼成炭素化して結合材とした摩擦材において、室温における圧縮変形量が荷重4MPaの時に0.3〜2.5%であり、かつ荷重10MPaの時に1.0〜4.5%であることを特徴とする。
【0011】
また、本発明の摩擦材は、前記室温における圧縮変形量と300℃における圧縮変形量との圧縮変形比が荷重4〜10MPaの範囲の時に、1.0〜1.5の範囲であることを特徴とする。
【0012】
更に、本発明の摩擦材において、前記焼成炭素化は、真空、還元ガス、不活性ガスの何れかの雰囲気中で荷重をかけながら550℃〜1300℃の温度で前記有機材料を炭素化してなることを特徴とする。
【0013】
更にまた、本発明の摩擦材において、前記摩擦材の成形材料の真密度に対する成形物密度の比である充填率が、65〜85%の範囲で焼成炭素化してなることを特徴とする。
【0014】
更にまた、本発明の摩擦材において、前記焼成炭素化して結合材となる有機材料が3〜30容量%、摩擦調整材として無機充填材が10〜40容量%、固体潤滑材が15〜50容量%、金属材料が5〜35容量%、とを含むことを特徴とする。
【0015】
更にまた、本発明の摩擦材において、前記有機材料が焼成によって炭素化する炭素化収率が50%以上の高分子材料からなることを特徴とする。
【0016】
更にまた、本発明の摩擦材において、前記高分子材料がピッチ、メソフェーズカーボン、フェノール樹脂、コプナ樹脂の1種もしくは複数の高分子材料で構成されていることを特徴とする。
【0017】
更にまた、本発明の摩擦材において、前記固体潤滑材は、炭素質材料(例えば、カーボンブラック)、黒鉛質材料(例えば、天然黒鉛、人造黒鉛)の粉粒体もしくは繊維からなり、1種もしくは複数種により構成されていることを特徴とする。
【0018】
更にまた、本発明の摩擦材において、前記金属材料は、鉄、ステンレス、銅、青銅、真鍮、アルミニウム、錫などの粉粒体もしくは繊維からなり、1種または複数により構成さ
れていることを特徴とする。
【0019】
更にまた、本発明の摩擦材において、前記充填率が65〜85%の範囲である摩擦材は、5kPa〜3MPaの荷重をかけながら焼成炭素化してなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、圧縮変形量を制御した摩擦材は、比較材に対して高速時における摩擦係数が高く、耐フェード性(高温における摩擦係数の低下)、スピードスプレッド、Gスプレッドにも優れており、当初より狙いとしていた耐熱性に優れたものとなった。更に摩擦材は、圧縮変形量を広い範囲に設計できる上に、圧縮変形量の変化が高温になっても少なく安定している事等から、自動車、鉄道、航空機、産業機械等のブレーキで使われるあらゆる摩擦条件に適応した最適変形量とする事によって安全性の向上が計れ、小型軽量化を目指す上でブレーキやそのシステム設計全体に与える期待も大きい。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下に図面を参照して、この発明である摩擦材を実施するための最良の形態を例示的に詳しく説明する。
従来のC/Cコンポジットの製法では、金属や無機材料との複合化による摩擦特性や圧縮変形量の調整に問題があった。その理由は高温(2000℃以上)で繰り返し焼成しているため、金属や無機材料等が溶融流出したり、分解、昇華し易くなり複合化が出来なかった事にある。
【0022】
これ等の課題を解決する手法として、低温での炭素化や複合化についても従来より検討され(例えば、特許文献5、特許文献6)、その実施例の中で圧縮変形量の代用値として硬さ(ロックウェル硬度計:HRS)を測定しているが、従来材より硬く十分な圧縮変形量になっていない。
【0023】
