説明

新規微生物及びそれを用いる糖型バイオサーファクタントの製造方法

【課題】化粧品、食品、農畜産業など、生体に対する安全性がより求められる用途に対して、従来よりも適応性に優れた糖型バイオサーファクタントを提供するべく、食用植物から糖型バイオサーファクタントの生産能を有する微生物を単離し、該微生物を用いて、より安全性が求められる用途に適した糖型バイオサーファクタントを製造する。
【解決手段】サトウキビからシュードザイマ チュラシマエンシス(Pseudozyma churashimaensis)に属する微生物を単離した。該微生物は、新種であり、バイオサーファクタントの1種であるマンノシルエリスリトールリピド(MEL)−Aの製造に適している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖型バイオサーファクタントを生産する能力を有するサトウキビから単離した微生物、ならびにその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
糖脂質は、脂質に1〜10数個の単糖が結合した物質であり、生体内において細胞間の情報伝達に関与し、神経系・免疫系の機能維持にも重要な役割を果たしていること等が明らかにされつつある。一方で、糖脂質は、糖の性質に由来する親水性と脂質の性質に由来する親油性の二つの性質を合わせ持つ両親媒性物質であり、このような性質を有する物質は界面活性物質と呼ばれている。
【0003】
一方、一部の微生物はこれらの界面活性物質を効率良く生産することが知られており、この生物由来界面活性剤(バイオサーファクタント)は、安全性が高く、環境に対する負荷が少ない生分解性に優れた環境先進型界面活性剤として研究が進められている。現在、微生物が生産する界面活性物質としては、糖型、アシルペプチド型、リン脂質型、脂肪酸型及び高分子化合物型の5つに分類されているが、特にこの内の糖型の界面活性剤については、最もよく研究され、細菌及び酵母によって生産された多くの種類の物質が報告されている。
【0004】
これらのバイオサーファクタントは、生分解性が高く、低毒性で環境に優しく、新規な生理機能を持つといわれている。このことから、食品工業、化粧品工業、医薬品工業、化学工業、環境分野等にこれらのバイオサーファクタントを幅広く適用することは、持続可能社会の実現と高機能製品の提供という、両面を兼ね備えており極めて有意義である。
【0005】
糖型バイオサーファクタントには、次のようなものが例として挙げられる。
【0006】
ラムノリピド(Rhamnolipid;以下、RLと省略する。)は、結核菌の抗生物質としてシュードモナス アエルジノーサ(Pseudomonas aeruginosa)(緑膿菌)の培養液から最初に発見されている(非特許文献1参照)。
また、これまでにシュードモナス(Pseudomonas)属の細菌から4種類の同族体が報告されており、当初は数g/L程度の生産量であったが、現在では100g/L以上の生産を可能にしている(非特許文献2参照)。
【0007】
トレハロースリピド(Trehalose lipid;以下、TLと省略する。)は、コリネバクテリウム(Corynebacterium)等の細胞表層物質として発見された。また、類似の物質が、マイコバクテリウム(Mycobacterium)、ノカルディア(Nocardia)、ロドコッカス(Rodococcus)属細菌からも報告されている(非特許文献3参照)。
一般的に、細胞壁に結合しているために生産量は低いが、ロドコッカス エリスロポリス(Rodococcus erythropolis)を窒素制限下で培養を行うとサクシノイルトレハロースリピッドを32g/L生産することが報告されている(非特許文献4参照)。
【0008】
ソホロースリピド(Sophorose lipids;「ソホロリピッド」とも言われる;以下、SLと省略する。)は、P.A.Gorinらによってスターメレラ(キャンディダ)・ボンビコーラ(StarmerellaCandidabombicola)の培養液から発見されている(非特許文献5参照)。
その後、その他の酵母菌、例えば、キャンディダ・ボゴリエンシス(Candida bogoriensis)、キャンディダ・マグノリエ(Candida magnoliae)、キャンディダ・グロペンギッセリ(Candida gropengisseri)、キャンディダ・アピコーラ(Candida apicola)によっても、その培養液中に比較的多量に生産されることが報告されている(非特許文献6参照)。
さらに、現在では、300g/L以上の生産を可能にしている(非特許文献7参照)。
【0009】
セロビオースリピド(Cellobiose lipid;以下、CLと省略する。)は、ウスチラジン酸(ustilagic acid)、フロキュロシン(flocculosin)とも呼ばれる抗微生物活性の高い糖脂質である。
また、CLはウスチラゴ マイディス(Ustilago maydis)により15g/L(非特許文献8参照)以上生産されるほか、クリプトコッカス・フミコーラ(Cryptococcus humicola)(非特許文献9参照)、シュードザイマ・フロキュローサ(Pseudozyma flocculosa)(非特許文献10参照)、シュードザイマ・フジフォルメータ(Pseudozyma fusiformata)(非特許文献11参照)などからも生産されることが報告されている。
【0010】
マンノシルエリスリトールリピド(MEL)は、高い界面活性作用を有し、界面活性剤又はファインケミカルの種々の触媒として用いられる。ヒト急性前骨髄性白血病細胞性HL60株にマンノシルエリスリトールリピッドを作用させると顆粒系を分化させる白血病細胞分化誘導作用があり、また、ラット副腎髄質褐色細胞腫由来のPC12細胞にマンノシルエリスリトールリピドを作用させると神経突起の伸長が生ずる神経系細胞株分化誘導作用等の生理活性作用を有する。更に、微生物産生の糖脂質として初めて、メラノーマ細胞のアポトーシスを誘導することが可能となり、癌細胞増殖抑制作用がある。これらの生理作用から見て、マンノシルエリスリトールリピドには抗ガン剤等の医薬としての用途が期待される。また、マンノシルエリスリトールリピド(MEL)には生分解性があり、高い安全性を有すると考えられる(非特許文献12等参照)。
【0011】
MELは、マンノースあるいはヒドロキシル基が一部アセチル化したマンノースと、エリスリトールを糖骨格(親水基)として、1〜3本の脂肪酸を親水基として有する糖脂質である。MELの一般式1を化1に示す。
【化1】

