説明

放射線管装置及び放射線画像撮影システム

【課題】放射線管装置のコスト及び装置サイズに影響を及ぼすことなく、X線焦点にできるだけ近い位置にマルチスリットを配置する。
【解決手段】X線管20は、陰極22から照射された電子ビームBによりX線を発生する回転陽極21と、回転陽極21及び陰極22を収容する筐体23を有している。筐体23には、回転陽極21が発生したX線を筐体23の外に放出する放射窓33が設けられている。放射窓33は、開口34と、開口34内に組み込まれたマルチスリット35とからなる。マルチスリット35は、回転陽極21が発生したX線を部分的に遮蔽することにより、x方向に関する実効的な焦点サイズが縮小され、かつx方向に所定ピッチで配置された複数の仮想的な線光源を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、位相コントラスト画像の撮影に用いられる放射線管装置と、この放射線管装置を用いた放射線画像撮影システムとに関する。
【背景技術】
【0002】
X線は、物体に入射したときの相互作用により強度と位相とが変化し、位相の変化が強度の変化よりも高い相互作用を示すことが知られている。このX線の性質を利用し、被検体によるX線の位相変化(角度変化)に基づいて、X線吸収能が低い被検体から高コントラストの画像(以下、位相コントラスト画像と称する)を得るX線位相イメージングの研究が盛んに行われている。
【0003】
X線位相イメージング装置として、タルボ・ロー干渉計を用いたX線画像撮影システムが知られている(例えば、特許文献1参照)。このX線画像撮影システムは、一般的な通常サイズのX線焦点(例えば、0.1〜1mm程度)を有するX線管から放射されたX線を、X線管外に配置されたマルチスリットによって部分的に遮蔽し、細幅かつ線状で所定ピッチで配置された複数の仮想的なX線源を形成する。マルチスリットにより形成された仮想的なX線源は、焦点サイズが小さくなるため、X線位相イメージングに最適な空間的可干渉性を得ることができ、X線源が複数になるのでX線強度を高めることができる。
【0004】
上記X線画像撮影システムは、マルチスリットに対面するように第1のグリッドを配置し、第1のグリッドからタルボ干渉距離だけ下流に第2のグリッドを配置している。第2のグリッドの背後には、X線を検出して画像を生成するX線画像検出器(FPD:Flat Panel Detector)が配置されている。そして、マルチスリットと第1のグリッドとの間に配置された被検体を透過したX線から、第1及び第2のグリッドにより縞画像を生成し、縞画像の変化を縞走査法により検出して、被検体の位相情報を取得する(例えば、特許文献1、非特許文献1参照)。
【0005】
縞走査法とは、第1のグリッドに対して第2のグリッドを、第1のグリッドの面にほぼ平行で、かつ第1のグリッドの格子方向(条帯方向)にほぼ垂直な方向に、格子ピッチを等分割した走査ピッチで並進移動させながら複数回の撮影を行い、X線画像検出器で得られる各画素値の変化から、被検体で屈折したX線の角度分布(位相シフトの微分像)を取得する方法であり、この角度分布に基づいて被検体の位相コントラスト画像を得る。この縞走査法は、レーザ光を利用した撮影装置においても用いられている(例えば、非特許文献2参照)。
【0006】
タルボ・ロー干渉計を用いたX線画像撮影システムは、X線管外にマルチスリットを配置しているので、X線管内でX線が発生されるX線焦点とマルチスリットとの距離が遠くなり、X線が非コヒーレント成分を含みやすくなるという問題があった。また、X線焦点とマルチスリットの距離が遠くなるほど、X線が散乱成分を含みやすくなるという問題もあった。
【0007】
従来、X線ビームの通路内において、X線焦点の後ろに、マルチスリットと同様の効果を有する吸収格子を配置することによりX線焦点のサイズを調整したX線管が知られている(例えば、特許文献4参照)。これによれば、X線管内に吸収格子が配置されるため、X線焦点と吸収格子との距離を短くすることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2008−545981号公報
