説明

新規なジペプチド分解酵素及びその製造方法並びにジペプチド分解酵素を用いる糖化蛋白質等の測定方法及びそれに用いる試薬組成物

【課題】ジペプチドに作用してアミノ酸に分解するジペプチド分解酵素を提供し、該酵素を糖化ジペプチドに作用させて糖化アミノ酸とアミノ酸を生成させ、該アミノ酸を定量する糖化蛋白質、糖化ペプチド又は糖化ジペプチドの迅速、簡便且つ正確な測定を可能とする新規な測定方法を提供する。
【解決手段】ジペプチドに作用し、アミノ酸を生成するジペプチド分解酵素。該ジペプチドが糖化ジペプチドであって、糖化アミノ酸とアミノ酸を生成するジペプチド分解酵素。
糖化蛋白質又は糖化ペプチドを含有する被検体に、プロテアーゼとジペプチド分解酵素を作用させる糖化アミノ酸とアミノ酸の生成方法。該生成方法によって生成したアミノ酸を、該アミノ酸を分解する物質を加えて分解し定量する糖化蛋白質、糖化ペプチド又は糖化ジペプチドの測定方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジペプチドに作用する新規な酵素に関し、詳細には、ジペプチドに作用してアミノ酸に分解するジペプチド分解酵素、その製造方法、糖化ジペプチドの分解による糖化アミノ酸とアミノ酸の生成方法、糖化蛋白質・糖化ペプチド・糖化ジペプチドの測定方法及びその測定用の試薬組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、糖尿病患者は爆発的に増加しており、糖尿病の診断、管理を行なう上で糖化ヘモグロビン(グリコヘモグロビンGHb)、グリコアルブミン、フルクトサミン、1,5‐アンヒドログリシトール等の血糖コントロールマーカーを測定することは非常に重要なため、これら血糖コントロールマーカーの測定に対する需要が増加している。中でも血中の糖化ヘモグロビン濃度は、過去約1〜2ヶ月の平均血糖値を反映することが知られており、該血中濃度を7%以下に管理すれば合併症の発症及び糖尿病の進展の危険率を有意に低下させることが近年の研究により証明され、臨床の現場ではなくてはならない指標となっている。糖化ヘモグロビンは、ヘモグロビンがメイラード反応により糖化されたアマドリ化合物で、ヘモグロビンポリペプチドのα鎖とβ鎖のN末端のバリンや分子内のリジンがε位で糖化されたものであることが明らかになっている。糖化ヘモグロビンの内、ヘモグロビンβ鎖N末端のバリンが糖化されたものを特にヘモグロビンA1c(HbA1c)といい、安定なアマドリ化合物であるため、糖化ヘモグロビンの測定に利用されている。なお、HbA1cには、アマドリ転移する前のシッフベースである不安定型ヘモグロビンは含まれない。アマドリ化合物は、ペプチド又は蛋白質等のアミノ基をもつ化合物とグルコース等のアルデヒド基をもつ化合物がメイラード反応により生じる「−(CO)−CHR−NH−(Rは水素原子又は水酸基を示す)」で表されるケトアミン構造を有する化合物である。
【0003】
糖化ヘモグロビンの測定方法は、従来、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等のクロマトグラフィーによる方法、電気泳動を用いる方法、免疫法、アルカリ性における糖化蛋白質の還元性を利用する方法、チオバルビツール酸を用いる方法、酵素法等が挙げられる。高速液体クロマトグラフィーによる方法、アフィニティクロマトグラフィーによる方法及び電気泳動を用いる方法は、高価な専用装置を必要とし、また、測定に長時間を要するため、多数の検体を処理する臨床検査にはあまり適していない。免疫法は、分析方法が比較的簡単で測定も短時間で済むことから近年急速に広まってきたが、精度の面で問題がある。また、還元性を利用する方法及びチオバルビツール酸を用いる方法は、検体中の共存物質の影響を受け、特異性の点で問題がある。これらの方法に対し、酵素法は専用装置が不要であり、測定時間が短く、高精度、簡便、安価であるなどの点で利点がある。酵素法は、糖化アミノ酸に作用する酵素であるフルクトシルアミノ酸オキシダーゼ(以下、「FAO」と略記することがある)を用いた糖化アミノ酸の測定方法が知られている(特許文献1〜特許文献10参照)。FAOは、糖化アミノ酸に対する作用は強いが、糖化蛋白質、糖化ペプチド及び糖化ジペプチドには作用しないため(非特許文献1参照)、FAO単独では糖化蛋白質、糖化ペプチド及び糖化ジペプチドに由来する糖化アミノ酸を測定できない。そのため、FAOを作用させる前に化学的な方法又は酵素的な方法を用いて糖化蛋白質や糖化ペプチドを糖化アミノ酸まで断片化して遊離させる必要がある。糖化ヘモグロビンの測定を行う場合、具体的には、第一段階として糖化ヘモグロビンを種々のプロテアーゼにより断片化し、糖化ペプチド、糖化アミノ酸とアミノ酸を遊離させ(プロテアーゼによる分解反応)、第二段階としてFAOを作用させ、生成した過酸化水素をペルオキシダーゼによる発色系で測定する(FAOによる発色反応)。
プロテアーゼによる分解反応:
糖化ヘモグロビン→糖化ペプチド→糖化ジペプチド→糖化アミノ酸+アミノ酸
FAOによる発色反応:
糖化アミノ酸→グルコソン+Val+HO2
【0004】
【特許文献1】特公平5−33997号公報
【特許文献2】特公平6−65300号公報
【特許文献3】特開平2−195900号公報
【特許文献4】特開平3−155780号公報
【特許文献5】特開平5−192193号公報
【特許文献6】特開平6−46846号公報
【特許文献7】特開平7−289253号公報
【特許文献8】特開平8−154672号公報
【特許文献9】特開平8−336386号公報
【特許文献10】特開2005−110657号公報
【非特許文献1】Biotechnology Letters 27:963(2005)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、プロテアーゼ類は、ペプチド鎖が短くなるほど作用しにくくなることが知られており、糖化ヘモグロビンβ鎖ジペプチドの糖化-Val-His(Fru-Val-His、フルクトシルバリルヒスチジン)や糖化-Val-His-Leu-Thr-Pro-Glu(Fru-VHLTPE)等に作用して糖化アミノ酸にまで分解することができないか、分解できても生成量が非常に微量であるため、大量のプロテアーゼをしかも長時間反応させる必要がある(非特許文献1参照)。すなわち、プロテアーゼは、糖化ヘモグロビンに作用して糖化ペプチドや糖化ジペプチドを生成できるが、FAOの基質となる糖化アミノ酸の糖化-Valにまで分解することは困難であるため、プロテアーゼとFAOを組み合わせた上記の方法は感度の面で欠点を有していた。
【0006】
本発明は、上記の事情に鑑みなされたものであり、ジペプチドに作用してアミノ酸に分解するジペプチド分解酵素を提供し、該酵素を糖化ジペプチドに作用させて糖化アミノ酸とアミノ酸を生成させ、該アミノ酸を定量する糖化蛋白質、糖化ペプチド又は糖化ジペプチドの迅速、簡便且つ正確な測定を可能とする新規な測定方法を提供することを課題とする。また、糖化ヘモグロビンにプロテアーゼとFAOを作用させる酵素法において、ジペプチド分解酵素を利用して糖化ヘモグロビンの測定感度を高めることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するため、本発明者等は、糖化-Val-Hisを糖化-Valとヒスチジンに分解できるジペプチド分解酵素を探求すべく、自然界の様々な微生物を対象とするだけでなく、市販の酵素剤に含まれる酵素をも対象としてスクリーニングを行った結果、ジペプチド分解酵素を産生する菌を見出し本発明を完成した。
すなわち、本発明は、ジペプチドに作用し、アミノ酸を生成することを特徴とするジペプチド分解酵素に関する。該発明において、ジペプチドが糖化ジペプチドである場合、糖化アミノ酸とアミノ酸を生成する。また、糖化ジペプチドが糖化ヘモグロビンβ鎖ジペプチドの糖化-Val-Hisの場合、糖化-Valとヒスチジンを生成する。ここで、糖化ジペプチドとは、糖化されたジペプチドをいう。糖化アミノ酸とは、糖化されたアミノ酸をいう。また、糖化-Val-Hisは、フルクトシルバリルヒスチジン(「Fru-Val-His」ともいう)をいう。糖化-Valは、フルクトシルバリン(「Fru-Val」ともいう)をいう。
【0008】
本発明は、以下の理化学的性質を有するジペプチド分解酵素を要旨とする。
(1)作用及び基質:ジペプチドに作用し、アミノ酸を生成する。糖化ジペプチドに作用し、糖化アミノ酸とアミノ酸を生成する。
(2)至適pH:6.2で、pH6.0〜7.0ではpH6.2における活性の80%以上の活性を有する。
(3)pH安定性:pH5.0以上で安定である。
(4)至適温度:45℃で、35〜45℃の範囲で十分な反応性がある。
(5)熱安定性:50℃以下で安定である。
(6)分子量:約45k Da(SDS-PAGE)
(7)活性化剤及び阻害剤:Mg2+、Co2+又はZn2+イオンにより活性化され、EDTA又はα、α'-ジピリジルにより活性が阻害される。
【0009】
