説明

有機エレクトロルミネッセンス装置、電子機器および製造方法

【課題】ITOの腐食を抑制して、発光効率および寿命特性に優れた有機EL装置およびその製造方法を提供することを目的とする。
【解決手段】基板20上に、第1電極10と、正孔注入層32と、中間保護層41と、発光層30Aと、第2電極50とがこの順序で積層された有機エレクトロルミネッセンス素子が、隔壁層24によって区画されてなる有機エレクトロルミネッセンス装置1であって、前記中間保護層41が、仕事関数が4.3eVより大きい電子受容性の金属酸化物からなる有機エレクトロルミネッセンス装置1を用いることによって、正孔注入層32を非酸性の溶液から形成することが可能となり、上記課題を解決できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機エレクトロルミネッセンス装置、電子機器および製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、情報機器の多様化等に伴い、消費電力が少なく軽量化された平面表示装置のニーズが高まっている。この様な平面表示装置の一つとして、正孔注入層や発光層などの機能層を備えた有機エレクトロルミネッセンス装置(以下「有機EL装置」という)が知られている。
有機EL装置は、一対の電極(陽極および陰極)の間に挟持された複数の機能層からなる装置であり、前記電極間に電圧を印加することによって、前記機能層に陽極から正孔が送り込まれるとともに陰極から電子が送り込まれ、前記機能層に備えられた発光層で正孔(ホール)と電子とが再結合して発光を行う。
【0003】
前記機能層は、一般に、低分子または高分子の有機化合物からなり、正孔輸送機能を有する材料からなる正孔注入層と、電子輸送機能を有し、かつ、発光機能を有する材料からなる発光層とから構成されている。
高分子材料を用いた有機EL素子では、まず、正孔注入層の形成材料を溶媒に溶解または分散させた正孔注入層形成用溶液(機能液)を塗布した後、溶媒を蒸発させて、正孔注入層を形成する。その後、発光層の形成材料を溶媒に溶解または分散させた発光層形成用溶液(機能液)を塗布した後、溶媒を蒸発させて、発光層を形成する。
【0004】
しかし、正孔注入層形成用溶液(機能液)および発光層形成用溶液(機能液)の溶媒として有機溶媒を用いた場合には、発光層形成用溶液(機能液)の有機溶媒によって、正孔注入層の表面が溶解されて、正孔注入層と発光層の積層構造を維持することができない場合がある。
【0005】
そのため、従来の高分子材料を用いた有機EL装置では、正孔注入層溶液(機能液)としてPEDOT(ポリエチレンジオキシチオフェン)にPSS(ポリスチレンスルホン酸)をドープしたPEDOT:PSS分散水溶液を採用し、これを基板上に塗布した後、溶媒を蒸発させて正孔注入層を形成した後、前記正孔輸送層上に有機溶媒に溶解または分散させた発光層形成用溶液(機能液)を塗布した後、溶媒を蒸発させて発光層を形成する。
この場合、正孔注入層形成用溶液(機能液)と発光層形成用溶液(機能液)とは互いに相溶しないので、発光層形成用溶液(機能液)の有機溶媒によって、正孔注入層の表面が溶解されることはなく、積層構造を維持することができる。
しかし、PSSは強酸性(pH=1.3程度)を示すため、その酸性成分が陽極であるITOを腐食し、ホールの注入能を低下させ、有機EL装置の発光効率を低下させる。
【0006】
このような事情を鑑みて、特許文献1には、陽極の表面であってPEDOT:PSS分散溶液が接する面にIn層を形成する構成が開示されている。また、特許文献2には、陽極の表面に陽極保護層を形成する構成が開示されている。これらの層を設けることにより、PEDOT:PSS分散水溶液によるITOの腐食が抑制されて、有機EL装置の発光効率をある程度維持することができる。
しかし、これらの方法を用いても、PEDOT:PSS分散水溶液が酸性溶液である影響は大きく、ITOの腐食の防御は十分ではない。
【特許文献1】特開2003−34763号公報
【特許文献2】特開2005−268024号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたもので、ITOの腐食を抑制して、発光効率および寿命特性に優れた有機EL装置およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、本発明は以下の構成を採用した。すなわち、