【特許文献2】特開2007−206076号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】C. David, et al., Applied Physics Letters, Vol.81, No.17, 2002年10月,3287頁
【非特許文献2】Hector Canabal, et al., Applied Optics, Vol.37, No.26, 1998年9月,6227頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献2のX線管は、陰極と陽極とを収容している真空外囲器内に吸収格子を組み込まなくてはならないが、真空外囲器内には、吸収格子が組み込めるような余分なスペースはほとんど無い。そのため、特許文献2のX線管を構成するには、吸収格子を組み込むために大型化した専用の真空外囲器を用意しなければならないので、X線管のコスト及び装置サイズの面で問題がある。また、吸収格子は、陰極及び陽極の近くに配置されるので、電子ビームの照射によって加熱された陽極から熱の影響を受けやすいという問題もある。吸収格子の温度が上昇すると、格子ピッチが変化し、あるいは格子を構成する複数材料の熱膨張率の違いによって吸収格子が反ることもあり、格子性能の劣化や耐久性に問題がある。なお、特許文献2には、吸収格子の放熱に関する記載はない。
【0011】
本発明の目的は、放射線管装置のコスト及び装置サイズに影響を及ぼすことなく、X線焦点にできるだけ近い位置にマルチスリットを配置することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために、本発明の放射線管装置は、電子ビームを放射する陰極と、陰極からの電子ビームの照射により放射線を発生する陽極と、陰極及び陽極を収容するとともに、陽極により発生された放射線を筐体の外に放射する放射部を備えた筐体とを有しており、放射部に、放射線を部分的に遮蔽して多数の線光源とするマルチスリットを設けたものである。
【0013】
筐体が、陰極及び陽極を収容する真空外囲器と、真空外囲器を収容するハウジングとを有している場合には、ハウジングに設けられた放射窓にマルチスリットを設けてもよい。この場合、放射窓を構成する開口を塞ぐようにマルチスリットをハウジングに固定してもよいし、放射窓を構成する開口を塞ぐ放射線透過部材に、マルチスリットパターンとして設けてもよい。
【0014】
また、筐体が、陰極及び陽極を収容する真空外囲器と、真空外囲器を収容するハウジングとを有している場合には、真空外囲器において放射線が通過する放射線通過部に、マルチスリットパターンを設けてもよい。
【0015】
本発明の放射線画像撮影システムは、放射線を透過する部分と吸収する部分とからなる格子構造が周期的に配置され、放射線源から照射された放射線を通過させて第1の周期パターン像を形成する第1の格子と、第1の周期パターンに対して位相が異なる少なくとも1つの相対位置で第1の周期パターン像に強度変調を与える強度変調手段と、強度変調手段により相対位置で生成された第2の周期パターン像を検出する放射線画像検出器と、放射線画像検出器により検出された少なくとも1つの第2の周期パターン像に基づいて、位相情報を画像化する演算処理手段とを備えており、放射線源として本発明の放射線管装置を用いたものである。
【0016】
強度変調手段として、第1の周期パターンを透過する部分と吸収する部分とからなる格子構造が周期的に配置された第2の格子と、前記第1及び第2の格子のいずれか一方を、第1及び第2の格子の格子構造の周期方向に所定のピッチで移動させる走査手段とからなり、走査手段により移動される各位置が相対位置に対応するようにしてもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、放射部にマルチスリットを設けているので、従来の撮影システムのようにマルチスリットを放射線源の外に配置している場合に比べ、放射線の焦点とマルチスリットとの距離を短くすることができる。これにより、放射線の非コヒーレント成分及び散乱成分を少なくすることができるので、位相コントラスト画像の画質を向上させることができる。また、真空外囲器内にマルチスリットを収容しないので、放射線管装置のコスト及びサイズを従来の放射線管装置程度に抑えることができる。これらの効果に加えて、マルチスリットをハウジングあるいは真空外囲器と接触させているため、放熱に優れ、熱による影響を低減することが出来る。