本発明は、スフィンゴフィキス チレンシス NO.0522(Sphingopyxis chilensis NO.0522、NITE BP-250)又は当該菌株の変異株に由来するジペプチド分解酵素に関する。
【0010】
本発明は、配列表の配列番号2で表されるアミノ酸配列を有する蛋白質に関する。
【0011】
本発明は、配列表の配列番号2で表されるアミノ酸配列を有する蛋白質をコードする遺伝子に関する。また、本発明は、配列表の配列番号1で表される塩基配列を有するDNAに関する。
【0012】
本発明は、スフィンゴフィキス属(Sphingopyxis)の微生物を培養し、上記のジペプチド分解酵素を生成させ、該ジペプチド分解酵素を採取することを特徴とするジペプチド分解酵素の製造方法に関する。
【0013】
本発明は、糖化ジペプチドを含有する被検体に、上記のジペプチド分解酵素又は上記の蛋白質を作用させる糖化アミノ酸とアミノ酸の生成方法に関する。また、本発明は、糖化蛋白質又は糖化ペプチドを含有する被検体に、プロテアーゼと上記のジペプチド分解酵素又は上記の蛋白質を作用させる糖化アミノ酸とアミノ酸の生成方法に関する。
【0014】
本発明は、上記の生成方法によって生成したアミノ酸を、該アミノ酸を分解する物質を加えて分解し定量する糖化蛋白質、糖化ペプチド又は糖化ジペプチドの測定方法に関する。また、本発明は、上記の生成方法によって生成した糖化アミノ酸を、オキシダーゼを用いて定量する糖化蛋白質、糖化ペプチド又は糖化ジペプチドの測定方法に関する。
【0015】
本発明は、上記の測定方法を実施するために用いる試薬組成物に関する。
【発明の効果】
【0016】
本発明のジペプチド分解酵素は、糖化ヘモグロビン等の糖化蛋白質、糖化ペプチドあるいは糖化ジペプチドを、短時間で簡便、かつ精度良く測定することができるため、糖尿病の症状の診断や症状管理に有用である。
【0017】
また、本発明のジペプチド分解酵素は、糖化ヘモグロビンにプロテアーゼとFAOを作用させる酵素法において、糖化ヘモグロビンの測定感度を高めることができるので、従来の酵素法を用いる糖尿病の症状の診断や症状管理に有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明のジペプチド分解酵素は、ジペプチドに作用してアミノ酸を生成する反応を触媒する。また、ジペプチドが糖化ジペプチドである場合、糖化ジペプチドを分解して糖化アミノ酸とアミノ酸を生成する反応を触媒する。この酵素の基質特異性は、既存のプロテアーゼには見られない特徴的な性質である。従って、ジペプチド分解酵素は、プロテアーゼが糖化蛋白質又は糖化ペプチドに作用して断片化するペプチドのうち、糖化ジペプチドに作用して生成するアミノ酸を定量する糖化蛋白質又は糖化ペプチドの新規な測定法に利用できる。また、FAOの測定対象となり得ない糖化ジペプチドに作用してFAOの基質を供給するので、FAOを用いる酵素法の測定感度を高めることができる。従って、ジペプチド分解酵素は、プロテアーゼとアミノ酸オキシダーゼ等と組み合わせ、あるいはプロテアーゼとFAOと組み合わせることによる、糖化ヘモグロビンの測定に好適な有用性の高い酵素である。以下、ジペプチドが糖化ジペプチドである場合について説明する。また、ジペプチド分解酵素が作用するジペプチドが糖化ジペプチドである場合、ジペプチド分解酵素を特に糖化ジペプチド分解酵素と称することもできる。
【0019】
ジペプチド分解酵素の給源は、自然界から広く求めることができるが、一例として微生物が考えられ、好ましくはスフィンゴフィキス属(Sphingopyxis)に由来する酵素蛋白質、特に好ましくは、スフィンゴフィキス チレンシス NO.0522(Sphingopyxis chilensis NO.0522)に由来する酵素蛋白質である。
スフィンゴフィキス チレンシス NO.0522(Sphingopyxis chilensis NO.0522)は、本発明者等が土壌より新規に単離した微生物であり、「特許手続上の微生物の寄託の国際的承認に関するブダペスト条約」に基づく下記の国際寄託当局(国際寄託機関)に国際寄託されており、容易に入手可能である。
国際寄託機関:独立行政法人製品評価技術基盤機構特許微生物寄託センター(NPMD)
住所:〒292-0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8、http://www.nbrc.nite.go.jp/npmd/)
受託日:2006年7月19日
受託番号:NITE BP-250
【0020】
ジペプチド分解酵素の製造方法は、まずジペプチド分解酵素の生産能を有する微生物を培養する(培養工程)。微生物は、例えば上記のスフィンゴフィキス・チレンシスNO.0522(Sphingopyxis chilensis NO.0522)を使用することができる。培養方法及び培養条件は、目的の酵素が生産されるものである限り特に限定されない。即ち、本酵素が生産されることを条件として、使用する微生物の培養に適合した方法や培養条件を適宜設定できる。以下、培養条件を例示する。
【0021】
培地は、微生物が生育可能であれば、如何なるものでも良い。炭素源、窒素源、無機物、その他の栄養素を適宜含有していればよく、合成培地、天然培地の如何を問わず使用可能である。炭素源の例としては、グルコース、フラクトース、キシロース、グリセリンなどを用いることができる。窒素源の例としては、ペプトン、カゼイン消化物、あるいは酵母エキスなどの窒素性有機物を好適に使用できる。無機物の例としては、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マンガン、マグネシウム、鉄、コバルト、亜鉛などの塩類を使用できる。微生物の生育を促進するためにビタミン、アミノ酸などを培地に添加しても良い。 培地のpHは、例えば約3-8、好ましくは約6.5-7.0程度に調整し、培養温度は通常10-50℃、好ましくは約28-30℃程度で、20-48時間、好ましくは32-40時間程度好気的条件下で培養する。培養法としては、振とう培養法、ジャーファーメンターによる好気的深部培養法、嫌気的培養法、あるいは固体培養法などを利用できる。
【0022】
培養工程の後、培養中の菌体からジペプチド分解酵素を回収する(回収工程)。ジペプチド分解酵素は菌体内に蓄積されるため、酵素の回収は、自己消化、凍結、超音波破砕、加圧などにより菌体を破砕し、硫酸アンモニウム(硫安)などによる塩析、エタノールなどの有機溶媒による沈澱、若しくはイオン交換クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィーやゲルろ過クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィーなどの各種クロマトグラフィーなどの一般的な方法を適宜組み合わせることにより行うことができる。より具体的には、培養後の培養液を遠心分離して菌体を集め、これを洗浄後、0.1M 3-モルフォリノプロパンスルホン酸(3-Morpholinopropanesulfonic acid、MOPS)緩衝液(pH7.0)に懸濁し、超音波破砕によって菌体を破砕する。次いで、該菌体破砕液を遠心分離して得た上清(無細胞抽出液)を、硫安塩析、陰イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィーで処理することにより、ジペプチド分解酵素の精製酵素蛋白質を得ることができる。
【0023】
精製されたジペプチド分解酵素を用いて、該酵素のアミノ酸配列及び遺伝子配列を公知の方法により決定することができ、更にはジペプチド分解酵素をコードする遺伝子を調製することができる。遺伝子工学技術や細胞培養技術は公知の技術を用いることができ、例えば、プラスミド、DNA、各種酵素、大腸菌、培養細胞などを取り扱う技術は、「Current Protocols in Molecular Biology, F. Ausubelら編、(1994), John Wiley & Sons, Inc.」及び「Culture of Animal Cells; A Manual of Basic Technique, R. Freshney編、第2版(1987), Wiley-Liss」に記載の方法に準じて行うことができる。例えば、精製酵素をエドマン分解等の常法によりアミノ末端側のアミノ酸配列を決定し、更にリジルエンドペプチダーゼ等のプロテアーゼで消化後、HPLCで分取したペプチド断片を用いて蛋白質内部のアミノ酸配列を決定することができる。このようにして決定されたアミノ酸配列を基に合成DNAを作製し、これをプライマーやプローブとしてジペプチド分解酵素をコードする遺伝子をクローニングすれば、目的とする遺伝子を取得できる。本発明において、ジペプチド分解酵素のアミノ酸配列は、該酵素活性を有するものであればよく、上記のように決定されたアミノ酸配列のみでなく、該アミノ酸配列の1若しくは複数のアミノ酸残基が欠失、置換、付加されたアミノ酸配列も含まれる。本発明において、ジペプチド分解酵素をコードする遺伝子は、該酵素活性を有する蛋白質をコードするDNAであればよく、上記のように決定された遺伝子のみでなく、該遺伝子の1若しくは複数の塩基が欠失、置換、付加され、該酵素活性を有する蛋白質をコードする遺伝子を含む。また、所定の塩基配列を有するDNAからなる遺伝子、該遺伝子の1若しくは複数の塩基が欠失、置換、付加され、該酵素活性を有する蛋白質をコードする遺伝子、及び該遺伝子のDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、該酵素活性を有する蛋白質をコードするDNAからなる遺伝子を含む。ここで、ストリンジェントな条件とは、(a)ハイブリダイゼーションをDIG EASY Hyb(ロッシュダイアグノスティック株式会社製)で42℃、16時間行い、(b)0.1% SDSを含む2×SSCで5分間、室温にて洗浄を2回繰り返し、さらに、(c)0.1% SDSを含む0.1×SSCを用いて5分間、68℃にて洗浄を行う条件をいう。
