説明

有機りん化合物、難燃剤および難燃性有機高分子組成物

【課題】新規な有機りん化合物、これを主成分とする難燃剤およびこれを含有していて、ハロゲンを含有していない難燃性有機高分子組成物を提供する事。
【解決手段】一般式1で表される新規な有機りん化合物、これを主成分とする難燃剤およびこれを含有している難燃性有機高分子組成物を提供する事によって課題を解決する。


(式1中、R1およびR2は同じであっても異なっていてもよく、アニリノ基または置換基を持ったアニリノ基を示す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は有機りん化合物、難燃剤および難燃性有機高分子組成物に関する。さらに詳細には、新規な有機りん化合物、これを主成分とする難燃剤およびこれを含有していて、有機ハロゲン化合物を含有していない難燃性有機高分子組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、有機高分子化合物の難燃剤としては有機ハロゲン化合物がその大きな難燃効果、適用される有機高分子化合物の範囲の広さ、適用の容易さまたは価格の低廉さなどが魅力的であり、有機ハロゲン化合物は難燃剤として広く有機高分子化合物に適用されてきた。そして、有機ハロゲン化合物としては塩素系または臭素系のものが実用されていて、それぞれ多種類の化合物がその目的に応じて難燃剤として多量に使用されてきた。
【0003】
しかし最近では、有機ハロゲン化合物を難燃剤として含有している有機高分子組成物は火災時に有毒ガスを発生し、人体に対して被害を与える事が問題視されている。さらに、ハロゲン系の難燃剤を含有している高分子組成物はその焼却処分時に焼却炉を腐食する酸性ガスを発生するばかりではなく、環境汚染性の強い有害物質を排出する事などが明らかにされている。故に、難燃剤を使用する業界ではこのようなハロゲン系の難燃剤を使用する事を嫌って、ハロゲン系の難燃剤を他の難燃剤に置換しようとする動きが活発であり、中でも有機りん化合物が最近、特に注目されている。
【0004】
ただし、ハロゲン系の難燃剤が広い範囲の有機高分子化合物に効果的に適用されるのに対して、従来の有機りん化合物が難燃剤として効果的なのはポリフェニレンオキサイド、フェノール樹脂、ポリカーボネート樹脂、エポキシ樹脂またはセルローズ類などのように燃焼時に比較的に炭化物の生成が容易な有機高分子化合物に限られている。故に、有機りん化合物が難燃剤として有効に機能する事の出来ない多くの有機高分子化合物では依然として、ハロゲン系の難燃剤の他の難燃剤への切り替えが円滑でないのが現状である。
【0005】
有機ハロゲン化合物系難燃剤と有機りん化合物系難燃剤との効果上の差異はそれぞれの難燃化の機構の相違であると理解されている。多くの文献によれば、有機ハロゲン化合物系難燃剤の難燃化機構は火炎すなわち、高温の気相中で生成される安定なハロゲンラジカルによる火炎の消火作用であると説明されていて、一般に支持されている。そして、それが火炎を上げて燃焼する多種類の有機高分子化合物の難燃剤として有効である理由の説明としても理解出来るものである。一方、有機りん化合物系難燃剤の難燃化機構は、りん化合物による有機高分子化合物の炭化促進作用によって燃焼時に表面に生成するりんを含んだ炭化物皮膜による火源の熱エネルギーまたは空気の遮蔽効果であると説明されていて、有機りん化合物系の難燃剤が効果的な有機高分子化合物はいずれもその燃焼時に比較的に炭化物皮膜が生成し易い事実および有機りん化合物自身が燃焼時にりんを含有している表面皮膜を生成し易いもの程難燃効果がより高い事実とはこの説明を良く裏付けている。
【0006】
有機ハロゲン化合物系の難燃剤以外のものでも難燃化の機構が火炎のラジカル的消火作用であると思われる若干の文献が発見される。例えば、特許文献1および特許文献2では有機りん化合物と同時に2,3−ジメチル−2,3−ジフェニルブタンが、特許文献3では臭素化合物と共に2,3−ジメチル−2,3−ジフェニルブタンが使用されていて、この化合物の火炎中でのラジカル対生成による相乗効果的な難燃性が期待されている。また、特許文献4および特許文献5には9,10−ジヒドロ−9−オキサ−10−ホスファフェナンスレン−10−ベンジル−10−オキサイドの特異的な難燃効果が開示されている。そして、この化合物の特異性は通常の有機りん化合物には見出だせないものであって、他の有機りん化合物が難燃剤として殆ど機能しない非炭化性の有機高分子化合物にも優れた難燃効果が見出だされている。この事は、これが火炎中で生成する9,10−ジヒドロ−9−オキサ−10−ホスファフェナンスレン−10−オキサイド−10−イルラジカルとベンジルラジカルとのラジカル対による火炎の消火作用であると推理する事は困難ではない。そして、非特許文献1にはビ−9−フルオレニルの難燃剤としての記述があり、この難燃効果が火炎中で生成される9−フルオレニルラジカルによる消火作用であろうと推理する事も同様に困難ではない。さらに、特許文献6などには発泡ポリスチレンの難燃助剤としてジクミルパーオキサイドまたはクメンハイドロパーオキサイドなどの比較的に高い分解温度を持った有機過酸化物が使用されていて、火炎中で生成するラジカルの相乗的な消火作用が暗示されている。