【0018】
また、放射窓の放射線透過部材にマルチスリットパターンを設ける場合には、従来の放射線管装置の改造によって比較的簡単に適用することができる。更に、真空外囲器にマルチスリットを設ける場合には、放射線の焦点とマルチスリットパターンとの距離を更に近付けることができる。本発明の放射線画像撮影システムによれば、本発明の放射線管装置を使用するので、位相コントラスト画像の画質を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】本発明のX線画像撮影システムの構成を示す模式図である。
【図2】本発明の第1実施形態のX線管の構成を示す概略図である。
【図3】線光源のピッチと第1及び第2の吸収型格子の格子ピッチとの関係を示す説明図である。
【図4】第2実施形態のX線管の構成を示す概略図である。
【図5】第3実施形態のX線管の構成を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[第1実施形態]
図1に示すように、本発明のX線画像撮影システム10は、被検体HにX線を照射するX線源11と、X線源11に対向配置され、X線源11から被検体Hを透過したX線を検出して画像データを生成する撮影部12とを備えている。撮影部12には、撮影部12から読み出された画像データを記憶するメモリ13が接続されており、メモリ13には、メモリ13に記憶された複数の画像データを画像処理して位相コントラスト画像を生成し、生成した位相コントラスト画像を画像記録部15に記録する画像処理部14が接続されている。X線源11及び撮影部12は、撮影制御部16により制御される。システム制御部18は、操作部やモニタからなるコンソール17から入力された操作信号に基づいて、X線画像撮影システム10の全体を統括的に制御する。
【0021】
X線源11は、図2(A)に示す回転陽極型のX線管20と、図示しない高電圧発生器及びコリメータ等から構成されている。X線管20は、撮影制御部16の制御に基づいて、被検体HにX線を照射する。コリメータは、X線管20から発せられたX線のうち、被検体Hの検査領域に寄与しない部分を遮蔽するように照射野を制限する。
【0022】
X線管20は、回転陽極21及び陰極22と、これらを収容する筐体23とを備えている。なお、X線管20は、回転陽極21を回転自在に支持する軸受け部や、回転陽極21を回転させる回転機構等も当然備えているが、本実施形態ではこれらの詳しい説明を省略する。
【0023】
回転陽極21は、円板の一方の面の外周部分に、他方の面に向かって傾斜された傾斜面24が設けられた円錐台形状の断面を有する陽極板25と、陽極板25の中央に設けられた回転軸26とを備え、回転軸26を中心に回転される。陰極22は、回転軸26の軸方向において、陽極板25の傾斜面24に対面するように配置されており、高電圧発生装置から高電圧が印加されたときに、傾斜面24に向けて電子ビームBを照射する。陽極板25は、例えばモリブデンやタングステン等からなり、電子ビームBが照射されたときに材質に依存したX線スペクトルでX線を発生する。陽極板25が発生したX線は、回転陽極21の半径方向に放射され、筐体23の放射窓33を通過してX線管20の外に放射される。
【0024】
筐体23は、内部が真空状態とされた真空外囲器28と、真空外囲器28の外側を覆うハウジング29と、真空外囲器28とハウジング29との間に封入された絶縁オイル30とからなる。真空外囲器28は、例えば内部が真空状態されたガラス管からなり、X線透過性を有している。ハウジング29は、例えば、X線遮蔽性を有する金属等によって構成されている。絶縁オイル30は、X線の放射により加熱された真空外囲器28の冷却に用いられる。
