説明

有機EL素子

【課題】低駆動電圧化の課題と歩留まり向上という課題とのトレードオフを解消する構造を有する有機EL素子の提供。
【解決手段】基板と、基板上に設けられた一対の電極と、一対の電極に挟持される有機EL層とを含み、一対の電極は陽極および陰極を含み、有機EL層は、発光層と、陽極と接触する正孔注入層とを少なくとも含み、正孔注入層はn型半導体ホスト材料とp型半導体ゲスト材料からなり、ホスト材料のLUMO準位EHICとゲスト材料のHOMO準位または価電子帯準位EGVが、|EHIC|+0.5eV≧|EGV|>|EHIC|−0.6eVを満たすことを特徴とする有機EL素子。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フラットパネルディスプレイおよび照明用光源に応用可能な有機EL素子に関する。特に、低駆動電圧で動作し、消費電力の低い有機エレクトロルミネッセンス素子を提供することを目的とする。
【背景技術】
【0002】
近年、有機エレクトロルミネッセンス素子(以下、有機EL素子とも称する)は実用化に向けての研究が活発に行われている。有機EL素子は低電圧で高い電流密度が実現できるために高い発光輝度および発光効率を実現することが期待されている。この有機EL素子には、有機EL層を挟持する第1電極および第2電極が設けられており、光を取り出す側の電極は、高透過率であることが求められている。このような電極材料として、通常、酸化物透明導電膜(TCO)材料(例えば、インジウム−スズ酸化物(ITO)、インジウム−亜鉛酸化物(IZO)、インジウム−タングステン酸化物(IWO)等)が用いられているが、これらの材料は、仕事関数が約5eVと比較的大きいので有機材料への正孔注入電極(陽極)として用いられる。
【0003】
従来型の正孔注入層を用いた従来技術の有機EL素子の一例の断面図を図1に示し、その正孔注入過程を図2に示す。有機EL素子の発光は、基板201上に設けられた陽極202から発光層205の材料の最高占有分子軌道(HOMO)へ注入された正孔と、陰極207から最低非占有分子軌道(LUMO)へ注入された電子によって生成された励起子の励起エネルギーが緩和するときに光を放出することによって得られる。有機EL層は少なくとも発光層205を含む。一般的には、発光層への正孔注入と電子注入を効率的に行うために、有機EL層は、発光層に加えて、キャリア輸送層を含む積層構造を有する。キャリア輸送層は、正孔注入層203、正孔輸送層204、電子輸送層206または電子注入層のいずれかまたは全てを含んでもよい。ここで、正孔は、図2に示すように、陽極202のフェルミ準位EFから、正孔注入層203のHOMOおよび正孔輸送層204のHOMOを介して、発光層205のHOMOへと注入される。
【0004】
最近では、有機EL素子のさらなる低消費電力化を目的として、この様な積層構造の有機EL層を有する有機EL素子において、キャリア輸送層への不純物のドーピングにより、キャリアの実効移動度を向上させるとともに、電極からのキャリア注入障壁を低減して、素子の駆動電圧を下げる技術が開示されている(特許文献1〜3、ならびに非特許文献1および2参照)。
【0005】
この技術は、無機半導体のp型ドーピングやn型ドーピングと同様の技術で、正孔注入層または正孔輸送層の場合、これらを構成する正孔輸送材料中に、電子受容性の高い材料(アクセプター)を不純物として混合することにより、電極からの正孔注入障壁(陽極の仕事関数と隣接する正孔輸送材料のHOMO準位との差)の低減、および正孔の実効移動度の向上を図ることができる。電子注入層または電子輸送層の場合は、これらを構成する電子輸送材料中に、電子供与性の高い材料(ドナー)を不純物として混合することにより、電極からの電子注入障壁(陰極の仕事関数と隣接する電子輸送材料のLUMO準位との差)の低減、および電子の実効移動度の向上を図ることができる。
【0006】
一方、LUMO準位または導電帯準位が深いn型半導体を正孔注入層に用い、陽極からの正孔注入性を向上させることにより、有機EL素子の低駆動電圧化を図る技術が提案されている。たとえば、n型無機半導体を用いた技術が提案されている(特許文献4、ならびに非特許文献3および4参照)。また、n型有機半導体を用いた技術が提案されている(特許文献5参照、なお特許文献5中では、開示されている有機半導体材料はp型半導体として機能するとされているが、実際にはn型半導体である)。n型半導体正孔注入層を用いた従来技術の有機EL素子の一例の断面図を図3に示し、その正孔注入過程を図4に示す。図3に示す有機EL素子は、基板301の上に、陽極302、n型半導体正孔注入層303、正孔輸送層304、発光層305、電子輸送層306および陰極307を有する。陰極307から電子輸送層306を介した発光層305のLUMOへの電子注入は、従来型の有機EL素子(たとえば、図1に示した素子)と同様の過程で行われる。一方、正孔は、正孔輸送層304のHOMOの電子が、n型半導体正孔注入層303のLUMOに移動し、正孔輸送層304のHOMOに正孔を残すことで開始される。ここで、陽極302および陰極307によって印加された電界により、n型半導体正孔注入層303のLUMOに移動した電子は陽極302のフェルミ準位EFへと移動し、正孔輸送層304のHOMOの正孔は発光層305のHOMOへと移動する。このような機構によって、全体として陽極302から発光層305への正孔注入が行われる。なお、図3においては、正孔の移動を破線の矢印で示し、電子の移動を実線の矢印で示した(以下、同様)。
【0007】
この技術においては、陽極と正孔輸送層との間に前述のようなn型半導体からなる正孔注入層を挿入することにより、陽極−正孔注入層−正孔輸送層間のフェルミエネルギーを整合させる。その過程において、各層界面における電荷の移動障壁が低下することによって正孔注入性が向上する。その結果として有機EL素子の駆動電圧が低下する。
【0008】
