説明

摺動部材

【課題】 基材上に中間層を介して被覆層を被着してなる摺動部材において、中間層および被覆層の耐疲労性を向上させる。
【解決手段】 基材2上に、中間層3を介して被覆層4を被着してなる摺動部材において、前記中間層3はPbを含まない金属で構成されると共に、前記被覆層4はPbを含まないBiまたはBi合金で構成され、且つ、前記中間層3の結晶粒は前記基材2側から前記被覆層4側に向って大きくなると共に、前記被覆層4の結晶粒は柱状晶でその長軸が前記中間層3側から当該被覆層4の表面に向っている。このように構成することにより、中間層3による基材2と被覆層4との接着性が向上し、また、被覆層4の結晶粒が相手材から荷重を受けるに望ましい形態となり、耐疲労性が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は基材上に中間層を介して被覆層を被着してなる摺動部材に係り、特に被覆層をBiまたはBi合金によって構成したものに関する。
【背景技術】
【0002】
摺動部材、例えば、自動車のエンジンのクランクシャフトやコネクティングロッドなどに使用されるすべり軸受としては、鋼裏金の表面に、Cu合金やAl合金からなる軸受合金をライニングした軸受が多く用いられている。この軸受では、軸受合金(基材)の表面に、中間層を介して被覆層が電気めっきなどによって被着されている。上記被覆層は、相手材とのなじみ性などの軸受特性を更に高める目的で設けられ、中間層は、軸受合金と被覆層との間の接着性を向上させる目的で設けられる。
【0003】
前述の被覆層を構成する金属としては、従来、PbやSnを主成分とする合金が用いられてきた。このうち、Pbは、環境汚染物質であることから、Pbフリー化が進められており、その代替材料として、Pbと同様の低融点材料であるBiを使用することが提案されている。しかしながら、Biは硬く且つ脆いため、そのままでは、耐疲労性やなじみ性が要求される被覆層の形成材料として使用することはできない。そこで、Biの硬くて脆いという性質を改善するために、種々の改良がなされてきている(例えば、特許文献1〜3)。
【特許文献1】特開平11−50296号公報
【特許文献2】特開2003−156045号公報
【特許文献3】特開2004−308883号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
最近の自動車用エンジンでは、更なる高出力化が推進されてきており、軸受に対し高い耐疲労性を要求している。しかしながら、上記の特許文献1のものは、被覆層や中間層の結晶組織については考慮されていない。また、中間層に用いる材料を吟味していないため、使用材料によっては、被覆層のBiと脆い金属間化合物を生成してしまう。このように、中間層と被覆層との間に脆い金属間化合物が生成されると、被覆層の接着性を損ない、耐疲労性を低下させる。また、被覆層に低融点化合物が生成され得る。そのような場合は非焼付性も低下する。
【0005】
本発明は上記の事情に鑑みてなされたもので、その目的は、基材上に、中間層を介してBiまたはBi合金からなる被覆層を被着した摺動部材において、その被覆層の接着性を向上させて耐疲労性の向上を図るところにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の概要を述べると、第1に、本発明は、中間層の結晶粒の大きさを制御することによって被覆層の基材に対する接着性を向上させ、併せて、被覆層の結晶粒の成長を制御することによって被覆層の結晶粒を荷重の担持に適した形状(被覆層の厚さ方向に長い柱状晶)にし、この接着性の向上と結晶粒の形状とによって耐疲労性の向上を図るものである。
第2に、本発明は、被覆層のBiまたはBi合金の結晶配向を制御することにより、耐疲労性の向上に併せて、非焼付性およびなじみ性の向上を図るようにしたものである。
【0007】
(1)耐疲労性
本発明は、耐疲労性の向上のために、基材上に、摺動面を有する被覆層を中間層を介して被着してなる摺動部材において、前記中間層はPbを含まない金属で構成されると共に、前記被覆層はPbを含まないBiまたはBi合金で構成され、且つ、前記中間層の結晶粒は前記基材側から前記被覆層側に向って大きくなっていると共に、前記被覆層の結晶粒は当該被覆層の厚さ方向に長い柱状晶になっている、構成を採用した(請求項1)。