本発明の有機EL装置は、基板上に、第1電極と、正孔注入層と、中間保護層と、発光層と、第2電極とがこの順序で積層された有機EL素子が、隔壁層によって区画されてなる有機EL装置であって、前記中間保護層が、仕事関数が4.3eVより大きい電子受容性の金属酸化物からなることを特徴とする。
【0009】
本発明の有機EL装置は、前記中間保護層が、仕事関数が4.3eVより大きい電子受容性の金属酸化物からなる構成なので、発光層への正孔の注入を容易に行うことができる正孔注入能に優れた中間保護層を有するものとすることができ、良好な発光を可能とし、有機EL装置の発光特性を優れたものとすることができる。
【0010】
本発明の有機EL装置は、前記正孔注入層が、非酸性の溶液から成膜されることを特徴とする。
本発明の有機EL装置は、前記正孔注入層が、例えばポリビニルカルバゾールまたはその誘導体からなる構成なので、正孔注入能に優れた正孔注入層を有するものとすることができ、有機EL装置の発光特性を優れたものとすることができる。
【0011】
本発明の有機EL装置は、前記中間保護層の周縁部が、前記隔壁層の側壁に当接して形成されていることを特徴とする。
本発明の有機EL装置は、中間保護層の周縁部が側壁に当接するように形成されている構成なので、正孔注入層を中間保護層と共通隔壁層と基板とに囲まれた領域内に密閉することができ、中間保護層の上に機能液を塗布しても機能液が正孔注入層を溶解することが無く、良好に有機EL装置を製造することができる。
【0012】
本発明の有機EL装置は、前記中間保護層の膜厚が、5〜100nmであることを特徴とする。
本発明の有機EL装置は、前記中間保護層の膜厚が、5〜100nmである構成なので、発光層への正孔の注入を容易に行うことができる正孔注入能に優れた中間保護層を有するものとすることができ、良好な発光を可能とし、有機EL装置の発光特性を優れたものとすることができる。また、透光性を有する構成とすることができ、トップエミッション型またはボトムエミッション型のいずれの構造としても発光を効率的に外部に取り出すことができる。
【0013】
本発明の有機EL装置は、前記隔壁層の側壁が、順テーパ状の形状であることを特徴とする。
本発明の有機EL装置は、前記隔壁層の側壁が、順テーパ状の形状である構成なので、中間保護層の周縁部を共通隔壁層の側壁に容易にかつ確実に当接して形成することができ、正孔注入層が機能液に溶かされることを防ぐことができる。また、パターニングを容易に行うことができる。
【0014】
本発明の有機EL装置は、前記金属酸化物が、酸化モリブデン、五酸化バナジウムまたは酸化ルテニウムのいずれかであることを特徴とする。
本発明の有機EL装置は、前記金属酸化物が、仕事関数が4.3eVより大きい酸化モリブデン(MoO)、五酸化バナジウムまたは酸化ルテニウムのいずれかである構成なので、正孔注入能に優れた中間保護層を有するものとすることができ、有機EL装置の発光特性を優れたものとすることができる。また、発光層へ正孔を注入する性質を十分に確保しており、設計通りの効果を期待できる有機EL装置とすることができる。また、MoOは、人体に対する危険性が少なく取り扱いが簡単な材料であるため、大気中で行う溶液塗布法で取り扱いや操作が簡便になり、容易に有機EL装置を製造することができる。
【0015】
本発明の電子機器は、先に記載の有機EL装置を備えることを特徴とする。
本発明の電子機器は、先に記載の有機EL装置を備える構成なので、ITOの腐食を抑制して、発光効率および寿命特性に優れた有機EL装置からなるディスプレイを有する電子機器とすることができる。
【0016】
本発明の有機EL装置の製造方法は、基板上に配置された第1電極の周囲に少なくとも頂面が正孔注入層または発光層の形成材料を溶媒に溶解または分散させた機能液に対して撥液性を示す隔壁層を形成する工程と、前記隔壁層に囲まれた領域が成す開口部に、正孔注入層の形成材料を溶媒に溶解または分散させた機能液を溶液塗布法により塗布した後、溶媒を蒸発させて、正孔注入層を形成する工程と、前記開口部に対応する位置にマスク開口部を備えたマスクを介し、前記隔壁層の頂面を除く領域に、金属酸化物からなる中間保護層を乾式成膜法により形成する工程と、前記中間保護層の上に、発光層の形成材料を溶媒に溶解または分散させた機能液を溶液塗布法により塗布した後、溶媒を蒸発させて、発光層を形成する工程と、を有することを特徴とする。
【0017】
本発明の有機EL装置の製造方法は、非酸性の機能液を用いて、溶液塗布法により正孔注入層と発光層とを形成する構成なので、ITOの腐食を抑制して、発光効率および寿命特性に優れた有機EL装置を製造する事ができる。
【0018】
