説明

摺接部材

【課題】耐溶剤性と耐摩耗性との両方に優れた摺接部材を得ること。
【解決手段】無機フィラー、及び、カーボンブラックを実質的に含有しておらず、平均粒子径が5μm以上15μm以下の超高分子量ポリエチレン粒子を20体積%以上69体積%以下の割合で含むエチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物によって相手部材に摺接される摺接面が形成されており、前記エチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物が、前記超高分子量ポリエチレン粒子を分散させたエチレン・α−オレフィン共重合体ゴムを有機過酸化物架橋させたものであることを特徴とする摺接部材を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物によって相手部材に摺接される摺接面が形成されている摺接部材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、インクジェットプリンタ(IJP)においては、多数のノズルを一列に並べて幅の広いヘッドを構成させた、所謂ラインヘッド型ノズルヘッドを備えたものが採用されるようになってきており、このライン型IJPは、ヘッドが横送りされるシリアル型ノズルヘッドを備えたものに比べて高速印刷が可能である点などにおいてプリントオンデマンド分野での採用を増加させている。
【0003】
このラインヘッド型IJPは、ノズルが詰まったり、ノズルに異物が付着したりすると、インクを噴射しなくなったり、インクが本来求められている方向とは異なる方向に噴出されたりして印刷不具合を引き起こすおそれを有することから、その対策としてノズルヘッドに付着した異物を除去させるためのクリーニング機構を有している。
このクリーニング機構は、ノズルヘッドに付着した付着物を掻き落とすためのクリーニング部材をノズルヘッドに摺接させつつ移動させるように構成されており、該クリーニング部材には、ノズルヘッドに摺接される摺接面が、ノズルヘッドを傷付けるおそれの低い軟質な素材で形成されることが求められるとともにノズルヘッドとの摺接によって摩耗粉を発生させるおそれの抑制された耐摩耗性に優れた素材で形成されることが求められている。
クリーニング部材は、一般的には、付着物を掻き落とすための板状の弾性体を備え、この弾性体のエッジ部(エッジ面)をノズルヘッドと摺接させうるように構成されており、従来、この弾性体の形成材料には耐摩耗性に優れたものが採用されている。
このような弾性体の形成材料としては、下記引用文献1、2に示すように、従来、水素添加ニトリルゴム(H−NBR)やポリエーテル系ポリウレタン樹脂が知られている。
【0004】
ところで、インクジェットプリント技術の発展に伴いインクも種々のものが使用されるようになってきている。
ここで、油性インクを使用する場合には、H−NBR製やポリウレタン製のクリーニング部材を使用しても特に大きな問題を生じないと考えられる。しかしながら、水性インクやUVインクのような活性エネルギー線硬化型インクには、モノマーや溶剤といった比較的極性の高い成分が含有されるため、これらのものを使用したのでは、弾性体が膨潤されやすく当該膨潤による種々の問題を発生させるおそれを有する。
【0005】
また、下記引用文献3に示すように3官能以上の多官能モノマーで架橋密度を高めることが検討されてはいるものの高極性溶剤による膨潤を十分抑制させることは難しい。
このような問題に関しては、ポリウレタン樹脂に比べて極性溶剤への耐性に優れたフッ素ゴムがクリーニング部材の形成材料として使用されたりしているが、フッ素ゴムは、コストが高く、耐摩耗性にも劣るという問題を有している。
【0006】
なお、このような極性溶剤への耐性と、耐摩耗性とは、IJPのクリーニング部材にのみ求められるものではなく、相手剤との摺接面に極性溶剤が接するような状態で用いられる摺接部材に広く求められるものである。
IJPのクリーニング部材以外に、このような特性の求められる摺接部材としては、例えば、スクリーン印刷に用いられるスキージが挙げられる。
【0007】
近年、いわゆるプリンティッドエレクトロニクス分野の圧膜回路や受動素子、さらには能動素子をメタルマスクなどのスクリーンを用いたスクリーン印刷法で形成することが盛んに行われているが、この種のスクリーン印刷に用いられるインクも種々のインクがあり、多くは、このインクの溶剤としてブチルカルビトールアセテートや2メチル−ピロリドンといった、高極性の溶剤が使用されている。
【0008】
このスクリーンと摺接される弾性体には、スクリーン印刷において使用されるメタルマスクやメッシュスクリーンといったスクリーンに対する耐摩耗性に優れることから、一般的なスキージにおいては熱硬化性ポリウレタンが用いられている。