【0008】
以下に、この構成を解説する。
<中間層の結晶粒について>
被覆層が高い耐疲労性を有するためには、まず、基材に対する被覆層の接着力が強く、剥離し難くなっていなければならない。
電気めっきやPVD(Physical Vapor Deposition;物理気相成長法)は、大きな接着力が得られる金属の被着法として広く知られており、自動車用エンジンのすべり軸受においても、被覆層の被着にこの電気めっき法やPVDが用いられている。
【0009】
ところで、電気めっきやPVDによって金属層を被着する場合、被着金属の結晶粒の大きさ、特に被着界面に平行な面(一般に、摺動面と平行な面)での結晶粒径は、その下地となる金属のそれと同程度の大きさであることが望ましく、両者の結晶粒サイズに大きな差があると、接着力の向上は望み得ない。
【0010】
しかしながら、摺動部材、例えば、自動車用エンジンのすべり軸受では、その軸受合金層は、被覆層を被着する前に、ボーリング加工などで表面仕上げされるため、軸受合金層表面に大きな加工歪が生じ、結晶粒が微細化している。これに対し、本発明が被覆層の材料として使用するBiは、低融点金属特有の大きな結晶粒として析出する。このため、BiまたはBi合金からなる被覆層を軸受合金の表面と同じ程度の結晶粒サイズとすることは難しい。
また、Biは、三方晶という結晶構造から成り立っており、自動車用エンジンのすべり軸受の基材として用いられるCu合金やAl合金などの軸受合金とは結晶構造が異なっているため、そのようなBiを軸受合金層上に電気めっきやPVDで直接被覆しても、接着力の大きな、耐疲労性の高い被覆層は得られない。
【0011】
そこで、本発明では、基材と被覆層との間に中間層を設け、この中間層の結晶粒を、基
材側から被覆層側に向って大きくなるようにした。つまり、例えば自動車用エンジンのすべり軸受は、図1に示すように、鋼裏金1にCu合金或いはAl合金からなる軸受合金層2をライニングし、この軸受合金層2の表面に中間層3を介して被覆層4を被着している。このようなすべり軸受に本発明を適用すると、図2に示すように、中間層3の結晶粒は、軸受合金層つまり基材2側では小さく、被覆層4側に向って次第に大きくなっているのである。これにより、中間層3の基材2との界面8近傍の結晶粒サイズと基材2の中間層3との界面8近傍の結晶粒サイズとの間に大きな差が出なくなると同時に、中間層3の被覆層4との界面10近傍の結晶粒サイズと被覆層4の中間層3との界面10近傍の結晶粒サイズとの間においても、大きな差が生じないようになり、中間層3の基材2に対する接着力が大きくなると同時に、被覆層4の中間層3に対する接着力も大きくなる。従って、基材2と中間層3との間および中間層3と被覆層4との間での剥離が起こり難くなり、中間層3および被覆層4全体の耐疲労性が向上する。なお、以下の説明では、中間層と被覆層とを含めてオーバレイと称することとする。
【0012】
以上のように基材2、中間層3および被覆層4の相互間の接着力に影響を及ぼす結晶粒の大きさは、中間層3において、被覆層4との界面近傍における摺動面6に平行な面での結晶粒径が、基材2との界面近傍における摺動面6に平行な面での結晶粒径に対して、平均で2倍以上となっていることが好ましい(請求項2)。
中間層3における被覆層4側の結晶粒径と基材2側の結晶粒径との間に上記の程度の差異があるようにすると、基材2と中間層3との間、中間層3と被覆層4との間での結晶粒サイズの連続性が高まり、それら層間(界面)の接着力がより一層向上し、オーバレイの耐疲労性の向上につながる。
【0013】
ただ、上記のように中間層3の被覆層4側の結晶粒径を被覆層4の大きな結晶粒子と差を生じないように制御しても、中間層3を構成する金属と被覆層4を構成する金属とが金属間化合物を生成すると、金属間化合物は脆いために、被覆層4が剥離し易くなり、オーバレイの耐疲労性の低下をもたらす。そこで、中間層には、Biと金属間化合物を生成しない金属、例えばAg、Cu、Coの単体金属から構成することが好ましい(請求項6)。
また、被覆層としてBi合金を用いる際にも、その添加元素と中間層を構成する金属とが金属間化合物を生成しない組合せを選択する必要がある。
なお、AgやCuは、熱伝導性が非常に高く、摺動面で発生した熱を基材等に拡散させることに特に優れている金属である。また、Coは、耐食性が高い金属である。
