説明

有機EL素子の製造方法

【課題】有機EL素子において、高温放置時の電圧上昇と輝度低下による劣化を抑制可能な素子製造方法を提供する。
【解決手段】アノード基板、ホール注入層、ホール輸送層、発光層、電子輸送層、電子注入層、カソード基板、の康応を有する有機EL素子において、アノード基板表面に対して酸素プラズマ処理を施すことで、アノード基板表面に付着している汚染物質であるエタノールアミンの量を10ng/cm2以下に低減させる。その結果、80℃に500時間放置させた後でもホール注入層のホール移動度の減少を抑制することができ、駆動電圧上昇及び輝度低下の低減が可能となるために長期信頼性を有する有機EL素子を製作することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アノード電極基板−ホール注入層―ホール輸送層―発光層―電子輸送層―電子注入層−カソード電極基板を有する有機EL素子において、80℃環境下に500時間保持した場合の、ホール注入層におけるホール移動度の低下を防止し、また、駆動(発光)に必要な電圧上昇量を0.5V以下、輝度の低下も10%以下に抑制するものである。
【背景技術】
【0002】
新しいディスプレイ形態として、電圧印加によって自発光することを特徴とする有機膜を用いた有機EL(Electro-luminescence)素子の開発が進んでいる。しかし有機EL素子に用いられる有機膜は劣化し、発光に必要な印加電圧値の上昇(駆動電圧上昇)、及び、発光輝度の減衰が観測されるという劣化現象が問題となっている。これらの劣化現象は素子の温度が高いほど加速される現象も知られている。劣化の原因はアノード、カソード電極材料の拡散や、有機膜の変質、電極表面の汚染等、多種あるとされている。これらの原因が長期信頼性に与える影響を評価し、プロセスの開発を推し進めるために、電極材料の拡散に対してはSIMS(Secondary−Ion−Mass−Spectroscopy)、有機膜の変質に対してはAFM(Atomic−Force−Microscopy)等を用いた研究が行なわれている。汚染に関しては、汚染物質をTOFSIMS(Time−of−Flight−SIMS)等の手法で同定する試みがなされている。これらのうち、特に汚染物質に着目した研究が盛んに行なわれているが、汚染と素子の劣化との相関は必ずしも明確にはされていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
汚染物質を同定することはプロセス開発において非常に重要な指針を提供する。しかし以下の課題がある。汚染物質の量をどの程度まで低減すべきかが不明である。
【0004】
本発明は、高温(80℃)環境下において、アノード電極基板と有機膜との界面に存在する汚染物質の量がどの程度以下まで低減されていれば劣化を抑制できうるかを既定し、80℃で500時間放置した際の電圧上昇量を0.5V以下、輝度低下を10%以下に低減して長期信頼性を確保できる有機EL素子の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は、アノード電極基板を容易する第一の工程、及び、該アノード電極基板上に、有機膜を形成した上にカソード電極基板を形成する第二の工程を備えた有機EL素子製造方法におけるものである。
【0006】
その際、該アノード電極基板と該有機膜との界面に存在する汚染物質であるエタノールアミンの量が10ng/cm2以下であるとよい。
【0007】
また、該有機膜は少なくともホール注入層、ホール輸送層、発光層、電子輸送層、電子注入層を含んでいるとよい。
【0008】
さらに、該有機膜は80℃以下の温度では変質しないものであるとよい。
【0009】
また、該有機膜の大気成分への暴露による汚染を防止するために、該有機膜は封止されているとよい。
【0010】
さらにまた、該アノード電極基板は少なくとも酸素を含んだものであり、かつ、電気伝導性を有するものである必要がある。
【0011】
そして、該第二の工程の前に、該アノード電極基板を洗浄し、該アノード電極基板表面の該汚染物質を除去する工程を含むとよい。
【0012】
その際、該洗浄工程は少なくとも酸素プラズマ処理を含むと好適である。
【0013】
そして、該洗浄工程は少なくともエタノールアミン系の汚染物質を除去する作用を有しているとよい。
【0014】
