説明

既存コンクリート構造物の健全度診断方法

【課題】 構造物全体の力学的特性値の分布が反映された既存コンクリート構造物の健全度診断方法を提供する。
【解決手段】 (1)既存コンクリート構造物において複数の超音波センサーを発信側と受信側とに配置し、超音波センサーの各側線ごとの超音波伝播速度を求め、超音波伝播速度からCT法により所定断面における各セル毎の超音波伝播速度を算出し、(2)超音波伝播速度から各セル毎にコンクリートの動弾性係数を算出し、動弾性係数を各セル毎に静弾性係数に変換し、静弾性係数から各セル毎にコンクリート圧縮強度の推定値を求め、全てのセルの動弾性係数、静弾性係数及びコンクリート圧縮強度を用いて所定断面における耐荷力及び変形性能を算出し、(3)複数の断面において(1)と(2)の工程を繰返し実施し、(4)前記(2)工程により求められた耐荷力及び変形性能の算出値と、設計耐荷力及び設計変形性能とを各所定断面毎に比較する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波コンピュータトモグラフィ法(超音波CT法)を用いて既存コンクリート構造物の健全度を診断する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
既存コンクリート構造物について、耐荷力や変形性能等の診断を行う場合、コア(円筒状試験体)を採取し、コアの圧縮強度試験等の各種試験を行い、そのコンクリート物性値を用いて既存構造物の耐荷力や変形特性を求めることが一般的な調査診断法であった。この場合、既存構造物からコアを採取する必要があること、数本のコアの物性値のみで構造物全体を診断しなければならないこと等により、現状を充分に反映しなかったり、劣化自体を見逃すことがあった。
【0003】
また既存構造物に用いられたコンクリートの品質を比較的簡単な方法により評価するために、コンクリート中に超音波を伝播させて、その伝播速度を測定する試験方法が、特許文献1及び2に提案されている。これら特許文献1及び2は、硬化コンクリートの超音波伝播速度から水セメント比を算出するものである。
【0004】
コンクリート構造物の環境条件による劣化は、一般的に外部環境により引き起こされ、コンクリート表面から劣化を生じることが考えられる。例えば、凍結融解作用によりコンクリート構造物が劣化する場合、凍結融解回数はコンクリート表面のほうが内部より多いため、力学的特性値や圧縮強度はコンクリート内部よりも表面のほうが低くなることが多い。このような力学的特性値や圧縮強度の低下がコンクリート表面から内部に進行すると、劣化の進行状況によっては、鉄筋が降伏する前に圧縮領域のコンクリートが圧壊することも考えられる。したがって、既存コンクリート構造物の健全度を診断する場合には、構造物全体としての力学的特性値の分布を反映した耐荷力を求める必要がある。
【0005】
しかしながら、コンクリート構造物から部分的に採取したコアを用いて各種試験を行う場合には、コア自体の試験データを得ることはできるものの、力学的特性値の分布を反映した構造物全体としての耐荷力等は求めることができなかった。
また特許文献1及び2の方法によっては、既存コンクリート構造物に用いられたコンクリートの品質、すなわち、水セメント比を算出することは可能であるものの、やはり、力学的特性値の分布を反映した構造物全体としての耐荷力等は求めることができなかった。
【特許文献1】特開2000−283969号公報
【特許文献2】特開2003−177116号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
