説明

新規バクテリオシンを生産する乳酸菌及びそれを用いたサイレージ・発酵TMR飼料の製造方法

【課題】 長期貯蔵が可能であり且つ良質な発酵飼料(サイレージ、発酵TMR飼料)を、微生物を利用して製造する技術、を提供することを目的とする。また、これによって、廃棄率の低減とコスト削減に繋がる発酵飼料の製造技術、を提供することを目的とする。
【解決手段】 優れたバクテリオシン生産能(発酵飼料中の有害微生物の増殖に対して優れた抑制作用)を有し、且つ、良質な発酵飼料の製造に適した性質、を有する乳酸菌株、;を提供する。また、前記菌株を含有してなる発酵飼料製造用の微生物製剤、;前記菌株を添加することを特徴とする、長期貯蔵が可能であり且つ良質な発酵飼料(詳しくは、サイレージ、発酵TMR飼料)の製造方法、;を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れたバクテリオシン生産能(発酵飼料中の有害微生物の増殖に対して優れた抑制作用)を有し、且つ、良質な発酵飼料の製造に適した性質、を有する乳酸菌株に関する。
また本発明は、前記菌株を含有してなる発酵飼料製造用の微生物製剤、;前記菌株を添加することを特徴とする、長期貯蔵が可能であり且つ良質な発酵飼料(詳しくは、サイレージ、発酵TMR飼料)の製造方法、;に関する。
【背景技術】
【0002】
日本において、牧草・飼料作物など粗飼料の生産量の約70%以上が、サイレージに調製・加工されている。
しかし、飼料作物・牧草の‘自然発酵’に依存して調製されたサイレージの一部は、乳酸含量が低く、劣質となる酪酸型・酢酸型のものが多く、その嗜好性・採食量が優れたものではない。また、サイレージの調製・貯蔵過程において、カビの発生や劣質な発酵により、ロールを廃棄するケースが少なくない。
また、「発酵TMR飼料」においても、資源循環型社会の構築および環境負荷の低減などの観点から、低・未利用飼料資源を有効に活用した高品質の飼料の調製技術(発酵技術)が求められてきた。
【0003】
また、これまでのサイレージ調製に関する研究として、古くからの細切や圧密などによる嫌気条件の保持、ビートパルプなどを添加する材料草の水分の調整、糖蜜などを添加する材料草糖含量の補充などの調製技術が世界的に普及されてきた。
近年、サイレージ調製の分野にも、発酵スターターとしての乳酸菌製剤や繊維分解酵素セルラーゼが応用されるようになり、それらによるサイレージの発酵品質の改善効果が次第に広く認知されるようになってきた。
サイレージ発酵の発酵スターターとして乳酸菌製剤を用いることによって、サイレージの発酵品質の改善効果が認められる(非特許文献1〜3、特許文献1,2参照)。これらの乳酸菌は、サイレージ発酵において作られた乳酸によりpHが低下させ、一部腐敗菌を押さえ、サイレージを保存する仕組みになっている。
しかしながらサイレージ発酵において、発酵飼料の品質を劣化させる原因菌である有胞子の酪酸菌やバチルスは、耐酸性に強いため、乳酸菌により作られた乳酸だけでは、サイレージや発酵TMR飼料の品質の改善に十分な効果を発揮できなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−42647号公報
【特許文献2】特開2007−82468号公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】蔡義民(2001.12)サイレージ乳酸菌の役割と高品質化調製. 日本草地学会誌 47(5): 527-533.
【非特許文献2】蔡義民(2007.3.31)プロバイオティック機能を有するサイレージの調製。新しい畜産技術−近未来編−。p70-71.
