撥水性および撥油性表面を有する物品およびその製造方法
【課題】従来知られている超撥水性および撥油性表面と同等またはそれ以上の超撥水性および撥油性を有し、油に対する転落角も従来の表面より小さく、かつ、従来知られている超撥水性および撥油性表面より優れた熱と有機溶剤に対する耐久性を有する超撥水性および撥油性表面を有する物品とその製造方法を提供する。
【解決手段】基材の表面に撥水性および撥油性を有する層を有する物品。前記撥水性および撥油性を有する層は、フッ素含有疎水基を有するポリマーからなり、かつ微細な凹凸構造を有する層である。基材の表面に撥水性および撥油性を有する層を有する物品の製造方法。基材の表面に、基材の表面に、フッ素含有疎水基を有するポリマーからなり、かつ微細な凹凸構造を有する撥水性および撥油性を有する層を設けることを含む。
【解決手段】基材の表面に撥水性および撥油性を有する層を有する物品。前記撥水性および撥油性を有する層は、フッ素含有疎水基を有するポリマーからなり、かつ微細な凹凸構造を有する層である。基材の表面に撥水性および撥油性を有する層を有する物品の製造方法。基材の表面に、基材の表面に、フッ素含有疎水基を有するポリマーからなり、かつ微細な凹凸構造を有する撥水性および撥油性を有する層を設けることを含む。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、撥水性および撥油性表面を有する物品およびその製造方法に関する。特に本発明は、水に対する接触角が150°以上である超撥水性および、サラダ油に対する接触角が100°以上である撥油性を示し、かつサラダ油に対する転落角が30°以下である表面を有する物品とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、フラクタル構造の表面による超撥水性/撥油性の発現は辻井らの研究により可能であることが明らかになっている。
【0003】
例えば、AKD(アルキルケテンダイマー)は、自己組織的にこのようなフラクタル構造を形成し超撥水性を示すことや、アルキルピロールを電解重合するとフラクタル構造を持つ超撥水性高分子膜が得られることも発見された。(Tsujii, et al., J. Phys. Chem., 100, 19512 (1996)(非特許文献1); 特開平8−323280号公報(特許文献1); Yan, et al., Angew. Chem. Int. Ed., 44, 3453 (2005)(非特許文献2))
【0004】
九州大学の高原らは、フッ素化アルキル官能基被覆シリカナノ粒子の膜をTEOS(tetraethyl orthosilane)とコロイド状シリカとFOETES((heptadecafluoro-1,1,2,2-tetrahydrodecyl) triethoxysilane)の3成分を原材料として一段階法で作製した。この膜は水に対して約150°の接触角、ドデカンに対して120°の接触角と優れた撥液性を示した。(cf. M. Hikita, et al., Langmuir, 21, 7299 (2005)(非特許文献3))
【0005】
また、フラクタルや微細凹凸構造を有する金属表面にフッ素系のリン酸エステル型界面活性剤を吸着することにより、撥油性表面が得られる。(Tsujii, et al., Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 36, 1011 (1997)(非特許文献4); 特開平9−279360号公報(特許文献2))
【非特許文献1】Tsujii, et al., J. Phys. Chem., 100, 19512 (1996)
【非特許文献2】Yan, et al., Angew. Chem. Int. Ed., 44, 3453 (2005)
【特許文献1】特開平8−323280号公報
【非特許文献3】M. Hikita, et al., Langmuir, 21, 7299 (2005)
【非特許文献4】Tsujii, et al., Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 36, 1011 (1997)
【特許文献2】特開平9−279360号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
超撥水性および撥油性を物品の表面に付与することで、さまざまな新たな用途が生まれることが期待され、上記のような研究がなされており、超撥水性および撥油性という特性に関しては、ある程度のレベルの表面が得られるようになっている。しかし、これらの表面を実用する場合、実用に耐え得る耐久性、特に、熱と有機溶剤に対する耐久性を有することが要求されるが、これまでに知られている超撥水性および撥油性の表面は、この要求を満たすものではなく、実用化に到っていない。また実用上、油に対する転落角も小さいことが要求されるが、その要求も十分には満たされていない。
【0007】
そこで本発明は、従来知られている撥水性および撥油性表面と同等またはそれ以上の撥水性および撥油性を有し、油に対する転落角が従来の表面より小さく、かつ、従来知られている超撥水性および撥油性表面より優れた熱と有機溶剤に対する耐久性を有する超撥水性および撥油性表面を有する物品とその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
[1]基材の表面に撥水性および撥油性を有する層を有する物品であって、
前記撥水性および撥油性を有する層は、分子内にフッ素含有アルキル又はフッ素含有アルケニル基とピロール基とを有するモノマー又はオリゴマーを重合させて得られる、フッ素含有疎水基を有するポリマーからなり、かつ微細な凹凸構造を有する層である、前記物品。
[2]前記重合方法が、電解酸化重合である[1]に記載の物品。
[3]前記撥水性および撥油性を有する層は、水に対する接触角が150°以上である[1]または[2]に記載の物品。
[4]前記撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する接触角が100°以上である[1]〜[3]のいずれかに記載の物品。
[5]前記撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する転落角が30°以下である[1]〜[4]のいずれかに記載の物品。
[6]基材の表面に撥水性および撥油性を有する層を有する物品の製造方法であって、
分子内にフッ素含有アルキル又はフッ素含有アルケニル基とピロール基とを有するモノマー又はオリゴマーを重合させて、フッ素含有疎水基を有するポリマーからなり、かつ微細な凹凸構造を有する撥水性および撥油性を有する層を、基材の表面に設けることを含む、前記物品の製造方法。
[7]前記重合方法が、電解酸化重合である[6]に記載の製造方法。
[8]前記撥水性および撥油性を有する層は、水に対する接触角が150°以上である[6]または[7]に記載の製造方法。
[9]前記撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する接触角が100°以上である[6]〜[8]のいずれかに記載の製造方法。
[10]前記撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する転落角が30°以下である[6]〜[9]のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、従来知られている超撥水性および撥油性表面より優れた熱と有機溶剤に対する耐久性を有する超撥水性および撥油性表面を有し、かつサラダ油に対する転落角も小さい物品とその製造方法を提供することができる。特に、本発明の物品の超撥水性および撥油性表面は、長時間保存に関する耐久性に優れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、基材の表面に撥水性および撥油性を有する層を有する物品であって前記撥水性および撥油性を有する層は、フッ素含有疎水基を有するポリマーからなり、かつ微細な凹凸構造を有する層である。以下、本発明の物品について物品の製造方法と合わせて説明する。
【0011】
本発明の物品とその製造方法に用いる基材は、特に制限はない。本発明における基材は、表面としては、十分な撥水性および撥油性を示さない有機物又は無機物表面が挙げられるが、電気伝導性を有するものならば何でもよく、金属表面又は電導性高分子表面がより好ましい。ここで金属としては、例えば、亜鉛、ニッケル、鉄、アルミニウム又はこれらの合金、ステンレス等が挙げられる。但し、これらに限定する意図ではない。
【0012】
基材の表面に撥水性および撥油性を有する層を有する物品の製造方法は、基材の表面に、フッ素含有疎水基を有するポリマーからなり、かつ微細な凹凸構造を有する層を設けることを含む。
【0013】
撥水性および撥油性を有する層は、フッ素含有疎水基を有するポリマーからなり、かつ微細な凹凸構造を有するものであるが、このような層は、分子内にフッ素含有疎水基と重合性基を有する反応性モノマー又はオリゴマーを、基材の表面において重合させることで得られる。フッ素含有疎水基としては、水素原子の少なくとも一部をフッ素原子に置換したフッ素含有のアルキル基、または水素原子の少なくとも一部をフッ素原子に置換したフッ素含有のアルケニル基を挙げることができる。疎水基は、良好な撥水性を得るという観点から炭素数8〜20のアルキル又はアルケニル基である。フッ素の含有量は、アルキル基の場合、少なくとも末端のメチル基がトリフルオロメチル基であればよい。良好な撥油性を得るという観点からは、末端から3個〜10個の炭素鎖がフッ化炭素(パーフルオロアルキルまたはパーフルオロアルケニル)であることが望ましい。
