説明

有機色素化合物−粘土複合体よりなる二光子吸収材料

【課題】
二光子吸収化合物の二光子吸収断面積を3倍以上増大させた二光子吸収材料を提供する。
【解決手段】
二光子吸収物質であるカチオン基を複数有する有機色素化合物を粘土に吸着させた有機化合物−無機化合物の複合体であって、該カチオン間距離は、該粘土のアニオン間距離の整数倍を基準として、±18%以下となる組合せよりなることを特徴とする二光子吸収材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な二光子吸収材料に関する。詳しくは複数のカチオン基を有する色素化合物と粘土のアニオンとの間に特定の関係を有する両者の組合せよりなる有機化合物−粘土とからなる複合体である。
【背景技術】
【0002】
近年、3次の非線形光学材料の中でも、二光子吸収材料が関心を集めており、光デバイスおよびバイオ関係で種々の応用が期待されている。
【0003】
二光子吸収とは、化合物が2つの光子を同時に吸収して、励起される現象である。すなわち、化合物の吸収帯が存在しないエネルギー領域で、2つの光子を同時に吸収し励起状態へと電子が遷移する現象である。
【0004】
化合物が二光子吸収により励起された場合であっても、エネルギーを放出する段階においては、一光子吸収励起と同様に種々の形でエネルギーを放出する。たとえば、失活過程において、蛍光、リン光や熱としてエネルギーを放出するものなどがある。
【0005】
二光子吸収の効率は、印加する光電場の2乗に比例するため、物質内等の3次元空間で、レーザー光をレンズで集光し、焦点の電界強度を高めることにより励起し、空間の一点で二光子吸収を起こさせ、焦点のみで二光子発光させたり、或いは高熱を生じさせて化学変化を起こさせるなど、光励起に対して高い空間分解能を与えることができる。このため、物体、特に透光性物体の内部の加工等を可能としたり、物体深奥部で特殊な発光をさせるなどができる。特に光記録用の記録媒体への応用は、3次元空間分解能などの観点から、これまでの一光子励起よりも利点が多い。
【0006】
しかしながら、二光子吸収材料は、一般に吸収断面積が極めて小さく、フェムト秒レーザー等のピーク出力の大きい、高価でかつ大型のパルスレーザー光源を用いる必要があった。
【0007】
かかる問題を解決するためには、より二光子吸収効率の高い材料の開発が望まれ、これまでに種々の化合物が提案されている。例えば、有機化合物としてカルバゾール誘導体(特許文献1)、ヨードニウム塩構造を有する化合物(特許文献2)、テトラベンゾポルフィリン誘導体(特許文献3)、金属ポリフィリン類、フタロシアニン系化合物(特許文献4)、テトラアザポルフィリン化合物(特許文献5)など多数の化合物等が提案されている。
【0008】
これらの化合物の特徴は、一般に中心骨格に、二重結合や三重結合を有し芳香族環を組み合わせたπ電子共役系を持つ化合物である。
【0009】
これらの化合物は可視光領域から近赤外波長域で二光子吸収感度を有するものである。
【0010】
また、これらの化合物の二光子吸収感度を増強する手段として、無機−有機複合体物質が提案されており、例えば、ポリマーの中に金属微粒子を分散させたもの(非特許文献1)、粘土鉱物に有機色素を吸着させたもの(非特許文献2)なども提案させている。
【0011】
しかしながら、これらの提案は、一般に十分な効果が期待し得なかったり、また特定の物質のみに見出される効果であり、未だ一般的に適用し得る法則に基づく二光子吸収化合物の改善を行う方法は知られていない。
【0012】
本発明は、上記の状況に鑑み、二光子吸収効率の高い材料の開発を目指し、粘土と有機化合物の複合体に着目し、研究を重ねた結果、極めて効率を高める法則性を見出し、本発明を完成させた。
【0013】
従来、粘土と有機化合物との複合体としては、合成サポナイトと1,4-ビス(2,5-ジメトキシ-4-{2-[4-(N-メチル)ピリジニウム]エテニル}-フェニル)ブタジイントリフレート「1,4-bis(2,5-dimethoxy-4-{2-〔4-(N-methyl)pyridinium
〕ethenyl}phenyl)butadiyne
triflate」(MPPBT)の複合体を、分散媒中でその二光子吸収断面積が2.5倍に増加したことが報告されている(非特許文献2)。この論文で示されている増加の理由は、化合物の向きと励起光の偏光の向きが揃う効果、化合物の回転が抑制され化合物の共役が強く働く効果であり、粘土の交換容量に対する色素の吸着量(CEC比という)は関係ないとされている。
【0014】
同様に、本発明者らも有機色素化合物を粘土鉱物のイオン交換容量の3〜40%に吸着させ、これを膜状に成形することにより、二光子吸収断面積を増大させる方法(特許文献6)を提案している。