【0007】
しかしながら、目下、ハロゲンラジカル以外のラジカルによる難燃機構を持った難燃剤の文献例または実用例は極めて少なく、これは今後大いに発展させなければならない技術分野であろうと思われる。
【特許文献1】JP2003−34749A
【特許文献2】JP2004−115763A
【特許文献3】JP2000−1563A
【特許文献4】JP2002−275473A
【特許文献5】JP2004−292495A
【特許文献6】JPH11−130898A
【非特許文献1】Lattimer & Kroenko: J. Polymer Sci.,26,1191(1981)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の課題は高度の難燃効果を持っている新規な有機りん化合物、これを主成分とする難燃剤およびこれを含有していて、有機ハロゲン化合物を含有しない難燃性有機高分子組成物を提供する事である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に従って、一般式1で表される新規な有機りん化合物、これを主成分とする難燃剤およびこれを含有している難燃性有機高分子組成物が提供される。
【0010】
【化2】

(式1中、R1およびR2は同じであっても異なっていてもよく、アニリノ基または置換基を持ったアニリノ基を示す。)
ここで、置換基を持ったアニリノ基とはo−トルイジノ基、p−トルイジノ基、o−アニシジノ基、p−アニシジノ基、o−フェネチジノ基、p−フェネチジノ基、1−ナフチルアミノ基、N−メチルアニリノ基、N−エチルアニリノ基、N−プロピルアニリノ基、N−ブチルアニリノ基、N−アリルアニリノ基またはN−フェニルアニリノ基などを指している。
【0011】
一般式1で表される有機りん化合物(以下、一般式1と称する。)の持っている広範囲の有機高分子化合物に対する高度の難燃効果はその化学構造からも予測されるように、火炎中で分裂して生成する安定なラジカル対による消火作用であると考えられる。これはハロゲン化合物の難燃機構と類似している。しかし、ハロゲン分子や過酸化物などのラジカル対への分裂がホモリチック(Homolytic)であり、容易であるのに対して、本発明の有機りん化合物のラジカル対への分裂がヘテロリチック(Heterolytic)であるにも関わらず、その分裂が極めて円滑であるのは分裂によって生成するラジカル対の不対電子が双方に隣接するベンゼン環のπ電子によって安定化されている理由によると考えられる。故に、一般式1はりん原子および分裂の予測される他のラジカル原子すなわちR1またはR2のラジカル原子が共に少なくとも一つのベンゼン環に結合している事が特徴であり、これが本発明の技術思想でもあり、一般式1の構造を限定している理由でもある。
【0012】
ホモリチックな分裂様式を持った有機過酸化物または若干のアゾ化合物のようにラジカル対に分裂する事の容易な化合物の分裂温度は一般に150℃以下であり、難燃剤として使用するには低すぎる分裂温度である。これに対して、一般式1の場合は安定なラジカル対に分裂する事が出来る化学構造を持った化合物のヘテロリチックな分裂様式であり、そのラジカル対への分裂温度は200℃よりも高く、難燃剤として利用するのには好適である。ちなみに、その分裂の仕方は分裂によって生成する二つのラジカル対が共により安定な程容易であり難燃剤として利用するには好ましい。
【0013】
本発明に係る有機りん化合物を主成分とした難燃剤もまた可塑剤、酸化防止剤または紫外線吸収剤などの高分子添加剤と同様に、分子量が小さくて揮発性の大きなものは有機高分子化合物との高温度下での混合または成形工程で揮発して作業環境を汚染するだけではなく、有機高分子組成物の長期に及ぶ使用中に徐々に揮発してその添加効果を次第に減ずるので好ましくない。たとえば、2,3−ジメチル−2,3−ジフェニルブタンは火炎中で二個のクミルラジカルに分裂する事が知られているがその分子量が238.37と非常に小さく、難燃効果が充分に発揮される程度の量を有機高分子化合物に添加して高温で混合または成形すればその工程中で多く揮発して、著しく作業環境を不快なものにする。逆に、その分子量があまりにも大きなものは燃焼時にも揮発する事が少なく、従って、火炎中でのラジカル対の生成が少ないので、その添加効果が充分に発揮されず、また好ましくない。
【0014】
