説明

有機肥料の製造方法及び有機肥料

【課題】 専用の装置を設けることなく、有機物処理過程において簡易・安全に硫酸を発生させ、その硫酸によって被処理物のpHを低下させ硫酸アンモニウムとして捕捉することでアンモニア態窒素の揮散を防止し、被処理物の窒素含有率低下を図る。
【解決手段】 被処理物として、動物の排泄物であるブロイラーの鶏糞に、全窒素量の0.2〜2倍量の硫黄を添加し、硫黄酸化細菌の存在の下、この被処理物を好気的条件で醗酵させる。この被処理物の醗酵過程では、強制的に通気あるいは攪拌することを行なう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動物の排泄物などの被処理物を好気的条件で醗酵させて有機肥料を製造する有機肥料の製造方法及びこの製造方法によって製造される有機肥料に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、家畜排泄物を被処理物として有機肥料とする例で説明すると、平成11年に施行された家畜排泄物法等によって、畜産業者は家畜排泄物の適正処理が義務づけられることとなった。このことにより、家畜排泄物の野積み、素掘り等による処理が禁止され、堆肥舎の建設や堆肥化が進められてきた。
家畜排泄物は堆肥化の過程を経て腐熟が進むことで、a.汚物感の低下、b.水分含量の低下、c.有害物質の除去、d.雑草種子や有害微生物の死滅、e.肥料成分の有効化等が図られる。この堆肥化を効率的に行なわせるためには、炭素と窒素の比率を適正に整え、pHを中性〜アルカリ性として好気的な条件下で高温を経過することが望ましい。しかし、このような堆肥化に好適な条件下では、家畜排泄物に含まれるアンモニア態窒素は空気中に揮散しやすいため、腐熟を進めた堆肥ほど窒素含有率が低下してしまうことになる。そして、窒素含有率の低い堆肥は肥効率が低いため、化学肥料代替肥料としては使用しにくく利用場面が限定されているのが実態である。
肥料取締法においては、加工家きんふん肥料の窒素成分の最小量は2.5%とされており、これ以上を確保しないと普通肥料としては流通できないこととなっている。また、醗酵過程で揮散するアンモニア態窒素は大気汚染防止法の特定物質に定められているもので、適切な管理が必要な物質である。
【0003】
従来、堆肥化過程において窒素の揮散を防止し、窒素含有率を低下させないための技術としては、例えば、以下の(1)〜(4)の方法が知られている。
(1)嫌気性条件での醗酵を進める方法
この方法は、加水あるいは脱気,圧縮等の処理によって被処理物中の酸素濃度が低い条件下で、有機物分解を行なわせることで乳酸等の有機酸を生成させ低pHを保つことでアンモニア揮散を防ぐというものである。
【0004】
(2)pHを低下させるために硫酸等の酸を混合する方法
この方法は、例えば、特開平9−110570号公報に掲載され、硫酸,酢酸等の酸を添加することで硫酸アンモニア,酢酸アンモニア等としてアンモニアを捕捉する。
具体的には、被処理物を供給する被処理物供給装置と、酸性溶液を供給する酸性溶液供給装置と、被処理物供給装置からの被処理物と酸性溶液供給装置からの上性溶液とを混合して混合物を生成するとともに、その混合物のpH値が7以下になるようにする混合装置と、混合装置からの混合物を加熱により乾燥する乾燥装置とを備えた製造装置を用い、混合装置により被処理物供給装置からの被処理物と酸性溶液供給装置からの酸性溶液とを混合して混合物を生成するとともに、その混合物のpH値を7以下にする。そして、混合装置からの混合物を乾燥装置により加熱して、被処理物中に含まれる水を蒸発させて乾燥する。このとき、混合物のpH値を7以下にしているので、解離定数が大きくなって、アンモニウムイオンが増大する一方、アンモニアが減少し、乾燥処理においてアンモニアが気相にほとんど放出されないことから、被処理物中のアンモニア態窒素の減少を防ぎ、乾燥後の被処理物にアンモニア態窒素を留保できるというものである。
【0005】
(3)過燐酸石灰の混合処理方法
これは、pHが酸性である過燐酸石灰を有機物に混合し過燐酸石灰にアンモニアを捕捉させるものである。
(4)ウンドレス鶏舎で飼育した採卵鶏の糞を縦型密閉醗酵装置で短時間堆肥化する方法等が用いられてきた。
【0006】
