説明

板状ガラス部材の割断方法、および割断装置

【課題】割断精度に優れ、かつ、幅広い組成の板状ガラス部材を低コストで割断を行うことができる、板状ガラス部材の割断方法の提供。
【解決手段】板状ガラス部材の割断予定線に向けて、該板状ガラス部材の表面に対し放電を行い、該割断予定線に沿って放電を移動させることによって、該板状ガラス部材を割断する方法であって、前記板状ガラス部材の表面におけるピーク温度近傍となる温度(ガラスピーク温度)を測定し、該測定された温度に基づき、放電出力を制御することを特徴とする板状ガラス部材の割断方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築用、自動車用、装飾用、家具用等の板ガラスや、PCのディスプレイや携帯電話、PDA等の携帯端末のディスプレイに代表されるフラットパネルディスプレイ(FPD)用のガラス基板、または、太陽電池用、タッチパネル用等のガラス基板、あるいは、FPD、太陽電池等のカバーガラスとして用いられる板状ガラス部材の割断方法、および、割断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ガラス基板の脆性材料基板の割断方法としては、脆性材料基板の表面にカッターホイール等を圧接させながら転動させて、脆性材料基板の表面に対して略垂直方向のクラックを形成し、形成されたクラックに沿って垂直方向に機械的な押圧力を加えて割断する方法が広く行われていた。
【0003】
しかし、通常、カッターホイールを用いて脆性材料基板の割断を行った場合、カレットと呼ばれる小破片が発生し、このカレットによって脆性材料基板の表面にキズがつくことがあった。また、割断後の脆性材料基板の端部にはマイクロクラックが生じやすく、このマイクロクラックを起因として脆性材料基板の割れが発生することがあった。このため、通常は割断後に、脆性材料基板の表面及び端部を洗浄及び研磨して、カレットやマイクロクラック等を除去していた。
【0004】
近年、CO2レーザビーム等のレーザ光照射により、溶融温度未満で脆性材料基板を加熱して、脆性材料基板を割断する方法が実用化されつつある。この方法では、基板表面にレーザ光を照射し、その照射位置を基板表面の割断予定線に沿って移動させることで基板を割断する。レーザ光照射位置では、レーザ光の一部が基板材料に吸収され、温度が周囲に比べて高温になるので、熱膨張により圧縮応力(熱応力)が作用する。その反作用として、レーザ光の照射位置の移動方向後方では、割断予定線と直交する方向に引張応力が作用し、基板が割断される。この方法では、熱応力を利用するため、工具を直接、基板に接触させることがなく、割断面はマイクロクラック等の少ない平滑な面となり、基板の強度が維持される。すなわち、レーザ光照射を用いた割断方法は、非接触加工であるため、上記した潜在的欠陥の発生が抑えられ、割断を行った際に脆性材料基板に発生する割れ等の損傷が抑えられる。レーザ光照射を用いた割断方法は、例えば、特許文献1〜2に開示されている。
【0005】
ところが、脆性材料基板がガラス基板の場合、レーザ光の吸収特性によって問題が生じる。CO2レーザなどの遠赤外領域の波長のレーザ光を使用した場合、レーザ光照射による加熱が表面加熱となるため、割断に必要な熱応力を与えるには加熱時間を長くする必要がある。このため、ガラス基板上におけるレーザ光の形状を割断予定線に沿った細長い形状とする必要があり、割断線を曲線とすることが困難である。また、割断線が直線の場合であっても割断精度が劣るおそれがある。
一方、YAGレーザなどの可視光から近赤外領域の波長のレーザを使用した場合、通常のガラス板では光線吸収率が低く、そのエネルギーはほとんど吸収されないため、エネルギーを吸収させるためにガラス中に不純物を入れる必要があり、限定されたガラス製品にしか使用できない。
【0006】
