説明

有機ELディスプレイとその製造法

【課題】アクティブマトリクス型の有機ELディスプレイに対する表面処理を改良し、信頼性が高く消費電力が少なく高画質な有機ELディスプレイを提供する。
【解決手段】少なくとも基板と、該基板上に形成された画素電極と、該画素電極の周辺部を覆うように形成され前記画素電極への開口を有する素子分離膜と、該素子分離膜の開口を覆うように形成された発光層を含む有機化合物層と、該有機化合物層の表面に形成された対向電極とからなる画素を有する有機ELディスプレイの製造法において、前記素子分離膜の開口の形成後に基板を乾燥雰囲気に保持したまま、画素電極に選択的な表面処理を施して、有機化合物層を形成することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は有機エレクトロルミネッセンス素子を用いてなる有機ELディスプレイとその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
有機材料のエレクトロルミネセンス(electro−luminescence:以下ELと記す。)を利用した有機EL素子は、有機分子からなる発光層やキャリア輸送層を積層してなる有機化合物層を、下部(画素)電極と上部(対向)電極との間に挟んで構成される。
【0003】
有機EL素子を用いたディスプレイは色再現性に優れており、入力信号に対する応答性が良好なので、カラーの動画表示には特に好適である。また高輝度発光が可能で視野角が広いことから、広範な環境下で使用できる。
【0004】
有機化合物層の材料としては、真空蒸着が可能な低分子系の材料と、スピンコート法やインクジェット法による塗布に向いたポリマー系の材料がある。現状では低分子系の材料の使用例が多いが、今後大面積ディスプレイに好適なポリマー系の使用例も増えると思われる。
【0005】
また素子の駆動方法としては、互いに直交する方向に伸びるストライプ状の下部電極及び上部電極のみからなる単純マトリックス型と、各画素に有機EL素子を駆動するための薄膜トランジスタを有するアクティブマトリックス型がある。
【0006】
図4に単純マトリックス型の有機ELディスプレイの概略図を示す。400は基板で、ガラス板、透明石英板、セラミックス板、プラスチックフィルムなどからなる。401は列電極で、縦(列)方向に伸びたストライプ状をなす。402は有機化合物層で、不図示の電子輸送層、発光層、ホール輸送層を積層して構成されることが多い。ホール輸送層としては、TPD、α−NPD、TPTRなど、電子輸送層としては、Alq3、BCP、tBu−PBDなどが知られている。発光層としては、Alq3、BeBq2、Almq等に、クマリン誘導体、DCDM、キナクリドン、ルブレン等のゲスト材料を加えて使用し、青色、緑色、赤色、夫々のモノカラー、あるいは画素毎に塗り分けてフルカラーを実現する。さらに最近では、発光効率の飛躍的向上が期待できるBtp2Ir(acac)、Ir(ppy)3等の燐光材料が注目されている。その上に行電極403が、横(行)方向に伸びるストライプ状に形成される。
【0007】
画像を表示するため、列電極401の各ストライプは不図示の列駆動回路に接続され、行電極403の各ストライプは不図示の行駆動回路に接続される。そして、選択された行電極(例えば404)と、各列電極との間に電圧を印加して所定の電流を流すと、両電極の交差する領域の有機化合物層402が、流した電流に応じた強度で発光する。行電極を順次選択しその度に各列電極401に所定の電流を流すことによって画像を表示できる。ここでは、有機化合物層402は画素毎に、両電極の交差する領域より少し大きめにパターン化してある。全画素が同一の色で発光する場合は、有機化合物層402のパターン化の必要はない。しかし、カラー表示のディスプレイとするには、有機化合物層402の内、少なくとも発光層は青色、緑色、赤色等の異なる色で発光する必要があり、有機化合物層402のパターン化は必須となる。
【0008】
また有機化合物層402からの発光は、行電極403として透明導電体を使用すれば表面側に取り出せるし、透明な基板400を使用し、列電極401として透明導電体を使用すれば裏面側に取り出せる。前者をトップエミッション方式と呼び、後者をボトムエミッション方式と呼ぶ。透明な導電体としては、ITO(酸化インジウム錫)、IZO(酸化インジウム亜鉛)、ZnO(酸化亜鉛)等が用いられる。
【0009】
図4に示す単純マトリックス型は構造が簡単で製造が容易であるが、特定の画素に注目すると、その画素に接触する上部電極のストライプが選択された時だけ発光する。そのため、明るい表示をするには有機化合物層402に大きなパルス電流を流す必要があり、有機化合物層402の特性低下を招き易い。
【0010】
この点を改善するため、その一例を図2に示すアクティブマトリックス型が普及し始めた。ここで画素200に含まれる有機EL素子201を流れる電流は、画素200に含まれる回路によって制御される。即ち有機EL素子201には、電源線205から駆動トランジスタ202を介して電流が流れるが、電流の大きさは駆動トランジスタ202のゲート電極の電位によって制御される。ある走査線207を選択してパルス電圧を引加すると、スイッチングトランジスタ204の内、この走査線207にゲート電極が接続されたものがオンとなって、信号回路211から各信号線208に個別に印加された信号電圧が保持容量203に書き込まれる。この電圧の大きさによって駆動トランジスタ202を流れる電流、即ち有機EL素子201を流れる電流が制御される。走査回路210の作用によって次の走査線が選択されると、走査線207は非選択となり保持容量203の電位は、再度走査線207が選択されるまで保持され、有機EL素子201は所定の強度で発光し続ける。そのため単純マトリックス型に比べ、有機EL素子201に流す平均電流が小さくてよく、有機EL素子の特性劣化が抑えられるので画素数の多い大画面・高精細のディスプレイでは特に有利である。
【0011】