【0025】
筐体23は、回転陽極21が発生したX線を筐体23の外に放射する放射部として、真空外囲器28のX線が通過される部位であるX線通過部32と、ハウジング29に設けられた放射窓33とを備えている。真空外囲器28のX線通過部32は、回転陽極21の電子ビームBが照射されるX線焦点と、放射窓33との間に配置されている。放射窓33は、ハウジング29に形成された開口34と、この開口34を塞ぐように開口34内に固定されたマルチスリット35とからなる。
【0026】
図2(B)に示すように、マルチスリット35は、y方向に延伸されたX線遮蔽部36及びX線透過部37を、y方向に直交するx方向に沿って交互に配置した一次元格子である。X線遮蔽部36は、例えば金、白金、銀、鉛、タングステン等の高いX線遮蔽性を有する金属からなる。また、X線透過部37は、シリコン、プラスチック、ガラス、SiO、Al、AlN、MgO、C、BN、Be、BeO、Ti、V、Ni、Cu等の高いX線透過性を有する材質からなる。なお、X線遮蔽部36及びX線透過部37は、X線遮蔽性及び透過性だけでなく、耐熱性も有していることが望ましい。マルチスリット35は、回転陽極21から放射されたX線をX線遮蔽部36によって部分的に遮蔽することにより、x方向に関する実効的な焦点サイズが縮小され、かつx方向に所定ピッチで配置された複数の仮想的な線光源(分散光源)11a〜11c(図3参照)を形成する。これにより、X線の焦点サイズが小さくなるので、位相コントラスト画像の撮影に最適な空間的可干渉性を得ることができ、X線源が複数になるのでX線強度を高めることができる。
【0027】
図1に示すように、撮影部12には、半導体回路からなるフラットパネル検出器(FPD)40、被検体HによるX線の位相変化(角度変化)を検出し位相イメージングを行うための第1の吸収型格子41及び第2の吸収型格子42が設けられている。FPD40は、X線源11から照射されるX線の光軸Aに沿う方向(以下、z方向という)に検出面が直交するように配置されている。
【0028】
第1の吸収型格子41は、z方向に直交する面内の一方向(以下、y方向という)に延伸した複数のX線遮蔽部41aが、z方向及びy方向に直交する方向(以下、x方向という)に所定のピッチpで配列されたものである。同様に、第2の吸収型格子42は、y方向に延伸した複数のX線遮蔽部42aが、x方向に所定のピッチpで配列されたものである。X線遮蔽部41a,42aの材料としては、X線吸収性に優れる金属が好ましく、例えば、金、白金、銀、鉛、タングステン等が好ましい。
【0029】
また、撮影部12には、第2の吸収型格子42を格子方向に直交する方向(x方向)に並進移動させることにより、第1の吸収型格子41に対する第2の吸収型格子42との相対位置を変化させる走査機構44が設けられている。走査機構44は、例えば、圧電素子等のアクチュエータにより構成される。走査機構44は、後述する縞走査の際に、撮影制御部16の制御に基づいて駆動されるものである。詳しくは後述するが、メモリ13には、縞走査の各走査ステップで撮影部12により得られる画像データがそれぞれ記憶される。なお、第2の吸収型格子42と走査機構44とが特許請求の範囲に記載の強度変調手段を構成している。
【0030】
画像処理部14は、縞走査の各走査ステップで撮影部12により撮影され、メモリ13に記憶された複数の画像データに基づいて位相微分像を生成し、位相微分像をx方向に沿って積分することにより、位相コントラスト画像を生成する。位相コントラスト画像は、画像記録部15に記録された後、コンソール17に出力されてモニタ(図示せず)に表示される。
【0031】
コンソール17は、モニタの他、操作者が撮影指示やその指示内容を入力する入力装置(図示せず)を備えている。この入力装置としては、例えば、スイッチ、タッチパネル、マウス、キーボード等が用いられ、入力装置の操作により、X線管の管電圧やX線照射時間等のX線撮影条件、撮影タイミング等が入力される。モニタは、液晶ディスプレイやCRTディスプレイからなり、X線撮影条件等の文字や、上記位相コントラスト画像を表示する。