この技術を用いた有機EL素子へ電圧を印加した際の正孔の移動は、正孔輸送層のHOMO(あるいは価電子帯)準位にある電子が正孔注入層のLUMO(あるいは伝導帯)準位へ移動し、正孔輸送層内に正孔を生成する。正孔注入層内に入った電子は、LUMO(あるいは伝導帯)準位を通って陽極方向へ輸送され、最終的には陽極のフェルミ準位へ入り、電流として検出される。一方、正孔輸送層内に生成された正孔は、正孔輸送層内を移動し、発光層へと注入され、励起子生成に利用される。このn型半導体を正孔注入層に用いた有機EL素子の低駆動電圧化技術は、陽極材料のフェルミ準位と正孔輸送層のHOMO(あるいは価電子帯)準位間のギャップが大きい場合に特に有効である。
【0009】
【特許文献1】特開平4−297076号公報
【特許文献2】特開平11−251067号公報
【特許文献3】特表2004−514257号公報
【特許文献4】特開2000−223276号公報
【特許文献5】特表2003−519432号公報
【非特許文献1】Organic Electronics, Vol. 4, Issues 2-3(2003年9月)、89頁
【非特許文献2】Applied Physics Letters. Vol. 73, Issue 20(1998年11月)、2866頁
【非特許文献3】Applied Physics Letters, Vol. 87, Issue 19(2005年11月7日)、Articles 193508
【非特許文献4】Journal of Applied Physics, Vol. 101, Issue 2(2007年1月15日)、Articles 026105
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
有機EL素子の駆動電圧を下げるための単純な方法として、有機EL層全体の膜厚を薄くするという手段が考えられる。しかし、全体の膜厚を薄くすると、基板上に付着したパーティクルによる陽極−陰極間短絡による素子欠陥を誘発しやすくなる。特にフラットパネルディスプレイでは、画素欠陥および/またはライン欠陥が多発し、ディスプレイパネルの生産歩留まりを著しく落すことにつながってしまう。そのため、歩留まり向上という観点からは、有機EL素子全体の膜厚は厚い方が好ましいが、駆動電圧が高くなってしまう。すなわち、低駆動電圧化の課題と歩留まり向上という課題とのトレードオフが存在する。
【0011】
従来技術のように、キャリア輸送層への不純物のドーピングによってキャリアの実効移動度を増大させて駆動電圧の上昇を抑制する試みには、以下のような問題点がある。電子輸送層中の不純物として用いられる電子供与性の高い材料としては、Li、Csなどのアルカリ金属、またはLiF、CsF、LiO2、Cs2CO3などのアルカリ金属塩が一般的に用いられている。しかしながら、これらの材料は大気中での安定性が低く、取り扱いに注意が必要である。加えて、多くの場合、高価な蒸着源の使用が必要となる。さらに、アルカリ金属は、その小さいサイズ(サブナノメートルオーダー)のために有機EL層中でマイグレーションを起こしやすく、有機EL層を構成する他の層を汚染する可能性がある。前述の材料に代えて、より大きなサイズ(ナノメートルオーダー)を有し、HOMOが比較的に浅い有機材料を用いることが検討されているが、そのような有機材料は不安定であり、かつそれによって得られる効果が小さいという問題点がある。
【0012】
一方、n型半導体を正孔注入層として用いる構成においては、n型半導体の電子移動度が必ずしも大きくないことが問題である。したがって、正孔注入層の膜厚を増大させた場合に抵抗が増大し、結果として駆動電圧が増大してしまう。
【0013】
また、特に低分子材料を用いた有機EL素子は、光が素子から出射する際の界面における反射成分が大きい。これは、有機EL層材料および電極に用いる透明導電膜は高い屈折率(n=1.8〜2.1程度)を有し、有機EL素子と接する媒体(たとえば1.5程度の屈折率を有するガラス、および約1の屈折率を有する空気)との屈折率差が大きいためである。加えて、当該有機EL素子の発光スペクトルおよび発光輝度は、素子内での光の多重干渉の影響を大きく受ける。したがって、所望の発光スペクトルおよび十分な発光輝度が得られるように、光学的な観点から有機EL層全体の膜厚を設計する必要がある。しかしながら、発光層内の正孔および電子のバランス、ならびに駆動電圧への影響を考慮して各層の膜厚を設計するのは困難な部分が存在する。特に、前述の通り、十分な歩留まりが得られる膜厚以上での設計となると、駆動電圧が著しく高くなってしまうケースがあった。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明は、n型半導体材料を正孔注入層に用いて、陽極からの正孔注入障壁を大幅に低減させる技術において、このn型半導体材料にn型の不純物ドープを施すことにより、キャリア輸送性能をさらに向上させることに基づく。具体的には、隣接する層材料のHOMO準位と同等以下のLUMO準位を有するn型半導体(電子輸送性材料)のホスト材料に対して、HOMO準位が前記ホスト材料のLUMO準位と同等以上にあるゲスト材料をドープして、正孔注入層を構成する。
【0015】
本発明の有機EL素子は、基板と、該基板上に設けられた一対の電極と、該一対の電極に挟持される有機EL層とを含み、該一対の電極は陽極および陰極を含み、該有機EL層は、発光層と、陽極と接触する正孔注入層とを少なくとも含み、該正孔注入層はn型半導体ホスト材料とp型半導体ゲスト材料からなり、該ホスト材料のLUMO準位EHICと該ゲスト材料のHOMO準位または価電子帯準位EGVが、
|EHIC|+0.5eV≧|EGV|>|EHIC|−0.6eV
を満たすことを特徴とする。ここで、正孔注入層および発光層と接触する正孔輸送層をさらに含んでもよく、正孔輸送層のLUMO準位は、発光層のLUMO準位より高いことが好ましい。また、(a)正孔注入層のホスト材料のLUMO準位EHIC、および正孔注入層に隣接する発光層のHOMO準位EEMVが、