【0014】
<被覆層の結晶粒について>
摺動部材には、相手材の荷重が被覆層の摺動面に対して垂直方向から加わり、その荷重で被覆層は疲労破壊を起す。
そこで、本発明では、被覆層が疲労破壊を起さずに大きな荷重に耐えるようにするために、被覆層の結晶粒を、中間層側から被覆層の表面側に向って伸びる柱状晶となるようにした。
【0015】
本発明において、柱状晶とは、中間層の表面側から、ほぼ垂直方向に成長したセル状結晶組織のことを言う。被覆層の結晶が柱状晶となっていて、その成長方向(長軸方向)が中間層から被覆層の表面に向かう方向(被覆層の厚さ方向)と概ね一致することで、略幹状の結晶が長手方向で相手材の荷重を支える(結晶粒が長軸方向で相手材の荷重を支える)役目を果たすこととなるので、被覆層が強度および耐疲労性に優れたものとなる。
【0016】
ここで、柱状晶は大まかに見ると、矩形状であるので、長い方向と短い方向の概念が生ずる。そこで、図3に示すように、柱状晶をなす結晶粒の最大長さ部分に直線を引いたとき、その直線を長軸と定め、この長軸の中点において当該長軸と直交する直線を引いたとき、その直線を短軸と定める。そして、長軸の長さAと、短軸の長さBとの比(A/B)をアスペクト比という。このことは、後で更に詳しく述べる。
【0017】
この柱状晶をなす被覆層の結晶粒は、その長軸と被覆層の厚さ方向とのなす角度が平均で20度以下で、且つその結晶粒の長軸と短軸とのアスペクト比が2以上10以下であるような柱状晶となっていることが好ましい(請求項3)。
つまり、長軸は、必ずしも被覆層の表面と直角になっていなくとも、長軸と被覆層の厚さ方向とのなす角度が平均で20度以下であれば、結晶粒が長軸方向で相手材の荷重を受けるようになり、耐疲労性にとって良い結果をもたらす。
【0018】
そして、アスペクト比が2以上では、柱状晶として十分に成長しており、長軸方向でより大きな垂直荷重に耐えることができる。また、アスペクト比が10以下の柱状晶は、軸受と相手材との間で発生する摩擦力が、柱状晶の長く成長した側面に垂直に作用することの影響が少ないので、結晶界面で疲労破壊が発生し難い。従って、アスペクト比は、2以上10以下であることが好ましい。
【0019】
ちなみに、前記特許文献1では、被覆層を構成する材料として、BiにAgを添加した合金とすることを許容している。しかしながら、Agは、Biと二相分離した合金を形成し、AgがBiの結晶粒界に存在してBiの結晶粒を微細にする。そのため、Biの結晶粒が柱状晶に成長し難くなる。
また、特許文献2は、被覆層のBiの析出粒子密度を制御することで、Biの脆さを改善し、耐疲労性を向上させるとしている。この特許文献2のものは、Biの結晶粒が比較的細かくなっているので、Biの脆さが改善され、耐摩耗性は向上する。しかし、本発明のように、Biの結晶粒を柱状晶とした方がより高い耐疲労性を有した摺動部材とすることができる。また、特許文献3は、被覆層のBiの結晶配向を制御することによって耐疲労性および非焼付性を向上させるものであるが、この特許文献3に開示された結晶配向の制御では、Biの結晶を柱状晶として成長させていない。
【0020】
<結晶粒の観察方法について>
以上の説明において、結晶粒の大きさやアスペクト比を計算するためには、結晶粒を観察し、その粒径、長軸および短軸を測定する必要がある。この場合の結晶粒の観察方法、結晶粒径、長軸および短軸の測定方法は次のようなものである。ここでは、観察視野を5μm×5μmとし、測定倍率を25000倍以上とした場合で説明する。
【0021】
ア)摺動部材の垂直断面組織の結晶粒の観察
垂直断面とは、中間層および被覆層をその厚さ方向に沿って切断した場合の断面を言う。この垂直断面の結晶粒の観察は、透過電子顕微鏡または走査電子顕微鏡またはFIB/SIM(Focus Ion Beam/走査イオン顕微鏡)またはEBSP(電子後方散乱解析像法)またはその他の結晶粒の観察できる手法を用いる。図2はこの垂直断面の結晶粒の像を模式的に示す。
【0022】
イ)被覆層表面に平行な面での結晶粒径の測定
上述の方法で結晶粒を観察し、その像を用い、図2に示すように、基材2の上面から上へ50nmのところ(線CL1で示す。)に所定の長さの線を引き、その線に交わる結晶粒の数から結晶粒の径を算出する。これが、中間層のうち、基材側における被覆層の表面と平行な面での結晶粒径である。
