説明

新規イタコン酸糖誘導体及びその製造方法

【課題】糖含有ポリマーの原料として、イタコン酸糖誘導体を、安全性の高い含水有機溶媒中で短時間で製造する方法を提供する。
【解決手段】無水イタコン酸とアミノ糖を反応させることにより、一般式(I)で表されるイタコン酸糖誘導体を得る方法、及び該誘導体。また、それらをラジカル重合させることにより、イタコン酸糖誘導体のポリマーが得られる。式中、Rは式(II)、式(III)の
基を示し、R'はH、グルコース残基、セロビオース残基を示す。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、側鎖に糖残基を有するポリマーの製造に用いられる新規なイタコン酸糖誘導体、その製造方法、及びそれから得られるポリマーに関する。
【背景技術】
【0002】
石油由来の合成高分子は、日常生活においてその利便性から極めて多様な分野において使用されている。しかしながら、近年、環境問題及び自然保護の観点から、天然由来の原料を用いた環境に優しい生分解性プラスチックや生体模倣材料が求められるようになった。天然に存在する糖類は地球上で最も多く生産される有機物であるが、例えばセルロースは大部分が微生物や酵素によって分解され、利用されている部分はごくわずかである。今後の循環型社会の展開においては、糖類は生分解性プラスチックや生体模倣材料の原料として有用であると考えられる。
【0003】
非特許文献1にあるように、還元末端を有するオリゴ糖とアジピン酸ジビニルとの酵素触媒反応によって得られるポリビニルアルコール主骨格の生分解性糖含有ポリマーが文献に報告されているが、酵素反応時、ジメチルスルホキシドやジメチルホルムアミド等の有機溶媒が必要で、かつ長時間の反応となるため、操作が繁雑で、短時間で糖鎖ポリマーを得ることは困難であった。
他に、糖含有ポリマーとしては、アミノ糖と不飽和基を有するカルボン酸からなるアミドをモノマーとして重合したものが報告されており、かかる化合物としては、特許文献1及び2や非特許文献2〜4に開示されているが、不飽和基を有するカルボン酸がイタコン酸である化合物については述べられていない。
【特許文献1】特開平3−236395号
【特許文献2】特開平8−245681号
【非特許文献1】高分子論文集2000年57巻629頁
【非特許文献2】Makromol.Chem.1987年188巻1217頁
【非特許文献3】J.Carbohydr.Chem.1989年8巻597頁
【非特許文献4】Macromolecules1997年30巻2016頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、新規なイタコン酸糖誘導体、その製造方法、及びそれらを重合して得られるポリマーを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、かかる課題を解決するため鋭意研究の結果、無水イタコン酸とアミノ糖を反応させることにより、糖にラジカル重合可能な不飽和結合を導入することができることを見い出し、本発明を完成するに至った。
すなわち本発明は、第一には、下記一般式(I)(式中、Rは一般式(II)または一般式(III)(式中、R'は水素原子、グルコース残基またはセロビオース残基を表す。)で示される残基を、Xは水素原子またはアルカリ金属原子を表す。)で表される新規なイタコン酸糖誘導体に係るものである。
第二には、無水イタコン酸と一般式(IV)(式中、Rは一般式(II)または一般式(III)(
式中、R'は水素原子、グルコース残基またはセロビオース残基を表す。)で示される残
基を表す。)で表されるアミノ糖を、アルカリ存在下において含水有機溶媒中で反応させることを特徴とする、一般式(I)で表されるイタコン酸糖誘導体の製造方法に係るものである。
第三には、一般式(V)(式中、Rは一般式(II)または一般式(III)(式中、R'は水素原子、グルコース残基またはセロビオース残基を表す。)で示される残基を、Xは水素原子またはアルカリ金属原子を、nは2以上の整数を表す。)で表されるイタコン酸糖誘導体のポリマーに係るものである。
【0006】
【化11】