これ等従来の技術との詳細な比較を、焼成炭素を結合材とした摩擦材の硬さ(HRS)と圧縮変形の関係で図3に示した。ただし、フェノール樹脂を結合材とした従来の摩擦材は、弾性率がかなり異なるため傾きが変わってしまう。
【0024】
HRSスケールでのロックウェル硬度測定では、その値が50〜115の範囲が精度を維持できる測定範囲であり、HRSスケールでの測定下限を下回る柔らかい材料はHRRスケールにて測定する必要がある。
【0025】
よって、本実施の形態の発明材は、精度の良いロックウェル硬度HRRで測定した。
この測定結果に基づき、荷重8MPa時の圧縮変形量との相関(図3参照)を作成し、その後HRSとHRRの相関(図2参照)に基づいて変換してHRRと圧縮変形の相関図(図1参照)を作成した。
【0026】
前述の特許文献5では、従来材の硬さはHRS65〜70で、この範囲の硬さの一般的な摩擦材の圧縮変形量20〜30×10-2mmに対して発明材の硬さはHRS75〜83、圧縮変形量も図1から8×10-2mm以下と小さい。
【0027】
さらに図5に示した発明材の圧縮変形量19〜77×10-2mmの1/2以下であり制動時の接触が悪いことがわかる。前述の特許文献5の実施例1ではバルクメソフェーズカーボン(BMC)をバインダーとしたオーガニックパッドを400℃〜650℃、荷重100〜700kg/cm2で成型しているが、BMC単独のバインダーとしているため成型時の流動性が悪く、10MPa以上の高い荷重を必要としていることに起因しているものと思われる。
【0028】
次に、この特許文献5の実施例2におけるセミメタリックパッド材料においても同様に、従来材の硬さがHRS72〜78で、この硬さの一般的なセミメタリック材の圧縮変形量10〜15×10-2mmに対してHRS80〜90で圧縮変形量が図3より8.9×10-2mm以下と変形量が少なく良好な接触状態を保てる圧縮変形量にはなっていない。
特許文献5の図1、2によれば、実施例は温度500℃以下で従来材より優れた結果を示しているが、それ以上の高温での結果は明らかにされていない。
【0029】
特許文献6における発明は、BMCをバインダーとしてスチールファイバーを含む摩擦材を特許文献5と同様に成形した後、水素雰囲気中で1050〜1150℃、10〜40分処理してスチールファイバー表面を浸炭しカーボンと一体化することによって強化する発明であるが、この事によって、圧縮変形が大きくなり接触状態が良くなることは記載されていない。
【0030】
これらの研究は継続して行われているが、接触状態を従来の有機系摩擦材より良くして高温まで安定した無機系摩擦材の開発はされておらず実用化レベルに至っていなかった。
【0031】
本実施の形態の具体的内容は、低コストで安定した摩擦材とするために、炭素化条件を低温、短時間、一回として、摩擦特性の安定性改良にとって重要な圧縮変形量を複合化技術と焼成炭素化技術により従来の有機系摩擦材より大きくして、高負荷条件でも安定した性能を得ることにある。
【0032】
焼成炭素化プロセスは、真空、還元ガス、不活性ガスの何れかの雰囲気の中で必要とする荷重をかけながら、有機質材料が炭素化する温度(約550℃以上)まで昇温して保持する事とし、複合化に使われる材料は、主に従来の有機系摩擦材等で市場実績のある材料の中から選ばれるが、焼成炭素化条件によって溶融したり分解、合成、昇華等の化学反応が起こりにくい材料から選択する事を原則とした。
【0033】
本実施の形態の摩擦材を構成する複合化材料は、焼成により炭素化して結合材となる有機材料3〜30容量%、摩擦係数、摩耗などの摩擦特性を調整する摩擦調整材として無機充填材10〜40容量%、固体潤滑材15〜50容量%、金属材料5〜35容量%より構成されるが、無機充填材、固体潤滑材、金属材料等が摩擦中に起こる摩擦相手材との物理的、化学的反応を考慮して成分とその比率を変えて行う。
【0034】