また、同じく図2に示すように、被覆層4の下面から下へ200nmのところ(線CL2で示す。)に所定の長さの線を引き、その線に交わる結晶粒の数から結晶粒の径を算出する。これが、中間層のうち、被覆層側における被覆層の表面と平行な面での結晶粒径である。
【0023】
なお、中間層3の上面、被覆層4の下面は、実際にはうねりを有しているので、そのうねりの平均的な高さの仮想面をそれぞれの上面、下面という。
なお、一つの結晶粒にはいくつかの双晶が含まれていることもある。双晶とは、結晶格子の構造は同じであるが、ある一定の面を境界にして互いに鏡面対称となっているような結晶のことであり、JIS−H500に定義されているように、双晶関係の結晶は一つの大きな結晶粒とみなされる。(図2においては、双晶間の境界線は省略してある。)
【0024】
ウ)柱状晶のアスペクト比について
上記の方法で結晶粒を観察し、図4に示すように結晶粒について長い長さを取ることができる軸をその結晶粒の長軸とみなし、その長軸の中点の位置で長軸と直交するように引いた直線を短軸と定める。そして、結晶粒の長軸の長さと短軸の長さを測定する。なお、長軸と短軸のうち、被覆層の厚さ方向tに対して左右に45度の範囲にある側の軸を柱状晶の成長方向gとする。図4について言えば、14、16に示す結晶粒では、長軸が柱状晶の成長方向gであり、12に示す結晶粒では、短軸が柱状晶の成長方向gとなる。
アスペクト比は、柱状晶の成長方向gが図4の14、16のように長軸方向の場合、[アスペクト比=長軸の長さ(A)/短軸の長さ(B)]で計算し、図4の12のように柱状晶の成長方向gが短軸方向である場合、[アスペクト比=短軸の長さ(B)/長軸の長さ(A)]で計算する。
【0025】
<他の耐疲労性向上手段>
基材と中間層、中間層と被覆層との接着力は、以下のような手段を採用することによって更に強化することができる。
【0026】
a)中間層と被覆層の厚さ
中間層の厚さは、基材側から被覆層側への連続性を持った結晶粒の成長に影響を与える。中間層の厚さが1μm以上であると、中間層の結晶粒が十分に育ち易く、被覆層との間で結晶粒の大きさに十分なる連続性が持て、十分なる耐疲労性を有し易い。また、中間層の厚さが10μm以下であると、全体の軸受特性のバランスが良い。
【0027】
被覆層の厚さも、被覆層の結晶粒の柱状晶への成長に影響を与える。被覆層の厚さが2μm以上であると、被覆層の結晶粒が柱状晶に育ち易く、耐疲労性が向上する。また、被覆層の厚さが15μm以下であると、適切なアスペクト比の柱状晶に成長し易く、耐疲労性が向上する。以上のことから、中間層の厚さは、1〜10μm、被覆層の厚さは、2〜15μmが好ましい(請求項7)。
【0028】
b)中間層、被覆層の非合金化
金属は、一般に合金になると、単体のときよりも融点が低下する。摺動部材の中間層や被覆層の場合、融点の高い金属で構成した方が非焼付性および耐疲労性に優れる。相手材との摩擦熱により、摺動部材の表面温度がオーバレイの融点に達すると、焼付きを起し、また、融点に近付く程、材料強度が低下し、耐疲労性が低下するからである。そこで、中間層および被覆層は、単体金属とし(請求項4)、オーバレイの低融点化を避けることが、非焼付性および耐疲労性の向上にとって好ましい。
【0029】
このことに関し、特許文献1に開示された被覆層では、BiにSn、Inなどを添加するため、被覆層の融点が下がり、熱的負荷に弱くなり、耐疲労性に優れた摺動部材とすることは難しい。また、被覆層に生成される低融点の微細な共晶組織が融解し、相手軸に凝着を起こし易い。そのため、高い非焼付性を得難い。なお、状態図によれば、BiにSnを添加する場合、Sn含有量が0.2質量%以上で非常に融点の低い共晶組織(融点139℃)が現れる。
【0030】
c)基材と中間層との結晶構造の一致
接着力不足が最も懸念されるところは、基材と中間層との境界部分である。即ち、一般に中間層と被覆層は同じ製法で一連に製造される。このようにすると、金属結合が得られ易く、接着性に優れたものとなる。しかし、すべり軸受の場合、基材である軸受合金は、鋳造や焼結により製造され、更に、機械加工が行われるため、その表面は汚れていたり、酸化していたりする。そして、電気めっきやPVD法によって軸受合金層上に中間層を被着する際には、軸受合金層表面の洗浄および還元を行うが、それが十分でない場合がある。このように基材上に中間層を被着する場合に、その接着性を阻害する要因は多く、中間層を十分な接着力で被着できるとは、必ずしも言えない。