本発明の有機EL装置の製造方法は、正孔注入層の形成工程と、発光層の形成工程との間に、無機酸化物からなる中間保護層を乾式成膜法により形成する工程を有する構成なので、正孔注入層を中間保護層により密閉することができ、発光層の有機溶媒が溶解させることがないようにする事ができる。
【0019】
本発明の有機EL装置の製造方法は、無機酸化物からなる中間保護層が共通隔壁層の頂面を除く領域に形成され、中間保護層の形成後にも隔壁層の頂面の撥液性が維持されていることから、機能液を塗り分け所望の有機EL装置を製造することができる。
【0020】
本発明の有機EL装置の製造方法は、前記溶液塗布法が、液滴吐出法であることを特徴とする。
本発明の有機EL装置の製造方法は、溶液塗布法が液滴吐出法である構成なので、画素ごとに液滴を吐出することができ、高解像度で高品質な有機EL装置を製造することができる。
【0021】
上記の構成によれば、ITOの腐食を抑制して、発光効率および寿命特性に優れた有機EL装置およびその製造方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
以下、本発明を実施するための形態を説明する。
なお、以下の全ての図面においては、図面を見やすくするため、各構成要素の膜厚や寸法の比率などは適宜異ならせてある。
また、本発明の実施形態では、有機EL装置の製造に液滴吐出法を用いているため、まず、液滴吐出法について概要を説明した後に、本発明の実施形態である有機EL装置の説明へと移る。
【0023】
<実施形態1>
図1は、液滴吐出法に用いる装置(液滴吐出装置)が備える液滴吐出ヘッド301の断面図である。液滴吐出ヘッド301は、複数の吐出ノズルを備えたマルチノズルタイプの液滴吐出ヘッドである。複数の吐出ノズルは、液滴吐出ヘッド301の下面に一方向に並んで一定間隔で設けられている。液滴吐出ヘッド301の吐出ノズルからは、液状体の液滴Lが吐出される。本発明の実施形態である液状体は、機能層の形成材料を含む機能液である。
本発明の実施形態で吐出する機能液の一滴の量は、例えば1〜300ナノグラムである。
【0024】
本発明の実施形態では、液滴吐出ヘッド301には電気機械変換式の吐出技術を採用したものを用いる。本方式では、液状体を収容する液体室321に隣接してピエゾ素子322が設置されている。液体室321には、液状体を収容する材料タンクを含む液状体供給系323を介して液状体が供給される。ピエゾ素子322は駆動回路324に接続されており、この駆動回路324を介してピエゾ素子322に電圧を印加し、ピエゾ素子322を変形させることにより、液体室321が変形して内圧が高まり、ノズル325から液状体の液滴Lが吐出される。この場合、印加電圧の値を変化させることにより、ピエゾ素子322の歪み量を制御し、液状体の吐出量を制御する。
【0025】
なお、液滴吐出法の吐出技術としては、上記の電気機械変換式の他に、帯電制御方式、加圧振動方式、電気熱変換方式、静電吸引方式などのものが挙げられ、これらのいずれの方式も好適に用いることができる。
帯電制御方式は、材料に帯電電極で電荷を付与し、偏向電極で材料の飛翔方向を制御してノズルから吐出させるものである。加圧振動方式は、材料に例えば30kg/cm程度の超高圧を印加してノズル先端側に材料を吐出させるものである。電気熱変換方式は、材料を貯留した空間内に設けたヒータにより、材料を急激に気化させてバブル(泡)を発生させ、バブルの圧力によって空間内の材料をノズルから吐出させるものである。静電吸引方式は、材料を貯留した空間内に微小圧力を加え、ノズルに材料のメニスカスを形成し、この状態で静電引力を加えてノズル先端から材料を引き出すものである。
この他にも、電場による流体の粘性変化を利用する方式や、放電火花で飛ばす方式のものがあり、いずれも適用可能である。
【0026】
次に、本発明の実施形態である有機EL装置の具体的な態様を、図2から図4を参照して説明する。
図2は、本発明の実施形態である有機EL装置の一例を示す断面模式図であり、図3〜図4は、本発明の実施形態である有機EL素子の製造方法の一例を説明する工程断面図である。
【0027】
なお、有機EL装置には、有機EL素子の発光を基板の反対側から取り出すトップエミッション方式と、基板側から基板を介して取り出すボトムエミッション方式の2種類の発光方式がある。本発明はこのどちらの方式に適用しても良好な結果が得られるため、以下の説明においては形成材料などに限定があるものを除き、これらの発光方式を限定しない。
【0028】