アクティブマトリックス型のディスプレイの断面構造の一例を図3に示す。ここで基板300の所定の領域に、駆動トランジスタやスイッチングトランジスタの機能を担う半導体層301が形成される。半導体層301としてはアモルファスシリコン、ポリシリコン、酸化亜鉛、酸化インジウムガリウム亜鉛、ペンタセンやポリチオフェンを始めとする有機半導体等が使用される。また基板300上の別の領域にアルミニウム、銅、チタン、モリブデン等で形成された第1金属層302が形成される。半導体層301や第1金属層302上に酸化シリコン、窒化シリコン、酸化タンタル、酸化ハフニウム、酸化イットリウム等からなる絶縁層303が形成される。さらにその上の所定の領域にアルミニウム、銅、チタン、モリブデン等で形成された第2金属層304が形成される。また第1金属層302や半導体層301と第2金属層304との間の所定の領域では、絶縁層に開口が形成されて導通が取られ、有機EL素子が駆動される。こうして、駆動トランジスタ(図3で305、図2では202)、スイッチングトランジスタ(204)、保持容量(306、203)、走査線(307、206)を始めとする、図3や図2に示された回路素子や配線が形成される。
【0012】
この表面を一旦絶縁性とするため、また回路素子や配線や開口によって絶縁層303や第2金属層304の表面に生じた凹凸を平坦化するため、厚さ0.1〜4μm程度の平坦化膜308を形成してから有機EL素子201を形成する。
【0013】
平坦化膜の材料としては、シリコン酸化膜やシリコン窒化膜等の無機物や、ポリビニル系、ポリイミド系、ポリスチレン系、ノボラック系、シリコーン系、アクリル系、エポキシ系等の各種のポリマーが使用できる。液状のポリマー前駆体を表面に塗布し重合や縮合等の反応によって硬化させると、好適な平坦性が得られる。粘度の低い前駆体を使用すると特に良好な平坦性が得られる。また無機膜とポリマーの積層膜も使用できる。
【0014】
309は平坦化膜308上の所定の領域に形成された有機EL素子の画素電極であり、第1金属層302と同様の金属材料(トップエミッション方式の場合)や透明導電材料(ボトムエミッション方式の場合)で形成される。金属膜と透明導電膜の積層膜(トップエミッション方式の場合)でも良い。画素電極309は、平坦化膜308の下に形成されている回路と平坦化膜308の開口を介して導通が取られる。
【0015】
平坦化膜308の開口は、同平坦化膜308にレジストを塗布し、露光・現像して形成したレジスト膜の開口を介してエッチングを行い形成することができる。また、それ自身が感光性を持つポリマーが開発されているので、このようなポリマーを使用してレジスト塗布等の工程を省略し、生産性を高めることができる。
【0016】
この上に開口を有する素子分離膜310が形成される。素子分離膜310の材料としては、平坦化膜308の場合と同様、シリコン酸化膜やシリコン窒化膜等の無機物も使用できるが、ポリビニル系、ポリイミド系、ポリスチレン系、ノボラック系、シリコーン系、アクリル系、エポキシ系等のポリマーの使用が好適である。
【0017】
素子分離膜310は少なくとも厚さ0.1μm以上好ましくは厚さ0.5μm以上とする。素子分離膜310の場合も開口を形成する必要があるので、生産性の観点から感光性を持つポリマーの使用が特に有利である。平坦化膜308や素子分離膜310はディスプレイ全体に亘って形成され、かつ厚みがあるため材料や開口形成の工程によっては内部への水分の吸収や表面への水分の吸着が懸念される。
【0018】
この開口を完全に覆うように有機化合物層311が形成される。有機化合物層311は、厚さ10〜100nm程度のホール輸送層312、厚さ10〜100nm程度の発光層313、厚さ5〜50nm程度の電子輸送層314からなることが多いが、積層の順序はこの逆であっても良い。またホール輸送層312と発光層313が共通化しても良いし、電子輸送層314と発光層313が共通化しても良い。さらには画素電極309とホール輸送層312の間に不図示のホール注入層が挿入されても良いし、電子輸送層314上に不図示の電子注入層が挿入されても良い。場合によっては、発光層313に隣接して不図示のホール阻止層や電子阻止層を設け、発光層313の中の電子とホールのバランスを最適化し、発光の効率を高めることができる。
【0019】
この上に形成する対向電極315には、透明導電材料を使用しても良いが金属材料を使用しても良い。トップエミッション方式の場合は透明導電材料を使用するか、又は薄い金属層で半透明電極とする。また対向電極315は、図2のように共通電極とする場合が多い。その場合はパターンを形成する必要はないが、有機化合物層311が形成されていない領域で、開口を通して下層に別途形成した金属配線に接続し、透明導電材料だけでは不十分な導電性を補っても良い。
【0020】
対向電極315上に保護層316が設けられ、さらにカバーガラス317が設けられる。保護層316は、図3に示すようにカバーガラス317との間の空間を完全に充填しても良いが、カバーガラス317との間に空隙を設け乾燥した気体を充填しても良い。
【0021】
保護層316の材料としては、シリコン酸化膜、シリコン窒化膜等の無機膜も使用できるが、空間を充填するにはポリビニル系、シリコーン系、アクリル系、エポキシ系等のポリマーの使用が好適である。保護層316は2層から構成されても良い。ボトムエミッション方式の場合は、カバーガラス317の代わりに金属のカバーをかけ周辺部を樹脂で封止しても良い。
【0022】
なおアクティブマトリックス型の改良型として、電圧プログラミング方式や電流プログラミング方式と呼ばれる駆動方式がある。これらの回路では有機EL素子の特性劣化や駆動トランジスタの特性不均一の影響を一定の範囲で抑えられるが完全ではない。改良された方式を採用すると、1画素あたり4個程度のトランジスタを用いる必要があり回路が複雑化するが、平坦化膜308から上の断面構造は図3と同等であり、本発明は同様に適用できる。
【0023】
有機ELディスプレイは、液晶ディスプレイやプラズマディスプレイに比べ、画面が美しい、応答が速い、消費電力が比較的少ない等の特徴を持つが、現在のところ各種計器のインジケーター、デジタルカメラの表示画面等に限って実用化されている。今後テレビやコンピューターのモニター等、連続使用時間が長い用途に適用するにあたって解決すべき課題としては、まず長時間の連続使用に伴う発光強度の低下の改善があげられる。また携帯電話への応用も始まっているが、既存の液晶ディスプレイと置き換わるためには、消費電力の更なる低減が求められる。
【0024】