上記一般式1中、R〜Rは、互いに同一であっても異なっていてもよく、水素原子、アセチル基、又は炭素原子数3以上の飽和若しくは不飽和の脂肪酸残基を表す。
この式において、RおよびRがアセチル基である構造物はMEL-A、Rがアセチル基でありRが水素である構造物はMEL-B、Rがアセチル基でありRが水素である構造物はMEL-C、RおよびRが水素である構造物はMEL-Dと定義されている。
【0012】
現在MELは、洗剤、化粧品等幅広い分野で工業利用が進められており、MELの遺伝子導入剤としての利用(特許文献1参照)およびリポソーム形成剤としての利用(特許文献2参照)、MELのスキンケアおよびヘアケア剤としての利用(特許文献3参照)、乳化剤・可溶化剤(特許文献4参照)、タンパク質分離用担体(特許文献5参照)などの報告がある。
【0013】
マンノシルエリスリトールリピド(MEL)については、Candida sp.SY16株を用いて211g/Lの大豆油から200時間で95g/L(生産速度:0.475g/L/h、原料収率:45%)のMELの生産が可能であることが報告されている(非特許文献13参照)。また、Candida antarctica T−34株を用いて大豆油から6日間で47g/L(生産速度:0.32g/L/h)のMELの生産が可能であることが報告されている(非特許文献14参照)。Pseudozyma aphidis株を用いて80質量%の植物油脂から流加培養法により24時間で13.9g/L(生産速度:0.57g/L/h、原料収率:92質量%)のMELの生産が可能であることが報告されている(非特許文献15参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】特開2005−281146号公報
【特許文献2】特開2006−174727号公報
【特許文献3】WO2007/060956
【特許文献4】特開2007−181789号公報
【特許文献5】特開2006−310959号公報
【非特許文献】
【0015】
【非特許文献1】「ジャーナル オブ ザ アメリカン ケミカル ソサイティ(J.Am.Chem.Soc.)」,71巻,p4124−4126(1949).
【非特許文献2】「アプライド マイクロバイオロジー アンド バイオテクノロジー(Appl.Microbiol.Biotechnol.)」,51巻,p22−32(1999).
【非特許文献3】「バイオサーファクタント アンド バイオテクノロジー(Biosurfactant and Biotechnology)」,(米国),マーシャル デッカー インコーポレーション ニューヨーク(Marcel Dekker, New York)(1987).
【非特許文献4】「ジャーナル オブ バイオテクノロジー(J.Biotechnol.)」,(英国),13巻,p257−266(1990).
【非特許文献5】「カナデアン ジャーナル オブ ケミストリー(Can.J.Chem.)」,39巻,p846−855(1961).
【非特許文献6】「ジャーナル オブ バイオテクノロジー(J.Biotechnol.)」,33巻,p147−155(1990).
【非特許文献7】「バイテクノロジー レターズ(Biotechnol.Lett.)」,20巻,p805−807(1998).
【非特許文献8】「アプライド マイクロバイオロジー アンド バイオテクノロジー(Appl.Microbiol.Biotechnol.)」,(ドイツ),スプリンガー−バーラグ(Springer−Verlag),51巻,p33−39(1999).
【非特許文献9】「バイオキミカ エト バイオフィジカ アクタ(Biochimica Biophysica Acta)」,(オランダ),エルゼビア(Elsevier),1558巻,p161−170(2002).
【非特許文献10】「アンチマイクロバイアル・エージェンツ・アンド・ケモセラピー(Antimicrobial Agents and Chemiotherapy)49巻、p1597−1599(2005)