有機化合物の揮発性はその分子量だけに依存するものではないが、類似化合物を比較する時にはその分子量を揮発性の目安とする事が出来る。一般式1の内、水素結合を形成しない有機りん化合物は揮発性が大きく、本発明の使用目的には分子量が320〜430の範囲内が最も好ましい。水素結合を形成する化合物の揮発性はそれよりも小さく、分子量が300〜400の範囲内が最も好ましい。ただし、これらの好ましい分子量の範囲は本発明者等の多くの経験から得られた単なる目安に過ぎない。ちなみに、9,10−ジヒドロ−9−オキサ−10−ホスファフェナスレン−10−ベンジル−10−オキサイドは水素結合を形成する事がなく、しかも、その分子量が306.3とやや小さく、混合または成形の工程中で揮発してその特有の不快臭を発する事が知られている。
【0015】
通常の有機りん化合物は有機高分子化合物の燃焼時に炭化物の生成を促進する作用を持っていて、これは若干の有機高分子化合物の難燃剤として有効である。しかし、一般式1は一種の有機りん化合物であるにも関わらず、他の有機りん化合物とは異なっていて、有機高分子化合物に対する燃焼時の炭化促進作用が大きくない。故に、他の有機りん化合物が有効なポリカーボネート樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ポリフェニレンオキサイド樹脂またはセルローズ類などの比較的に炭化物生成の容易な有機高分子化合物などには本発明の一般式1と共に他の有機りん化合物を添加すれば、ラジカル的な消火作用と炭化促進作用との相乗的な効果が引き出されて、より高い難燃性が与えられる。
【0016】
他の有機りん化合物の内、分子中に一個のりん原子を持っているものとしてはトリフェニルホスフェート、トリクレジルホスフェート、ジフェニルキシリルホスフェート、フェニルジキシリルホスフェート、ジフェニル−o−キセニルホスフェートまたはジフェニルフェニルホスホネートなどが挙げられ、それらは既に公知であって、その製造方法も知られている。分子中に二個以上のりん原子を持っている有機りん化合物はJPH5−1079A、JPH6−306277A、JPH8−277344A、JPH8−301884A、JPH10−45774A、JPH11−343382AまたはJP2004−115763Aなどに記述があり、その製造方法も明らかにされている。本発明に相乗効果を与える目的で、特に好適に利用される他の有機りん化合物は分子中に二個のりん原子を持っているものである。
【0017】
本発明の難燃剤が適用される有機高分子化合物は広範囲にわたっていて、ポリオレフィン類、ポリブタジエン、ポリスチレン、アクリロニトリル・ブタジエン共重合体、アクリロニトリル・スチレン共重合体、スチレン・ブタジエン共重合体、アクリロニトリル・ブタジエン・スチレングラフト共重合体(ABS樹脂)、ポリメタクリル酸メチル、メタクリル酸メチル・ブタジエン・スチレングラフト共重合体(MBS樹脂)、ポリイソプレン、ブタジエン・スチレングラフト重合体、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリブチレンテレフタレート(PBT)、ポリカーボネート樹脂、ポリカーボネート樹脂・ABS樹脂ポリマーアロイ、ポリアミド類、ポリウレタン類、フェノール樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、不飽和ポリエステル樹脂またはセルローズ類などが挙げられ、特にポリオレフィン類、ポリスチレン、ABS樹脂、ポリメタクリル酸メチル、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリアミド類、ポリカーボネート樹脂、またはポリカーボネート樹脂・ABS樹脂ポリマーアロイなど、従来の有機りん化合物系難燃剤では難燃効果の比較的に小さな有機高分子化合物への適用は本発明の効果が最も特徴的なものである。
【0018】
本発明に係る難燃性有機高分子化合物は主としてフィルムまたは押出し成形品として実用に供される事が多い。通常、有機高分子化合物と難燃剤とは溶融混合してフィルムまたは押出し成形品とされる。ポリエチレンテレフタレートおよびポリアミド類はフィルムまたは成形品として実用される事もあるが、繊維として織物などに実用される事も多い。難燃性繊維の製造方法としては、ポリエチレンテレフタレートまたはポリアミド類に難燃剤を溶融混合してから、紡糸する方法と、とりわけポリエチレンテレフタレートでは難燃剤を含有していない繊維または織物を難燃剤を含有する溶液または水系エマルジョンで処理してから、100℃以上で加熱処理を施して難燃剤を繊維内部に固定し、難燃性の繊維または織物を製造する方法との二つを採用する事が出来る。また、ポリスチレンは一般の成形品の他に発泡ポリスチレンとして利用される事も多い。難燃性発泡ポリスチレンの製造方法としてはJPH4−137276Aに示されているように、ポリスチレンの水懸濁液に発泡剤と難燃剤の微粒子を加えてポリスチレン粒子にこれらを含浸させ、さらに幾つかの工程を経て難燃製品を得る方法などが採用されていて、本発明においてもこの方法が利用される。