【0024】
クローニングされたジペプチド分解酵素をコードする遺伝子の全塩基配列をDNAシークエンサーを用いて決定し、該遺伝子情報を基にジペプチド分解酵素のアミノ酸の一次配列を推定することができる。
【0025】
更に、決定されたアミノ酸配列の1若しくは複数のアミノ酸残基が欠失、置換若しくは付加され、かつジペプチド分解酵素活性を有するアミノ酸配列をコードする遺伝子を得るには公知の様々な方法を用いることが可能である。例えば、遺伝子に点変異又は欠失変異を生じさせる部位特定変異誘導法、あるいは遺伝子を選択的に開裂し、選択されたヌクレオチドを欠失、置換又は付加した後、遺伝子を連結するオリゴヌクレオチド変異誘導法等の公知の方法を用いることが可能である。
【0026】
上記のようにして得られたジペプチド分解酵素をコードする遺伝子を含むDNA断片を組みこんだ組換えベクターで微生物を形質転換又は形質導入することによって得られたジペプチド分解酵素生産能を有する形質転換体又は形質導入体を用いて、ジペプチド分解酵素を生産することができる。形質転換又は形質導入における宿主は、特に限定がなく、例えば大腸菌、エッシェリシア属に属する菌株、あるいはシュードモナス属に属する菌株等を用いることができる。形質転換体等の培養には、液体培養法が好適に用いられる。
【0027】
形質転換体等を培養する培地としては、炭素源、窒素源、無機物、その他の栄養素を適宜含有していればなんら限定されるものでなく、合成培地、天然培地のあらゆるものを使用できる。炭素源としては、グルコース、フラクトース、キシロース、グリセリン等を使用することができ、窒素源としては、ペプトン、カゼイン消化物、あるいは酵母エキス等の窒素性有機物を使用することができる。無機物としては、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マンガン、マグネシウム、鉄、コバルト等の塩類を使用することができる。培養は、形質転換体等が生育し、ジペプチド分解酵素を生産する条件であれば、いかなる条件でもよいが、培地のpHは7.0〜9.0、培養温度は通常25〜42℃、好ましくは30〜37℃、培養時間は8〜48時間、好ましくは16〜30時間の範囲で設定することができる。
【0028】
公知の技術を適宜組み合わせることにより、培養後の形質転換体等からジペプチド分解酵素を回収し、精製することができる。例えば、形質転換体等を培養後、培養液から濾過、あるいは遠心分離等の操作により菌体を回収し、該菌体を破砕する。菌体の破砕は、機械的手段又は溶媒を利用した自己消化、凍結、超音波破砕、加圧、リゾチーム等の細胞溶解酵素を用いて菌体細胞壁を溶解する方法、トリトンX-100等の界面活性剤等の方法を用いて行うことができる。該菌体破砕物から硫安塩析、エタノール等の有機溶媒による沈殿、イオン交換クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等の各種クロマトグラフィー、電気泳動等を適宜組み合わせることによりジペプチド分解酵素を精製できる。
【0029】
ジペプチド分解酵素は、糖化蛋白質、糖化ペプチド又は糖化ジペプチドの測定に利用できる。測定対象となる被検体は、糖化蛋白質、糖化ペプチド又は糖化ジペプチドであれば如何なるものでもよいが、好ましくは、血液成分、例えば全血、血球、赤血球、溶血液、血清、血漿あるいは尿等が挙げられる。糖化蛋白質、糖化ペプチド又は糖化ジペプチドの測定方法は、以下の試薬から構成される。
【0030】
試薬A:糖化蛋白質又は糖化ペプチドを糖化ジペプチドにまで分解するプロテアーゼ活性を有する物質を含有する試薬である。ジペプチド分解酵素は、ジペプチドにのみ作用するため、測定対象が糖化蛋白質又は糖化ペプチドである場合、測定対象を糖化ジペプチドにまで分解する。測定対象の分解は、プロテアーゼを用いることができる。プロテアーゼは、蛋白質のポリペプチド鎖の内側から分解するエンド型と蛋白質のポリペプチド鎖の外側から分解するエキソ型の何れであっても使用することができるが、前者としては、トリプシン、α-キモトリプシン、ズブチリシン、プロテイナーゼK、パパイン、カテプシンB、ペプシン、サーモリシン、プロテアーゼ、プロテアーゼXVII、プロテアーゼXXI、リジルエンドペプチダーゼ等、後者としては、アミノペプチダーゼ、カルボキシペプチダーゼ等が挙げられ、プロテアーゼ活性を有するものであれば、如何なる酵素でもよい。プロテアーゼ活性は、糖化蛋白質又は糖化ペプチドを分解できる活性であればよく、0.1〜10000 u/mL、好ましくは1〜1000 u/mL、更に好ましくは10〜500 u/mLを使用することができる。試薬AのpHは、酵素の安定性や反応効率などを考慮して調整することができるが、pH 4.0〜8.0、好ましくはpH 5.0〜7.0、更に好ましくはpH 5.5〜6.5に調整することができる。
試薬B:プロテアーゼによる糖化蛋白質又は糖化ペプチドの分解により生成したアミノ酸を消去する作用を有する物質を含有する試薬である。アミノ酸を消去させることができればいかなる系でもよく、例えば、アミノ酸オキシダーゼを0.01〜1000 u/mL、好ましくは0.1〜500u/mL、更に好ましくは1〜100 u/mL、カタラーゼを0.01〜1000u/mL、好ましくは0.1〜100u/mL、更に好ましくは1〜10u/mL、これらと共に4-アミノアンチピリン(4-AA)が含まれる。試薬BのpHは酵素の安定性や反応効率等を考慮して調整することができるが、pH 5.5〜9.0、好ましくはpH 6.5〜8.5、更に好ましくはpH 7.0〜8.0に調整することができる。アミノ酸を消去する物質は、上記のオキシダーゼの他、デヒドロゲナーゼでもよい。
また、アミノ酸の消去で過酸化水素が生成する場合、上記のように過酸化水素を分解するために試薬Bにカタラーゼを添加してもよい。
試薬C:ジペプチド分解酵素と該ジペプチド分解酵素により糖化ジペプチドが分解して生成するアミノ酸又は糖化アミノ酸を分解して定量するために用いる物質を含有する試薬である。アミノ酸を分解する酵素としてデヒドロゲナーゼを用いた場合、補酵素の変化量を直接的又は間接的に測定することができる。具体的には、補酵素としてニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD)を用いた場合、還元型NADの極大吸収波長(340nm)にて比色計で直接、あるいは還元型NADをジアフォラーゼ又はPMS等の電子キャリアーと各種テトラゾリウム塩等の還元系発色試薬を用いて間接的又は直接的に定量できる。アミノ酸に作用する酵素として、オキシダーゼを用いた場合、酸素の消費量又は反応生成物を測定する。例えばアミノ酸オキシダーゼを用いた場合、反応により生成する過酸化水素、アンモニア又は2-オキソ酸を公知の方法により直接的又は間接的に測定できる。また、糖化アミノ酸を分解する酵素として、FAOを用いた場合も生成する過酸化水素を測定できる。過酸化水素を測定する方法として、以下の方法がある。
1.発色法:ペルオキシダーゼ(POD)の存在下で、4-アミノアンチピリン(4-AA)又は3-メチル-2-ベンゾチアゾリノンヒドラゾン(MBTH)等のカップラーとフェノール等の色原体との酸化縮合反応により生成するトリンダー試薬、あるいは直接酸化呈色するロイコ型試薬等を用いる方法。
2.蛍光法:酸化によって蛍光を発する化合物、例えば、ホモバニリン酸、4-ヒドロキシフェニル酢酸、チラミン、パラクレゾール、又はジアセチルフルオレスシン誘導体等を用いる方法。
3.化学発光法:触媒としてルミノール、ルシゲニン、イソルミノール、ピロガロール等を用いる方法。
試薬Cの好ましい態様として、ジペプチド分解酵素を0.1〜1000u/mL、好ましくは0.5〜100u/mL、更に好ましくは1〜10u/mL、遊離アミノ酸を酸化するL-アミノ酸オキシダーゼを0.1〜1000u/mL、好ましくは1〜100u/mL、ペルオキシダーゼを0.1〜1000u/mL、好ましくは1〜100u/mL、更に好ましくは5〜50u/mL、及びN-エチル-N-(2-ヒドロキシ-3-スルホプロピル)-3-メチルアニリン・ナトリウム塩(N-ethyl-N-(2-hydroxy-3-sulfopropyl)-3-methylaniline, sodium salt、TOOS)、及びアジ化ナトリウム(NaN3)を0.05〜0.5%が含まれる。当該濃度におけるアジ化ナトリウムは、試薬Bに含まれるカタラーゼを失活させる役割を有する。試薬CのpHは、酵素の安定性や反応効率等を考慮して調整できるが、pH5.0〜9.0、好ましくはpH6.0〜8.0、更に好ましくはpH6.5〜7.5に調整できる。上記各試薬A、B、Cは、界面活性剤、非イオン性界面活性剤、両イオン性界面活性剤のいずれか1以上を含有してもよく、これらを0.0005%〜10%の濃度で添加しても良い。