以上のような現状を鑑みて本発明の課題は、構造物全体の力学的特性値の分布が反映された既存コンクリート構造物の健全度診断方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明では、(1)既存コンクリート構造物において複数の超音波センサーを発信側と受信側とに配置し、該超音波センサーにより各側線ごとに超音波伝播時間を測定して超音波伝播速度を算出し、該超音波伝播速度からコンピュータトモグラフィ法により所定断面における各セル毎の超音波伝播速度を算出し、(2)該超音波伝播速度から各セル毎にコンクリートの動弾性係数を算出し、該動弾性係数を各セル毎に静弾性係数に変換し、該静弾性係数から各セル毎にコンクリート圧縮強度の推定値を求め、全てのセルの前記動弾性係数、前記静弾性係数及び前記コンクリート圧縮強度を用いて所定断面における耐荷力及び変形性能を算出し、(3)複数の断面において前記(1)及び(2)の工程を繰返し実施し、(4)前記(2)工程により求められた耐荷力及び変形性能の算出値と、既存コンクリート構造物の設計耐荷力及び設計変形性能とを、各所定断面毎に比較することを特徴とする既存コンクリート構造物の健全度診断方法が提供される。
上述の健全度診断方法は、特に、既存コンクリート構造物に関する計画書類に記載されている設計性能と、所定年月経過後の実測値との比較により健全度を評価する場合に適用されるものである。ここで、計画書類とは、既存コンクリート構造物の施工に際してあらかじめ作成された示方書、工事仕様書、設計図書などの書類をいうものである。また設計耐荷力及び設計変形性能とは、計画書類に記載された耐荷力(軸耐力)及び変形性能(曲げ耐力、せん断耐力)をいうものである。
【0008】
また本発明では、(1)既存コンクリート構造物において複数の超音波センサーを発信側と受信側とに配置し、該超音波センサーにより各側線ごとに超音波伝播時間を測定して超音波伝播速度を算出し、該超音波伝播速度からコンピュータトモグラフィ法により所定断面における各セル毎の超音波伝播速度を算出し、(2)該超音波伝播速度から各セル毎にコンクリートの動弾性係数を算出し、該動弾性係数を各セル毎に静弾性係数に変換し、該静弾性係数から各セル毎にコンクリート圧縮強度の推定値を求め、全てのセルの前記動弾性係数、前記静弾性係数及び前記コンクリート圧縮強度を用いて所定断面における耐荷力及び変形性能を算出し、(3)一方、前記所定断面の全てのセルが、ほぼ断面中央に位置する所定のセルと同じ前記動弾性係数、前記静弾性係数及び前記コンクリート圧縮強度を有すると仮定し、所定断面における耐荷力及び変形性能の仮定値を算出し、(4)複数の断面において前記(1)(2)及び(3)の工程を繰返し実施し、(5)前記(2)工程により求められた耐荷力及び変形性能の算出値と、前記(3)工程により求められた耐荷力及び変形性能の仮定値とを、各所定断面毎に比較することを特徴とする既存コンクリート構造物の健全度診断方法が提供される。
上述の健全度診断方法は、特に、既存コンクリート構造物の設計性能ではなく、建設当初の実際の性能と、所定年月経過後の実測値との比較により健全度を評価する場合に適用されるものである。すなわち、コンクリートの劣化は部材表面から進み、部材断面の中央部は劣化し難いものであるため、この中央部を劣化していないものと仮定し、この断面中央の所定セルの超音波伝播速度から演算により所定断面全体の耐荷力及び変形性能を求め、これを既存コンクリート構造物の建設初期値と仮定し、健全度を診断するものである。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、既存コンクリート構造物において実際に測定した超音波伝播速度からコンピュータトモグラフィ法により、動弾性係数、静弾性係数及びコンクリート圧縮強度等の力学的特性を2次元的に推定し、その力学的特性から求めた既存構造物の耐荷力及び変形性能と、既存構造物が必要とする耐荷力及び変形性能とを比較して、既存コンクリート構造物の健全度を診断するものである。また複数の断面において超音波伝播速度を測定することにより、既存コンクリート構造物の健全度を3次元的に診断を行うことが可能になり、コンクリート構造物からコアを採取する従来方法と比較して、診断精度は格段に高くなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態を添付図面に基づいて説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0011】
本発明は、図1の各工程を実施することにより、既存コンクリート構造物の健全度を診断するものである。