【0014】
重合性基は、酸化重合性基であるピロール基とする。従って、より好ましいモノマー又はオリゴマーとしては炭素数8〜20のフッ素含有アルキル又はフッ素含有アルケニル基とピロール基とを有するモノマー又はオリゴマーが挙げられる。
【0015】
更に好ましい反応性モノマーとしては次式(1)および(2)で表わされる化合物が挙げられる。
【0016】
【化1】
【0017】
式中、R1、およびR2は炭素数8〜20のフッ素含有アルキル又はフッ素含有アルケニル基を示すが、炭素数8〜20のアルキル基が特に好ましく、フッ素含有量は、末端から3個〜10個の炭素鎖がフッ化炭素であることが好ましい。
【0018】
化合物(1)の合成法は、参考例に記載の方法によって合成できる。化合物(1)と類似の構造を有する化合物(2)も、参考例に記載の方法を参照して合成できる。
【0019】
これらの反応性モノマー及びオリゴマーは一種を用いてもよく、また二種以上を組み合せて用いてもよく、例えば疎水基の炭素数やフッ素含有量の異なるモノマーを組み合せて用いてもよい。更に同じ分子内に同一または異なる種類の疎水基が複数あってもよい。
【0020】
基材表面において前記反応性モノマー又はオリゴマーを重合させる手段としては、前記モノマーを、触媒等を用いて重合させる方法、電解酸化重合及び電解還元重合が挙げられるが、基材表面で選択的に重合させるという観点及び微細な凹凸構造を形成するという観点から電解酸化重合が好ましい。
【0021】
電解酸化重合は、例えば撥水性および撥油性を付与するための基材を電極として用い、電解液中に前記反応性モノマー又はオリゴマーを添加して、常法に従って行えばよい。ここで、電解液としては例えば、アセトニトリル等が挙げられ、同時に使用する電解質としてはp−トルエンスルホン酸ナトリウム等が挙げられ、印加する電圧は10V以上とするのが好ましい。優れた撥水性および撥油性を示す微細な凹凸構造を呈する表面を得るには、好ましい印加電圧は10〜200Vの範囲、より好ましくは20〜100Vの範囲、さらに好ましくは20〜50Vの範囲である。
【0022】
電解酸化重合の時間は、優れた撥水性および撥油性を示す微細な凹凸構造を呈する表面を形成できる時間であれば良く、例えば、5分以上とすることが適当であり、好ましくは5〜120分の範囲、より好ましくは30〜120分の範囲である。
【0023】
また、電解酸化重合の温度は、優れた撥水性および撥油性を示す微細な凹凸構造を呈する表面を形成できる温度であれば良く、例えば、0℃以上とすることが適当であり、好ましくは0〜40℃の範囲、より好ましくは15〜35℃の範囲である。
【0024】
また、電解酸化重合に用いる電解液中の反応性モノマー又はオリゴマーの濃度は、優れた撥水性および撥油性を示す微細な凹凸構造を呈する表面を形成できる濃度であれば良く、例えば、1mM以上とすることが適当であり、好ましくは2〜20mMの範囲、より好ましくは3〜20mMの範囲である。
【0025】
前記のように基材表面上で重合体が形成されると、当該表面は微細な凹凸構造を呈し、優れた撥水性および撥油性を示すようになる。その凹凸構造の幅及び高さの範囲は10nm〜800μm、特に50nm〜300μmが好ましく、その構造は均一でなくともよい。また、凹凸構造の形状は特に限定されるものではなく、鱗片状、角柱状、円柱状、角錐状、円錐状、針状などのいずれであってもよい。更に、それらの形状が複雑に組み合わさってできた、2以上3未満のフラクタル次元をもつフラクタル構造又は自己アフィン構造であってもよい。また、撥水性および撥油性を示す層の厚みは、特に制限は無いが、例えば、10μm〜1000μmの範囲とすることができる。
【0026】
本発明の物品が有する、撥水性および撥油性を有する層は、水に対する接触角が130°以上であり、好ましくは150°以上である撥水性を有する。撥水性および撥油性を有する層は、撥水性が高いほど好ましいが、実現可能性を考慮すると、水に対する接触角の上限は、例えば、178°以下、好ましくは170°以下、より好ましくは160°以下である。
【0027】
また、本発明の物品が有する、撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する接触角が100°以上である、好ましくは110°以上、さらに好ましくは120°以上である撥油性を有する。撥水性および撥油性を有する層は、撥油性が高いほど好ましいが、実現可能性を考慮すると、サラダ油に対する接触角の上限は、例えば、150°以下、好ましくは140°以下、さらに好ましくは130°以下である。
【0028】
本発明の物品が有する、撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する転落角が30°以下である。サラダ油に対する接触角が大きくても、サラダ油に対する転落角が大きいと、表面から油滴が容易に除去できず、撥油性能としては不十分である。本発明の物品が有する、撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する転落角が30°以下、好ましくは20°以下、さらに好ましくは15°以下、最も好ましくは10°以下である。サラダ油に対する転落角の下限は、例えば、0°以上、好ましくは3°以上、より好ましくは5°以上である。
【0029】
本発明の物品が有する、撥水性および撥油性を有する層は、水に対する転落角が30°以下である。水に対する接触角が大きくても、水に対する転落角が大きいと、表面から水滴が容易に除去できず、撥水性としては不十分である。本発明の本発明の物品が有する、撥水性および撥油性を有する層は、水に対する転落角が30°以下、好ましくは20°以下、さらに好ましくは15°以下、最も好ましくは10°以下である。水に対する転落角の下限は、例えば、0°以上、好ましくは3°以上、より好ましくは5°以上である。
【0030】
水に対する接触角、サラダ油に対する接触角、サラダ油に対する転落角および水に対する転落角の測定は、後述の試験方法に示す。
【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
参考例
C15H10F17Nの合成
【0032】
TsO-(CH2)3(CF2)7CF3の合成
【化2】
【0033】
窒素ガスを満たした1LナスフラスコにNaH2.4gとCH2Cl2200mlを入れた。スターラーで攪拌しながらCF3(CF2)7(CH2)3OH9.56gとTsCl7.6gをナスフラスコに入れ、室温で6時間攪拌させた。
【0034】
攪拌後、CF3(CF2)7(CH2)3OH+クロロホルム、CF3(CF2)7(CH2)3OH+クロロホルム+反応物、反応物の3点のTLCを打ち、展開溶媒(ヘキサン:酢酸エチル=4:1)に浸した。TLCをリンモリブデン液に浸し、ホットプレートで焼き、TsClとCF3(CF2)7(CH2)3OHが反応していることを確かめた (図1)。
【0035】
少量のMeOHでナスフラスコ内のNaHを失活させた。反応物をクロロホルムで洗いながら分液ロートに移した。分液ロートに反応物と等量のHClを入れ、ガス抜きを行った後にクロロホルム層(下層)を500mLマイヤーフラスコAに入れた。マイヤーフラスコA中のクロロホルム層を分液ロートに戻し、飽和NaHCO3を加え、ガス抜きを行った後にクロロホルム層(下層)を500mLマイヤーフラスコAに移した。再びマイヤーフラスコA中のクロロホルム層を分液ロートにもどし、飽和NaCl液を加え、ガス抜きを行った後にクロロホルム層(下層)を500mLマイヤーフラスコBに移した。マイヤーフラスコBにMgSO4を適量入れた(水を除くため)。マイヤーフラスコB中の反応物を吸引ろ過後、エバポレーターで余分な溶媒を蒸発させた。残った反応物のTLCを打った (図2)。
【0036】
450gのシリカゲルを入れたカラムを立て、展開溶媒(ヘキサン:酢酸エチル=7:1)、反応物、海砂を入れた。まず、500mlの展開溶媒を流し、捨てた。次に、展開溶媒300mlずつを300mLビーカーに取りながら流し、得られた抽出液のTLCを打った (フラクション1〜12、図3)。
【0037】
バンドが出た抽出液(フラクション4、5)の溶媒をロータリーエバポレーターで除去後、真空乾燥して残った白い結晶を回収し、そのうちの少量を重クロロホルムに溶かしNMR測定を行った。また、フラクション4、5とは別の位置でバンドが見られた抽出液(フラクション8、9、10、11) の溶媒をロータリーエバポレーターで除去後、真空乾燥して残った白い液体を回収し、そのうちの少量を重クロロホルムに溶かしNMR測定を行った (図4)。
【0038】
フラクション4-5の1H NMR (600MHz, CDCl3) (図4):δ7.80 (d, 2H, J = 6.0Hz)、7.37 (d, 2H J = 6.0Hz)、4.12 (t, 2H J = 6.0Hz)、2.46 (s, 3H)、2.17-2.09 (m, 2H)、1.99-1.95 (m, 2H)
【0039】
NMRの結果、フラクション4,5から得られた白い結晶がTsO-(CH2)3(CF2)7CF3であると同定し、フラクション8、9、10、11から得られた白い液体は副生成物CH3C6H4SO3CH3であると同定した。
【0040】
Py-(CH2)3(CF2)7CF3の合成
【化3】
【0041】
N2ガスで満たしたナスフラスコにNaH1140mg、THF50ml、ピロール830μlを入れ、スターラーで15分攪拌した。攪拌後、TsO-(CH2)3(CF2)7CF35.0gをナスフラスコに入れ、アルミホイルで包んで遮光し、一晩攪拌させた。攪拌後、反応物のTLCを打ち、展開溶媒(ヘキサン:酢酸エチル=10:1)に浸した。TLCをリンモリブデン液に浸し、ホットプレートで焼き、ピロールとTsO-(CH2)3 (CF2)7 CF3が反応していることを確かめた (図5)。
