説明

摺動部材およびその製造方法

【課題】基材上に樹脂層を容易に設けることができ、且つ樹脂層が基材から剥がれにくい摺動部材およびその製造方法を提供する。
【解決手段】摺動部材11を、基材12と、基材12の摺動側の表面部12bに凹部15を形成することによって設けられた含浸層13と、含浸層13に含浸被覆している樹脂層14とから構成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、樹脂層を備える摺動部材およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動部材は、その摺動部として樹脂層を設けることがある。樹脂層は、例えば、非焼付性、耐摩耗性、機械的強度などの摺動特性に優れるPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)などから形成されている。
【0003】
樹脂層を形成する樹脂は、異種の材料である金属と化学的に結合しにくい。そのため、樹脂層を支持層である金属製の基材上に直接設けると、樹脂層が基材から剥がれてしまうことが考えられる。したがって、例えば、特許文献1では、鉛青銅粉末を焼結して得られる多孔質焼結層を基材上に設け、樹脂層の一部を多孔質焼結層の内部に含浸させている。特許文献1の構成によれば、樹脂層は、アンカー効果によって多孔質焼結層を介して基材上に固定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平8−210357号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一般に、接合の観点から基材(裏金層)の種類と多孔質焼結層の種類との組み合わせは限られている。そのため、用途に応じて裏金層の種類を変えたい場合、多孔質焼結層の種類も変える必要が生じることがある。そして、多孔質焼結層の種類を変える場合、焼結温度などの焼結条件も変える必要が生じることがある。
しかしながら、一般に、多孔質焼結層の形成のための焼結設備は、焼結条件に合わせて設計されているため、例えば焼結温度を変更することは容易でない。焼結温度などの焼結条件を変更したい場合には、新たな焼結条件に合う焼結設備を新たに設ける必要が生じることがある。
【0006】
本発明は上記した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、基材上に樹脂層を容易に設けることができ、且つ樹脂層が基材から剥がれにくい摺動部材およびその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、基材と樹脂層との接合の構成に着目して鋭意実験を重ねた。その結果、本発明者は、基材の表面を加工することにより、多孔質焼結層を設けなくても、樹脂層を基材上に直接設けることができた。したがって、基材上に樹脂層を容易に設けることができ、且つ樹脂層が基材から剥がれにくい摺動部材を得ることができることを解明した。
本発明者は、上記の解明を基にして、下記の発明をした。
【0008】
本発明の請求項1の摺動部材は、金属製またはセラミックス製の基材と、基材の摺動側の表面部に凹部を形成することによって設けられた含浸層と、含浸層に含浸被覆している樹脂層とを具備したことを特徴としている。
【0009】
本発明の摺動部材の一実施形態の断面を、図1に示す。図1に示す摺動部材11は、基材12と、含浸層13と、樹脂層14とを備えている。ここで、樹脂層14の表面(樹脂層14の面のうち基材12とは反対側の面)が、摺動部材11の摺動面14aとなる。さらに、基材12の面のうち樹脂層14側(後で詳述する含浸層13の面のうち樹脂層14側)の面を、表面12aとして図面に示す。
また、表面12aで切断した横断面を図2に示す。表面12aの高さにおいて基材12の表面が存在しているところを、ランドとして図面に示す(図1、図2、図6中のランドを「L」で示す)。
【0010】
上記「基材」とは、樹脂層14を設けるための構成物、例えば、裏金層である。この基材12は、樹脂層14と異種の材料、例えば鉄、銅などの金属、あるいはセラミックスの材料で形成されている。