【0032】
図3に示すように、第1の吸収型格子41のX線遮蔽部41aは、x方向に所定のピッチpで、互いに所定の間隔dを空けて配列されている。同様に、第2の吸収型格子42のX線遮蔽部42aは、x方向に所定のピッチpで、互いに所定の間隔dを空けて配列されている。また、X線管20により仮想的に形成される線光源11a〜11cは、x方向に所定のピッチpで配列されている。X線遮蔽部41a,42aは、それぞれ不図示のX線透過性基板(例えば、ガラス基板)上に配置されたものである。第1及び第2の吸収型格子41,42は、入射X線に位相差を与えるものでなく、強度差を与えるものであるため、振幅型格子とも称される。なお、スリット部(上記間隔d,dの領域)は空隙でなくてもよく、高分子や軽金属等のX線低吸収材が充填されていてもよい。
【0033】
第1及び第2の吸収型格子41,42は、タルボ干渉効果の有無に係らず、スリット部を通過したX線を線形的に投影するように構成されている。具体的には、間隔d,dを、X線源11から照射されるX線のピーク波長より十分大きな値とすることで、照射X線に含まれる大部分のX線をスリット部で回折させずに、直進性を保ったまま通過するように構成する。例えば、前述のX線管20の回転陽極21としてタングステンを用い、管電圧を50kVとした場合には、X線のピーク波長は、約0.4Åである。この場合には、間隔d,dを、1〜10μm程度とすれば、スリット部で大部分のX線が回折されずに線形的に投影される。この場合、格子ピッチp,pは、2〜20μm程度の大きさである。
【0034】
X線源11から照射されるX線は、平行ビームではなく、X線焦点を発光点としたコーンビームであるため、第1の吸収型格子41を通過して射影される第1の周期パターン像である投影像(以下、この投影像をG1像または縞画像と称する)は、仮想的な点光源11a〜11cからの距離に比例して拡大される。第2の吸収型格子42の格子ピッチp及び間隔dは、そのスリット部が、第2の吸収型格子42の位置におけるG1像の明部の周期パターンとほぼ一致するように決定されている。すなわち、点光源11a〜11cから第1の吸収型格子41までの距離をL、第1の吸収型格子41から第2の吸収型格子42までの距離をLとした場合に、格子ピッチp及び間隔dは、次式(1)及び(2)の関係を満たすように決定される。
【0035】
【数1】

【0036】
【数2】

【0037】
第1の吸収型格子41から第2の吸収型格子42までの距離Lは、タルボ干渉計の場合には、第1の格子の格子ピッチとX線波長とで決まるタルボ干渉距離に制約されるが、本実施形態の撮影部12では、第1の吸収型格子41が入射X線を回折させずに投影させる構成であって、第1の吸収型格子41のG1像が、第1の吸収型格子41の後方のすべての位置で相似的に得られるため、該距離Lを、タルボ干渉距離と無関係に設定することができる。
【0038】
また、点光源11a〜11cのピッチpは、次式(3)を満たすように設定される。
【0039】
【数3】

【0040】
上記式(3)は、各点光源11a〜11cから射出されたX線の第1の吸収型格子41による投影像(G1像)が、第2の吸収型格子42の位置で一致する(重なり合う)ための幾何学的な条件である。このように、本実施形態では、X線管20により形成された複数の点光源11a〜11cに基づくG1像が重ね合わせられることにより、X線強度を低下させずに位相コントラスト画像の画質を向上させることができる。
【0041】
次に、上記実施形態の作用について説明する。図1に示すように、X線画像撮影システム10において、X線源11と撮影部12との間に被検体Hが配置される。この状態で、コンソール17からシステム制御部18に撮影指示が入力されると、撮影制御部16は、X線画像撮影システム10の各部を制御し、第2の吸収型格子42を第1の吸収型格子41に対してx方向に移動させながら、各走査位置で、X線源11による曝射及びFPD40による検出動作を行わせる。
【0042】