【0031】
そこで、基材と中間層との接着力を向上させるために、基材のマトリックス金属と中間層のマトリックス金属とを、同じ結晶構造のもの、例えば自動車用エンジンのすべり軸受では、基材としての軸受合金がCu合金或いはAl合金からなるため、そのマトリックス金属であるCu(面心立方構造)やAl(面心立方構造)と同じ結晶構造を持つ金属(例えば、Ag(面心立方構造))を使用する(請求項5)。これは、同じ結晶構造の金属どうしであると、異種の金属どうしであっても、原子の連続性が高くなり、基材と中間層の界面で高い接着力が得られるという理由による。
【0032】
(2)非焼付性の向上について
本発明者は、非焼付性に優れたBi系材料を見出し、その結晶配向をX線回析強度によって測定したところ、ミラー指数で(202)面の配向指数が30%以上で、且つ当該(202)面のX線回折強度R(202)がその他の面のそれと比較したとき、最大値を示すものについての非焼付性が特に優れていることを究明した。
このような結晶配向のBiまたはBi合金では、図2中III部分の拡大図である図3に示すように、摺動面6となる表面が三角錐もしくは四角錘の突起7が集合した緻密な凹凸面となっていた。このような緻密な凹凸面であると、油が保持され易く、これによって油濡れ性が向上し、非焼付性が向上すると考えられる。
【0033】
以上のことからより、耐疲労性と共に、非焼付性にも優れた被覆層を得るために、本発明は、更に、被覆層のBiまたはBi合金の結晶形態は、ミラー指数で(202)面の配向指数が30%以上で、且つ当該(202)面のX線回折強度R(202)がその他の面のそれと比較したとき、最大値を示す、構成を付加した(請求項8)。
【0034】
ここで、配向指数について説明する。まず、Biは三方晶であるので、そのミラー指数は(h,k,l)の3桁で表される。本発明のBiまたはBi合金は、微粉末のように完全ランダム配向と単結晶のような特定の一方向配向との中間の配向を示すが、Biの各結晶のうち、ミラー指数で(202)面が一方向に揃っている割合を高くしている。このある結晶面が一方向に揃っている割合を配向指数で示す。
ある面の配向指数Aeとは、被覆層のBiまたはその合金の結晶の各面のX線回折強度をR(h,k,l)としたとき、Ae=R(h,k,l)×100÷ΣR(h,k,l)で表される。
但し、上式において,分子のR(h,k,l)は、配向指数を求める面のX線回折強度であり、ΣR(h,k,l)は、各面のX線回折強度の総和である。
【0035】
また、本発明では、更に優れた非焼付性を得るために、ミラー指数(202)面の配向指数を40%以上とし、且つミラー指数(012)面のX線回折強度R(012)が前記(202)面のX線回折強度R(202)の45%以下とすることができる(請求項9)。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
以下、本発明の実施例を説明する。
鋼裏金上にCu系の軸受合金層をライニングしてバイメタルを製造し、このバイメタルを半円筒状または円筒状に成形した後、軸受合金層の表面をボーリング加工して表面仕上げした。次に、半円筒状または円筒状の成形物を電界脱脂および酸による表面洗浄を行った。
【0037】
その後、下の表1に示すAgめっき工程1〜3および表2に示すBiめっき工程を順に実行してAg単体金属からなる中間層とBi単体金属からなる被覆層とを順に形成し、表6に示す実施例品1〜3,5,7を得た。なお、実施例品7のBi−1Cu被覆層の場合には、表2のめっき液に塩基性炭酸銅を0.5〜5g/l追加したものを用いた。また、表1のAgめっき工程1〜3を実行した後、通常のBiめっき工程を実行して表6に示す比較例品2を得た。
【0038】
また、下の表3に示すCoめっき工程1〜3および表2に示すBiめっき工程を順に実行してCo単体金属からなる中間層とBi単体金属からなる被覆層とを順に形成し、表6に示す実施例品4を得た。更に、下の表4に示すCuめっき工程1〜3および表2に示すBiめっき工程を順に実行してCu単体金属からなる中間層とBi単体金属からなる被覆層とを順に形成し、表6に示す実施例品6を得た。また、下の表5に示すNiめっき工程および表2に示すBiめっき工程を実行して表6に示す比較例品1を得た。なお、実施例品7は被覆層がBiとCu、比較例品1は、被覆層がBiとSnの合金からなり、Cu、Snの前に付した数字はCu、Snの含有量(質量%)である。