上記「基材の表面部」とは、基材12の表面12aから基材12の所定の深さまでの領域のことである。図1において表面部を12bで示す。また、この「所定の深さ」とは、後述する凹部15と同じ深さ、または凹部15の深さ以上の任意の深さのことである。
【0011】
含浸層13は、基材12の表面部12bに凹部15を形成することによって設けられている。凹部15の形状は、直線状の溝、湾曲状の溝、穴状などである。図2は、凹部15が複数の直線状の溝15aであり、溝15aが格子状に配列された一例を示している。図示はしないが、凹部15が穴状の場合は、1つの摺動部材11につき1箇所形成されていても複数箇所形成されていてもよく、さらに、表面部12b内で穴同士が連通していてもよい。
また、凹部15は、図1に示すように、表面12aでの開口15bの面積が、基材12の内部の開口15cの断面積よりも大きくても小さくてもよい。
この凹部15は、後述する機械加工により形成されていることが好ましい。
【0012】
樹脂層14は、含浸層13に含浸被覆して即ち樹脂材料によって基材12を含浸被覆することにより設けられている。本実施形態では、樹脂層14の一部が含浸層13の凹部15の内部に入り込んでいる。したがって、樹脂層14は、アンカー効果により含浸層13上に固定される。これにより、本実施形態では、従来構成のように基材上に多孔質焼結層を設けなくても、樹脂層14を基材12上に直接設けることができる。したがって、基材12上に樹脂層14を容易に設けることができる。また、樹脂層14がアンカー効果によって含浸層13上に固定されているので、樹脂層14を基材12から剥がれにくくすることができる。
【0013】
また、摺動部材11は、多孔質焼結層を設けないため、基材12と樹脂層14との接合力を制御することができる。一方、多孔質焼結層は粉末を多孔質に焼結することにより得られるものであり、接合力に影響を及ぼす凹部形成量(空孔率)の調整は容易ではない。そのため、従来構成において、多孔質焼結層による基材と樹脂層との接合力の制御は容易ではない。
樹脂層14を形成する樹脂は、摺動部材の非焼付性、耐摩耗性、機械的強度などの摺動特性に優れる樹脂、例えばポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンスルフィド、ポリアミド等から形成されていることが好ましい。それらにチタン酸カリウィスカやカーボンウィスカ等の繊維やポリテトラフルオロエチレンや二硫化モリブデン等の固体潤滑剤を含ませてもよい。
なお、含浸層13及び樹脂層14は、基材12の両面に設けることもできる。
【0014】
本発明の請求項2の摺動部材は、凹部が機械加工によって形成されていることを特徴としている。
図1に示す凹部15は、レーザ加工、ワイヤーカット加工、その他の凹部加工可能な機械加工装置の機械加工によって形成されることが好ましい。機械加工は、エッチングよりも、凹部15の配置および凹部15の形状を容易に制御することができる。
【0015】
本発明の請求項3の摺動部材は、凹部の開口面積をp、含浸層の摺動側の表面の面積をq、凹部の開口面積率p/qをx、基材と樹脂層との接合力をyとして、y=a×x+b (ただし、0.45≦a≦1.00、−5.00≦b≦5.00)の関係式で特定することを特徴としている。
【0016】
上記「凹部の開口面積p」とは、図1に示す基材12(含浸層13)の表面12aに位置する凹部15の開口15bの面積、すなわち、例えば図2を例に示すと溝15aからなる開口の面積の合計のことである。
上記「含浸層の摺動側の表面の面積q」とは、含浸層13の摺動側(樹脂層14側)の表面、すなわち表面12aの面積のことであり、凹部15の開口面積pも面積qの一部に含まれている。すなわち、「含浸層の摺動側の表面の面積q」は、すべてのランドの面積と凹部15の開口面積pとの合計である。
【0017】
上記「凹部の開口面積率x」とは、「含浸層の摺動側の表面の面積q」に占める「凹部の開口面積p」の割合である。
「凹部の開口面積率x」は、例えば含浸層13の摺動側の表面12aの面積q(凹部15が形成される前の表面12aの面積)が100mm2で、この面積q内に開口面積60mm2の凹部15が形成されている場合には、開口面積率x(%)=(60/100)×100%の計算式となり、60%となる。