【0015】
これら従来提案された二光子吸収材料においては、確かに吸収効率の改善は認められるが、色素のカチオン間距離と粘土のアニオン間距離に基づいて、色素や粘土の種類を選択し、効率よく二光子吸収断面積を増大させるという技術思想については、何等示唆を与えるものではなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開2001−264828号
【特許文献2】特開平10−325968号
【特許文献3】特開平9−179153号
【特許文献4】特開平7−218939号
【特許文献5】特開平5−5916号
【特許文献6】特願2008−174677
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】N.C.Strandwitz,etal.,J.Am.Chem.Soc.,(2008)130, 8280.
【非特許文献2】K.Kamada,etal.,J.Phys.Chem.C,(2007)111,11193.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
本発明は、上述の事情に鑑み、一定の法則性を基準とした二光子吸収断面積の大きい材料を提供するにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明の主たる態様は、複数個のカチオン基を有する有機色素化合物と粘土とからなり、該有機色素化合物の有するカチオン間の距離が、該粘土に存在する平均アニオン間距離の整数倍±18%以内となる有機色素化合物と粘土の組合せであることを特徴とする有機化合物−粘土の複合体よりなる二光子吸収材料である。
【0020】
又、本発明の二光子吸収材料は、粉状又は膜状の成形物である。
【0021】
更に本発明において好ましい組合せは、1,1’-ジエチル-4,4’-(9,9-ジエチル-2,7-フルオレンジイル-2,1-エテンジリル)ジピリジニウム パークロレイト「1,1’-diethyl-4,4’-(9,9-diethyl-2,7fluorenediyl-2,1-ethenediyl)dipyridinium
perchlorate」(FL)と合成サポナイト及び/又はモンモリロナイトとの複合体からなる二光子吸収材料である。
【0022】
又、テトラメチルピリジニウムポルフィリンと合成サポナイト及び/又はモンモリロナイトとの複合体からなる二光子吸収材料も好ましい。
【発明の効果】
【0023】
本発明は、有機色素化合物の有する複数のカチオン間の距離と粘土に存在するアニオン間の距離とを一定の法則に従うよう有機色素化合物と粘土との組合せを選ぶことによって、従来有機色素化合物が有する二光子吸収断面積を数倍乃至数十倍に増大させることが可能となり、粉状や膜状等に成形することができ、産業上極めて重要な二光子吸収材料を提供するものである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明は、複数のカチオン基を分子内に有する有機色素化合物における二光子吸収断面積を増大させた二光子吸収材料である。効率よく二光子吸収を行う色素としては、一般に電子のドナーとアクセプタとなる官能基が存在し、それらの間をπ電子共役系で結合した構造を有する。好ましくは化合物の両端は置換又は非置換の芳香族基が存在し、一方は発色団を形成する電子求引性基であり、他方の芳香族基は電子供与性基としての働きを有しており、これら両芳香族基は共役基を介して結合されている。しかしながら、電子求引性基と電子供与性基とが必ずしも分子の両端に存在していなくてもよく、分子の両端に電子求引性基があり、分子の中央に電子供与性基が存在する形、或いはその逆であってもよい。
【0025】
要は、発色団であっても、助色団であっても、或いは、その他の基であってもカチオン基が2以上存在し、それらのカチオンの存在する位置が組み合わせて用いられる粘土におけるアニオン間の距離との間に特定の関係、すなわち、有機色素化合物の有するカチオン間の距離が、粘土の平均アニオン間距離の整数倍(好ましくは1倍又は2倍、特に2倍)±18%の範囲内にある関係を有すればよい。勿論、上記カチオンは、同種のカチオン基であっても、また異なるカチオン基であってもよい。
【0026】
すなわち、本発明において用いられる有機色素化合物は、上記の条件を満足するものであればシアニン系色素、メロシアニン系色素、ヘミシアニン系色素、ピリリウム系色素等、特に限定されない。例えば、下記化1乃至化4に示す如き色素等が用いられる。
【0027】
【化1】

