説明

早期肺病変評価装置及びその方法

【課題】被検者の努力なしに安静換気中に測定が可能であり、測定を非侵襲的に行う。
【解決手段】被検者は4開口チューブ20とフローセンサアダプタ10を介して大気(大気に相当する第1の酸素濃度の呼吸用ガス)を吸引可能となり、バルブ28を閉成制御し、バルブ36を開放制御することにより、被検者は、O2 15%・N2 残量の呼吸用ガスによる呼吸を行う。コンピュータ60は、大気に相当する第1の酸素濃度の呼吸用ガスによる呼吸を被検者が行った第1の状態において得られた血中酸素飽和度に係るデータSpO2(a)と、酸素ヘモグロビン解離曲線における傾きが急峻な範囲の酸素分圧に相当する第2の酸素濃度の呼吸用ガスによる呼吸を上記被検者が行った第2の状態において得られた血中酸素飽和度に係るデータSpO2(b)とが取り込み、その差に基づき肺病変の評価処理を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、肺病変が修復可能な早期において異常を検出することができる肺病変評価装置及びその方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
肺は体中への酸素取り込みに支障が来さぬよう、十重二十重に代償機能が保障されている。その第一は、左右に各一つの計2つの肺を有しその予備能力を確保していること、第二は、酸素ヘモグロビン解離曲線が大きくS字状を描いており、肺胞酸素分圧の低下に対しても充分なヘモグロビン飽和度が確保できるように保障されていること、第三に、肺胞での平均赤血球(ヘモグロビン)通過時間が0.6秒と長く酸素化に必要な0.2秒に比較して充分な予備能力が確保されていることである。これらの諸点は、いかに身体への酸素取り込みが生物にとって重要な課題であることを物語っている。
【0003】
このため肺は高度に障害を受けるまで、酸素不足の危険信号、つまり呼吸困難などの危険信号を呈することは無い。つまり、患者が呼吸困難などで病院を訪れるときには、肺は回復不可能なほど障害を受けている。本発明は、肺を通常の大気環境とは異なった環境下に置くこと(軽度の低酸素負荷)により、健常肺と早期肺病変を有する肺とでその動脈血酸素飽和度に大きく差が生じることを利用し、その肺病変が修復可能な早期に異常を検出し早期に治療を行うためのものである。
【0004】
航空機で移動する必要のある肺疾患患者では、重症ほど動脈血酸素飽和度低下のリスクは高まるという観点からのものではあるが、次に述べるような肺病変評価が行われている。即ち、上記リスクを予知するため、イギリスのある呼吸診療施設では、被実験者に口と鼻を覆うマスクを被せ、これを通じて純酸素(100%O2)を吸入させた後、そのマスク中に100%窒素を混入することによりその酸素濃度を一過性に15.1% 近くまで低下させ、耳たぶでの動脈血酸素飽和度の低下を測定する方法が報告されている。
【0005】
しかし、この方法の欠点は、ガスの流量の調節によって一定濃度の混合ガスを一定時間安定して供給することは極めて困難なため、測定精度や再現性に問題が生じる。また、この測定装置の開発の目的は、既に高度の肺障害を有する患者を対象とした飛行機旅行のリスクの予知にあり、早期肺病変の検出を目的としたものではない。更に、この測定装置は、被検者の換気のモニタを行わずまた呼気終末の二酸化炭素のモニタも欠いていることから、被検者間の換気の違いによる影響を受け易く、得られた動脈血酸素飽和度の低下をもって肺自身の障害の程度として特定し難い難点がある。
【0006】
上記のような装置に対し、本願発明者らは、パルスオキシメータと呼気流量計と呼気CO2メータとをコンピュータに接続し、機能的残量位にて20秒間の呼吸停止を行わせた際のSpO2の低下をΔSpO2として、早期肺病変検出の指標とするものを案出した(特許文献1の、特に0020〜0023欄など)。
【0007】
上記の手法は大気吸入下にて行い得るものであり、優れた手法と言えるものの、被検者が「息こらえ」する必要があり、被検者への負荷という観点からやや難点がある。