そして、耐溶剤性を改善するために、ポリウレタンを構成するポリオールにコハク酸系のポリエステルポリオールを採用して膨潤を抑制することも検討されている(下記特許文献4)。
しかし、このような対策も十分なものとは言い難いものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平2−289357号公報
【特許文献2】特開平5−8403号公報
【特許文献3】特開2006−231901号公報
【特許文献4】特開昭61−271316号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記のような問題に対して、相手部材と摺接し、且つ、極性の高い有機溶剤に接する摺接面を、極性溶剤に対して優れた耐溶剤性を示す(膨潤され難い)エチレン・α−オレフィン共重合体ゴムを用いて形成することが考えられる。
しかし、エチレン・α−オレフィン共重合体ゴムの架橋物は、一般にはシリカなどの無機フィラーやカーボンブラックといった補強材によって補強しなければ十分な強度とすることが困難なものではあり、例えば、IJPのクリーニング部材に関しては、無機フィラーやカーボンブラックを含有させるとこれらによってノズルヘッドを傷付けてしまうおそれを有する。
また、例えば、カーボンブラックを補強効果が発揮される程度の割合でエチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物に含有させると耐摩耗性の低下を招き、上記のような摺接部材において求められている優れた耐摩耗性とすることが困難になる。
したがって、エチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物によって相手部材に摺接される摺接面を形成させても耐溶剤性と耐摩耗性との両方に優れた摺接部材を得ることが困難であり、本発明は、このような問題の解決を図ることをその目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決するための、摺接部材に係る本発明は、無機フィラー、及び、カーボンブラックを実質的に含有しておらず、平均粒子径が5μm以上15μm以下の超高分子量ポリエチレン粒子を20体積%以上69体積%以下の割合で含むエチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物によって相手部材に摺接される摺接面が形成されており、前記エチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物が、前記超高分子量ポリエチレン粒子を分散させたエチレン・α−オレフィン共重合体ゴムを有機過酸化物架橋させたものであることを特徴としている。
【0012】
なお、“無機フィラー、及び、カーボンブラックを実質的に含有しておらず”とは、着色などの目的として、無機顔料やカーボンブラックを微量含有させることまでをも否定するものではなく、エチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物に占める“無機フィラー、及び、カーボンブラック”の合計量が3質量%以下であれば、通常、実質的に含有されていない範囲であると見做すことができる。
なお、これらは、着色などの目的であっても0.1質量%以下であることが好ましく、これらを全く含有させないことが特に好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明においては、相手部材に摺接される摺接面をエチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物によって形成させている。
したがって、前記摺接面を、2メチル−ピロリドンなどの極性溶剤に膨潤されにくい状態にさせることができる。
しかも、前記エチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物には、上記のように無機フィラー、及び、カーボンブラックを実質的に含有させていない。
一方で、このエチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物には、平均粒子径が5μm以上15μm以下の超高分子量ポリエチレン粒子が所定の割合で含有されており、しかも、エチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物は、前記超高分子量ポリエチレン粒子を分散させたエチレン・α−オレフィン共重合体ゴムを有機過酸化物架橋させて形成されたものである。
