説明

方向性電磁鋼板およびその製造方法

【課題】鉄損特性と磁歪特性の両者に優れた方向性電磁鋼板の製造方法を提供する。
【解決手段】フォルステライト被膜の形成後、張力コーティングを形成した方向性電磁鋼板に、張力コーティングの形成前にフォルステライト被膜量を検出すると共に、張力コーティングの形成後に張力コーティングの量を検出し、これらの検出量を、予め求めておいた、レーザ照射後の鉄損が目標範囲内となるようなフォルステライト被膜量および張力コーティング量とレーザ照射条件との関係と照合して、この照合の結果得られた照射条件下でレーザ照射を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランスなどの鉄心材料に供して好適な鉄損の低い方向性電磁鋼板の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
方向性電磁鋼板は、主にトランスの鉄心として利用され、磁化特性に優れていること、特に鉄損が低いことが求められている。
そのためには、第一に、鋼板中の二次再結晶粒を(110)[001]方位(ゴス方位)に高度に揃える必要があり、第二には、最終製品の鋼中に存在する不純物や析出物をできるだけ減少させる必要がある。
【0003】
しかしながら、結晶方位の制御や不純物・析出物の低減には限界があることから、鋼板の表面に対して物理的な手法で不均一性を導入することにより、磁区の幅を細分化して鉄損を低減する技術、すなわち磁区細分化技術が開発されている。
たとえば、特許文献1には、最終製品板の表面に、圧延方向にほぼ直角にレーザビームを数mm間隔で照射し、鋼板表層に線状の高転位密度領域を導入することにより、磁区幅を狭くして鉄損を低減する技術が提案されている。
【0004】
通常、方向性電磁鋼板の製品板の表層は、フォルステライト被膜と張力コーティングからなっており、レーザ照射は張力コーティングの後に施される。レーザ照射による鉄損低減は、レーザ照射により鋼板に熱的歪みを与え、その結果、磁区が細分化されることによって果たされる。
一方、フォルステライト被膜と張力コーティングは共に、鋼板に引張応力を付与する効果があり、やはり磁区を細分化する効果を持つ。従って、フォルステライト被膜と張力コーティングによって鋼板に付与される張力は、レーザ照射による鉄損低減効果に影響を及ぼす一因となっている。
しかしながら、従来は、素材毎に予め決められた条件でレーザ照射条件を決定しており、実際の鋼板に形成されたフォルステライト被膜と張力コーティングの厚みのばらつきの影響については、考慮が払われていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特公昭57−2252号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
方向性電磁鋼板に対するレーザ照射は、磁区細分化効果により鉄損を低減するが、一方で鋼板中に歪を導入するため、磁歪が増大して、変圧器の騒音が悪化するという副作用がある。従って、十分な鉄損低減効果が得られるならば、照射熱量を極力下げることによって鋼板中に対する歪の導入を抑制することが好ましい。
【0007】
本発明は、上記の要請に有利に応えるもので、レーザ照射による磁区細分化に際し、フォルステライト被膜や張力コーティングにおける厚みのばらつきの影響を考慮した上で、鋼板に対する過度の歪導入を抑制して、鉄損特性と磁歪特性の両者に優れた方向性電磁鋼板の有利な製造方法を提案することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
フォルステライト被膜と張力コーティングが鋼板に付与する張力(以下、両者の合計を被膜張力と呼ぶ)は、鋼板に発生するランセット磁区と呼ばれる磁区構造を低減することで磁区細分化効果を持ち、さらにレーザ照射による磁区細分化効果を強調する作用も有している。従って、被膜張力が大きければ、レーザ照射の強度を下げても十分な磁区細分化効果が達成される。
