説明

新規環状チオペプチドおよびその取得方法

【課題】優れた菌糸腫脹誘導活性、転写阻害活性、リボソーム小サブユニット依存GTP加水分解阻害活性などに基づく抗菌活性などを有する新規環状チオペプチドの提供。
【解決手段】式(1)で表される環状チオペプチド。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた菌糸腫脹誘導活性、転写阻害活性、リボソーム小サブユニット依存GTP加水分解阻害活性などに基づく抗菌活性などを有する新規環状チオペプチドおよびその
取得方法に関する。
【背景技術】
【0002】
1944年にワックスマンが放線菌の代謝産物としてストレプトマイシンを発見して以来、様々な抗生物質が放線菌から見出されている。中でも、近年、環状チオペプチドがその多様な生物活性に起因して注目を集めており、例えば、非特許文献1ではレニン阻害活性を
有するシクロチアゾマイシンが紹介されている。
【非特許文献1】Cyclothiazomycin, a novel polythiazole-containing peptide with renin inhibitory activity. Taxonomy, fermentation, isolation and physico-chemical characterization. Aoki M, Ohtsuka T, Yamada M, Ohba Y, Yoshizaki H, Yasuno H, Sano T, Watanabe J, Yokose K, Seto H. J Antibiot(Tokyo). 1991 Jun;44(6):582-8.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、放線菌の代謝産物にはシクロチアゾマイシンの他にも優れた生物活性を有する環状チオペプチドが含まれていることが考えられる。
そこで本発明は、優れた菌糸腫脹誘導活性、転写阻害活性、リボソーム小サブユニット依存GTP加水分解阻害活性などに基づく抗菌活性などを有する新規環状チオペプチドおよ
びその取得方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
上記の点に鑑みて本発明者らが鋭意研究を積み重ねた結果なされた本発明は、請求項1
記載の通り、下記の化学式(1)で表される環状チオペプチドである。
【0005】
【化6】

【0006】
また、請求項2記載の通り、下記の化学式(2)で表されるシクロチアゾマイシンB1である。
【0007】
【化7】

【0008】
また、請求項3記載の通り、下記の化学式(3)で表されるシクロチアゾマイシンB2である。
【0009】
【化8】

【0010】
また、請求項4記載の通り、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに
受託番号FERM P-20700として寄託されている放線菌A307株の培養物から分離精製することによる上記の化学式(1)で表される環状チオペプチドの取得方法である。
また、請求項5記載の通り、上記の化学式(1)で表される環状チオペプチドまたはその薬学的に許容される塩を有効成分とする抗菌剤である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、優れた菌糸腫脹誘導活性、転写阻害活性、リボソーム小サブユニット依存GTP加水分解阻害活性などに基づく抗菌活性などを有するシクロチアゾマイシンB1お
よびシクロチアゾマイシンB2に代表される新規環状チオペプチド、その放線菌A307株の培養物からの取得方法が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
下記の化学式(1)で表される本発明の環状チオペプチドは、前述のシクロチアゾマイ
シンの類縁体であり、シクロチアゾマイシンが持つスレオニン残基がアルギニンに置換された化合物である。
【0013】
【化9】

【0014】
本発明の環状チオペプチドの内、代表的な化合物としては、下記の化学式(2)で表さ
れるシクロチアゾマイシンB1および下記の化学式(3)で表されるシクロチアゾマイシンB2が挙げられる。
【0015】
【化10】