【0019】
通常、一般式1を難燃剤として有機高分子化合物に添加する時、その添加量は0.5ないし25重量%、より好ましくは1ないし20重量%そして最も好ましくは2ないし15重量%である。一般式1と同時に使用される他の有機りん化合物は任意に添加する事も出来るが、必要ならば2ないし15重量%、さらに好ましくは3ないし14重量%そして最も好ましくは5ないし12重量%が添加される。前者の添加量が0.5重量%以下では充分な難燃効果またはその相乗効果は得られず、25重量%以上でもそれ以上の効果が得られないばかりでなく、添加によって有機高分子組成物の物理的な性質が低下するので好ましくない。また、後者の添加量が2重量%以下では、前者との充分な相乗効果が期待されず、15重量%以上でも相乗効果のそれ以上の向上は期待されない。
【発明の効果】
【0020】
各実施例および比較例から明らかなように、本発明に係る難燃剤および難燃性有機高分子化合物はハロゲンを全く含有しないで、優れた難燃効果を持っている事が明らかにされ、かつ、それが工業的な規模で容易に実施される事が証明された。なお、実施例10−3および参考例10によってポリアミドとトリアリルイソシアヌレートとは一般式1の存在下に放射線処理によって架橋構造を形成して、その耐熱性が向上する結果が示され、工業的な価値が示唆された。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
一般式1はフェニルホスホン酸ジクロライド(Phenylphosphonic Dichloride)と対応するアニリンまたは置換基を持ったアニリン誘導体との縮合反応によって製造する事が出来る。このとき、大過剰量のアニリンまたは置換基を持ったアニリン誘導体、第三級アミンまたは炭酸アルカリなどの塩基性化合物の存在があれば反応は円滑である。この方法によって製造される一般式1としてはフェニルホスホン酸ジアニリド、N−メチルフェニルホスホン酸ジアニリドまたはN,N’−ジメチルフェニルホスホン酸ジアニリドなどが例示される。
【0022】
一般式1の難燃剤としての適用が好ましい有機高分子化合物は既に記述した通りであり、さらに一般式1の適用が最も好ましい有機高分子化合物も既に記述したように、ポリオレフィン類、ポリスチレン、ABS樹脂、ポリメタクリル酸メチル、ポリエチレンテレフタレート、ポリブチレンテレフタレート、ポリアミド類、ポリカーボネート樹脂またはポリカーボネート樹脂・ABS樹脂ポリマーアロイなどである。これらはすべてが熱可塑性の有機高分子化合物であり、燃焼時に滴下(Drip)を生じ易い。この好ましくない滴下を防止する方法としては、炭素繊維またはガラス繊維などの添加が推奨される。
【0023】
ポリオレフィン類としてはポリエチレン、ポリプロピレン、ポリブテンまたはポリメチルペンテンなどが挙げられる。これらのポリオレフィン類には一般式1と共に水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウムまたはクレイのような無機化合物を添加すればより高い難燃効果が得られるので好ましい。
【0024】
ポリスチレンとしてはスチレンホモポリマーとポリブタジエンに対するスチレンのグラフト重合体(ハイインパクトポリスチレン)とが含まれる。また、一般にABS樹脂と称されるのは、基本的にはブタジエン、アクリロニトリルおよびスチレンの重合体から構成されていて、その製造方法および構成モノマーの比率によって多種類のものが製造されている。ABS樹脂には一般式1のすべてが好適に使用されるが、高温での混合または成形時にABS樹脂のゲル成分が増加する事があるが、これを嫌う場合には少量のヒンダードフェノール系重合防止剤の添加が推奨される。
【0025】
ポリメタクリル酸メチルは高い軟化点と優れた透明性を持った有機高分子化合物であり、アクリルグラスと称されて、構造材料として広く利用されている。そしてこれは他の有機りん化合物による難燃化の困難な有機高分子化合物の一つである。一般式1の内、N,N’−ジメチルフェニルホスホン酸ジアニリドがその高軟化点と高透明性を害する事がなくて、好適に使用される。また、透明性の犠牲が可能ならば、水酸化マグネシウムまたは水酸化アルミニウムとの共用は相乗効果が期待される。
【0026】