しかしながら、通常、素材鋼板コイルごとに、さらに同じ鋼板コイルでも長手方向、幅方向の位置によって被膜張力にばらつきが生じるのが一般的である。
この点、レーザ照射に先立って、被膜張力の膜厚分布が検出されていれば、それに応じた最適条件でレーザ照射を行うことで、鉄損を最小化すると同時に変圧器の騒音を抑制できると考えられる。
本発明は、上記の知見に立脚するものである。
【0009】
なお、被膜形成後の鉄損値やレーザ照射後の鉄損値をフィードバックしてレーザ照射条件を調整することも考えられるが、この方法では、鉄損の上昇が被膜張力に起因したものでない場合には、被膜に対して過度のレーザ照射を行ってしまうことになり、被膜を損傷させて却って鉄損劣化が拡大してしまうおそれがある。
【0010】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.フォルステライト被膜の形成後、張力コーティングを形成した方向性電磁鋼板に、レーザを照射して電磁鋼板の鉄損を低減するに際し、
張力コーティングの形成前にフォルステライト被膜量を検出すると共に、張力コーティングの形成後に張力コーティングの量を検出し、これらの検出量を、予め求めておいた、レーザ照射後の鉄損が目標範囲内となるようなフォルステライト被膜量および張力コーティング量とレーザ照射条件との関係と照合し、該照合の結果得られた照射条件下でレーザ照射を行うことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【0011】
2.前記張力コーティングの量をX(g/m2)とし、前記フォルステライト被膜の量をY(g/m2)とするとき、前記レーザ照射のエネルギー密度U(mJ/mm2)が、次式(1)
3.75 ≦ U × exp{1.6×(0.07×X+0.05×Y)} ≦ 6.25 --- (1)
を満足する条件下でレーザ照射を行うことを特徴とする前記1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【0012】
3.フォルステライト被膜と張力コーティングをそなえる表面に、レーザを照射して得た方向性電磁鋼板であって、該張力コーティングの量をX(g/m2)、該フォルステライト被膜の量をY(g/m2)とするとき、レーザ照射部分に線状に形成された磁区構造における熱影響領域の幅W(μm)が、次式(2)
800 ≦ W × exp{1.6×(0.07×X+0.05×Y)} ≦ 1600 --- (2)
の関係を満足することを特徴とする方向性電磁鋼板。
【発明の効果】
【0013】
本発明に従い、レーザ照射を行うに先立ち、フォルステライト被膜量と張力コーティングの量を検出し、これらの検出量に応じた適切な照射条件下でレーザ照射を行うことにより、鉄損の低減と同時に、磁歪ひいては変圧器の騒音を低減することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を具体的に説明する。
本発明では、レーザ照射に先立ってフォルステライト被膜と張力コーティングの量、換言すれば被膜厚みを検出しておくことが重要である。
フォルステライト被膜の張力は、主としてフォルステライト被膜の量に比例するので、コイルのフォルステライト被膜の量を検出しておく。このとき、コイルの一定の位置からサンプルを取って分析し、代表値とすることができる。より好ましくは連続的にフォルステライト被膜量を検出して記録しておくことである。これは、張力コーティング形成前に鋼板を連続的に蛍光X線分析によって酸素量を測定することで、その酸素量からフォルステライト被膜(Mg2SiO4)の量に換算することができる。
【0015】