【非特許文献11】「フェムス イースト リサーチ(FEMS YEAST Res.)」,(オランダ),エルゼビア(Elsevier),5巻,p919−923(2005).
【非特許文献12】「ジャーナル オブ バイオサイエンス アンド バイオテクノロジー(Journal of Bioscience and Biotechnology)94巻、p187−201(2002).
【非特許文献13】「アプライド マイクロバイオロジー アンド バイオテクノロジー(Appl.Microbiol.Biotechnol.)」,70巻,p391−396(2006).
【非特許文献14】「バイテクノロジー レターズ(Biotechnol.Lett.)」,14巻,p305−310(1992).
【非特許文献15】「アプライド マイクロバイオロジー アンド バイオテクノロジー(Appl.Microbiol.Biotechnol.)」,68巻,p607−613(2005).
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
バイオサーファクタントには汎用の界面活性剤と比較して環境適合性、生体適合性に優れ、様々な生理活性が認められているが、既存の界面活性剤と同様の幅広い用途に利用されているとはいえず。例えば食品用途等に使用するには制約があった。これは、多くの場合生産微生物に病原性は知られていないものの、自然界からの単離源が明確でないため、安全性に対する知見に乏しいことによる。特に微生物生産物を食品用途等に展開するためには、使用微生物の単離源が重要視される。例えば、酒類やパンの製造に利用される出芽酵母、乳酸菌や枯草菌(納豆菌)等は、食品分野で活躍する微生物として一般的に良く知られている。これらの微生物は全て食品中から容易に単離可能な微生物である。
【0017】
さらに、バイオサーファクタントの生産効率を高め、生産コストの低減を図ることや、新しい機能性を備えた同族体の生産技術を開発して、幅広い用途へ展開するために、新たなバイオサーファクタント生産菌の探索・取得が強く望まれているのが現状である。
【0018】
そこで、食用されている植物から新たに、バイオサーファクタント生産菌を単離し、当該微生物を用いたバイオサーファクタンント製造技術を開発することができれば、得られるバイオサーファクタントは安全性の面で大きな利点を獲得することとなり、生産微生物も含めた生産物全体の適用用途が大きく拡充されるものと期待される。
【0019】
以上事情を鑑みて、本発明では、化粧品、食品、食品添加物、医薬、農畜水産業関連品(飼料、飼料添加物、肥料、農薬、魚餌)、洗剤など、生体に対する安全性がより求められる用途に対して、従来よりも適応性に優れたバイオサーファクタントを提供するべく、安全な環境から単離した微生物、ならびにそれを用いるバイオサーファクタントの発酵製造方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者は、上記課題を解決するため上記バイオサーファクタント生産菌を探索した結果、日常的に食用されている砂糖の原料となる「サトウキビ」から、新種の酵母であるシュードザイマ チュラシマエンシス(Pseudozyma churashimaensis)(Ustilago esculenta)を単離することに成功した。そして、当該酵母がバイオサーファクタントの1種であるマンノシルエリスリトールリピド(MEL)を生産すること、及び既存のMELだけでなく、既存の生産菌ではほとんど生産できないトリアセチルモノアシル型マンノシルエリスリトールリピドを生産できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0021】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
〔1〕トリアセチルモノアシル型マンノシルエリスリトールリピドを生産する能力を有する、シュードザイマ チュラシマエンシス(Pseudozyma churashimaensis)に属する微生物。
〔2〕下記(a)及び(b)で示される菌学的性質を有する上記〔1〕に記載の微生物。
(a)形態学的性質
【表1】