【0039】
【表1】

【0040】
【表2】

【0041】
【表3】

【0042】
【表4】

【0043】
【表5】

【0044】
【表6】

【0045】
Agめっき工程2および3、Coめっき工程2および3、Cuめっき工程2および3は、めっき工程中に陰極電流密度を一定の割合で減少させることによって徐々にAg、Co、Cuの析出速度を低下させ、結晶の成長を促す。Agめっき工程3、Coめっき工程3Cuめっき工程3は、Agめっき工程2、Coめっき工程2、Cuめっき工程2よりもめっき析出速度が遅く、結晶をより大きく成長させることができる。
【0046】
実施例品1〜7におけるBiめっき工程では、PR電解法(Period Reverse Electroplating;周期的逆電流めっき)を用いながら、表1の条件で(202)面に30%以上の配向指数をもったBiまたはBi合金層を形成させる。この時、20〜40Hzの振動(超振動)を与え、めっきの析出速度を上げて柱状晶の結晶組織を形成させる。また、めっき液の流れによる撹拌を小さくし、より柱状晶の成長を促す。
【0047】
一方、通常のBiめっき工程(PR電解法を用いない。超振動を与えない。一般的な撹拌を実施する。)を実行した比較例品2は、Bi被覆層が柱状晶になっていない。
なお、PR電解法とは、陰極電流を定期的に陽極電流に切り替える方法で、一般に陰極電流時間に対して10〜20%程度の陽極電流時間で切り替える。陽極電流時間が長い程、めっき表面が円滑になるが、めっき速度は遅くなる。配向指数は、陽極電流、陰極電流、その切り替え周期を調整することで変化させることができる。
【0048】
以上のようにして得た実施例品1〜7、比較例品1,2について、中間層における基材側(基材との界面近傍、CL1)の平均の結晶粒径dと被覆層側(被覆層との界面近傍、CL2)の平均の結晶粒径Dを測定し、その比D/dを計算して表6に記した。また、中間層の厚さを測定し、表6に記載した。
被覆層においては、柱状晶の成長方向を被覆層の厚さ方向とのなす角度で測定すると共に、そのアスペクト比の平均を求め、表6に記載した。また、被覆層の厚さ、被覆層の(202)面の配向指数、(202)面のX線回析強度R(012)が他の面のそれと比較したとき最大値を示すことを確認した上で、(012)面のX線回析強度R(012)を測定して(202)面のX線回析強度R(012)との比を計算し、表6に記載した。
そして、実施例品1〜7、比較例品1,2について、下の表7,8に示す条件にて疲労試験および焼付試験を行い、その結果を表6に記載した。
【0049】
【表7】

【0050】
【表8】

【0051】
表6から理解されるように、実施例品1〜7は、比較例品1,2に比べ、耐疲労性に優れると共に、非焼付性においても優れる。
比較例品1は、比D/dの値が1であることから判るように、中間層の結晶粒が傾斜的に大きく成長していない。また、中間層のNiが、被覆層中のBiやSnと脆い金属間化合物を生成するため、被覆層が剥離し易い、即ち、接着力が十分に得られない。その結果、耐疲労性が低下する。しかも、被覆層中に139℃という非常に融点の低いBi―Snの合金組織が形成されるため、部分的に機械的強度が低下し、疲労し易くなる。
【0052】
比較例品2は、D/dが低い。このため、中間層の中で結晶粒が軸受合金層側から被覆層側へ向って結晶粒径が小さくなり、中間層の軸受合金層または被覆層との結晶粒サイズが合わないことから、基材と中間層または中間層と被覆層との接着強度が低い。また、比較例2は、被覆層が柱状晶となっておらず、柱状晶の長軸方向で荷重を受けるということができない。以上のことから比較例品2の耐疲労性は低くなっている。
【0053】
これに対し、実施例品1〜7は、中間層がBi、Cuと金属間化合物を生成することのないAg、Co、Cuからなっているので、被覆層が中間層に強固に接着されていて剥離し難い状態となっている。また、被覆層の結晶粒も柱状晶に成長していて、結晶粒の長軸方向で荷重を受けることができるようになっている。このようなことから、実施例品1〜7は、良好なる耐疲労性を呈する。