また、張力コーティングの張力も、コーティングの量に比例する。これは、張力コーティング形成からレーザ照射までのいずれかの時点でコイルの一定の位置からサンプルを取って分析して代表値とすることができる。より好ましくは連続的にコーティングの量を検出して記録しておくことである。これは、連続的にコイルを蛍光X線で酸素分析し、先に検出しておいたフォルステライト被膜厚みに起因する酸素量を除いて、張力コーティングに起因する酸素量を算出し、その酸素量とコーティングの化学組成(化学式)から換算するか、または張力コーティングには含まれているがフォルステライト被膜には含まれない成分(例えば、リンやクロム等)を蛍光X線分析することで検出し、その検出量とコーティングの化学組成(化学式)から換算することができる。
【0016】
さらに、被膜張力に応じて、どのようなレーザ照射条件を採用することが適切かを、予め求めておき、被膜張力に応じて適切なレーザ照射条件を選択できるようにしておくことが重要である。
【0017】
本発明では、これらの結果に基づいて、被膜張力に応じた最適条件でレーザ照射することによって、鉄損と変圧器騒音の両者を併せて最小にすることが可能となる。
ここに、レーザ照射条件とは、代表的にはエネルギー密度を指すが、その他にもレーザ出力、ビーム径、走査速度、照射点間隔(パルスレーザの場合)および線状照射の圧延方向での繰り返し間隔の調整などを、単独または組み合わせて調整することが考えられる。
【0018】
本発明において、適切なレーザ照射条件を選択するには、被膜張力の増大に伴ってレーザ出力を下げることが有効である。これは、被膜張力が大きいほど磁区幅が低減されるために、レーザ照射による磁区細分化効果を減じても所望の鉄損改善が可能なためである。
具体的には、両面当たりの張力コーティングの量をX(g/m2)、両面当たりのフォルステライト被膜の量をY(g/m2)としたとき、レーザ照射のエネルギー量は単位面積当たりのエネルギー量U(mJ/mm2)で整理される。
【0019】
すなわち、エネルギー密度U(mJ/mm2)を、
U = k×exp{−1.6×(0.07×X+0.05×Y)}
で表わしたとき、定数kを5.0程度とすることが特に有効であることが、発明者らの実験調査によって判明した。
また、照射エネルギー量は±25%程度増減しても効果の変動は小さいので、実際には、定数kは3.75以上6.25以下の範囲とするのが好適である。
従って、本発明では、上式を整理して、
3.75 ≦ U × exp{1.6×(0.07×X+0.05×Y)} ≦ 6.25 --- (1)
の関係式を、満足することが好ましい。
換言すれば、エネルギー密度U、張力コーティングの量X(g/m2)およびフォルステライト被膜の量Y(g/m2)が上記式(1)を満足したレーザ照射条件は、被膜張力に応じた最適条件となるため、鉄損と変圧器騒音の両者を効果的に低減することができるのである。
なお、上掲式(1)において、XとYに掛かる係数は、フォルステライト被膜量と張力コーティング量が被膜張力に及ぼす影響度をそれぞれ反映している。
【0020】
さらに、発明者らは、この好適範囲にあるレーザの照射が電磁鋼板の磁区細分化効果にどのように影響するかを、磁性コロイド法(ビッター法)による磁区構造の観察によって解析した。その結果、電磁鋼板でストライプ状に観察される主磁区が、レーザ照射の熱影響によって乱れた磁区構造を呈する領域(以下、熱影響領域とする)の幅を所定範囲に限定することで、良好な鉄損改善効果が得られることが明らかになった。
そして、その熱影響領域の幅W(μm)は次式(2)、
800 ≦ W × exp{1.6×(0.07×X+0.05×Y)} ≦ 1600 --- (2)
を満たすことが肝要であることが併せて明らかになった。
ここに、上記式(2)の中辺の値が800よりも小さい場合は、歪の導入量が少なすぎて鉄損低減の効果が十分に得られず、一方1600よりも大きい場合は歪の導入量が多すぎてトランスの騒音が増大したり、鉄損が増大してしまうからである。
なお、上記熱影響領域の幅Wは、コイル長さ500mごとに、1m程度の熱影響領域の幅を測定して平均した値である。
【0021】
本発明において、仕上げ焼鈍に続く、張力コーティング処理までの工程は、従来公知の製造工程のいずれもが適合する。ただし、方向性電磁鋼板に対するレーザ照射は、仕上げ焼鈍によるフォルステライト被膜の形成と張力コーティングの形成後である必要がある。