本実施の形態に用いられる有機材料は、一回の焼成で高密度、高強度製品を得るために炭素化収率が50%以上の高分子材料が望ましく、例えばピッチ、メソフェーズカーボン等やフェノール樹脂、コプナ樹脂等の易炭素化材料が好ましい。
【0035】
更に、摩擦材にとって重要な物理特性、特に圧縮変形量と強度を調整する技術としては、これら有機材料を複数組み合わせたり、焼成時における昇温速度、焼成温度、炭素化時間、荷重などの要因を組み合わせて行う。
【0036】
本実施の形態で用いられた摩擦調整材としての無機充填材は、炭酸カルシウム、硫酸バリウム、アルミナ、炭化珪素、酸化マグネシウム、ムライト、シリマナイト、アンダルサイト、ジルコニア、ジルコンサンド、チタン酸カリウム、アパタイト、タルク(フェリパイロフィライト)、カオリン、海緑石、発泡蛭石、パーライト、緑泥石等の鉱物質や粘土質材料である。
【0037】
また、固体潤滑材としては炭素質材料(例えば、カーボンブラック)、黒鉛質材料(例えば、天然黒鉛、人造黒鉛)等の材料が用いられる。
【0038】
また、金属材料としては、鉄、ステンレス、銅、青銅、真鍮、アルミニウム、錫等の材料が用いられる。これらの材料を実際に使用する場合は、粉体、粒状,繊維状等様々な形状やサイズを考慮して複数種類の材料を組み合わせて使用するが、摩擦中の摩擦熱によりこれらの材料が相互に作用しあい起こる酸化、還元、分解、再結晶等の現象と影響についても考慮してその組み合わせを決める必要がある。
【0039】
本実施の形態の摩擦材は、還元ガス、不活性ガス雰囲気または真空中で、有機材料が炭素化する温度550℃以上で炭素化されるが、炭素化収率の向上と配合される成分が溶融流出したり化学反応を起こしにくい炭素化雰囲気や条件を決める必要がある。例えば配合成分にアルミニウム金属が有る場合は焼成温度600℃前後、銅又はその合金では800℃〜1,000℃、鉄系であれば1000℃から1300℃が好ましい条件といえる。また焼成炭素化温度は環境、省エネルギー、ひいてはコストに大きく影響してくる事から、可能な限り低温焼成により炭素化して目標とする摩擦性能を得ることが好ましい。
【0040】
焼成炭素化プロセスは、炭素化炉などで昇温炭素化する間接昇温法や誘電、通電等による直接昇温法等、何れの方法であっても目標とする炭素化が可能である。更に成形方法としては、直接型内に成形材料を充填して荷重をかけながら焼成炭素化したり、予め高圧で冷間成形した後焼成炭素化する事も可能である。
【0041】
ブレーキが安定した性能を維持するためには、ブレーキ時の加圧力によって摩擦材が適度に変形して広い温度範囲で安定した接触状態を保つ必要がある。本発明の摩擦材は、加圧時の変形量を多くして良好な接触状態を維持するため鋭意検討した結果、焼成炭素化された複合材の充填率を変える事によって圧縮変形量の制御が可能となり、現在市場実績の有る有機系摩擦材と同等以上の圧縮変形量とすることが可能となった。一般に充填率の制御は、焼成炭素化時の荷重を変更して制御しているが、型成形の場合には予め決められた充填量を型内に装填して焼成炭素化する容積制御も可能である。
【0042】
本実施の形態の摩擦材の充填率を65%〜85%とする事によって室温でテストピースサイズ50mm×50mm、テストピース厚み10mmの試料二枚を重ねて、荷重20kNの加圧条件で圧縮変形量が10〜80×10-2mmとなり、テストピース2枚の厚みに対する変化率としてみると荷重約8MPaの条件で変化率約0.5〜4%(JIS D4413)と広い範囲の設計が可能となった。
【0043】
摩擦性能の安定性にとって摩擦材の圧縮変形量は、摩擦中に破壊や異常摩耗等の異常を起こさない限り大きい方が好ましい事は良く知られているが、用途によってはシステム上の制約がある。例えば、自動車では小さい値が求められ、鉄道では余り重要な項目となっていない。