|EHIC|>|EEMV|−1.0eV
の関係を満たすこと、または(b)正孔注入層のホスト材料のLUMO準位EHIC、および前記正孔輸送層のHOMO準位EHTVが、
|EHIC|>|EHTV|−1.0eV
の関係を満たすことが望ましい。さらに、上記(a)または(b)の関係を満たす場合、(c)EHICの絶対値|EHIC|が5.0eV以上であることが望ましい。また、前記正孔注入層のゲスト材料の濃度が、前記正孔注入層の全分子数を基準として50モル%以下であることが望ましい。
【0016】
本発明の有機EL素子において、前記正孔注入層のホスト材料が、下式(1)
【0017】
【化1】

【0018】
(式中、Rは、各出現毎に、水素原子、炭素数1〜10の炭化水素基、ハロゲン、アルコキシ基、アリールアミノ基、エステル基、アミド基、芳香族炭化水素基、複素環式基、ニトロ基、シアノ基からなる群から選択される)の構造を有するヘキサアザトリフェニレン誘導体、特に下式(2)
【0019】
【化2】

【0020】
の構造を有するヘキサアザトリフェニレンヘキサカルボニトリルであることが望ましい。あるいはまた、正孔注入層のホスト材料が、酸化モリブデン(MoO3)、酸化タングステン(WO3)または酸化バナジウム(V25)であってもよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明の構成を採用することによって、正孔注入層はn型半導体材料からなるホスト材料およびp型半導体からなるゲスト材料から構成されるが、このp型半導体はホスト材料中においてn型ドーパントとして機能することにより優れた正孔注入性能および電荷輸送性能を有する正孔注入層を得ることが可能となる。本発明の正孔注入層は高い電子移動度を有するので、素子駆動電圧の上昇を伴うことなしに、膜厚を増加させることができる。この膜厚の増大は、基板上のパーティクルに起因する欠陥の発生を抑制し、生産性を向上させ、高い歩留まりで有機EL素子を生産することを可能にする。また、膜厚の自由度が増大することによって、発光層内の正孔−電子バランス、駆動電圧などを犠牲にすることなしに、光学干渉を考慮した有機EL層の設計が可能となる。さらに、正孔注入層の優れた優れた正孔注入性能および正孔輸送性能は、駆動電圧が低く、かつ長寿命の有機EL素子を提供する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明の有機EL素子は、基板と、該基板上に設けられた一対の電極と、該一対の電極に挟持される有機EL層とを含み、該一対の電極は陽極および陰極を含み、該有機EL層は、発光層と、陽極と接触する正孔注入層とを少なくとも含み、該正孔注入層は、n型半導体ホスト材料とp型半導体ゲスト材料とを含むことを特徴とする。
【0023】
本発明の有機EL層は、n型半導体材料からなるホスト材料およびp型半導体からなるゲスト材料から構成される正孔注入層と、正孔および電子の再結合によって光を発する発光層とを必須の構成要素として含む。有機EL層は、正孔輸送層、電子輸送層および/または電子注入層をさらに含んでもよい。本発明の有機EL層は、たとえば以下のような層構成を採ることができる。
(A) 陽極/正孔注入層/発光層/陰極
(B) 陽極/正孔注入層/発光層/電子注入層/陰極
(C) 陽極/正孔注入層/正孔輸送層/発光層/電子注入層/陰極
(D) 陽極/正孔注入層/発光層/電子輸送層/電子注入層/陰極
(E) 陽極/正孔注入層/正孔輸送層/発光層/電子輸送層/陰極
(F) 陽極/正孔注入層/正孔輸送層/発光層/電子輸送層/電子注入層/陰極
【0024】
上記の例示の構成のうち、正孔注入層と発光層とが直接接触する(A)、(B)および(D)の構成においては、陰極から注入された電子が発光層を通過して正孔注入層に到達しないような材料構成または障壁構成(たとえば、発光層および電子輸送層のLUMO(導電帯)準位と、陰極のフェルミ準位との関係)を有することが望ましい。電子が発光層を通過して正孔注入層に到達した場合、電子は正孔注入層のLUMO準位に入り、正孔との再結合(すなわち、励起子生成、および引き続く発光)に寄与することなく陽極に到達し、有機EL素子の発光効率を低下させることになる。前述の構成を採ることによって、前述の機構に基づく有機EL素子の発光効率低下を防止することが可能となる。
【0025】
図5に本発明に係る有機EL素子の一例の断面図を示す。図5の有機EL素子は、前述の(E)の構成の有機EL層を有し、基板101の上に、陽極102、n型ドープn型半導体からなる正孔注入層103、正孔輸送層104、発光層105、電子輸送層106、および陰極107が積層された構成を有する。図5においては、基板101に直接接触して配置される第1電極として陽極102を用いた例を示したが、第1電極として陰極107を用いてもよい。その場合、積層順序は、基板101側から、陰極107、電子輸送層306、発光層105、正孔輸送層104、正孔注入層103、および陽極102となる。
【0026】
発光層からの光を外部に取り出すために、陽極102および陰極107のいずれか一方は光透過性電極であることが必要である。光の取り出し効率向上のために、他方の電極は光反射性電極であることが望ましい。陽極102および陰極107のどちらを光透過性とし、どちらを光反射性とするかは、用途に依存して適宜選択することができる。
【0027】
以下、本発明の有機EL素子の各構成要素について述べる。
【0028】
[基板101]
