説明

時効硬化性鋼および機械部品の製造方法

【課題】時効処理前の硬さがHVで315以下であり、時効処理後の疲労強度が510MPa以上である時効硬化性鋼の提供。
【解決手段】C:0.05〜0.28%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.50〜2.5%、P≦0.05%、S≦0.10%、Cr:0.05〜2.5%、Al≦0.06%、Ti:0.005〜0.20%、V:0.20〜0.75%、Mo:0.30〜1.0%、N≦0.020%を含有し、残部はFeと不純物からなり、〔C+0.3Mn+0.25Cr+0.6Mo+Beff≧0.65、〔C+0.1Si+0.2Mn+0.2Cr+0.35V+0.2Mo≦0.84〕及び〔V+0.8Tieff+0.35Mo+0.5Nb>0.35(但し、Tieffは、{Ti−(48/14)N−(48/32)S}又は0の内の大きい方の値)〕を満たす時効硬化性鋼。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、時効硬化性鋼およびその鋼を用いた機械部品の製造方法に関する。より詳しくは、本発明は、熱間鍛造と切削加工によって所定の形状に加工された後、時効硬化処理(以下、単に「時効処理」ともいう。)が施され、当該時効処理によって所望の強度を確保することが行われる自動車、産業機械、建設機械などの機械部品を製造するための鋼、およびその鋼を用いて上記のような機械部品を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エンジンの高出力化、燃費向上を目指した軽量化などの観点から、自動車、産業機械、建設機械などの機械部品には、高い疲労強度が要求されている。鋼に高い疲労強度を具備させるだけであれば、合金元素および/または熱処理を利用して鋼の硬さを上げることで、容易に達成できる。しかし、一般に、上記の機械部品は、熱間鍛造により成形され、その後、切削加工によって所定の製品形状に仕上げられる。このため、上記機械部品の素材となる鋼は高い疲労強度とともに十分な被削性を同時に備えていなければならない。
【0003】
したがって、疲労強度と被削性を両立させるために、良好な被削性が要求される成形段階では硬さを低く抑えることができ、一方、その後に時効処理を施して強度が要求される最終の製品段階では硬さを高くすることができる、種々の技術が開示されている。
【0004】
例えば、特許文献1には下記の製造方法が開示されている。
【0005】
具体的には、時効硬化機械部品の製造方法であって、質量%で、C:0.10〜0.25%、Si:0.10〜0.50%、Mn:0.60〜1.0%、S:0.01〜0.10%、Ti:0.005〜(4×N)%、V:0.10〜0.25%及びMo:0.05〜0.60%で、且つV+0.5Mo:0.50%未満、N:0.010〜0.030%及びCa:0.0001〜0.005%を含有し、残部はFe及び不純物からなる鋼を1000〜1300℃に加熱して熱間鍛造を900℃以上の温度T1で終了し、少なくとも900℃から、550〜450℃の範囲内にある温度T2までを10℃/秒以上の冷却速度で冷却し、該冷却に続いて550〜450℃の温度範囲に1分以上保持してから室温まで冷却し、更に切削加工を施した後、560〜650℃の温度で時効硬化処理することを特徴とする「時効硬化機械部品の製造方法」が開示されている。
【0006】
特許文献2には次の時効硬化鋼が開示されている。
【0007】
具体的には、質量%で、C:0.11〜0.60%、Si:0.03〜3.0%、Mn:0.01〜2.5%、Mo:0.3〜4.0%、V:0.05〜0.5%およびCr:0.1〜3.0%を含有し、さらに必要に応じて、Al:0.001〜0.3%、N:0.005〜0.025%、Nb:0.5%以下、Ti:0.5%以下、Zr:0.5%以下、Cu:1.0%以下、Ni:1.0%以下、S:0.01〜0.20%、Ca:0.003〜0.010%、Pb:0.3%以下およびBi:0.3%以下のうちの1種以上を含み、残部がFeと不可避的不純物から成り、各成分間では、
4C+Mn+0.7Cr+0.6Mo−0.2V≧2.5、
C≧Mo/16+V/5.7、
V+0.15Mo≧0.4
を満たす関係が成立しており、圧延、鍛造、または溶体化処理後に、温度800℃から300℃の間は0.05〜10℃/秒の平均冷却速度で冷却され、時効処理前においては、ベイナイト組織の面積率が50%以上で、かつ硬さは40HRC以下であり、時効処理によって、硬さが時効処理前の硬さよりも7HRC以上高くなることを特徴とする「時効硬化鋼」が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2008−88508号公報
【特許文献2】特開2006−37177号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
前述の特許文献1で開示された技術の場合、時効硬化能を大きくするには熱間鍛造後の冷却過程において、部品ごとに特定の温度域で所定の時間保持する必要がある。このため、特定の温度域での保持時間管理を可能にするために、例えば、専用の均熱炉を用いるなど、製造に際して設備上の制約が生じる場合がある。
【0010】
特許文献2で開示された技術は、時効処理前の硬さがHRCで40以下であるが、開示されている鋼の多くの時効処理前の硬さはHRCで32以上であり、高い被削性が必要な部材には用いることができない場合がある。また、特許文献2には時効硬化前の硬さがHRCで27.9〜28.5の鋼も開示されているが、これらの鋼は1.0%を大きく超えるMoを含有しており、コストの面から実用的なものとはいえなかった。
【0011】
そこで、本発明の目的は、下記の<1>〜<3>を全て満たす時効硬化性鋼を提供することにある。
【0012】
<1>熱間鍛造後に切削加工を施して所定の形状に加工するに際しては、切削加工前硬さである熱間鍛造後の硬さがビッカース硬さ(以下、「HV」という。)で315以下になり被削性に優れること。
【0013】
<2>時効処理後の疲労強度が510MPa以上であること。
【0014】
<3>熱間鍛造後の冷却過程において専用の均熱炉を必要としないこと。