一般に有機EL素子用の有機化合物は、極微量の水分や酸素の作用で発光強度が著しく低下することが良く知られている。そこで信頼性向上のため、図3で示すように素子の表面に保護層316やカバーガラス317を設け、素子内部への水分や酸素の浸入を防止する必要がある。図4では図示されていないが、単純マトリクス型のディスプレイでもこれと同様の水分等の浸入防止手段が必要である。
【0025】
また素子の信頼性向上と消費電力低減に有効とされるのが、図4で有機化合物層402が接する列電極401や、図3で有機化合物層311が接する画素電極309の表面処理である。即ち、列電極401、画素電極309、素子分離膜310のパターンニングに伴って生じた電極や膜材料の残渣が、表面処理で除去されるため電極間の短絡や接触不良が防止できる。同時に、電極から有機化合物層へのホールの注入性が改善され素子の消費電力を低減できる。表面処理として特に効果が大きいとされるのが、特許文献1に記載の電極表面への紫外光の照射や、特許文献2に記載のプラズマへの曝露である。
【0026】
紫外光照射の場合は電極表面に紫外光が直接作用する可能性もあるが、一般には紫外光やプラズマにより酸素から生じたオゾンの作用と考えられている。即ち、オゾンはパターンニングの工程で電極表面からエッチングしきれなかった素子分離膜の残存物層等の有機物を分解除去する作用が強い。またホールは電極の仕事関数の位置にある準位から有機化合物層(の最下層)の価電子帯の準位に注入されるが、オゾンが電極表面の仕事関数を変化させホールの注入に対する障壁を減少させ、電流が注入し易くなる。この効果は金属電極でも見られるが透明導電膜では特に顕著である。
【0027】
図4に示すボトムエミッション型のディスプレイの場合について、上記の表面処理に関連する工程を説明する。ガラス基板400上にスパッタ等の方法で透明導電膜を形成する。電極のピッチが粗い場合は透明導電膜のスパッタの際に、基板にマスクをかけてパターンを形成することも可能であるが、一般には膜を堆積した後、フォトレジスト膜をコートし、さらに露光、現像(エッチング)して所望のパターンを形成する。さらにパターンの形成されたフォトレジストをマスクとして透明導電膜をエッチングして列電極401を形成した後、レジストを剥離する。レジストが剥離された列電極401の表面には、工程中に生じたレジストや透明導電膜自身の破片等の異物が残る可能性がある。また透明導電膜の表面は、フォトレジスト膜のコート、現像、剥離、あるいは透明導電膜自身のエッチングやリンスで接触した様々な薬剤が残留したり、水分が吸着したりしている可能性が高い。
【0028】
そこで通常、開口が形成された後、高温及び/又は減圧された雰囲気下で脱水処理を行い、次いで前記の紫外光の照射や酸素を含むプラズマへの曝露等の表面処理を行う。これにより、素子の特性に著しい悪影響を与える水分を除去し、さらに純水リンスでは落ちなかった異物が除去され、前述したように電極表面の仕事関数を適正な値に調整できる。
【0029】
この後有機化合物層402を、低分子の場合は真空蒸着、高分子の場合は印刷やインクジェット等の方法により形成する。また脱水処理や表面処理を行う装置と有機化合物層を形成する装置は、異物や水分の再付着を防ぐため共通化されるか、試料を大気に触れさせぬまま移動できる機構で接続されていることが望ましい。
【0030】
このような処理によって、図4のような有機ELディスプレイにおいては、使用に伴う輝度低下が抑制され、画素欠陥が減少し、消費電力の低減が図られてきた。
【0031】
【特許文献1】特開平10−261484号公報
【特許文献2】特許第3531680号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0032】
素子分離膜や平坦化膜を持つ有機ELディスプレイにおいて同等の脱水処理や表面処理を行っても、却って消費電力の増加や輝度低下が加速される等の逆効果が見られる場合が少なくなかった。しかし高画質で本質的に輝度低下が少なくなる可能性を持ち、今後の主流となることが確実なアクティブマトリクス型の有機ELディスプレイでは素子分離膜や平坦化膜を設けることが不可欠である。
【0033】
そこで、本発明者等は画素電極の表面処理によって素子分離膜や平坦化膜がどのような作用を受けているか見るために以下の実験を行った。
【0034】
<実験1>
2枚のシリコン基板AとBに感光性のポリアミド酸(ポリイミド樹脂の前駆体)溶液をスピンコート後、120℃で10分間プリベークを行った。次いでパターン光(i線)を露光してTMAHで現像、リンスして実際のアクティブマトリックス型のディスプレイで使用している素子分離膜のパターンを形成し、さらに230℃で30分間ポストベークを行った。形成されたポリイミド膜の厚さは0.85μmであった。ここまでは同等の処理を行ってきたが、試料Aについては、このUV洗浄機により波長185nmを主成分とする紫外光を4分間照射した。基板温度は室温であった。一方試料Bには紫外光を全く照射しなかった。
【0035】
この後試料を60℃から260℃まで、10℃/分の速度にて昇温した際の脱ガス成分をm/z(質量数/電荷)=1〜199の範囲で電子科学(株)製EMD−WA1000S型質量分析計で測定した。この際、開口形成の最終工程であるポストベークから脱ガス成分の分析まで、ベーク炉と洗浄機と分析炉の間の試料受渡しを、真空又は露点が−30℃以下の気体が流れる乾燥した雰囲気に保てるゲートを通して行い、試料に水分が吸着することを防止した。図6に昇温中のm/z=18(水)とm/z=51の成分の発生量を示す。
【0036】
601は紫外光を照射しなかった比較試料Bの水分発生量で、温度230℃程度までほぼ一定値が検出されたが、装置にこの試料を入れなくても同程度の値が検出されたことから、この値は装置内壁等からの放出等バックグラウンドレベルを示すものと考えられる。602は同じ試料Bのm/z=51の成分の発生量で230℃から増加しており、この温度からポリイミドの熱分解が徐々に始まったものと見られる。また水分発生量601の増加は、ポリイミドの熱分解に伴う水分の発生と推測される。またm/zが52以上のどの成分も、発生量が増加するのは230℃からであった。以下、m/zが51以上の成分を高質量数成分と定義し、高分子の熱分解開始温度を、高分子を真空中で10〜20℃/分程度の速度で徐々に加熱した時に、高質量成分の放出が開始される温度と定義する。ただし、前述の通り、質量成分毎に所定のバックグラウンドレベルの出力があるので、信号が有意のものであるか否か判断する必要がある。検出された信号がバックグラウンドレベルの2倍以上の強度の信号を有意の信号と定義すれば、この樹脂の熱分解温度は250℃となり、水分の放出も250℃から始まったと見なすことができる。