【0031】
上記の試薬組成物において、試薬Cのジペプチド分解酵素と該ジペプチド分解酵素により糖化ジペプチドが分解して生成するアミノ酸又は糖化アミノ酸を分解して定量するために用いる物質を別々の試薬として構成することもできる。
【0032】
(1)糖化蛋白質又は糖化ペプチドの測定
以下に上記の試薬A、B、Cを用いた糖化蛋白質又は糖化ペプチドの測定について例示する。
第一反応:糖化蛋白質又は糖化ペプチドを含む被検体0.001-1.0mLに試薬Aを添加し、糖化蛋白質又は糖化ペプチドを糖化ジペプチドに分解する(式(1))。反応温度は、プロテアーゼが被検体中に存在する糖化蛋白質又は糖化ペプチドを分解できる温度であればいかなる温度でもよいが、20〜45℃、好ましくは、30〜40℃に設定することができる。反応時間も同様に、0.1〜60分、好ましくは1〜10分に設定することができる。第二反応:第一反応の反応液に試薬Bを添加し、第一反応で生成した遊離アミノ酸を消去させる(式(2))。
第三反応:第二反応で得られた被検体に試薬Cを添加し、ジペプチド分解酵素により糖化ジペプチドから糖化アミノ酸とアミノ酸を遊離させ、さらにL-アミノ酸オキシダーゼにより遊離アミノ酸を酸化し、生成した過酸化水素とペルオキシダーゼにより、4-AAとTOOSが酸化縮合し、555 nmに吸光度を有するキノン色素が定量的に生成する。該キノン色素の555nmにおける吸光度の変化を測定して定量する(式(3))。
式(1):
糖化蛋白質(糖化ペプチド)→糖化ジペプチド+遊離アミノ酸
式(2):
遊離アミノ酸+O2+H2O→α-ケト酸+アンモニア+過酸化水素
式(3):
糖化-Val-His→糖化-Val+L-His
L-His+ O2+H2O→α-ケト酸+アンモニア+過酸化水素
2過酸化水素+4-AA+TOOS→キノン色素+4H2O
【0033】
(2)糖化ジペプチドの測定
以下に上記の試薬B、Cを用いた糖化ジペプチドの測定について例示する。
第一反応:糖化ジペプチドを含む被検液0.001−1.0mLに試薬Bを添加し、反応させる(上記式(2))。反応温度は、被検液中に存在する遊離アミノ酸を消去できる温度であればいかなる温度でもよいが、20〜45℃、好ましくは30〜40℃に設定することができる。反応時間も同様に、0.1〜60分、好ましくは1〜10分に設定することができる。なお、被検体中に遊離アミノ酸が存在しない場合には、試薬Bによる処理は行わなくてもよい。第二反応:第一反応液に試薬Cを添加し、ジペプチド分解酵素により糖化ジペプチドから糖化アミノ酸とアミノ酸を遊離させ、さらにL-アミノ酸オキシダーゼにより遊離アミノ酸を酸化し、生成した過酸化水素とペルオキシダーゼにより、4-AAとTOOSが酸化縮合し、555 nmに吸収を持つキノン色素が定量的に生成する。該キノン色素の555nnにおける吸光度の変化を測定して定量する(上記式(3))。
【0034】
上記より、試薬A、B、Cは、糖化蛋白質、糖化ペプチド、糖化ジペプチドの定量用の試薬組成物として利用することができ、例えば液状品及び液状品の凍結物あるいは凍結乾燥品として提供できる。さらに糖化蛋白質、糖化ペプチド、糖化ジペプチドの定量用の試薬組成物には、界面活性剤、塩類、緩衝剤、pH調整剤や防腐剤等を適宜添加することができる。
【0035】
ジペプチド分解酵素は、FAOを用いた糖化蛋白質、糖化ペプチド、糖化ジペプチドの測定方法にも有効に利用できる。ジペプチド分解酵素は、プロテアーゼが分解できないか分解が非常に弱い糖化ジペプチドを分解することができるので、FAOの基質である糖化アミノ酸を十分に供給することが可能となる。したがって、プロテーゼとFAOを用いた糖化アミノ酸の測定法において、従来から問題となっていた測定精度を改善できる。
【実施例】
【0036】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら制限されるものではない。
【0037】
〔実施例1〕(ジペプチド分解酵素のスクリーニング)
(1)微生物からのスクリーニング
土壌より単離した種々の菌株についてエルリッヒカツオエキス10g(1.0%)、ポリペプトン10g(1.0%)、酵母エキス3g(0.3%)、NaCl 5g(0.5%)を含有する培地1000mL(pH7.0)中で30℃で24時間培養した。得られた培養液を遠心分離にて培養上清と菌体に分離した。菌体は、洗浄後、0.1M MOPS緩衝液(pH7.0)に懸濁し、超音波破砕によって破砕し、遠心分離後の上清を無細胞抽出液として得た。得られた培養液及び無細胞抽出液のジペプチド分解活性を実施例3の方法に従って調べた。
(2)市販の酵素剤からのスクリーニング
表示活性として1Ku/mL(溶解できない場合は、出来るだけ高濃度になるように調整)になるように調整した市販のプロテアーゼの含有溶液を用いてジペプチド分解活性を実施例3の方法に従って調べた。その結果、市販のプロテアーゼにジペプチド分解活性を有するものは存在しなかった。
【0038】
〔実施例2〕(ジペプチド分解酵素生産菌の同定)
実施例1のスクリーニングによって得られたジペプチド分解酵素生産菌の同定を下記の方法で行った。培養温度は、生育温度試験以外は30℃で行った。
生育状態:トリプトソイ寒天(栄研化学株式会社、以下、栄研)平板を用いて3日培養を行った。
形態:トリプトソイ寒天(栄研)平板を用い用いて1日培養を行った。
グラム染色:フェイバー・GセットS(日水製薬株式会社、以下、日水製薬)で染色を行った。
嫌気的生育:トリプトソイ寒天(栄研)平板を用いて3日培養を行った。GasPak anaerobic system (BBL)で嫌気状態とした。
チトクロームオキシダーゼ:Cytochrome oxidase test paper (日水製薬)を用いた。
Catalase: 3% H2O2中での泡の発生を検出した。
O-Fテスト:OF Basal Medium (Difco)にろ過滅菌したグルコースを1%になるように添加した。流動パラフィンを重層して嫌気状態にして7日培養を行った。
硝酸塩の還元性:Nutrient broth (Difco)にKNO3を0.1%添加して10日培養を行った。
クエン酸塩の利用:シモンズ・クエン酸ナトリウム培地(栄研)を用いて14日培養を行った。
ウレアーゼ:クリステンゼン尿素培地(栄研)を用いて14日培養を行った。
レシチナーゼ:Bacto-peptone 10g、Glucose 1g、NaCl 10g、酵母エキス (Difco) 5g、 Agar 15g、Egg-yolk 50mLを含有する培地1000mLを用いて5日培養を行った。
ONPG試験(β-ガラクトシダーゼ):ONPG disks (日水製薬)を用いて1日培養を行った。
糖類からの酸生成:(NH4)HPO4 1g、 KCl 0.2g、MgSO4・7H2O 0.2g、酵母エキス (Difco) 0.2g、Agar noble (Difco) 15g、0.2% B.C.P 20mLを含有する培地1000mL (pH7.2 )に別殺菌した糖を1%になるように加えた後、24日培養を行った。
フェニルアラニンデアミナーゼ:DL-フェニルアラニン 2g、酵母エキス (Difco) 3g、(NH4)HPO4 1g、NaCl 5g、Agar 15gを含有する培地1000mLを用いて10日培養を行った。
アルギニンジヒドラターゼ:Bacto-peptone (Difco) 10g、NaCl 5g、K2HPO4 0.3g、L-アルギニン塩酸塩 10g、Agar 3g、0.2% Phenol red 20mLを含有する培地1000mLを用いて7日培養を行った。なお、流動パラフィンを重層して嫌気状態とした。
カゼインの分解:Nutrient agar(栄研)にスキムミルク(Difco)を5%加えた培地を用いて14日培養を行った。
ゼラチンの分解:Nutrient agar(栄研)にゼラチンを12%加えた培地を用いて14日培養を行った。
DNAの分解:DNA寒天培地(日水製薬)を用いて14日培養を行った。
Tween 80の分解:Bacto-peptone(Difco) 10g、NaCl 5g、CaCl2・7H2O 0.1g、Agar 15g、Tween 80 10gを含有する培地1000mL(pH7.4) を用いて7日培養を行った。
チロシンの分解:Nutrient agar(栄研)にチロシンを0.5%加えた培地を用いて14日培養を行った。
エスクリンの分解:Bacto-peptone (Difco) 10g、クエン酸鉄 0.5g、エスクリン 1gを含有する培地1000mLを用いて2日培養を行った。