【特許文献1】特開2005−279262号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記のような従来の肺機能測定装置及びその方法における現状に鑑みなされたもので、その目的は、被検者の努力なしに安静換気中に測定が可能であり、測定を非侵襲的に行うことができる肺病変評価装置及びその方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る肺病変評価装置は、酸素ヘモグロビン解離曲線における傾きが急峻な範囲の酸素分圧に相当する酸素濃度の呼吸用ガスを供給する呼吸用ガス供給手段と、前記呼吸用ガス供給手段により供給される呼吸用ガスと大気とを切替えて被検者へ供給する切替手段と、前記被検者の血中酸素飽和度に係るデータを取得する取得手段と、前記切替手段を制御して、被検者が大気による呼吸を行う第1の状態と前記呼吸用ガスによる呼吸を行う第2の状態とを実現する制御手段と、前記第1の状態において前記取得手段により取得される第1の状態の血中酸素飽和度と、前記第2の状態において前記取得手段により取得される第2の状態の血中酸素飽和度とを得て、これらの関係に基づき肺病変の評価処理を行う評価処理手段とを具備することを特徴とする。
【0010】
本発明に係る肺病変評価装置は、前記被検者の呼気に含まれる二酸化炭素濃度を検出する検出手段を備え、前記評価処理手段は、この検出手段により所定の二酸化炭素濃度が安定検出されているときに第1の状態及び第2の状態の血中酸素飽和度情報を取り込むことを特徴とする。
【0011】
本発明に係る肺病変評価装置では、呼吸用ガス供給手段は、酸素濃度が16%〜14%中の所定濃度である呼吸用ガスを供給することを特徴とする。
【0012】
本発明に係る肺病変評価装置では、評価処理手段は、第1の状態の血中酸素飽和度と第2の状態の血中酸素飽和度との差分または比と、閾値とを比較して評価処理を行うことを特徴とする。
【0013】
本発明に係る肺病変評価方法は、大気に相当する第1の酸素濃度の呼吸用ガスによる呼吸を被検者が行った第1の状態において得られた血中酸素飽和度に係るデータと、酸素ヘモグロビン解離曲線における傾きが急峻な範囲の酸素分圧に相当する第2の酸素濃度の呼吸用ガスによる呼吸を前記被検者が行った第2の状態において得られた血中酸素飽和度に係るデータとを取り込み、前記第1の状態の血中酸素飽和度のデータと前記第2の状態の血中酸素飽和度のデータの関係に基づき肺病変の評価処理を行うことを特徴とする。
【0014】
本発明に係る肺病変評価方法は、前記被検者の呼気に含まれる二酸化炭素濃度が所定に安定しているときに第1の状態及び第2の状態の血中酸素飽和度のデータを取り込むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る肺病変評価装置と肺病変評価方法によれば、酸素ヘモグロビン解離曲線における傾きが急峻な範囲の酸素分圧に相当する第2の酸素濃度の呼吸用ガスによる呼吸を被検者が行った第2の状態において得られた血中酸素飽和度に係るデータとを取り込むので、被検者は特に努力することなく、必要なデータを得ることができる。また、第2の酸素濃度の呼吸用ガスによる呼吸では、酸素ヘモグロビン解離曲線における傾きが急峻な範囲の酸素分圧に相当することから、健常者と非健常者の血中酸素飽和度に係るデータが大きく異なるようになるのに対し、大気に相当する第1の酸素濃度の呼吸用ガスによる呼吸では健常者と非健常者の血中酸素飽和度に係るデータに大きな相違がないものとなるので、第1の状態の血中酸素飽和度のデータと第2の状態の血中酸素飽和度のデータの関係により肺病変を適切に評価でき、早期肺病変を捕らえることが可能である。
【0016】