【0044】
本実施の形態は、広範囲の圧縮変形量を設計できることから、自動車、鉄道、産業機械、航空機などのブレーキに制約される条件の範囲以内で、摩擦材の接触状態を最適にした設計が可能である。
【0045】
更に、高温(300℃以上)では、現在使われている有機系摩擦材は有機材料の軟化や熱変形、熱分解が原因となり圧縮変形量が大きく変化するのに対して、本実施の形態は550℃以上の高温で焼成されることで有機質が炭素化し無機質複合材となっているため温度による変化が少ない。室温と高温(300℃)ので圧縮変形量の変化を変化率としてみると、有機系摩擦材の変化量が約2倍以上に対して、本発明品は1.5倍以下と低く、高温(図7)の温度に対する安定性が優れていることを示している。
【0046】
充填率は焼成前の成分や焼成法によっても異なってくるが、荷重制御によって行う場合は、充填率を65%前後とするためには約5〜10kPa、充填率を85%前後とするためには約2〜3MPaの荷重で達成できる事も明らかにした。
【実施例】
【0047】
本実験の焼成炭素化は、通常の炭素化炉を用いて窒素ガス中で昇温炭素化する方法と、市販の放電プラズマ焼結機を用いて真空中で昇温炭素化する方法について実施した。
【0048】
[予備実験]
炭素化複合摩擦材の試作は、窒素ガス中、窒素ガス中、燃焼温度900℃で1時間保持して行い、50mm×50mmの試料に2.5kNから30kNの荷重をかけて実施した。このとき、摩擦材に必要となる圧縮変形量を充填率を変えることで調整した。
【0049】
実験に入る前に予備実験として充填率の上限下限の範囲を予測するため充填率61%から88%の範囲を約5%毎に試作して簡略試験で調査をした。簡略試験は「テストコード(1)」の第一フェード試験で実施し、その結果を表1に示した。
【0050】
【表1】

【0051】
表1から予備実験No.1の充填率が61%では摩擦材の摩耗が異常に多くなり、テストピースの端面にはクズレが生じ強度面からも実用性に欠けている事を示している。
尚、予備実験No.2の充填率65%では摩耗量も付着物も少なく良好な結果を示した。一方、予備実験No.7充填率が88%では耐摩耗性は優れているが摩擦回数を重ねると摩擦振動が発生し試験継続が困難となり試験を中止した。
【0052】
試験後のロータ観察では付着物が多く、摩擦材の圧縮変形が少ないため制動中の接触状態が悪くなり、その結果摩擦熱による高温部で凝着力が大きくなり摩擦振動に繋がったことを示している。
【0053】
予備実験No.6の85%でも摩擦振動は発生したが軽微なもので試験継続に支障が無く、実用上問題ないレベルと判断した。
【0054】
予備実験の結果から、この実施例では接触状態を良い状態に保てる範囲として、充填率65〜85%の範囲に絞って実施することにした。
【0055】
[本実験]
本実験において、実施例(1)〜(5)は充填率を65〜85%の範囲として、
実施例(6)〜(15)では70〜80%の範囲に試作して下記の調査をした。
【0056】
[試作品の調査項目]
物性値:充填率、圧縮変形(試験条件:サイズ50mm×50mm、厚み10mm、
試験方法:JIS D4413、室温、300℃)
摩擦特性:フェード、摩耗,高速性能
【0057】
実施例(1)〜(5)
炭素化収率の高い有機材料としてフェノール樹脂とピッチ、金属として銅粉、潤滑材として人造黒鉛、無機充填材として電融酸化マグネシウム、アルミナを混合し通常の炭素化炉を用いて焼成炭素化した。
【0058】
【表2】

【0059】
焼成炭素化成形条件は、窒素ガス中、焼成炭素化温度900℃、荷重5kPa〜3MPaで1時間保持して、充填率が65〜85%となるように荷重を設定した。
【0060】
実施例(6)〜(10)