最初に、図2に示したように、既存コンクリート構造物10のほぼ同一断面に位置するように、複数の超音波センサーP1〜Pn,A1〜Anを発信側10aと受信側10bとに設置する。そして、構造物10の発信側10aをハンマー11等により打撃し、発信側10aの超音波センサーP1〜Pnと、受信側10bの超音波センサーA1〜Anとを結ぶ側線毎に超音波の伝播時間差を測定し、超音波伝播時間から各側線毎の超音波伝播速度を算出する。このようにして、既存コンクリート構造物10の所定断面における多数の超音波伝播速度データが得られる(ステップ1)。
【0012】
次に、ステップ1で求めた超音波伝播速度データからコンピュータトモグラフィ法により、超音波伝播速度の分布を求める(ステップ2)。
ここで、コンピュータトモグラフィ法とは、所定断面における超音波伝播速度等に関する多くの情報を記憶・蓄積し、これらの情報をコンピュータにより再構築して断面画像を得る手法である。この断面画像は数十万画素、例えば、512×512の画素で構成されるものであり、各画素は超音波伝播速度等の情報を有し、この情報が色彩や濃度により表現される。なお、各セルを一つの画素から構成するか、あるいは複数の画素から構成するかは、必要に応じて適宜定められる。ここで、セルとは、測定対象範囲を複数に分割したときの一つの区画であり、この区画毎に物理量(超音波伝播速度)が求められる。
【0013】
次に、ステップ2で各セル毎に求めた超音波伝播速度から動弾性係数を算出する(ステップ3)。超音波伝播速度と動弾性係数は、下記の式1により定義される関係を有するものであるため、この式1に超音波伝播速度を入力し、各セル毎の動弾性係数を算出する。
【0014】
【数1】

【0015】
次に、ステップ3で各セル毎に求めた動弾性係数から静弾性係数を算出する(ステップ4)。動弾性係数と静弾性係数は、下記の式2により定義される関係を有する。したがって、この式2に動弾性係数を入力し、各セル毎の静弾性係数を算出する。
c=Ed−104 ・・・・・(式2)
c:静弾性係数(N/mm2
d:動弾性係数(N/mm2
【0016】
次に、ステップ4で各セル毎に求めた静弾性係数からコンクリート圧縮強度を算出して推定値を求める(ステップ5)。静弾性係数とコンクリート圧縮強度は、下記の式3により定義される関係を有するので、この式3に静弾性係数を入力し、各セル毎のコンクリート圧縮強度の推定値を求める。
c=33.5×k1×k2×(γ/2.4)2×(Fc/60)1/3 ・・・・・(式3)
c:静弾性係数(kN/mm2
1:骨材による係数
2:混和剤による係数
γ:コンクリートの単位容積質量(t/m3
c:コンクリートの圧縮強度(N/mm2
【0017】
次に、ステップ3〜5で各セル毎に求めた動弾性係数、静弾性係数及びコンクリート圧縮強度をそれぞれ下記の式4〜式6に入力し、所定断面全体の耐荷力としての軸耐力と、所定断面全体の変形性能としての曲げ耐力及びせん断耐力とを算出する(ステップ6)。ここで、鉄筋量としては、示方書、工事仕様書、設計図書等の設計書類に記載された数値を使用するものとする。
(軸耐力)
P=Ac・Fc+As・Fsy ・・・・・(式4)
P:軸耐力(N/mm2
c:コンクリート断面積(mm2
c:コンクリート圧縮強度(N/mm2
s:鉄筋断面積(mm2
sy:鉄筋圧縮強度(N/mm2
(曲げ耐力)
M=G(Fc,Fs) ・・・・・(式5)
M :曲げ耐力
c:コンクリート圧縮強度(N/mm2
s:鉄筋引張強度(N/mm2
(せん断耐力)
yd=Vcd+Vsd+Vped ・・・・・(式6)
yd :せん断耐力
cd :せん断補強鋼材を用いない棒部材(コンクリートのみ)の設計せん断力
sd :せん断補強鋼材により受け持たれるせん断力
ped:軸方向緊張材の有効引張力のせん断力に平行な成分のせん断力
【0018】
ステップ6において所定の断面全体の計算値として求めた軸耐力、曲げ耐力及びせん断耐力と、既存コンクリート構造物の設計性能とを比較することにより、既存構造物の健全度を診断する(ステップ7)。つまり、既存構造物の健全度を診断する一つの方法としては、所定年月経過後の既存コンクリート構造物を実測して求めた推定値(軸耐力、曲げ耐力及びせん断耐力)と、工事仕様書等の計画書類に記載されている設計性能(軸耐力、曲げ耐力及びせん断耐力)とを比較することにより、既存構造物の健全度を診断するものである。なお、同様な比較を複数の断面について行うことにより、既存コンクリート構造物を3次元的に診断することが可能になる。