すなわち、本発明の摺接部材は、無機フィラーやカーボンブラックではなく超高分子量ポリエチレン粒子によって摺接面の補強がなされており、無機フィラーやカーボンブラックで補強されたエチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物を用いる場合に比べて優れた耐摩耗性が前記摺接面に付与されている。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】一実施形態の摺接部材の使用態様を模式的に示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施の形態として、インジェットプリンタのクリーニング部材やスクリーン印刷用スキージのような支持金物に細長い板状のゴム部材が取り付けられてなる摺接部材を例示しつつ説明する。
図1は、メッシュスクリーンを使用したスクリーン印刷の様子を模式的に示した図であり、スクリーン上を移動するスキージをその側方から見た様子を模式的に示すものである。
この図にも示されているように、本実施形態に係るスキージ1(摺接部材)は、細長い板状のゴム部材11(ゴム板11)と、該ゴム板11と略同じ長さで厚みがゴム板11よりも厚い板状の基材12(支持金物12)とで構成されており、前記ゴム板11の長辺側の一側縁部を前記支持金物12の側面部に沿って設けられた溝に嵌入させて前記ゴム板11と前記支持金物12とが一体化されて構成されている。
すなわち、前記スキージ1は、全体的な形状として、板状の支持金物12の側面部からゴム板11が支持金物12の全長にわたって突出した状態となっている。
【0016】
図に例示のスクリーン印刷においては、インク3を透過可能な箇所が形成されたメッシュスクリーン22が断面矩形の金属中空管で形成された長方形のフレーム21の片面側に取り付けられて絵画キャンバスのように構成されたスクリーン版2が用いられ、前記メッシュスクリーン22がフレーム21の下側になるようにしてスクリーン版2を水平に固定し、前記フレーム21の枠内に所定の粘度に調整したインク3を注いで、前記メッシュスクリーン22の上側から前記ゴム板11を当接させつつ前記スキージ1をフレーム21の枠内を移動させることにより、前記ゴム板11で前記インク3を加圧してスクリーン版2の下方に透過させて印刷が行われている。
【0017】
このとき前記ゴム板11は、スキージ1の移動方向に傾斜した状態、すなわち、ゴム板11の表面とメッシュスクリーン22とがなす角度がスキージ1の進行方向において90度以下となるようにメッシュスクリーン22の上面に押し付けられた状態とされ、この押し付け力によってゴム板11が僅かに弾性変形して、そのエッジ部11eとメッシュスクリーン22との間にある程度の接触幅を持たせた状態となる。
【0018】
前記スキージ1の移動時(スクリーン印刷時)においては、このエッジ部11eにおけるメッシュスクリーン22との接触面が、メッシュスクリーン22(相手部材)と摺接される摺接面となることから、少なくとも、このエッジ部11eにおいては優れた耐摩耗性が必要になるとともに当該箇所はインク3との接触時間も長いことからインク3に極性の高い溶剤が含有されていたとしても、この極性溶剤によって膨潤を生じたりしないことが求められる。
【0019】
本実施形態においては、前記エッジ部11eを含め、ゴム板11全体をエチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物によって形成させている。
しかも、該エチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物には、シリカやタルクなどの無機フィラーが実質的に含有されておらずカーボンブラックも実質的に含有されてはいない。
そして、この無機フィラーやカーボンブラックといった従来補強材として用いられているものに代えて、このエチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物には、平均粒子径が5μm以上15μm以下の超高分子量ポリエチレン粒子が補強材として含有されている。
また、ゴム板11を構成している前記エチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物は、前記超高分子量ポリエチレン粒子を分散させたエチレン・α−オレフィン共重合体ゴムを有機過酸化物で架橋させたものである。
【0020】
前記エチレン・α−オレフィン共重合体ゴムとは、少なくともエチレンおよびα−オレフィンが共重合したものである。
前記エチレン・α−オレフィン共重合体ゴムとしては、例えば、エチレン・プロピレン共重合体、エチレン・プロピレン・ジエン共重合体ゴム、エチレン・オクテン共重合体ゴム、エチレン・ブテン共重合体ゴムなどが挙げられる。