本発明の基板101は、フラットパネルディスプレイの支持基板として一般的に使用されている材料を用いて形成することができる。たとえば、ガラス(無アルカリ、アルカリ)、あるいはポリカーボネートのようなプラスティックなどの透明材料を用いて透明な基板101を形成することができる。本発明における「透明」とは、400〜700nmの波長範囲内で50%以上の光透過率を有することを意味する。あるいはまた、前述の透明材料を用いて形成した支持体上に、ブラックマトリクス、カラーフィルタ層、色変換層、平坦化層、パッシベーション層などの層を設けた機能性基板を、基板101として用いてもよい。これらの追加の層は、多色表示が可能な有機EL素子を形成する際に有用である。
【0029】
また、基板101は必ずしも透明である必要はない。したがって、シリコンまたはセラミックのような不透明材料を用いて基板101を形成することができる。さらに、複数のスイッチング素子(TFTなど)を形成したシリコン基板、ガラス基板、プラスティック基板などを、基板101として使用してもよい。
【0030】
[陽極102]
本発明に用いられる陽極102は、前述のように光透過性でも光反射性でもよい。光透過性とする場合は、一般的に知られている透明導電性材料を用いて、陽極102を形成することができる。用いることができる透明導電膜材料は、ITO(インジウム−スズ酸化物)、IZO(インジウム−亜鉛酸化物)、IWO(インジウム−タングステン酸化物)、AZO(Alドープ亜鉛酸化物)などの透明導電性酸化物材料、および、ポリ(3,4−エチレンジオキシチオフェン)ポリ(スチレンスルホネート)(PEDOT:PSS)などの高導電性高分子材料を含む。さらに、陽極配線の電気抵抗の低減、および/または反射、透過率の制御を目的として、薄い金属材料膜(膜厚が50nm程度以下である)と前述の透明導電性材料膜との積層構造体とすることもできる。
【0031】
光反射性の陽極102を形成する際は、高反射率の金属、アモルファス合金または微結晶性合金などの反射性材料を用いることができる。陽極102を、前述の反射性材料の膜と、前述の透明導電性材料膜との積層構造体としてもよい。高反射率の金属は、Al、Ag、Ta、Zn、Mo、W、Ni、Crなどを含む。高反射率のアモルファス合金は、NiP、NiB、CrPおよびCrBなどを含む。高反射率の微結晶性合金は、NiAl、Ag合金などを含む。
【0032】
透明導電性酸化物材料、高反射率の金属、アモルファス合金および微結晶性合金の膜は、蒸着、スパッタなどの当該技術において知られている任意の方法で形成することができる。一方、PEDOT:PSSなどの高導電性高分子材料の膜は、スピンコート、インクジェット印刷など当該技術で知られている任意の方法で形成することができる。
【0033】
[陰極107]
陰極107は、低仕事関数(4.0eV以下)の金属、低仕事関数の合金、低仕事関数の電気伝導性化合物、およびこれらの混合物を用いて形成することができる。これら材料の具体例は、ナトリウム、ナトリウム−カリウム合金、マグネシウム、リチウム、マグネシウム・銀合金、アルミニウム/酸化アルミニウム、アルミニウム・リチウム合金、インジウム、希土類金属などを含む。
【0034】
本発明に用いられる陰極107は、前述のように光透過性でも光反射性でもよい。光透過性の陰極107が望ましい場合、前述の材料の薄膜(膜厚10nm程度以下である)と前述の透明導電性酸化物材料の膜との積層構造体を陰極として用いることができる。光反射性の陰極107が望ましい場合、陰極107を前述の低仕事関数材料の薄膜の単層としてもよい。あるいはまた、陰極107を、前述の低仕事関数材料の薄膜と、前述の反射性材料の膜との積層構造体をとしてもよい。
【0035】
前述の低仕事関数材料の膜は、蒸着、スパッタなどの当該技術において知られている任意の方法により作製することができる。
【0036】
[電極の形状」
本発明の陽極102および陰極107のそれぞれは、一体の膜として形成されてもよい。この場合、本発明の有機EL素子は、面発光光源として使用することができる。あるいはまた、陽極102および陰極107の一方または両方を複数の部分電極に分割することによって、複数の独立して制御可能な発光部を有する有機EL素子を得ることができる。
【0037】
たとえば、陽極102および陰極107の両方を、複数のストライプ状部分電極で構成し、陽極102のストライプ状部分電極が延びる方向を、陰極107のストライプ状部分電極が延びる方向と交差させることによって、パッシブマトリクス駆動型の有機EL素子を得ることができる。この場合、好ましくは、陽極102のストライプ状部分電極が延びる方向を、陰極107のストライプ状部分電極が延びる方向と直交させる。
【0038】
別法として、陽極102および陰極107のうち基板101側に形成される電極(基板側電極)を複数の部分からなる部分電極として形成し、他方(対向電極)を一体の共通電極として形成してもよい。ここで、基板側電極の部分電極を、基板101上に設けてもよい複数のスイッチング素子と1対1で接続することによって、アクティブマトリクス駆動型の有機EL素子を得ることができる。
【0039】
[有機EL層]
以下、有機EL層の各構成層について詳述する。各構成層は、蒸着(抵抗加熱蒸着または電子ビーム加熱蒸着)などの当該技術において知られている任意の手段を用いて作製することができる。
【0040】
[正孔注入層103]
本発明における正孔注入層103は、n型半導体からなるホスト材料とp型半導体からなるゲスト材料とで構成される。ホスト材料は、隣接する有機EL層の構成層材料のHOMO準位ENV(発光層と隣接する場合には発光層のHOMO準位EEMV、正孔輸送層と隣接する場合には正孔輸送層のHOMO準位EHTV)と同等以下のLUMO準位EHICを有する。「隣接する有機EL層の構成層」とは、正孔注入層103の陽極102とは反対側に接触している層を意味し、前述の(A)、(B)および(D)の構成においては発光層105であり、(C)、(E)(図5の構成)および(F)の構成においては正孔輸送層104である。本発明の目的において、各構成層のHOMO準位は、通常負の数値であり、その絶対値は大気中光電子分光装置(たとえば理研計器株式会社製AC−2)などによって測定されるイオン化ポテンシャル(Ip)に相当する。また、各構成層のLUMO準位は、前述のように測定されるイオン化ポテンシャルと、光吸収によるバンドギャップの測定値とを用いて計算することができる。