図2に示すように、本発明の実施形態である有機EL装置1は、基板本体20Aと、基板本体20A上に形成され配線や駆動素子等を備える素子層20Bとを備える基板20と、基板20上に形成される画素電極(陽極)10と、画素電極10と平面的に重なる開口部を備えた画素隔壁層22と、画素隔壁層22の上に形成された共通隔壁層24とを備えている。
また、共通隔壁層24に囲まれた領域には、共通隔壁層24の側壁24bに当接して、発光部30が形成されており、更にその上には、共通隔壁層24の頂面24a、側壁24b、を覆って発光部30の上面の全面を覆う共通電極50(陰極)が形成されている。画素電極10と発光部30と共通電極50とで有機EL素子(発光素子)70を形成している。
【0029】
<発光部>
発光部30は、画素電極10からの正孔の注入を容易にする正孔注入層(機能層)32と、中間保護層41と、発光層(機能層)30Aと、からなり、画素電極10上にこの順に積層されている。中間保護層41は、正孔注入層(機能層)32から正孔を注入されやすく、発光層30Aへ正孔を注入しやすい性質を備えている。
【0030】
<共通電極>
また、共通電極50は、共通隔壁層24の頂面24a、側壁24b、を覆って発光層30Aの上面の全面を覆う電子注入陰極50aと、電子注入陰極50aの表面全面を覆う陰極50bを備えている。以下の説明においては、基板20の配置している側を下側、共通電極50が配置している側を上側として、各構成の上下関係、積層関係を示すこととする。以下、各構成要素について順に説明する。
【0031】
<基板本体>
基板本体20Aは、透明基板及び不透明基板のいずれも用いることができる。
不透明基板としては、例えばアルミナ等のセラミックス、ステンレススチール等の金属シートに表面酸化などの絶縁処理を施したもの、また熱硬化性樹脂や熱可塑性樹脂、さらにはそのフィルム(プラスチックフィルム)などが挙げられる。
透明基板としては、例えばガラス、石英ガラス、窒化ケイ素等の無機物や、アクリル樹脂、ポリカーボネート樹脂等の有機高分子(樹脂)を用いることができる。また、光透過性を備えるならば、前記材料を積層または混合して形成された複合材料を用いることもできる。本発明の実施形態である有機EL装置1では、基板本体20Aの材料としてガラスを用いる。
【0032】
<素子層>
素子層20Bは、有機EL装置1を駆動させるための各種配線や駆動素子、及び無機物または有機物の絶縁膜などを備えている。各種配線や駆動素子はフォトリソグラフィによりパターニングした後エッチングすることにより、また、絶縁膜は蒸着法やスパッタ法など通常知られた方法により適宜形成することができる。
【0033】
<画素電極>
素子層20Bの上には、画素電極10が形成されている。画素電極10の形成材料には、仕事関数が5eV以上の材料を用いることが好ましい。仕事関数が5eV以上の材料は、正孔注入効果が高いためである。このような材料としては、例えば、ITO(Indium Tin Oxide:インジウム錫酸化物)等の金属酸化物を挙げることができる。
本発明の実施形態である有機EL装置1では、画素電極10としてITOを用いる。
【0034】
<画素隔壁層>
また、素子層20Bの上には、画素電極10の端部に一部が乗り上げるように、画素隔壁層22が形成されている。画素隔壁層22は画素電極10に対応する開口部を備えており、該開口部内に画素電極10が露出している。画素隔壁層22は、酸化シリコン(SiO)、窒化シリコン(SiN)、酸窒化シリコン(SiON)等の無機絶縁材料で形成されており、開口部の位置に対応するマスクを介したエッチング等の公知の方法で形成することができる。本発明の実施形態では、画素隔壁層22としてSiOを用いて形成する。
【0035】
<共通隔壁層>
画素隔壁層22上には、画素電極10の周囲を囲むように共通隔壁層24が形成されている。共通隔壁層24は、画素電極10(陽極)間を電気的に絶縁するための隔壁であり、断面形状が順テーパ状に形成されている。そのため、共通隔壁層24で囲まれた空間は、下部よりも上部が広く開口している。
共通隔壁層24の側壁24bは順テーパ状に形成されることが好ましい。後述する中間保護層41の形成工程において、中間保護層41の周縁部を容易にかつ確実に側壁24bに当接させることができる。
【0036】
共通隔壁層24の頂面24aは、後述する正孔注入層(機能層)および発光層(機能層)の形成材料を含む正孔注入層溶液(機能液)および発光層溶液(機能液)に対して撥液性を示すように形成されている。これにより、頂面24a上に機能液を塗布せず、画素ごとに機能層を形成することができる。
共通隔壁層24は、含フッ素樹脂のような撥液性を備えた樹脂で形成してもよく、また、光硬化性のアクリル樹脂やポリイミド樹脂で形成した後に、Oガス下でプラズマ処理を施した後、CFプラズマ処理等を施し、撥液性を持たせても良い。