これに対し、特許文献3に記載されているような、脆性材料の割断に材料の誘電損失に基づく高周波加熱、あるいはそれに続く冷却手段の併用を用いる方法がある。この方法では、脆性材料の両面に、断面が割断予定線に近似できる形状の高周波電極を接触させ、両電極に誘電損失が電極にはさまれた領域に熱応力を発生させ、割断を行うに十分な加熱をする周波数の高周波電圧を印加する。同文献では脆性材料と、高周波電極と、を接触させているが、脆性材料と、高周波電極と、を接触させなくても高周波電圧の印加による加熱は可能である。この場合、高周波電極から基板に向けて放電が生じる。この方法では、脆性材料基板がガラス基板であっても、基板に向けて放電を行うことで、該基板内部を加熱し、割断に必要な熱応力を与えることができるので、割断にレーザ光照射を用いた場合における上記した問題を解消することができる。
しかも、放電機構(高周波電圧を印加する機構)は、レーザ光照射機構よりも一般に低コストであるので、より低コストで基板を割断することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2010−90009号公報
【特許文献2】特開2010−253752号公報
【特許文献3】特開2007−55072号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、放電により基板内部を加熱する方法には、放電を走査した軌跡通りに割断線が進行しない場合があり、割断精度の向上が課題である。
【0009】
本発明は、上記した従来技術における問題点を解決するため、割断精度に優れ、かつ、幅広い組成の板状ガラス部材を低コストで割断を行うことができる、板状ガラス部材の割断方法、および、割断装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記した目的を達成するため、本発明は、板状ガラス部材の割断予定線に向けて、該板状ガラス部材の表面に対し放電を行い、該割断予定線に沿って放電を走査することによって、該板状ガラス部材を割断する方法であって、前記板状ガラス部材の表面におけるピーク温度近傍となる温度(ガラスピーク温度)を測定し、該測定された温度に基づき、放電出力を制御することを特徴とする板状ガラス部材の割断方法を提供する。
【0011】
本発明の板状ガラス部材の割断方法において、放電の発光強度および該放電の発光スペクトルのうち、少なくとも一方に基づいて前記ガラスピーク温度を特定してもよい。
【0012】
本発明の板状ガラス部材の割断方法において、前記板状ガラス部材に対する放電の走査速度をVaとし、前記放電の出力をPaとし、前記板状ガラス部材に対する放電の走査速度がVa、かつ、前記放電の出力がPaの時の板状ガラス部材におけるクラック進展速度をVbとするとき、前記VaおよびVbの相対速度に基づいて、前記Va、および、前記Paのうち、少なくとも一方を制御してもよい。
【0013】
また、本発明は、板状ガラス部材を支持するステージ、前記板状ガラス部材の表面に対向する位置に配置される放電電極、該放電電極に接続された高周波交流電源、該高周波交流電源の制御機構、前記ステージに対し前記放電電極を走査する走査機構、および、前記板状ガラス部材の表面温度を測定する温度測定手段を有し、
前記制御機構が、前記温度測定手段で測定された前記板状ガラス部材の表面温度に基づいて、前記高周波交流電源を制御することを特徴とする板状ガラス部材の割断装置を提供する。
【0014】
本発明の板状ガラス部材の割断装置は、さらに、前記放電電極からの放電の発光強度、および、該放電の発光スペクトルの少なくとも一方を検出する検出手段を有し、前記制御機構が、前記検出手段で検出された放電の発光強度および該放電の発光スペクトルのうち、少なくとも一方に基づいて、前記高周波交流電源を制御することが好ましい。
【0015】
本発明の板状ガラス部材の割断装置において、前記高周波交流電源が、テスラコイルを用いた高周波交流電源であることが好ましい。
【0016】
本発明の板状ガラス部材の割断装置において、前記走査機構が、前記放電電極に対して、前記ステージを相対的に移動させる機構であってもよいし、前記ステージに対して、前記放電電極を相対的に移動させる機構であってもよい。
【発明の効果】
【0017】
本発明では、放電により板状ガラス部材を内部加熱するため、幅広い組成の板状ガラス部材を低コストで割断することができる。