【化12】

【化13】

【化14】

【化15】

【発明の効果】
【0007】
本発明によると、天然由来のグルコサミン及びセロビオシルアミンなどの分子内にアミノ基を有するアミノ糖を無水イタコン酸と反応させることにより、簡便に高収率で、ラジカル重合可能な不飽和結合を有する新規なイタコン酸糖誘導体を得ることができる。これらのイタコン酸糖誘導体は、ラジカル重合によりイタコン糖酸誘導体ポリマーを得ることができるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の提供するイタコン酸糖誘導体としては、イタコニル−グルコサミンまたはそのアルカリ金属塩(一般式(VI)、X:水素原子またはアルカリ金属原子)、イタコニル−グルコシルアミンまたはそのアルカリ金属塩(一般式(VII)、R':水素原子)、イタコニル−セロビオシルアミンまたはそのアルカリ金属塩(一般式(VII)、R':グルコース残基)、イタコニル−セロトリオシルアミンまたはそのアルカリ金属塩(一般式(VII)、R':セロビオース残基)が挙げられる。
アルカリ金属としては、ナトリウム、カリウム等が挙げられる。
【0009】
【化16】

【化17】

【0010】
イタコン酸糖誘導体の原料としては、無水イタコン酸とアミノ糖が用いられる。
用いられるアミノ糖としては、2−アミノ糖であるグルコサミン、1−アミノ糖であるグルコシルアミン、セロビオシルアミン、セロトリオシルアミン等が挙げられる。1−アミノ糖は公知の方法(例えば、J. Carbohydr. Chem.1989年8巻597頁)により対応する糖から容易に製造できる。例えば、セルロースの構成単位であるセロビオースのアミノ化によってセロビオシルアミンが得られる。
反応は、アミノ糖の水溶液にアルカリを加えて溶液をアルカリ性に保ち、0℃〜室温下で、無水イタコン酸を適当な溶媒に溶解した溶液を加え、3〜12時間程度室温で撹拌することにより実施される。
アルカリとしては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等が例示される。使用できる溶媒としては、原料のイタコン酸、糖を溶解でき、反応を阻害しない溶媒であればいずれでもよく、例えば、水、アセトン、メタノール、エタノール等を例示できるが、特に水とアセトンの混合溶媒が好ましい。
反応終了後、イタコン酸糖誘導体反応液を濃縮し、生成物を析出させることにより、または適当な有機溶媒、例えばエタノールなどに注入後、沈殿物として析出させることによ
り、イタコン酸糖誘導体を単離することができる。
【0011】
本発明の提供するイタコン酸糖誘導体のポリマーとしては、イタコニル−グルコサミンのポリマー(一般式(VIII)(式中、Xは水素原子またはアルカリ金属原子を、nは2以上の整数を表す。))、イタコニル−グルコシルアミンのポリマー(一般式(IX)(式中、R'は水素原子を、Xは水素原子またはアルカリ金属原子を、nは2以上の整数を表す。)
)、イタコニル−セロビオシルアミンのポリマー(一般式(IX)(式中、R'はグルコース
残基を、Xは水素原子またはアルカリ金属原子を、nは2以上の整数を表す。))、イタコニル−セロトリオシルアミンのポリマー(一般式(IX)(式中、R'はセロビオース残基
を、Xは水素原子またはアルカリ金属原子を、nは2以上の整数を表す。))が挙げられる。
アルカリ金属としては、ナトリウム、カリウム等が挙げられる。
【0012】
【化18】