ポリエチレンテレフタレートとポリブチレンテレフタレートとはテレフタル酸とエチレングリコールまたは1,4−ブタンジオールとの重縮合体であって、成形品、フィルム製品または繊維製品として広く利用されている。ポリエチレンテレフタレートまたはポリブチレンテレフタレートの成形品、フィルム製品または繊維製品には一般式1を溶融状態で混合する事が出来る。この時にはN,N’−ジメチルフェニルホスホン酸ジアニリドの添加が推奨される。また、繊維製品においては難燃剤の添加を先に説明したように、その溶液または水懸濁液で処理する方法を施して行なう事ができる。この方法に適した一般式1としては、フェニルホスホン酸ジアニリドまたはN−メチルフェニルホスホン酸ジアニリドなどが挙げられる。
【0027】
ポリアミド類としては、ナイロン−6、ナイロン−6,6、ナイロン−6,10、ナイロン−11、ナイロン−12、共重合ナイロン、ナイロン−MXD,6またはナイロン−4,6などが例示される。一般式1の内、ポリアミド類への添加が好ましいものとしては、N−メチルフェニルホスホン酸ジアニリドまたはN,N’−ジメチルフェニルホスホン酸ジアニリドが挙げられ、同時に水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウムまたはクレイなどの無機化合物を添加する事が推奨される。
【0028】
ポリカーボネート樹脂は透明性の優れた有機高分子化合物であり、通常、ビスフェノール−Aとホスゲンとの重縮合体を指しているが、ビスフェノール−Aと共に4,4’−ビフェノール、ビスフェノール−Fまたは3,3’−ジメチル−4,4’−ビフェノール、さらに末端基として、フェノール、p−ターシャリブチルフェノール、p−クミルフェノールまたはp−フェニルフェノールなどが共重合されていてもよい。ポリカーボネート樹脂は他の有機りん化合物が難燃剤として効果的な有機高分子化合物の一つではあるが、他の有機りん化合物と一般式1とを同時に使用すればその相乗効果によって、難燃剤の添加量が減少できるので、樹脂の熱的および機械的な強度の低下が軽減される。
【0029】
ポリカーボネート樹脂・ABS樹脂ポリマーアロイはABS樹脂単独での難燃化の困難性を回避する目的で多く利用されている。ポリカーボネート樹脂と同様に一般式1および他の有機りん化合物が添加されてよい。
【0030】
これらの有機高分子化合物には、一般式1を主成分とする難燃剤および必要ならば他の有機りん化合物を添加し、さらに可塑剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、紫外線安定剤、帯電防止剤、着色剤、滑剤、発泡剤または無機充填剤などを添加する事が出来る。可塑剤としては、アジピン酸エステル、セバシン酸エステル、フタル酸エステル、トリメリット酸エステル、ジエチレングリコールエステル、トリエチレングリコールエステルまたは高分子量エステル類などのカルボン酸エステル類、りん酸エステル類またはスルホンアミド類が使用される。酸化防止剤としては、ヒンダードフェノール系、硫黄系またはりん系のものが使用される。紫外線吸収剤としては、サリチル酸系、ベンゾフェノン系またはベンゾトリアゾール系のものが使用される。帯電防止剤、着色剤、滑剤、または発泡剤は一般市販のものが使用されてよい。無機充填剤としてはガラス繊維、炭素繊維、無水珪酸、クレイ、タルク、マイカ、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム、酸化アルミニウム、酸化亜鉛、酸化スズまたは酸化アンチモンなどが使用される。なお、無機充填剤が20重量%以上添加されれば、有機高分子組成物の耐熱性と難燃性が向上する事が知られている。とりわけ、他の有機りん化合物、水酸化マグネシウムおよび水酸化アルミニウムは一般式1と同時に添加使用される時に相乗効果が見られ、高度の難燃効果が発現されるので本発明では重要な添加剤である。
【実施例】
【0031】
次に本発明をさらに明確にするために、具体的な実施例、比較例および参考例を挙げて説明する。なお、例中、「%」は重量%を「部」は重量部を表すものとする。ただし、以下の実施例は本発明を限定するものではない。
【0032】
(実施例1)(フェニルホスホン酸ジアニリドの製造)
かきまぜ機、温度計、還流冷却器、滴下ロートおよびガス吹き込み口の付いた内容積5,000mlの硬質ガラス製五つ口フラスコにアニリン409.8g(4.4モル)およびトルエン3,000mlを仕込み、ガス吹き込み口から窒素ガスを吹き込み、フラスコを水冷却しながらかきまぜ機を動かした。滴下ロートからフェニルホスホン酸ジクロライド195g(1モル)とトルエン300mlとの混合物を滴下した。縮合反応は大きな発熱であり、内容物の温度が60℃を越えない程度に冷却した。滴下終了迄に4時間を要した。内容物の温度を20℃まで冷却して、析出している結晶を濾取した。この結晶を90℃の熱湯500gで洗浄した。残った結晶をジエチレングリコールジメチルエーテルで再結晶法により精製して、融点が213℃の白色結晶285gが得られた。この結晶の赤外吸収スペクトル(IR)は図1および1HNMRは図2の通りであった。なお元素分析の結果は炭素が70.15%(理論値:70.123%)、水素が5.42%(理論値:5.556%)、窒素が9.11%(理論値:9.085%)そしてりんが10.06%(理論値:10.046%)であって、これがフェニルホスホン酸ジアニリド(以下、「難燃剤1」と称する。)である事が確認された。