なかでも、エチレン・プロピレン・ジエン共重合体ゴム(EPDM)が低コストでしかも加工性に優れ、架橋が容易であるという点で好適である。
なお、前記EPDMにおけるジエン成分としては、例えば、ジシクロペンタジエン、メチレンノルボルネン、エチリデンノルボルネン、1,4−ヘキサジエン、並びに、シクロオクタジエンなどが挙げられる。
なお、エチレン・α−オレフィン共重合体ゴムは、1種単独であってもよく、2種類以上を混合して用いてもよい。
【0021】
前記超高分子量ポリエチレン粒子も、特に限定がされず、例えば、三井化学社より「ミペロン」の商品名で市販されているものなどを使用可能である。
なお、この“超高分子量ポリエチレン”との用語は、JIS K 6936−1、−2に記載されているように、JIS K 7210によるメルトフローレートを測定することができず、190℃、21.6kgの条件によりメルトマスフローレート(MFR)を測定しても0.1g/10min未満の値となるもので、通常、分子量が100万以上のものである。
【0022】
また、前記エチレン・α−オレフィン共重合体ゴムを架橋するための有機過酸化物も特に限定されず、例えば、ジ−t−ブチルパーオキサイド、ジクミルパーオキサイド、t−ブチルクミルパーオキサイド、1,1−t−ブチルパーオキシ−3,3,5−トリメチルシクロヘキサン、2,5−ジメチル−2,5−ジ−(t−ブチルパーオキシ)ヘキサン、2,5−ジメチル−2,5−ジ−t−ブチルパーオキシ)ヘキシン−3、ビス(t−ブチルパーオキシ−ジイソプロピル)ベンゼン、2,5−ジメチル−2,5−ジ(ベンゾイルパーオキシ)ヘキサン、t−ブチルパーオキシベンゾエート、t−ブチルパーオキシ−2−エチル−ヘキシルカーボネートなどを用いることができる。
【0023】
本実施形態においては前記超高分子量ポリエチレン粒子を分散させたEPDMなどのエチレン・α−オレフィン共重合体ゴムを有機過酸化物架橋することで、超高分子量ポリエチレン粒子の表面に存在する超高分子量ポリエチレン分子とEPDM分子とを架橋(共架橋)させることができ、ゴム板11とメッシュスクリーン22との摺接によって超高分子量ポリエチレン粒子が脱落することが防止されることになる。
【0024】
このようなエチレン・α−オレフィン共重合体分子と超高分子量ポリエチレン粒子との共架橋をより確実なものとし得る点において、有機過酸化物とともに共架橋剤を併用することが好ましい。
この共架橋剤としては、トリメチロールプロパントリメタクリレート、エチレングリコールジメタクリレート、トリアリルシアヌレート、トリアリルイソシアヌレートなどの多官能モノマーや1,2−ポリブタジエンなどの多官能ポリマー、メタクリル酸亜鉛などの金属塩が挙げられる。
【0025】
なお、本実施形態において、上記のような有機過酸化物からなる架橋剤が採用されているのは、エチレン・α−オレフィン共重合体ゴムの架橋には、上記のような有機過酸化物以外にも、従来、硫黄が用いられているが、硫黄では、超高分子量ポリエチレンとの共架橋作用は得られず、エチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物が相手材との摺接時に超高分子量ポリエチレン粒子の脱落を生じやすいものとなって、耐摩耗性において問題を生じさせるおそれを有するためである。
【0026】
また、有機過酸化物架橋がされた前記エチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物においては、当該エチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物中における前記超高分子量ポリエチレン粒子の含有量が、20体積%以上、69体積%以下であることが重要である。
超高分子量ポリエチレン粒子の含有量が、上記範囲内であることが重要であるのは、一般にカーボンブラックやシリカは、表面エネルギーが高く、ゴム架橋物中において擬似架橋点を形成することによって補強作用を発揮するといわれているが、本実施形態において前記ゴム板11を構成させるエチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物にはこれらの補強材を実質的に含有させないためにエチレン・α−オレフィン共重合体ゴムと共架橋させる超高分子量ポリエチレン粒子をある程度含有させないと所望のゴム硬度がエチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物に発現しないおそれを有し、その一方で、過度に配合すると混練作業などにおいて問題を生じるおそれを有するためである。