【0016】
【化11】

【0017】
本発明の環状チオペプチドは、例えば、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに受託番号FERM P-20700として寄託されている放線菌A307株の培養物から分離精製することによって取得することができる。放線菌A307株の培養は、放線菌の一般的な培養方法に従って行えばよい。本発明の環状チオペプチドの培養物からの分離精製は、一般的な微生物代謝産物の分離精製方法、例えば、アルコール(メタノールやエタノールなど)、酢酸エチル、アセトン、ヘキサン、クロロホルム、ジクロロメタンなどの有機溶媒や水を用いた抽出操作、イオン交換樹脂、非イオン性吸着樹脂、ゲルろ過クロマトグラフィー、活性炭やアルミナやシリカゲルなどの吸着剤によるクロマトグラフィーおよび高速液体クロマトグラフィーを用いた分離操作の他、結晶化操作、減圧濃縮操作、凍結乾燥操作などの各種操作を単独または適宜組み合わせて行えばよい。なお、本発明の環状チオペプチドは、有機合成化学手法で合成することもできる。また、本発明の環状チオペプチドは、複数の不斉炭素を有するので、シクロチアゾマイシンB1およびシクロチアゾマイシンB2を含めた種々の立体異性体や光学異性体が存在し得るが、本発明はそのいずれをも権利範囲に包含するものである。
【0018】
本発明の環状チオペプチドやその薬学的に許容される塩は、例えば、その優れた菌糸腫脹誘導活性、転写阻害活性、リボソーム小サブユニット依存GTP加水分解阻害活性などに
基づく抗菌活性に基づいて抗生物質として用いることができ、植物病原菌に対する農薬や、抗生物質が有効な疾患に対するヒトや動物のための医薬としての抗菌剤の有効成分とすることができる。この場合、本発明の環状チオペプチドやその薬学的に許容される塩は、高度に精製された形態で製剤化されてもよいし、例えば、放線菌A307株の培養物からの粗分離精製物の形態で製剤化されてもよい。製剤形態としては、例えば、液状剤、注射剤、錠剤、散剤などが挙げられる。その投薬量や投与量は、被害や症状の程度などによって適宜設定すればよい。なお、本発明の環状チオペプチドの薬学的に許容される塩としては、例えば、ナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウム、アルミニウムなどとの無機塩、低級アルキルアミン、低級アルコールアミンなどとの有機塩、リジン、アルギニン、オルニチンなどとの塩基性アミノ酸塩の他、アンモニウム塩などが挙げられる。
【実施例】
【0019】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は、以下の記載に何ら限定して解釈されるものではない。
【0020】
(シクロチアゾマイシンB1およびシクロチアゾマイシンB2の放線菌A307株の培養物からの
分離精製)
500mLのバッフル付エルレンマイヤーフラスコ中でフォルチマイシンを調製するために
確立された培地(可溶性スターチ 6.0g,乾燥酵母 6.0g,KH2PO4 0.60g,NaCl 0.50g,CaCO30.20g,MgSO4・7H2O 0.10gを蒸留水200mLに溶解分散させたもの)に放線菌A307株を接種し、回転式振とう機(110rpm)を用いて27℃で4日間培養した。次に上記の培地を200mL入れた500mLのバッフル付エルレンマイヤーフラスコ24個に培養懸濁液をピペットを用い
て移し変え、さらに回転式振とう機(110rpm)を用いて27℃で12日間培養し、続いて培養懸濁液を遠心分離(12000rpm,4℃で20分間)することで菌糸のケーキ状物を得た。菌糸
のケーキ状物を5.0Lのメタノールに懸濁し、室温にて12時間放置した後、減圧下で濾過することでメタノール抽出液を得、続いてこれを20℃以下の減圧下で容量が1.0Lになるまで濃縮した。こうして得られた水溶性懸濁液を400mLの酢酸エチルを用いて揺すって洗浄し
、残った水溶性懸濁液を再び容量が700mLになるまで減圧下で濃縮した。濃縮液を遠心分
離(12000rpm,4℃で10分間)することで不溶性物質を集め、これをクロロホルムとメタ
ノールの1:1混合液200mLに懸濁し、濾過後、濾液を減圧下で濃縮することで150mgの粗精製物を得た。これをピリジンと水の1:9混合液からなる水溶性ピリジン50mLに溶解し、ODS Sep-Pak(商品名)10gにロードし、アセトニトリルと水の80:20混合液によって溶出される画分を集めて濃縮した。こうして得られた濃縮物70mgに対してHPLC[カラム:Develosil ODS(20×250mm),溶媒:TFAを0.1%含有するアセトニトリルと水の38:62混合液,流
速:10.0mL/分]を行い、12.0分と20.0分に溶出される画分を氷を入れたウォーターバス
中で集めた。各々の画分に含まれるアセトニトリルをすぐにウォーターバスの温度を15℃以下に保って減圧下で除去してから残った水溶液を凍結乾燥し、溶出時間が12.0分の画分としてシクロチアゾマイシンB2を3.0mg、溶出時間が20.0分の画分としてシクロチアゾマ
イシンB1を20.0mgそれぞれ白色粉末として得た。
【0021】
シクロチアゾマイシンB1およびシクロチアゾマイシンB2の構造解析は、NMRをはじめと
する各種機器分析の他、アミノ酸分析、その酸加水分解物に対する構造解析などに基づいて行った。立体化学を検討した結果、プロリン残基、アルギニン残基、システイン残基、チアゾリン部分はL体であることがわかった。シクロチアゾマイシンB1およびシクロチア
ゾマイシンB2の各種の物理化学特性を表1に、1H-NMRのスペクトル(400MHz)を図1に示す(図中、上がシクロチアゾマイシンB2で下がシクロチアゾマイシンB1。溶媒は3:1 pyridine-d5/D2O)。シクロチアゾマイシンB1およびシクロチアゾマイシンB2はシクロチアゾマイシンの類縁体であり、シクロチアゾマイシンが持つスレオニン残基がアルギニンに置換された化合物である。シクロチアゾマイシンB1およびシクロチアゾマイシンB2は、シクロチアゾマイシンとの化学構造上の差異は極めて小さいものの、シクロチアゾマイシンが溶解する水溶性メタノールに溶解しないなどのシクロチアゾマイシンとは異なる物理化学的特性を有しており、このような溶媒に対する難溶性はこれらの化合物を高度精製する際に有利に働き、シクロチアゾマイシンとの相違点として特筆できる。
【0022】
【表1】