炭素化収率の高い有機材料としてフェノール樹脂とピッチ、金属材料としては鉄粉、潤滑材として人造黒鉛、無機充填材として電融酸化マグネシウムと発泡蛭石を混合し放電プラズマ焼結機を用いて焼成炭素化した。
【0061】
【表3】

【0062】
焼成炭素化成形条件は、真空中、炭素化温度1,000℃で荷重1MPa〜3MPaをかけて5分間保持して、充填率が70〜80%となるように荷重を設定した。
【0063】
実施例(11)〜(15)
炭素化収率の高い有機材料としてフェノール樹脂とピッチ、金属としては銅粉とアルミニウム粉、潤滑材として人造黒鉛、無機充填材として電融酸化マグネシウム、アルミナを混合し焼成炭素化した。
【0064】
【表4】

【0065】
焼成炭素化成形条件は、窒素ガス中、炭素化温度600℃で荷重1MPa〜3MPaをかけて5分間保持して、充填率が70〜80%となるように荷重を設定した。
【0066】
[摩擦試験機]
摩擦試験は、車両総重量2000kgの車両の1/10相当の小型テストピース試験機を用いて特性の有意差を明確にするため、摩擦負荷を通常乗用車(エナージーローディン
グ:通常乗用車では約540N・m/cm2・s、本試験条件は約880N・m/cm2・s)の約1.6倍と厳しい条件に設定して、フェードを重視した「テストコード(1)」と高速性能を重視した「テストコード(2)」を実施した。
【0067】
[試験機条件] 慣性:0.9kgm2
ロータサイズ:88φ
摩擦材サイズ:13mm×35mm
テストコード テストコード(1):フェード試験
テストコード(2):高速性能試験
【0068】
[テストコード(1):フェード試験]
すり合わせ 初速度:65km/h 減速度:0.3G イニシャル温度:120℃
フェード試験 初速度130km/h ⇒ 停止
減速度:0.4G、出力一定試験
ロータ材:FC250

ブレーキ開始温度:65℃
ブレーキインターバル:35sec
ブレーキ回数:第一フェード10回、第二フェード15回
データ解析:第一フェード試験
摩耗量測定:第二フェード試験後
ロータ温度15回目:800℃以上
【0069】
[テストコード(2):高速性能試験]
すり合わせ 初速度:65km/h 減速度:0.3G イニシャル温度:120℃
高速試験 初速度130km/h ⇒ 停止
イニシャル温度:95℃
減速度:0.15G〜0.75G、出力一定試験
ロータ材:FC250
【0070】
[試験結果]
[物性値]
(1) 充填率と圧縮変形量
図4に実施例(1)〜(15)の「充填率と室温における圧縮変形量」の関係を示した。
図4は摩擦調整材の種類、量、焼成温度が変わっても、圧縮変形と充填率との間に一定の関係があり、摩擦に必要となる圧縮変形量は充填率を変えることによって調整可能となることを示している。
【0071】
図5、6、7は「圧縮変形量と温度」の関係について試料No.(1)(4)(8)(13)と比較例について示した。図5、6は、室温と高温(試料温度300℃)における圧縮変形量を示しているが、室温では試料No.(1)を除き比較例と同等の値を示している。
同時に試料No.(1)の圧縮変形量は特に大きく広範囲の設計が可能であることを示している。高温では試料No.(1)を除き比較例以上に大きく変形することなく、高温(厳しい摩擦条件)にも対応できることを示している。
【0072】
図7は、「室温と高温における圧縮変形量の変化率」を示している。図4から比較例では変化率が2倍以上であるのに対して実施例では1.5倍以下であり温度の変化に対して安定した特性を示している。
【0073】
[摩擦試験]
(1) テストコード(1)(フェード試験)
図8に実施例(1)〜(15)、比較例の「摩擦係数とその低下率(フェード=1−フェードμ/初期μ)」を示した。
【0074】