図2に示すように、X線管20は、各走査位置における曝射期間中に、陰極22から陽極板25の傾斜面24に向けて電子ビームBを照射させる。陽極板25は、電子ビームBの照射によりX線を発生する。陽極板25により発生したX線は、筐体23のX線通過部32及び放射窓33を通過して筐体23の外に放射される。その際に、X線は、マルチスリット35のX線遮蔽部36によって部分的に遮蔽され、x方向に関する実効的な焦点サイズが縮小され、かつx方向に所定ピッチで配置された複数の仮想的な線光源11a〜11cが形成される。
【0043】
線光源11a〜11cのX線は、被検体Hを通過することにより位相差が生じ、このX線が第1の吸収型格子41を通過することにより、被検体Hの屈折率と透過光路長とから決定される被検体Hの透過位相情報を反映した縞状のG1像が形成される。各線光源11a〜11cのG1像は、第2の吸収型格子42に投影され、第2の吸収型格子42の位置で一致する(重なり合う)ので、X線強度を低下させずに、位相コントラスト画像の画質を向上させることができる。
【0044】
G1像は、第2の吸収型格子42により強度変調され、第2の周期パターン像であるG2像が形成される。G2像は、例えば、縞走査法により検出される。縞走査法とは、第1の吸収型格子41に対し、第2の吸収型格子42を走査機構44によって、X線焦点を中心として格子面に沿った方向に格子ピッチを等分割(例えば、5分割)した走査ピッチでx方向に並進移動させながら、X線源11から被検体HにX線を照射して複数回の撮影を行なってFPD40により検出し、画像処理部14により、FPD40の各画素の画素データの位相のズレ量(被検体Hがある場合とない場合とでの位相のズレ量)から位相微分像(被検体で屈折したX線の角度分布に対応)を取得する方法である。この位相微分像を、画像処理部14により、上記の縞走査方向に沿って積分することにより、被検体Hの位相コントラスト画像を得ることができる。位相コントラスト画像は、画像処理部14により画像記録部15に記録され、コンソール17のモニタ等に表示される。
【0045】
以上で説明したように、本実施形態のX線管20は、放射窓33にマルチスリット35を設けているので、従来の撮影システムのようにマルチスリットをX線源の外に配置している場合に比べ、X線焦点とマルチスリット35の距離を短くすることができる。これにより、X線の非コヒーレント成分及び散乱成分を少なくすることができるので、位相コントラスト画像の画質を向上させることができる。また、真空外囲器28内にマルチスリットを収容しないので、X線管20のコスト及びサイズを従来のX線管程度に抑えることができる。
【0046】
以下、本発明の別の実施形態について説明する。なお、他の実施形態と同じ構成については、同符号を用いて詳しい説明は省略する。
【0047】
[第2実施形態]
図4に示すX線管50のように、ハウジング29の放射窓51を従来のX線管と同様に、開口34と、この開口34内に固定された放射線透過部材52とから構成し、放射線透過部材52の一方の面に、金、白金、銀、鉛、タングステン等のX線吸収性の高い材質で形成されたマルチスリットパターン53を形成してもよい。これによれば、従来のX線管を改良することで、第1実施形態のX線管20と同等の作用、効果を得ることができる。
【0048】
[第3実施形態]
図5に示すX線管60のように、ハウジング29の放射窓61を開口34及び放射線透過部材52とから構成し、真空外囲器28のX線通過部32の内面側に、金、白金、銀、鉛、タングステン等のX線吸収性の高い材質で形成されたマルチスリットパターン62を形成してもよい。これによれば、真空外囲器28内にマルチスリットを収容することなく、第1及び第2実施形態よりも更にX線焦点とマルチスリットパターン62との距離を短くすることができる。また、X線の散乱は、絶縁オイル30を通過する際に発生しやすいが、本実施形態では、絶縁オイル30の手前で複数の線光源にするので、X線の散乱成分を少なくすることができる。なお、マルチスリットパターン62は、真空外囲器28のX線通過部32の外面側に設けてもよい。
【0049】