【0037】
また高分子の熱分解温度を、示差走査熱量分析(DSC=Differential Scanning Calorimetry)曲線から定義することもできる。図8に、前記のポリイミド樹脂を示差走査熱量分析装置にかけて得られた発熱(吸熱)曲線901を示す。発熱は200℃から始まっているが、250℃程度から急激になっている。実用的には発熱が盛んになった領域の曲線の接線902を引いて定義することが多い。
【0038】
上記の2種類の定義による熱分解開始温度は多くの場合一致するので、どちらか一方が測定できれば、その値を熱分解開始温度として良い。ただし、DSC曲線への接線は明確に引けないことがあり、このような場合は質量分析法の結果を採用すべきである。
【0039】
一方、紫外光を照射した試料Aについては、温度100℃程度から水分発生量603の増加が見られたが、前述の定義に従えば、明確に水分の発生があったのは140℃からということになる。ここで使用した波長185nmの紫外光はエネルギーが高く有機分子中のC−H結合やC−O結合を切断するので、それに伴い生じたHやOが化合して水分となり膜中に蓄積され、比較的低温で放出された可能性がある。また紫外光は酸素(O2)からオゾン(O3)を発生するが、オゾンは有機分子の特に2重結合を開裂させる作用が強く、それに伴い水分を発生した可能性も高い。試料Aでも230℃から高質量数成分の発生604が見られたが、試料Bの発生量602と同じ分析時の熱分解により発生したものと考えられる。
【0040】
試料Aにおける100℃から始まる水分発生のメカニズムは完全には特定できないが、発生水分量が紫外光照射時の酸素分圧に依存することが分かっており、オゾンによる間接的な作用で発生している部分があることはほぼ間違いない。それ故同様にオゾンを発生する酸素を含むプラズマへの曝露でも、紫外光照射の場合と同様に水分が発生すると考えられる。また、この実験においてはポリイミドを使用したが、ポリビニル系、ポリスチレン系、ノボラック系、シリコーン系、アクリル系、エポキシ系等の樹脂を使用した場合も、ポリイミドと同等かそれ以上の水分が発生する可能性が高い。
【0041】
以上から、紫外光の照射やプラズマへの曝露に伴って、素子分離膜や平坦化膜中に比較的低温で放出される水分が発生することは明らかである。このような状態の有機ELディスプレイを長時間に亘り高温で保管したり、高い電流密度で作動し続けたりすると、水分が徐々に有機化合物層に拡散しディスプレイの輝度低下を起こす可能性が高いことが分かった。すなわちポストベーク直後には素子分離膜や平坦化膜中の水分は極めて少ないにも関わらず、その後に紫外光やプラズマによる表面処理を行うと、放出され易く有機EL素子にとって有害な水分を膜中に形成する結果になっていたことが分かった。また素子分離膜の開口の形成後に乾燥雰囲気を維持できなくとも別途脱水処理を行えば有害な水分は除去できるが、脱水処理は表面処理の前に実施されることが多く、表面処理で水分が生じると除去できない。
【0042】
<実験2>
次に試料Aと同等の工程で試料A’、試料Bと同等の工程で試料B’を作成した。ただし示差熱分析は行わずに、両試料の素子分離膜の開口を断面観察した。即ち日立超薄膜評価装置HD−2300でFIB(収束イオンビーム)加工により両試料のTEM(透過電子顕微鏡)観察用断面を形成し、倍率400万倍で観察した。試料B’についてはシリコン表面に厚さ1.2〜1.3nmの異物層が観察されたが、試料A’では層状の異物は観察されなかった。因みに、この状態で電子顕微鏡の分解能は0.2nmとされている。試料B’で観察された異物層は、素子分離膜の開口を形成した際に生じた剥離がエッチングされきれず残存したものと考えられ、試料A’では紫外光による洗浄効果でこの残存した層が除去されたと推定される。即ち、このような層は、通常の純水リンスだけでは除去しきれず、紫外光やプラズマによる表面処理で初めて完全に除去されると思われる。
【0043】
紫外光の照射の際に、酸素を所定の圧力まで導入したがその流量を1/3に減らした他は試料A’と同様の工程で試料A’’を作成した。この試料の断面を試料A’と同様に観察したところ、シリコンの表面に厚さ1.1〜1.4nmの異物層が観察された。これは紫外光の作用により開口から素子分離膜の残存物の層が除去される一方、素子分離膜の表面が僅かながらエッチングされて発生した揮発成分が、酸素のフローが不十分だったために開口に層状に再付着したものと推定される。したがって、素子分離膜や平坦化膜を持つ有機EL素子の場合は、処理条件が不適切であると洗浄についても逆効果が生じ得ることが分かった。
【0044】
<実験3>
図7は、素子分離膜や平坦化膜を持たない有機EL素子について、画素電極を紫外光により表面処理した際の、雰囲気(大気)の露点と得られた素子の同一の加速条件での通電開始後24時後の輝度の劣化率を示す。701の黒丸は個々の評価結果を示し、702、703はその分布の上限、下限を示す。
【0045】
雰囲気の露点と劣化率の間には明瞭な相関が見られ、素子分離膜や平坦化膜を有する有機ELディスプレイにおける画素電極の表面処理で、温度を高めて水分発生量が多い状況で表面処理を行うと、特性に悪影響を与える可能性が高い。
【0046】
ところで、画素電極表面の表面処理による仕事関数の制御に対しては、処理温度が大きく影響する。例えばITO電極を室温から200℃に高め熱処理すると仕事関数が5.6eVから5.0eVの範囲で変化することが知られている。表面処理の際も、処理温度を変化させホール輸送層のHOMO準位に応じて仕事関数を最適化すれば、ホールの注入性が改善され有機ELディスプレイの消費電力を低減できる。
【0047】
しかし、その目的で処理温度を室温以上、特に100℃以上に高めると、実験1の結果から素子分離膜や平坦化膜から水分が放出されることが分かり、さらに本実験の結果からこの水分が特性に悪影響を与える可能性が高いことが分かる。
【0048】