というのは、方向性電磁鋼板の特徴であるゴス方位となる二次再結晶粒を発現させ、かつフォルステライト被膜を形成させたり、張力コーティングを形成し張力効果を発現させるのは、いずれも高温での熱処理になるが、このような高温処理は、レーザ照射処理によって鋼板に導入された歪みを除去または減少させるため、本発明のレーザ照射処理前に実施する必要があるからである。
【0022】
また、磁区細分化処理を施した方向性電磁鋼板の鉄損は、二次再結晶の方位集積が高い方がより小さくなることが知られている。方位集積の目安としてB8(800 A/mで磁化した際の磁束密度)がよく用いられるが、本発明に用いる方向性電磁鋼板は好ましくはB8が1.88T以上、より好ましくは1.92T以上のものが好適である。
なお、磁束密度の制御は、成分調整によって行うことができ、インヒビター成分の調整や圧延、焼鈍条件の制御などの公知の方法を取ることができる。
【0023】
さらに、本発明において、電磁鋼板の表面に形成されている張力コーティングは、従来公知の張力コーティングで構わないが、リン酸アルミニウムやリン酸マグネシウム等のリン酸塩とシリカを主成分とするガラス質の張力絶縁コーティングであることが好ましい。
【0024】
レーザ照射は、鋼板の圧延方向と交差する方向に線状に繰り返して行う。
熱歪みを導入する発振器は、YAGレーザ、CO2レーザおよびファイバーレーザ等のパルス発振、さらには連続発振での照射等、公知の方法を採用することができる。
ここに、レーザ照射による鋼板に対する歪の導入領域を、幅:0.05〜0.5μm、深さ:5〜40μmで、かつ圧延方向の繰り返し間隔:1〜20mm程度として、上掲式(2)を満たすことが好ましい。
【0025】
さらに、本発明において、「線状」とは、実線だけでなく、点線や破線なども含むものとする。レーザ照射が連続した線状ではなく、不連続の場合には、熱影響領域は平均値を用いるものとする。
【0026】
レーザ照射による熱影響領域の幅は、レーザのスポット径(圧延方向)、出力、ビームの移動速度とを調整することで制御できる。また、熱影響領域の幅は照射部分の磁区を観察して、圧延方向にストライプ状に伸びている主磁区が熱応力によって乱されている領域の幅として計測できる。なお、磁区観察は、上述したようなビッター法、電子顕微鏡法といった公知の方法により行うことができる。
【0027】
本発明では、予め、レーザの照射条件とその照射によって生じる磁区構造における熱影響領域の幅との関係を求めておき、方向性電磁鋼板を製造する際にフォルステライト被膜と張力コーティングの量から、上掲式(2)を満たす範囲のWが得られる照射条件を選択することで、フォルステライト被膜や張力コーティングの量の変動があっても一定の鉄損を安定的に得ることが可能になる。
【0028】
また、本発明において「圧延方向と交差する方向」とは、圧延方向と直角する方向に対し±30°以内の角度範囲を意味する。
【実施例】
【0029】
〔実施例1〕
仕上げ焼鈍後、張力コーティング処理を施した、板厚:0.23mm、幅:1m、重量:5トンの方向性電磁鋼板のコイルを、連続的に送りながらレーザを連続的に照射した。この方向性電磁鋼板は、3.4質量%のSiを含有し、磁束密度B8が1.93Tで、1.7T,50Hzでの鉄損W17/50が0.90W/kgと一般的な高配向性の方向性電磁鋼板であり、張力絶縁被膜はフォルステライト被膜の上に形成されたコロイド状シリカ、リン酸マグネシウム、クロム酸からなる薬液を840℃で焼き付けた一般的な張力絶縁被膜である。
また、張力被膜形成前に鋼板を蛍光X線による酸素分析で全長、全幅にわたってフォルステライト被膜量Y(g/m2)を測定して記録し、張力被膜形成後に蛍光X線によるクロム分析で全長、全幅にわたって張力コーティングの量X(g/m2)を測定して記録した。
【0030】
次に、レーザ照射処理を施した。レーザ発信器は、Qスイッチパルス型YAGレーザで、ビーム径は0.3mm、パルス繰り返し周波数は25kHzで、ガルバノスキャナによって圧延方向と直行する方向に幅:200mm毎に1台の発振器を並べ、照射線を5mm間隔で描くように照射した。