【0018】
上記「基材と樹脂層との接合力y」は、具体的には、表面12aに平行な方向において、基材12と樹脂層14とを反対方向に引っ張ったときに必要な剪断応力のことである。
ここで、本発明者は、凹部15の開口面積率xと、基材12と樹脂層14との接合力yとの関係を鋭意実験によって解明した。この開口面積率xと接合力yとの関係及び本発明の請求項3で特定している摺動部材のx、y領域を、図3に示す。
【0019】
図3中のαの線は、本実施形態の摺動部材11における開口面積率xと剪断試験によって得られた接合力(剪断応力)yとの関係を示したものである。接合力yは、図3に示すように、開口面積率xに比例し、「y=a×x+b」で表される。このとき、0.45≦a≦1.00、−5.00≦b≦5.00である。αの線は、試験結果より得たものであり、y=0.6×x−1.58である。また、βの線はy=x+5であり、γの線はy=0.45×x−5である。さらに、図3に例として、本実施形態の摺動部材11の構成と同じである実施例品の剪断応力(菱形プロット)と、比較対象としての従来構成(多孔質焼結品)の剪断応力(正方形プロット)を示す。
【0020】
本実施形態によれば、摺動部材11において開口面積率xが多孔質焼結品と同等であるとき、摺動部材11は多孔質焼結品と同等以上の接合力(剪断応力)を得ることができる。さらに、「y=a×x+b (ただし、0.45≦a≦1.00、−5.00≦b≦5.00)」の式が成り立つように凹部15の開口面積pを調節することにより、必要に応じた接合力を有する摺動部材11を容易に得ることができる。
aは、主に樹脂層14の材料によって異なる。また、aおよびbは、測定のばらつきによる値の変動も含まれている。
【0021】
上記から解るように、開口面積率xを大きくするほど接合力yは大きくなる。理論上、開口面積率xが100%で接合力yが最大となるが、本実施形態は基材12と樹脂層14との接合を本質とするものなので、最大の接合力は基材12の剪断応力を考慮することになる。すなわち、最大の接合力は、最大破断時開口面積率(摺動部材11に破断(剪断)する力を加え、その摺動部材11が破断するときの最大の開口面積率)をx0とすると、基材固有剪断応力に(100−x0)/100を乗じた値となる。また、理論最大接合力(基材12および樹脂層14の剪断応力を考慮した場合の理論上の最大の接合力)は、(基材固有剪断応力値×樹脂固有剪断応力値)/(基材固有剪断応力値+樹脂固有剪断応力値)となる。
樹脂層14を構成する樹脂材料、基材構成材料及び製造性を鑑みるとx<100、y≦100が好ましく、10≦x≦90、5≦y≦50がより好ましい。
【0022】
本発明の請求項4の摺動部材は、凹部が複数の直線状の溝であり、複数の溝が互いに平行に配置され、溝の開口の幅寸法が隣り合う2つの溝のピッチの0.1〜0.8倍であることを特徴としている。
【0023】
ここで言う「凹部」は、図2に示すように、複数の直線状の溝15aである。これらの複数の溝15aは、互いに平行に配置されている。凹部15が複数の直線状の溝15aの場合、任意の溝15aを、他の複数の溝15aに対して交差(図2では直交)するように配置してもよい。
上記「溝の開口の幅寸法W」とは、図1で示すように、表面12aにおける溝15aの開口の幅寸法Wのことである。
【0024】
上記「2つの溝のピッチP」とは、平行に配置された2本の直線状の溝15aにおいて、一方の溝15aの開口の幅方向の中心と、他方の溝15aの開口の幅方向の中心との距離のことである。
「溝の開口の幅寸法W」と「2つの溝のピッチP」と「開口面積率x」との関係を図4に示す。
【0025】
図4は、例えば図2のように複数の直線状の溝を交差させた場合の開口面積率xに応じた幅寸法Wと、幅寸法W/ピッチPとの関係を、溝15aの開口の幅寸法Wを0.1〜2.0mmとした例を用いて示している。図4に示すように、溝15aの開口の幅寸法Wが隣り合う2つの溝15aのピッチPの0.1倍以上とすることにより、開口面積率xを容易に30%以上とすることができることが分かる。また、溝15aの開口の幅寸法Wが隣り合う2つの溝15aのピッチPの0.8倍以下とすることにより、開口面積率xを容易に90%以下とすることができる。これにより、凹部15の内部に入り込んだ樹脂が外れにくくなるアンカー効果を容易に得ることができる。