【0023】
(シクロチアゾマイシンB1およびシクロチアゾマイシンB2の植物病原菌に対する菌糸腫脹誘導活性)
シクロチアゾマイシンB1のイネごま葉枯病菌(Cochliobolus miyabeanus)に対する菌
糸腫脹誘導活性は、EC50値が0.3nmol/mLであり強力であった(インビトロ)。また、シクロチアゾマイシンB2も同程度の活性を有していた。シクロチアゾマイシンB1の灰色かび病菌(Botrytis cinerea Persoon)およびコムギふ枯病菌(Septorianodorum)に対する菌
糸腫脹誘導活性は、EC50値がそれぞれ0.2nmol/mLと4.1nmol/mLであり強力であった(インビトロ)。また、シクロチアゾマイシンB2も同程度の活性を有していた。
【0024】
(シクロチアゾマイシンB1およびシクロチアゾマイシンB2が有するその他の生物活性)
株式会社ポストゲノム研究所のPURE SYSTEMを用いて、添付のプラスミド(PUC19にジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)遺伝子が組み込まれたプラスミド)0.2μgからDHFRを合成させた。反応溶液を15%ポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)し、クマシーブルー染色に
よりタンパク質を検出した。その結果、放線菌A307株の培養液500μM添加によりDHFRの合成がほとんど検出されなくなること、シクロチアゾマイシンB1およびシクロチアゾマイシンB2にも同様の作用があることを確認するとともに、この作用が転写阻害活性(RNA合成
阻害活性)に基づくことをT7 RNA polymeraseに対する作用を調べることで確認した。ま
た、シクロチアゾマイシンB1およびシクロチアゾマイシンB2はリボソーム小サブユニット依存GTP加水分解阻害活性を有することを細菌が持つRsgAのGTPase活性に対する作用を調
べることで確認した。
【0025】
製剤例1:液状剤(農薬としての抗菌剤)
10gのシクロチアゾマイシンB1を蒸留水1Lに溶解し(合計10g/1L)、液状剤を製造した

【0026】
製剤例2:注射剤(医薬としての抗菌剤)
シクロチアゾマイシンB1のナトリウム塩1.0gを生理食塩水100mlに溶解し(合計1.0g/100ml)、バイアルに充填した後、加熱殺菌を行って、静注用注射剤を製造した。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明は、優れた菌糸腫脹誘導活性、転写阻害活性、リボソーム小サブユニット依存GTP加水分解阻害活性などに基づく抗菌活性などを有する新規環状チオペプチドおよびその
取得方法を提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】シクロチアゾマイシンB1およびシクロチアゾマイシンB2の1H-NMRのスペクトルである(下がシクロチアゾマイシンB1で上がシクロチアゾマイシンB2)。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の化学式(1)で表される環状チオペプチド。
【化1】

【請求項2】
下記の化学式(2)で表されるシクロチアゾマイシンB1。
【化2】

【請求項3】
下記の化学式(3)で表されるシクロチアゾマイシンB2。
【化3】

【請求項4】
独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センターに受託番号FERM P-20700として寄託されている放線菌A307株の培養物から分離精製することによる下記の化学式(1)で
表される環状チオペプチドの取得方法。
【化4】

【請求項5】
下記の化学式(1)で表される環状チオペプチドまたはその薬学的に許容される塩を有
効成分とする抗菌剤。
【化5】


【図1】
image rotate


【公開番号】特開2007−238453(P2007−238453A)
【公開日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−58680(P2006−58680)
【出願日】平成18年3月3日(2006.3.3)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年10月22日 社団法人日本農芸化学会主催の「日本農芸化学会東北支部第140回大会」において文書をもって発表
【出願人】(504229284)国立大学法人弘前大学 (162)
【Fターム(参考)】