【0015】
具体的には、本発明の目的は、熱間鍛造後に油冷等の急冷を行わず、例えば、大気中での放冷または風冷など5℃/秒未満の平均冷却速度(以下、「比較的遅い冷却速度」という。)で冷却した状態での硬さがHVで315以下であって、熱間鍛造後の冷却状態で鋼を切削加工することができ、しかも、切削加工後に施す時効処理によって、510MPa以上の疲労強度が得られる「時効硬化性鋼」を提供することである。
【0016】
さらに、上記の時効硬化性鋼を用いて機械部品を製造する方法を提供することも本発明の目的である。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、前記の課題を解決するために、まず、化学組成を種々に調整した鋼を用いて、時効処理中に析出させる元素についての基礎的な調査を実施した。
【0018】
その結果、下記(a)〜(f)の知見を得た。
【0019】
(a)時効処理中に析出させる化合物を形成する元素は、時効処理温度での化合物(2次相)の生成能が強いことに加えて、熱間鍛造中にはマトリックスに固溶した状態で存在するものでなければならない。
【0020】
(b)本発明の鋼では、時効処理によって、510MPa以上という高い疲労強度を得る必要がある。Moは、時効処理によって炭化物を形成し析出する元素である。また、Moの炭化物は溶解度が大きいため、容易にMoを時効処理前の状態でマトリックス中に固溶させることができる。そのため、高い疲労強度が必要な場合は、鋼にMoを含有させることで、安定して高い疲労強度を得ることができる。しかし、Moの炭化物の析出により所望の疲労強度を得るには、多量のMoを鋼に含有させる必要があり、コストの大幅上昇は避けられない。したがって、実用的な鋼を得るには、コスト面からMoの含有量を許容できる範囲とし、他の炭化物形成元素を複合的に含有させ、さらに複合的に含有させた炭化物形成元素による析出硬化を有効に発揮させる必要がある。
【0021】
(c)Mo以外の炭化物形成元素としては、Ti、NbおよびVがある。しかし、Tiの炭化物およびNbの炭化物は鋼への溶解度がVの炭化物と比べると小さい。このため、TiおよびNbの場合、時効処理前の状態でマトリックス中に固溶させることができる量は少ない。これに対し、Vの場合には、Vの炭化物の鋼への溶解度がTiの炭化物およびNbの炭化物より大きいのに加え、高温からの放冷した時のVの炭化物の析出ピークの温度は750〜700℃程度であって、Tiの炭化物およびNbの炭化物の析出ピークの温度と比べると低い。例えば、0.3質量%のVと0.1質量%のCを含む鋼においては、Vの炭化物は一旦マトリックス中に固溶すると850℃付近までは析出しない。このため、Vの場合には、熱間鍛造中の析出を抑制することが比較的容易である。しかも、VはMoと複合的に炭化物を形成するため、Moを含む鋼にさらにVを含有させることで、実用的な量を超えるようなMoを含有せずとも、大きな時効硬化能が期待できる。
【0022】
(d)複合的に含有したVによる析出硬化を有効に発揮させるには、Vは時効処理前の段階において固溶状態に保つことが必要である。
【0023】
(e)Vを時効処理前の段階において固溶状態で保つための第一の手段は、熱間鍛造時の固溶状態のN量を減らすことである。熱間鍛造時に固溶状態のN量が多いと、鍛造中および鍛造後の冷却中にNはVと結びついてVの窒化物として析出してしまう。Nは鋼中に不可避的に混入する元素であって、Vの窒化物が析出を開始する温度はVの炭化物よりも高い。例えば、0.2質量%のVと0.015質量%のNを含有する鋼におけるVの窒化物の析出開始温度は、公知のVNの溶解度積を用いて計算すると、1150〜1100℃程度である。この温度は一般的な熱間鍛造温度に相当する。そこで熱間鍛造時の固溶状態のN量を減らすために、Vよりも窒化物形成能の高いTiを含有させる必要がある。
【0024】
(f)Vを時効処理前の段階において固溶状態で保つための第二の手段は、熱間鍛造後の組織の主相(つまり、面積率が60%以上の相)をベイナイトにすることである。Vの炭化物は、オーステナイトがフェライトへ変態する際に相界面で析出する。そのため、熱間鍛造後の冷却中に初析フェライトが多量に生成すると固溶状態のVの量が減少する。したがって、熱間鍛造後の冷却中に極力フェライトを析出させないようにする必要がある。
【0025】
そこで次に、本発明者らは、0.20質量%以上のVを含む鋼について、鋼成分を種々に変化させて、組織の主相をベイナイトにするための条件を調査した。また、それらの時効処理前の硬さを調査した。さらに、時効後の疲労強度が510MPa以上となる条件を調査した。
【0026】
その結果、下記(g)〜(j)の知見を得た。
【0027】
(g)組織がマルテンサイトになると被削性が低下するが、Moは強力なベイナイト安定化元素であり、CrおよびMnに比べると組織をマルテンサイト化させることなくベイナイトを安定して生成することができる。熱間鍛造後、前述の比較的遅い冷却速度で冷却した状態の組織は、C、Mn、Cr、MoおよびBの含有量と密接な相関を有する。すなわち、上記元素の含有量が後述する(1)式または(1')式で表される条件を満たせば、初析フェライトが多量に析出することがない。しかも、前述の比較的遅い冷却速度では、マルテンサイトが多量に析出することがない。このため、容易に、ベイナイトを主相とする組織にすることができる。
【0028】
(h)しかし、C、Mn、Cr、MoおよびBの含有量が上記(g)で述べた条件を満たすだけでは、固溶強化などの作用によって、時効処理前の硬さが高くなるので被削性が低下する。一方、C、Si、Mn、Cr、MoおよびVの含有量が後述する(2)式で表される別の条件を満たせば、上記時効処理前の硬さを低く保つことができるので、良好な被削性が得られる。
【0029】
(i)C、Si、Mn、Cr、Mo、VおよびBの含有量が(g)および(h)で述べた条件をともに満たす鋼は、ベイナイトを主相とする組織であるにも拘わらず被削性に優れるため、容易に所定の形状に切削加工することができる。また、この鋼は、時効処理によって固溶状態のMoおよびVが炭化物を析出して時効硬化するため、容易に強化することができる。
【0030】