加工のしやすさおよび溝15aの配置のしやすさの点で、溝15aの開口の幅寸法Wが隣り合う2つの溝15aのピッチの0.15〜0.75倍であることが好ましい。
【0026】
本発明の請求項5の摺動部材は、凹部が複数の直線状の溝であり、溝の最大深さが200〜2000μmであり、溝の深さ方向の角度が基材の厚さ方向に対して5〜45°傾斜していることを特徴としている。
【0027】
上記「溝の深さ」とは、図1および図5に示すように、基材12の表面12aから基材12の厚さ方向に延びる方向での最短の溝の長さ(図1および図5においてdeで示す)のことである。図5は、樹脂層14を設ける前の基材12および含浸層13を示している。「溝の最大深さ」は、基材12の表面12aから溝の最も深い所に位置する底部まで溝の深さのことである。この溝の深さは、摺動部材11を縦断する断面図を投影機(Profile Projector)などで観察し、測定して求められる。
【0028】
溝15aの最大深さが200μm以上にすることにより、樹脂層14を含浸層13上に固定するアンカー効果を高めることができる。また、溝15aの最大深さが2000μm以下であると、機械加工による凹部15の形成が容易となる。
溝15aの深さ方向の角度θが基材12の厚さ方向に対して5°以上の傾斜(図5において、例えば角度θ=20°)にすることにより、樹脂層14を含浸層13上に固定するアンカー効果を高めることができる。これにより、樹脂層14を含浸層13上に強固に固定することができる。また、溝15aの深さ方向の角度θが基材12の厚さ方向に対して45°以下の傾斜であると、機械加工による凹部15の形成は容易である。
【0029】
本発明の請求項6の摺動部材は、含浸層の摺動側の表面のうち前記凹部の開口を除いた部分の最大表面粗さを、20〜100μmとしたことを特徴としている。
上記「最大表面粗さ」は、含浸層13の摺動側の表面12aのうち凹部15の開口15bを除いた部分、すなわち、ランドに形成されている。この「最大表面粗さ」の大きさは、含浸被覆前の基材12を粗さ測定器で測定して求められる。
【0030】
ランドに凹凸(粗さ)を形成することにより、樹脂層14の一部がこの凹凸の凹内に入り込み、樹脂層14がアンカー効果によって含浸層13上により一層固定されやすくなり、樹脂層14を基材12から一層剥がれにくくすることができる。そして、この最大表面粗さ(Rz)を20μm以上とすることにより、上述のアンカー効果を十分に高めることができ、最大表面粗さ(Rz)を100μm以下とすることが製造上好ましい。
【0031】
本発明の請求項7の摺動部材は、含浸層が、低負荷表面部の領域と、この低負荷表面部よりも大きな荷重を受ける高負荷表面部の領域とに分けられ、高負荷表面部の領域にある凹部の開口面積をp1、高負荷表面部の領域の摺動側の表面の面積をq1、高負荷表面部の領域の開口面積率p1/q1をx1としたとき、0.2≦x1≦0.8であることを特徴としている。
なお、静荷重軸受においては、同様に、含浸層を油膜発生範囲にある主荷重表面部の領域とそれ以外の非荷重表面部の領域とに分けるように設定することができる。
【0032】
本実施形態の摺動部材11は、含浸層13の領域を、図6に示すように、相手部材の荷重(負荷)を受けにくい低負荷表面部の領域(図6においてLTとして示す)と、この低負荷表面部の領域よりも大きな荷重を受ける高負荷表面部の領域(図6においてHTとして示す)とに分けている。低負荷表面部の領域は、具体的には摺動の相手部材の最大荷重の半分以下の荷重が加わる領域である。同様に、静荷重軸受では、主荷重表面部の領域は、理論油圧分布上の油膜始点から油膜終点までの領域と考えることができる。
【0033】