この照射時の出力を、
(a) 1.0mJ/mm2一定、
(b) 2.0mJ/mm2一定、
(c) 4.0mJ/mm2一定、
(d) 測定した全長、全幅のX,Yに対して全長、全幅でエネルギー密度Uが
U(mJ/mm2) = 5.0×exp{−1.6×(0.07×X+0.05×Y)}
となる4条件に設定した。
各条件毎にコイルを3個ずつ処理し、それぞれのコイルから1トン毎にサンプルを採取し、素材の鉄損測定(W17/50)を行ったのち、試験用小型トランス15台ずつを作製して1.7T,50Hzに励磁した際の騒音の測定を行った。
測定結果を表1に示す。
【0031】
【表1】

【0032】
同表に示したとおり、本発明の条件を満足する上記(d)の条件で行った場合は、鉄損の平均値、標準偏差および騒音の全てに優れ、安定的に低鉄損、低騒音に適した方向性電磁鋼板が製造できることが確認された。
【0033】
〔実施例2〕
実施例1の条件(d)と同様にして、測定した全長、全幅のX,Yに対するエネルギー密度(mJ/mm2)を、次式
U = k×exp{−1.6×(0.07×X+0.05×Y)}
(k= U ×exp{1.6×(0.07×X+0.05×Y)}は、前掲式(1)の中辺)
において、定数kの値を3.4,3.75,5.0,6.25および6.6と変化させてレーザ照射を行った。
得られた素材および試験用小型トランスについて、実施例1と同じ方法で、鉄損と騒音レベルを評価した。
【0034】
【表2】

【0035】
結果は表2に示したとおりであり、いずれの場合も鉄損の標準偏差は小さく、安定的に均一な鉄損のコイルを製造することができた。ただし、鉄損の平均値は、定数kの値を3.75以上、6.25以下とした条件が優れており、鋼板に対するレーザの照射条件としてより好適であることが分かる。
【0036】
〔実施例3〕
実施例1と同様の方法により、フォルステライト被膜および張力絶縁被膜を有する方向性電磁鋼板を得た。
また、張力被膜形成前に鋼板を蛍光X線による酸素分析で全長、全幅にわたってフォルステライト被膜量Y(g/m2)を測定して記録し、また張力被膜形成後に蛍光X線によるクロム分析で全長、全幅にわたって張力コーティングの量をX(g/m2)測定して記録した。
【0037】
次に、レーザ照射処理を施した。レーザ発信器は、Qスイッチパルス型YAGレーザで、ビーム径は0.3mm、パルス繰り返し周波数は25kHzで、ガルバノスキャナによって圧延方向と直行する方向に幅:200mm毎に1台の発振器を並べ、照射線を5mm間隔で描くように照射した。
ここで、予め同様の鋼板でフォルステライト被膜の量Y(g/m2)と張力コーティングの量をX(g/m2)に応じて、鉄損が0.75W/kg以下となるような、レーザの1パルスあたりの最小出力を調査しておいた。このデータに基づいて、全長・全幅方向にわたって出力を調整した場合(条件A)と、全長・全幅で一定出力(3.6mJ/mm2)とした場合(条件B)とで比較した。
各条件毎にコイルを3個ずつ処理し、それぞれのコイルから1トン毎にサンプルを採取し、素材の鉄損測定(W17/50)を行ったのち、試験用小型トランス15台ずつを作製して1.7T,50Hzに励磁した際の騒音の測定を行った。
測定結果を表3に示す。
【0038】
【表3】

【0039】
同表に示したとおり、フォルステライト被膜の量Y(g/m2)と張力コーティングの量X(g/m2)に応じて、目標鉄損が得られる最小の出力にレーザ条件を調整する本発明に従う方法(条件A)で行った場合は、鉄損の平均値、標準偏差および騒音の全てに優れ、安定的に低鉄損、低騒音に適した方向性電磁鋼板が製造できることが確認された。
【0040】
〔実施例4〕