【非特許文献3】蔡義民(2006.3.1)サイレージ調製における微生物研究利用. 畜産の研究60(3):369-375.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記課題を解決し、長期貯蔵が可能であり且つ良質な発酵飼料(サイレージ、発酵TMR飼料)を、微生物を利用して製造する技術、を提供することを目的とする。
また、これによって本発明は、廃棄率の低減とコスト削減に繋がる発酵飼料の製造技術、を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、サイレージ発酵過程において、有害微生物(発酵飼料の腐敗を促進する微生物、発酵飼料の品質低下の原因微生物、病原性微生物など)の増殖を顕著に抑制し、品質向上に有用な乳酸菌の増殖を促進することで、発酵飼料の長期貯蔵性と品質が向上できるのではないかと考えた。
そして本発明者は、‘有害微生物の増殖抑制作用に優れた乳酸菌’を利用することに着目した。
【0008】
(1)まず、発酵飼料中の有害微生物に対して広い抗菌スペクトルを有する乳酸菌のスクリーニングを行った。そして、生産するバクテリオシン、生理生化学性状などを解析した。その結果、3種類ものバクテリオシンを生産する能力(有害微生物の増殖に対して優れた抑制作用)を有し、且つ、良質な発酵飼料の製造に適した性質、を有する乳酸菌株を見出した。また、3種類のバクテリオシンのうちの1つは、相同なペプチドの報告がなく完全に新規の分子種であることが明らかになった。
(2)この乳酸菌株を、発酵飼料原料(特にサイレージ原料である飼料作物や牧草、発酵TMR飼料原料)に添加してサイレージ発酵を行うことで、発酵飼料中の有害微生物の増殖を抑制し、乳酸菌(当該乳酸菌株)を大幅に増殖できることを見出した。そして、得られた発酵飼料は、長期貯蔵が可能であり且つ良質な発酵飼料であることが示された。
本発明は、これらの知見に基づいて完成したものである。
【0009】
即ち、請求項1に係る本発明は、Enterocin L50A、Enterocin L50BおよびEnterocin ITの生産能を有し、且つ、耐酸性、並びに、優れた乳酸発酵能を有する乳酸菌株「エンテロコカス・フェシウム(Enterococcus faecium)NAS62菌株(NITE P-781)」、もしくは、前記NAS62菌株と前記菌学的性質の点で同一の性質を有する「エンテロコカス・フェシウム(Enterococcus faecium)に属する乳酸菌」に関するものである。
請求項2に係る本発明は、前記菌株が、発酵飼料中の有害微生物の増殖に対して優れた抑制作用を有するものである、請求項1に記載の菌株に関するものである。
請求項3に係る本発明は、発酵飼料用原料に請求項1又は2に記載の菌株を添加することを特徴とする、発酵飼料の製造方法に関するものである。
請求項4に係る本発明は、前記発酵飼料用原料が、サイレージ用原料又は発酵TMR飼料用原料である、請求項3に記載の発酵飼料の製造方法に関するものである。
請求項5に係る本発明は、請求項1又は2に記載の菌株を含有してなる発酵飼料製造用の微生物製剤に関するものである。
請求項6に係る本発明は、配列番号3に記載のアミノ酸配列を含むバクテリオシンに関するものである。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、‘有害微生物の増殖に対して優れた抑制作用を有し’且つ‘良質な発酵飼料の製造に適した’微生物、を提供することを可能とする。また、前記微生物を含有してなる発酵飼料製造用の微生物製剤を提供することを可能とする。
これにより本発明は、有害微生物(発酵飼料の腐敗を促進する微生物、発酵飼料の品質低下の原因微生物、病原性微生物など)が低減され、乳酸菌が増殖した発酵飼料を製造することを可能とする。そして、‘長期貯蔵が可能であり’且つ‘良質な’(低pHであり、乳酸含量が多く、アンモニア態窒素含量が低い)発酵飼料(サイレージ、発酵TMR飼料)を、製造することを可能とする。
また、本発明は、家畜の採食性と安全性の高い発酵飼料を製造することを可能とする。
【0011】
これらにより本発明は、廃棄率の低減とコスト削減に繋がる発酵飼料の製造技術、を提供することを可能とする。
また、本発明は、抗菌性を有するポリペプチド(バクテリオシン)を提供することを可能とする。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【図1】実施例1で分離された、NAS62菌株の写真像図である。
【図2】実施例1における、クロマトグラフィーによるバクテリオシンの分離結果を示す図である。