【0033】
(実施例2)(N−メチルフェニルホスホン酸ジアニリドの製造)
実施例1と同じフラスコにN−メチルアニリン235.7g(2.2モル)およびトルエン3,000mlを仕込み、ガス吹き込み口から窒素ガスを吹き込み、フラスコを水冷却しながらかきまぜ機を動かした。滴下ロートからフェニルホスホン酸ジクロライド195g(1モル)とトルエン300mlとの混合物を滴下した。縮合反応は大きな発熱であり、内容物の温度が50℃を越えない程度に冷却した。滴下終了迄に4時間を要した。この温度に1時間保ってから、滴下ロートからアニリン204gを滴下した。さらに発熱があり、内容物の温度を60℃以下に保った。滴下には3時間を要した。反応混合物を20℃まで冷却してから、析出している結晶を濾取した。この結晶を90℃の熱湯で洗浄した。残った結晶をトルエンで再結晶法により精製して、融点が161℃の白色結晶295gが得られた。この結晶のIRは図3および1HNMRは図4の通りであった。なお、元素分析の結果は炭素が70.80%(理論値:70.797%)、水素が5.95%(理論値:5.941%)、窒素が8.70%(理論値:8.689%)そしてりんが9.62%(理論値:9.609%)であり、これがN−メチルフェニルホスホン酸ジアニリド(以下、「難燃剤2」と称する。)である事が確認された。
【0034】
(実施例3)(N,N’−ジメチルフェニルホスホン酸ジアニリドの製造)
実施例1と同じフラスコにN−メチルアニリン471.4g(4.4モル)およびキシレン3,000mlを仕込み、ガス吹き込み口から窒素ガスを吹き込み、フラスコを加熱しながらかきまぜ機を動かした。滴下ロートからフェニルホスホン酸ジクロライド195g(1モル)を滴下した。縮合反応は大きな発熱であり、内容物の温度が143℃になって沸騰した。滴下に3時間を要した。内容物がゆっくり沸騰する程度にしてさらに20時間反応を継続させた。内容物の温度を85℃にしてから水1,000gを加え、85℃で30分間かきまぜ、30分間静置した。下方の水層を除去して、さらに水1,000gを加え85℃で30分間かきまぜ、30分間静置した。下方の水層を除去してから、フラスコを加熱して共沸的に水を除去した。これを熱時に濾過して、かきまぜながら0℃まで冷却して結晶を析出させた。結晶を濾取し、冷却したトルエン200gで洗浄して乾燥した。融点が90℃の白色結晶280gが得られた。この結晶のIRは図5および1HNMRは図6の通りであった。なお、元素分析の結果は炭素が71.40%(理論値:71.415%)、水素が6.31%(理論値:6.294%)、窒素が8.33%(理論値:8.327%)そしてりんが9.21%(理論値:9.208%)であり、これがN,N’−ジメチルフェニルホスホン酸ジアニリド(以下、「難燃剤3」と称する。)である事が確認された。
【0035】
(実施例4)
日本国、三井化学社製のポリメチルペンテン(TPX)100部にガラス短繊維30部、水酸化マグネシウム25部および「難燃剤3」15部を加えて加熱混合し、押し出し成形機でUL−94の燃焼試験規格に合致する厚さ1/16インチの試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0036】
(比較例4)
実施例4で使用した「難燃剤3」15部をトリフェニルホスフェート(以下、TPPと称する)15部に代えた以外は実施例4と同様にして試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0037】
(実施例5−1)
市販のポリスチレン100部にガラス短繊維30部、水酸化マグネシウム25部および「難燃剤2」12部を加えて加熱混合し、UL−94の燃焼試験規格に合致する厚さ1/16インチの試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0038】
(実施例5−2)
実施例5−1で使用した「難燃剤2」12部を「難燃剤3」12部に代えた以外は実施例5−1と同様にして試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0039】
(比較例5)
実施例5−1で使用した「難燃剤2」12部をTPP12部に代えた以外は実施例5−1と同様にして試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0040】
(実施例6−1)