本発明材は摩擦係数が0.35以上でフェード時の摩擦係数も0.30以上で比較材の摩擦係数0.31、フェード0.22に比べて高く安定した値を示している。また摩擦係数の低下率では試料No.(13)(14)が25〜26%と若干大きい値を示しているが、その他の試料では20%以下であり、比較材の29%より遥かに小さいくフェードし難い事が解る。
【0075】
更に、図9には実施例No.(4)(8)(13)のフェード試験中における摩擦係数の変化を示した。
【0076】
図9を耐熱性という観点で、フェードと温度の関係を見ると、本実施例で一番フェードの悪い試料No.(13)であっても400℃付近では10%前後の低下であり、比較例の29%より遥かに耐熱性に優れている事が解る。
【0077】
また、実施例は、何れも温度が上がると徐々に摩擦係数が下がる傾向にあるが、比較例では途中で最低値を示しその後上昇する傾向となっており、異なった特性を示している。比較例のこの特性は、有機材料が分解して生じる液又はガス潤滑によるものであり、有機材料が分解消失し残渣の構成が無機質になると再度上昇する、この傾向は有機系摩擦材の特徴である。本発明品はフェード現象を軽減するため、最初から無機質のみで構成しているため、このような現象を起こさないで当初の目的を達成する事が出来た。
【0078】
図10は実施例と比較例の摩耗量を示しているが、比較例に比べ何れも少なく優れた耐摩耗性を示している。
【0079】
(2)テストコード(2)(高速性能)
高速性能テストは高速での摩擦係数、スピードスプレッド、Gスプレッドについた有意差を求めるため通常より厳しいし試験条件(乗用車の1.6倍)で実施した。図8には、表2,3,4の代表材として実施例No.(4)(8)(13)と比較例について実施した結果を、ブレーキ初速(100km/hと130km/h)と減速度(0.15G、0.35G、0.45G、0.6G、0.75G)毎に平均摩擦係数で示した。
【0080】
図11から摩擦特性の重要な特性である摩擦係数、スピードスプレッド、Gスプレッドについてみる。
[摩擦係数]
減速度0.45G、初速度100km/hの摩擦係数は、比較材が0.31に対して実施例では0.42〜0.56、初速度130km/hの摩擦係数は、比較材0.20に対して実施例では0.4〜0.48と摩擦係数が高く安定している。
【0081】
[スピードスプレッド(ブレーキ初速度と摩擦係数)]
減速度0.45Gで初速度100km/hと130km/hのスピードスプレッド((130km/hでの摩擦係数÷100km/hでの摩擦係数)×100)は、比較材65%に対して、実施例では85〜102%と高速になっても摩擦係数が下がらないで、速度に対して安定した摩擦係数を示している。
【0082】
[Gスプレッド(減速度と摩擦係数)]
ブレーキ初速度100km/hのGスプレッド(0.75Gでの摩擦係数÷0.15Gでの摩擦係数×100)は、比較材65%に対して、実施例では85〜109%と高い。ま
た初速度130km/hでも比較材が57%であるのに対して、実施例は68〜108%と高く、減速度による摩擦係数の変化が少なく安定している。
以上の結果から本発明品は高速における摩擦係数も安定した摩擦材である。
【0083】
以上、実施例が示しているように、圧縮変形量を制御した本発明品は、比較材に対して高速時における摩擦係数が高く、耐フェード性(高温における摩擦係数の低下)、スピードスプレッド、Gスプレッドにも優れており、当初より狙いとしていた耐熱性に優れた摩擦材となった。更に本発明品は、圧縮変形量を広い範囲に設計できる上に、圧縮変形量の変化が高温になっても少なく安定している事等から、自動車、鉄道、航空機、産業機械等のブレーキで使われるあらゆる摩擦条件に適応した最適変形量とする事によって安全性の向上が計れ、小型軽量化を目指す上でブレーキやそのシステム設計全体に与える期待も大きい。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】HRRと圧縮変形の相関図である