仕上げ焼鈍の前に行う脱炭焼鈍において、焼鈍炉内部の雰囲気の酸化性と焼鈍分離剤として塗布するマグネシアの水和量とを意図的に変動させることで、フォルステライト被膜量を変化させた方向性電磁鋼板コイルに、仕上げ焼鈍を行った後、張力コーティング処理を施し、板厚:0.23mm、幅:1m、重量:5トンの方向性電磁鋼板のコイルを、連続的に送りながらレーザを連続的に照射した。この方向性電磁鋼板は、3.4質量%のSiを含有する高配向性の方向性電磁鋼板であり、磁束密度B8が1.93Tのコイルを選別し、1.7T,50Hzでの鉄損W17/50は0.85〜0.97W/kgの範囲にある方向性電磁鋼板であった。張力絶縁被膜はフォルステライト被膜の上に形成されたコロイド状シリカ、リン酸マグネシウム、クロム酸からなる薬液を840℃で焼き付けた一般的な張力絶縁被膜である。
さらに、張力被膜形成前に鋼板を蛍光X線による酸素分析で全長、全幅にわたってフォルステライト被膜量Y(g/m2)を測定して記録し、張力被膜形成後に蛍光X線によるクロム分析で全長、全幅にわたって張力コーティングの量X(g/m2)を測定して記録した。
【0041】
次に、レーザ照射処理を施した。レーザ発信器は連続発振Ybファイバーレーザで、ビーム径:0.3mmとし、ガルバノスキャナによって圧延方向と直行する方向に幅:100mm毎に1台の発振器を並べ、照射線を5mm間隔で描くように照射した。予め出力を10〜400W、走査速度を5〜30m/sとして照射した際の磁区構造における熱影響領域の幅W(μm)を求めておき、必要な幅を得る条件を見出しておいた。
各条件毎にコイルを3個ずつ処理し、それぞれのコイルから1トン毎にサンプルを採取し、素材の鉄損測定(W17/50)を行ったのち、試験用小型トランス15台ずつを作製して1.7T,50Hzに励磁した際の騒音の測定を行った。
測定結果を表4に示す。
【0042】
【表4】

【0043】
同表に示したとおり、本発明の条件(前掲した式(2))を満足する熱影響領域の幅Wでレーザ照射を行った方向性電磁鋼板は、鉄損の平均値、騒音の平均値が共に良好で、安定的に低鉄損で、低騒音な方向性電磁鋼板となっていることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
フォルステライト被膜の形成後、張力コーティングを形成した方向性電磁鋼板に、レーザを照射して電磁鋼板の鉄損を低減するに際し、
張力コーティングの形成前にフォルステライト被膜量を検出すると共に、張力コーティングの形成後に張力コーティングの量を検出し、これらの検出量を、予め求めておいた、レーザ照射後の鉄損が目標範囲内となるようなフォルステライト被膜量および張力コーティング量とレーザ照射条件との関係と照合し、該照合の結果得られた照射条件下でレーザ照射を行うことを特徴とする方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記張力コーティングの量をX(g/m2)とし、前記フォルステライト被膜の量をY(g/m2)とするとき、前記レーザ照射のエネルギー密度U(mJ/mm2)が、次式(1)
3.75 ≦ U × exp{1.6×(0.07×X+0.05×Y)} ≦ 6.25 --- (1)
を満足する条件下でレーザ照射を行うことを特徴とする請求項1に記載の方向性電磁鋼板の製造方法。
【請求項3】
フォルステライト被膜と張力コーティングをそなえる表面に、レーザを照射して得た方向性電磁鋼板であって、該張力コーティングの量をX(g/m2)、該フォルステライト被膜の量をY(g/m2)とするとき、レーザ照射部分に線状に形成された磁区構造における熱影響領域の幅W(μm)が、次式(2)
800 ≦ W × exp{1.6×(0.07×X+0.05×Y)} ≦ 1600 --- (2)
の関係を満足することを特徴とする方向性電磁鋼板。


【公開番号】特開2012−31519(P2012−31519A)
【公開日】平成24年2月16日(2012.2.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−146562(P2011−146562)
【出願日】平成23年6月30日(2011.6.30)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】