本発明の実施形態では、アクリル樹脂で共通隔壁層24を形成した後に、CFプラズマ処理による撥液処理を施す。
【0037】
<正孔注入層>
共通隔壁層24に囲まれた領域の底面に露出した面(ここでは画素電極10と画素隔壁22の一部)には、側壁24bに当接して、画素電極10からの正孔の注入を容易にする電荷移動層としての正孔注入層32が形成されている。正孔注入層32は、前述の液滴吐出ヘッド301から正孔注入層の形成材料を溶解または分散させた正孔注入層溶液(機能液)を塗布した後、溶媒を蒸発させて形成する。
【0038】
正孔注入層32の形成材料としては、正孔注入、輸送が可能な公知の高分子材料を好適に用いることができる。例えばポリチオフェンまたはその誘導体や、ポリビニルカルバゾール(PVCz)またはその誘導体(PVCz誘導体)を用いることが可能である。
PVCz誘導体としては、N−ビニルカルバゾール、N−(4−ビニルフェニル)カルバゾール、N−ビフェニルビニルカルバゾールなどのカルバゾール誘導体のポリマーなどを挙げることができる。本発明の実施形態では、正孔注入層32の形成材料としてポリビニルカルバゾール(PVCz)を用いる。
【0039】
ポリビニルカルバゾールまたはその誘導体を正孔注入層の形成材料として用いた場合には、これを有機溶媒に溶解または分散させて、非酸性の正孔注入層溶液(機能液)を調整することができ、正孔注入層溶液(機能液)を画素電極10上に塗布した後、溶媒を蒸発させて、正孔注入能および正孔輸送能に優れた正孔注入層を形成することができるとともに、正孔注入層溶液(機能液)は非酸性であるので、ITOからなる画素電極10を腐食させることがなく、この正孔注入層上に発光層等を成膜して有機EL装置を形成しても、発光効率および寿命特性を劣化させることはない。
【0040】
正孔注入層溶液(機能液)の溶媒としては、例えば、シクロへキシルベンゼン、ジハイドロベンゾフラン、トリメチルベンゼン、テトラメチルベンゼン等の非極性溶媒を用いることができる。2種以上適宜混合して粘度を調整しても構わない。
【0041】
<中間保護層>
正孔注入層32の上には、中間保護層41が形成されている。また、その周縁部は側壁24bに当接されている。これにより、正孔注入層32を中間保護層41と共通隔壁層24と基板20とに囲まれた空間内に密閉することができ、中間保護層41の上に機能液を塗布しても機能液が正孔注入層32を溶解することが無く、良好に有機EL装置を製造することができる。
中間保護層41は、正孔注入層32から正孔を受け入れやすく、発光層30Aに正孔を放出しやすい材料で形成されることが好ましい。このような材料としては、仕事関数が4.3eVより大きい金属酸化物が好ましく、例えば、MoO(仕事関数:5.5eV)、V(同5.6eV)、RuO(同5.0eV)をあげることができる(仕事関数出典:宮田清蔵,『有機EL素子とその工業化最前線』(エヌティーエス出版)(4−90−083029−1))。本発明の実施形態では、中間保護層41としてMoOを用いる。
【0042】
中間保護層41の厚みは5nm以上100nm以下となるように形成することが好ましい。中間保護層41の厚みを5nmより薄くした場合には成膜が困難となり、中間保護層41の厚みを100nmより厚くした場合には透光性が不足する。
中間保護層41を透光性とすることにより、有機EL素子の構造をボトムエミッション型の構造として、基板側から有機EL素子の発光を取り出す場合でも、効率的に外部に発光を取り出すことができる。
本発明の実施形態では、MoOからなる中間保護層41の厚みは20nmである。
【0043】
<発光層>
中間保護層40の上には、側壁24bに当接して、発光層30Aが形成されている。発光層30Aも、発光層の形成材料の溶液(機能液)を塗布した後、溶媒を蒸発させて形成する。
発光層30Aの形成材料としては、蛍光あるいは燐光を発光することが可能な公知の高分子発光材料を好適に用いることができる。たとえば、ポリフルオレン(PF)、ポリパラフェニレンビニレン(PPV)、ポリフェニレン(PP)、ポリパラフェニレン(PPP)、ポリビニルカルバゾール(PVCz)、ポリチオフェン、ポリジアルキルフルオレン(PDAF)、ポリフルオレンベンゾチアジアゾール(PFBT)、ポリアルキルチオフェン(PAT)や、ポリメチルフェニルシラン(PMPS)等のポリシランなどの各誘導体を例示することができる。また、これらの発光材料に、ペリレン系色素、クマリン系色素、ローダミン系色素などの低分子の有機発光色素や、ルブレン、ペリレン、9,10−ジフェニルアントラセン、テトラフェニルブタジエン、ナイルレッド、クマリン6、キナクリドン等の低分子材料をドープして用いることもできる。