(b)生理学的性質
【表2】

〔3〕シュードザイマ チュラシマエンシス OK−96(受託番号 FERM P-21896)である上記〔1〕または〔2〕に記載の微生物。
〔4〕上記〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の微生物を培養し、得られた培養物あるいは分離菌体からマンノシルエリスリトールリピド−Aを採取することを特徴とする、マンノシルエリスリトールリピドの製造方法。
〔5〕上記〔1〕〜〔3〕のいずれかに記載の微生物を、炭素源として糖類を含有する培地に培養し、得られた培養物からトリアセチルモノアシル型マンノシルエリスリトールリピドを採取することを特徴とする、トリアセチルモノアシル型マンノシルエリスリトールリピドの製造方法。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、古くから広く食される植物であるサトウキビに常在する微生物、より具体的にはシュードザイマ チュラシマエンシス(Pseudozyma churashimaensis)を提供することができる。
当該微生物を生産微生物として用いることにより、得られたバイオサーファクタントの安全性を確保するとともに、これまで利用に制限があった食品用途や家畜飼料、魚餌、農業用途に直接使用できる界面活性剤としての利用が見込まれ、バイオサーファクタントの普及の拡大に著しく貢献できるものと期待される。
【0023】
さらに本発明に係る製造方法によれば、副生物を生じることなく選択的にMEL−Aを生産することができる。すなわち、従来の方法では、精製過程を必要とするMEL−BとMEL−Cを含まないMEL−Aを、微生物の培養のみで得ることが可能となる。特に、油脂等の疎水性基質を用いず、糖質(グルコースやショ糖)のみを炭素源として含有する培地を用いても、MELを生産できるため、MELの単離も簡便となる。さらに、本発明の上記微生物は、トリアセチル型MELを生産する能力を有する。このトリアセチルモノアシル型MELは、MEL−Aに上記定義上属し、その界面活性作用自体は、従来のMEL−A(ジアセチルジアシル型)と大差がないが、特に、トリアセチルモノアシル型MELは脂肪酸が一本であるため、脂肪酸を二本もつ従来のMEL−Aと比べて水分子に対する親和性が向上している。また、分子構造の違いに起因する分子間相互作用の点で差違があり、従来のMEL−Aとは異なるナノ材料としての応用が期待されるものである。
【0024】
以上のように、本発明によれば、MEL−Aのみを生産可能になり、例えば界面活性剤として使用する場合には精製ステップの簡略化が可能であることから、MEL生産コストの低減が可能となる。また、特に上記したトリアセチルモノアシル型MELは、水分子に対する親和性が向上している点、また従来のMEL−Aとは異なるナノ材料としての利用が期待できる点で特筆すべきものである。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】実施例1において、培地に添加する炭素源の種類のMEL生産に対する影響を調べたTLCの結果を示すグラフである。
【図2】実施例1において、培地に添加する炭素源の種類のMEL生産に対する影響を調べたHPLC定量の結果を示すグラフである。
【図3】実施例2において、培養液から抽出直後の糖脂質成分と精製後の糖脂質成分をTLC分析によって解析した図である。
【図4】実施例2において、各糖脂質成分(GL−A,GL−B,GL−C)の1H−NMR解析の結果を示す図である。
【図5】実施例2において、各糖脂質成分(GL−A,GL−B,GL−C)のMALDI−TOF/MS解析の結果を示す図である。
【図6】実施例3において、各濃度の各成分(GL−A,GL−B,GL−C)の表面張力値を方対数グラフにスポットした図である。
【図7】実施例4において、各成分(GL−A,GL−B,GL−C)の自己集合体形成能調べた顕微鏡観察の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明につきさらに詳しく説明する。
〈本発明の微生物〉
本発明に係る微生物は、MELを生産する能力を有するPseudozyma属に属する新種の酵母である。該酵母はマンノシルエリスリトールリピドを生産し、該マンノシルエリスリトールリピドは生理活性が高く実用特性も優れていることから望ましい。また、該酵母は特にトリアセチルモノアシル型MELを産生する点で特徴的な性質を有する。該当する微生物としては、シュードザイマ(Pseudozyma)属に属するOK−96株を挙げることができる。本菌株は、本発明者等が日本国内で採取した植物(サトウキビ)から分離した菌株であり、本菌株は、YM寒天培地、PDB寒天培地および5%麦芽エキス培地上にて25℃4日間培養で、全縁、円錐状、平滑、輝光、湿性でクリーム色から淡桃色のコロニーを形成する。YM液体培地およびPD液体培地、25℃下において、培養3日目に、細胞は楕円形から円筒形であり、極出芽によって増殖する。また、隔壁のある菌糸ならびに偽菌糸の形成が認められる。また、培養一カ月を経過した時点でも、明らかな有性生殖器の形成は認められない。これらの形態学的性質はPseudozyma属の一般的な形態学的特徴と一致し、加えて、Ok−96株は糖発酵性を示さず、窒素源として硝酸塩を資化する点でもPseudozyma属の特徴と一致するので、本菌株はPseudozyma属に帰属する菌株といえる。
【0027】
また、この分離されたOK−96株について、リボゾームRNA遺伝子の26SrDNA−D1/D2領域の塩基配列(rDNA配列)を決定し(配列番号1)、DNAデータベース(DDBJ)にアクセスし、FASTAプログラム(http://www.ddbj.nig.ac.jp/search/fasta-j.html)を用いて相同性検索を行ったところ、シュードザイマ アフィディス(Pseudozyma aphidis)CBS517.83TのrDNA配列と最も高い相同性(99.5%)を示した。しかし、OK−96株のITS1-5,8SrDNA−ITS2領域の塩基配列(配列番号2)については、データベース上において99%以上の相同性を示したものはなく、Ustilago trichophora1334株の8SrDNA−ITS2と94.1%の相同性を示したのが最高であった。各種ジュードザイマ属酵母に対しては、92.6%の相同性(Pseudozyma hubeiensis CBS10077)が最高で、上記シュードザイマ アフィディス(Pseudozyma aphidis)CBS517.83T配列とは90.1%の相同性しか示さなかった。また、OK−96株とシュードザイマ アフィディス(Pseudozyma aphidis)CBS517.83Tとは、その生理性状試験尾の結果、本菌株がエリスリトールを資化せず、エタノールを資化し、ビタミン欠乏培地で生育を示した点で明らかに異なる。これらの点から、本菌株は担子菌門の一種であるシュードザイマ属の新たな種であることが分かり、シュードザイマ チュラシマエンシス(Pseudozyma churashimaensis)OK−96株と命名した。
【0028】
本菌株の形態学的観察結果及び生理性状試験の結果は、以下の表1、表2にまとめて示す。
本菌株は、平成22年1月26日付で独立行政法人産業技術総合研究所特許微生物寄託センター(IPOD)(茨城県つくば市東1−1−3)に受託番号FERM P-21896として寄託されている。
【0029】
(a)形態学的性質
【表1】