本発明では、ガラスピーク温度に基づいて放電の出力を制御することにより、板状ガラス部材の内部温度を、該板状ガラス部材の割断にとって好ましい温度域に常に維持することができる。これにより、割断精度が向上する。
また、板状ガラス部材でのクラック進展速度に応じて、放電の走査速度、および、放電の出力のうち、少なくとも一方を制御することにより、板状ガラス部材の割断速度および割断精度を向上することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】図1は、放電により板状ガラス部材を割断する機構の一構成例を示した模式図である。
【図2】図2は、本発明の割断装置の要部を示した模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面を参照して本発明を説明する。本発明の板状ガラス部材の割断方法(以下、「本発明の割断方法」という。)では、板状ガラス部材の割断予定線に向けて、該板状ガラス部材の表面に対し放電を行い、該割断予定線に沿って放電を移動させることによって、該板状ガラス部材を割断する。
図1は、放電により板状ガラス部材を割断する機構の一構成例を示した模式図である。図1において、放電電極10および対向電極20が所定の間隔を開けて離隔されている。割断対象である板状ガラス部材200は、放電電極10と、対向電極20と、の間に配置されている。放電電極10および対向電極20は高周波交流電源30に接続されている。
【0020】
高周波交流電源30から高周波交流を印加すると、放電電極10から割断予定線220に向けて、板状ガラス部材200の表面(図1における上面)に対し放電100が形成される。図1に示すように、対向電極20を使用している場合には、対向電極2から割断予定線220に向けて、板状ガラス部材200の表面(図1における下面)に対し放電100が形成される。
放電電極10は板状ガラス部材200の割断予定線220の上方に位置しており、割断予定線220に沿って矢印方向に走査する。これにより、放電100が割断予定線220に沿って矢印方向に走査する。
図1に示すように、対向電極20を使用している場合には、対向電極20は板状ガラス部材200の割断予定線220の下方に位置しており、割断予定線220に沿って放電電極10と同一方向に走査する。これにより、対向電極20からの放電が、割断予定線220に沿って、放電電極10からの放電100と同一方向に走査する。
以下、本明細書において、放電電極の走査と言った場合、対向電極の走査も含む。また、放電電極からの放電の走査と言った場合、対向電極からの放電の走査も含む。
なお、上記における放電電極10の走査は、放電電極10と板状ガラス部材200との相対的な移動によるものであり、板状ガラス部材200を矢印と反対方向に移動させてもよい。
【0021】
板状ガラス部材200の放電100が形成された部位、すなわち、放電電極10の直下の部位(対向電極20の直上の部位)は、放電100によって内部加熱されて、その温度が周囲に比べて高温になるので、熱膨張により圧縮応力(熱応力)が作用する。その反作用として、放電100の走査方向に対し後方では、割断予定線220と直交する方向に引張応力が作用し、板状ガラス部材200にクラック210が形成される。このクラック210が、板状ガラス部材200の長手方向全体にわたって進展することによって、板状ガラス部材200が割断される。
上記したメカニズムによって板状ガラス部材を割断する場合、板状ガラス部材の内部温度を該板状ガラス部材の割断にとって好ましい温度域に維持することが重要である。
【0022】
上記したメカニズムによって板状ガラス部材を割断する場合、割断の開始点においては、放電電極10と対向電極20との間での電極間放電から、板状ガラス部材200の上下面での放電(放電電極10と板状ガラス部材200の上面との間での放電、および、対向電極20と板状ガラス部材200の下面との間での放電)へと移行する。この段階では板状ガラス部材200の温度が低いため、板状ガラス部材200を構成するガラスの誘電損失が小さく、板状ガラス部材200の表面(上面および下面)での沿面放電により、該板状ガラス部材200の表面加熱が支配的となる。