【0044】
溶媒には、例えば、シクロへキシルベンゼン、ジハイドロベンゾフラン、トリメチルベンゼン、テトラメチルベンゼン等の非極性溶媒を用いることができる。2種以上適宜混合して粘度を調整しても構わない。
【0045】
<電子注入陰極>
発光層30Aの上には、共通隔壁層24の頂面24a、側壁24bを覆って表面全面に電子注入陰極50aが形成されている。電子注入陰極50aは、アルカリ金属、アルカリ土類金属およびそれら金属のフッ化物または酸化物などを用いて形成することができる。本発明の実施形態では、電子注入陰極50aは、Caを材料とし、厚みを5nmで形成する。
【0046】
<陰極>
電子注入陰極層50aの上には、電子注入陰極層50aの表面全面を覆って陰極50bが形成されている。陰極50bは、AlやCuなど導電性の良い金属材料で形成されている。陰極50bは、不図示の陰極取り出し端子へとつながる陰極コンタクト部へ接続されている。本発明の実施形態では、陰極50bは、Alを材料とし、厚みを200nmで形成する。
このようにして、電子注入陰極50aと陰極50bとからなる共通電極50が形成されている。
【0047】
以上の構成により、本発明の実施形態である有機EL装置1が形成される。
この有機EL装置1の電極間に電圧を印加すると、画素電極10(陽極)からは、正孔注入層32へ正孔が注入され、さらにこの正孔が中間保護層41へ注入された後、発光層30Aへ効率よく注入される。また、陰極50bからは、電子注入性陰極50aを介して発光層30Aへ電子が効率よく注入される。そのため、発光層30Aで効率よく電子と正孔を再結合させることができ、有機EL装置1の発光効率を向上させることができる。
【0048】
<有機EL装置の製造方法>
次に、図3および図4を用い、有機EL装置1の製造方法を説明する。
図3(a)〜(c)は中間保護層41を形成するまでの工程を示し、図4(a)〜(b)は共通電極50を形成し有機EL装置1を形成するまでの工程を示す。
なお、以下の製造方法に挙げる各処理の反応条件は一例であり、これに限定するものではない。
【0049】
まず、従来公知の方法を用いて、基板本体20A上に素子層20Bを形成した基板20に、画素電極10を形成し、更に、画素電極10の上に画素隔壁22を形成する。画素隔壁22を形成した後に、基板20をOガス下でプラズマによる表面処理を行う。このOプラズマ処理により、基板20及び基板20上に形成された各構成要素の表面は、表面の不純物が除去され親液化される。
【0050】
次に、図3(a)に示すように、従来公知の方法を用いて、順テーパ状の断面形状を備えた共通隔壁層24を形成する。更に、共通隔壁層24を形成した後に、CFガス下でプラズマによる表面処理を行う。このCFプラズマ処理により、共通隔壁層24の頂面24aおよび側壁24bが撥液化される。CFプラズマ処理では有機物が撥液化される。また、この撥液処理を行うとまず頂面24aが撥液化し、次いで側壁24bが撥液化される。そのため、CFプラズマ処理の処理時間が短いと側壁24bが撥液処理されないことが考えられるが、本発明の目的からは頂面24aが撥液化されていれば良い。
【0051】
次に、図3(b)に示すように、共通隔壁層24で囲まれた領域(開口部26)であって画素電極10の上に、液滴吐出ヘッド301を用いて機能液L(ポリビニルカルバゾール分散液)を塗布する。共通隔壁層24の頂面24aおよび側壁24bが撥液処理されており、また、開口部26の底部は親液処理されているため、機能液Lは開口部26の底部にのみ良好に濡れ広がる。
その後、これを乾燥および焼成して正孔注入層32とする。焼成は、たとえば、ホットプレート上、大気中において200℃で10分間加熱することで行う。
【0052】
次に、図3(c)に示すように、正孔注入層32の上に中間保護層41を形成する。中間保護層41は、開口部26の位置・形状に対応するように設計したマスク開口部60aを備えたマスク60を、開口部26の位置にマスク開口部60aの位置を合わせるように配置した後、金属酸化物を真空蒸着して形成する。
ここでは、側壁24bの上端部における開口部26の開口径(開口面積)と略等しい大きさのマスク開口部60aを備えたマスク60を使用する。これにより、中間保護層40の周縁部を共通隔壁層24の側壁に容易に当接させることができる。
【0053】
このようなマスクを介して中間保護層41を形成することで、共通隔壁層24の頂面24aに中間保護層41を形成しないようにすることができ、頂面24aの撥液性を維持することができる。