【0041】
非晶質状態にある材料のHOMOおよびLUMO準位は、複数の分子の軌道相互作用によって複数のエネルギー準位に分裂し、通常ガウシアン分布にしたがって分布し、それぞれ価電子帯および導電帯を形成する。本明細書において、狭義(気相状態)のHOMOおよび価電子帯を「HOMO」と総称し、狭義(気相状態)のLUMOおよび導電帯を「LUMO」と総称する。上記のHOMOおよびLUMO準位の分布を考慮すると、下記の式(I)の関係を満たすことによって、隣接する有機EL層の構成層のHOMO準位にある電子が正孔注入層103のLUMO準位へ移動する際の障壁を低くすることができる。
|EHIC|≧|ENV|−1.0eV (I)
【0042】
また、ゲスト材料、および隣接する有機EL層の構成層の材料の設計の自由度を向上させるという観点から、ホスト材料のLUMO準位EHICは、下記の式(II)を満たすことが望ましい。
|EHIC|≧5.0eV (II)
【0043】
特に、発光層の発光色を青色とすることが所望される場合、EHICは、下記の式(II’)を満たすことが望ましい。
|EHIC|≧5.5eV (II’)
【0044】
一方、正孔注入層103を構成するゲスト材料は、ホスト材料のLUMO準位EHICと同等以上のHOMO準位EGVを有する。前述と同様に準位の分布を考慮すると、EGVは、下記の式(III)の関係を満たすことが望ましい。
|EHIC|+0.5eV≧|EGV|>|EHIC|−0.6eV (III)
より好ましくは、EGVは、下記の式(III’)の関係を満たすことが望ましい。
|EHIC|≧|EGV|>|EHIC|−0.6eV (III’)
【0045】
式(III)の関係を満たすことによって、ホスト材料のLUMOとゲスト材料のHOMOとの間の電子授受が容易となる。その結果、ホスト材料とゲスト材料が電荷移動錯体を形成し、正孔注入層103全体としてのキャリア移動度が増大し、有機EL素子の駆動電圧を低くすることが可能となる。さらに、式(III)の関係を満たすことによって、隣接する有機EL層の構成層への正孔注入も容易となる。また、本発明の正孔注入層103は、全分子数を基準として50モル%以下のゲスト材料を含むことが望ましい。
【0046】
本発明の正孔注入層103のホスト材料として用いることができる材料は、式(1):
【0047】
【化3】

【0048】
(式中、Rは、各出現毎に、水素原子、炭素数1〜10の炭化水素基、ハロゲン、アルコキシ基、アリールアミノ基、エステル基、アミド基、芳香族炭化水素基、複素環式基、ニトロ基、シアノ基からなる群から選択される)の構造を有するヘキサアザトリフェニレン誘導体を含む。より好ましくは、ホスト材料は、式(2)の構造を有するヘキサアザトリフェニレンヘキサカルボニトリル(HAT−6CN)である。
【0049】
【化4】

【0050】
あるいはまた、2,3,5,6−テトラフロロ−7,7,8,8−テトラシアノキノジメタン(F4−TCNQ)のようなテトラシアノキノジメタン誘導体などの有機半導体材料を、正孔注入層103のホスト材料として用いてもよい。さらに、酸化モリブデン(MoO3)、酸化タングステン(WO3)、酸化バナジウム(V25)などのn型無機半導体をホスト材料として用いてもよい。
【0051】
正孔注入層103のゲスト材料として用いることができる材料は、ホスト材料に対する電子供与性を有する材料であり、一般的な有機EL素子の正孔輸送材料を含む。用いることができるゲスト材料の例は、N,N’−ジフェニルーN,N’−ビス(3−メチルフェニル)−1,1’−ビフェニル−4,4’−ジアミン(TPD)、N,N,N’,N’−テトラキス(4−メトキシフェニル)−ベンジジン(MeO−TPD)、4,4’,4”−トリス{1−ナフチル(フェニル)アミノ}トリフェニルアミン(1−TNATA)、4,4’,4”−トリス{2−ナフチル(フェニル)アミノ}トリフェニルアミン(2−TNATA)、4,4’,4”−トリス(3−メチルフェニルフェニルアミノ)トリフェニルアミン(m−MTDATA)、4,4’−ビス{N−(1−ナフチル)−N−フェニルアミノ}ビフェニル(NPB)、2,2’,7,7’−テトラキス(N,N−ジフェニルアミノ)−9,9’−スピロビフルオレン(Spiro−TAD)、N,N’−ジ(ビフェニル−4−イル)−N,N’−ジフェニル−(1,1’−ビフェニル)−4,4’−ジアミン(p−BPD)、トリ(o−ターフェニル−4−イル)アミン(o−TTA)、トリ(p−ターフェニル−4−イル)アミン(p−TTA)、1,3,5−トリス[4−(3−メチルフェニルフェニルアミノ)フェニル]ベンゼン(m−MTDAPB)、4,4’,4”−トリス−9−カルバゾリルトリフェニルアミン(TCTA)を含む。
【0052】
何らの理論に拘束されることを意図するものではないが、本発明の正孔注入層103は、以下の機構によって隣接する有機EL層の構成層中に正孔をもたらすものと考えられる。
(a) 隣接する有機EL層の構成層のHOMO準位にある電子を正孔注入層103のホスト材料のLUMO準位に引き抜いて、隣接する有機EL層の構成層に正孔を生成する。引き抜かれた電子はホスト材料のLUMO準位を移動し、陽極102のフェルミ準位EFに移動する。
(b) 正孔注入層103のゲスト材料のHOMOにある電子が、ホスト材料のLUMO準位に移動し、ゲスト材料に正孔を生成する。ホスト材料に移動した電子は、ホスト材料のLUMO準位を移動し、陽極102のフェルミ準位EFに移動する。ゲスト材料の正孔は、隣接する有機EL層の構成層へと移動し、隣接する有機EL層の構成層に正孔を生成する。
【0053】