その後、板状ガラス部材200の温度の上昇により該板状ガラス部材200を構成するガラスの誘電損失が増加すると、該板状ガラス部材200の内部加熱が支配的となる。
但し、板状ガラス部材200の温度がさらに上昇すると、該板状ガラス部材200を構成するガラスの誘電損失の増加と抵抗率の低下によって、放電100がアーク放電領域に推移し、板状ガラス部材を構成するガラスの溶解が起こり、板状ガラス部材200の割断精度が悪化する。
【0023】
したがって、板状ガラス部材200の割断精度を向上させるためには、板状ガラス部材200の内部加熱が支配的となる温度域に、板状ガラス部材200の温度、具体的には、板状ガラス部材の内部温度を維持する必要がある。
但し、放電による板状ガラス部材の割断実施時において、該板状ガラス部材の内部温度を測定することは困難である。
【0024】
本発明の割断方法では、板状ガラス部材200の表面におけるピーク温度近傍となる温度(ガラスピーク温度)を測定し、該測定された温度に基づき、放電出力を制御する。より具体的には、測定されたガラスピーク温度に基づいて、放電出力を制御することによって、板状ガラス部材200の内部加熱が支配的となる温度域に、板状ガラス部材200の内部温度を維持する。なお、板状ガラス部材200の表面温度であるガラスピーク温度の測定結果に基づいて、板状ガラス部材200の内部加熱が支配的となる温度域に、板状ガラス部材200の内部温度を維持するためには、割断する板状ガラス部材を構成するガラスの組成、該板状ガラス部材の板厚、電極間距離(放電電極10と板状ガラス部材200の表面(上面)との距離、対向電極20と板状ガラス部材200の表面(下面)との間の距離)、高周波交流電源30から印加される高周波交流の電圧および周波数等に応じて、板状ガラス部材の表面温度であるガラスピーク温度と、該板状ガラス部材の内部温度と、の関連性を特定しておけばよい。
そして、特定された関連性、および、測定されたガラスピーク温度に基づいて、該板状ガラス部材200の内部温度が、内部加熱が支配的となる温度域となるように、放電出力を制御すればよい。なお、放電出力を制御する手順については後述する。
【0025】
板状ガラス部材200の表面のうち、放電100の中心部位が、通常は最も温度が高く、板状ガラス部材200の表面におけるピーク温度となる。但し、放電100の影響により、表面温度の測定方法によっては、放電100の中心部位の温度を測定することが困難な場合がある。たとえば、表面温度の測定に放射温度計を用いる場合、放電100を誤検出するおそれがあるため、放電100の中心部位の温度を測定することが困難である。このような場合、放電100の中心部位ではなく、該部位の近傍での温度、具体的には、該部位の近傍のうち、割断予定線220に沿った後方での温度を測定する。該部位の近傍での温度は、板状ガラス部材200の表面におけるピーク温度とは一致しない場合があるため、板状ガラス部材200の表面におけるピーク温度近傍となる温度をガラスピーク温度とした。
ガラスピーク温度を測定する部位は、放電100の誤検出が生じない限り、放電100
の中心部位にできるだけ近いことが好ましい。放電100の中心部位からどの程度離れていれば、放電100の誤検出を生じないかは、使用する温度測定手段によって異なるので、使用する温度測定手段に応じて適宜選択すればよい。
なお、使用する温度測定手段が誤検出等の放電100による影響を受けない場合は、放電の中心部位でガラスピーク温度を測定してもよい。
【0026】
上述したように、ガラスピーク温度の測定に放射温度計を用いる場合、放電100の中心部位ではなく、該部位に対して割断予定線220に沿った後方で温度を測定することになる。この場合、割断の開始点付近では、放電出力の制御に、ガラスピーク温度の測定値を利用できないことになる。