【0030】
(b)生理学的性質
【表2】

【0031】
(産生バイオサーファクタント)
本発明の微生物が産生するバイオサーファクタントは、マンノシルエリスリトール(MEL)であり、具体的には、4-O-β-D-mannopyranosyl-erythritolを糖骨格とするMEL−Aであり、MEL−Aとしては、以下の一般式において、RおよびRがアセチル基であって、R及びRが炭素数4以上の飽和または不飽和の脂肪族アシル基である化合物と、R1、およびRがともにアセチル基であって、Rが炭素数3以上の脂肪族アシル基である化合物が挙げられる。
【化2】


本明細書において、ジアセチルジアシル型マンノシルエリスリトールリピド(MEL)とは前者の化合物を意味し、トリアセチルモノアシル型マンノシルエリスリトールリピド(MEL)とは後者の化合物を意味する。
【0032】
本発明の微生物を炭素源として糖類を使用して培養した場合には、培養液中にジアセチルジアシル型マンノシルエリスリトールリピド(MEL)及びトリアセチルモノアシル型マンノシルエリスリトールリピド(MEL)との混合物として蓄積される。両者は界面活性剤の性質には大差はないので、混合物のまま界面活性剤として使用してもよく、また、トリアセチルモノアシル型マンノシルエリスリトールリピド(MEL)の水分子に対する親和性および/または分子間相互作用に着目すれば、さらに、ジアセチルジアシル型マンノシルエリスリトールリピド(MEL)及びトリアセチルモノアシル型マンノシルエリスリトールリピド(MEL)とを分離しても良い。
一方、本発明の微生物を炭素源として油脂類、脂肪酸あるいは脂肪酸エステルを炭素源として培養する場合には、ジアセチルジアシル型マンノシルエリスリトールリピド(MEL)のみが得られる。上記培地の炭素源によって、蓄積されるジアセチルジアシル型マンノシルエリスリトールリピド(MEL)は、そのマンノシル2位の脂肪族アシル基(上記一般式中、R1)の炭素数が若干異なる。
【0033】
〈培地・培養条件〉
本発明の微生物の培養形態は液体培地を用いた回分培養あるいは培養系に炭素源および/または有機窒素源を連続添加する流加培養であり、通気攪拌することが望ましい。培地の初期pHは酸性から中性の範囲であれば特に問題は無いが、3.0−9.0に調整することが好ましく、6.0−8.0に調整することがより望ましい。培養に適した温度範囲は20−30℃、より好ましくは22−27℃である。
【0034】
本発明において、培地は一般的な半合成培地を用いればよいが、ジアセチルジアシル型マンノシルエリスリトールリピド(MEL)及びトリアセチルモノアシル型マンノシルエリスリトールリピド(MEL)の混合物を培養液中に蓄積される場合には、炭素源として糖類を用いる。
一方、ジアセチルジアシル型マンノシルエリスリトールリピド(MEL)のみを培養液中に蓄積させるには、炭素源として油脂類を用いる。
窒素源としては、有機窒素源と無機窒素源を組み合わせて用いることが望ましい。
糖類としては、本願発明の微生物が資化できるものあれば特に限定されるものではないが、例えば、グルコース、ガラクトース、フルクトースなどの単糖類、ショ糖、マルトースなどの二糖類が用いられるが、好ましくはグルコースである。培養初発濃度は10−200g/L、好ましくは50−150g/Lで用いられる。
【0035】
用いる油脂類としては、特に限定されるものではないが、例えば、植物油、脂肪酸またはそのエステル類を用いても良い。
使用する植物油としては、例えばダイズ油、ナタネ油、コーン油、綿実油、ヒマワリ油、カポック油、ゴマ油、コメ油、落花生油、ベニバナ油、オリーブ油、アマニ油、キリ油、ヒマシ油、パーム油、パーム核油、ヤシ油もしくはこれらの混合物等が挙げられる。
使用する脂肪酸および脂肪酸エステルには、炭素鎖が10−24のもの、好ましくは炭素鎖が16−18の脂肪酸または脂肪酸エステルを用いることができる。これらの脂肪酸または脂肪酸エステルは分子内に1−3個の不飽和結合を含んでいてもよい。例えば、デカン酸、ウンデカン酸、ラウリン酸、トリデカン酸、ミリスチン酸、ペンタデカン酸、パルミチン酸、マルガリン酸、ステアリン酸、ノナデカン酸、アラキジン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸などの飽和脂肪酸またはそのエステル、あるいはトウハク酸、リンデル酸、ツズ酸、ミリストレイン酸、パルミトレイン酸、ペトロセリン酸、オレイン酸、エライジン酸、バクセン酸、エルカ酸、ソルビン酸、リノール酸、リノエライジン酸、γ―リノレン酸、リノレン酸、アラキドン酸などの不飽和脂肪酸またはそのエステルが挙げられる。