更に、共通隔壁層24の側壁24bが順テーパ状に形成されているため、形成される中間保護層41は確実に側壁24bと当接させて形成することができる。そのため、中間保護層41と、側壁24bと、基板20とで囲まれた空間に正孔注入層32を密閉することができる。なお、図では側壁24bの上端側には中間保護層41が形成されていないが、形成されていても構わない。
【0054】
次に、図4(a)に示すように、共通隔壁層24で囲まれた領域(開口部26)であって中間保護層41の上に、液滴吐出ヘッド301を用いて機能液L(発光層の形成材料を含む機能液)を塗布する。
上述のように、中間保護層41は開口部26の中に選択的に形成されるので、頂面24aの撥液性を維持することができる。共通隔壁層24の表面が撥液処理されているため、機能液Lと同様に、機能液Lも容易に開口部26の中に配置することができ、良好なパターニングが可能となる。
また、正孔注入層32は、中間保護層41と側壁24bと基板20とで囲まれた空間に密閉されているので、機能液Lによって、正孔注入層32が溶解されることはない。
その後、乾燥およびアニール処理して、発光層30Aを形成する。アニール処理は、たとえば、ホットプレート上、窒素雰囲気下において130℃で1時間加熱することで行う。
【0055】
次に、図4(b)に示すように、真空蒸着法にて基板20の上面全面に、電子注入陰極50aと陰極50bとを、この順に形成し共通電極50とする。以上のように製造を行って、有機EL素子70を形成し、有機EL装置1が完成する。
【0056】
なお、画素電極10と発光層30Aとの間に、発光層30Aでの発光効率を向上させる機能を備えたインターレイヤ層を形成することとしても良い。
インターレイヤ層の形成材料には、例えばアミン系の導電性高分子を用いることができ、該形成材料を含む機能液を液滴吐出法で塗布して形成することができる。インターレイヤ層を設けると、画素電極10と発光層30Aとの界面での発光層の失活を防止でき、発光効率を上げ有機EL装置を長寿命化することができる。
【0057】
また、本実施形態では、液滴吐出法を用いて機能液を配置することとしたが、他にもスクリーン印刷、グラビア印刷、フレキソ印刷、ディスペンサ法など、機能液を配置して機能膜を形成する他の溶液塗布法を用いることもできる。
【0058】
[電子機器]
次に、本発明の有機EL装置を備える電子機器について、例を挙げて説明する。図5は、上記有機EL装置をラインヘッドとして備えた画像形成装置(光プリンタ)1000を示す概略構成図である。
【0059】
光プリンタ1000は、転写媒体220の走行経路の近傍に、像担持体としての感光体ドラム160を備えている。感光体ドラム160の周囲には、感光体ドラム160の回転方向(図中の矢印方向)に沿って、露光装置100L、現像装置180及び転写ローラ210が順次配設されている。感光体ドラム160は、回転軸170の周りに回転可能に設けられており、その外周面には、回転軸方向中央部に感光面160Aが形成されている。
露光装置100L及び現像装置180は感光体ドラム160の回転軸170に沿って長軸状に配置されており、その長軸方向の幅は、感光面160Aの幅と概ね一致している。
【0060】
露光装置100Lには、複数の有機EL素子100Aを有するラインヘッド(有機EL装置)100と、該ラインヘッド100から放射された光を正立等倍結像させる複数のレンズ素子120Aを有する結像光学素子120とを備えている。ラインヘッド100と結像光学素子120とは、互いにアライメントされた状態で図示略のヘッドケースによって保持され、感光体ドラム160上に固定されている。ここで、有機EL素子100Aは、上述した製造方法で製造されている。そのため、この光プリンタ1000は、発光輝度が高く露光不良の生じ難いものとなっている。
【0061】
図6は、本発明に係る電子機器の別の一例を示す斜視図である。この図に示す携帯電話1100は表示部1101を備えている。表示部1101には、本発明に係る有機EL装置を備えている。
【0062】
なお、電子機器としては、上述したものに限られることなく、種々のものに適用することができる。例えば、ディスクトップ型コンピュータ、マルチメディア対応のパーソナルコンピュータ(PC)及びエンジニアリング・ワークステーション(EWS)、ページャ、ワードプロセッサ、テレビ、ビューファインダ型又はモニタ直視型のビデオテープレコーダ、電子手帳、電子卓上計算機、カーナビゲーション装置、POS端末、タッチパネルを備えた装置等の画像表示手段として好適に用いることができ、かかる構成とすることで、表示品質が高い表示部を備えた電子機器を提供することができる。