上記各実施形態では、一方向に延伸されかつ延伸方向に直交する方向に沿って配置されたX線遮蔽部を有する縞状の一次元格子を使用したX線画像撮影装置を例に説明したが、本発明は、X線遮蔽部を2方向に配列された二次元格子を用いたX線画像撮影装置にも適用が可能である。さらに、上記実施形態では、被検体HをX線源と第1の吸収型格子との間に配置しているが、被検体Hを第1の吸収型格子と第2の吸収型格子との間に配置した場合にも同様に位相コントラスト画像の生成が可能である。また、上記各実施形態は、矛盾しない範囲で相互に組み合わせることが可能である。
【0050】
上記各実施形態は、第1及び第2の吸収型格子を、スリットを通過したX線を線形的に投影するように構成しているが、本発明はこの構成に限定されるものではなく、第1及び第2の吸収型格子でX線を回折することにより、いわゆるタルボ干渉効果が生じる構成(国際公開WO2004/058070号公報等に記載の構成)としてもよい。この場合には、第1及び第2の吸収型格子間の距離をタルボ干渉距離に設定する必要がある。また、第1の吸収型格子の種類を、吸収型グリッドではなく、比較的アスペクト比が低い位相型グリッドにすることも可能である。
【0051】
また、上記各実施形態では、第2の吸収型格子により強度変調された縞画像を縞走査法によって検出して位相コントラスト画像を生成しているが、1回の撮影によって位相コントラスト画像を生成するX線画像撮影システムも知られている。例えば、国際公開WO2010/050483号公報に記載されているX線画像撮影システムでは、第1及び第2の格子により生成されたモアレをX線画像検出器により検出し、この検出されたモアレの強度分布をフーリエ変換することによって空間周波数スペクトルを取得し、この空間周波数スペクトルからキャリア周波数に対応したスペクトルを分離して逆フーリエ変換を行なうことにより微分位相像を得ている。このようなX線画像撮影システムにも、本発明のX線管を用いることができる。
【0052】
また、1回の撮影により位相コントラスト画像を生成するX線画像撮影システムには、強度変調手段として、第2の格子の代わりに、X線を電荷に変換する変換層と、変換層により生成された電荷を収集する電荷収集電極とを備えた直接変換型のX線画像検出器を用いたものがある。このX線画像撮影システムは、例えば、各画素の電荷収集電極が、第1のグリッドで形成された縞画像の周期パターンとほぼ一致する周期で配列された線状電極を互いに電気的に接続してなる線状電極群が、互いに位相が異なるように配置されたものであり、各線状電極群を個別に制御して電荷を収集することにより、1度の撮影により複数の縞画像を取得し、この複数の縞画像に基づいて位相コントラスト画像を生成している(特開2009−133823号公報等に記載の構成)。このようなX線画像撮影システムにも、本発明のX線管を用いることができる。
【0053】
また、1回の撮影により位相コントラスト画像を生成する別のX線画像撮影システムとして、第1及び第2の格子を、格子の延伸方向が相対的に所定の角度だけ傾くように配置し、この傾きにより延伸方向に生じるモアレ周期の区間を分割して撮影することにより、第1及び第2の格子の相対位置が異なる複数の縞画像を取得し、これらの複数の縞画像から位相コントラスト画像を生成することも可能である。このようなX線画像撮影システムにも、本発明のX線管を用いることができる。
【0054】
また、光読取型のX線画像検出器を用いることにより、第2の格子を省略したX線画像撮影システムが考えられる。このシステムでは、第1の格子によって形成された周期パターン像を透過する第1の電極層と、第1の電極層を透過した周期パターン像の照射を受けて電荷を発生する光導電層と、光導電層において発生した電荷を蓄積する電荷蓄積層と、読取光を透過する線状電極が多数配列された第2の電極層とがこの順に積層され、読取光によって走査されることによって各線状電極に対応する画素毎の画像信号が読み出される光読取型のX線画像検出器を強度変調手段として用いており、電荷蓄積層を線状電極の配列ピッチよりも細かいピッチで格子状に形成することにより、電荷蓄積層を第2の格子として機能させることができる。このようなX線画像撮影システムにも、本発明のX線管を用いることができる。