培地に添加する上記油脂類の濃度は、20−100g/L、好ましくは50−80g/Lの範囲である。流加培養の様式をとる場合には、培地中濃度が上記の範囲に収まるように培養期間中に連続的もしくは断続的に添加する。
【0036】
使用する有機窒素源としては、酵母エキス、麦芽エキス、ペプトン、ポリペプトン、コーンスティープリカー、カザミノ酸、尿素などの内、一種類もしくは二種類以上を組み合わせて用いることができる。好ましくは酵母エキスを1−8g/Lの濃度範囲で用いるとよい。
無機窒素源としては、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、硝酸アンモニウム、硫酸アンモニウム、アンモニアなどの内、一種類もしくは二種類以上を組み合わせて用いることができる。好ましくは硝酸ナトリウムを用いるとよい。
【0037】
(マンノシルエリスリトールリピド(MEL)の分離)
培養液中に蓄積されたMEL−Aは、本菌株培養後、培養液を抽出することにより培養液から分離できる取得できる。抽出は、酢酸エチル、クロロホルム、メタノール、エタノール、ヘキサン、プロパノール等の有機溶媒を用い当技術分野において通常行われる方法にしたがって行えばよい。
有機溶媒によって抽出されたMEL−Aが、ジアセチルジアシル型マンノシルエリスリトールリピド(MEL)及びトリアセチルモノアシル型マンノシルエリスリトールリピド(MEL)の混合物である場合、ジアセチルジアシル型マンノシルエリスリトールリピド(MEL)とトリアセチルモノアシル型マンノシルエリスリトールリピド(MEL)は、シリカゲルカラムクロマトグラフィー等で分離すればよい。
【0038】
〈MELの構造決定〉
上記により得られる糖脂質成分の構造決定は、以下のようにして行うシュードザイマ チュラシマエンシス(Pseudozyma churashimaensis)OK−96株を用いてグルコースあるいは大豆油を炭素源として培養して得られたMELの構造決定手法を例にして以下説明する)。
単離した糖脂質成分は、TLCプレート上で、アンスロン硫酸試薬で青緑色に呈色することにより糖脂質成分であると判断できる。この糖脂質について、1H、13C―NMR解析を行い、得られたスペクトルと、構造既知であるMELのデータとを比較することで、構造解析を行う。
【0039】
〈MELの定量分析方法〉
全糖脂質量はアンスロン硫酸法を用いることで測定できる。MEL同属体の含有量と存在比は薄相クロマトグラフィー(TLC)法および高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を使用することで測定できる。
【0040】
以下に、本発明について実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれにより限定されるものではない。
【実施例】
【0041】
実施例1
(シュードザイマ チュラシマエンシス(Pseudozyma churashimaensis)を用いた、MELの生産;使用する炭素源の影響)
〈種培養〉
ディープフリーザー(-80℃)で冷凍保存されたシュードザイマ チュラシマエンシス(Pseudozyma churashimaensis)OK−96株を30mLのYM培地(グルコース10g/L、酵母エキス3g/L、麦芽エキス3g/L、ペプトン5g/L)に0.5 mL播種し、28℃で1日間、振蕩培養した。
〈本培養〉
300mL容量の三角フラスコに30mLの含有する炭素源を変えたMEL生産用培地を表3および4(MEL生産培地組成)のごとく調製し、121℃、20分間オートクレーブで滅菌した培地を用意した。上述の種培養液を1.5mLを播種し、25℃で5日間、振蕩培養を行った。培養終了後の培養液からMEL標品を酢酸エチルにて抽出した。抽出液中のMEL濃度はシリカゲルカラム(イナートシルSil−100A)を接続したHPLCを用い、定量分析を行った。溶離液にはクロロホルム/メタノール混合溶媒を用い、流速1mL/minで混合比が10:0から0:10まで変化するように設定したグラジエントシステムにより溶出した。検出は蒸発光散乱検出器(ELSD−LT、島津製作所製)を用いた。精製したMELを用いて検量線を作成し、ピークエリアからMEL濃度を算出した。
【0042】
【表3】