【0063】
以上、添付図面を参照しながら本発明に係る好適な実施形態について説明したが、本発明は係る実施形態に限定されないことは言うまでもない。上述した実施形態において示した各構成部材の諸形状や組み合わせ等は一例であって、本発明の主旨から逸脱しない範囲において設計要求等に基づき種々変更可能である。
【図面の簡単な説明】
【0064】
【図1】液滴吐出装置に備わる液滴吐出ヘッドの断面図である。
【図2】本発明の有機EL装置を示す断面図である。
【図3】本発明の有機EL装置の製造方法を示す工程図である。
【図4】本発明の有機EL装置の製造方法を示す工程図である。
【図5】本発明の有機EL装置を備える電子機器を示す図である。
【図6】本発明の有機EL装置を備える電子機器を示す図である。
【符号の説明】
【0065】
1…有機エレクトロルミネッセンス装置(有機EL装置)、10…画素電極、20…基板、20A…基板本体、20B…素子層、22…画素隔壁層、24…共通隔壁層、24a…頂面、24b…側壁、26…開口部、30A…発光層(機能層)、32…正孔注入層(機能層)、41…中間保護層、50…共通電極、50a…電子注入陰極、50b…陰極、60a…マスク開口部、70…有機EL素子(発光素子)、L、L…機能液。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板上に、第1電極と、正孔注入層と、中間保護層と、発光層と、第2電極とがこの順序で積層された有機エレクトロルミネッセンス素子が、隔壁層によって区画されてなる有機エレクトロルミネッセンス装置であって、
前記中間保護層が、仕事関数が4.3eVより大きい電子受容性の金属酸化物からなることを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス装置。
【請求項2】
前記正孔注入層が、非酸性の溶液から成膜されることを特徴とする請求項1に記載の有機エレクトロルミネッセンス装置。
【請求項3】
前記中間保護層の周縁部が、前記隔壁層の側壁に当接して形成されていることを特徴とする請求項1または請求項2に記載の有機エレクトロルミネッセンス装置。
【請求項4】
前記中間保護層の膜厚が、5〜100nmであることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス装置。
【請求項5】
前記隔壁層の側壁が、順テーパ状の形状であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス装置。
【請求項6】
前記金属酸化物が、酸化モリブデン、五酸化バナジウムまたは酸化ルテニウムのいずれかであることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス装置。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の有機エレクトロルミネッセンス装置を備えることを特徴とする電子機器。
【請求項8】
基板上に配置された第1電極の周囲に少なくとも頂面が正孔注入層または発光層の形成材料を溶媒に溶解または分散させた機能液に対して撥液性を示す隔壁層を形成する工程と、
前記隔壁層に囲まれた領域が成す開口部に、正孔注入層の形成材料を溶媒に溶解または分散させた機能液を溶液塗布法により塗布した後、溶媒を蒸発させて、正孔注入層を形成する工程と、
前記開口部に対応する位置にマスク開口部を備えたマスクを介し、前記隔壁層の頂面を除く領域に、金属酸化物からなる中間保護層を乾式成膜法により形成する工程と、
前記中間保護層の上に、発光層の形成材料を溶媒に溶解または分散させた機能液を溶液塗布法により塗布した後、溶媒を蒸発させて、発光層を形成する工程と、を有することを特徴とする有機エレクトロルミネッセンス装置の製造方法。
【請求項9】
前記溶液塗布法が、液滴吐出法であることを特徴とする請求項8に記載の有機エレクトロルミネッセンス装置の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−260107(P2009−260107A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−108621(P2008−108621)
【出願日】平成20年4月18日(2008.4.18)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】