(j)前述のようにTiの場合には、時効処理前の状態でマトリックス中に固溶させることができる量は、Vの場合と比べると少ない。しかし、窒化物および硫化物を形成した残りのTi、すなわち時効処理前の固溶状態のTiは、時効処理後の疲労強度をより高めることができ、V、Ti、N、SおよびMoの含有量が後述する(3)式を、またはV、Ti、N、S、MoおよびNbの含有量が後述する(3')式で表される条件をさらに満たせば、時効処理後の疲労強度を510MPa以上とすることができる。
【0031】
本発明は、上記の知見を基にしてなされたもので、その要旨は、下記(1)および(2)に示す時効硬化性鋼ならびに(3)に示す上記時効硬化性鋼を用いた機械部品の製造方法にある。
【0032】
(1)質量%で、C:0.05〜0.28%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.50〜2.5%、P:0.05%以下、S:0.10%以下、Cr:0.05〜2.5%、Al:0.06%以下、Ti:0.005〜0.20%、V:0.20〜0.75%、Mo:0.30〜1.0%およびN:0.020%以下を含有し、残部はFeおよび不純物からなり、かつ、下記の(1)〜(3)式を満足することを特徴とする時効硬化性鋼。
C+0.3Mn+0.25Cr+0.6Mo≧0.65・・・・・(1)
C+0.1Si+0.2Mn+0.2Cr+0.35V+0.2Mo≦0.84・・・・・(2)
V+0.8Tieff+0.35Mo>0.35・・・・・(3)
上記の(1)〜(3)式中の元素記号は、その元素の含有量(質量%)を意味する。
また、(3)式中のTieffは、{Ti−(48/14)N−(48/32)S}または0のうちの大きい方の値を指す。
【0033】
(2)質量%で、C:0.05〜0.28%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.50〜2.5%、P:0.05%以下、S:0.10%以下、Cr:0.05〜2.5%、Al:0.06%以下、Ti:0.005〜0.20%、V:0.20〜0.75%、Mo:0.30〜1.0%およびN:0.020%以下を含有するとともに、下記の〈1〉から〈3〉までのいずれかに属する1種以上の元素を含有し、残部はFeおよび不純物からなり、かつ、下記の(1')式、(2)式および(3')式を満足することを特徴とする時効硬化性鋼。
〈1〉B:0.005%以下
〈2〉Cu:0.6%以下、Ni:0.6%以下およびNb:0.1%以下
〈3〉Ca:0.005%以下およびBi:0.4%以下
C+0.3Mn+0.25Cr+0.6Mo+Beff≧0.65・・・・・(1')
C+0.1Si+0.2Mn+0.2Cr+0.35V+0.2Mo≦0.84・・・・・(2)
V+0.8Tieff+0.35Mo+0.5Nb>0.35・・・・・(3')
上記の(1')式、(2)式および(3')式中の元素記号は、その元素の含有量(質量%)を意味し、(1')式中のBeffは次の値を指す。
Bの含有量が0.0005%未満の場合:Beff=0、
Bの含有量が0.0005〜0.005%の場合:Beff=0.05。
また、(3')式中のTieffは、{Ti−(48/14)N−(48/32)S}または0のうちの大きい方の値を指す。
【0034】
(3)機械部品の製造方法であって、上記(1)または(2)に記載の鋼を1000℃以上の温度で加熱し、仕上げ温度が900℃以上である熱間鍛造を施し、その後5℃/秒未満の平均冷却速度で少なくとも500℃まで冷却し、さらに、切削加工を施した後に560〜700℃の温度で時効処理を施すことを特徴とする機械部品の製造方法。
【0035】
「加熱温度」は加熱炉の炉内温度の平均値を意味する。同様に、「時効処理」の温度も加熱炉の炉内温度の平均値を意味する。
【0036】
熱間鍛造の「仕上げ温度」は、熱間鍛造で所定の形状に成形した際の被処理材の表面の温度を指す。同様に、熱間鍛造後に5℃/秒未満の平均冷却速度で冷却する温度も被処理材の表面の温度を指す。
【0037】
熱間鍛造後に少なくとも500℃まで冷却する際の「平均冷却速度」は、上記熱間鍛造の仕上げ温度と500℃との温度差を、熱間鍛造後500℃まで冷却するのに要した時間で除したものを指す。
【発明の効果】
【0038】
本発明の時効硬化性鋼は、自動車、産業機械、建設機械などの機械部品の素材として使用することができる。また、本発明の鋼を使用して本発明方法によって機械部品を製造すれば、熱間鍛造と切削加工を施して所定の形状に加工するに際しては、熱間鍛造後の冷却状態である切削加工前の硬さがHVで315以下と低く被削性に優れ、しかも、切削加工の後に施される時効処理によって硬化し、510MPa以上という所望の疲労強度を有する機械部品が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
【図1】実施例で用いた平滑小野式回転曲げ疲労試験片の形状を示す図である。図中の数値は寸法(単位:mm)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。なお、各元素の含有量の「%」は「質量%」を意味する。
【0041】
(A)化学組成
C:0.05〜0.28%
Cは、V、Mo、TiおよびNbと結合して炭化物を形成し、鋼を強化する。しかしながら、Cの含有量が0.05%未満では、炭化物の析出駆動力が小さくなって炭化物が析出し難くなるため、所望の強化効果が得られない。一方、Cの含有量が0.28%を超えると、CがFeと炭化物を形成し、時効処理前の組織を強化してしまうため、被削性が低下する。したがって、Cの含有量を0.05〜0.28%とした。Cの含有量は、0.10%以上とすることが好ましく、また0.24%以下とすることが好ましい。
【0042】
Si:0.05〜0.50%
Siは、製鋼時の脱酸元素として有用であると同時に、マトリックスに固溶して鋼の強度を向上させる作用を有する。これらの効果を十分に得るためには、Siは0.05%以上の含有量とする必要がある。しかしながら、Siの含有量が過剰になると、鋼の熱間加工性および被削性の低下を招き、特に、その含有量が0.50%を超えると、鋼の熱間加工性および被削性の低下が著しくなる。したがって、Siの含有量を0.05〜0.50%とした。Siの含有量は、0.10%以上とすることが好ましく、また0.40%以下とすることが好ましい。