すなわち、エチレン・α−オレフィン共重合体ゴムと超高分子量ポリエチレン粒子との共架橋を利用して、エチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物に所望のゴム硬度を付与させる上において超高分子量ポリエチレン粒子の含有量が上記範囲内であることが重要であり20体積%未満では、十分なゴム硬度とならないおそれを有し、69体積%を超えると未架橋時におけるゴムの圧延(シーティング)を困難にさせるおそれを有する。
このような点において、超高分子量ポリエチレン粒子は、含有量が59体積%以下とされることが好ましく、50体積%以下であることが特に好ましい。
【0027】
なお、言い換えれば、この超高分子量ポリエチレン粒子の含有量の調整によってエチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物のゴム硬度(弾性率)を調整することができ、ここで例示しているスキージやそれ以外の各用途において求められる硬度にエチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物を適宜調整することができる。
なお、スクリーン印刷用スキージにおいては、前記ゴム板のJIS K6253に準拠したタイプAデュロメータ硬さを70以上90以下に調整することが好ましい。
また、摺接部材が、上記のようにスクリーン印刷用のスクリーンを、摺接する相手部材とするスキージではなく、インジェットプリンタのノズルヘッドを、摺接する相手部材とするクリーニング部材であれば該クリーニング部材に利用するゴム板のJIS K6253に準拠したタイプAデュロメータ硬さを60以上80以下に調整することが好ましい。
【0028】
なお、本実施形態においては、前記のように超高分子量ポリエチレン粒子としては、平均粒子径が5μm以上15μm以下のものを用いているが、これは、これ以上に大きな平均粒子径を有する超高分子量ポリエチレン粒子を使用すると、超高分子量ポリエチレン粒子の脱落を発生しやすくなるばかりでなくゴム板のエッジ部に大きな凹凸が形成されてしまいやすく、例えば、当該ゴム板でインジェットプリンタのノズルヘッドに付着したインクを掻き落とそうとした際に前記凹凸箇所をインクが通り抜けてしまうおそれを有するためである。
すなわち、本実施形態においては、摺接面におけるインクの通り抜け防止を図る目的において平均粒子径が15μm以下の超高分子量ポリエチレン粒子を使用している。
【0029】
なお、エッジ部(摺接面)の凹凸が10μm以下となるようにすることでインクの通り抜けをより確実に抑制させ得る。
このエッジ部(摺接面)の凹凸が10μm以下であるかどうかは、JIS B0601(2001)に準拠して最大高さ粗さ(Rz)を求めることによって判定することができ、例えば、エッジ部が真上になるようにゴム板を45度に傾斜させて配置し、表面粗さ計(例えば、ミツトヨ社製、商品名「サーフテスタSV3000)を使ってエッジ部に沿って一定速度(例えば、0.6mm/sec)での表面粗さ測定を実施して、前記最大高さ粗さ(Rz)が10μm以下であるかどうかで判断することができる。
【0030】
また、一方で平均粒子径が5μm以上超高分子量ポリエチレン粒子を使用するのは、5μm未満の平均粒子径を有する超高分子量ポリエチレン粒子は、そもそも入手すること自体が困難であり、仮に、入手できたとしてもコストが高いばかりか、舞い上がりやすいためにEPDMなどのエチレン・α−オレフィン共重合体ゴムとの混練作業などにおいてトラブルを発生させるおそれを有するためである。
さらに、超高分子量ポリエチレン粒子はエチレン・α−オレフィン共重合体ゴムよりも高弾性率であり、微視的には摺接面においてこの超高分子量ポリエチレン粒子に強い圧力が作用するため超高分子量ポリエチレン粒子を比較的大きなサイズで存在させることによって低摩擦係数特性が発揮され、優れた耐摩耗性が発揮されることを期待することができることも平均粒子径が5μm以上の超高分子量ポリエチレン粒子を採用する理由の一つである。
すなわち、本実施形態においては、ゴム板を製造容易なものとさせ得るとともに耐摩耗性の向上を図る目的において平均粒子径が5μm以上の超高分子量ポリエチレン粒子を使用している。
【0031】
なお、高分子量ポリエチレン粒子の平均粒子径は、JIS Z8801−3に規定の電成ふるいを利用した篩い分け法(seiving法)によって求められる。
【0032】
このエチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物には、前記においても述べているように、実質的に無機フィラー、及び、カーボンブラックを含有させておらず、代わりに、超高分子量ポリエチレン粒子を補強のための成分として含有させているものではある。