上記の構成を採る本発明の正孔注入層103は、高いキャリア移動度(すなわち、低いバルク抵抗)を有するため、膜厚を比較的厚くすることができる。正孔注入層103の膜厚の増大は、基板101および/または基板側電極(図5の構成においては陽極102)の上に付着したパーティクルによって引き起こされる陽極−陰極間短絡による素子欠陥を防止する点において有効である。しかしながら、正孔注入層103のホスト材料として可視域(400〜700nm)における吸光係数が大きい材料を用いると、発光層105の発光が正孔注入層103に吸収され、発光輝度が低下するおそれがある。この場合には、ホスト材料として可視域の吸光係数の小さい材料を用いることが望ましい。たとえば、HAT−6CN、MoO3、WO3などが好ましい材料である。
【0054】
[正孔輸送層104]
正孔輸送層104は、正孔注入層103から移動した正孔を発光層105に輸送するための層である。正孔輸送層104は、任意選択的に設けてもよい層であるが、設けることが非常に望ましい層である。前述の(C)、(E)または(F)の構成のように正孔輸送層104が存在する場合、正孔輸送層104のHOMO準位EHTVがENVであり、前述の式(I)を満たすことが必要である。また、発光効率の低下を防止するために、発光層105のLUMO準位に存在する電子が発光層105から流出することを防止する機能を有することが望ましい。したがって、正孔輸送層104のLUMO準位EHTCおよび発光層105のLUMO準位EEMCが、下記の式(V)を満たすことが望ましい。
|EEMC|>|EHTC| (V)
【0055】
正孔輸送層104は、トリアリールアミン部分構造を有する材料、カルバゾール部分構造を有する材料、オキサジアゾール部分構造を有する材料など、当該技術において知られている任意の材料を用いて形成することができる。
【0056】
また、発光層105への正孔注入性を考慮すると、正孔輸送層104のHOMO準位EHTV(すなわち、ENV)が、発光層105のHOMO準位EEMVに近いことが望ましい。この観点から、例えば、発光層のホスト材料として9,10−ジ(2−ナフチル)アントラセン(ADN)(Ip=5.8eV)を用いる場合は、NPB(Ip=5.4eV)、spiro−TAD(Ip=5.4eV)、p−TTA(Ip=5.6eV)、m−MTDAPB(Ip=5.7eV)、TCTA(Ip=5.7eV)などの材料を用いて正孔輸送層104を作製することが望ましい。
【0057】
[発光層105]
発光層105は、陽極102から注入された正孔と陰極から注入された電子とを再結合して励起子を生成し、そして励起子の緩和の際に発光する層である。発光層105は、所望する色調に応じて選択される材料から作製することができる。たとえば、青色から青緑色の光を発する発光層105を形成するためには、ベンゾチアゾール系、ベンゾイミダゾール系、ベンゾオキサゾール系などの蛍光増白剤;スチリルベンゼン系化合物;芳香族ジメチリデイン系化合物などを使用することができる。あるいはまた、これらの材料をホスト材料として用い、所望の光学バンドギャップを有するドーパントを添加することによって、発光層105を作製してもよい。ドーパントとしては、たとえばレーザ色素としての使用が知られているペリレン(青色)などを用いることができる。
【0058】
前述の(A)、(B)または(D)の構成のように発光層105が正孔注入層103と接触する場合、発光層105のHOMO準位EEMVがENVであり、前述の式(I)を満たすことが必要である。また、この構成の場合、発光層105から正孔注入層103への電子の流出を防止するために、発光層105のLUMO準位EEMCを、正孔注入層103の反対側に隣接する電子輸送層106または電子注入層のLUMO準位EETC、あるいは陰極107のフェルミ準位EF'より浅くして(式(VI)または式(VII))、正孔−電子再結合部位(励起子生成部位)を発光層105の正孔注入層103との界面とは反対側の界面付近とすることが好ましい。
|EETC|≧|EEMC| (VI)
|EF'|≧|EEMC| (VII)
【0059】
[電子輸送層106]
電子輸送層106は、陰極107から注入された電子、または陰極107から電子注入層(不図示)を介して注入された電子を、発光層105へ伝達するための層である。電子輸送層106は、任意選択的に設けてもよい層である。電子輸送層106は:2−(4−ビフェニリル)−5−(4−t−ブチルフェニル)−1,3,4−オキサジアゾール(PBD)、1,3,5−トリス(4−t−ブチルフェニル−1,3,4−オキサジアゾリル)ベンゼン(TPOB)のようなオキサジアゾール誘導体;3−フェニル−4−(1’−ナフチル)−5−フェニル−1,2,4−トリアゾール(TAZ)のようなトリアゾール誘導体;トリアジン誘導体;フェニルキノキサリン類;5,5’−ビス(ジメシチルボリル)−2,2’−ビチオフェン(BMB−2T)、5,5’−ビス(ジメシチルボリル)−2,2’:5’2’−ターチオフェン(BMB−3T)のようなチオフェン誘導体;アルミニウムトリス(8−キノリノラート)(Alq3)のようなアルミニウム錯体などを用いて形成することができる。
【0060】
[電子注入層]
電子注入層(不図示)は、陰極107からの電子の注入を促進し、注入された電子を電子輸送層106または発光層105へ伝達するための層である。電子注入層1は、任意選択的に設けてもよい層である。一般的に、電子注入層は:Li2O、およびNa2Oなどのアルカリ金属酸化物;Na2SおよびNa2Seなどのアルカリ金属カルコゲナイド;CaO、BaO、SrOおよびBeOなどのアルカリ土類金属酸化物;BaSおよびCaSeなどのアルカリ土類金属カルコゲナイド;LiF、NaF、KF、CsF、LiCl、KClおよびNaClなどのアルカリ金属ハロゲン化物;CaF2、BaF2、SrF2、MgF2およびBeF2などのアルカリ土類金属のハロゲン化物;またはCs2CO3などのアルカリ金属炭酸塩を用いて作製することができる。
【0061】