【特許文献1】特開平9−110570号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、上述した従来技術にあって、(1)の嫌気性醗酵は有機物の分解速度が遅く、有害物質等の除去が不十分であり、生産物の施用法も問題点が多い。また、(2)の硫酸を混合する方法は硫酸を用いるので危険が伴い、また、装置も大型化してしまう。(3)の過燐酸石灰を混合する方法は高価でしかも窒素含有率低下防止効果が低い等の問題がある。(4)の方法は適用範囲が狭く一般的ではなく特定の施設装備が必要である。このように、従来の技術はいずれも、問題点を抱え、広く活用されていないというのが実状であった。
【0008】
本発明は上記の問題点に鑑みて為されたもので、専用の装置を設けることなく、有機物処理過程において簡易・安全に硫酸を発生させ、その硫酸によって被処理物のpHを低下させ硫酸アンモニウムとして捕捉することでアンモニア態窒素の揮散を防止し、被処理物の窒素含有率低下を図った有機肥料の製造方法及び有機肥料を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
このような目的を達成するための本発明の有機肥料の製造方法は、硫黄酸化細菌が存在する被処理物を好気的条件で醗酵させて有機肥料を製造する有機肥料の製造方法において、上記被処理物に硫黄を添加する構成としている。尚、硫黄酸化細菌は、本発明が主に対象とする被処理物にはもともと付着している場合が一般的であるが、被処理物が滅菌された資材等では硫黄酸化細菌を接種すればよい。また、もともと硫黄酸化細菌が付着している被処理物であっても、反応促進のために別途硫黄酸化細菌の接種を行なっても良いことは勿論である。
【0010】
これにより、被処理物に硫黄を添加し好気的条件で醗酵を行なうと、硫黄酸化細菌によって、硫黄は酸化されていき、硫酸が生成される。そして、醗酵過程で、生成された硫酸によって被処理物の反応は酸性に傾きアンモニアの揮散を低下させる。また、生成したアンモニアは硫酸アンモニアとして捕捉される。このことにより被処理物の窒素含有率の低下が防止され、窒素濃度の高い、窒素肥効の極めて高い有機肥料が生産される。この有機肥料は窒素肥効の高められた有機質肥料として活用可能である。
【0011】
そして、必要に応じ、上記硫黄を、全窒素量の0.2〜2倍量添加する構成としている。0.2倍量に満たないと、反応が少なく効果が得られがたい。2倍量を超えると、酸性になりすぎて好ましくない。
理論上は窒素2原子に対して硫黄1原子存在することで窒素は硫酸アンモニウムとして捕捉されることとなる。この場合、窒素に対して1.3倍量存在すれば良いこととなる。実際場面では、窒素の揮散量をどの程度抑制するのか、処理物のpHをどの程度とするのか、未酸化硫黄の残存量がどの程度許容されるのか等の諸条件で添加量は決定されることとなる。
全窒素量の特定については、過塩素酸分解等の公定法によって分析することが望ましいが、過去の文献等によって各種畜糞等の窒素濃度は調査されているので、それらを参考にして添加量を決定する。
例えば、1.0〜1.6倍量に設定すれば、確実に被処理物の窒素含有率の低下が防止される。
【0012】
また、必要に応じ、上記被処理物を醗酵過程で、強制的に通気あるいは攪拌する構成としている。これにより好気条件が確保され、硫黄酸化細菌による硫黄の硫酸化が促進される。
【0013】
また、必要に応じ、上記被処理物が動物の排泄物である構成としている。家畜などの動物の排泄物の有効利用が図られる。
この場合、上記動物の排泄物が鶏糞である構成としている。鶏糞は他の畜糞に比較して元々の窒素濃度が高いため、本技術を適用することでさらに窒素肥効を高めた付加価値の高い有機質肥料を作成できるようになり、極めて有用になる。また、大規模な堆肥化施設が既に設置されている場合が多く、この既存の施設に本技術を容易に適用できることから、製品化も容易になる。
【0014】
そして、上記目的を達成するための本発明の有機肥料は、上記製造方法により製造される有機肥料にある。窒素含有率の高い有機肥料となり、高く安定した窒素肥効が期待できる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、被処理物に硫黄を添加するという簡単な処理で、被処理物のアンモニアの揮散を低下させることができ、生成したアンモニアを硫酸アンモニアとして捕捉することができるので、被処理物の窒素含有率の低下を抑止し、窒素濃度の高い、窒素肥効の極めて高い有機肥料を提供できる。そのため、新たな施設・操作を導入することなく安価・安全に窒素含有率の高い有機肥料を製造でき、農業生産など有効な利用を図ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態に係る有機肥料の製造方法及び有機肥料について詳細に説明する。