そして、この超高分子量ポリエチレン粒子の機能、並びに、超高分子量ポリエチレン粒子とエチレン・α−オレフィン共重合体ゴムとの相互作用などに多大な影響を与え、本発明の効果が著しく損なわれない限りにおいては、材料コストの低減を図る目的で増量剤を加えたりしても良く、通常ゴムに配合される老化防止剤、加工助剤、加硫助剤などを含有させることが可能なものである。
【0033】
このようなエチレン・α−オレフィン共重合体ゴムからなるゴム板を形成させてインクジェットプリンタのクリーニング部材やスクリーン印刷に用いるスキージといった摺接部材を形成させる方法としては従来公知の方法を採用することができる。
【0034】
例えば、エチレン・α−オレフィン共重合体ゴム、超高分子量ポリエチレン粒子、架橋剤(有機過酸化物)、ならびに、必要に応じて共架橋剤をバンパリーミキサーやニーダーを用いて混練してカレンダーロールや三本ロールなどのロール設備でシーティングし、得られたシートを加熱してエチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物からなる所定厚みの架橋シートを作製し、この架橋シートのエッジ部を高速カットによって精度良く加工して板状のゴム板を作製して、支持金物に取り付けてクリーニング部材やスキージとすることができる。
さらに、必要であれば、支持金物に取り付けた後に、さらにエッジ部の精度を向上させるべく、研磨加工などを施してもよく、その他にも、従来、インクジェットプリンタのクリーニング部材やスクリーン印刷用スキージの製造において行われている各種の調整を行うこともできる。
【0035】
このようにして得られるクリーニング部材やスキージは、耐摩耗性に優れることから、無機フィラーやカーボンブラックの脱落やそれ以外の摩耗粉の発生などによって、インクジェットノズルやメッシュスクリーンの目詰まりを発生させるおそれが低く、しかも、EPDMなどのエチレン・α−オレフィン共重合体ゴムが使用されているため、例えば、ホルムアミド、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、スルホラン、2−ピロリドン、N−メチル−2−ピロリドン、N−ビニル−2−ピロリドン、2−オキサゾリドン、1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン、アセトニトリル、アセトンなどの極性溶剤が使用されたインクなどに対して優れた耐性を示すことになる。
【0036】
すなわち、前記クリーニング部材や前記スキージは、耐溶剤性と耐摩耗性との両方に優れた摺接部材であるということができる。
また、インクジェットプリンタのノズルヘッドには、インクとの濡れ性を低下させインクのハジキを向上させるためのコーティングが施されたりする場合があるが、前記クリーニング部材は、カーボンブラックや無機フィラーが実質的に含有されていないために、このようなコーティングを傷つけてしまうおそれも低い。
【0037】
なお、本発明は、その対象が前記クリーニング部材や前記スキージに限定されるものではなく、耐摩耗性と耐溶剤性との両立が求められている摺接部材に広く適用が可能なものである。
例えば、電子写真プロセスの感光体や転写ベルトのクリーニングブレードなどといった摺接部材も本発明の意図する範囲のものである。
【実施例】
【0038】
次に実施例を挙げて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0039】
摺接部材を以下のようにして作製しそれぞれ評価を行った。
(比較例1、2)
比較例1では、従来、インクジェットヘッドのクリーニング部材として使用されているポリエーテル系ポリウレタンで表1に示す物理特性を有する板状の弾性体を作製し、比較例2では、コハク酸ポリエステル系ポリウレタンで表1に示す物理特性を有する板状の弾性体を作製した。
また、板状弾性体のエッジ部(摺接面)は、高速カットによって形成させた。
これらは、表1に示すように耐溶剤性が低くメチルセロソルブやN−メチル−2−ピロリドンなどによって膨潤されたためインクジェットプリンタのクリーニング部材としての評価は実施しなかった。
一方で、板状弾性体を用いてスキージを作製し耐摩耗性の評価を行った。
【0040】
(比較例3〜5)
比較例3、4では、カーボンブラックを補強材として利用したエチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物(EPDM架橋物)でゴム板を形成させ、このゴム板でインクジェットプリンタのクリーニング部材を形成させるとともにスクリーン印刷用スキージを作製した。