【0043】
Mn:0.50〜2.5%
Mnは、強度と焼入れ性を向上させる元素であると同時に、鋼中でMnSを形成して被削性を向上させる作用を有する。これらの効果を十分に得るためには、Mnは少なくとも0.50%の含有量とする必要がある。しかしながら、Mnの含有量が2.5%を超えると、焼入れ性が過剰になるとともに、Mnによる固溶強化量が大きくなることによって被削性および熱間加工性の低下が非常に著しくなる。したがって、Mnの含有量を0.50〜2.5%とした。Mnの含有量は、0.60%以上とすることが好ましく、また2.3%以下とすることが好ましい。
【0044】
P:0.05%以下
Pは、不純物として不可避的に含有される元素であり、靱性を低下させる。Pの含有量が0.05%を超えると、靱性の低下が非常に著しくなる。したがって、Pの含有量を0.05%以下とした。Pの含有量は、0.04%以下とすることが好ましい。
【0045】
S:0.10%以下
Sは、不純物として不可避的に含有される元素である。他方、Sは鋼中でMnと結合しMnSを形成して被削性を向上させるので、被削性が必要なときには積極的に含有させてもよい。被削性向上の効果を十分に得るにはS含有量を0.01%以上とすることが望ましい。しかしながら、Sの含有量が高くなると、Mnの固溶量は少なくなり、また粗大化したMnSが疲労破壊の起点となるため疲労強度が低下する。特に、Sの含有量が0.10%を超えると、疲労強度の低下が著しくなる。したがって、Sの含有量を0.10%以下とした。より高い疲労強度が要求される場合には、Sの含有量は、0.05%未満とすることが好ましく、0.02%以下とすることが一層好ましい。一方、疲労強度よりもSの被削性改善効果を優先して積極的に含有させる場合には、0.05%以上のSを含有させるのがより一層好ましい。
【0046】
Cr:0.05〜2.5%
Crは、焼入れ性を高め、熱間鍛造後の組織の主相をベイナイトとするとともに、その面積率を大きくする作用を有する。この効果を十分に得るためには、Crは0.05%以上の含有量とする必要がある。しかしながら、Crの含有量が2.5%を超えると、焼入れ性が過剰になるとともに、Crによる固溶強化量が大きくなることによって被削性および熱間加工性の低下が非常に著しくなる。したがって、Crの含有量を0.05〜2.5%とした。Crの含有量は、2.3%以下とすることが好ましく、2.0%以下とすることが一層好ましい。
【0047】
Al:0.06%以下
Alは、不純物として不可避的に含有される元素である。Alは、脱酸を目的に意図して含有させてもよい。脱酸効果を十分に得るには、Alは0.005%以上の含有量とすることが好ましい。しかし、鋼中のAlの含有量が0.06%を超えると靱性が低下する。したがって、Alの含有量を0.06%以下とした。Alの含有量は、0.05%以下とすることが好ましい。
【0048】
Ti:0.005〜0.20%
Tiは、TiNとしてNを固定することで、熱間鍛造中および鍛造後の冷却中におけるVNの析出を抑制する。この効果を十分に得るためには、Tiは0.005%以上の含有量とする必要がある。固溶状態のTiは、時効処理によりVと複合的に炭化物を析出するので、硬さを上昇させる効果がある。しかし、Tiの含有量が0.20%よりも多くなると、鍛造時の加熱中においても粗大なTiCが析出し、靱性を低下させてしまう。したがって、Tiの含有量を0.005〜0.20%とした。Tiの含有量は、時効処理前の硬さを低くしたい場合は、0.06%以下とすることが好ましく、0.04%以下とすれば一層好ましい。一方、時効処理前の硬さが多少高くなっても、高い時効処理後の硬さを得て疲労強度を向上させたい場合は、0.06%を超えるTiを含有させるのが好ましい。高い時効処理後の硬さを得たい場合のTi含有量は、0.15%未満とすることが好ましい。
【0049】
V:0.20〜0.75%
Vは、本発明の鋼における重要な元素である。Vは、時効処理の際にCと結合して微細な炭化物を形成することで、顕著に強度を高める作用がある。この効果を十分に得るためには、Vは0.20%以上の含有量とする必要がある。しかしながら、Vの含有量が過剰になると、熱間鍛造時の加熱においても未固溶の炭窒化物が残りやすくなって靱性の低下を招き、特に、その含有量が0.75%を超えると、靱性の低下が著しくなる。Vの含有量が0.75%を超えると、被削性も著しく低下する。したがって、Vの含有量を0.20〜0.75%とした。被削性を重視する場合のVの含有量は、0.70%以下とすることが好ましく、0.65%以下とすることが一層好ましい。一方、強度を重視する場合のVの含有量は、0.23%以上とすることが好ましく、0.25%以上とすることが一層好ましい。
【0050】
Mo:0.30〜1.0%
Moは、焼入れ性を高め、熱間鍛造後の組織をマルテンサイト化させることなく、組織の主相を安定的にベイナイトとするとともに、その面積率を大きくする作用を有する。また、Moは、CrおよびMnで強化されたベイナイトよりも時効硬化能を大きくすることができる。そのため、被削性を大きく害することなく時効処理後の疲労強度を高める効果がある。さらに、Moは、0.20%以上のVを含有する鋼において、Vと複合的に炭化物を形成して、時効硬化能を大きくする作用も有する。これらの効果を十分に得るためには、Moは0.30%以上の含有量とする必要がある。しかしながら、Moは非常に高価な元素であるため、含有量が多くなると鋼の製造コストが増大してしまう。したがって、上限を設け、Moの含有量を0.30〜1.0%とした。Moの含有量は、0.32%以上とすることが好ましい。一方、Moの含有量は、0.9%以下とすることが好ましく、0.8%以下とすることが一層好ましい。
【0051】
N:0.020%以下
Nは、本発明鋼においてはVをVNとして固定してしまうため、好ましくない元素である。また、その含有量が多くなりすぎると、Nを固定するためのTiの含有量が多くなり、それに伴って生成されるTiNは粗大になって靱性を低下させる。したがって、上限を設け、Nの含有量を0.020%以下とした。Nの含有量は、0.015%以下とすることが好ましく、0.012%以下とすることが一層好ましい。