以上の結果から、素子分離膜や平坦化膜を有する有機ELディスプレイで、画素電極の表面処理の副作用を防止し、十分に所期の効果を達成するには、処理が画素電極のみに作用し、素子分離膜や平坦化膜には極力作用が及ばないようにすることが望ましい。
【0049】
本発明は、上述した結論を勘案して、アクティブマトリクス型の有機ELディスプレイに対する表面処理を改良し、信頼性が高く消費電力が少なく高画質な有機ELディスプレイを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0050】
上記背景技術の課題を解決するための手段として、請求項1に記載した発明に係る有機ELディスプレイの製造法は、
少なくとも基板と、該基板上に形成された画素電極と、該画素電極の周辺部を覆うように形成され前記画素電極への開口を有する素子分離膜と、該素子分離膜の開口を覆うように形成された発光層を含む有機化合物層と、該有機化合物層の表面に形成された対向電極とからなる画素を有する有機ELディスプレイの製造法において、
素子分離膜の開口の形成後に基板を乾燥雰囲気に保持したまま、画素電極に選択的な表面処理を施して、有機化合物層を形成することを特徴とする。
【発明の効果】
【0051】
本発明によれば、素子分離膜や平坦化膜を有するアクティブマトリクス型の有機ELディスプレイであっても、素子分離膜や平坦化膜への副作用なしに、画素電極への表面処理が行える。そのため、画質が高く、消費電力が少なく、寿命が長い有機ELディスプレイが得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0052】
以下、本発明の実施形態を図1に基づいて説明するが、ここでは、本発明の本質的な部分のみを説明し、他の部分については実施例の項に譲るとする。
【0053】
図中、100は基板であり、101はその上に形成された平坦化膜である。ここで基板100と平坦化膜101の間には、画素を駆動するためのTFT回路が形成されているが、説明に本質的でないため図示していない。
【0054】
102は平坦化膜101の表面に形成された画素電極であり、TFT回路と電気的接続を有するが、図示していない。103は素子分離膜であり、画素電極102の周辺部を覆っているが中央部に開口を有している。図1はここまでが形成され脱水処理が終了した基板に、本発明に基づく画素電極の表面処理を行っている状態を示す。
【0055】
104は紫外光発生装置で、低圧水銀ランプ(主波長185nm、副波長254nm)やエキシマランプ(主波長172nm、副波長126nm)が好適に使用できる。高圧水銀ランプは発光のエネルギーが低く(発光波長=328nm)洗浄効果は低い。
【0056】
105は素子分離膜103の開口に対応した位置に開口106を有するマスク、つまり素子分離膜103の開口に対応する領域のみが紫外先107に対する透過性を有する基材からなるマスクで、ステンレス、パーマロイ等の金属シートが好適に使用できる。このようなマスク105を基板表面に近接して配置することにより、紫外光107は画素電極102に選択的に照射され、結果として画素電極102が選択的に表面処理される。紫外光107が照射される雰囲気は酸素を含むことが好ましい。その圧力は大気圧でも減圧しても良い。また露点が管理されているならば大気を使用しても良い。
【0057】
108は紫外光の作用で生じたオゾンを示す。実際には、オゾンは至る所で発生し得るが、酸素の流速が低いマスクの開口106近傍ではオゾンが高濃度となる領域108が形成され易い。
【0058】
しかし、素子分離膜103が完全にマスク105に覆われ紫外光107を遮断しても、生じたオゾンは開口106内部から拡散し素子分離膜103に作用して水分を発生するおそれが残る。このようなオゾンの影響を軽減するには、マスク105をできるだけ素子分離膜103に近づける、特に好ましくは密着させると良い。しかし接触に伴って素子分離膜103に損傷を与えぬように、マスク105の素子分離膜103と対向する面に弾性部材を設けることが好ましい。弾性部材としては、弾性率(ヤング率)1011dyne/cm2以下の材料が好ましい。例えばナイロン(0.35×1011dyne/cm2)、ポリエチレン(0.077×1011dyne/cm2)、ポリスチレン(0.36×1011dyne/cm2)等の樹脂からなるフィルムが好適に使用できる。
【0059】
あるいはマスク105の素子分離膜103と対向する面に、発生したオゾンを分解及び吸収、又は分解若しくは吸収する機能を有する材料からなるオゾン処理層を設けることが好ましい。このような材料としては、シリカ、炭化珪素、マグネシア、ゼオライト、活性炭、活性炭素繊維、ジルコニア、チタン酸アルミニウム、テルペノイド、オゾン吸収樹脂から選択された1種以上の物質を好適に使用できる。これらの材料は必要に応じて結着材を用いてシートとしてマスク105に接合する。さらにオゾン処理層の機能を高めるには、材料に径10ナノ〜10マイクロメートル程度の凹凸構造及び微細孔が多数形成された多孔質構造、又は凹凸構造若しくは多孔質構造を形成することが好ましい。
【0060】
マスク105は少なくとも100℃以上に保たれているとオゾンの分解・吸収の効果が高まる。このとき、マスク105そのものを加温しても良いが、試料の基板温度を高めるとそれと近接して配置されたマスク105との間の空間のオゾンが加熱されるので、マスク105を加温した場合と同等の効果が得られる。試料を加熱すると、従来の表面処理では素子分離膜103から発生する水分の影響が懸念されたが、本発明の場合はその懸念がない。
【0061】
なお、図1に示すマスク105や同マスク105に設ける前述の弾性部材やオゾン処理層は、画素電極102を酸素を含むプラズマに曝露する場合にも好適に使用できる。
【0062】
マスク105は、洗浄工程のために専用の物を用意し洗浄工程の終了後これを蒸着用のマスクと交換してから有機化合物層の蒸着を行っても良いが、洗浄工程と同じマスクのまま有機化合物層の蒸着を行うと、作業工程が短縮できて好都合である。
【0063】
マスク105の開口106は一辺が50〜300μm程度である。開口106が前記のサイズより大きくなると、形成される蒸着層の大きさや形状が前記開口106と異なってくるおそれがあるので、一般には一辺が50〜300μm程度とされる。そのため、多数の開口を開けるとマスクの強度が低下し、素子分離膜103の開口とマスク105の開口106の位置にズレが生じ易い。