【0042】
少量の水でNaHを失活させた。300mL分液ロートに反応物とジエチルエーテルを加え、ガス抜きを行った後に水層(下層)を捨てた。分液ロートにHClを加え、ガス抜きを行った後に水層(下層)を捨てた。分液ロートに飽和NaHCO3を加え、ガス抜きを行った後に水層(下層)を捨てた。分液ロートに飽和NaCl液を加え、ガス抜きを行った後に水層(下層)を捨てた。エーテル層(上層)を300mlマイヤーフラスコに移しMgSO4を加え、吸引ろ過後、エバポレーターで余分な溶媒を蒸発させた。160gのシリカゲルを入れたカラムを立て、展開溶媒(ヘキサン:酢酸エチル=100:1)、反応物、海砂を入れた。まず、500mlの展開溶媒を流し、捨てた。次に、展開溶媒50mlずつを50mLビーカーに取りながら流し、得られた抽出液のTLCを打った(フラクション1〜25、図6)。
【0043】
バンドが出た抽出液(フラクション18) の溶媒をロータリーエバポレーターで除去後、真空乾燥して残った黄色の液体を回収した。また、2本のバンドが現れた抽出液(フラクション19、20、21) の溶媒をロータリーエバポレーターで除去後、真空乾燥して残った黄色の固体をマイクロポンプにかけ、二つのバンドの物質を分離した(展開溶媒はヘキサン:酢酸エチル=100:1)。上部のバンドの抽出液から得られた物質のNMRより、Py-(CH2)3(CF2)7CF3が合成されていることを確認した (図7)。
【0044】
上部のバンドの1H NMR (600MHz, CDCl3) (図7): δ6.67 (t, 2H J = 1.8Hz)、6.20 (t, 2H J = 2.1Hz)、4.01 (t, 2H J = 6.9Hz)、2.14-2.00 (m, 4.4H)
【0045】
[試験方法]
接触角および転落角の測定
作製した膜の撥水性、撥油性の評価法として、固液界面解析装置 DropMaster300 (協和界面科学株式会社)を用いて、水およびサラダ油の接触角を測定した。作製した膜を装置台に置き、室温にて注射針およびマイクロピペットを用いて溶媒を滴下した。膜にのった液滴の接触角をθ/2法または楕円法を用いて測定した。また、フッ素コーティングしたポリアルキルピロール(PAPy)膜と膜に水及びサラダ油をのせ、装置台を傾斜させたときの液滴の転落角を測定した。
【0046】
また、平らな膜上での種々の溶媒(n−ヘキサン、n−オクタン、n−デカン、n−ドデカン、n−ヘキサデカン、n−アミルアルコール、n−オクタノール、n−ドデカノール、ジエチレングリコール、グリセロール、メチルミリステート、ジエチルグルタレート、ジエチルアジペート、ジメチルマロネート、モノアセチン、水)の接触角から膜の臨界表面張力を測定した。
【0047】
電子顕微鏡によるPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の観察
作製した膜を観察するために、電子顕微鏡(日立S-5200型電解放出型走査電子顕微鏡)を用いた。まず、イオンスパッター(日立E-1030型)を用い、金−パラジウムの金属膜をPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜に蒸着させた。次に金属膜を蒸着させたPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の表面および断面を電子顕微鏡で観察した。
【0048】
耐熱性、耐溶媒性及び耐久性実験
作製したPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の耐熱性を調べるために、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜を25 ℃〜120 ℃までの高温に1時間さらした後、室温に戻し、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の接触角及び表面の形状を調べた。また、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜を120 ℃の高温下に1時間〜6時間さらし、接触角の変化及び表面の形状を調べた。
【0049】
作製したPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の耐溶媒性を調べるために、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜を水、アセトン、アセトニトリル、エタノール、ヘキサンにそれぞれ10分間浸した。その後、自然乾燥させ、水とサラダ油の接触角を測定した。
【0050】
作製したPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の耐久性を調べるために、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜上に水及びサラダ油を載せ、1分毎の接触角を測定した。また、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜を作製し、作製してから24時間毎の水及びサラダ油の接触角を測定した。
【0051】
実施例
高撥油性Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の作製
10 mMのPy-(CH2)3(CF2)7CF3と0.5 mMのp-トルエンスルホン酸ナトリウムを超音波洗浄器(アズワン株式会社)を用いてアセトニトリル100mlに溶かした。陽極にNi板、陰極に白金を用いた電極を溶液10 mlに浸し、室温にて電圧を印加した。この時、電圧・電圧を印加する時間、溶液の濃度を変化させ、微細な凹凸構造を有する撥油性の高い膜と表面が平らな膜を作製した。
【0052】
Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の臨界表面張力
臨界表面張力の決定
Ni板を溶液に浸し、3Vの電圧を印加することで平らなPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜を作製した。また、25Vの電圧を印加することで粗い、微細な凹凸構造を有する表面のPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜を作製した。
【0053】
種々の液体を用いて、平らなPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜上での接触角θ及び粗い(微細な凹凸構造を有する)Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜上での接触角θfを測定した(表1及び表2)。液体の表面張力とcosθの関係 (Zismanプロット)から、θ = 0のときの臨界表面張力は約6 mN/mとなった (図8)。これは単分子膜でのトリフルオロ基の臨界表面張力 (6 mN/m)とほぼ一致しており、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の表面にはトリフルオロ基があると考えられる。
【0054】
【表1】
【0055】
【表2】
【0056】
高撥油性Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の作製
Py-(CH2)3(CF2)7CF3濃度と接触角の関係
電解液中のPy-(CH2)3(CF2)7CF3の濃度を1mMから20mMまで変化させたときの水またはサラダ油に対する接触角の変化を調べた。電解の条件は、電圧25V、電圧印加時間60分、室温とした。結果を図9に示す。10mMまでは、濃度を上げるにつれていずれの接触角も上昇していったが、10mM以上にしても接触角に変化は見られなかった。
【0057】
電圧と接触角の関係
印加する電圧を3Vから200Vまで変化させたときの水またはサラダ油に対する接触角を調べた。電解の条件は、濃度10mM、電圧印加時間60分、室温とした。結果を図10に示す。電圧が3V〜5Vの範囲では平らな膜が作製されていると考えられ、サラダ油の接触角は約90°であった。10V以上の範囲では、微細な凹凸構造を有する膜がえられ、特に10〜50Vの範囲が、水またはサラダ油に対する接触角が良好であり、好ましい。
【0058】
電圧を印加する時間と接触角の関係
電圧を印加する時間を1分から240分まで変化させたときの水またはサラダ油に対する接触角を図11に示す。電解の条件は、濃度10mM、電圧25V、室温とした。図11に示す結果から、印加時間は好ましくは、30分以上である。
【0059】
溶液の温度と接触角の関係
膜を作製する際の、アセトニトリル溶液の温度を0℃から70℃まで変化させた時の接触角を図12に示す。電解の条件は、電圧25V、電圧印加時間60分、濃度10mMとした。温度を高くするにつれて接触角は低くなり、70℃で作製した膜は見た目も茶色っぽくなっていた。電解の適当な温度範囲は、0〜40℃、好ましくは、15〜35℃の範囲である。
【0060】
Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の転落角