また、本発明に係る肺病変評価装置と肺病変評価方法によれば、被検者の呼気に含まれる二酸化炭素濃度が所定に安定しているときに第1の状態及び第2の状態の血中酸素飽和度のデータを取り込むので、安静呼吸時のデータを用いて肺病変を適切に評価することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本願発明者らは、パルスオキシメータと呼気流量計と呼気CO2メータとをコンピュータに接続し、15%酸素(残り85%窒素)のガスボンベを用意し、これから供給される呼吸用ガスを大気下に安静換気した際の酸素飽和度と21%の酸素を含む大気の大気圧下に一定時間安静換気した際にみられる動脈血酸素飽和度と、の大気下に一定酸素濃度の呼吸用ガスを機能的残量位にて一定時間安静換気させた際にみられるパルスオキシメータによる動脈血酸素飽和度(SpO2a)と、先の供給手段により供給されると低酸素に切り替えて機能的残気量位にてほぼ同等な換気条件で一定時間安静換気させた際にみられるパルスオキシメータによる動脈血酸素飽和度の低下(SpO2b)の差をΔSpO2(=SpO2a-SpO2b)として、早期肺病変検出の指標とするものを案出した。この2つの測定値がほぼ同等な換気条件のもとに測定されたことの保証は呼気終末二酸化炭素(PetCO2分圧)のモニタならびに一回換気量と分時換気量の恒常性より判定可能であり、結果の再現性を容易にする特徴がある。
【0018】
上記の手法は大気圧下にて行い得るものであり、一定濃度の低酸素供給装置を必要とするものの、従来の多くの肺機能検査のように被験者に最大吸入や最大呼出、努力性呼出を必要とせず、安静換気下に行える優れた手法と言える。
【0019】
以下、添付図面を参照して本発明に係る肺病変評価装置とその方法の実施例を説明する。図1には、本発明に係る肺病変評価装置のブロック図が示されている。この肺病変評価装置には、筒状のフローセンサアダプタ10と、十字状の流路を備える4開口チューブ20と、リザーブバッグ31とを備える。また、O2 15%・N2 残量の呼吸用ガスが入ったボンベ32が、リザーブバッグ31の供給口33に接続されている。リザーブバッグ31中の圧は大気圧と同じになっている(1気圧)。これによって、リザーブバッグ31内のO2 15%・N2 残量の呼吸用ガスについては、大気で呼吸するのと全く同じ条件で呼吸(吸気・呼気)を続けることができる。リザーブバッグ31とボンベ32は、酸素ヘモグロビン解離曲線における傾きが急峻な範囲の酸素分圧に相当する酸素濃度の呼吸用ガスを供給する呼吸用ガス供給手段を構成する。
【0020】
リザーブバッグ31の排出口34は、4開口チューブ20の一つの開口端21に接続され、リザーブバッグ31の供給口33と排出口34とには、それぞれガスの流路を開閉するためのバルブ35、36が設けられている。
【0021】
4開口チューブ20は、上記開口端21以外に開口端22〜24を備えている。開口端21の開口に近い側の流路におけるバルブ36よりも内側の流路には一方向弁26が設けられている。開口端21と対向する開口端22の流路には一方向弁27が設けられ、開口端24の通路にはガスの流路を開閉するためのバルブ28が設けられ、開口端24と対向する開口端23には、フローセンサアダプタ10の一端側開口部が接続されている。4開口チューブ20、バルブ28、35、36は、呼吸用ガス供給手段により供給される呼吸用ガスと大気とを切替えて被検者へ供給する切替手段を構成する。
【0022】
フローセンサアダプタ10には、流量センサ11とCO2センサ12とが設けられ、4開口チューブ20との接続側と異なる側の開口は被検者が口にくわえるマウスピース70となっている。マウスピース70に代えてマスクを用いることもできる。流量センサ11は、フローセンサアダプタ10内流路の2地点の圧力差の信号を取り出すセンサにより構成することができ、差圧信号がアンプ41へ送られる。CO2センサ12は、フローセンサアダプタ10内流路の1地点に設けられる発光素子と受光素子により構成することができ、受光素子の検出信号がCO2メータ42へ送られる。CO2メータ42により得られた二酸化炭素濃度のデータはディジタルデータとされて、コンピュータ60に送られる。CO2センサ12、CO2メータ42は、被検者の呼気に含まれる二酸化炭素濃度を検出する検出手段を構成する。
【0023】
この肺病変評価装置は、血中酸素飽和度に係るデータを取得する取得手段であるパルスオキシメータ50を備えている。パルスオキシメータ50は、被検者の例えば左手第3指における指先に取り付けられるSpO2センサ51と信号変換器52により構成され、信号変換器52からはディジタル化された血中酸素飽和度に係るデータがコンピュータ60に送られる。
【0024】