本発明の実施の形態に係る有機肥料の製造方法は、例えば、被処理物として、動物の排泄物であるブロイラーの鶏糞の場合で説明すると、この鶏糞に、全窒素量の0.2〜2倍量、好ましくは、1.0〜1.6倍量の硫黄を添加し、硫黄酸化細菌の存在の下、この被処理物を好気的条件で醗酵させる。この被処理物の醗酵過程では、強制的に通気あるいは攪拌することを行なう。
【0017】
詳しくは、図1に示すように、例えば、開放式スクープ式撹拌装置を使用する。この施設は、例えば、長さ90m×堆積幅5m×堆積高1.5mで、約600tの被処理物の処理が可能になる。被処理物は、ブロイラーの鶏糞であるが、敷料として使用しているおがくずが混入している。また、予め、ブロイラー鶏糞に硫黄粉末を10%程度添加して醗酵過程を経過させ、硫黄酸化細菌を増殖させたものを硫黄酸化細菌接種源として準備しておく。
【0018】
そして、ブロイラー飼養農家からダンプカーによって開放式スクープ式撹拌装置内に被処理物を搬入し、ブロイラー鶏糞を堆積した上から、硫黄酸化細菌接種源と硫黄粉末をフロントローダーで混合して添加する。このことにより硫黄酸化細菌の接種がなされ、速やかな硫黄の酸化が促されるとともに、硫黄が均一に混合されることをねらう。添加量は鶏糞10tに対して接種源200kg、硫黄粉末100〜200kg程度とする。
【0019】
被処理物は、硫黄添加後、1日2回程度撹拌装置で撹拌して、酸素の補給と資材の混合を行ない、好気的な醗酵を促す。水分が減少しすぎた場合には、硫黄からの硫酸の生成が阻害されるおそれがあるので散水する。
これにより、硫黄酸化細菌によって、硫黄は酸化されていき、硫酸が生成され、この硫酸によって被処理物の反応は酸性に傾きアンモニアの揮散を低下させる。即ち、処理物のpHは明らかに低下する。また処理物のECはpHの低下時期に呼応して上昇する。これは,添加した硫黄が酸化されて硫酸が生成されたことを示すものである。処理物のpHの低下はアンモニアの揮散を抑制する。また,生成したアンモニアは硫酸アンモニアとして捕捉される。30〜60日後一次醗酵終了後、ECを測定して硫酸の生成程度を確認し、例えばペレット成形機でペレット化して計量・袋詰めして有機肥料として出荷する。
【0020】
このようにして製造された有機肥料は、被処理物の窒素含有率の低下が防止され、窒素濃度の高い、窒素肥効の極めて高い有機肥料となり、高く安定した窒素肥効が期待できる。即ち、有機肥料の窒素含有率は無処理に比較して格段に高く保持される。全炭素含有率は無処理とほぼ同等に推移することから、処理物のC/N比(炭素窒素比)は高く保たれ、窒素の肥効が非常に速効的な有機質肥料として活用可能である。
【実験例】
【0021】
次に、実験例について説明する。鶏糞に硫黄を添加して醗酵を行なった硫黄添加区と、比較例として、鶏糞に硫黄を添加しないで醗酵を行なった無処理区とで、醗酵の状態を比較した実験を行なった。
鶏糞(鶏品種:ロードアイランドレット 日齢:352日 餌の種類:ニューセレクト17)、硫黄華(松尾化成株式会社製 99.9% 粒度200メッシュ)、籾殻(岩手県北農業研究所平成15年産)を用意した。敷料を全く含まない上記の鶏糞をよく混合して均一化した後、硫黄添加区には鶏糞12.0kgに対して、硫黄華240g、籾殻240gを添加して十分混合した。無処理区には同様に鶏糞12.0kgに対して籾殻を240g添加して同様に十分混合した。
【0022】
実験装置として、富士平工業株式会社製の小型堆肥化実験装置「かぐやひめ」を使用した。図2に示すように、この装置は、木製の保温容器内にステンレス製の円筒容器が格納してあり、下部からポンプによって実験材料に通気することで酸素を供給し、堆肥化を進めることができる装置である。ステンレス容器は密閉されており、堆肥化課程で発生するガスを捕捉することも可能である。硫黄添加区及び無処理区についての実験材料を夫々ステンレス容器内に充填し、ポンプによって0.6mL/Sの通気を行なった。温度計を実験材料中心部に挿入して品温を経時的に計測した。経時的に実験材料を取り出して分析試料のサンプリングと再度の撹拌を行なった。
【0023】
そして、分析試料について、以下の分析を行なった。試料は105℃−24時間法によって水分を計測し、ガラス電極法によってpHを、ECメーターによってECを計測した。乾燥粉砕物は電気炉で550℃−8時間燃焼法によって推定全炭素を計測した。また、硫酸過酸化水素分解後オートアナライザー法によって全窒素を計測した。