【0052】
本発明の時効硬化性鋼の一つは、上述のCからNまでの元素を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、かつ、前記の(1)〜(3)式を満足する鋼である。
【0053】
なお、残部としての「Feおよび不純物」における「不純物」とは、鉄鋼材料を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境などから混入するものを指す。
【0054】
(1)〜(3)式については、(1')式および(3')式とともに後述する。
【0055】
本発明の時効硬化性鋼の他の一つは、上述のCからNまでの元素を含有するとともに、前記の〈1〉から〈3〉までのいずれかに属する1種以上の元素を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、かつ、前記の(1')、(2)式および(3')式を満足する鋼である。
【0056】
以下、〈1〉〜〈3〉のそれぞれに属する元素の作用効果と、含有量の限定理由について説明する。
【0057】
〈1〉B:0.005%以下
Bは、本発明鋼の焼入れ性を高め、熱間鍛造後の組織の主相となるベイナイトの面積率を大きくする作用を有する。このため、必要に応じてBを含有させてもよい。しかしながら、Bの含有量が0.005%を超えると上記の効果は飽和する。したがって、含有させる場合のBの量を0.005%以下とした。含有させる場合のBの量は、0.003%以下とすることが好ましい。
【0058】
一方、前記したBの焼入れ性を高めてベイナイトの面積率を大きくする効果を確実に得るためには、含有させる場合のBの量は、0.0005%以上とすることが望ましい。
【0059】
〈2〉Cu:0.6%以下、Ni:0.6%以下およびNb:0.1%以下
Cu、NiおよびNbは、いずれも、時効処理後の疲労強度を高める作用を有する。このため、より大きな疲労強度を得たい場合には、これらの元素を以下に述べる範囲で含有させてもよい。
【0060】
Cu:0.6%以下
Cuは、少量であれば固溶強化によって、多量であれば時効処理時の析出強化によって、それぞれ疲労強度を向上させる作用を有する。このため、必要に応じてCuを含有させてもよい。しかしながら、Cuの含有量が0.6%を超えると、熱間加工性が低下する。したがって、含有させる場合のCuの量を0.6%以下とした。含有させる場合のCuの量は、0.5%以下とすることが好ましい。
【0061】
一方、前記したCuの疲労強度を高める効果を確実に得るためには、含有させる場合のCuの量は、0.1%以上とすることが望ましい。
【0062】
Ni:0.6%以下
Niは、疲労強度を向上させる作用を有する。さらに、Niは、Cuによる熱間加工性の低下を抑制する作用も有する。このため、必要に応じてNiを含有させてもよい。しかしながら、Niの含有量が0.6%を超えると、コストが嵩むことに加えて上記の効果も飽和する。したがって、含有させる場合のNiの量を0.6%以下とした。含有させる場合のNiの量は、0.5%以下とすることが好ましい。
【0063】
一方、前記したNiの効果を確実に得るためには、含有させる場合のNiの量は、0.1%以上とすることが望ましい。
【0064】
Nb:0.1%以下
Nbは、Vと複合的に炭化物を形成することで、鋼の時効硬化能を向上させて疲労強度を向上させる作用を有する。このため、必要に応じてNbを含有させてもよい。しかしながら、Nbの含有量が0.1%を超えると、鍛造時の加熱中に粗大なNb炭窒化物が生成し、靱性を劣化させる。したがって、含有させる場合のNbの量を0.1%以下とした。含有させる場合のNbの量は、0.05%以下とすることが好ましく、0.03%以下とすることが一層好ましい。
【0065】
一方、前記したNbの効果を確実に得るためには、含有させる場合のNbの量は、0.005%以上とすることが望ましい。
【0066】
上記のCu、NiおよびNbは、そのうちのいずれか1種のみ、または、2種以上の複合で含有させることができる。含有させる場合の上記元素の合計含有量は、CuとNiがそれぞれ0.6%で、Nbが0.1%の場合の1.3%であってもよいが、1.1%以下とすることが好ましい。
【0067】
〈3〉Ca:0.005%以下およびBi:0.4%以下
CaおよびBiは、いずれも、被削性を高める作用を有する。このため、より良好な被削性を得たい場合には、これらの元素を以下に述べる範囲で含有させてもよい。
【0068】
Ca:0.005%以下
Caは、被削性を向上させる作用を有する。このため、必要に応じてCaを含有させてもよい。しかしながら、Caの含有量が0.005%を超えると、熱間加工性の低下をきたす。したがって、含有させる場合のCaの量を0.005%以下とした。含有させる場合のCaの量は、0.0035%以下とすることが好ましい。
【0069】
一方、前記したCaの被削性向上効果を確実に得るためには、含有させる場合のCaの量は、0.0005%以上とすることが望ましい。
【0070】
Bi:0.4%以下
Biは、被削性を向上させる作用を有する。このため、必要に応じてBiを含有させてもよい。しかしながら、Biの含有量が0.4%を超えると、熱間加工性の低下をきたす。したがって、含有させる場合のBiの量を0.4%以下とした。含有させる場合のBiの量は、0.3%以下とすることが好ましい。
【0071】
一方、前記したBiの被削性向上効果を確実に得るためには、含有させる場合のBiの量は、0.03%以上とすることが望ましい。
【0072】
上記のCaおよびBiは、そのうちのいずれか1種のみ、または、2種の複合で含有させることができる。含有させる場合のこれらの元素の合計含有量は、Caが0.005%でBiが0.4%の場合の0.405%であってもよいが、0.3%以下とすることが好ましい。
【0073】
〔C+0.3Mn+0.25Cr+0.6Mo〕または〔C+0.3Mn+0.25Cr+0.6Mo+Beff〕:0.65以上
本発明の時効硬化性鋼は、前記BからBiまでの任意元素を含まない場合には、下記の(1)式を、前記BからBiまでの任意元素を1種以上含む場合には、下記の(1')式を、それぞれ、満たす必要がある。