【化19】

【0013】
イタコン酸糖誘導体の重合方法としては溶液重合、バルク重合、乳化重合、懸濁重合、塊状重合が挙げられるが、溶液重合が好ましく、用いられる溶媒としては、式(I)で表されるイタコン酸糖誘導体可溶性の極性溶媒、例えば水、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等が例示されるが、特に水が好ましい。本発明において、本発明の目的効果を損なわない範囲で、他のモノマーと共重合させることもできる。共重合できる他のモノマーとしては、アクリル酸モノマー、アクリルアミドモノマーが例示できる。
反応は重合開始剤存在下で実施される。用いられる重合開始剤としては、通常用いられるものが使用でき、例えば、2,2−アゾビスイソブチロニトリル、アゾビスバレロニトリル等の脂肪族アゾ化合物、過酸化ベンゾイル、過酸化ラウロイルなどの有機過酸化物、過硫酸アンモニウム、過硫酸カリウムなどの無機過酸化物等を例示することができる。し
かし、イタコン酸誘導体はアリル化合物であるため、他の化合物に比べて通常用いられる開始剤では重合反応が進みにくく、特に次亜リン酸ナトリウムと過硫酸カリウムを開始剤に用いた系が好ましい。
反応終了後、セルロースチューブ等を用いた透析、分子量分画等を行うことにより、イタコン酸糖誘導体のポリマーを単離することができる。
【実施例】
【0014】
実施例1 イタコン酸のグルコサミン誘導体の調製
グルコサミン塩酸塩 20.0g(92mmol)を水100mlに溶解させた(pH4)。2
M KOH溶液46ml(92mmol)を加えた(pH10)。さらに 2M KOHを6ml(
12mmol)を加えて、反応溶液のpHを11にした。無水イタコン酸 10.76g(96 mmol)をアセトン50mlに溶解して、反応溶液に滴下した。水浴中(5℃)で6時間かき混ぜた。反応終了後、約50mlまで減圧濃縮を行った。析出した白色結晶をろ過し、アセトン50mlで洗浄した。さらにジエチルエーテル50mlで洗浄して、減圧乾燥を行い、白色結晶を得た。
収量10.3g
得られたイタコン酸のグルコサミン誘導体生成物の赤外線吸収スペクトル測定をしたところ(図1)、1650cm-1付近にN−Hの伸縮振動に由来するピークが、1690cm-1付近にC=Oの伸縮振動に由来するピークがそれぞれ確認された。生成物のHPLCにより(図2)、二種類の生成物(a)、(b)が38:62の割合で単離された。
なお、HPLCの条件は以下の通りである。
・使用カラム:Grand120−STC 18−5
・カラムサイズ:4.6mm I.D.×150mm
・溶離液:H2O(TFA 0.1%)
・温度:35℃
・検出器:RI(示差屈折率)、UV(波長210nm)
得られたイタコン酸のグルコサミン誘導体の生分解性試験をISO14851、JIS
K6950に基づき行ったところ、28日で11.1%の生分解度が得られた。
図2の(a)、(b)のピークに相当するフラクションを分取し、溶離液を留去した後、凍結乾燥することにより、両フラクションともに一般式(X)及び一般式(XI)で表される糖骨格のアノマーに由来するβ型、α型のイタコン酸グルコサミン誘導体を38:62の割合で得た。それぞれのフラクションから得られた化合物のプロトン核磁気共鳴スペクトル(D2O)を、図3及び図4に示す。
【0015】
【化20】