また健全度診断の他の方法としては、コンクリート部材断面の中央部が劣化していないものと仮定し、この中央部の所定セルと同じ超音波伝播速度を断面全体が有するものと仮定し、上記ステップ1からステップ6までの演算により所定断面全体の耐荷力及び変形性能を求め、これを既存コンクリート構造物の建設当初の性能と仮定する。この仮定値と、所定年月経過後の既存コンクリート構造物を実測して求めた推定値(軸耐力、曲げ耐力及びせん断耐力)とを比較することにより、既存構造物の健全度を診断するものである。なお、同様な比較を複数の断面について行えば、既存コンクリート構造物の3次元的な診断が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】既存コンクリート構造物の健全度診断方法のフロー図である。
【図2】既存コンクリート構造物における超音波センサーの設置状況及び超音波伝播時間の計測方法を示す図である。
【符号の説明】
【0020】
10 既存コンクリート構造物
10a 発信側
10b 受信側
1〜Pn 発信側の超音波センサー
1〜An 受信側の超音波センサー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)既存コンクリート構造物において複数の超音波センサーを発信側と受信側とに配置し、該超音波センサーにより各側線ごとに超音波伝播時間を測定して超音波伝播速度を算出し、該超音波伝播速度からコンピュータトモグラフィ法により所定断面における各セル毎の超音波伝播速度を算出し、
(2)該超音波伝播速度から各セル毎にコンクリートの動弾性係数を算出し、該動弾性係数を各セル毎に静弾性係数に変換し、該静弾性係数から各セル毎にコンクリート圧縮強度の推定値を求め、全てのセルの前記動弾性係数、前記静弾性係数及び前記コンクリート圧縮強度を用いて所定断面における耐荷力及び変形性能を算出し、
(3)複数の断面において前記(1)及び(2)の工程を繰返し実施し、
(4)前記(2)工程により求められた耐荷力及び変形性能の算出値と、既存コンクリート構造物の設計耐荷力及び設計変形性能とを、各所定断面毎に比較することを特徴とする既存コンクリート構造物の健全度診断方法。
【請求項2】
(1)既存コンクリート構造物において複数の超音波センサーを発信側と受信側とに配置し、該超音波センサーにより各側線ごとに超音波伝播時間を測定して超音波伝播速度を算出し、該超音波伝播速度からコンピュータトモグラフィ法により所定断面における各セル毎の超音波伝播速度を算出し、
(2)該超音波伝播速度から各セル毎にコンクリートの動弾性係数を算出し、該動弾性係数を各セル毎に静弾性係数に変換し、該静弾性係数から各セル毎にコンクリート圧縮強度の推定値を求め、全てのセルの前記動弾性係数、前記静弾性係数及び前記コンクリート圧縮強度を用いて所定断面における耐荷力及び変形性能を算出し、
(3)一方、前記所定断面の全てのセルが、ほぼ断面中央に位置する所定のセルと同じ前記動弾性係数、前記静弾性係数及び前記コンクリート圧縮強度を有すると仮定し、所定断面における耐荷力及び変形性能の仮定値を算出し、
(4)複数の断面において前記(1)(2)及び(3)の工程を繰返し実施し、
(5)前記(2)工程により求められた耐荷力及び変形性能の算出値と、前記(3)工程により求められた耐荷力及び変形性能の仮定値とを、各所定断面毎に比較することを特徴とする既存コンクリート構造物の健全度診断方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−292592(P2007−292592A)
【公開日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−120583(P2006−120583)
【出願日】平成18年4月25日(2006.4.25)
【出願人】(501391962)国土交通省東北地方整備局長 (6)
【出願人】(303057365)株式会社間組 (138)
【Fターム(参考)】