作製したPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜上での水及びサラダ油の転落角を測定した。電解の条件は、濃度10mM、電圧25V、電圧印加時間60分、室温とした。結果を表3及び図13に示す。比較のため、フッ素コーティングしたPAPy膜についての結果も示す。フッ素コーティングしたPAPy膜の電解の条件は、アルキルピロール濃度5mM、電圧22.5V、電圧印加時間60分、室温とした。
【0061】
表3及び図13の結果から、水の転落角に関しては、フッ素コーティングしたPAPy膜とPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜で大きな違いは見られなかった。しかし、サラダ油の転落角に関しては20°以上の差が見られた。このことから、フッ素コーティングPAPy膜に比べPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の方が、サラダ油が付きにくい膜であることが分かった。
【0062】
【表3】
【0063】
電子顕微鏡によるPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の観察
Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の電子顕微鏡観察
最も撥油性の高いPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜を濃度10mM、電圧25V、電圧印加時間60分、室温の電解条件で作成し、電子顕微鏡で観察した。結果を図14に示す。図14のようにPy-(CH2)3(CF2)7CF3の突起物と膜の亀裂が組み合わされた、微細な凹凸構造を有する表面が観察された。この突起と亀裂の組み合わせにより、膜の実表面積は見かけの表面積の数倍となり、撥水/撥油性が強調されていると考えられる。
【0064】
電圧印加後の時間経過とPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の形成
電圧を1分、5分、30分、60分印加させたときのPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の様子を図15に示す。電解の条件は濃度10mM、電圧25V、室温とした。図15に示す写真より、電圧印加時間の経過につれて膜の凹凸が大きくなる様子が観察された。印加時間1分以外の膜では水の接触角に大きな違いは見られなかったが、凹凸が増すにつれてサラダ油の接触角も大きくなっていく(図11の結果を参照)ことから、この表面の凹凸が撥水・撥油性の増加に関与していると言える。
【0065】
Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の耐久性
Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の耐熱性
作製したPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜を25℃〜120℃に1時間さらしたあとの接触角と、120℃に1時間〜6時間さらした後の接触角を図16および図17に示す。Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の接触角は、120℃に6時間さらしても熱処理前の接触角にほぼ等しかった。また、図18に示すように、熱処理前後でのPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の形状に変化が見られないことから、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜は高温にさらされても表面の構造は変化せず、その高撥油性を保つことが示された。
【0066】
Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の耐溶媒性
作製したPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜を様々な溶媒に10分間浸し、処理前後の接触角の違いについて調べたが、溶媒処理後もサラダ油の接触角は130°以上を保っていた (図19)。耐熱性実験と同様、溶媒処理 (アセトン及びヘキサン) 後のPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜を電子顕微鏡で観察したところ、やはり表面の形状に変化は見られなかった (図20)。この結果、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜は溶媒に溶けることなくその形状を保つことができる、対溶媒性に優れた高撥油性表面であることが証明された。
【0067】
Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の時間的耐久性
作製したPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜を室温にて放置し、24時間ごとの接触角について調べた (図21)。1週間放置しても、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の撥水・撥油性に変化は見られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明は、種々の物品に対して、実用レベルの耐久性を有する超撥水性および撥油性を付与することができ、種々の分野で利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】TLCによる反応の確認1。
【図2】TLCによる反応の確認2。
【図3】TLCによる反応の確認3。
【図4】フラクション4-5の1H NMR (600MHz, CDCl3)。
【図5】TLCによる反応の確認4。
【図6】TLCによる反応の確認5。
【図7】上部のバンドの1H NMR (600MHz, CDCl3)。
【図8】平らなPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の臨界表面張力。
【図9】Py-(CH2)3(CF2)7CF3の濃度と接触角の関係。
【図10】電圧と接触角の関係。
【図11】電圧を印加する時間と接触角の関係。
【図12】膜作成時の溶液の温度と接触角の関係。
【図13】2種の膜上での水及びサラダ油の写真。
【図14】最も撥油性の高いPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の表面のSEM像。
【図15】電圧を印加する時間を変化させたときのPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜のSEM像。 a) 電圧印加時間1分 (水の接触角 106.0°、サラダ油の接触角 98.4°) b) 電圧印加時間5分 (水の接触角 151.5°、サラダ油の接触角 131.9°) c) 電圧印加時間30分 (水の接触角 151.5°、サラダ油の接触角 135.6°) d) 電圧印加時間60分 (水の接触角 151.7°、サラダ油の接触角 138.3°)
【図16】熱処理の温度と接触角の関係。
【図17】熱処理の時間と接触角の関係。
【図18】熱処理前後のPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜のSEM像。
【図19】各種溶媒処理前後でのPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の接触角。
【図20】溶媒処理前後のPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜のSEM像。
【図21】膜作製後の経過時間と接触角の関係。
【技術分野】
【0001】
本発明は、撥水性および撥油性表面を有する物品およびその製造方法に関する。特に本発明は、水に対する接触角が150°以上である超撥水性および、サラダ油に対する接触角が100°以上である撥油性を示し、かつサラダ油に対する転落角が30°以下である表面を有する物品とその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、フラクタル構造の表面による超撥水性/撥油性の発現は辻井らの研究により可能であることが明らかになっている。
【0003】
例えば、AKD(アルキルケテンダイマー)は、自己組織的にこのようなフラクタル構造を形成し超撥水性を示すことや、アルキルピロールを電解重合するとフラクタル構造を持つ超撥水性高分子膜が得られることも発見された。(Tsujii, et al., J. Phys. Chem., 100, 19512 (1996)(非特許文献1); 特開平8−323280号公報(特許文献1); Yan, et al., Angew. Chem. Int. Ed., 44, 3453 (2005)(非特許文献2))
【0004】
九州大学の高原らは、フッ素化アルキル官能基被覆シリカナノ粒子の膜をTEOS(tetraethyl orthosilane)とコロイド状シリカとFOETES((heptadecafluoro-1,1,2,2-tetrahydrodecyl) triethoxysilane)の3成分を原材料として一段階法で作製した。この膜は水に対して約150°の接触角、ドデカンに対して120°の接触角と優れた撥液性を示した。(cf. M. Hikita, et al., Langmuir, 21, 7299 (2005)(非特許文献3))
【0005】