デンプンの分解:Nutrient agar(栄研)に可溶性デンプンを0.2%加えた培地を用いて14日培養を行った。
アルブチンの分解:アルブチン 5g、酵母エキス (Difco) 5g、Agar 15gを含有する培地1000mLにシャーレ一枚(20mL)当り1% クエン酸第二鉄アンモニウム3滴を添加した培地を用いて2日培養を行った。
MacConkey寒天での生育:マッコンキー寒天培地(栄研)を用いて14日培養を行った。
セトリミド寒天での生育:セトリミド寒天培地(日本製薬)を用いて14日培養を行った。
生育温度:トリプトソイ寒天(栄研)の斜面培地を用いて2日培養を行った。なお、10℃、 37℃、 42℃は7日培養を行った。
3-ケトラクトースの生成:酵母エキス (Difco) 1g、Lactose 10g、Agar 15gを含有する培地1000mLを用いて14日培養を行った。
インドールの生成:Tryptone (Difco) 10gを含有する培地1000mLを用いて14日培養を行った。
アピ20NE試験:メーカーの方法に従った。前培養はトリプトソイ寒天(栄研)30℃、 2日培養を行った。
16S rDNAの塩基配列の解析:トリプトソイ寒天(栄研)30℃、2日培養後、DNeasy Tissue kit(キアゲン株式会社)を用いてDNAの調製を行った。MicroSeq Full Gene 16S rDNA Kit (アプライドバイオシステム株式会社)を用いて、16S rDNAのPCR及びシークエンス反応を行い、多重アライメント、近接結合法にて系統樹を作成した。
【0039】
同定結果を以下に示す。
1.形態的特性:本菌体の形状は0.4x1.2〜0.5x3.2μmの桿菌であり、運動性を有する。
2.培養的性質:本菌体をトリプトソイ寒天培地に生育させた場合、そのコロニー形態は、凸状の全縁がなめらかな円形であり、前記コロニーの色は淡黄色である。マックコンケイ(Mac Conkey)寒天培地および、セトリミド寒天培地での生育は認められない。
3.生理学的性質:表1に示した。
4.遺伝学的性質:16S rDNAに基づく系統樹でスフィンゴフィキス・チレンシス等とクラスターを形成する。
【0040】
【表1】

【0041】
上記より、スクリーニングによって得られたジペプチド分解酵素の生産菌は、スフィンゴフィキス・チレンシスNO.0522(Sphingopyxis chilensis NO.0522)であることが判明した。
【0042】
〔実施例3〕(ジペプチド分解活性の測定)
ジペプチド分解活性は、Fru-Val-Hisの分解により生成するFru-Val又はヒスチジンを定量することにより測定できる。ここでは、ヒスチジンを定量する方法を示す。酵素活性1単位(U)を1分間に1μmolのFru-Val-Hisを分解する酵素量と定義した。活性測定に用いる以下の試薬(1)、(2)、(3)、及び基質溶液を調製した。
試薬(1):
PIPES pH6.2(株式会社同仁化学) 100mM
CoCl2(和光純薬工業株式会社) 2mM
Triton X-100(シグマアルドリッチジャパン株式会社) 0.1%
試薬(2):
MOPS pH7.5(株式会社同仁化学) 300mM
4-AA(和光純薬工業株式会社) 2mM
EDTA(株式会社同仁化学) 5mM
Triton X-100(Sigma) 0.1%
NaN3(和光純薬工業株式会社) 0.1%
L-アミノ酸オキシダーゼ(和光純薬工業株式会社) 10U/mL
ペルオキシダーゼ(PO-3、天野エンザイム株式会社) 14.3U/mL
試薬(3):
試薬(2)と20mMフェノールを7:1で混合後、遮光保存。
基質溶液:
Fru-Val-His(株式会社ペプチド研究所)を100mM MOPS緩衝液(pH7.0)で溶解し、40mMの基質溶液を調製した。
【0043】
1. 40mM基質溶液0.02mLと試薬(1)0.16mLを正確に分注・混合し、37℃にて5分間予備加温した。その後、酵素試料液0.02mLを正確に添加・混合後、37℃で反応させた。盲検は酵素試料液の代わりに試薬(1)を0.02mL加えた。10分経過後、試薬(3)0.8mLを正確に添加・混合し、37℃で反応させた。15分経過後、505nmにおける吸光度を測定し、下記の計算式によりジペプチド分解活性を算出した。但し、ΔABS=(As-Ab)≦0.50Absとなるように酵素試料液は試薬(1)で適宜希釈して測定サンプルとして用いた。
下記の計算式の記号及び数値は以下の通りである。
As:試料液の吸光度
Ab:盲検液の吸光度
ΔABS:As-Ab
12.88:キノンダイ色素の505nmにおけるミリモル吸光係数(mmol/L/cm)
10:反応時間(min)
2:H2O2 2分子からキノンダイ色素1分子生成することによる係数
1:光路長(cm)
1.0:反応総液量(mL)
0.02 :反応に供した酵素試料液量(mL)
n:酵素試料液希釈倍率
【0044】
計算式

【0045】
〔実施例4〕(粗酵素液の調製)
スフィンゴフィキス チレンシス NO.0522(Sphingopyxis chilensis NO.0522)をエルリッヒカツオエキス10g(1.0%)、ポリペプトン10g(1.0%)、酵母エキス3g(0.3%)、NaCl 5g(0.5%)を含有する培地1000mL(pH7.0)中、28℃で36時間培養した。ジペプチド分解酵素は菌体内酵素であるため、当該培養液を遠心分離して菌体を回収した。得られた菌体を洗浄後、0.1M MOPS緩衝液(pH7.0)に懸濁し、超音波破砕によって破砕し、遠心分離後の上清を無細胞抽出液として得た。
【0046】
〔実施例5〕(部分精製酵素の調製)
上記の無細胞抽出液を30%〜50%飽和硫安で塩析処理し、遠心分離により塩析沈殿物を得た。該塩析沈殿物を30mM MOPS緩衝液(pH7.0)で溶解後、限外濾過膜(商品名 MICROZA、分画分子量3000、旭化成社株式会社、以下同様)により脱塩濃縮を行った。該濃縮液を、30mM MOPS緩衝液(pH7.0)で平衡化した陰イオン交換樹脂(商品名 DEAE-Sepharose CL-6B、GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社)カラムにジペプチド分解酵素を吸着させ、同じ緩衝液で洗浄した。そして、30mM MOPS緩衝液(pH7.0)及び0.2MNaCl含有30mM MOPS緩衝液(pH7.0)を用いて、NaCl濃度0〜0.2Mの直線濃度勾配法によりジペプチド分解酵素を溶出させ、部分精製酵素を得た。
【0047】
〔実施例6〕(単一酵素の取得)
上記の部分精製酵素溶液を限外濾過膜により濃縮し、0.2M NaCl含有30mM MOPS緩衝液(pH7.0)で平衡化したゲルろ過クロマトグラフィー(商品名Hi Load 16/60 Superdex 200pg、GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社)カラムにチャージし、0.5mL/minの流速で分画し、活性画分を回収した。得られた精製酵素溶液についてNative-PAGEを行い、酵素活性の測定試薬を含むアガロースゲルの上に静置し、ジペプチド分解活性を指標にした活性染色を行った。次いで、活性を示すバンドを切りだして酵素を抽出した。該抽出液の純度をSDS-PAGEで確認した結果、45kDaの付近に単一バンドとして検出し(図 5)、ジペプチド分解酵素の精製酵素を得た。
【0048】
〔実施例7〕(ジペプチド分解酵素の理化学的性質)
上記で得られたジペプチド分解酵素の精製酵素を用い、その理化学的性質を検討した。
【0049】
1.至適pH及びpH安定性の検討
至適pHは、実施例3に記載した試薬(1)のpHを各種緩衝液(pH4-6:0.1M酢酸緩衝液、pH6-7.5:0.1M PIPES緩衝液、pH7.5-8:0.1M TES緩衝液、pH8-9:0.1M Tris緩衝液)に置き換え、pH5-9に調整した以外は実施例3の方法に従って検討した。pH安定性は、ジペプチド分解酵素を各種緩衝液(pH4-6:0.1M酢酸緩衝液、pH6-6.5:0.1M MES緩衝液、pH6.5-7.5:0.1M MOPS緩衝液、pH7.5-8.0:0.1M TES緩衝液、pH8.0-9.0:Tris緩衝液)中で37℃、1時間インキュベートした後、実施例3の方法(37℃、pH6.2)に従って活性を測定した。
ジペプチド分解酵素の至適pHは6.2であり、pH 6.0〜7.0でpH6.2における活性の80%以上の活性を有することが示され(図1)、さらに酵素はpH5.0以上で安定であることが示された(図2)。
【0050】
2.至適温度及び温度安定性の検討
至適温度は、実施例3における第一反応の温度を20〜50℃に変化させて行った以外は、実施例3の方法に従って検討した。温度安定性は、ジペプチド分解酵素を0.1M MOPS緩衝液(pH7.0)に溶解し、20〜50℃で1時間インキュベート後、実施例3の方法に従って酵素活性を測定することにより検討した。その結果、ジペプチド分解酵素の至適温度は45℃であり、35〜45℃の範囲で十分に反応が進行することが示された(図3)。また、酵素は50℃以下で安定に活性を維持するため、高い温度安定性を有していることが示された(図4)。