【0043】
【表4】

【0044】
〈薄相クロマトグラフィー分析〉
図1に示すように、グルコース添加した培地で、糖脂質の生産を示す2つのスポットが得られた。すなわち、移動度が0.66のGL−A、移動度が0.62のGL−Bが得られた。一方、大豆油を添加した培地では、1つのスポットが得られた。すなわち、移動度が0.66のGL−Cが得られた。炭素源として添加する糖の種類を変えても、植物油の種類を変えても、TLCの結果は同様になった。また、図1の結果から、スタンダードに用いた従来型のMEL−Aの移動度が0.66であるのに対して、GL−Bの移動度は0.62であり、GL−Bの移動度が、明らかに移動度が小さい(極性が高い)ことが分かる。すなわち、GL−Bの水分子に対する親和性は従来型のMEL−Aより大きいことが分かる。MELの生産量を測定した結果は図2に示した。
【0045】
実施例2
シュードザイマ チュラシマエンシス(Pseudozyma churashimaensis)OK−96株が生産する糖脂質の構造解析
(糖脂質(MEL)の精製)
実施例1と同様に培養した培養液から、酢酸エチルを用いて糖脂質を抽出・回収し、シリカゲルカラムを用いて、各成分(GL−A,GL−B,GL−C)を精製した。精製された各糖脂質成分をTLC分析により分析した結果を図3に示す。
(糖脂質成分のNMR解析)
上記で得られた各成分(GL−A,GL−B,GL−C)について、重水素化メタノール(CD3OD)を溶媒とする1H-NMR解析により構造の同定を行った。その結果、シュードザイマ チュラシマエンシス(Pseudozyma churashimaensis)OK−96株が生産する糖脂質は全て、マンノースの4位と6位の位置にアセチル基を有するMEL−Aであることがわかった(図4中のピークdおよびe)。すなわち、GL−A,GL−B,GL−Cは既知のMELとほぼ同じ化学シフトを示した。さらに、GL−AとGL−Bには、マンノースの2位の位置にアセチル基が存在することを示すピークが得られたことから、マンノースの2位の位置の脂肪酸が極端に短くなり、アセチル基となった構造物が主成分の一つとして含まれていることが分かった(図4中のピークc)。また、GL−Bにおいて、マンノースの2位の位置の脂肪酸鎖(アシル基)を示すピークが見られなかったことから、GL−Bに含まれるMEL−Aのほとんどは、マンノースの2位の位置がアセチル基となった構造物であるといえる(図4中のピークa)。それぞれの糖脂質に関して、1H-NMR解析において帰属された化学シフトをまとめて表5に示す。
【0046】
【表5】