【0064】
図5に示すマスク505は、このような場合にも好適に使用できる紫外光による洗浄工程専用のマスクである。マスク505は紫外光に対して高い透過率を有し良好な平面性を有するガラス材、具体的には石英ガラス、特に高い透過率を有する合成石英のガラスが好適に使用できる。このガラス材には素子分離膜103の開口に対応する位置を除いて、紫外光の透過を阻止する層が形成され、逆にこの層が形成されない部分が紫外光に対する開口506として機能する。この層はガラス材の裏面(素子分離膜と対向する面)に形成された金属膜や擦りガラス面や、ガラス中に形成され紫外光を散乱する微小な気泡群であっても良い。
【実施例】
【0065】
以下、本発明の実施例を2例示すが、これらは本発明の方法を具体的に説明するための例示であり、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0066】
<実施例1>
図3の断面構成、図2の回路構成を持つアクティブマトリックス型のフルカラー表示の有機ELディスプレイを試作する。
【0067】
まず、100mm×100mm、厚さ1.1mmの無アルカリガラス基板300の表面に、不図示の酸化シリコンからなるアンダーコート層を形成後、プラズマCVD法でアモルファスシリコンを堆積し、レーザーアニールを施しポリシリコン化する。さらにフォトリソグラフィー法により、駆動トランジスタ305(図2では202)やスイッチングトランジスタ204として使用する領域を形成する。また、第1金属層302を堆積し、フォトリソグラフィー法にて保持容量306の下部電極や、電源線205、信号線208を形成する。さらにプラズマCVD法でゲート絶縁膜となるシリコン酸化膜(絶縁層)303を堆積する。
【0068】
この状態で半導体層301に低ドーズでドープしチャネル部を形成する。この上にトランジスタのゲート電極を形成した後、高ドーズで半導体層301のチャネル部以外にドープし、トランジスタのソース領域やドレイン領域を形成する。シリコン酸化膜303に開口を形成後、第2金属層304を形成してフォトリソグラフィー法にて保持容量306の上部電極や走査線307を形成する。また、画素200内の回路と共に、基板の周辺に走査回路210や信号回路211も形成する。
【0069】
一連の工程の結果、表面には各所に急峻な段差ができるので、その上に平坦化膜308を形成する。例えばJSR(株)製の感光性アクリル樹脂の前駆体「オプトマーPC415G」をスピンコーターで塗布し、90℃で2分間プリベークし露光後、現像液「PD523AD」の水溶液で現像して開口を形成する。純水洗浄の後200℃で60分ポストベークして、開口を有する平坦化膜308を形成する。
【0070】
その上に金属反射層とIZO層を積層し、フォトリソグラフィー法にて100μm×260μmの画素電極309を形成しさらに、その表面に素子分離膜310を形成する。即ち、まず東レ(株)製の感光性ポリイミド樹脂の前駆体「DL−1000」をスピンコーターで塗布し、120℃で2分間保持しプリベークする。この後i線で露光し、TMAH水溶液で現像して開口を形成し、さらに純水で洗浄後、230℃で30分間ポストベークし、厚さ1μmの素子分離膜310を形成する。開口は80μm×240μmの大きさで、画素電極309の内部に完全に含まれる。また開口の断面は角度約30°のテーパーを成している。ここまで形成した基板を乾燥窒素雰囲気中に保持しつつ、真空装置内に移して減圧した。
【0071】
次いで図5に示すマスク505をかけ、紫外光照射により画素電極309の表面の洗浄(表面処理)を行う。マスク505は、100×100mm、厚さ1.1mmの表面を研磨した合成石英ガラスに、フォトリソグラフィー法にて素子分離膜310の開口に対応する位置に80μm×240μmのレジストのマスクを形成する。そして、フッ酸の水溶液でマスクの掛っていない部分をエッチングにより擦りガラス部とした後マスクを剥離して得たもので、擦りガラス部は紫外光を散乱する。また多数形成された微小な凹凸により石英ガラスの表面積が増加し、吸着したオゾンを分解する効果がある。石英ガラスの表面が平滑な部分は紫外光が十分に透過し、オゾンを分解する効果が少ないので、マスク505の開口506として機能する。また画素電極309には、青、緑、赤の3色の発光に対応する3種があるが、ここでは全ての画素電極に対応して開口506を設ける。しかし図5に示すマスク505の場合は、開口506が高密度で形成されても強度が低下することはない。
【0072】
マスク505は、開口506が素子分離膜310の開口と重なるように保持する、またマスク505の裏面と素子分離膜310の表面は接触させるか、100μm以内の所定の間隔を保つ。接触した場合や間隔が短い場合は素子分離膜310に対するオゾンの副作用を抑えることができるが、マスク505や素子分離膜310が損傷を受け易いので、基板の大きさやマスク保持機構の精度も勘案し決定すれば良い。この状態で低圧水銀灯を照射する。また基板温度は室温でも良いが200℃程度まで高めても良い。これらの条件は洗浄効果や、求められる画素電極309の表面の仕事関数の大きさに応じて決定する。
【0073】
この後マスク505を取り除き、排気してゲートを開き基板を蒸着室に移動し、銅フタロシアニンを厚さ20nm、ビス(N−エチルカルバゾール)を厚さ60nm蒸着しホール輸送層312を形成する。そのため図3の場合とは異なり、この例ではホール輸送層312は素子分離膜310の表面全体に亘って形成される。
【0074】
次に、基板を外気にさらすことなく第1のメタルマスクをかけ、青色の画素に対応する位置の開口にゲストとしてPeryleneを加えたBAlqを蒸着し、厚さ20nmの青色の発光層313を形成する。続いて、基板を外気にさらすことなく第2のメタルマスクをかけ、緑色の画素に対応する位置の開口にゲストとしてCoumarin6を1%加えたAlq3を蒸着し、厚さ20nmの緑色の発光層313を形成する。さらに基板を外気にさらすことなく第3のメタルマスクをかけ、赤色の画素に対応する位置の開口にゲストとしてIr(piq)3を9%加えたCBPを蒸着し、厚さ20nmの赤色の発光層313を形成する。
【0075】