【0055】
以上説明した実施形態は、医療診断用の放射線画像撮影システムのほか、工業用や、非破壊検査等のその他の放射線撮影システムに適用することが可能である。更に、本発明は、放射線として、X線以外にガンマ線等を用いることも可能である。
【符号の説明】
【0056】
10 X線画像撮影システム
11 X線源
11a〜11c 線光源
12 撮影部
20 X線管
21 回転陽極
22 陰極
23 筐体
28 真空外囲器
29 ハウジング
32 X線通過部
33 放射窓
34 開口
35 マルチスリット
36 X線遮蔽部
37 X線透過部
40 フラットパネル検出器
41 第1の吸収型格子
42 第2の吸収型格子
52 X線透過部材
53、62 マルチスリットパターン

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電子ビームを放射する陰極と、
前記陰極からの電子ビームの照射により放射線を発生する陽極と、
前記陰極及び前記陽極を収容するとともに、前記陽極により発生された放射線を前記筐体の外に放射する放射部を備えた筐体と、を有し、
前記放射部には、放射線を部分的に遮蔽して多数の線光源とするマルチスリットが設けられていることを特徴とする放射線管装置。
【請求項2】
前記筐体は、前記陰極及び陽極を収容する真空外囲器と、前記真空外囲器を収容するハウジングとを有し、前記放射部は、前記ハウジングに設けられた放射窓であることを特徴とする請求項1記載の放射線管装置。
【請求項3】
前記マルチスリットは、前記放射窓を構成する開口を塞ぐように前記ハウジングに固定されていることを特徴とする請求項2記載の放射線管装置。
【請求項4】
前記マルチスリットは、前記放射窓を構成する開口を塞ぐ放射線透過部材に設けられたマルチスリットパターンからなることを特徴とする請求項2記載の放射線管装置。
【請求項5】
前記筐体は、前記陰極及び陽極を収容する真空外囲器と、前記真空外囲器を収容するハウジングとを有し、前記放射部は、前記真空外囲器において放射線が通過する放射線通過部からなり、前記マルチスリットは、前記放射線通過部に設けられたマルチスリットパターンからなることを特徴とする請求項1記載の放射線管装置。
【請求項6】
放射線を透過する部分と吸収する部分とからなる格子構造が周期的に配置され、放射線源から照射された放射線を通過させて第1の周期パターン像を形成する第1の格子と、前記第1の周期パターン像に対して位相が異なる少なくとも1つの相対位置で前記第1の周期パターン像に強度変調を与える強度変調手段と、前記強度変調手段により前記相対位置で生成された第2の周期パターン像を検出する放射線画像検出器と、前記放射線画像検出器により検出された少なくとも1つの前記第2の周期パターン像に基づいて、位相情報を画像化する演算処理手段とを備え、
前記放射線源に、請求項1〜5いずれか記載の放射線管装置を用いたことを特徴とする放射線画像撮影システム。
【請求項7】
前記強度変調手段は、前記第1の周期パターンを透過する部分と吸収する部分とからなる格子構造が周期的に配置された第2の格子と、前記第1及び第2の格子のいずれか一方を、前記第1及び第2の格子の格子構造の周期方向に所定のピッチで移動させる走査手段とからなり、前記走査手段により移動される各位置が前記相対位置に対応することを特徴とする請求項6記載の放射線画像撮影システム。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2012−110579(P2012−110579A)
【公開日】平成24年6月14日(2012.6.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−263814(P2010−263814)
【出願日】平成22年11月26日(2010.11.26)
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【Fターム(参考)】