日本国、東レ社製のABS樹脂100部にガラス短繊維30部、クレイ20部および「難燃剤1」15部を加えて加熱混合し、UL−94の燃焼試験規格に合致する厚さ1/16インチの試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0041】
(実施例6−2)
実施例6−1で使用した「難燃剤1」15部を「難燃剤2」15部に代えた以外は実施例6−1と同様にして試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0042】
(実施例6−3)
実施例6−1で使用した「難燃剤1」15部を「難燃剤3」15部に代えた以外は実施例6−1と同様にして試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0043】
(比較例6)
実施例6−1で使用した「難燃剤1」15部をTPP15部に代えた以外は実施例6−1と同様にして試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0044】
(実施例7)
市販のポリメタクリル酸メチル100部に「難燃剤3」18部を加えて混合しUL−94の燃焼試験規格に合致する厚さ1/16インチの試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。なお、試験片は透明であった。
【0045】
(比較例7)
実施例7で使用した「難燃剤3」18部をTPP18部に代えた以外は実施例7と同様にして試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0046】
(実施例8−1)
市販のポリエチレンテレフタレート100部にガラス短繊維30部、水酸化マグネシウム20部および「難燃剤2」15部を加えて、加熱混合し、UL−94の燃焼試験規格に合致する厚さ1/16インチの試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0047】
(実施例8−2)
実施例8−1で使用した「難燃剤2」15部を「難燃剤3」15部に代えた以外は実施例8−1と同様にして試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0048】
(比較例8)
実施例8−1で使用した「難燃剤2」15部をTPP15部に代えて試験片を作成しようとしたが、ポリエチレンテレフタレートの分子量が著しく低下して、試験片を作成する事が出来なかった。なお、他の有機りん化合物も試みたが同様に試験片は得られなかった。
【0049】
(実施例9)
市販のポリブチレンテレフタレート100部にガラス短繊維30部、水酸化マグネシウム20部および「難燃剤3」15部を加えて、加熱混合し、UL−94の燃焼試験規格に合致する厚さ1/16インチの試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0050】
(比較例9)
実施例9で使用した「難燃剤3」15部をTPP15部に代えた以外は実施例9と同様にして、試験片を作成しようとしたが、ポリブチレンテレフタレートの分子量が著しく低下して、試験片を作成する事が出来なかった。
【0051】
(実施例10−1)
日本国、旭化成社製ナイロン−6,6 100部にガラス短繊維30部、クレイ20部および「難燃剤2」15部を加えて加熱混合し、UL−94の燃焼試験規格に合致する厚さ1/16インチの試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0052】
(実施例10−2)
実施例10−1で使用した「難燃剤2」15部を「難燃剤3」15部に代えた以外は実施例10−1と同様にして、試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0053】
(実施例10−3)
日本国、旭化成社製ナイロン−6,6 100部にガラス短繊維30部、クレイ20部、「難燃剤3」15部、トリアリルイソシアヌレート3部およびトリエチレングリコール−ビス−3−(3−ターシャリブチル−4−ヒドロキシ−5−メチルフェニル)プロピオネート0.03gを加えて加熱混合し、UL−94の燃焼試験規格に合致する厚さ1/16インチの試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0054】
(比較例10)
実施例10−1で使用した「難燃剤2」15部をTPP15部に代えた以外は実施例10−1と同様にして、試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0055】
(参考例10)
実施例10−3で得られた試験片にコバルト60からのγ−線40kGyの照射を行なった。未処理の試験片は300℃で大きく変形したが、γ−線処理された試験片は300℃でも変形しなかった。なお、燃焼試験の結果はV−0が維持された。