【図3】実施例1における、3種類のバクテリオシンのアミノ酸配列および修飾基を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、優れたバクテリオシン生産能(発酵飼料中の有害微生物の増殖に対して優れた抑制作用)を有し、且つ、良質な発酵飼料の製造に適した性質、を有する乳酸菌株に関する。
また本発明は、前記菌株を含有してなる発酵飼料製造用の微生物製剤、;前記菌株を添加することを特徴とする、長期貯蔵が可能であり且つ良質な発酵飼料(詳しくは、サイレージ、発酵TMR飼料)の製造方法、;に関する。
【0014】
<新規乳酸菌株>
本発明における前記新規の乳酸菌株とは、優れたバクテリオシン生産能(発酵飼料中の有害微生物の増殖に対して優れた抑制作用)を有し、且つ、良質な発酵飼料の製造に適した性質、を有するものである。
当該菌株としては、特に「エンテロコカス・フェシウム(Enterococcus faecium)NAS62菌株(NITE P-781)」を挙げることができる。
【0015】
NAS62菌株の菌学的性質の特徴としては、まず「優れたバクテリオシン生産能」を挙げることができる。
ここで、優れたバクテリオシン生産能とは、具体的には3種類のバクテリオシンであるEnterocin L50B、Enterocin L50A、Enterocin ITを同時に生産する能力のことである。
NAS62菌株は、これら生産したバクテリオシンによって、「発酵飼料中の有害微生物に対して優れた増殖抑制作用」を有するものである。
なお、ここで有害微生物とは、‘発酵飼料の腐敗を促進する微生物’である大腸菌等の好気性細菌、酵母、カビ等の真菌性の菌類、;‘発酵飼料の品質を低下させる原因微生物’であるバチルス、酪酸菌等、;‘家畜の病原性微生物’であるサルモネラ等、を指すものである。
【0016】
3種類のバクテリオシンであるEnterocin L50B、Enterocin L50A、Enterocin ITは、優れた抗菌活性を有するポリペプチド性の物質である。
特に、Enterocin L50BとL50Aは、前記発酵飼料中の多くの微生物に対して抗菌活性を示し、広い抗菌スペクトルを有するものである。なお、Enterocin ITは、Enterococcus faeciumおよびその近縁なものに、強い抗菌活性を示すものの、他の菌にはほとんど抗菌性を示さず、狭い抗菌スペクトルを有するものである。
詳しくは、Enterocin L50Bは、配列番号1に示されたアミノ酸配列のN末端がフォルミル基修飾されたポリペプチドである。また、Enterocin L50Aは、配列番号2に示されたアミノ酸配列のN末端がフォルミル基修飾されたポリペプチドである。また、Enterocin ITは、配列番号3に示されたアミノ酸配列のポリペプチドである。なお、Enterocin ITは、相同性を有するポリペプチドが存在しないことから、完全に新規のバクテリオシンである。
また、これらのバクテリオシンとしては、同様の抗菌スペクトル(具体的には表2と同様の抗菌スペクトル)を有するものであれば、各種修飾基であるフォルミル基、リン酸基、メチル基、アセチル基などを有するものや、グルコシド結合による糖鎖修飾されたもの、前記配列番号のアミノ酸配列に数個以内の置換、付加、欠失があるアミノ酸配列であっても、これら各バクテリオシンと同一の分子種と扱うことができる。
【0017】
また、NAS62菌株の菌学的性質として、「良質な発酵飼料の製造に適した性質」を挙げることができ、具体的には、‘耐酸性’と‘優れた乳酸発酵能’を有するものである。なお、NAS62菌株は、嫌気条件での生育能を指すものであり、通常の発酵飼料の発酵が嫌気条件で行われることから必須の性質である。
ここで、‘耐酸性’‘優れた乳酸発酵能’は、良質な発酵飼料(低pHであり、乳酸や有機酸を多く含む)を製造する上で必須な性質である。また、優れた乳酸発酵能としては、効率の良いホモ発酵型乳酸発酵能、代謝性の高いL型乳酸生成能を有するものである。
【0018】
また、NAS62菌株以外の菌株であっても、NAS62菌株と前記した菌学的性質の点で同一の性質を有する「エンテロコカス・フェシウム(Enterococcus faecium)に属する乳酸菌」であれば、別途に分離された菌株であっても、本発明の菌株として用いることができる。
また、特には、配列表の配列番号4に記載の16SrDNAと同一の塩基配列を有するものを用いることができる。
【0019】