上述の差圧信号を受けたアンプ41では、信号が増幅されてA/D変換器45へ送られてディジタル化されて積分器46及び流速出力計47へ送られる。積分器46では、差圧信号の積分を行い、結果を流量出力計48へ送られる。流速出力計47は、差圧データに基づきガスの流速を算出して流速データをコンピュータ60へ送る。流量出力計48は、差圧の積分値に基づきガスの流量を求めて流量データをコンピュータ60へ送る。
【0025】
バルブ28、35、36は、コンピュータ60により制御されるバルブ駆動装置80からの駆動信号により開閉を行うものである。パルスオキシメータ50におけるサンプリングレートは1/3sec程度であり、CO2メータ42におけるサンプリングレート、A/D変換器45と積分器46と流速出力計47及び流量出力計48における流速と流量のサンプリングレートは1/20sec程度である。
【0026】
以上のように構成された肺病変評価装置においては、SpO2センサ51が被検者の指先に取り付けられ、フローセンサアダプタ10の一端にあるマウスピース70を被検者が口にくわえ、鼻呼吸を停止させるために鼻がクリップにて閉塞された状態で測定が実行される。
【0027】
測定を開始する前に、コンピュータ60の制御によってバルブ駆動装置80を介してバルブ35が開放されてリザーブバッグ31にボンベ32からO2 15%・N2 残量の呼吸用ガスが、例えば所定時間貯められ、バルブ35が閉じられる。
【0028】
肺病変評価装置のコンピュータには、例えば図2に示されるようなフローチャートに対応する測定用プログラムが備えられており、これを実行するので、このフローチャートに基づき動作を説明する。測定開始の指示操作に応じてコンピュータ60は、バルブ駆動装置80を介してバルブ28を開放制御し、血中酸素飽和度情報、二酸化炭素濃度、流速データ及び流量データの取り込みを開始する(S11)。これによって、被検者は4開口チューブ20とフローセンサアダプタ10を介して大気(大気に相当する第1の酸素濃度の呼吸用ガス)を吸引可能となり、大気による呼吸を行う。このとき、呼気は4開口チューブ20の一方向弁27を介して開口22から外へ排出される。
【0029】
上記呼吸の際には、例えばメトロノームを用いて1分間に18回程度の呼吸になるように被検者に指示して安静換気下にて測定を行う。コンピュータ60はCO2メータ42から送られる二酸化炭素濃度のデータと、流速出力計47から送られてくる流速デーと、流量出力計48から送られてくる流量データを用いて、呼気終末二酸化炭素分圧(PetCO2)が例えば40±2Torr程度の恒常状態(steady-state)となるのを待ち(S12)、恒常状態(steady-state)となると、バルブ28を閉成制御し、バルブ36を開放制御する(S13)。
【0030】
これにより、被検者は大気による呼吸時と同様に、O2 15%・N2 残量の呼吸用ガスによる呼吸を行う。この間及びこの後も、血中酸素飽和度情報、二酸化炭素濃度、流速データ及び流量データの取り込みを継続する(S14)。呼吸の際には、被検者に指示して安静換気となるようにし、大気に相当する第1の酸素濃度の呼吸用ガスによる呼吸を被検者が行った第1の状態において得られた血中酸素飽和度に係るデータSpO2(a)と、酸素ヘモグロビン解離曲線における傾きが急峻な範囲の酸素分圧に相当する第2の酸素濃度の呼吸用ガスによる呼吸を上記被検者が行った第2の状態において得られた血中酸素飽和度に係るデータSpO2(b)とが取り込まれるので、上記第1の状態の血中酸素飽和度のデータSpO2(a)と上記第2の状態の血中酸素飽和度のデータSpO2(b)の差に基づき閾値(例えば、3%)と比較し、肺病変の評価処理を行う(S15)。
【0031】
このように、コンピュータ60は、切替手段を制御して、被検者が大気による呼吸を行う第1の状態と前記呼吸用ガスによる呼吸を行う第2の状態とを実現する制御手段と、第1の状態において前記取得手段により取得される第1の状態の血中酸素飽和度と、上記第2の状態において上記取得手段により取得される第2の状態の血中酸素飽和度とを得て、これらの関係に基づき肺病変の評価処理を行う評価処理手段を構成する。
【0032】