【0056】
(実施例11−1)
市販のポリカーボネート樹脂100部にガラス短繊維30部、クレイ10部、「難燃剤2」5部およびTPP3部を加えて加熱混合し、UL−94の燃焼試験規格に合致する厚さ1/16インチの試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0057】
(実施例11−2)
実施例11−1で使用した「難燃剤2」5部を「難燃剤3」5部に代えた以外は実施例11−1と同様にして、試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0058】
(比較例11)
実施例11−1で使用した「難燃剤2」5部およびTPP3部をTPP8部に代えた以外は実施例11−1と同様にして、試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。なお、試験片の耐熱性は実施例11−1に比べて、約15℃低下していた。
【0059】
(実施例12−1)
市販のABS樹脂・ポリカーボネート樹脂ポリマーアロイ100部にガラス短繊維、30部、クレイ10部、「難燃剤2」9部を加え、加熱混合して、UL−94の燃焼試験規格に合致する厚さ1/16インチの試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0060】
(実施例12−2)
実施例12−1で使用した「難燃剤2」9部を「難燃剤3」9部に代えた以外は実施例12−1と同様にして、試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0061】
(比較例12)
実施例12−1で使用した「難燃剤2」9部をTPP9部に代えた以外は実施例12−1と同様にして、試験片を作成した。燃焼試験の結果を表−1に示す。
【0062】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0063】
【図1】実施例1で得られた化合物の赤外吸収スペクトル(IR)図である。
【図2】実施例1で得られた化合物の1H NMR図である。
【図3】実施例2で得られた化合物の赤外吸収スペクトル(IR)図である。
【図4】実施例2で得られた化合物の1H NMR図である。
【図5】実施例3で得られた化合物の赤外吸収スペクトル(IR)図である。
【図6】実施例3で得られた化合物の1H NMR図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
一般式1で表される事を特徴とする有機りん化合物。
【化1】

(式1中、R1およびR2は同じであっても異なっていてもよく、アニリノ基または置換基を持ったアニリノ基を示す。)
【請求項2】
一般式1においてR1およびR2が共にアニリノ基、R1がアニリノ基R2がN−メチルアニリノ基またはR1およびR2が共にN−メチルアニリノ基である事を特徴とする有機りん化合物。
【請求項3】
一般式1で表される有機りん化合物の一種以上を主成分とする事を特徴とする難燃剤。
【請求項4】
有機高分子化合物が一般式1で表される有機りん化合物を0.5ないし25重量%含有している事を特徴とする難燃性有機高分子組成物。
【請求項5】
有機高分子化合物がポリオレフィン類である請求項4に記載の難燃性有機高分子組成物。
【請求項6】
有機高分子化合物がポリスチレンである請求項4に記載の難燃性有機高分子組成物。
【請求項7】
有機高分子化合物がABS樹脂である請求項4に記載の難燃性有機高分子組成物。
【請求項8】
有機高分子化合物がポリメタクル酸メチルである請求項4に記載の難燃性有機高分子組成物。
【請求項9】
有機高分子化合物がポリエチレンテレフタレートである請求項4に記載の難燃性有機高分子組成物。
【請求項10】
有機高分子化合物がポリブチレンテレフタレートである請求項4に記載の難燃性有機高分子組成物。
【請求項11】
有機高分子化合物がポリアミド類である請求項4に記載の難燃性有機高分子組成物。
【請求項12】
有機高分子化合物がポリカーボネート樹脂である請求項4に記載の難燃性有機高分子組成物。
【請求項13】
有機高分子化合物がポリカーボネート樹脂・ABS樹脂ポリマーアロイである請求項4に記載の難燃性有機高分子組成物。


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2007−210901(P2007−210901A)
【公開日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−29581(P2006−29581)
【出願日】平成18年2月7日(2006.2.7)
【出願人】(504233720)松原産業株式会社 (10)
【Fターム(参考)】