【0051】
3.分子量(SDS-PAGE)
PhastGel Gradient 10-15(GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社)を用いて、PhastSystem全自動電気泳動装置(GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社)にてPhastSystemのマニュアルに従ってSDS-PAGEを行った。標準タンパクとしてLMW Marker Kit(GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社)を同様に泳動し、分子量を求めた。分子量は、約45k Daであった。
【0052】
4.金属イオン等の酵素活性への影響
実施例3における試薬(1)の代わりに所定濃度の各種金属等(表2)及び0.1% Triton X-100を含んだ100mM PIPES緩衝液pH6.2を使用した以外は、実施例3の方法に従って酵素活性を測定し、金属イオン等による酵素活性への影響について検討した(表2)。Mg2+、Co2+又はZn2+イオンにより活性化され、EDTA又はα、α’-ジピリジルにより活性が阻害された。
【0053】
【表2】

【0054】
〔実施例8〕(精製酵素のN末端及び内部アミノ酸配列の決定)
上記で得られたジペプチド分解分解酵素の精製酵素について株式会社島津製作所プロテオーム解析センターにN末端及び内部アミノ酸配列の解析を依頼し、配列番号3、4、5に示す3つの部分アミノ酸配列を得た。
【0055】
〔実施例9〕(オリゴヌクレオチドプライマーの設計)
配列番号3と4のアミノ酸配列から推定される塩基配列を基に、ポリメラーゼチェーン反応(PCR)に用いるためのプライマー6、7を設計した。各プライマーの塩基配列をそれぞれ配列番号6、7に示した。
【0056】
〔実施例10〕(染色体DNAの調製)
スフィンゴフィキス チレンシス NO.0522(Sphingopyxis chilensis NO.0522)をエルリッヒカツオエキス10g(1.0%)、ポリペプトン10g(1.0%)、酵母エキス3g(0.3%)、NaCl 5g(0.5%)を含有する培地1000mL(pH7.0)中で30℃で16時間培養後、遠心分離により菌体を回収した。この菌体を150mM NaClを含む100mM EDTA pH8.0に懸濁し、Lysozyme(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)を4mg/mL及びRnase A(シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)を20μg/mLとなるように加え、37℃、1時間インキュベートした。
さらに3倍量の1%SDSを含む100mM Tris-塩酸緩衝液pH9.0を加え、均一になるように混合した。これに等量のTE飽和フェノールを加え遠心し上清を回収した。該遠心上清に0.6倍量のイソプロパノールを添加し、−20℃で2時間放置した。遠心後、上清を捨て沈殿を70%エタノールで洗浄し真空乾燥を行うことにより、スフィンゴフィキス チレンシス NO.0522(Sphingopyxis chilensis NO.0522)の染色体DNAを取得した。
【0057】
〔実施例11〕(PCRによるプローブの調製)
プライマー6、7と上記の染色体DNAを用いて、PCRを行った。1mg/mLに調製した染色体DNAをTEバッファーで10倍希釈し、該希釈液1μLに以下の溶液を加えた。
LA Taq (5U/μL) (タカラバイオ社製) 0.5μL
GC バッファー I (タカラバイオ社製) 25μL
dNTP mix 8μL
プライマー6 1μL
プライマー7 1μL
滅菌水 13.5μL
上記溶液を混合後、96℃で30秒、60℃で30秒、72℃で 1分からなる一連の処理を30サイクル行った後、72℃で5分処理し、PCR反応を行った。次いで、アガロース電気泳動を行い、約500bpの断片がPCRにより増幅されたことを確認した。
【0058】
〔実施例12〕(PCR断片のサブクローニング)
上記PCRにより増幅された約500bpの断片をアガロースゲルから切りだし、TaKaRa Easy Trap Kit (タカラバイオ株式会社)を用いて精製した。該断片をT4キナーゼにてリン酸化し、pGEM T Easy vector System(プロメガ株式会社)を用いてTAクローニングした。PCR断片が挿入された該プラスミドの塩基配列を370 DNA Sequencing System(アプライドバイオシステム株式会社)を用いて決定した(配列番号8)。該塩基配列を基にしてプライマー9、10を設計し(配列番号9、10)、前記記載の染色体DNAを用いて、PCRを行った。1mg/mLの染色体DNA溶液をTEバッファーにて10倍希釈し、該希釈液1μLに以下の溶液を加えた。
LA Taq (5U/μL) (タカラバイオ社製) 0.5μL
GC バッファー I (タカラバイオ社製) 25μL
dNTP mix 8μL
プライマー9 1μL
プライマー10 1μL
滅菌水 13.5μL
上記溶液を混合後、96℃で 30秒、 60℃で 30秒、 72℃で 1分からなる一連の処理を30サイクル行った後、72℃で5分処理を行い、PCRを行った。次いで、アガロース電気泳動を行い、約500bp PCR断片をアガロースゲルから切りだし、TaKaRa Easy Trap Kit (タカラバイオ株式会社)を用いて精製した。得られたPCR断片について、DIG-ハイプライム(ロッシュ・ダイアグノスティックス株式会社)を用いてジゴキシゲニン標識を行った。
【0059】
〔実施例13〕(サザンハイブリダイゼーション)
上記にて作製したプローブ(配列番号8)を用いてサザンハイブリダイゼーションを行った。染色体DNAをHindIII、SphI、PstI、XbaI、BamHI、SmaI、KpnI、SacI、EcoRI及びSalIで完全消化したものと、これら制限酵素とEcoRVを組み合わせて完全消化したものを0.8%アガロース電気泳動で分離し、これを0.4 M NaOH条件下にてゼータープローブメンブレン(Bio-Rad株式会社)に転写し、サザンハイブリダイゼーションの膜を作製した。サザンハイブリダイゼーションについては、ハイブリダイゼーションをDIG Easy Hyb(ロッシュダイアグノスティック株式会社)で42℃、16時間行ったのち、0.1% SDS を含む2×SSCで5分間、室温にて洗浄を2回繰り返し、さらに、0.1% SDS を含む0.1×SSCを用いて5分間、68℃にて洗浄を行った。これをアルカリホスファターゼで標識したジゴキシゲニン抗体を用いて検出し、結果から目的遺伝子周辺の制限酵素マップを作製した(図6)。制限酵素マップより、BamHIとEcoRIで完全消化した2.4Kbpの断片中に目的の遺伝子が含まれることより、染色体DNAをBamHIとEcoRIで完全消化したものを0.8%アガロース電気泳動後、2.4Kbp付近の断片をアガロースより回収し、pUC18(タカラバイオ株式会社)プラスミドのBamHI、EcoRIサイトに挿入した。該組換えプラスミドで形質転換した大腸菌(E.coli)JM109(タカラバイオ株式会社)を1000株作製した。得られた形質転換体のコロニーをナイロンメンブレン(ロッシュ・ダイアグノスティックス株式会社)に転写したのち、1.5M NaClを含む0.5M NaOH条件下にてアルカリ固定を行い、コロニーハイブリダイゼーションの膜を作製した。次に、ハイブリダイゼーションをDIG Easy Hyb(ロッシュダイアグノスティック株式会社)で42℃、16時間行ったのち、0.1% SDS を含む2×SSCで5分間、室温にて洗浄を2回繰り返し、さらに、0.1% SDS を含む0.1×SSCを用いて5分間、68℃にて洗浄を行った。これをアルカリホスファターゼで標識したジゴキシゲニン抗体を用いて検出したところポジティブなクローンが数株得られた。該クローンからプラスミドを回収し、370 DNA Sequencing System(アプライドバイオシステム株式会社)用いて塩基配列を決定した。決定したジペプチド分解酵素遺伝子の塩基配列を配列番号1に、また該DNA配列から翻訳されるポリペプチドのアミノ酸配列を配列番号2に示した。該遺伝子は1374bpのコーディング領域を持ち、457個のアミノ酸残基をコードしているものであった。また、塩基配列から予想されるアミノ酸配列は実施例8で決定した精製酵素のN末端及び内部アミノ酸配列を含んでいた。このことから、得られた組換えプラスミドにはジペプチド分解酵素をコードする遺伝子が含まれることが判った。
【0060】
上記の本実施例で明らかになったジペプチド分解酵素遺伝子の塩基配列を基にしてプライマー11、12を構築し(配列番号11、12)、実施例10記載の染色体DNAを用いてPCRを行った。1mg/mLに調製した染色体DNA溶液をTEバッファーで10倍希釈し、該希釈液1μLに以下の溶液を加えた。