なお、当該菌株の分離方法としては、発酵飼料の原料や発酵飼料(具体的には、牧草・飼料作物サイレージ)などの分離源の希釈液を寒天培地に塗布し、嫌気条件で菌株を分離培養した後、培養液の抗菌スペクトル、生理生化学的性質などを調べることで、選抜することができる。
【0020】
<発酵飼料の製造方法>
本発明においては、前記新規乳酸菌株を、発酵飼料原料に添加することが必須である。
添加の方法としては、原料中に偏りなく、好ましくは均一になるように行うことが望ましい。例えば、菌株を水や培養液等に溶いて(懸濁や混和して)噴霧する方法、混合攪拌する方法、などで行うことができる。
添加する菌株の量としては、原料1kgに対して106〜1010菌数レベル、好ましくは107〜109菌数レベル(具体的には108菌数レベル程度)、で添加することが望ましい。
菌株の添加時期は、サイレージ発酵を開始する前に行うことが望ましいが、サイレージ発酵の途中の段階で添加を行ってもよい。
なお、当該新規乳酸菌株に加えて、別途他の有用な微生物(例えば、硝酸塩や亜硝酸塩の低減作用を有する微生物、家畜の整腸作用を有するプロバイオティック微生物など)を添加してもよい。
【0021】
本発明に用いることができる発酵飼料原料としては、サイレージ原料である牧草や飼料作物(例えば、イタリアンライグラス、スーダングラス、オーチャード、アルファルファ、ソルゴー、トウモロコシ、ソルガムなど)、発酵TMR飼料原料(例えば、濃厚飼料、乾草、ビートパルプ、ビタミン・ミネラル製剤、作物副産物、食品副産物などを混合した原料)、などを挙げることができる。
【0022】
上記発酵としては、通常のサイレージ発酵と同様の条件で行うことができる。例えば、‘サイレージ’を調製する場合は、嫌気条件で、外気温(10〜30℃程度)で30日以上放置することで、発酵させることができる。具体的には、サイロを用いる通常の方法、ロールベールサイレージ法、フレコンバック法、などで行うことができる。
また、‘発酵TMR飼料’を調製する場合には、約40〜70%の水分含量に調製し、嫌気条件で、外気温(10〜30℃程度)で15日以上放置することで、発酵させることができる。具体的には、フレコンバック法、ロールベール法、などで行うことができる。
【0023】
<発酵飼料の性質>
当該サイレージ発酵過程においては、添加した新規乳酸菌株は、飼料中に増殖し、3種類のバクテリオシンを生産する。そのため、上記発酵過程を経て得られた発酵飼料は、前記有害微生物(発酵飼料の腐敗を促進する微生物、発酵飼料の品質低下の原因微生物、病原性微生物など)が大幅に低減されたものとなる。また、乳酸菌(添加した当該菌株)の数は大幅に増加したものとなる。
これによって、発酵飼料中の乳酸含量は高くなり、pHは低下したものとなる。なお、腐敗微生物が抑制されるため、有機物の腐敗分解が抑制される。
【0024】
従って、本発明により製造した発酵飼料(サイレージ、発酵TMR飼料)は、‘長期貯蔵が可能であり’且つ‘良質な’(低pHであり、乳酸含量が多く、アンモニア態窒素含量が低い)ものである。
【0025】
<微生物製剤>
本発明においては、上記新規乳酸菌株を含有してなる微生物製剤の形態にして提供することができる。
微生物製剤の形態としては、上記新規乳酸菌株を凍結乾燥状態にして粉末状の形態、賦型剤等と混ぜて固形にした形態、カプセルに充填する形態、液体アンプルの形態、などを挙げることができる。好ましくは、凍結乾燥製剤の形態が好適である。
また、本発明では、上記新規乳酸菌株に加えて、上記した別途他の有用菌株を混合して含有してなる剤の形態とすることもできる。
【0026】
剤の使用形態としては、直接原料に添加することもできるが、好ましくは、水や培養液等に溶いて(懸濁や混和して)用いることが望ましい。
また、本発明の微生物製剤の使用量としては、原料1kgに対して106〜1010菌数レベル、好ましくは107〜109菌数レベル(具体的には108菌数レベル程度)、で添加することが望ましい。
【実施例】
【0027】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明の技術範囲はこれらにより限定されるものではない。
<実施例1> NAS62菌株の分離と同定
(1)菌株の分離
サイレージ、食品残さ、発酵リキッドおよびブタ・牛腸管から、発酵飼料中の有害微生物の増殖に対して優れた抑制作用を有する乳酸菌株の分離を行った。
まず、これら試料各10gをストマッカ−用ビニール袋(飛竜KN208、旭化成(株)製)に採取し、滅菌した生理食塩水90mlを加えて10倍希釈液とした後、この液をさらに108倍まで希釈した。