あるいはまた、前述の電子輸送層106用の材料に対して、Li、Na、K、Csなどのアルカリ金属、LiF、NaF、KF、CsFなどのアルカリ金属ハロゲン化物、またはCs2CO3などのアルカリ金属炭酸塩をドープして、電子注入層を作製してもよい。
【実施例】
【0062】
<参考例1>
本参考例は、本発明の有機EL素子に用いる正孔注入層のキャリア移動度の高さを実証することを目的とする。ガラス基板(縦50mm×横50mm×厚さ0.7mm;コーニング製1737ガラス)上に、DCマグネトロンスパッタ法(ターゲット:In23+10質量%ZnO、放電ガス:Ar+0.5体積%O2、放電圧力:0.3Pa、放電電力:1.45W/cm2、基板搬送速度162mm/min)を用いて膜厚110nmのIZO膜を形成した。次いで、得られたIZO膜をフォトリソグラフィ法により2mm幅のストライプ形状に加工することにより、IZO電極を形成した。
【0063】
次いで、IZO電極上に、HAT−6CN(Ip≒5.8eV)とNPB(Ip=5.4eV)を同時に抵抗加熱蒸着して、膜厚100nmのNPBドープHAT−6CN膜を形成した。このとき、HAT−6CNの蒸着速度を1Å/sに設定し、NPBの蒸着速度を0.25Å/sに設定した。得られたNPBドープHAT−6CN膜中のNPBの含有量は、膜厚比から計算すると、膜中の全分子数を基準として約10モル%であった。
【0064】
引き続いて、真空を破ることなしに、幅2mmのスリット状開口部を有するメタルマスクを通して、蒸着速度0.5Å/sにて金を蒸着させ、膜厚20nm、幅2mmの金電極を形成し、モデル素子を得た。
【0065】
<参考例2>
NPBの蒸着速度を1.75Å/sに設定したことを除いて、参考例1の手順を繰り返して、モデル素子を得た。NPBドープHAT−6CN膜中のNPBの含有量は、膜厚比から計算すると、膜中の全分子数を基準として約45モル%であった。
【0066】
<比較例1>
参考例1と同様の手順によりIZO電極を形成した。次いで、IZO電極上に、1Å/sの蒸着速度にてHAT−6CNのみを蒸着し、膜厚100nmのHAT−6CN膜を形成した。引き続いて、参考例1と同様の手順により金電極を形成して、モデル素子を得た。
【0067】
<評価1>
参考例1および2、ならびに比較例1のモデル素子のIZO電極を陽極とし、金電極を陰極とするように電圧を印加して、電流−電圧特性を測定した。その結果を図7に示す。図7から、参考例1および2のNPBドープHAT−6CN膜は、比較例1のHAT−6CN単体膜よりも電流が流れやすいことが分かる。すなわち、NPBドープHAT−6CN膜は、HAT−6CN単体膜よりも高いキャリア移動度(正孔移動度)を有することが分かる。さらに、参考例1および2の比較から、ゲスト材料NPBの含有量の増大によって、キャリア移動度が増大していることが分かる。
【0068】
<実施例1>
基板101として、縦50mm×横50mm×厚さ0.7mmのコーニング製1737ガラスを用いた。基板101上に、DCマグネトロンスパッタ法(ターゲット:In23+10質量%ZnO、放電ガス:Ar+0.5体積%O2、放電圧力:0.3Pa、放電電力:1.45W/cm2、基板搬送速度162mm/min)を用いて膜厚110nmのIZO膜を形成した。次いで、得られたIZO膜をフォトリソグラフィ法により2mm幅のストライプ形状に加工することにより、110nmの膜厚および2mmの幅を有する陽極102を形成した。
【0069】
次いで、陽極102上に、HAT−6CNとNPBを同時に抵抗加熱蒸着して、膜厚200nmのNPBドープHAT−6CN膜からなる正孔注入層103を形成した。このとき、HAT−6CNの蒸着速度を1Å/sに設定し、NPBの蒸着速度を0.9Å/sに設定した。得られた正孔注入層103中のNPBの含有量は、体積比から計算すると、正孔注入層103中の全分子数を基準として約30モル%であった。ここで、ホスト材料であるHAT−6CNのLUMO準位(EHIC)は、約−5.8eVであった。また、ゲスト材料であるNPBのHOMO準位(EGV)は、−5.4eVであった。
【0070】
さらに、抵抗加熱蒸着法を用いて、正孔注入層103の上に、NPBからなる膜厚20nmの正孔輸送層104、4,4’−ビス(2、2’−ジフェニルビニル)ビフェニル(DPVBi)からなる膜厚25nmの発光層105、Alq3からなる膜厚20nmの電子輸送層106を順次形成した。これらの層は、全て1Å/sの蒸着速度にて形成した。ここで、正孔輸送層104の材料であるNPBのHOMO準位(ENV=EHTV)は、−5.4eVであり、LUMO準位(EHTC)は、−2.4eVであった。また、発光層105の材料であるDPVBiのLUMO準位(EEMC)は、−2.9eVであった。
【0071】
さらに、抵抗加熱蒸着法を用いて、電子輸送層106の上に、0.2Å/sの蒸着速度にてLiFを蒸着し、膜厚1nmの電子注入層を形成した。最後に、抵抗加熱蒸着法を用いて、電子注入層の上に、幅2mmのスリット状開口部を有するメタルマスクを通して、2Å/sの蒸着速度にてAlを蒸着し、膜厚100nmの陰極107を形成した。
【0072】
引き続いて、陰極107以下の層を形成した積層体を、大気にふれることなしに窒素置換ドライボックス中に移送した。ドライボックス中で、4辺付近にエポキシ系接着剤を塗布した封止ガラス板(縦41mm×横41mm×厚さ1.1mm、日本電気硝子製OA−10)を、陰極107以下の層を覆うように接着して封止を行い、有機EL素子を得た。
【0073】
<比較例2>
正孔注入層として、膜厚200nmのHAT−6CN膜を形成したことを除いて実施例1の手順を繰り返して、有機EL素子を得た。
【0074】
<評価2>
実施例1および比較例2の有機EL素子の電流−電圧特性を測定した。その結果を図8に示す。また、発光輝度の角度依存性がランバーシアン則(lambertian rule)にしたがうと仮定した場合の外部量子効率の電流依存特性を図9に示す。
【0075】