【0024】
試験結果を、図3乃至図6に示す。図3に示すように、無処理区ではT−N(全窒素量)が低下し続けているが、硫黄添加区は窒素の低下が少ない。
また、図3に示すように、T−C(全炭素量)は、硫黄添加区及び無処理区量ともにほぼ同様に低下しており、硫黄添加区も有機物の分解は進行していることがわかる。測定した炭素量から、C/N比を算出した結果を図4に示す。無処理区ではC/N比は上がり続け、硫黄添加区ではC/N比は下がり続けることが分かる。このことから、硫黄添加区では生成された硫酸によってアンモニア揮散が抑制された結果、全窒素中の硫酸アンモニウムの比率が高まって、窒素肥効が高まっているということがいえる。
【0025】
また、図5に示すように、無処理区では原体の23%しか窒素は残存していないのに対し、硫黄添加区では約50%が残存する。
更に、図6に示すように、硫黄添加区のpHはかなり早い段階から無処理区に比較して低く、硫黄からの硫酸生成は初期から行われていると思われるが、ECの上昇が明らかになるのは好気的処理後1か月程度経過した後であり、硫酸生成のピークはこの時期以降と思われる。
【0026】
以上の結果から、以下のことが考察される。鶏糞に硫黄を混合し、好気的な醗酵を行なうことで窒素の損失が抑制され、残存窒素量、窒素濃度ともに大幅に向上したことが分かった。炭素の分解は無処理区とほぼ同等に進行したことからC/N比は無処理区が10付近まで上昇したのに対し、5程度と低く保たれた。原体の窒素の形態はタンパク質、アミノ酸、尿酸等の比較的分子量の大きいものが主体であるのに対し、硫黄添加区の好気的醗酵後の窒素の形態は硫酸アンモニウムの比率が大幅に高まっているものと考えられる。このことは、硫黄添加区の処理物の窒素肥効は、無処理区に比較して大幅に速効的な性格を持つ可能性があることを意味する。
【0027】
尚、上記実施の形態では、開放式スクープ式撹拌装置を用いて有機肥料を製造したが、必ずしもこれに限定されるものではなく、開放式ロータリー型撹拌施設等、他の適宜の装置を用いて良く、適宜変更して差支えない。また、被処理物として、鶏糞の例で説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、鶏糞以外の家畜排泄物にも適用でき、また、食品廃棄物や剪定枝,下水汚泥等の有機性廃棄物など、有機物被処理物であればどのようなものに適用してよいことは勿論である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】本発明の実施の形態に係る有機肥料の製造方法を撹拌施設の一例とともに示す図である。
【図2】本発明の実験例で用いた装置の構造を示す図である。
【図3】実験例に係り、硫黄添加による全炭素,全窒素含量の推移を示すグラフ図である。
【図4】実験例に係り、硫黄添加が醗酵中の被処理物のC/N比に及ぼす影響を示すグラフ図である。
【図5】実験例に係り、硫黄添加が窒素残存率に及ぼす影響を示すグラフ図である。
【図6】実験例に係り、硫黄添加が醗酵中の被処理物のpH及びECに及ぼす影響を示すグラフ図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
硫黄酸化細菌が存在する被処理物を好気的条件で醗酵させて有機肥料を製造する有機肥料の製造方法において、
上記被処理物に硫黄を添加することを特徴とする有機肥料の製造方法。
【請求項2】
上記硫黄を、全窒素量の0.2〜2倍量添加することを特徴とする請求項1記載の有機肥料の製造方法。
【請求項3】
上記被処理物を醗酵過程で、強制的に通気あるいは攪拌することを特徴とする請求項1または2記載の有機肥料の製造方法。
【請求項4】
上記被処理物が動物の排泄物であることを特徴とする請求項1,2または3記載の有機肥料の製造方法。
【請求項5】
上記動物の排泄物が鶏糞であることを特徴とする請求項4記載の有機肥料の製造方法。
【請求項6】
上記請求項1乃至5の製造方法により製造される有機肥料。

【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2006−265027(P2006−265027A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−84619(P2005−84619)
【出願日】平成17年3月23日(2005.3.23)
【出願人】(390025793)岩手県 (38)
【Fターム(参考)】