これらの希釈液をLactobacilli MRS寒天培地(DIFCO Laboratories, Detroit, USA)、普通寒天培地(日水製薬(株)、日本)及びGYP白亜寒天培地(小崎ら、乳酸菌実験マニュアル、1992)に塗布して、嫌気培養装置を使って嫌気条件にて37℃で2日間培養し分離菌株を得た。
得られた各分離菌株について、Spot-on-lawn法によってバクテリオシン生産乳酸菌のスクリーニングを行った。具体的には、各分離菌株の培養液を、指示菌であるLactococcus lactis RO50とEnterococcus faecium WHE81に滴下して培養し、これら指示菌の増殖抑制作用に優れた乳酸菌株を選抜した。
その結果、上記分離源のうち、イタリアンライグラスサイレージから、優れた抗菌活性を有する乳酸菌株である‘NAS62菌株’を選抜した。
【0028】
(2)菌学的性質
上記の培養物から分離した菌株について、菌学的諸性質や生理的・生化学的性質等を調べた結果を表1に示す。また、分離した菌株の顕微鏡写真を、図1に示す。
【0029】
【表1】

【0030】
図1が示すように、NAS62菌株は、エンテロコカス属の連鎖球菌であることが示された。そして表1が示すように、カタラーゼ陰性で、L(+)乳酸を産生するホモ発酵型の乳酸球菌、L(+)乳酸を産生するホモ発酵型の乳酸菌であった。また、pH4.5まで生育可能であり、耐酸性を有することが示された。
これらのことから、NAS62菌株は、‘良質の発酵飼料の製造に適した性質’(嫌気性、耐酸性、優れた乳酸生成能)を有する乳酸菌株であることが示された。
【0031】
(3)バクテリオシン生産能
次いで、NAS62菌株における、バクテリオシン生産能を詳細に調べるため、上記で抗菌活性を示した培養液上清から、バクテリオシンを精製した。
まず、NAS62菌株を1LのMRS液体培地に接種し、37℃で15時間培養した。4,000rpmで回転遠心して上清を回収し、0.45μmフィルタで濾過した。濾過液をNaOHでpH6に調整して陽イオン交換樹脂(SP-Sepharose HP; 長さ100-mm、内径26-mm [Amersham Biosciences, Orsay, France])にアプライし、0−1M NaClで濃度勾配をかけて溶出して、2つの活性画分αとβを得た。
これらのうちの一方の画分αを、C8逆相HPLCにアプライし、35%アセトニトリルと0.1%トリフルオロ酢酸を含む溶液で洗浄した後、水−アセトニトリルで濃度勾配をかけて溶出した。その結果、図2Aに示すピークが得られたので、メジャーピークであるピーク1と2を分取して、同様のHPLCを行って精製した。ピーク1の結果を図2Bに、ピーク2の結果を図2Cに示す。
また、もう一方の画分βを、C8逆相HPLCにアプライし、20%アセトニトリルと0.1%トリフルオロ酢酸を含む溶液で洗浄した後、水−アセトニトリルで濃度勾配をかけて溶出した。その結果、図2Dに示すメジャーピークであるピーク3が得られた。
これらのことから、この培養液上清には、ピーク1〜3で示す3種類のポリペプチドが存在することが明らかになった。
【0032】
各ピーク1〜3を分取して得た単離精製物は、nanoLC-MS/MSで解析して分子量を測定した。また、ペプチドシーケンサー(473A microsequencer, Applied Biosystems)を用いて、Nターミナルシーケンスを行い、アミノ酸配列を決定した。
結果を図3に示した。なお、図3における「Formyl-」はフォルミル基修飾されたアミノ酸を示す。
その結果、ピーク1が示すものは、分子量が5206Da、配列番号1と図3(1)に示されたアミノ酸配列のポリペプチドであり、そして、図3(1)に示す修飾基を有することが示された。そして、そのアミノ酸配列の類似性から、NAS62菌株における‘Enterocin 50B’であることが明らかになった。
また、ピーク2が示すものは、分子量が5218Da、配列番号2と図3(2)に示されたアミノ酸配列のポリペプチドであり、そして図3(2)に示す修飾基を有することが示された。そして、そのアミノ酸配列の類似性から、NAS62菌株における‘Enterocin 50A’であることが明らかになった。
さらに、ピーク3が示すものは、分子量が6390Da、配列番号3と図3(3)に示されたアミノ酸配列のポリペプチドであることが示された。なお、このアミノ酸配列から、完全に新規のバクテリオシンであることが明らかになったので、‘Enterocin IT’と命名した。
なお、図2において、1´と2´で示したマイナーピークは、Enterocin 50BとEnterocin 50Aのそれぞれが酸化的に脱アミノ化された部位を含むポリペプチドであった。
【0033】