更にまた、該アノード電極基板と該カソード電極基板との間の該有機膜の容量の周波数分散から評価した該ホール注入層のホール移動度が1×10-7(cm2/V・秒)以上であると好適である。
【発明の効果】
【0015】
本発明で示されたように、アノード基板上に洗浄処理を施して表面汚染量を10ng/cm2以下にすることで、有機EL素子を80℃に500時間放置した後においても、ホール注入層のホール移動度の低下を抑制することができる。つまり電圧上昇及び輝度低下を低減することが可能となり、長期信頼性を有する有機EL素子が製作できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下本発明の有機EL素子の製造の実施形態を、図を用いて具体的に説明する。
【0017】
図1は本実施例で用いた有機EL素子の概略図である。アノード電極基板101であるITO(Indium−Tin−Oxide)の上に有機膜102を140nmだけ成膜し、更にカソード電極基板103であるアルミニウムを成膜する。図2に示すように、有機膜102はアノード電極基板101とカソード基板電極103との間に電圧を印加して電流を流した際に、アノード基板電極101からはホール、カソード電極基板103からは電子が有機膜102に注入されるようにホール注入層201と、電子注入層202とを含む必要がある。また、注入されたホールと電子が再結合を起こし光を発するようにホール注入層201と電子注入層202との間に発光層203を含む構成になっている。更に、ホール注入層201と発光層203との間にホール輸送層204が含まれている。また、電子注入層202と発光層203との間に電子輸送層205が形成されている。ここで、ホール注入層201と電子注入層202と発光層203とホール輸送層204と電子輸送層205の膜厚として、それぞれ少なくとも10nm以上が必要である。本発明では、後述するように、80℃に有機EL素子を保持した際の劣化を抑制するのが目的であるので、有機膜102は80℃以下の温度では変質しないものである必要がある。また、有機膜102は大気成分に暴露されると汚染される可能性があるため、図2に示すように素子全体がガラス206など、体積成分が透過しない材料で封止されているとよい。
【0018】
ここで、アノード電極基板101上に有機膜102を形成する前に、アノード電極基板101の表面に付着している汚染物質であるエタノールアミン110を除去するために酸素プラズマによる洗浄処理を15分間行う。なお、ここでは上記洗浄処理の時間を15分としたが、洗浄処理後の汚染物質110の量が10ng/cm2以下になればよく、処理時間が変化しても支障はない。酸素プラズマによる洗浄処理時間と、アノード電極基板101上に存在している汚染物質であるエタノールアミン110の残留量の相関を図3に示す。酸素プラズマによる洗浄処理時間が長くなると、アノード電極基板101上の、汚染物質であるエタノールアミン110の残留量は減少する。ただし、洗浄処理によりアノード電極基板101表面は酸化されてしまうため、アノード電極基板101は最初から酸素を含み、かつ、電気伝導性を有するものである必要がある。ここではITOを用いたが、他の材料を用いても支障はない。また、カソード電極基板103の材料としてアルミニウムを使用しているが、他の材料でも本発明に影響はない。
【0019】
次に、図4を用いて有機膜102の容量の周波数分散からキャリアの移動度を評価する方法を説明する。図4(s)はアノード電極基板101とカソード電極基板103との間に、容量の周波数分散の測定が可能なLCRメータ401を接続し、電気的導通を確保した状態の図である。ここでLCRメータ401から直流電圧6Vと交流電圧50mVの両方を印加し、更に、交流電圧の周波数を100〜1MHzまで掃引する。直流電圧は必ずしも6Vである必要はなく、1〜40Vの間で任意に制御できるとよい。また、交流電圧も50mVには限定されないが、充分な測定精度を確保するために100mV以下であるとよい。これでLCRメータ401で有機膜102の容量の周波数分散402が測定できる。この容量の周波数分散402に対し、次の式(1)で表される変換を行い図4(b)に示した変換曲線403を得る。
【0020】
f(w)=(−1)×w×(C(w)−C(1MHz)) ・・・・・・・・(1) ここで、wはLCRメータ401から出力している交流電圧の周波数、C(w)は周波数がwの時の有機膜102の容量であり、周波数分散402に相当する。また、C(1MHz)は周波数wが1MHzの際の有機膜102の容量を表す。