C+0.3Mn+0.25Cr+0.6Mo≧0.65・・・・・(1)、
C+0.3Mn+0.25Cr+0.6Mo+Beff≧0.65・・・・・(1')。
【0074】
これは、上記の条件を満たせば、熱間鍛造後に前記したような比較的遅い冷却速度で冷却した状態であっても、容易に面積率で60%以上がベイナイトである組織になるからである。
【0075】
既に述べたとおり、上記の(1)式および(1')式中の元素記号は、その元素の含有量(質量%)を意味する。
【0076】
(1')式中のBeffは、Bの含有量が0.0005%未満の場合、「Beff=0」で、一方、Bの含有量が0.0005〜0.005%の場合、「Beff=0.05」である。
【0077】
(1)式の左辺の値は、0.68以上であることが好ましく、0.70以上であることが一層好ましい。一方、(1)式の左辺の値は、1.00以下であることが好ましい。
【0078】
同様に(1')式の左辺の値は、0.68以上であることが好ましく、0.70以上であることが一層好ましい。一方、(1')式の左辺の値は、1.00以下であることが好ましい。
【0079】
〔C+0.1Si+0.2Mn+0.2Cr+0.35V+0.2Mo〕:0.84以下
本発明の時効硬化性鋼は、下記の(2)式を満たす必要がある。
C+0.1Si+0.2Mn+0.2Cr+0.35V+0.2Mo≦0.84・・・・・(2)。
【0080】
本発明の時効硬化性鋼が、上記の(1)式または(1')式を満たすだけでは、時効処理前の硬さが高い。このため、良好な被削性が確保できない。しかしながら、本発明の時効硬化性鋼が、上記の(1)式または(1')式に加えて、さらに(2)式を満たせば、組織の主相がベイナイトであるにも拘わらず、時効処理前の硬さはHVで315以下の比較的低い値になって、良好な被削性が得られ、このために、容易に所定の形状に切削加工することができる。
【0081】
既に述べたとおり、上記の(2)式中の元素記号は、その元素の含有量(質量%)を意味する。
【0082】
(2)式の左辺の値は、0.82以下であることが好ましく、0.80以下であれば一層好ましい。一方、(2)式の左辺の値は、0.50以上であることが好ましい。
【0083】
〔V+0.8Tieff+0.35Mo〕または〔V+0.8Tieff+0.35Mo+0.5Nb〕:0.35超
本発明の時効硬化性鋼は、前記BからBiまでの任意元素を含まない場合には、下記の(3)式を、前記BからBiまでの任意元素を1種以上含む場合には、下記の(3')式を、それぞれ、満たす必要がある。
V+0.8Tieff+0.35Mo>0.35・・・(3)、
V+0.8Tieff+0.35Mo+0.5Nb>0.35・・・・・(3')。
【0084】
(3)式および(3')式中のTieffは、窒化物および硫化物を形成した残りのTi含有量、すなわち炭化物を形成するのに作用するTi含有量(質量%)を意味し、{Ti−(48/14)N−(48/32)S}または0のうちの大きい方の値を指す。
【0085】
本発明の時効硬化性鋼が、上記の(1)式または(1')式に加えて、さらに(2)式を満たすだけでは、時効処理後の疲労強度が不十分である場合がある。すなわち、時効処理後の機械部品に510MPa以上という高い疲労強度を具備させることができない場合がある。
【0086】
しかしながら、本発明の時効硬化性鋼が、上記の(1)〜(3)式を満たせば、または、上記の(1')式、(2)式および(3')式を満たせば、時効処理前の硬さはHVで315以下であるにも関わらず、時効処理後に安定して510MPa以上という高い疲労強度が得られ、このために、大きな負荷のかかる部品に適用することができる。
【0087】
既に述べたとおり、上記の(3)式および(3')式中の元素記号は、その元素の含有量(質量%)を意味する。
【0088】
(3)式の左辺の値は、0.37以上であることが好ましく、0.39以上であることが一層好ましい。一方、(3)式の左辺の値は、2.00以下であることが好ましい。
【0089】
同様に(3')式の左辺の値は、0.37以上であることが好ましく、0.39以上であることが一層好ましい。一方、(3')式の左辺の値は、2.00以下であることが好ましい。
【0090】
本発明の時効硬化性鋼の製造方法は特に限定するものではない。しかしながら、VCを最大限に利用するためには時効処理前においては、多量の初析フェライトの生成は好ましくない。さらに、被削性の観点から、多量のマルテンサイトの生成も好ましくない。したがって、本発明の時効硬化性鋼は、例えば、上述した化学組成を有する鋼を1000℃以上の温度で加熱して、例えば、30〜1000分保持し、仕上げ温度が900℃以上である熱間鍛造を施し、その後5℃/秒未満の平均冷却速度で少なくとも500℃まで冷却して製造することが好ましい。
【0091】
なお、上記の「鋼を1000℃以上の温度で加熱して30〜1000分保持する」温度も、加熱炉の炉内温度の平均値を意味する。
【0092】
上述した化学組成を有する鋼を上記のようにして製造すれば、初析フェライトおよびマルテンサイトの多量の生成を安定かつ確実に防止することが可能で、容易にベイナイトを主相とする組織、特に、面積率で60%以上がベイナイトである組織になる。
【0093】
(B)本発明に係る機械部品の製造方法:
本発明に係る機械部品は、Vの析出強化の効果を十分に得るために、所定の手法によって熱間鍛造とその後の冷却を行い、さらに、切削加工を施した後、時効処理を施す。以下、このことについて説明する。
【0094】
熱間鍛造に供する材料(熱間鍛造用素材)としては、インゴットを分塊圧延したビレット、連続鋳造材を分塊圧延したビレット、あるいはこれらのビレットを熱間圧延または熱間鍛造した棒鋼など、どのようなものでよい。しかしながら、熱間鍛造用素材の化学組成は前記(A)項で述べたものでなければならない。
【0095】
(B−1)熱間鍛造とその後の冷却
熱間鍛造用素材の加熱温度は1000℃以上とする必要がある。これは、加熱温度が1000℃を下回ると、未固溶のVCが固溶しないからである。加熱温度が過度に高くなるとエネルギーコストが大きくなることに加えて、スケールロスも多くなる。このため、加熱温度は1300℃以下が望ましい。
【0096】