また、フラクタルや微細凹凸構造を有する金属表面にフッ素系のリン酸エステル型界面活性剤を吸着することにより、撥油性表面が得られる。(Tsujii, et al., Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 36, 1011 (1997)(非特許文献4); 特開平9−279360号公報(特許文献2))
【非特許文献1】Tsujii, et al., J. Phys. Chem., 100, 19512 (1996)
【非特許文献2】Yan, et al., Angew. Chem. Int. Ed., 44, 3453 (2005)
【特許文献1】特開平8−323280号公報
【非特許文献3】M. Hikita, et al., Langmuir, 21, 7299 (2005)
【非特許文献4】Tsujii, et al., Angew. Chem. Int. Ed. Engl., 36, 1011 (1997)
【特許文献2】特開平9−279360号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
超撥水性および撥油性を物品の表面に付与することで、さまざまな新たな用途が生まれることが期待され、上記のような研究がなされており、超撥水性および撥油性という特性に関しては、ある程度のレベルの表面が得られるようになっている。しかし、これらの表面を実用する場合、実用に耐え得る耐久性、特に、熱と有機溶剤に対する耐久性を有することが要求されるが、これまでに知られている超撥水性および撥油性の表面は、この要求を満たすものではなく、実用化に到っていない。また実用上、油に対する転落角も小さいことが要求されるが、その要求も十分には満たされていない。
【0007】
そこで本発明は、従来知られている撥水性および撥油性表面と同等またはそれ以上の撥水性および撥油性を有し、油に対する転落角が従来の表面より小さく、かつ、従来知られている超撥水性および撥油性表面より優れた熱と有機溶剤に対する耐久性を有する超撥水性および撥油性表面を有する物品とその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
[1]基材の表面に撥水性および撥油性を有する層を有する物品であって、
前記撥水性および撥油性を有する層は、分子内にフッ素含有アルキル又はフッ素含有アルケニル基とピロール基とを有するモノマー又はオリゴマーを重合させて得られる、フッ素含有疎水基を有するポリマーからなり、かつ微細な凹凸構造を有する層である、前記物品。
[2]前記重合方法が、電解酸化重合である[1]に記載の物品。
[3]前記撥水性および撥油性を有する層は、水に対する接触角が150°以上である[1]または[2]に記載の物品。
[4]前記撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する接触角が100°以上である[1]〜[3]のいずれかに記載の物品。
[5]前記撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する転落角が30°以下である[1]〜[4]のいずれかに記載の物品。
[6]基材の表面に撥水性および撥油性を有する層を有する物品の製造方法であって、
分子内にフッ素含有アルキル又はフッ素含有アルケニル基とピロール基とを有するモノマー又はオリゴマーを重合させて、フッ素含有疎水基を有するポリマーからなり、かつ微細な凹凸構造を有する撥水性および撥油性を有する層を、基材の表面に設けることを含む、前記物品の製造方法。
[7]前記重合方法が、電解酸化重合である[6]に記載の製造方法。
[8]前記撥水性および撥油性を有する層は、水に対する接触角が150°以上である[6]または[7]に記載の製造方法。
[9]前記撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する接触角が100°以上である[6]〜[8]のいずれかに記載の製造方法。
[10]前記撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する転落角が30°以下である[6]〜[9]のいずれかに記載の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、従来知られている超撥水性および撥油性表面より優れた熱と有機溶剤に対する耐久性を有する超撥水性および撥油性表面を有し、かつサラダ油に対する転落角も小さい物品とその製造方法を提供することができる。特に、本発明の物品の超撥水性および撥油性表面は、長時間保存に関する耐久性に優れる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明は、基材の表面に撥水性および撥油性を有する層を有する物品であって前記撥水性および撥油性を有する層は、フッ素含有疎水基を有するポリマーからなり、かつ微細な凹凸構造を有する層である。以下、本発明の物品について物品の製造方法と合わせて説明する。
【0011】
本発明の物品とその製造方法に用いる基材は、特に制限はない。本発明における基材は、表面としては、十分な撥水性および撥油性を示さない有機物又は無機物表面が挙げられるが、電気伝導性を有するものならば何でもよく、金属表面又は電導性高分子表面がより好ましい。ここで金属としては、例えば、亜鉛、ニッケル、鉄、アルミニウム又はこれらの合金、ステンレス等が挙げられる。但し、これらに限定する意図ではない。
【0012】
基材の表面に撥水性および撥油性を有する層を有する物品の製造方法は、基材の表面に、フッ素含有疎水基を有するポリマーからなり、かつ微細な凹凸構造を有する層を設けることを含む。
【0013】
撥水性および撥油性を有する層は、フッ素含有疎水基を有するポリマーからなり、かつ微細な凹凸構造を有するものであるが、このような層は、分子内にフッ素含有疎水基と重合性基を有する反応性モノマー又はオリゴマーを、基材の表面において重合させることで得られる。フッ素含有疎水基としては、水素原子の少なくとも一部をフッ素原子に置換したフッ素含有のアルキル基、または水素原子の少なくとも一部をフッ素原子に置換したフッ素含有のアルケニル基を挙げることができる。疎水基は、良好な撥水性を得るという観点から炭素数8〜20のアルキル又はアルケニル基である。フッ素の含有量は、アルキル基の場合、少なくとも末端のメチル基がトリフルオロメチル基であればよい。良好な撥油性を得るという観点からは、末端から3個〜10個の炭素鎖がフッ化炭素(パーフルオロアルキルまたはパーフルオロアルケニル)であることが望ましい。
【0014】
重合性基は、酸化重合性基であるピロール基とする。従って、より好ましいモノマー又はオリゴマーとしては炭素数8〜20のフッ素含有アルキル又はフッ素含有アルケニル基とピロール基とを有するモノマー又はオリゴマーが挙げられる。
【0015】
更に好ましい反応性モノマーとしては次式(1)および(2)で表わされる化合物が挙げられる。
【0016】
【化1】
【0017】
式中、R1、およびR2は炭素数8〜20のフッ素含有アルキル又はフッ素含有アルケニル基を示すが、炭素数8〜20のアルキル基が特に好ましく、フッ素含有量は、末端から3個〜10個の炭素鎖がフッ化炭素であることが好ましい。
【0018】
化合物(1)の合成法は、参考例に記載の方法によって合成できる。化合物(1)と類似の構造を有する化合物(2)も、参考例に記載の方法を参照して合成できる。
【0019】
これらの反応性モノマー及びオリゴマーは一種を用いてもよく、また二種以上を組み合せて用いてもよく、例えば疎水基の炭素数やフッ素含有量の異なるモノマーを組み合せて用いてもよい。更に同じ分子内に同一または異なる種類の疎水基が複数あってもよい。
【0020】
基材表面において前記反応性モノマー又はオリゴマーを重合させる手段としては、前記モノマーを、触媒等を用いて重合させる方法、電解酸化重合及び電解還元重合が挙げられるが、基材表面で選択的に重合させるという観点及び微細な凹凸構造を形成するという観点から電解酸化重合が好ましい。
【0021】
電解酸化重合は、例えば撥水性および撥油性を付与するための基材を電極として用い、電解液中に前記反応性モノマー又はオリゴマーを添加して、常法に従って行えばよい。ここで、電解液としては例えば、アセトニトリル等が挙げられ、同時に使用する電解質としてはp−トルエンスルホン酸ナトリウム等が挙げられ、印加する電圧は10V以上とするのが好ましい。優れた撥水性および撥油性を示す微細な凹凸構造を呈する表面を得るには、好ましい印加電圧は10〜200Vの範囲、より好ましくは20〜100Vの範囲、さらに好ましくは20〜50Vの範囲である。
【0022】
電解酸化重合の時間は、優れた撥水性および撥油性を示す微細な凹凸構造を呈する表面を形成できる時間であれば良く、例えば、5分以上とすることが適当であり、好ましくは5〜120分の範囲、より好ましくは30〜120分の範囲である。
【0023】
また、電解酸化重合の温度は、優れた撥水性および撥油性を示す微細な凹凸構造を呈する表面を形成できる温度であれば良く、例えば、0℃以上とすることが適当であり、好ましくは0〜40℃の範囲、より好ましくは15〜35℃の範囲である。
【0024】
また、電解酸化重合に用いる電解液中の反応性モノマー又はオリゴマーの濃度は、優れた撥水性および撥油性を示す微細な凹凸構造を呈する表面を形成できる濃度であれば良く、例えば、1mM以上とすることが適当であり、好ましくは2〜20mMの範囲、より好ましくは3〜20mMの範囲である。
【0025】