LA Taq (5U/μL) (タカラバイオ社製) 0.5μL
GC バッファー I (タカラバイオ社製) 25μL
dNTP mix 8μL
プライマー11 1μL
プライマー12 1μL
滅菌水 13.5μL
上記溶液を混合後、96℃で 30秒、 60℃で 30秒、 72℃で 1分からなる一連の処理を30サイクル行った後、72℃で5分処理を行い、PCRを行った。次いで、アガロース電気泳動を行い、約1400bpのPCR断片をアガロースゲルから切りだし、TaKaRa Easy Trap Kit (タカラバイオ株式会社)を用いて精製した。得られた遺伝子断片についてPagI及びSalIで制限酵素処理し、NcoI及びSalIで制限酵素処理したpTrc99a(GEヘルスケアバイオサイエンス株式会社)に連結し、該プラスミドをpTPRGAと命名した。pTPRGAを用い大腸菌JM109を形質転換し形質転換体の大腸菌JM109(pTPRGA)を得た。
【0061】
〔実施例14〕形質転換体による酵素の生産、活性確認及び酵素の部分精製
大腸菌JM109(pTPRGA)を100μg/mLのアンピシリン及び0.2mMのイソプロピル-β-D(-)-チオガラクトピラノシド(IPTG)を含むLB培地(1%バクトトリプトン、0.5%バクトイーストエキストラクト、1%塩化ナトリウム、pH7.0)100mLにて37℃、20時間振盪培養した。培養後、遠心分離により得られた菌体を回収し、10mLの100mM MOPS緩衝液(pH7.0)に懸濁し、超音波処理にて菌体を破砕した後、遠心分離して得た上清を無細胞抽出液として得た。該抽出液のジペプチド分解活性は、約0.05U/mLであった。
【0062】
大腸菌JM109(pTPRGA)の培養液から調製した無細胞抽出液にジペプチド分解酵素活性の存在が確認されたので、pTPRGAに挿入されている断片がジペプチド分解酵素遺伝子であることが明らかとなった。
【0063】
大腸菌JM109(pTPRGA)の無細胞抽出液を30%〜50%飽和硫安で塩析処理し、塩析沈殿物を回収した。該塩析沈殿物を30mM MOPS緩衝液(pH7.0)に溶解後、限外濾過膜により脱塩濃縮を行った。前記脱塩濃縮液に含まれるジペプチド分解酵素を、30mM MOPS緩衝液(pH7.0)にて平衡化した陰イオン交換樹脂(商品名 DEAE-Sepharose CL-6B、GEヘルスケア バイオサイエンス株式会社)カラムに吸着させ、同じ緩衝液で洗浄した。そして、NaCl含有30mM MOPS緩衝液(pH7.0)を用いて、NaCl濃度0〜0.2Mの直線濃度勾配法によりジペプチド分解酵素を溶出させた。これにより、組換えジペプチド分解酵素の部分精製酵素を得た。
【0064】
〔実施例15〕(ジペプチド分解酵素を用いた糖化ジペプチドの測定)
糖化ヘモグロビンβ鎖ジペプチドのFru-Val-His(株式会社ペプチド研究所)を用いて、糖化ジペプチドの測定を行った。以下の組成から成る試薬B、Cを調製し、本検討を行った。なお、被検体が糖化ジペプチドでプロテアーゼは不要のため、試薬Aからプロテアーゼを除いた試薬Eを調製し用いたが、該試薬Eを用いることなく試薬B、Cのみでも糖化ジペプチドの定量は可能である。また、ジペプチド分解酵素は、実施例6で得られた精製酵素を用いた。
試薬E:
MES pH6.0(株式会社同仁化学) 100mM
CaCl2・6H2O 2mM
Triton X-100(シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)0.1%
NaN3(和光純薬工業株式会社) 0.02%
試薬B:
MOPS pH7.5(株式会社同仁化学) 100mM
Triton X-100(シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)0.1%
NaN3(和光純薬工業株式会社) 0.02%
4-AA(和光純薬工業株式会社) 1.05mM
L-アミノ酸オキシダーゼ(和光純薬工業株式会社) 50U/mL
カタラーゼ(天野エンザイム株式会社) 5U/mL
試薬C:
PIPES pH7.0(株式会社同仁化学) 300mM
Triton X-100(シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)0.1%
NaN3(和光純薬工業株式会社) 0.1%
ジペプチド分解酵素(精製品) 2.4U/mL
CoCl2(和光純薬工業株式会社) 2mM
TOOS(株式会社同仁化学) 5.835mM
ペルオキシダーゼ(PO-3、天野エンザイム株式会社) 16.5U/mL
EDTA(株式会社同仁化学) 5mM
【0065】
40mMの濃度Fru-Val-Hisを調製し、100mM MOPS緩衝液pH7.0で希釈して0.1、0.2、0.4、0.6、0.8mMのFru-Val-His溶液を調製した。該希釈溶液0.01mLに試薬Eを0.04mL添加し、37℃にて5分間反応させた。この反応液に試薬Bを0.1mL添加し、37℃にて10分間反応させた。次にこの反応液に試薬Cを0.9mL添加し、37℃にて反応させ、555nmにおける吸光度を測定し、反応5分後の吸光度の増加量(ΔOD)を求めた。各種濃度のFru-Val-Hisの測定結果を図7に示す。図7から試料中のFru-Val-Hisの濃度と吸光度の増加量との間には直線的な相関のあることが示された。このことから、ジペプチド分解酵素は、Fru-Val-HisをFru-ValとL-ヒスチジンに分解することができること、及び本方法により試料中のFru-Val-Hisを短時間でかつ精度よく測定できることが示唆された。
【0066】
糖化ヘモグロビンβ鎖のペプチドのFru-VHLTPEを用いて、糖化ペプチドの測定を行うことができる。この場合、以下の組成からなる試薬A、B、Cを調製し、試薬AでFru-VHLTPEを分解し、生成したFru-Val-Hisを試薬B、Cで測定できる。
試薬A:
MES pH6.0(株式会社同仁化学) 100mM
CaCl2・6H2O 2mM
Triton X-100(シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)0.1%
NaN3(和光純薬工業株式会社) 0.02%
プロテアーゼ(サーモライシン、大和化成株式会社) 250U/mL
試薬B:
MOPS pH7.5(株式会社同仁化学) 100mM
Triton X-100(シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)0.1%
NaN3(和光純薬工業株式会社) 0.02%
4-AA(和光純薬工業株式会社) 1.05mM
L-アミノ酸オキシダーゼ(和光純薬工業株式会社) 50U/mL
カタラーゼ(天野エンザイム株式会社) 5U/mL
試薬C:
PIPES pH7.0(株式会社同仁化学) 300mM
Triton X-100(シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)0.1%
NaN3(和光純薬工業株式会社) 0.1%
ジペプチド分解酵素(精製品) 2.4U/mL
CoCl2(和光純薬工業株式会社) 2mM
TOOS(株式会社同仁化学) 5.835mM
ペルオキシダーゼ(PO-3、天野エンザイム株式会社) 16.5U/mL
EDTA(株式会社同仁化学) 5mM
【0067】
〔実施例16〕(ジペプチド分解酵素の基質特異性に関する検討)
実施例3におけるジペプチド分解活性の測定における基質を糖化ヘモグロビンβ鎖ジペプチドのFru-Val-Hisから糖化ヘモグロビンα鎖ジペプチドのFru-Val-Leu(フルクトシルバリルロイシン)(株式会社ペプチド研究所)に変更することにより、ジペプチド分解酵素の基質特異性について反応性を確認した。その結果、Fru-Val-Leuを基質として用いた場合のジペプチド分解酵素の活性値はFru-Val-Hisを用いた場合の4.9%であった。次に、実際の測定系での反応性について、実施例15のジペプチド分解酵素を用いた糖化ジペプチドの測定の方法において、0.8mM Fru-Val-His及び0.8mM Fru-Val-Leuを基質に用いて確認した。結果は図8に示した。図8より、Fru-Val-Leuを用いた場合の吸光度変化量について図7を用いてFru-Val-His濃度に換算した場合、0.14mMとなり、用いた基質濃度0.8mMに対して18%の反応性を示す結果となり、ジペプチド分解酵素の糖化ヘモグロビンα鎖ジペプチドのFru-Val-Leuに対する反応性は低いものであることが示唆された。したがって、本発明のジペプチド分解酵素を用いる糖化ヘモグロビンの測定は、糖化ヘモグロビンβ鎖蛋白質に対する特異性が高く、ひいては精度高く測定できるものと思われる。なお、図8中、Fru-VHはFru-Val-His、Fru-VLはFru-Val-Leuである。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】ジペプチド分解酵素の至適pHを示すグラフである。
【図2】ジペプチド分解酵素のpH安定性を示すグラフである。