次いで、大気にさらすことなく第3のメタルマスクをはずし、Bathophenantrolineを蒸着し、厚さ50nmの電子輸送層314を形成する。さらに、AlLiを蒸着し、不図示の厚さ1nmの電子注入層を形成する。なお、本実施例で例示した有機化合物の構造式を<化1>、<化2>に示す。
【0076】
【化1】

【0077】
【化2】

【0078】
基板を外気にさらすことなくスパッタ装置に移し、厚さ200nmのITOを堆積し対向電極315を形成する。この後カバーガラス317との間にPVC(ポリビニルクロライド)を充填し保護層316として封止し、第1のフルカラー表示の有機ELディスプレイを作製する。このディスプレイでは発光は基板の表面側に取り出される。
【0079】
本実施例では、マスク505の効果により素子分離膜310に強い紫外光が照射されない。また紫外光の作用で発生するオゾンも、マスク505の裏面と素子分離膜310の表面の距離が短く、しかもマスク505の裏面の擦りガラス部の作用によりオゾンが分解され、素子分離膜310の表面近傍ではオゾンの密度が低下する。そのため、素子分離膜310中に水分が発生し難い。一方、画素電極309の表面には紫外光や紫外光により発生したオゾンの洗浄効果が十分に及ぶので、本実施例の方法で形成された有機ELディスプレイは、寿命が長い上、同じ駆動電圧に対しより高い発光輝度が得られ消費電力を抑えられる。
【0080】
<実施例2>
実施例1と同様の図3の断面構成、図2の回路構成を持つアクティブマトリックス型のフルカラー表示の有機ELディスプレイを試作する。
【0081】
まず、実施例1と同様の工程で、素子分離膜310まで形成する。TFT回路の歩留まりが低い場合、ここまでの工程の終了後に直ちにTFT回路のチェックを行い、回路の動作が不良な基板は後工程に流さないことがコスト的に好ましい。しかし回路のチェック中は十分良好な雰囲気を維持できないため次工程に入る前に基板を改めて洗浄する必要があるが、平坦化膜308や素子分離膜310が洗浄工程で水分に晒されるため脱水処理が必要となる。脱水処理としては、少なくとも80℃以上、好ましくは200℃程度に加熱することが効果的である。その際真空排気を併用しても良い。この後乾燥雰囲気を保ったまま画素電極309のプラズマ洗浄機を兼ねた蒸着槽に移す。
【0082】
本実施例では本発明の趣旨に沿って画素電極309の洗浄を行うため、酸素を含んだ雰囲気において素子分離膜310の表面に開口を有するマスクを配置した状態でプラズマ処理を行う。プラズマ処理のマスクとしては、所定の位置に開口を有するステンレスやパーマロイ等の金属シートが好適に使用される。基板を処理装置の平行平板電極の一方に配置し、マスクの開口位置を、対応する素子分離膜310の開口の位置に合わせて配置し、装置内に酸素を流しながら所定の圧力まで減圧し、電極間に直流電圧又は交流電圧を印加してプラズマを生起する。酸素と共にアルゴンや窒素等を流しても良い。また平行平板電極以外に、ECR方式のプラズマや、誘導コイルを利用したプラズマを用いても良い。
【0083】
なお、本実施例では青色、緑色、赤色の発光に応じてホール輸送層312の厚さを最適化する。即ち、発光層313内で膜厚方向の特定の位置で発光が起こる場合、発光は直接表面側に放射されると共に画素電極309側にも放射され同画素電極309で反射されるので、両者が干渉する。そこで発光層313背面のホール輸送層312の厚さを発光波長に応じて最適化すると、発光強度が高まり発光効率の高いカラー表示有機ELディスプレイが得られる。
【0084】
そこで本実施例においては、まず素子分離膜310の青色に発光する画素に対応した位置のみに開口を有するマスクを配置し、乾燥空気を流しながら減圧してプラズマによる画素電極309の表面処理を行う。その後、銅フタロシアニンを厚さ20nm、ビス(N−エチルカルバゾール)を厚さ40nm蒸着しホール輸送層312を形成する。そして、ゲストとしてPeryleneを加えたBAlqを蒸着し、厚さ20nmの青色の発光層313を形成する。
【0085】
次に、基板を乾燥雰囲気が保てるゲートを通して隣接のプラズマ洗浄機を兼ねた蒸着槽に移し、素子分離膜310の緑色に発光する画素に対応した位置のみに開口を有する第2のマスクを配置する。その後、プラズマ洗浄を行った後、銅フタロシアニンを厚さ20nm、ビス(N−エチルカルバゾール)を厚さ60nm蒸着し、ホール輸送層312を形成する。そして、ゲストとしてCoumarin6を1%加えたAlq3を蒸着し、厚さ20nmの緑色の発光層313を形成する。
【0086】
続いて、基板を乾燥雰囲気が維持できるゲートを通して、さらに隣接するプラズマ洗浄機を兼ねた蒸着槽に移し、素子分離膜310の赤色に発光する画素に対応した位置のみに開口を有する第3のマスクを配置する。その後、プラズマ洗浄を行った後、銅フタロシアニンを厚さ20nm、ビス(N−エチルカルバゾール)を厚さ80nm蒸着し、ホール輸送層312を形成する。そして、ゲストとしてIr(piq)3を9%加えたCBPを蒸着し、厚さ20nmの赤色の発光層313を形成する。
【0087】
次いで第3のマスクをはずし、Bathophenantrolineを蒸着し、厚さ50nmの電子輸送層314とする。ただし本実施例の電子輸送層314は図3と異なり、素子分離膜310の表面全面に亘って形成される。さらにAlLiを蒸着し、不図示の厚さ1nmの電子注入層とする。なお、本実施例で使用した有機化合物の構造式を上記<化1>、<化2>に示す。
【0088】
さらに基板を外気にさらすことなくスパッタ装置に移し、厚さ200nmのITOを堆積し対向電極315を形成する。この後カバーガラス317との間にPVC(ポリビニルクロライド)を充填し保護層316として封止し、第2のフルカラー表示の有機ELディスプレイとする。
【0089】
本実施例では、表面処理に使用するマスクを有機化合物層311の塗り分けに使用するマスクと兼用した。また本実施例で使用したマスクはいずれも開口の密度が低いため、強度があり高い精度が得られる。またどの画素電極309についても有機化合物層311の蒸着直前に処理を行うため高い洗浄効果が得られる。素子分離膜310の高分子材料が損傷を受け難く水分が発生することはない。そのため、本実施例の製造法で形成された有機ELディスプレイは、寿命が長く、同じ駆動電圧に対しより高い発光輝度が得られ、消費電力が低減される。さらにホール輸送層312の厚さを3色のそれぞれに対して外部への発光を最適化しているので、バランスの優れた発色が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0090】