(4)抗菌スペクトル
上記得られた3種類のバクテリオシンについて、抗菌スペクトル調べた。
発酵飼料中に存在するバチルス、乳酸菌、リステリア、黄色ブドウ球菌、大腸菌、サルモネラ、霊菌、緑濃菌、について、表2に示す各指示菌の懸濁液50μLと、精製後のバクテリオシン10μL(約1μg)を、96穴マイクロプレートに注入し、各指示菌の指摘生育温度である30℃または37℃で24時間培養した。
また、対照として、バクテリオシン無添加のものを同様に培養した。
そして、マイクロプレートリーダーを用いて600nmにおける吸光度を連続的に測定、対照との差が、培養期間中最大となった時の値を、抗菌活性を表す値とした。結果を表2に示した。
【0034】
【表2】

【0035】
その結果、Enterocin L50BとL50Aは、発酵飼料中に多く存在する、バチルス、乳酸菌、リステリア、黄色ブドウ球菌、大腸菌、サルモネラ、霊菌、緑濃菌に属する上記菌の全てについて抗菌活性を示すことから、広い抗菌スペクトルを有することが示された。
一方、Enterocin ITは、Enterococcus faeciumおよびその近縁なものに、強い抗菌活性を示すものの、他の菌にはほとんど抗菌性を示さず、狭い抗菌スペクトルを有することが示された。
【0036】
これらのことから、NAS62菌株は、Enterocin L50B、Enterocin L50A、Enterocin ITを生産する能力(優れたバクテリオシン生産能)を有し、発酵飼料中の有害微生物である、腐敗を促進する微生物(大腸菌等の好気性細菌)、発酵飼料の品質低下の原因微生物(バチルス等)、病原性微生物(サルモネラ等)の増殖を抑制することが示された。
【0037】
(5)分子系統解析
選抜したNAS62菌株について、16SrRNA遺伝子の全領域塩基配列を決定して分子系統解析を行った。なお、決定した16SrDNAの塩基配列を配列表(配列番号4)に示す。
【0038】
分子系統解析の結果、NAS62菌株の分子系統位置はEnteorococcus属のクラスターにあり、Enterococcus faeciumとの基準株と最も近縁な系統関係を示した。さらにDNA−DNA相同性試験の結果でも、Enterococcus faeciumと同定された。
この菌株は、基準株と最も近縁な系統関係にあるが、糖類発酵特性等において基準株とバクテリオシン生成能が異なるものであった。そこで、本発明者らはこの菌株を新規菌株種であると判定し、「エンテロコカス・フェシウム(Enterococcus faecium)NAS62」と命名した。なお、この菌株は、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センターに寄託されており、その受託番号は「NITE P-781」である。
【0039】
<実施例2> 発酵飼料の製造と発酵品質
(1)飼料作物サイレージおよび牧草サイレージの製造
まず、NAS62菌株をLactobacilli MRS液体培地(DIFCO Laboratories, Detroit, USA)に接種し、嫌気条件下において30℃で24時間培養し、菌培養液の濃度を1.0×108cfu/ml(1.0×108個/ml)に調整した。
次いで、黄熟期の飼料イネ(品種:はまさり)を、飼料イネ専用型収穫ロールベーラで収穫してロールベール成形し、ラップマシンを使用して密封した。また、出穂期のチモシー・オチャードグラス混播牧草を、牧草用収穫ロールベーラで収穫してロールベール成形し、ラップマシンを使用して密封した。
各ロールベール成形の際には、ロールベーラに装着した自動添加装置(添加用タンクに前記菌培養液が注入してある)によって、NAS62菌株培養液を1ロール当たり1200ml(原料1kgあたり菌の培養液1ml)添加した。そして、野外で90日間貯蔵してサイレージ発酵を行って、‘飼料作物ロールベールサイレージ’および‘牧草ロールベールサイレージ’を製造した。
また、対照として、NAS62菌株を添加しないことを除いては上記と同様として、飼料作物ロールベールサイレージおよび牧草ロールベールサイレージを製造した。
【0040】
(2)発酵TMR飼料の製造
濃厚飼料、乾草、ビートパルプおよびビタミン・ミネラル製剤に、上記NAS62の菌培養液を原料1kgあたり1mL添加して混合し、水分含量は約60%に調整し、野外で15日間貯蔵して発酵TMR飼料を製造した。
また、対照として、NAS62菌株を添加しないことを除いては上記と同様として、発酵TMR飼料を製造した。
【0041】
(3)各種発酵飼料の発酵品質と微生物相