【0047】
(糖脂質成分のMALDI−TOF/MS解析)
上記で得られた各成分(GL−A,GL−B,GL−C)の分子量を、MALDI−TOF/MSによって解析した結果、GL−Aの主成分の分子量は704.8、676.8、648.8、GL−Bの主成分の分子量は648.1、GL−Cの主成分の分子量は704.1、676.1であった。図5に、MALDI−TOF/MSで得られた分子量のピークを示す。これらの結果から、GL−Aは、4-O-[(6',4'-di-O-acetyl-,3'-O-alka(e)noyl-2'-O-caproyl)- β-D-mannopyranosyl]-D-erythritol(一般式3)、4-O-[(6',4'-di-O-acetyl-,3'-O-alka(e)noyl-2'- O-butanoyl)-β-D-mannopyranosyl]-D-erythritol(一般式4)、4-O-[(6',4',2'-tri-O-acetyl-,3'-di-O-alka(e)noyl)-β-D-mannopyranosyl]-D-erythritol(一般式5)を主成分とするMEL−A混合物の画分、GL−Bは、4-O-[(6',4',2'-tri-O-acetyl-,3'-di-O-alka(e)noyl)-β-D-mannopyranosyl]-D-erythritol(一般式5)が主成分のMEL-A画分、GL−Cは4-O-[(6',4'-di-O-acetyl-,3'-O-alka(e)noyl-2'-O-caproyl)-β-D-mannopyranosyl]-D-erythritol(一般式3)、4-O-[(6',4'-di-O-acetyl-,3'-O-alka(e)noyl-2'- O-butanoyl)-β-D-mannopyranosyl]-D-erythritol(一般式4)を主成分とするMEL−Aの混合物で あることが分かった。化3に一般式3を示す。化4に一般式4を示す。化5に一般式5を示す。
【0048】
【化3】

【化4】

【化5】

【0049】
実施例3
(MELの界面活性測定)
〈表面張力測定〉
実施例2において、精製した各成分(GL−A,GL−B,GL−C)の表面張力低下能を調べた。種々の濃度の各成分の水溶液を作成し、その表面張力をウイルヘルミー方式の表面張力計(CBVP−A3,協和界面科学製)を用いて測定した。
【0050】
各成分(GL−A,GL−B,GL−C)について、上記の方法を用いて表面張力低下能を測定した。各濃度の各成分に対する表面張力は図6に示す値を示した。図6の曲線からGL−Aの臨界ミセル濃度(cmc)は4.86× 10−6 Mであり、その時の表面張力値(γcmc値)は29.2mN/mであった。GL−Bの臨界ミセル濃度(cmc)は1.36× 10−6 Mであり、その時の表面張力値(γcmc値)は29.3mN/mであった。GL−Cの臨界ミセル濃度(cmc)は2.08× 10−6 Mであり、その時の表面張力値(γcmc値)は28.7mN/mであった。既存の合成界面活性剤とくらべて、十分小さいcmc値ならびにγcmc値を示したことから、本発明で生産されるMELは界面活性剤として十分な機能を発揮できることが推察できる。
【0051】
実施例4
(MELの自己集合体形成能)
実施例2において、精製した各成分(GL−A,GL−B,GL−C)の自己集合体形成能を調べた。各成分をガラスプレート上に塗りつけ、カバーガラスをかぶせた後、ガラスプレートとカバーガラスの間から水を侵入させ、各成分と水との境界を光学顕微鏡および偏光顕微鏡で観察した。その結果を、図7に示した。比較対象として、従来型MEL−Aの結果も示した。図7によると、従来型MEL-Aの液晶形成パターンと、GL−A,GL−B,GL−Cの液晶形成パターンは、全く異なっており、本発明で生産されるMEL−Aは、従来型MEL−Aと自己集合体形成能が異なることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
トリアセチルモノアシル型マンノシルエリスリトールリピドを生産する能力を有する、シュードザイマ チュラシマエンシス(Pseudozyma churashimaensis)に属する微生物。
【請求項2】
下記(a)及び(b)で示される菌学的性質を有する請求項1に記載の微生物。
(a)形態学的性質
【表1】

(b)生理学的性質
【表2】

【請求項3】
シュードザイマ チュラシマエンシス OK−96(受託番号 FERM P-21896)である請求項1または2に記載の微生物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載の微生物を培養し、得られた培養物あるいは分離菌体からマンノシルエリスリトールリピド−Aを採取することを特徴とする、マンノシルエリスリトールリピドの製造方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれかに記載の微生物を、炭素源として糖類を含有する培地に培養し、得られた培養物からトリアセチルモノアシル型マンノシルエリスリトールリピドを採取することを特徴とする、トリアセチルモノアシル型マンノシルエリスリトールリピドの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5−1】
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【図5−2】
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【図5−3】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−182660(P2011−182660A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−48481(P2010−48481)
【出願日】平成22年3月5日(2010.3.5)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】