比較例5では、カーボンブラックに代えて超高分子量ポリエチレン粒子を配合しこれを硫黄架橋させたEPDM架橋物でゴム板を形成させクリーニング部材及びスキージを作製した。
なお、比較例3では、EPDM(ダウ ケミカル Nodel IP 4640)100質量部に対してファーネスブラック(FEF)を50質量部含有させ、比較例4では、サーマルブラック(MT)を90質量部含有させてゴム板を作製した。
【0041】
(実施例1〜6)
実施例1〜6では、表1に示すように、カーボンブラックに代えて超高分子量ポリエチレン粒子を配合しこれを有機過酸化物(ジクミルパーオキサイド)架橋させたEPDM架橋物でゴム板を形成させ、クリーニング部材及びスキージを作製した。
なお、表1に示す通り、この実施例1〜6では、平均粒子径が5μm、10μm、15μmの3種類の超高分子量ポリエチレン粒子(UHMPE)を用いたが、この内、平均粒子径が15μmのものは、平均粒子径25μmの市販品(後述の比較例6に使用したもの)を分級することにより平均粒子径が15μmとなるように調整したものであり、5μmのものは、平均粒子径10μmの市販品を分級して作製したものである。
【0042】
(比較例6)
比較例6では、平均粒子径が25μmと市販の粒径の大きな超高分子量ポリエチレン粒子を用いたこと以外は実施例4と同様にクリーニング部材及びスキージを作製した。
【0043】
(実施例7、比較例7)
実施例7では実施例1と同じく平均粒子径が10μmの市販の超高分子量ポリエチレン粒子を用いつつもEPDM架橋物に占める割合が59体積%となるように大量配合させた。
比較例7では、さらに、超高分子量ポリエチレン粒子を増量して70体積%となるようにした。
これらのEPDM架橋物でゴム板を形成させ、クリーニング部材及びスキージを作製した。
なお、比較例7では、シーティングができなかったため、評価を実施しなかった。
【0044】
(評価方法)
(物理特性)
各実施例、比較例において作製した厚み2mmのゴム板は、JIS K6253に基づく「硬度(タイプAデュロメータ硬さ)」、JIS K6251に基づく「引張強さ」と「切断時伸び」、JIS K6273に基づく「定伸長引張永久ひずみ」の測定を実施した。
結果を、表1に示す
【0045】
(耐溶剤性:膨潤)
各実施例、比較例において作製した厚み2mmのゴム板を一辺15mmの正方形に切断して耐溶剤性の評価試料を作製した。
この試料を、40℃に加熱したメチルセロソルブに72時間浸漬させた場合の質量増加と40℃に加熱したN−メチル−2−ピロリドンに72時間浸漬させた場合の質量増加とを測定し、初期試料の質量に対する試験後の質量増加の割合を百分率で算出した。
【0046】
(エッジ部の摩擦係数)
エッジの摩擦係数は、各実施例、比較例において作製されたゴム板(厚み2mm)を略水平に配されたSUS板の表面(上面)に接触させつつ当該SUS板を水平方向に移動させ、その際の水平方向荷重を表面性測定機(ヘイドン)で測定することによって求めた。
具体的には、20mm長さのゴム板に全体100gfの荷重を加えSUS板の移動方向と直交する方向に20mmの長さで接するように配置し、しかも、前記ゴム板がSUS板が移動する方向とは逆側においてSUS板の表面となす角度が25度となるようにゴム板を傾けてSUS板の表面にそのエッジ部を接触させた状態でゴム板を配し、SUS板を1500mm/minの速度で移動させた際に生じる水平方向荷重を垂直方向荷重(100gf)で除して摩擦係数(μ)を求めた。
【0047】
(エッジ部の凹凸)
エッジ部が真上になるようにゴム板を45度に傾斜させて配置し、ミツトヨ社製の表面粗さ計(商品名「サーフテスタSV3000」)を用いて、エッジ部に沿って0.6mm/secの速度で表面粗さ測定(測定条件、λc:0.8mm、λs:2.5μm)をして、「最大高さ粗さ(Rz)」を求めた。
なお、測定区間はゴム板の両端1mmを除く全長とし、この間に観察された「最大高さ粗さ(Rz)」が3μm以下の場合を「○」、3μmを超え7μm以下の場合を「△」と判定し、10μmを超えるものを「×」と判定した。
【0048】
(クリーニング部材としての性能評価)
各実施例、比較例で作製したクリーニング部材を市販のインクジェットプリンタのクリーニング部材と交換し、該インクジェットプリンタを使用して10000枚の印刷を実施した後に、ファイバースコープによりノズルヘッドの撥水コートの状態を確認するとともにクリーニング部材のエッジ部の状態を確認した。
【0049】
(スキージとしての性能評価)
市販のスクリーン印刷機を用い、インク介在下で、実際に印刷を行い、5000枚印刷した後のスキージ表面を観察することにより耐摩耗性を評価した。
なお、明らかに摩耗しているものを「×」と判定し、やや摩耗していると見られるものを「△」、殆ど摩耗していないものを「○」として判定した。