【0021】
変換曲線403のピーク値を与える周波数wmaxに対して次式(2)を用いることで、キャリアの移動度を算出することができる。
【0022】
μ=1.33×d2/V/wmax ・・・・・・・・・(2)
ここでdは有機膜102の膜厚であり、VはLCRメータ401から出力している直流電圧の電圧値である。ただし、本手法だけではホール注入層201、電子注入層202、発光層203、ホール輸送層204、電子輸送層205のいずれの層の移動度が検出されているのかは判断がつかない。また、ホール移動度と電子移動度のどちらを観察しているのかの区別もつかない。
【0023】
図5に本発明で用いた有機EL素子を、80℃の温度に放置した際の放置時間と、式(1)及び(2)を用いて評価したキャリア移動度との相関を載せる。ここで、アノード電極基板101表面上の汚染物質であるエタノールアミン110の量を3種類、すなわち、10ng/cm2、30ng/cm2、50ng/cm2と変化させた場合の測定結果示す。なお、本図においては、それぞれを曲線501,502,503と記載している。80℃に放置した時間が長いほど移動度が低下する傾向があることが分かる。更に、汚染物質であるエタノールアミン110の量が多いほど移動度の低下が加速されることが分かる。汚染物質であるエタノールアミン110は、アノード電極基板101上と接しているホール注入層201に最も大きな影響を与えると判断できるので、図5で評価しているキャリア移動度はホール注入層201のホール移動度であることが理解される。また、80℃に500時間放置した時、汚染物質であるエタノールアミン110の量が10ng/cm2の場合には移動度の低下が抑制できており、1×10-7(cm2/V・秒)以上の値を保持している。つまり、アノード電極基板101上の汚染物質であるエタノールアミン110の量を洗浄処理によって10ng/cm2以下にすることで、80℃に500時間放置した場合でも、ホール注入層201のホール移動度の低下を抑制することが可能となる。
【0024】
図6(a)に80℃での放置時間と電圧上昇及との相関を載せる。ここで、アノード電極基板101表面上の汚染物質であるエタノールアミン110の量を3種類、すなわち、10ng/cm2、30ng/cm2、50ng/cm2と変化させた場合の測定結果を示す。なお、図においては、それぞれを曲線601,602,603と記載している。図6(b)には80℃での放置時間と輝度低下との相関を測定した結果を示す。ここで、アノード電極基板101表面上の汚染物質であるエタノールアミン110の量を3種類、すなわち、10ng/cm2、30ng/cm2、50ng/cm2と変化させた場合の測定結果を示している。なお、図においては、それぞれを曲線604,605,606と記載している。
【0025】
素子に電圧をかけ電流を流して発光させる場合、ホール注入層201のホール移動度が大きいほど電流が流れやすくなるため、素子の電圧上昇を0.5V以下に抑えることが可能となる。また、電流が流れやすいほど発光層203からの発光の輝度低下も10%以下に抑制できる理解される。
【0026】
以上により、アノード電極基板101上の汚染物質であるエタノールアミン110の量を洗浄処理によって10ng/cm2以下にすることで、80℃に500時間放置した後でもホール注入層201のホール移動度を1×10-7(cm2/V・秒)以上に保持することが可能となる。その結果として、電圧上昇を0.5V以下、及び、輝度低下を10%以下に抑制することができ、長期信頼性が確保できる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】本発明に用いた有機EL素子の概略図である。
【図2】本発明に用いた有機EL素子の有機膜構造と封止状態の概略図であり、(a)は断面図、(b)は下(アノード電極基板)側から見た図である。
【図3】本発明における、酸素プラズマによる洗浄処理時間と、アノード基板上に存在している汚染物質であるエタノールアミンの残留量の相関を示す図である。
【図4】(a)は本発明における、有機膜の容量の周波数分散の測定のセットアップを示す図、(b)は本発明における、有機膜の容量の周波数分散の測定値と、(1)に基づいて変換を施した図である。
【図5】本発明における、有機EL素子を80℃の温度に放置した際の放置時間と、式(1)及び(2)を用いて評価したキャリア移動度との相関を示す図である。