【0028】
【化2】

【0029】
【化3】

【0030】
【化4】


また本発明に用いられる粘土としては、主としてケイ酸塩よりなり、アルミニウム、鉄等の水酸化物を含み、可塑性や粘着性を有する無機物であって、天然に産するカルサイト、ドロマイト、ベントナイト、長石、石英、サポナイト、ソーコライト、バイデライト、ヘクトライト、モンモリロナイト等の鉱物及び合成サポナイトの如き人工粘土も含まれる。これらの粘土は一般に層状構造を持ち、層間に金属イオンをインターカレートすることができる陰イオン性物質であり、サブミクロンにまで解砕することができる物質である。
【0031】
これらの粘土は、上述の如く、使用する有機色素化合物のカチオン間距離を勘案し、該粘土上のアニオンのn倍(但しnは整数を表す)を基準とし、次の式に示す如く、±18%の範囲以内、好ましくは±5%以内になる組合せとすることが必須である。
【0032】
【数1】

なお、有機色素化合物及び粘土におけるイオン間距離は、次の如く決定することができる。
【0033】
色素のイオン間距離は、分子軌道計算(PM3)により最適化した構造のカチオン部位間の距離を用いた。
粘土のイオン間距離は、以下の手順で決定した。X線回折パターンにより、粘土の格子定数を求めた。その格子定数から単位格子の表面積を求めた。単位格子の表面積に6.02 × 1023
を掛けることで、1mol当たりの表面積を求めた。次に粘土の分子式から粘土1molの質量を求めた。1mol当たりの表面積を1mol当たりの質量で割ることで、1g当たりの表面積を求めた。1g当たりの表面積を陽イオン交換容量で割ることで、電荷量当たりの表面積を求めた。アニオンサイトが六面体に配置していると想定し電荷当たりの表面積から電荷間距離を求めた。すなわちS. Takagi, D.A. Tryk, H. Inoue, J.Phys.
Chem. B, 106 (2002) 5455.に記載の方法により測定した。
【0034】
次に有機色素化合物と粘土との複合体の製造は、粘土上に有機色素化合物を吸着させることによって達成される。特に有機色素化合物の分子のπ−平面が粘土層に対して平行に吸着するようデザインすることが好ましい。
【0035】
また、吸着手段は特に限定されないが、一般に水、アルコール、ジメチルホルムアルデヒド、テトラヒドロフラン、その他の分散媒中に粘土鉱物を分散させ、これに有機色素化合物を加えて十分に撹拌することによって粘土に有機色素化合物を所定量吸着させ、これをメンブランフィルターによって濾過し、メンブラン上に所定厚さだけ、複合体を堆積させ、これを基板上に移す方法等により膜状物とすることができる。勿論、成形方法は特に限定されるものではないし、これを粉砕することにより粉状とすることもできる。
【実施例1】
【0036】
表1に示す粘土の水懸濁液(0.2g/l)60mlに30分間超音波処理し、表1に示す有機色素化合物をジメチルスルホキシド溶液(0.75×10−4×10−2mol/l)とし、CEC比10%となるよう加えた。この懸濁液を孔径0.1μmのメンブランフィルター(セルロース混合エステルタイプ)で濾過し、フィルター上に残った複合体をガラス基板に圧着することによって膜状の複合体サンプルを得た。
【0037】
この複合体の二光子吸収断面積の評価は、M.Sheik-Bahae et.al.,IEEE J.Quantum
Electronics 1990,26,760記載の方法で行った。