図3、図4に測定したデータであり、コンピュータ60がLCD等のモニタに表示するデータを示す。図3は、47歳の男性で非喫煙、健常者であってスパイログラムよる検査では正常な、被検者のデータを示し、図4は、62歳の男性で非喫煙、普段は無症状であるが喘息素因を有する者であってスパイログラムよる検査では正常な被検者のデータを示す。
【0033】
また、図3、図4のf1はパルスオキシメータ50による動脈血酸素飽和度(SpO2)を示し、f2は呼吸の流量を示し、f3は呼吸の1回換気量を示し、f4は呼気終末二酸化炭素分圧(PetCO2)を示す。また、横軸は時間(単位:秒)である。f1〜f4は、実際には色分けされてモニタに表示される。
【0034】
上記測定結果によれば、図3の被検者は15%酸素呼吸を180秒継続した安静換気後の動脈血酸素飽和度(SpO2)は、96%から94%への僅か2%低下に留まり、早期肺病変が見られないと評価される。これに対し、図4の被検者は15%酸素呼吸を160秒継続した安静換気後の動脈血酸素飽和度(SpO2)は、96%から91%へと大きく5%低下しており、早期肺病変が見られると評価される。
【0035】
以上の通り本発明の実施例によれば、酸素ヘモグロビン解離曲線における傾きが急峻な範囲の酸素分圧に相当するO2 15%・N2 残量である酸素濃度の呼吸用ガスを用いることにより、肺病変を適切に評価でき、早期肺病変を捕らえることが可能であることが分かる。
【0036】
酸素ヘモグロビン解離曲線における傾きが急峻な範囲の酸素分圧に相当するO2 15%・N2 残量である酸素濃度の呼吸用ガスを用いる理由は次の通りである。図5に示す酸素ヘモグロビン解離曲線を参照して説明する。図5は、海面レベルにおける酸素ヘモグロビン解離曲線図を示す。横軸に酸素分圧を、単位として底辺にkPa (キロパスカル)、上方に mmHg で表したものである。縦軸にヘモグロビン(Hb)の酸素飽和度を示す。3本の実線と1本の破線として現してあるが、健常者のものは右から2番目の曲線l1である。その左の実線l2はpHがアルカリに傾いたとき、血液の温度が低下したとき、血中の2,3DPGが減少したときのもの、右の実線l3はその逆の場合の変移に対応するものを表す。破線l4は新生児の酸素ヘモグロビン解離曲線を表す。
【0037】
1気圧 (760 mmHg) の大気下では21% の酸素濃度による酸素分圧は約160 mmHgである。健常成人の肺胞酸素分圧は37℃の飽和水蒸気圧(47 mmHg )ならびに体内から肺胞に排出される二酸化炭素を考慮に入れると約100mmHg となる。先の健常者の酸素-ヘモグロビン 解離曲線を右上方にたどると酸素分圧が100 mmHg近辺でのヘモグロビンの酸素飽和度は98%に達しており、このことは健常成人ではほぼ100%のヘモグロビンが酸素と結びついて効率よく組織へ酸素を運搬することを意味している。
【0038】
さらにこの曲線全体はS 状の曲線を描き、特に上端の平坦部分が幅広く(the flat top part of the curve) ことが特徴であり、一般に肺が障害を受けると肺胞ならびに肺毛細管内の酸素分圧は低下するが、肺の障害のために肺胞酸素分圧が20%(20 mmHg) 低下しても、ヘモグロビンの酸素飽和度は97% であり、なお充分な酸素を組織へ運べる仕組みとなっていることを示す。よって、早期の肺障害では、組織の酸素不足による息切れなどの症状がないため、本人は肺の障害を自覚しえない。
【0039】
これに対し、1気圧の大気に変えてO2 15%・N2 残量である酸素濃度の呼吸用ガスを吸入すると、吸入気の酸素分圧は約114 mmHgとなり、換気状態が先の状態に維持される限り健常人の肺胞酸素分圧は57 mmHg となる。しかし、肺の早期障害を有する者では、このために肺胞酸素分圧が上記と同様20% (14 mmHg )低下すると、酸素飽和度は80%まで大きく低下する。これは酸素ヘモグロビン解離曲線が急峻な部分(the middle steeper part of the curve)にかかるためである。
【0040】