前記のように基材表面上で重合体が形成されると、当該表面は微細な凹凸構造を呈し、優れた撥水性および撥油性を示すようになる。その凹凸構造の幅及び高さの範囲は10nm〜800μm、特に50nm〜300μmが好ましく、その構造は均一でなくともよい。また、凹凸構造の形状は特に限定されるものではなく、鱗片状、角柱状、円柱状、角錐状、円錐状、針状などのいずれであってもよい。更に、それらの形状が複雑に組み合わさってできた、2以上3未満のフラクタル次元をもつフラクタル構造又は自己アフィン構造であってもよい。また、撥水性および撥油性を示す層の厚みは、特に制限は無いが、例えば、10μm〜1000μmの範囲とすることができる。
【0026】
本発明の物品が有する、撥水性および撥油性を有する層は、水に対する接触角が130°以上であり、好ましくは150°以上である撥水性を有する。撥水性および撥油性を有する層は、撥水性が高いほど好ましいが、実現可能性を考慮すると、水に対する接触角の上限は、例えば、178°以下、好ましくは170°以下、より好ましくは160°以下である。
【0027】
また、本発明の物品が有する、撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する接触角が100°以上である、好ましくは110°以上、さらに好ましくは120°以上である撥油性を有する。撥水性および撥油性を有する層は、撥油性が高いほど好ましいが、実現可能性を考慮すると、サラダ油に対する接触角の上限は、例えば、150°以下、好ましくは140°以下、さらに好ましくは130°以下である。
【0028】
本発明の物品が有する、撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する転落角が30°以下である。サラダ油に対する接触角が大きくても、サラダ油に対する転落角が大きいと、表面から油滴が容易に除去できず、撥油性能としては不十分である。本発明の物品が有する、撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する転落角が30°以下、好ましくは20°以下、さらに好ましくは15°以下、最も好ましくは10°以下である。サラダ油に対する転落角の下限は、例えば、0°以上、好ましくは3°以上、より好ましくは5°以上である。
【0029】
本発明の物品が有する、撥水性および撥油性を有する層は、水に対する転落角が30°以下である。水に対する接触角が大きくても、水に対する転落角が大きいと、表面から水滴が容易に除去できず、撥水性としては不十分である。本発明の本発明の物品が有する、撥水性および撥油性を有する層は、水に対する転落角が30°以下、好ましくは20°以下、さらに好ましくは15°以下、最も好ましくは10°以下である。水に対する転落角の下限は、例えば、0°以上、好ましくは3°以上、より好ましくは5°以上である。
【0030】
水に対する接触角、サラダ油に対する接触角、サラダ油に対する転落角および水に対する転落角の測定は、後述の試験方法に示す。
【実施例】
【0031】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明する。
参考例
C15H10F17Nの合成
【0032】
TsO-(CH2)3(CF2)7CF3の合成
【化2】
【0033】
窒素ガスを満たした1LナスフラスコにNaH2.4gとCH2Cl2200mlを入れた。スターラーで攪拌しながらCF3(CF2)7(CH2)3OH9.56gとTsCl7.6gをナスフラスコに入れ、室温で6時間攪拌させた。
【0034】
攪拌後、CF3(CF2)7(CH2)3OH+クロロホルム、CF3(CF2)7(CH2)3OH+クロロホルム+反応物、反応物の3点のTLCを打ち、展開溶媒(ヘキサン:酢酸エチル=4:1)に浸した。TLCをリンモリブデン液に浸し、ホットプレートで焼き、TsClとCF3(CF2)7(CH2)3OHが反応していることを確かめた (図1)。
【0035】
少量のMeOHでナスフラスコ内のNaHを失活させた。反応物をクロロホルムで洗いながら分液ロートに移した。分液ロートに反応物と等量のHClを入れ、ガス抜きを行った後にクロロホルム層(下層)を500mLマイヤーフラスコAに入れた。マイヤーフラスコA中のクロロホルム層を分液ロートに戻し、飽和NaHCO3を加え、ガス抜きを行った後にクロロホルム層(下層)を500mLマイヤーフラスコAに移した。再びマイヤーフラスコA中のクロロホルム層を分液ロートにもどし、飽和NaCl液を加え、ガス抜きを行った後にクロロホルム層(下層)を500mLマイヤーフラスコBに移した。マイヤーフラスコBにMgSO4を適量入れた(水を除くため)。マイヤーフラスコB中の反応物を吸引ろ過後、エバポレーターで余分な溶媒を蒸発させた。残った反応物のTLCを打った (図2)。
【0036】
450gのシリカゲルを入れたカラムを立て、展開溶媒(ヘキサン:酢酸エチル=7:1)、反応物、海砂を入れた。まず、500mlの展開溶媒を流し、捨てた。次に、展開溶媒300mlずつを300mLビーカーに取りながら流し、得られた抽出液のTLCを打った (フラクション1〜12、図3)。
【0037】
バンドが出た抽出液(フラクション4、5)の溶媒をロータリーエバポレーターで除去後、真空乾燥して残った白い結晶を回収し、そのうちの少量を重クロロホルムに溶かしNMR測定を行った。また、フラクション4、5とは別の位置でバンドが見られた抽出液(フラクション8、9、10、11) の溶媒をロータリーエバポレーターで除去後、真空乾燥して残った白い液体を回収し、そのうちの少量を重クロロホルムに溶かしNMR測定を行った (図4)。
【0038】
フラクション4-5の1H NMR (600MHz, CDCl3) (図4):δ7.80 (d, 2H, J = 6.0Hz)、7.37 (d, 2H J = 6.0Hz)、4.12 (t, 2H J = 6.0Hz)、2.46 (s, 3H)、2.17-2.09 (m, 2H)、1.99-1.95 (m, 2H)
【0039】
NMRの結果、フラクション4,5から得られた白い結晶がTsO-(CH2)3(CF2)7CF3であると同定し、フラクション8、9、10、11から得られた白い液体は副生成物CH3C6H4SO3CH3であると同定した。
【0040】
Py-(CH2)3(CF2)7CF3の合成
【化3】
【0041】
N2ガスで満たしたナスフラスコにNaH1140mg、THF50ml、ピロール830μlを入れ、スターラーで15分攪拌した。攪拌後、TsO-(CH2)3(CF2)7CF35.0gをナスフラスコに入れ、アルミホイルで包んで遮光し、一晩攪拌させた。攪拌後、反応物のTLCを打ち、展開溶媒(ヘキサン:酢酸エチル=10:1)に浸した。TLCをリンモリブデン液に浸し、ホットプレートで焼き、ピロールとTsO-(CH2)3 (CF2)7 CF3が反応していることを確かめた (図5)。
【0042】
少量の水でNaHを失活させた。300mL分液ロートに反応物とジエチルエーテルを加え、ガス抜きを行った後に水層(下層)を捨てた。分液ロートにHClを加え、ガス抜きを行った後に水層(下層)を捨てた。分液ロートに飽和NaHCO3を加え、ガス抜きを行った後に水層(下層)を捨てた。分液ロートに飽和NaCl液を加え、ガス抜きを行った後に水層(下層)を捨てた。エーテル層(上層)を300mlマイヤーフラスコに移しMgSO4を加え、吸引ろ過後、エバポレーターで余分な溶媒を蒸発させた。160gのシリカゲルを入れたカラムを立て、展開溶媒(ヘキサン:酢酸エチル=100:1)、反応物、海砂を入れた。まず、500mlの展開溶媒を流し、捨てた。次に、展開溶媒50mlずつを50mLビーカーに取りながら流し、得られた抽出液のTLCを打った(フラクション1〜25、図6)。
【0043】
バンドが出た抽出液(フラクション18) の溶媒をロータリーエバポレーターで除去後、真空乾燥して残った黄色の液体を回収した。また、2本のバンドが現れた抽出液(フラクション19、20、21) の溶媒をロータリーエバポレーターで除去後、真空乾燥して残った黄色の固体をマイクロポンプにかけ、二つのバンドの物質を分離した(展開溶媒はヘキサン:酢酸エチル=100:1)。上部のバンドの抽出液から得られた物質のNMRより、Py-(CH2)3(CF2)7CF3が合成されていることを確認した (図7)。
【0044】
上部のバンドの1H NMR (600MHz, CDCl3) (図7): δ6.67 (t, 2H J = 1.8Hz)、6.20 (t, 2H J = 2.1Hz)、4.01 (t, 2H J = 6.9Hz)、2.14-2.00 (m, 4.4H)
【0045】
[試験方法]
接触角および転落角の測定
作製した膜の撥水性、撥油性の評価法として、固液界面解析装置 DropMaster300 (協和界面科学株式会社)を用いて、水およびサラダ油の接触角を測定した。作製した膜を装置台に置き、室温にて注射針およびマイクロピペットを用いて溶媒を滴下した。膜にのった液滴の接触角をθ/2法または楕円法を用いて測定した。また、フッ素コーティングしたポリアルキルピロール(PAPy)膜と膜に水及びサラダ油をのせ、装置台を傾斜させたときの液滴の転落角を測定した。
【0046】
また、平らな膜上での種々の溶媒(n−ヘキサン、n−オクタン、n−デカン、n−ドデカン、n−ヘキサデカン、n−アミルアルコール、n−オクタノール、n−ドデカノール、ジエチレングリコール、グリセロール、メチルミリステート、ジエチルグルタレート、ジエチルアジペート、ジメチルマロネート、モノアセチン、水)の接触角から膜の臨界表面張力を測定した。
【0047】
電子顕微鏡によるPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の観察