上記で得られた飼料作物サイレージ、牧草サイレージ、発酵TMR飼料について、NAS62菌株の添加の有無による、発酵品質と微生物菌相を調べた。
各ロールベールサイレージは、各処理区毎に5ロールを供試し、分析試料としてロールベールの上段、中段および下段の外層部から中間部までをサンプリングし、ロールベール毎に計3点を品質分析に供した。
また、各発酵TMR飼料は、各処理区毎に5つを供試し、分析試料として発酵TMR飼料の上段、中段および下段までをサンプリングし、発酵TMR飼料毎に計3点を品質分析に供した。
結果を表3に示す。
【0042】
【表3】

nd: 検出されない、 ±:弱陽性
【0043】
その結果、表3が示すように、NAS62菌株を添加することによって、発酵飼料中の有害微生物は大幅に減少する(対照と比べて、好気性細菌が1/13〜1/433、;大腸菌が1/15〜未検出、;糸状菌が未検出になる)ことが示された。
このことから、得られた発酵飼料は、腐敗を促進する微生物(大腸菌やその他の好気性細菌、カビ等の真菌)の増殖が抑制されたものであり、‘長期貯蔵に適したもの’であることが示唆された。また、発酵飼料の品質を低下させる原因微生物や病原性微生物の増殖も抑制されることが示唆された。
【0044】
また、発酵飼料中の乳酸菌が大幅に増殖する(対照と比べて53〜111倍になる)ことが示された。NAS62菌株が生産するバクテリオシンの抗菌スペクトルを鑑みると、この多くはNAS62菌株そのものの増殖であると考えられた。
そして、これによって得られた発酵飼料は、乳酸含量が増加し、pHが低くなり、乳酸以外の各種有機酸やアンモニア態窒素の含量が低下したものであることから、‘発酵飼料は良質である’ことが示された。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明は、サイレージ、TMR発酵飼料の添加剤として、畜産分野において広範な利用が期待される。また、環境にやさしく、安全性にすぐれている。
また、新規サイレージ調製(製造)用添加物として、飼料メーカーへの技術移転が期待される。
【受託番号】
【0046】
NITE P−781

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Enterocin L50A、Enterocin L50BおよびEnterocin ITの生産能を有し、且つ、耐酸性、並びに、優れた乳酸発酵能を有する乳酸菌株「エンテロコカス・フェシウム(Enterococcus faecium)NAS62菌株(NITE P-781)」、もしくは、前記NAS62菌株と前記菌学的性質の点で同一の性質を有する「エンテロコカス・フェシウム(Enterococcus faecium)に属する乳酸菌」。
【請求項2】
前記菌株が、発酵飼料中の有害微生物の増殖に対して優れた抑制作用を有するものである、請求項1に記載の菌株。
【請求項3】
発酵飼料用原料に請求項1又は2に記載の菌株を添加することを特徴とする、発酵飼料の製造方法。
【請求項4】
前記発酵飼料用原料が、サイレージ用原料又は発酵TMR飼料用原料である、請求項3に記載の発酵飼料の製造方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の菌株を含有してなる発酵飼料製造用の微生物製剤。
【請求項6】
配列番号3に記載のアミノ酸配列を含むバクテリオシン。

【図2】
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【図3】
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【図1】
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【公開番号】特開2011−41474(P2011−41474A)
【公開日】平成23年3月3日(2011.3.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−189745(P2009−189745)
【出願日】平成21年8月19日(2009.8.19)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成20年度、農林水産省、「粗飼料多給による日本型家畜飼養技術の開発」委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(501203344)独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 (827)
【Fターム(参考)】