本実施形態では、高負荷表面部の領域での開口面積率x1を調整し、高負荷表面部での基材12と樹脂層14との接合力を高くしている。具体的には、高負荷表面部の領域にある凹部の開口面積をp1、高負荷表面部の領域の摺動側の表面12aの面積をq1、高負荷表面部の領域の開口面積率p1/q1をx1としたとき、0.2≦x1≦0.8(百分率で表すと、20%≦x1≦80%)としている。
【0034】
高負荷表面部の領域の開口面積率x1が0.2(20%)以上であるとき、高負荷表面部での基材12と樹脂層14との接合力は高く、高負荷条件下においても樹脂層14は基材12から剥がれにくい。また、高負荷表面部の領域の開口面積率x1が0.8(80%)以下であるとき、製造面で有利である。さらに、低負荷表面部の領域では、大きな荷重が加わりにくいので、開口面積率を大きくくしなくてもすむ。そのため、摺動部材11の含浸層13の低負荷表面部において、機械加工の作業を減らすことができる。また、基材12として鋼等の熱伝導性の比較的高いものを用いる場合、開口面積率が小さいほど、含浸層14における基材12の割合が増え、放熱性に有利となる。
【0035】
摺動部材11がティルティングパッドスラスト軸受に用いられ、かつ面圧が比較的高く(例えば3MPa前後)、周速が比較的遅い(例えば15m/sec以下)条件で用いられる場合、即ち耐荷重性重視の用途の場合、高負荷表面部の領域の開口面積率x1は、0.4≦x1≦0.8であることが好ましい。強度面と製造面とから0.5≦x1≦0.6であることが更に好ましい。このときの低負荷表面部の開口面積率は0.4(40%)以下であることが製造上好ましい。また、摺動部材11がティルティングパッドスラスト軸受に用いられ、かつ面圧が比較的低く(例えば2MPa以下)、周速が比較的速い(例えば15m/secを超える)条件で用いられる場合、即ち非焼付性重視の用途の場合、高負荷表面部の領域の開口面積率x1は、0.2≦x1≦0.4であることが好ましい。このときの低負荷表面部の開口面積率は0.4(40%)以下であることが好ましい。製造上、低負荷表面部の開口面積率をx1以下とすることが好ましい。
【0036】
本発明の請求項8の摺動部材の製造方法は、金属製またはセラミックス製の基材と、基材の摺動側の表面部に凹部を形成することによって設けられた含浸層と、含浸層に含浸被覆している樹脂層とを具備し、含浸層の摺動側の表面のうち前記凹部の開口を除いた部分の最大表面粗さが20〜100μmである摺動部材の製造方法に関するものである。本発明の請求項8の摺動部材の製造方法は、機械加工装置による機械加工によって基材の摺動側の表面部に凹部を形成することによって含浸層を設け、機械加工装置による機械加工によって含浸層の摺動側の表面のうち凹部の開口を除いた部分に最大表面粗さが20〜100μmとなる凹凸を形成することを特徴としている。
【0037】
上記「機械加工装置」とは、上述のレーザ加工、ワイヤーカット加工、その他の凹部加工可能な機械加工装置のことである。
本実施形態では、基材12の摺動側の表面部12bに凹部15を形成する機械加工装置を用いて、含浸層13の摺動側の表面12aのうち凹部15の開口を除いた部分、すなわちランドに最大表面粗さ(Rz)が20〜100μmとなる凹凸を形成している。これにより、ランドに凹凸を形成する機械加工装置を新たに設ける必要はなく、また、基材12の摺動側の表面部12bに凹部15を形成する作業とランド(表面12a)に凹凸を形成する作業とを連続で行うことができる。したがって、摺動部材11を製造する時間を短縮することができる。
なお、ランドの凹凸が不要な場合は、凹凸を形成しなくてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の一実施形態の摺動部材を模式的に示す断面図
【図2】基材の表面で切断した横断平面図
【図3】開口面積率と剪断応力の関係を示す図
【図4】幅寸法と、幅寸法/ピッチの関係を示す図
【図5】溝の深さ方向の角度を示す図
【図6】含浸層の低負荷表面部の領域と、高負荷表面部の領域を示す図
【図7】剪断試験に用いる試料片の形状を示す図で、(a)は試験片の平面図、(b)は試験片の正面図
【図8】焼付試験の試験結果を示す図
【発明を実施するための形態】
【0039】
次に、実施形態について図1〜3、7、8を参照して説明する。