作製した膜を観察するために、電子顕微鏡(日立S-5200型電解放出型走査電子顕微鏡)を用いた。まず、イオンスパッター(日立E-1030型)を用い、金−パラジウムの金属膜をPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜に蒸着させた。次に金属膜を蒸着させたPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の表面および断面を電子顕微鏡で観察した。
【0048】
耐熱性、耐溶媒性及び耐久性実験
作製したPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の耐熱性を調べるために、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜を25 ℃〜120 ℃までの高温に1時間さらした後、室温に戻し、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の接触角及び表面の形状を調べた。また、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜を120 ℃の高温下に1時間〜6時間さらし、接触角の変化及び表面の形状を調べた。
【0049】
作製したPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の耐溶媒性を調べるために、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜を水、アセトン、アセトニトリル、エタノール、ヘキサンにそれぞれ10分間浸した。その後、自然乾燥させ、水とサラダ油の接触角を測定した。
【0050】
作製したPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の耐久性を調べるために、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜上に水及びサラダ油を載せ、1分毎の接触角を測定した。また、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜を作製し、作製してから24時間毎の水及びサラダ油の接触角を測定した。
【0051】
実施例
高撥油性Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の作製
10 mMのPy-(CH2)3(CF2)7CF3と0.5 mMのp-トルエンスルホン酸ナトリウムを超音波洗浄器(アズワン株式会社)を用いてアセトニトリル100mlに溶かした。陽極にNi板、陰極に白金を用いた電極を溶液10 mlに浸し、室温にて電圧を印加した。この時、電圧・電圧を印加する時間、溶液の濃度を変化させ、微細な凹凸構造を有する撥油性の高い膜と表面が平らな膜を作製した。
【0052】
Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の臨界表面張力
臨界表面張力の決定
Ni板を溶液に浸し、3Vの電圧を印加することで平らなPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜を作製した。また、25Vの電圧を印加することで粗い、微細な凹凸構造を有する表面のPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜を作製した。
【0053】
種々の液体を用いて、平らなPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜上での接触角θ及び粗い(微細な凹凸構造を有する)Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜上での接触角θfを測定した(表1及び表2)。液体の表面張力とcosθの関係 (Zismanプロット)から、θ = 0のときの臨界表面張力は約6 mN/mとなった (図8)。これは単分子膜でのトリフルオロ基の臨界表面張力 (6 mN/m)とほぼ一致しており、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の表面にはトリフルオロ基があると考えられる。
【0054】
【表1】
【0055】
【表2】
【0056】
高撥油性Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の作製
Py-(CH2)3(CF2)7CF3濃度と接触角の関係
電解液中のPy-(CH2)3(CF2)7CF3の濃度を1mMから20mMまで変化させたときの水またはサラダ油に対する接触角の変化を調べた。電解の条件は、電圧25V、電圧印加時間60分、室温とした。結果を図9に示す。10mMまでは、濃度を上げるにつれていずれの接触角も上昇していったが、10mM以上にしても接触角に変化は見られなかった。
【0057】
電圧と接触角の関係
印加する電圧を3Vから200Vまで変化させたときの水またはサラダ油に対する接触角を調べた。電解の条件は、濃度10mM、電圧印加時間60分、室温とした。結果を図10に示す。電圧が3V〜5Vの範囲では平らな膜が作製されていると考えられ、サラダ油の接触角は約90°であった。10V以上の範囲では、微細な凹凸構造を有する膜がえられ、特に10〜50Vの範囲が、水またはサラダ油に対する接触角が良好であり、好ましい。
【0058】
電圧を印加する時間と接触角の関係
電圧を印加する時間を1分から240分まで変化させたときの水またはサラダ油に対する接触角を図11に示す。電解の条件は、濃度10mM、電圧25V、室温とした。図11に示す結果から、印加時間は好ましくは、30分以上である。
【0059】
溶液の温度と接触角の関係
膜を作製する際の、アセトニトリル溶液の温度を0℃から70℃まで変化させた時の接触角を図12に示す。電解の条件は、電圧25V、電圧印加時間60分、濃度10mMとした。温度を高くするにつれて接触角は低くなり、70℃で作製した膜は見た目も茶色っぽくなっていた。電解の適当な温度範囲は、0〜40℃、好ましくは、15〜35℃の範囲である。
【0060】
Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の転落角
作製したPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜上での水及びサラダ油の転落角を測定した。電解の条件は、濃度10mM、電圧25V、電圧印加時間60分、室温とした。結果を表3及び図13に示す。比較のため、フッ素コーティングしたPAPy膜についての結果も示す。フッ素コーティングしたPAPy膜の電解の条件は、アルキルピロール濃度5mM、電圧22.5V、電圧印加時間60分、室温とした。
【0061】
表3及び図13の結果から、水の転落角に関しては、フッ素コーティングしたPAPy膜とPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜で大きな違いは見られなかった。しかし、サラダ油の転落角に関しては20°以上の差が見られた。このことから、フッ素コーティングPAPy膜に比べPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の方が、サラダ油が付きにくい膜であることが分かった。
【0062】
【表3】
【0063】
電子顕微鏡によるPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の観察
Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の電子顕微鏡観察
最も撥油性の高いPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜を濃度10mM、電圧25V、電圧印加時間60分、室温の電解条件で作成し、電子顕微鏡で観察した。結果を図14に示す。図14のようにPy-(CH2)3(CF2)7CF3の突起物と膜の亀裂が組み合わされた、微細な凹凸構造を有する表面が観察された。この突起と亀裂の組み合わせにより、膜の実表面積は見かけの表面積の数倍となり、撥水/撥油性が強調されていると考えられる。
【0064】
電圧印加後の時間経過とPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の形成
電圧を1分、5分、30分、60分印加させたときのPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の様子を図15に示す。電解の条件は濃度10mM、電圧25V、室温とした。図15に示す写真より、電圧印加時間の経過につれて膜の凹凸が大きくなる様子が観察された。印加時間1分以外の膜では水の接触角に大きな違いは見られなかったが、凹凸が増すにつれてサラダ油の接触角も大きくなっていく(図11の結果を参照)ことから、この表面の凹凸が撥水・撥油性の増加に関与していると言える。
【0065】
Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の耐久性
Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の耐熱性
作製したPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜を25℃〜120℃に1時間さらしたあとの接触角と、120℃に1時間〜6時間さらした後の接触角を図16および図17に示す。Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の接触角は、120℃に6時間さらしても熱処理前の接触角にほぼ等しかった。また、図18に示すように、熱処理前後でのPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の形状に変化が見られないことから、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜は高温にさらされても表面の構造は変化せず、その高撥油性を保つことが示された。