【化21】

【0016】
実施例2 イタコン酸のセロビオシルアミン誘導体の調製
セロビオシルアミン(純度70%)1.0g(2.1mmol)を水20 mlに溶解させた(pH10)。2M KOH溶液0.2ml(0.4mmol)を加えてpH11にした。無水イタコン酸0.26g(2.3mmol)をアセトン8mlに溶解して、反応溶液に滴下した。水浴中(5℃)で6時間かき混ぜた。反応終了後、約10mlまで減圧濃縮を行った。エタノール100mlを用いて、再沈を2回行った。得られた再沈物からエタノールを留去後、凍結乾燥を行った。
収量0.2g
得られたイタコン酸のセロビオシルアミン誘導体生成物の赤外線吸収スペクトル測定をしたところ(図5)、1650cm-1付近にN−Hの伸縮振動及びC=Oの伸縮振動に由来するピークが確認された。生成物のHPLCにより(図6)、生成物のピークが単離された。
なお、HPLCの条件は以下の通りである。
・使用カラム:Grand120−STC 18−5
・カラムサイズ:4.6mm I.D.×150mm
・溶離液:H2O(TFA 0.1%)
・温度:35℃
・検出器:RI(示差屈折率)、UV(波長210nm)
図6の主生成物のピークのフラクションを分取し、溶離液を留去した後、凍結乾燥することにより、一般式(VII)(式中、R'はグルコース残基を、Xは水素原子を表す。)で
表されるイタコン酸のセロビオシルアミン誘導体を得た。
HPLCの分取により得られたイタコン酸のセロビオシルアミン誘導体のプロトン核磁気共鳴スペクトル(D2O)を、図7に示す。
得られたイタコン酸のセロビオシルアミン誘導体の生分解性試験をISO14851、JIS K6950に基づき行ったところ、28日で49.5%の生分解度が得られた。
【0017】
実施例3 イタコン酸のグルコサミン誘導体の重合
イタコン酸のグルコサミン誘導体(一般式(VI)、X:水素原子)3.0g(10mmol)と次亜リン酸ナトリウム一水和物1.3g(12mmol)を水8mlに加えて、窒素通気下で95℃に昇温し、ペルオキソ二硫酸カリウム0.35g(1.3mmol)を3回に分けて加え、窒素通気、95℃で12時間反応した。反応終了後、分画分子量1000のセルロースチューブに入れ、3日間透析を行い精製したのち、凍結乾燥し、一般式(VIII)で表されるポリマー0.1gを得た。
得られたポリマーのプロトン核磁気共鳴スペクトルを図8に示す。
【0018】
実施例4 イタコン酸のセロビオシルアミン誘導体の重合
イタコン酸のセロビオシルアミン誘導体(一般式(VII)、R':グルコース残基、X:水素原子)1.00g(2.2mmol)と次亜リン酸ナトリウム一水和物0.26g(2.4mmol)を水8mlに加えて、窒素通気下で95℃に昇温し、ペルオキソ二硫酸カリウム0.07mg(0.3mmol)を3回に分けて加え、12時間反応した。反応終了後、分画分子量1000のセルロースチューブに入れ、3日間透析を行い精製したのち、凍結乾燥し、式(IX)で表されるポリマー0.1gを得た。
得られたポリマーのプロトン核磁気共鳴スペクトルを図9に示す。
【産業上の利用可能性】
【0019】
以上述べてきたように、本発明によると、糖残基を有した不飽和結合をもつ新規なイタコン酸糖誘導体が簡便に製造できる。これらのポリマーは、紙薬品、水処理剤、化粧料、コンクリート混和剤、衛生材料等の原料として、又は金属イオン捕集としての電子材料洗浄剤の原料、あるいは家庭用洗浄剤の原料等として、活用することができる可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】イタコン酸のグルコサミン誘導体生成物の赤外線吸収スペクトルである。
【図2】イタコン酸のグルコサミン誘導体生成物のHPLCクロマトグラムで、(ア)はRI(示差屈折率)検出器を用いたもの、(イ)はUV検出器を用いたものである。
【図3】図2のHPLCクロマトグラムのフラクション(a)から得られた化合物のプロトン核磁気共鳴スペクトル(D2O)である。
【図4】図2のHPLCクロマトグラムのフラクション(b)から得られた化合物のプロトン核磁気共鳴スペクトル(D2O)である。
【図5】イタコン酸のセロビオシルアミン誘導体生成物の赤外線吸収スペクトルである。
【図6】イタコン酸のセロビオシルアミン誘導体生成物のHPLCクロマトグラムで、(ア)はRI(示差屈折率)検出器を用いたもの、(イ)はUV検出器を用いたものである。
【図7】図6のHPLCクロマトグラムの生成物フラクションから得られた化合物のプロトン核磁気共鳴スペクトル(D2O)である。
【図8】イタコン酸のグルコサミン誘導体のポリマーのプロトン核磁気共鳴スペクトルである。
【図9】イタコン酸のセロビオース誘導体のポリマーのプロトン核磁気共鳴スペクトルである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式(I)(式中、Rは一般式(II)または一般式(III)(式中、R'は水素原子、グルコース残基またはセロビオース残基を表す。)で示される残基を、Xは水素原子またはアルカリ金属原子を表す。)で表される新規イタコン酸糖誘導体。
【化1】

【化2】

【化3】

【請求項2】
無水イタコン酸と一般式(IV)(式中、Rは一般式(II)または一般式(III)(式中、R'は水素原子、グルコース残基またはセロビオース残基を表す。)で示される残基を表す。)で表されるアミノ糖を、アルカリ存在下において含水有機溶媒中で反応させることを特徴とする、一般式(I)(式中、Rは前述したものと同意義を示し、Xは水素原子またはアルカリ金属原子を表す。)で表されるイタコン酸糖誘導体の製造方法。
【化4】

【化5】

【化6】

【化7】

【請求項3】
一般式(V)(式中、Rは一般式(II)または一般式(III)(式中、R'は水素原子、グルコース残基またはセロビオース残基を表す。)で示される残基を、Xは水素原子またはアルカリ金属原子を、nは2以上の整数を表す。)で表されるイタコン酸糖誘導体のポリマー。
【化8】

【化9】

【化10】


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2007−126420(P2007−126420A)
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−322461(P2005−322461)
【出願日】平成17年11月7日(2005.11.7)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年5月10日 社団法人高分子学会発行の「高分子学会予稿集 54巻1号」に発表
【出願人】(000142252)株式会社興人 (182)
【出願人】(502451982)
【出願人】(505295477)
【Fターム(参考)】