本実施形態の摺動部材11は、例えば鋼で形成される基材(裏金層)12の表面部12bに凹部15を形成することにより含浸層13を設け、この含浸層13にPEEKを主成分とする樹脂層14を含浸被覆することにより得られる。
【0040】
本実施形態の摺動部材11の基材12と樹脂層14との接合力(剪断応力)の効果を確認するために、実施例品と比較例品(従来構成の多孔質焼結品)を製作し、剪断試験を行った。
実施例品は、具体的には、次のようにして得られた。
まず、厚さ20mmの鋼裏金板の基材の表面部にワイヤーカット加工によって深さが1mmで角度θが15°で開口面積率xが所定の大きさの凹部を形成した。これにより、基材上に含浸層が設けられた板部材を得た。
【0041】
本実施形態では、樹脂層の樹脂材料としてPEEKを用いた。
前記板部材をPEEKの融点以上に加熱し、シート用押出機で5mmの厚さとしたPEEKのシート部材を前記板部材の上に重ね合わせて加圧することにより、前記シート部材を前記板部材の基材(含浸層)に含浸および被覆させて、摺動部材11と同様の構成の実施例品を得た。
他の実施例品も、開口面積率xが異なる以外、上述の実施例品と同様の製造方法で得た。
【0042】
比較例品である従来の多孔質焼結層を有する摺動部材(多孔質焼結品)は、具体的には、次のようにして得た。
まず、厚さ20mmの鋼裏金板の基材の表面に青銅粉末を、青銅粉末の厚さが1mmになるまで散布した後、青銅粉末が散布された基材を800℃で加熱し、焼結を行った。これにより、基部上に多孔質焼結層が設けられた複合部材を得た。
その次に、上記と同様に、PEEKのシート部材を前記複合部材の上に重ね合わせて加圧することにより、前記シート部材を前記複合部材の多孔質焼結層に含浸および被覆させて、比較例品の多孔質焼結品を得た。
【0043】
上記の各試料(実施例品および比較例品(多孔質焼結品))の接着力評価(剪断試験)のために、実施例品および比較例品を加工して図7に示す試験片101をそれぞれ製作した。この試験片101は、基材102上に含浸層103(比較例品の場合は多孔質焼結層103)が設けられ、含浸層103(多孔質焼結層103)上に樹脂層104が形成されている。試験片101の基材102には切削加工により切り欠き105が1箇所形成され、樹脂層104にも切削加工により切り欠き106が1箇所形成されている。切り欠き105と切り欠き106は、上面から見て所定距離離れて形成されている。上記構造によって、基材102は、切り欠き105、106以外の面において、含浸層103(多孔質焼結層103)を介して樹脂層104と接合している。
【0044】
また、試験片101の左右両端部には、円形の開口部107がそれぞれ形成されている。そして、剪断試験では、2つの開口部107を引張試験機に引っ掛けて試験片101を左右両側へ引っ張ることによって基材102と樹脂層104との接合力(剪断応力)を測定した。この試験の結果を図3に示す。
【0045】
剪断試験の結果について解析する。
図3に示すように、例えば実施例品の開口面積率xが50%の場合で見てみると、実施例品の剪断応力(図3中の菱形プロット参照)が比較例品の剪断応力(図3中の正方形プロット参照)と同等以上になることが理解できる。
【0046】
また、上記の各試料(実施例品)について、非焼付性の効果を確認するために、実施例品を加工して試験片(実施例品1〜13)をそれぞれ製作して焼付試験を行った。また、比較例品についても試験片(比較例品1〜3)をそれぞれ製作して焼付試験を行った。焼付試験に用いた試料を表1に示す。実施例品1〜13および比較例品1〜3は、開口面積率(空孔率)が異なる。
【0047】
【表1】

【0048】
焼付試験の試験条件を表2に示し、焼付試験の試験結果を図8および表1に示す。図8は、開口面積率xと焼付面圧の関係の結果を示すものであり、実施例品1〜13(菱形プロット。E1〜E13)と比較例品1〜3(正方形プロット。C1〜C3)の結果を示している。
また、表1中の「平均焼付面圧」に、実施例品1〜3の平均の焼付面圧、実施例品4〜6の平均の焼付面圧、実施例品7〜9の平均の焼付面圧、実施例品10〜12の平均の焼付面圧、実施例品13の焼付面圧、および比較例品1〜3の平均の焼付面圧を示す。