【図2】HRSとHRRの相関図である。
【図3】荷重8MPa時の圧縮変形量との相関図である。
【図4】実施例(1)〜(15)の「充填率と室温における圧縮変形量」の関係図である。
【図5】「圧縮変形量と温度」の関係について試料No.(1)(4)(8)(13)と比較例について示した図である。
【図6】「圧縮変形量と温度」の関係について試料No.(1)(4)(8)(13)と比較例について示した図である。
【図7】「圧縮変形量と温度」の関係について試料No.(1)(4)(8)(13)と比較例について示した図であり、「室温と高温における圧縮変形量の変化率」を示している。
【図8】実施例(1)〜(15)、比較例の「摩擦係数とその低下率(フェード=1−フェードμ/初期μ)」を示した図である。
【図9】実施例No.(4)(8)(13)のフェード試験中における摩擦係数の変化を示した図である。
【図10】実施例と比較例の摩耗量を示した図である。
【図11】高速試験時の減速度別摩擦係数を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機材料を焼成炭素化して結合材とした摩擦材において、
室温における圧縮変形量が荷重4MPaの時に0.3〜2.5%であり、
かつ荷重10MPaの時に1.0〜4.5%である
ことを特徴とする摩擦材。
【請求項2】
前記室温における圧縮変形量と300℃における圧縮変形量との圧縮変形比が荷重4〜10MPaの範囲の時に、1.0〜1.5の範囲である請求項1に記載の摩擦材。
【請求項3】
前記焼成炭素化は、真空、還元ガス、不活性ガスの何れかの雰囲気中で荷重をかけながら550℃〜1300℃の温度で前記有機材料を炭素化してなる請求項1又は2に記載の摩擦材。
【請求項4】
前記摩擦材の成形材料の真密度に対する成形物密度の比である充填率が、65〜85%の範囲で焼成炭素化してなる請求項1〜3のいずれかに記載の摩擦材。
【請求項5】
前記焼成炭素化して結合材となる有機材料が3〜30容量%、
摩擦調整材として無機充填材が10〜40容量%、
固体潤滑材が15〜50容量%、
金属材料が5〜35容量%、
とを含む請求項1〜4のいずれかに記載の摩擦材。
【請求項6】
前記有機材料が焼成によって炭素化する炭素化収率が50%以上の高分子材料からなる請求項5に記載の摩擦材。
【請求項7】
前記高分子材料が
ピッチ、メソフェーズカーボン、フェノール樹脂、コプナ樹脂の1種もしくは複数の高分子材料で構成されている請求項6に記載の摩擦材。
【請求項8】
前記固体潤滑材は、
炭素質材料、黒鉛質材料の粉粒体もしくは繊維からなり、
1種もしくは複数種により構成されている請求項5に記載の摩擦材。
【請求項9】
前記金属材料は、
鉄、ステンレス、銅、青銅、真鍮、アルミニウム、錫の粉粒体もしくは繊維からなり、1種または複数種の材料により構成されている請求項5に記載の摩擦材。
【請求項10】
前記充填率が65〜85%の範囲である摩擦材は、
5kPa〜3MPaの荷重をかけながら焼成炭素化してなることを特徴とする請求項4に記載の摩擦材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2006−306970(P2006−306970A)
【公開日】平成18年11月9日(2006.11.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−130046(P2005−130046)
【出願日】平成17年4月27日(2005.4.27)
【出願人】(000000516)曙ブレーキ工業株式会社 (621)
【Fターム(参考)】