なお、熱間鍛造用素材のサイズ(質量)によって異なるものの、上記の加熱温度での保持時間は、例えば、30〜1000分とすることが好ましい。
【0097】
上記の温度域に加熱した後、熱間鍛造を行う。熱間鍛造後に冷却したままの状態から切削加工して所定の形状に加工するためには、特に、熱間鍛造の仕上げ温度を900℃以上としなければならない。熱間鍛造の仕上げ温度が900℃未満の場合には、低い温度で再結晶が起こることになるため、生成したオーステナイト粒は小さくなって焼入れ性が確保できず、ベイナイトを主相とする組織が得られない。したがって、熱間鍛造の仕上げ温度は900℃以上とする。熱間鍛造の仕上げ温度は950℃以上とすることが好ましい。一方、熱間鍛造の仕上げ温度は、1250℃以下とすることが好ましい。
【0098】
熱間鍛造後に冷却したままの状態から切削加工して所定の形状に加工するためには、上記の仕上げ温度で熱間鍛造を終了した後、5℃/秒未満の平均冷却速度で少なくとも500℃まで冷却しなければならない。熱間鍛造終了後500℃までの平均冷却速度が5℃/秒以上になると、マルテンサイトが多量に生成して被削性が低下してしまう。そのため、熱間鍛造終了後500℃までの平均冷却速度は5℃/秒未満でなければならない。熱間鍛造終了後500℃までの平均冷却速度は4℃/秒未満であることが好ましく、3℃/秒未満であることが一層好ましい。上記の平均冷却速度は小さすぎると組織がベイナイト化しないうえに生産性の低下をきたす場合がある。したがって、上記の平均冷却速度は0.2℃/秒以上であることが望ましく、0.4℃/秒以上であることが一層望ましい。
【0099】
熱間鍛造終了後500℃までの平均冷却速度を5℃/秒未満とするための具体的な方法としては、例えば、大気中での放冷、ファンによる風冷などがある。
【0100】
500℃未満の温度域での冷却速度は、本発明の作用効果に影響するものではない。したがって、熱間鍛造終了後500℃までの平均冷却速度が5℃/秒未満であれば、500℃から室温までの冷却速度は、特に制御する必要はない。
【0101】
前記(A)項で述べた化学組成を有する鋼の場合、前述した条件で熱間鍛造およびその後の冷却を行うことで、ベイナイトを主相とする組織になり、しかも、硬さは容易にHVで315以下になる。
【0102】
(B−2)切削加工
前記(B−1)項で述べた条件で、熱間鍛造とその後の冷却を施された鋼は、次に切削加工を施されて所定の機械部品形状に加工される。
【0103】
(A)項で述べた化学組成を有する鋼の場合、(B−1)項で述べた条件で、熱間鍛造およびその後の冷却を行うことで、硬さがHVで315以下になるので、容易に所定の機械部品形状に切削加工することができる。この切削加工の条件は特に限定されるものではなく、所定形状の機械部品に加工できるものでありさえすればよい。
【0104】
(B−3)時効処理
時効処理は、560〜700℃の温度で行わなければならない。時効処理温度が700℃を超えると、組織自体が焼戻されて軟化してしまう。一方、時効処理温度が560℃を下回ると、Vの拡散が遅くなるために時効処理に要する時間が長くなって、生産性の低下および熱処理コストの増大をきたす。
【0105】
なお、機械部品のサイズ(質量)によって異なるものの、上記の時効処理の保持時間は、例えば、30〜1000分とすることが好ましい。
【0106】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明する。
【実施例】
【0107】
表1に示す化学組成の鋼A〜Sを、50kg真空溶解炉によって溶製した。
【0108】
表1における鋼A〜Pは、化学組成が本発明で規定する範囲内にある鋼である。一方、鋼Q〜Sは、化学組成が本発明で規定する条件から外れた鋼である。
【0109】
なお、表1には、BからBiまでの任意元素を含まない場合の(1)式の左辺の値と、BからBiまでの任意元素を1種以上含む場合の(1')式の左辺の値を「F1の値」として示した。
【0110】
同様に、表1には、(2)式の左辺の値を「F2の値」として示した。
【0111】
さらに、表1には、BからBiまでの任意元素を含まない場合の(3)式の左辺の値と、BからBiまでの任意元素を1種以上含む場合の(3')式の左辺の値を「F3の値」として示した。
【0112】
【表1】

【0113】
各鋼のインゴットは、1250℃で加熱した後、直径45mmの棒鋼に熱間鍛造した。熱間鍛造した直径45mmの棒鋼は、一旦大気中で放冷して室温まで冷却した。その後、さらに、1250℃に加熱し、部品形状への鍛造を想定し、仕上げ温度を950℃として、直径30mm、長さ1000mmの複数本の棒鋼に熱間鍛造した。仕上げ温度の測温は、棒鋼表面のスケールのない箇所に対して放射温度計を用いて行った。なお、熱間鍛造後は、いずれも大気中で放冷して室温まで冷却した。
【0114】
上記の熱間鍛造後の大気中での放冷時の冷却速度の測定は、棒鋼表面のスケールのない箇所に対して放射温度計を用いて行った。鍛造後の500℃までの平均冷却速度は0.8℃/秒であった。
【0115】
各試験番号について、室温まで冷却した直径30mmの棒鋼のうちの一部は、時効処理を施さない状態(すなわち、冷却ままの状態)で、棒鋼の両端部を100mmずつ切り落とした後、残る中央部から試験片を切り出し、時効処理前の硬さおよび組織の調査を行った。
【0116】
一方、各試験番号について、室温まで冷却した直径30mmの棒鋼の残りは、600〜630℃で1〜3時間保持する時効処理を施し、棒鋼の両端部を100mmずつ切り落とした後、残る中央部から試験片を切り出し、時効処理後の硬さおよび疲労強度の調査を行った。
【0117】
硬さ測定は、次のようにして実施した。
【0118】
まず、直径30mmの棒鋼を横断し、切断面が被検面となるように樹脂埋めして鏡面研磨して試験片を準備した。次いで、JIS Z 2244(2009)における「ビッカース硬さ試験−試験方法」に準拠して、被検面のR/2部(「R」は半径を表す。)付近10点について、試験力を9.8Nとして硬さ測定を実施した。上記10点の値を算術平均してHVでの硬さとした。
【0119】
時効処理前の組織調査は、次のようにして実施した。
【0120】
すなわち、まず、上記の硬さ測定に用いた試験片を再度鏡面研磨してナイタールで腐食した試験片を準備した。