以上の通り、O2 15%・N2 残量である酸素濃度の呼吸用ガスは、酸素ヘモグロビン解離曲線が急峻な部分(the middle steeper part of the curve)に相当する酸素濃度の呼吸用ガスの一例である。酸素ヘモグロビン解離曲線が急峻な部分に相当する酸素濃度の呼吸用ガスを用いるのであれば、O2 15%・N2 残量である酸素濃度の呼吸用ガスに限定されない。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明に係る肺病変評価装置の実施例のブロック図。
【図2】本発明に係る肺病変評価装置の実施例の動作を説明するためのフローチャート。
【図3】本発明に係る肺病変評価装置の実施例を用いて健常者を被検者として、血中酸素飽和度情報、二酸化炭素濃度、流速データ及び流量データ等の測定した場合に表示される表示例を示す図。
【図4】本発明に係る肺病変評価装置の実施例を用いて喘息素因を有する者を被検者として、血中酸素飽和度情報、二酸化炭素濃度、流速データ及び流量データ等の測定した場合に表示される表示例を示す図。
【図5】酸素ヘモグロビン解離曲線を示す図。
【符号の説明】
【0042】
10 フローセンサアダプタ
11 流量センサ
12 CO2センサ
20 4開口チューブ
31 リザーブバッグ
32 ボンベ
41 アンプ
42 CO2メータ
45 A/D変換器
46 積分器
47 流速出力計
48 流量出力計
50 パルスオキシメータ
51 SpO2センサ
52 信号変換器
60 コンピュータ
70 マウスピース
80 バルブ駆動装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素ヘモグロビン解離曲線における傾きが急峻な範囲の酸素分圧に相当する酸素濃度の呼吸用ガスを供給する呼吸用ガス供給手段と、
前記呼吸用ガス供給手段により供給される呼吸用ガスと大気とを切替えて被検者へ供給する切替手段と、
前記被検者の血中酸素飽和度に係るデータを取得する取得手段と、
前記切替手段を制御して、被検者が大気による呼吸を行う第1の状態と前記呼吸用ガスによる呼吸を行う第2の状態とを実現する制御手段と、
前記第1の状態において前記取得手段により取得される第1の状態の血中酸素飽和度と、前記第2の状態において前記取得手段により取得される第2の状態の血中酸素飽和度とを得て、これらの関係に基づき肺病変の評価処理を行う評価処理手段と
を具備することを特徴とする肺病変評価装置。
【請求項2】
前記被検者の呼気に含まれる二酸化炭素濃度を検出する検出手段を備え、
前記評価処理手段は、この検出手段により所定の二酸化炭素濃度が安定検出されているときに第1の状態及び第2の状態の血中酸素飽和度情報を取り込むことを特徴とする請求項1に記載の肺病変評価装置。
【請求項3】
呼吸用ガス供給手段は、酸素濃度が16%〜14%中の所定濃度である呼吸用ガスを供給することを特徴とする請求項1または2に記載の肺病変評価装置。
【請求項4】
評価処理手段は、第1の状態の血中酸素飽和度と第2の状態の血中酸素飽和度との差分または比と、閾値とを比較して評価処理を行うことを特徴とする請求項1に記載の肺病変評価装置。
【請求項5】
大気に相当する第1の酸素濃度の呼吸用ガスによる呼吸を被検者が行った第1の状態において得られた血中酸素飽和度に係るデータと、酸素ヘモグロビン解離曲線における傾きが急峻な範囲の酸素分圧に相当する第2の酸素濃度の呼吸用ガスによる呼吸を前記被検者が行った第2の状態において得られた血中酸素飽和度に係るデータとを取り込み、
前記第1の状態の血中酸素飽和度のデータと前記第2の状態の血中酸素飽和度のデータの関係に基づき肺病変の評価処理を行うことを特徴とする肺病変評価方法。
【請求項6】
前記被検者の呼気に含まれる二酸化炭素濃度が所定に安定しているときに第1の状態及び第2の状態の血中酸素飽和度のデータを取り込むことを特徴とする請求項5に記載の肺病変評価方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−118(P2010−118A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−159016(P2008−159016)
【出願日】平成20年6月18日(2008.6.18)
【出願人】(597129229)チェスト株式会社 (31)
【出願人】(507148456)学校法人 岩手医科大学 (19)
【Fターム(参考)】