【0049】
【表2】

【0050】
焼付試験の結果について解析する。
実施例品1〜13と比較例品1〜3との対比から、実施例品1〜13は、凹部(溝)が適度に形成されているので、熱伝導性が良好となり、摺動面で発生した熱を比較例品1〜3よりも効果的に基材へ放熱できるため、非焼付性に優れていることが理解できる。
また、実施例品1〜13での対比から、樹脂層としてPEEKを用いながら基材として鋼裏金板を用いる場合、開口面積率が小さいほど、非焼付性に優れていることが理解できる。これは、含浸層における基材の割合を増やすと、放熱性に有利となって非焼付性が向上したと考えられる。
【符号の説明】
【0051】
図面中、11は摺動部材、12は基材、12aは表面、12bは表面部、13は含浸層、14は樹脂層、15は凹部、15aは溝を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属製またはセラミックス製の基材と、
前記基材の摺動側の表面部に凹部を形成することによって設けられた含浸層と、
前記含浸層に含浸被覆している樹脂層とを具備したことを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記凹部は、機械加工によって形成されていることを特徴とする請求項1記載の摺動部材。
【請求項3】
前記凹部の開口面積をp、前記含浸層の摺動側の表面の面積をq、前記凹部の開口面積率p/qをx、前記基材と前記樹脂層との接合力をyとして、
y=a×x+b (ただし、0.45≦a≦1.00、−5.00≦b≦5.00)
の関係で特定することを特徴とする請求項1又は2記載の摺動部材。
【請求項4】
前記凹部は、複数の直線状の溝であり、
前記複数の溝は、互いに平行に配置され、
前記溝の開口の幅寸法は、隣り合う2つの前記溝のピッチの0.1〜0.8倍であることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項記載の摺動部材。
【請求項5】
前記凹部は、複数の直線状の溝であり、
前記溝の最大深さは、200〜2000μmであり、
前記溝の深さ方向の角度は、前記基材の厚さ方向に対して5〜45°傾斜していることを特徴とする請求項1から4のいずれか一項記載の摺動部材。
【請求項6】
前記含浸層の摺動側の表面のうち前記凹部の開口を除いた部分の最大表面粗さを、20〜100μmとしたことを特徴とする請求項1から5のいずれか一項記載の摺動部材。
【請求項7】
前記含浸層は、低負荷表面部の領域と、前記低負荷表面部よりも大きな荷重を受ける高負荷表面部の領域とに分けられ、
前記高負荷表面部の領域にある前記凹部の開口面積をp1、前記高負荷表面部の領域の摺動側の表面の面積をq1、前記高負荷表面部の領域の開口面積率p1/q1をx1としたとき、
0.2≦x1≦0.8 であることを特徴とする請求項1から6のいずれか一項記載の摺動部材。
【請求項8】
金属製またはセラミックス製の基材と、
前記基材の摺動側の表面部に凹部を形成することによって設けられた含浸層と、
前記含浸層に含浸被覆している樹脂層とを具備し、
前記含浸層の摺動側の表面のうち前記凹部の開口を除いた部分の最大表面粗さが20〜100μmである摺動部材の製造方法であって、
機械加工装置による機械加工によって前記基材の摺動側の表面部に前記凹部を形成することによって前記含浸層を設け、前記機械加工装置による機械加工によって前記含浸層の摺動側の表面のうち前記凹部の開口を除いた部分に前記最大表面粗さが20〜100μmとなる凹凸を形成することを特徴とする摺動部材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2011−208736(P2011−208736A)
【公開日】平成23年10月20日(2011.10.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−77449(P2010−77449)
【出願日】平成22年3月30日(2010.3.30)
【出願人】(591001282)大同メタル工業株式会社 (179)
【Fターム(参考)】