【0066】
Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の耐溶媒性
作製したPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜を様々な溶媒に10分間浸し、処理前後の接触角の違いについて調べたが、溶媒処理後もサラダ油の接触角は130°以上を保っていた (図19)。耐熱性実験と同様、溶媒処理 (アセトン及びヘキサン) 後のPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜を電子顕微鏡で観察したところ、やはり表面の形状に変化は見られなかった (図20)。この結果、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜は溶媒に溶けることなくその形状を保つことができる、対溶媒性に優れた高撥油性表面であることが証明された。
【0067】
Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の時間的耐久性
作製したPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜を室温にて放置し、24時間ごとの接触角について調べた (図21)。1週間放置しても、Py-(CH2)3(CF2)7CF3膜の撥水・撥油性に変化は見られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0068】
本発明は、種々の物品に対して、実用レベルの耐久性を有する超撥水性および撥油性を付与することができ、種々の分野で利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】TLCによる反応の確認1。
【図2】TLCによる反応の確認2。
【図3】TLCによる反応の確認3。
【図4】フラクション4-5の1H NMR (600MHz, CDCl3)。
【図5】TLCによる反応の確認4。
【図6】TLCによる反応の確認5。
【図7】上部のバンドの1H NMR (600MHz, CDCl3)。
【図8】平らなPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の臨界表面張力。
【図9】Py-(CH2)3(CF2)7CF3の濃度と接触角の関係。
【図10】電圧と接触角の関係。
【図11】電圧を印加する時間と接触角の関係。
【図12】膜作成時の溶液の温度と接触角の関係。
【図13】2種の膜上での水及びサラダ油の写真。
【図14】最も撥油性の高いPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の表面のSEM像。
【図15】電圧を印加する時間を変化させたときのPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜のSEM像。 a) 電圧印加時間1分 (水の接触角 106.0°、サラダ油の接触角 98.4°) b) 電圧印加時間5分 (水の接触角 151.5°、サラダ油の接触角 131.9°) c) 電圧印加時間30分 (水の接触角 151.5°、サラダ油の接触角 135.6°) d) 電圧印加時間60分 (水の接触角 151.7°、サラダ油の接触角 138.3°)
【図16】熱処理の温度と接触角の関係。
【図17】熱処理の時間と接触角の関係。
【図18】熱処理前後のPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜のSEM像。
【図19】各種溶媒処理前後でのPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜の接触角。
【図20】溶媒処理前後のPy-(CH2)3(CF2)7CF3膜のSEM像。
【図21】膜作製後の経過時間と接触角の関係。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面に撥水性および撥油性を有する層を有する物品であって、
前記撥水性および撥油性を有する層は、分子内にフッ素含有アルキル又はフッ素含有アルケニル基とピロール基とを有するモノマー又はオリゴマーを重合させて得られる、フッ素含有疎水基を有するポリマーからなり、かつ微細な凹凸構造を有する層である、前記物品。
【請求項2】
前記重合方法が、電解酸化重合である請求項1に記載の物品。
【請求項3】
前記撥水性および撥油性を有する層は、水に対する接触角が150°以上である請求項1または2に記載の物品。
【請求項4】
前記撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する接触角が100°以上である請求項1〜3のいずれか1項に記載の物品。
【請求項5】
前記撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する転落角が30°以下である請求項1〜4のいずれか1項に記載の物品。
【請求項6】
基材の表面に撥水性および撥油性を有する層を有する物品の製造方法であって、
分子内にフッ素含有アルキル又はフッ素含有アルケニル基とピロール基とを有するモノマー又はオリゴマーを重合させて、フッ素含有疎水基を有するポリマーからなり、かつ微細な凹凸構造を有する撥水性および撥油性を有する層を、基材の表面に設けることを含む、前記物品の製造方法。
【請求項7】
前記重合方法が、電解酸化重合である請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記撥水性および撥油性を有する層は、水に対する接触角が150°以上である請求項6または7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する接触角が100°以上である請求項6〜8のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項10】
前記撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する転落角が30°以下である請求項6〜9のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項1】
基材の表面に撥水性および撥油性を有する層を有する物品であって、
前記撥水性および撥油性を有する層は、分子内にフッ素含有アルキル又はフッ素含有アルケニル基とピロール基とを有するモノマー又はオリゴマーを重合させて得られる、フッ素含有疎水基を有するポリマーからなり、かつ微細な凹凸構造を有する層である、前記物品。
【請求項2】
前記重合方法が、電解酸化重合である請求項1に記載の物品。
【請求項3】
前記撥水性および撥油性を有する層は、水に対する接触角が150°以上である請求項1または2に記載の物品。
【請求項4】
前記撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する接触角が100°以上である請求項1〜3のいずれか1項に記載の物品。
【請求項5】
前記撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する転落角が30°以下である請求項1〜4のいずれか1項に記載の物品。
【請求項6】
基材の表面に撥水性および撥油性を有する層を有する物品の製造方法であって、
分子内にフッ素含有アルキル又はフッ素含有アルケニル基とピロール基とを有するモノマー又はオリゴマーを重合させて、フッ素含有疎水基を有するポリマーからなり、かつ微細な凹凸構造を有する撥水性および撥油性を有する層を、基材の表面に設けることを含む、前記物品の製造方法。
【請求項7】
前記重合方法が、電解酸化重合である請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記撥水性および撥油性を有する層は、水に対する接触角が150°以上である請求項6または7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する接触角が100°以上である請求項6〜8のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項10】
前記撥水性および撥油性を有する層は、サラダ油に対する転落角が30°以下である請求項6〜9のいずれか1項に記載の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図17】
【図18】
【図19】
【図20】
【図21】
【公開番号】特開2008−189705(P2008−189705A)
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−22552(P2007−22552)
【出願日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年8月21日(2008.8.21)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【Fターム(参考)】
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