結果を、表1に示す。
【0050】
【表1】

【0051】
上記のように、従来のポリウレタン性の摺接部材(比較例1,2)では高極性溶剤による膨潤が大きい。
また、カーボンブラックを使用したもの(比較例3,4)は耐摩耗性に著しく劣る結果となった。
【0052】
一方で、実施例1〜7は、耐溶剤性に優れ膨潤も小さく、耐摩耗性に優れる。
このことから、超高分子量ポリエチレン粒子がEPDMと強固に結合した架橋物が形成されていることがわかる。
そして、これらの実施例に係る摺接部材は、無機フィラーやカーボンブラックのような補強材を実質的に含まず、比較的ソフトで滑性に優れる超高分子量ポリエチレン粒子を含有しているので、インクジェットプリナーのノズルヘッドのコーティングに損傷を与えないという良好なる結果も得られた。
また、スキージの摩耗試験の結果においても、実施例のものは耐摩耗性に優れる結果が得られた。
なお、この実施例1〜7における超高分子量ポリエチレン粒子の変量と硬度との関係からもわかるように、超高分子量ポリエチレン粒子の増減によって硬度の高低を調整しうることがわかる。
【0053】
また、硫黄架橋したもの(比較例5)は、超高分子量ポリエチレン粒子とEPDMとの共架橋が生じないため、エッジ部を高速カットで形成した後のエッジ面から超高分子量ポリエチレン粒子が脱落しやすく、大きな凹凸ができて摺接部材としての十分な機能を発揮できていない。
【0054】
比較例6は超高分子量ポリエチレン粒子の平均粒子径が大きいために高速カットされたカット面に超高分子量ポリエチレン粒子による影響が強く現れ、カット面の凹凸は部分的にではあるが、10μm以上となり、摺接部材として十分な機能を有していない。
【0055】
このことからも、本発明によれば、インクジェットプリンタのクリーニング部材やスクリーン印刷用スキージといった耐摩耗性と耐溶剤性とが求められる摺接部材が容易に提供されうることがわかる。
【符号の説明】
【0056】
1:スキージ(摺接部材)、2:スクリーン版、11:ゴム板、11e:エッジ部(摺接面)、22:メッシュスクリーン(相手部材)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
無機フィラー、及び、カーボンブラックを実質的に含有しておらず、平均粒子径が5μm以上15μm以下の超高分子量ポリエチレン粒子を20体積%以上69体積%以下の割合で含むエチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物によって相手部材に摺接される摺接面が形成されており、前記エチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物が、前記超高分子量ポリエチレン粒子を分散させたエチレン・α−オレフィン共重合体ゴムを有機過酸化物架橋させたものであることを特徴とする摺接部材。
【請求項2】
前記エチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物に占める前記超高分子量ポリエチレン粒子の割合が20体積%以上50体積%未満である請求項1記載の摺接部材。
【請求項3】
前記エチレン・α−オレフィン共重合体ゴムが、エチレン−プロピレン−ジエン共重合体ゴムである請求項1又は2記載の摺接部材。
【請求項4】
前記摺接面の凹凸が10μm以下である請求項1乃至3のいずれか1項に記載の摺接部材。
【請求項5】
インジェットプリンタのノズルヘッドを前記相手部材とするクリーニング部材であり、前記エチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物のJIS K6253に準拠したタイプAデュロメータ硬さが60以上80以下である請求項1乃至4のいずれか1項に記載の摺接部材。
【請求項6】
スクリーン印刷用スクリーンを前記相手部材とするスキージであり、スクリーンで前記エチレン・α−オレフィン共重合体ゴム架橋物のJIS K6253に準拠したタイプAデュロメータ硬さが70以上90以下である請求項1乃至4のいずれか1項に記載の摺接部材。

【図1】
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【公開番号】特開2012−21088(P2012−21088A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−160716(P2010−160716)
【出願日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【出願人】(000005061)バンドー化学株式会社 (429)
【Fターム(参考)】