【図6】本発明における、有機EL素子を80℃の温度に放置した際の放置時間と、電圧上昇及び輝度低下との相関を測定した結果を示す図であり、(a)は放置時間と電圧上昇の相関図、(b)は放置時間と輝度低下の相関図である。
【符号の説明】
【0028】
101…アノード電極基板、102…有機膜、103…カソード基板電極、201…ホール注入層、202…電子注入層、203…発光層、204…ホール輸送層、205…電子輸送層、206…ガラス、401…LCRメータ、402…有機膜の容量の周波数分散、403…402を式(1)に基づいて変換した曲線、501…有機EL素子を80℃下に放置した際の放置時間とキャリア移動度との相関曲線、ただしエタノールアミン汚染量は10ng/cm2、502…有機EL素子を80℃下に放置した際の放置時間とキャリア移動度との相関曲線、ただしエタノールアミン汚染量は30ng/cm2、503…有機EL素子を80℃下に放置した際の放置時間とキャリア移動度との相関曲線、ただしエタノールアミン汚染量は50ng/cm2、601…有機EL素子を80℃下に放置した際の放置時間と電圧上昇量との相関曲線、ただしエタノールアミン汚染量は10ng/cm2、602…有機EL素子を80℃下に放置した際の放置時間と電圧上昇量との相関曲線、ただしエタノールアミン汚染量は30ng/cm2、603…有機EL素子を80℃下に放置した際の放置時間と電圧上昇量との相関曲線、ただしエタノールアミン汚染量は50ng/cm2、604…有機EL素子を80℃下に放置した際の放置時間と輝度との相関曲線、ただしエタノールアミン汚染量は10ng/cm2、605…有機EL素子を80℃下に放置した際の放置時間と輝度との相関曲線、ただしエタノールアミン汚染量は30ng/cm2、606…有機EL素子を80℃下に放置した際の放置時間と輝度との相関曲線、ただしエタノールアミン汚染量は50ng/cm2

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アノード電極基板を容易する第一の工程、及び、該アノード電極基板上に、有機膜を形成した上にカソード電極基板を形成する第二の工程を備えた有機EL素子であることを特徴とし、該アノード基板と該有機膜との界面に存在している汚染物質であるエタノールアミンの量が10ng/cm2以下であることを特徴とする有機EL素子。
【請求項2】
請求項1記載の有機EL素子において、該有機膜は少なくともホール注入層、ホール輸送層、発光層、電子輸送層、電子注入層を含んでいることを特徴とする有機EL素子。
【請求項3】
請求項1記載の有機EL素子において、該有機膜は80℃以下の温度では変質しない有機材料で形成されていることを特徴とする有機EL素子。
【請求項4】
請求項1記載の有機EL素子において、該有機膜の大気成分への暴露による汚染を防止するために該有機膜は封止されていることを特徴とする有機EL素子。
【請求項5】
請求項1記載の有機EL素子において、該アノード電極基板は少なくとも酸素を含み、かつ、電気伝導性を有することを特徴とする有機EL素子。
【請求項6】
請求項1記載の有機EL素子において、第二の工程の前に、該アノード電極基板に洗浄処理を施し、該アノード電極基板表面の該汚染物質である該エタノールアミンを除去する工程を含むことを特徴とする有機EL素子。
【請求項7】
請求項6記載の有機EL素子において、該洗浄工程は少なくとも酸素プラズマ処理を含むことを特徴とする有機EL素子。
【請求項8】
請求項6記載の有機EL素子において、該洗浄工程は少なくとも該汚染物質である該エタノールアミンを除去する作用を有していることを特徴とする有機EL素子。
【請求項9】
請求項6記載の有機EL素子において、該アノード電極基板と該カソード電極基板との間の該有機膜の容量の周波数分散から評価した該ホール注入層のホール移動度が1×10-7(cm2/V・秒)以上であることを特徴とする有機EL素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−146952(P2008−146952A)
【公開日】平成20年6月26日(2008.6.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−331312(P2006−331312)
【出願日】平成18年12月8日(2006.12.8)
【出願人】(502356528)株式会社 日立ディスプレイズ (2,552)
【Fターム(参考)】