【0038】
【表1】

二光子吸収断面積測定用の光源には、再生増幅器を通したTi:sapphireパルスレーザーの光(パルス幅:120fs、繰り返し:1kHz、平均出力:0.4mW、ピークパワー:3.3GW)を用い、波長800nmで二光子吸収断面積を測定した。(単位は1GM=1×10−50cm s/photon)。
化合物のイオン間距離は、前記記載の方法により測定した。
【0039】
結果を表1に示す。
【0040】
なお、表1において、MPPBTは、1,4-bis(2,5-dimethoxy-4-{2-〔4-(N-methyl)pyridinium
〕ethenyl}phenyl)butadiyne
triflate を、またFLは、1,1’-diethyl-4,4’-(9,9-diethyl-2,7fluorenediyl-2,1-ethenediyl)dipyridinium
perchlorateをそれぞれ表す。
【実施例2】
【0041】
実施例1で用いた粘土(スメクトンSA(登録商標):クニミネ工業株式会社の製品名;平均アニオン間距離は1.2nm)の水懸濁液(0.2g/l)60mlに30分間超音波処理し、テトラメチルピリジニウムポルフィリンの(TMPyP)溶液(0.75×10−4×10−2mol/l)とし、CEC比100%となるように加えた。この懸濁液を孔径0.1μmのメンブランフィルターで濾過し、フィルター上に残った複合体をガラス基板に圧着することにより膜状の二光子吸収複合体サンプルを得た。
【0042】
この複合体は700nmの光について、二光子吸収断面積は11000GMであった。なおTMPyPを同様にジメチルスルホキシド溶液に加えた場合の二光子吸収断面積は500GMであった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
一光子吸収の起きない波長を使って、物質内部のある特定の微小空間だけを選択的に光励起することができるので、二次元光記録に代わる大容量記録を可能にする三次元記録媒体や、三次元造形、三次元光線力学治療などの分野に応用が可能となる。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数個のカチオン基を有する有機色素化合物と粘土とからなり、該有機色素化合物の有するカチオン間の距離が、該粘土に存在する平均アニオン間距離の整数倍±18%以内となる有機色素化合物と粘土の組合せであることを特徴とする有機化合物−粘土の複合体よりなる二光子吸収材料。
【請求項2】
前記有機化合物−粘土の複合体が粉状又は膜状である請求項1記載の二光子吸収材料。
【請求項3】
前記有機色素化合物が1,1’-ジエチル-4,4’-(9,9-ジエチル-2,7-フルオレンジイル-2,1-エテンジリル)ジピリジニウム パークロレイトであり、且つ粘土が合成サポナイト及び/又はモンモリロナイトである請求項1又は請求項2記載の二光子吸収材料。
【請求項4】
前記有機色素化合物がテトラメチルピリジニウムポルフィリンであり、且つ粘土が合成サポナイト及び/又はモンモリロナイトとの複合体からなる請求項1又は請求項2記載の二光子吸収材料。



【公開番号】特開2011−150037(P2011−150037A)
【公開日】平成23年8月4日(2011.8.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−9607(P2010−9607)
【出願日】平成22年1月20日(2010.1.20)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 日本粘土学会、第53回粘土科学討論会講演要旨集、A22(P60−61)、平成21年9月10日発行
【出願人】(304020177)国立大学法人山口大学 (579)
【Fターム(参考)】