図8から明らかなように、NPBドープHAT−6CN膜からなる正孔注入層103を有する実施例1の有機EL素子の駆動電圧は、HAT−6CN単体膜からなる正孔注入層を有する比較例2の有機EL素子と比較して、電流密度1A/cm2において約4V、および電流密度0.1A/cm2において約1.5V低くなっている。一方、図9より、実施例1および比較例2の有機EL素子の外部量子効率は、ほぼ同等であることがわかる。この結果から、本発明にしたがって、深いLUMO準位を有するホスト材料に対してゲスト材料をドープした正孔注入層を用いることによって、有機EL素子の発光特性に影響を与えることなしに、駆動電圧の低電圧化が達成できることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】従来型の正孔注入層を用いた従来技術の有機EL素子の一例を示す断面図である。
【図2】従来型の正孔注入層を用いた従来技術の有機EL素子における正孔注入過程を説明する図である。
【図3】n型半導体正孔注入層を用いた従来技術の有機EL素子の一例を示す断面図である。
【図4】n型半導体正孔注入層を用いた従来技術の有機EL素子における正孔注入過程を説明する図である。
【図5】n型ドープn型半導体正孔注入層を用いた本発明の有機EL素子の一例を示す断面図である。
【図6】n型ドープn型半導体正孔注入層を用いた本発明有機EL素子における正孔注入過程を説明する図である。
【図7】参考例1および2、ならびに比較例1の有機EL素子の電流−電圧特性を示すグラフである。
【図8】実施例1および比較例2の有機EL素子の電流−電圧特性を示すグラフである。
【図9】実施例1および比較例2の有機EL素子の電流密度−外部量子収率特性を示すグラフである。
【符号の説明】
【0077】
101,201,301 基板
102,202,302 陽極
103 n型ドープn型半導体からなる正孔注入層
203 n型半導体正孔注入層
303 従来型正孔注入層
104,204,304 正孔輸送層
105,206,306 発光層
106,206,306 電子輸送層
107,207,307 陰極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、該基板上に設けられた一対の電極と、該一対の電極に挟持される有機EL層とを含み、該一対の電極は陽極および陰極を含み、該有機EL層は、発光層と、陽極と接触する正孔注入層とを少なくとも含み、該正孔注入層はn型半導体ホスト材料とp型半導体ゲスト材料からなり、該ホスト材料のLUMO準位EHICと該ゲスト材料のHOMO準位または価電子帯準位EGVが、
|EHIC|+0.5eV≧|EGV|>|EHIC|−0.6eV
を満たすことを特徴とする有機EL素子。
【請求項2】
前記正孔注入層ホスト材料のLUMO準位EHICと前記正孔注入層に隣接する発光層のHOMO準位EEMVが、
|EHIC|>|EEMV|−1.0eV
の関係を満たすことを特徴とする請求項1に記載の有機EL素子。
【請求項3】
前記正孔注入層と前記発光層の間に正孔輸送層をさらに含み、前記正孔注入層ホスト材料のLUMO準位または伝導帯準位EHICと前記正孔注入層に隣接する正孔輸送層のHOMO準位EHTVが、
|EHIC|>|EHTV|−1.0eV
の関係を満たすことを特徴とする請求項1に記載の有機EL素子。
【請求項4】
前記正孔輸送層のLUMO準位が発光層のLUMO準位より高いことを特徴とする請求項3に記載の有機EL素子。
【請求項5】
前記正孔注入層ホスト材料のLUMO準位EHIC、および前記正孔注入層ゲスト材料のHOMO準位EGVが、
|EHIC|≧|EGV|>|EHIC|−0.6eV
の関係を満たすことを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の有機EL素子。
【請求項6】
前記正孔注入層ホスト材料のLUMO準位または伝導帯準位EHICの絶対値|EHIC|が5.0eV以上であることを特徴とする請求項5に記載の有機EL素子。
【請求項7】
前記正孔注入層のゲスト材料の濃度が、前記正孔注入層の全分子数を基準として50モル%以下であることを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の有機EL素子。
【請求項8】
前記正孔注入層のホスト材料が、下式(1)
【化1】

(式中、Rは、各出現毎に、水素原子、炭素数1〜10の炭化水素基、ハロゲン、アルコキシ基、アリールアミノ基、エステル基、アミド基、芳香族炭化水素基、複素環式基、ニトロ基、シアノ基からなる群から選択される)の構造を有するヘキサアザトリフェニレン誘導体であることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の有機EL素子。
【請求項9】
前記正孔注入層のホスト材料が、下式(2)
【化2】

の構造を有するヘキサアザトリフェニレンヘキサカルボニトリルであることを特徴とする請求項8に記載の有機EL素子。
【請求項10】
前記正孔注入層のホスト材料が、酸化モリブデン(MoO3)、酸化タングステン(WO3)および酸化バナジウム(V25)からなる群から選択されることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の有機EL素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−277791(P2009−277791A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−126154(P2008−126154)
【出願日】平成20年5月13日(2008.5.13)
【出願人】(000005234)富士電機ホールディングス株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】