【図1】本発明による画素電極の表面処理の方法を説明する図である。
【図2】アクティブマトリックス型の有機ELディスプレイの一例の回路図である。
【図3】アクティブマトリックス型の有機ELディスプレイの一例の断面図である。
【図4】(a)は素子分離膜や平坦化膜を持たない従来の有機ELディスプレイの平面図である。(b)は(a)のX−Y断面図である。
【図5】本発明による第2の画素電極の表面処理の方法を説明する図である。
【図6】加熱に伴う素子分離膜からの水分や高分子量成分の発生を示す図である。
【図7】表面処理の雰囲気の露点と輝度劣化率の相関を示す図である。
【図8】示差走査熱量分析法による熱分解温度の決定法を示す図である。
【符号の説明】
【0091】
100、300 基板
101、308 平坦化膜
102、309 画素電極
103、310 素子分離膜
104 紫外光発生装置
105 マスク
106 開口
107 紫外光
108 オゾン高濃度域
200 画素
201 有機EL素子
202 駆動トランジスタ
203 保持容量
204 スイッチングトランジスタ
205 電源線
206 走査線
207 選択された走査線
208 信号線
210 走査回路
211 信号回路
301 半導体層
302 第1金属層
303 絶縁層
304 第2金属層
305 駆動トランジスタ
306 保持容量
307 走査線
311 有機化合物層
312 ホール輸送層
313 発光層
314 電子輸送層
315 対向電極
316 保護層
317 カバーガラス
400 基板
401 列電極
402 有機化合物層
403 行電極
404 選択された行電極
505 マスク
506 開口
508 オゾン高濃度域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも基板と、該基板上に形成された画素電極と、該画素電極の周辺部を覆うように形成され前記画素電極への開口を有する素子分離膜と、該素子分離膜の開口を覆うように形成された発光層を含む有機化合物層と、該有機化合物層の表面に形成された対向電極とからなる画素を有する有機ELディスプレイの製造法において、
素子分離膜の開口の形成後に基板を乾燥雰囲気に保持したまま、画素電極に選択的な表面処理を施して、有機化合物層を形成することを特徴とする、有機ELディスプレイの製造法。
【請求項2】
画素は、少なくとも第1の構成の有機化合物層を有する第1の画素と、第2の構成の有機化合物層を有する第2の画素の群からなり、
素子分離膜の開口の形成後に基板を乾燥雰囲気に保持したまま、第1の画素の画素電極に選択的な表面処理を施して、第1の構成の有機化合物層の少なくとも1層を形成し、
さらに第2の画素の画素電極に選択的な表面処理を施して、第2の構成の有機化合物層の少なくとも1層を形成することを特徴とする、請求項1に記載の有機ELディスプレイの製造法。
【請求項3】
素子分離膜の開口を形成し脱水処理を行った後に基板を乾燥雰囲気に保持することを特徴とする、請求項1又は請求項2に記載の有機ELディスプレイの製造法。
【請求項4】
選択的な表面処理は、素子分離膜の開口に対応する位置に開口を有するマスクを前記素子分離膜上に配置した状態で行う、紫外光照射又は酸素を含むプラズマへの曝露であることを特徴とする、請求項1又は請求項2に記載の有機ELディスプレイの製造法。
【請求項5】
紫外光照射は、素子分離膜の開口に対応する領域のみが紫外光に対する透過性を有する基材からなるマスクを前記素子分離膜上に配置した状態で行うことを特徴とする、請求項1又は請求項2又は請求項4に記載の有機ELディスプレイの製造法。
【請求項6】
マスクの素子分離膜に対向する面に弾性部材を形成していることを特徴とする、請求項1又は請求項2又は請求項4又は請求項5に記載の有機ELディスプレイの製造法。
【請求項7】
マスクの素子分離膜に対向する面にオゾンを分解及び吸収、又は分解若しくは吸収するオゾン処理層を形成していることを特徴とする、請求項1又は請求項2又は請求項4又は請求項5に記載の有機ELディスプレイの製造法。
【請求項8】
オゾン処理層は、シリカ、炭化珪素、マグネシア、ゼオライト、活性炭、活性炭素繊維、ジルコニア、チタン酸アルミニウム、テルペノイド、オゾン吸収樹脂から選択される1種以上の物質から構成していることを特徴とする、請求項1又は請求項2又は請求項4又は請求項5又は請求項7に記載の有機ELディスプレイの製造法。
【請求項9】
オゾン処理層に凹凸構造及び多孔質構造、又は凹凸構造若しくは多孔質構造を形成していることを特徴とする、請求項1又は請求項2又は請求項4又は請求項5又は請求項7又は請求項8に記載の有機ELディスプレイの製造法。
【請求項10】
基板の上に平坦化膜を形成し、該平坦化膜の表面に画素電極を形成していることを特徴とする、請求項1に記載の有機ELディスプレイの製造法。
【請求項11】
選択的な表面処理は100℃以上の基板温度で行うことを特徴とする、請求項1又は請求項2又は請求項4に記載の有機ELディスプレイの製造法。
【請求項12】
少なくとも基板と、該基板上に形成された画素電極と、該画素電極の周辺部を覆うように形成され前記画素電極への開口を有する素子分離膜と、該素子分離膜の開口を覆うように形成された発光層を含む有機化合物層と、該有機化合物層の表面に形成された対向電極とからなる画素を有する有機ELディスプレイにおいて、
画素電極には、素子分離膜の開口の形成後に基板を乾燥雰囲気に保持したまま、選択的な表面処理を施していることを特徴とする、有機ELディスプレイ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−166168(P2008−166168A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−355758(P2006−355758)
【出願日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【出願人】(000006013)三菱電機株式会社 (33,312)
【Fターム(参考)】