【0121】
次いで、光学顕微鏡を用いて、R/2部付近を、倍率200倍で、視野の大きさを220μm×180μmとしてランダムに各3視野の写真を撮影し、組織における相を同定した。また、上記の各視野について画像解析を行って、ベイナイトの面積率を求めた。
【0122】
疲労強度は、平滑小野式回転曲げ疲労試験片を採取して調査した。
【0123】
すなわち、図1に示す形状の平滑小野式回転曲げ疲労試験片(平行部の長さ20mm)を、棒鋼の中心から鍛造方向に平行に採取し、室温、大気中、回転数3400rpmの条件で小野式回転曲げ疲労試験を行った。
【0124】
上記の条件下で、応力付加繰返し数107回において破断しない最大の応力を疲労強度とした。
【0125】
表2に、各試験番号について、時効処理前(つまり、冷却ままの状態)の組織、ならびに、時効処理前後の硬さおよび時効処理後の疲労強度を示した。
【0126】
なお、表2においては、組織における「相」を、ベイナイトを「B」、初析フェライトを「F」、マルテンサイトを「M」と表記した。
【0127】
【表2】

【0128】
表2から明らかなように、本発明で規定する化学組成を有する試験番号1〜16の「本発明例」の場合、熱間鍛造後の冷却過程において専用の均熱炉を用いなくても、冷却ままの状態である時効処理前の硬さはHVで315以下であり、また時効処理後の疲労強度は510MPa以上であって、時効処理前の被削性と時効処理後の疲労強度が両立できることがわかる。
【0129】
これに対して、本発明の規定から外れた試験番号17〜19の「比較例」の場合には、時効処理前の硬さがHVで315を超えているか、あるいは時効処理後の疲労強度が510MPaに達しておらず、時効処理前の被削性と時効処理後の疲労強度が両立できていない。
【0130】
試験番号17の場合は、鋼Qの「F1の値」が0.57と小さく(1)式を満たさない。このため、フェライトの生成量が多くなり、時効処理前にVが炭化物として析出したため、時効処理によって析出する炭化物の量が少なく、時効処理後の疲労強度が480MPaと低い。
【0131】
試験番号18の場合は、鋼Rの「F2の値」が0.91と大きく(2)式を満たさない。このため、時効処理前の硬度がHVで341と高くなっており、被削性が劣ることが予想される。
【0132】
試験番号19の場合は、鋼Sの「F3の値」が0.33と小さく(3)式を満たさない。このため、時効硬化能が小さく、時効処理後の疲労強度が490MPaと低い。
【産業上の利用可能性】
【0133】
本発明の時効硬化性鋼は、自動車、産業機械、建設機械などの機械部品の素材としてきわめて有用なものである。また、本発明の製造方法によれば、鋼の硬さが低い状態で切削加工を行って部品形状を整え、その後に時効処理によって硬化させて所望の強度を有する機械部品を製造することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.05〜0.28%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.50〜2.5%、P:0.05%以下、S:0.10%以下、Cr:0.05〜2.5%、Al:0.06%以下、Ti:0.005〜0.20%、V:0.20〜0.75%、Mo:0.30〜1.0%およびN:0.020%以下を含有し、残部はFeおよび不純物からなり、かつ、下記の(1)〜(3)式を満足することを特徴とする時効硬化性鋼。
C+0.3Mn+0.25Cr+0.6Mo≧0.65・・・・・(1)
C+0.1Si+0.2Mn+0.2Cr+0.35V+0.2Mo≦0.84・・・・・(2)
V+0.8Tieff+0.35Mo>0.35・・・・・(3)
上記の(1)〜(3)式中の元素記号は、その元素の含有量(質量%)を意味する。
また、(3)式中のTieffは、{Ti−(48/14)N−(48/32)S}または0のうちの大きい方の値を指す。
【請求項2】
質量%で、C:0.05〜0.28%、Si:0.05〜0.50%、Mn:0.50〜2.5%、P:0.05%以下、S:0.10%以下、Cr:0.05〜2.5%、Al:0.06%以下、Ti:0.005〜0.20%、V:0.20〜0.75%、Mo:0.30〜1.0%およびN:0.020%以下を含有するとともに、下記の〈1〉から〈3〉までのいずれかに属する1種以上の元素を含有し、残部はFeおよび不純物からなり、かつ、下記の(1')式、(2)式および(3')式を満足することを特徴とする時効硬化性鋼。
〈1〉B:0.005%以下
〈2〉Cu:0.6%以下、Ni:0.6%以下およびNb:0.1%以下
〈3〉Ca:0.005%以下およびBi:0.4%以下
C+0.3Mn+0.25Cr+0.6Mo+Beff≧0.65・・・・・(1')
C+0.1Si+0.2Mn+0.2Cr+0.35V+0.2Mo≦0.84・・・・・(2)
V+0.8Tieff+0.35Mo+0.5Nb>0.35・・・・・(3')
上記の(1')式、(2)式および(3')式中の元素記号は、その元素の含有量(質量%)を意味し、(1')式中のBeffは次の値を指す。
Bの含有量が0.0005%未満の場合:Beff=0、
Bの含有量が0.0005〜0.005%の場合:Beff=0.05。
また、(3')式中のTieffは、{Ti−(48/14)N−(48/32)S}または0のうちの大きい方の値を指す。
【請求項3】
機械部品の製造方法であって、請求項1または2に記載の鋼を1000℃以上の温度で加熱し、仕上げ温度が900℃以上である熱間鍛造を施し、その後5℃/秒未満の平均冷却速度で少なくとも500℃まで冷却し、さらに、切削加工を施した後に560〜700℃の温度で時効処理を施すことを特徴とする機械部品の製造方法。

【図1】
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【公開番号】特開2012−193416(P2012−193416A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−58642(P2011−58642)
【出願日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】