【0054】
また、実施例品1〜7は、オーバレイの接着力の改良および被覆層の結晶粒の制御をして、耐疲労性を向上させたために、高回転のエンジンの中でも極めて安定に摺動することが可能になり、非焼付性が向上した。実施例品1〜7の中でも、ミラー指数で(202)面の配向指数が30%以上の実施例品1,3,5〜7は、30%に満たない実施例品2,4に比べて油が保持され易くなってなじみ性が向上し、より高い非焼付性を示している。
【0055】
なお、本発明は上記し且つ図面に示す実施例に限定されるものではなく、次のような拡張或いは変更が可能である。
中間層および被覆層に、不可避的に不純物として含まれる程度のPb等が存在することは許容される。
本発明の適用は、自動車用エンジンのすべり軸受に限られず、摺動部材に広く適用できる。
【図面の簡単な説明】
【0056】
【図1】本発明の実施例を示す半割軸受の正面図
【図2】各層の結晶構造を示す模式図
【図3】図2のIII部分の拡大図
【図4】被覆層の結晶粒を示す模式図
【符号の説明】
【0057】
図面中、1は鋼裏金、2は軸受合金層(基材)、3は中間層、4は被覆層である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材上に、摺動面を有する被覆層を中間層を介して被着してなる摺動部材において、
前記中間層はPbを含まない金属で構成されると共に、前記被覆層はPbを含まないBiまたはBi合金で構成され、
且つ、前記中間層の結晶粒は前記基材側から前記被覆層側に向って大きくなっていると共に、前記被覆層の結晶粒は当該被覆層の厚さ方向に長い柱状晶になっていることを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記中間層のうち、前記被覆層との界面近傍における前記摺動面と平行な面での結晶粒径が、前記基材との界面近傍におけるそれに対して、平均で2倍以上となっていることを特徴とする請求項1記載の摺動部材。
【請求項3】
前記被覆層の結晶粒は、その成長方向と前記被覆層の厚さ方向とのなす角度が平均で20度以下であり、且つその結晶の長軸と短軸とのアスペクト比の平均が2以上10以下であるような柱状晶となっていることを特徴とする請求項1または2記載の摺動部材。
【請求項4】
前記中間層は単体金属からなり、前記被覆層もBiの単体金属からなることを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項5】
前記基材のマトリックス金属と前記中間層のマトリックス金属とは、同じ結晶構造であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項6】
前記中間層は、Ag、CuまたはCoの単体金属からなることを特徴とする請求項1ないし5のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項7】
前記中間層の厚さは1〜10μm、前記被覆層の厚さは2〜15μmであることを特徴とする請求項1ないし6のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項8】
前記被覆層のBiまたはBi合金の結晶配向は、ミラー指数で(202)面の配向指数が30%以上で、且つ当該(202)面のX線回折強度R(202)がその他の面のそれと比較したとき、最大値を示すことを特徴とする請求項1ないし7のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項9】
前記ミラー指数(202)面の配向指数を40%以上とし、且つミラー指数(012)面のX線回折強度R(012)が前記(202)面のX線回折強度R(202)の45%以下であることを特徴とする請求項8記載の摺動部材。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2006−266445(P2006−266445A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−88508(P2005−88508)
【出願日】平成17年3月25日(2005.3.25)
【出願人】(591001282)大同メタル工業株式会社 (179)
【Fターム(参考)】