【図3】ジペプチド分解酵素の至適温度を示すグラフである。
【図4】ジペプチド分解酵素の熱安定性を示すグラフである。
【図5】SDS-PAGEにおけるジペプチド分解酵素の泳動パターンを示す図である。
【図6】スフィンゴフィキス チレンシス NO.0522(Sphingopyxis chilensis NO.0522)の染色体DNAにおけるジペプチド分解酵素遺伝子周辺の制限酵素マップである。
【図7】糖化ジペプチド(Fru-Val-His)の測定結果を示す図である。
【図8】Fru-Val-HisとFru-Val-Leuの反応曲線である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジペプチドに作用し、アミノ酸を生成することを特徴とするジペプチド分解酵素。
【請求項2】
前記ジペプチドが糖化ジペプチドであって、糖化アミノ酸とアミノ酸を生成することを特徴とする請求項1に記載のジペプチド分解酵素。
【請求項3】
前記糖化ジペプチドが糖化ヘモグロビンβ鎖ジペプチドの糖化-Val-Hisであって、糖化アミノ酸が糖化-Valでアミノ酸がヒスチジンであることを特徴とする請求項2に記載のジペプチド分解酵素。
【請求項4】
以下の理化学的性質を有するジペプチド分解酵素。
(1)作用及び基質:ジペプチドに作用し、アミノ酸を生成する。糖化ジペプチドに作用し、糖化アミノ酸とアミノ酸を生成する。
(2)至適pH:6.2で、pH6.0〜7.0ではpH6.2における活性の80%以上の活性を有する。
(3)pH安定性:pH5.0以上で安定である。
(4)至適温度:45℃で、35〜45℃の範囲で十分な反応性がある。
(5)熱安定性:50℃以下で安定である。
(6)分子量:約45k Da(SDS-PAGE)
(7)活性化剤及び阻害剤:Mg2+、Co2+又はZn2+イオンにより活性化され、EDTA又はα、α’-ジピリジルにより活性が阻害される。
【請求項5】
スフィンゴフィキス属(Sphingopyxis)の微生物に由来することを特徴とする請求項1
〜請求項4のいずれか1項に記載のジペプチド分解酵素。
【請求項6】
前記スフィンゴフィキス属(Sphingopyxis)の微生物がスフィンゴフィキス チレンシス NO.0522(Sphingopyxis chilensis NO.0522、NITE BP-250)又は当該菌株の変異株に由来することを特徴とする請求項5に記載のジペプチド分解酵素。
【請求項7】
以下の(a)、(b)の蛋白質。
(a)配列表の配列番号2で表されるアミノ酸配列を有する蛋白質。
(b)配列表の配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、かつジペプチド分解活性を有する蛋白質。
【請求項8】
以下の(a)、(b)の蛋白質をコードする遺伝子。
(a)配列表の配列番号2で表されるアミノ酸配列を有する蛋白質。
(b)配列表の配列番号2で表されるアミノ酸配列において、1若しくは複数個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列を有し、かつジペプチド分解活性を有する蛋白質。
【請求項9】
以下の(a)、(b)又は(c)のDNAからなる遺伝子。
(a)配列表の配列番号1で表される塩基配列を有するDNA。
(b)配列表の配列番号1で表される塩基配列において、1若しくは複数個の塩基が欠失、置換若しくは付加された塩基配列を有し、かつジペプチド分解活性を有する蛋白質をコードしているDNA。
(c)配列表の配列番号1で表される塩基配列を有するDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズし、かつジペプチド分解活性を有する蛋白質をコードしているDNA。
【請求項10】
請求項8又は請求項9に記載の遺伝子を含有することを特徴とする組換えベクター。
【請求項11】
請求項10に記載の組換えベクターにより宿主細胞が形質転換されてなることを特徴とする形質転換体又は形質導入体。
【請求項12】
前記宿主細胞が大腸菌又はシュードモナス属の微生物であることを特徴とする請求項11に記載の形質転換体又は形質導入体。
【請求項13】
スフィンゴフィキス属(Sphingopyxis)の微生物を培養し、請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載のジペプチド分解酵素を生成させ、該ジペプチド分解酵素を採取することを特徴とするジペプチド分解酵素の製造方法。
【請求項14】
前記スフィンゴフィキス属(Sphingopyxis)の微生物がスフィンゴフィキス チレンシス NO.0522(Sphingopyxis chilensis NO.0522、NITE BP-250)又は当該菌株の変異株であることを特徴とす請求項13に記載のジペプチド分解酵素の製造方法。
【請求項15】
請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載のジペプチド分解酵素を生産する微生物であることを特徴とするスフィンゴフィキス チレンシス NO.0522(Sphingopyxis chilensis NO.0522、NITE BP-250)。
【請求項16】
糖化ジペプチドを含有する被検体に、請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載のジペプチド分解酵素又は請求項7に記載の蛋白質を作用させることを特徴とする糖化アミノ酸とアミノ酸の生成方法。
【請求項17】
前記糖化ジペプチドが糖化ヘモグロビンβ鎖ジペプチドの糖化-Val-Hisであることを特徴とする請求項16に記載の糖化アミノ酸とアミノ酸の生成方法。
【請求項18】
糖化蛋白質又は糖化ペプチドを含有する被検体に、プロテアーゼと請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載のジペプチド分解酵素又は請求項7に記載の蛋白質を作用させることを特徴とする糖化アミノ酸とアミノ酸の生成方法。
【請求項19】
前記糖化蛋白質が糖化ヘモグロビンβ鎖蛋白質であり、糖化ペプチドが糖化ヘモグロビンβ鎖蛋白質の分解物であることを特徴とする請求項18に記載の糖化アミノ酸とアミノ酸の生成方法。
【請求項20】
請求項16〜請求項19のいずれか1項に記載の生成方法によって生成したアミノ酸を、該アミノ酸を分解する物質を加えて分解し定量することを特徴とする糖化蛋白質、糖化ペプチド又は糖化ジペプチドの測定方法。
【請求項21】
アミノ酸を分解する物質がデヒドロゲナーゼ又はオキシダーゼであることを特徴とする
請求項20に記載の糖化蛋白質、糖化ペプチド又は糖化ジペプチドの測定方法。
【請求項22】
前記オキシダーゼがアミノ酸オキシダーゼであることを特徴とする請求項21に記載の
糖化蛋白質、糖化ペプチド又は糖化ジペプチドの測定方法。
【請求項23】
請求項16〜請求項19のいずれか1項に記載の生成方法によって生成した糖化アミノ酸を、オキシダーゼを用いて定量することを特徴とする糖化蛋白質、糖化ペプチド又は糖化ジペプチドの測定方法。
【請求項24】
前記オキシダーゼがフルクトシルアミノ酸オキシダーゼであることを特徴とする請求項23に記載の糖化蛋白質、糖化ペプチド又は糖化ジペプチドの測定方法。
【請求項25】
請求項20〜請求項24のいずれか1項に記載の測定方法を実施するために用いることを特徴とする試薬組成物。
【請求項26】
プロテアーゼ活性を有する物質を含む試薬A、前記試薬Aのプロテアーゼ活性により生成したアミノ酸を消去する物質を含む試薬B及び請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載のジペプチド分解酵素又は請求項7に記載の蛋白質と前記ジペプチド分解酵素又は前記蛋白質により分解された糖化アミノ酸又はアミノ酸を分解する物質とを含む試薬Cの内、少なくとも試薬Bと試薬Cを備えてなることを特徴とする請求項25に記載の試薬組成物。
【請求項27】
プロテアーゼ活性を有する物質を含む試薬A、前記試薬Aのプロテアーゼ活性により生成したアミノ酸を消去する物質を含む試薬B、請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載のジペプチド分解酵素又は請求項7に記載の蛋白質を含む試薬C及び前記ジペプチド分解酵素又は前記蛋白質により分解された糖化アミノ酸又はアミノ酸を分解する物質を含む試薬Dの内、少なくとも試薬Bと試薬Cと試薬Dを備えてなることを特徴とする請求項25に記載の試薬組成物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−125368(P2008−125368A)
【公開日】平成20年6月5日(2008.6.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−310597(P2006−310597)
【出願日】平成18年11月16日(2006.11.16)
【出願人】(000216162)天野エンザイム株式会社 (26)
【Fターム(参考)】