このような場合、放電の発光強度や発光スペクトルと、ガラスピーク温度と、の関連性を特定しておけば、放電の発光強度および発光スペクトルのうち、少なくとも一方を検出し、検出された発光強度および発光スペクトルのうち少なくとも一方と、特定された関連性と、に基づいて、ガラスピーク温度を特定することができる。ここで、放電の発光強度に基づいて、ガラスピーク温度を特定する場合は、放電による発光の波長帯域を限定せずに、その発光強度に基づいてガラスピーク温度を特定することになる。一方、放電の発光スペクトルに基づいて、ガラスピーク温度を特定する場合は、放電による発光のうち、任意の波長を特定して、その波長の発光強度に基づいてガラスピーク温度を特定することになる。
但し、検出された発光強度および発光スペクトルのうち、少なくとも一方に基づいて、ガラスピーク温度を特定する場合、両者の関連性に影響をおよぼす他の要因が存在する点に留意する必要がある。このような他の要因としては、具体的には、電極間距離(放電電極10と板状ガラス部材200の表面(上面)との距離、対向電極20と板状ガラス部材200の表面(下面)との間の距離)、板状ガラス部材20を構成するガラスの組成、該板状ガラス部材20の厚さ、高周波交流電源30から印加される高周波交流の電圧および周波数等が挙げられる。
したがって、検出された発光強度および発光スペクトルのうち、少なくとも一方と、ガラスピーク温度と、の関連性を特定する際には、これら他の要因による影響を考慮する必要がある。
【0027】
また、本発明の割断方法では、割断の段階によって、放電の走査速度や放電出力を変更してもよい。具体的には、割断の開始点付近や終了点付近では、放電の走査速度や放電出力を変更してもよい。
割断の開始点では、放電電極10と対向電極20との間での電極間放電から、板状ガラス部材200の上下面での放電(放電電極10と板状ガラス部材200の上面との間での放電、および、対向電極20と板状ガラス部材200の下面との間での放電)へと移行するが、この移行は、空間インピーダンスや放電100の走査速度に影響される。
また、上述したように、割断の開始点付近では、板状ガラス部材200の温度が低く、該板状ガラス部材200の表面加熱が支配的となる傾向がある。また、割断の開始点付近では、板状ガラス部材200にクラック210を生じさせ、該クラック210を進展させるために、内部加熱を増加させる必要がある。
このため、放電の走査速度や放電出力を、割断がある程度進行して、板状ガラス部材200の内部加熱が支配的となっている区間(以下、本明細書において、「割断の中央区間」という。)と同様の条件とした場合、板状ガラス部材200の内部加熱が不十分となり、クラックの進展速度が低下したり、場合によってはクラックが進展しないおそれがある。また、割断精度が悪化するおそれがある。
【0028】
一方、割断の終了点付近でも、放電の走査速度や放電出力を割断の中央区間と同様の条件とした場合、割断の終了点ではクラックの進展により板状ガラス部材が分割されるため、放電による熱応力が発生し難くなる理由により、クラックの進展速度が低下したり、場合によってはクラックの進展が停止するおそれがある。また、割断精度が悪化するおそれがある。
但し、割断する板状ガラス部材が、熱処理により表面に圧縮応力層が導入された強化ガラスの場合は、割断の終了点付近において上記とは逆の問題が生じる。すなわち、放電の走査速度や放電出力を割断の中央区間と同様の条件とした場合、クラックの進展により板状ガラス部材が分割されることによる構造緩和によって、クラック進展を阻止する熱応力が低下し、クラックが自走するおそれがある。クラックの自走は割断精度の悪化につながるので好ましくない。
なお、前記強化ガラスとは、板状ガラス部材表面に強化圧縮応力層が形成され、それにより板状ガラス部材の厚さ方向中央において10MPa以上の引張応力値を有する領域が形成されているものをいう。これに対し、表面に強化圧縮応力層が形成されていない板状ガラス部材のことを、非強化ガラスという場合がある。この非強化ガラスとは、板状ガラス部材の厚さ方向中央における引張応力値が10MPa未満であるものをいう。本明細書においては、以下も同様とする。
【0029】
本発明の割断方法では、割断の開始点付近や終了点付近における放電の走査速度や放電出力を、割断の中央区関におけるこれらの条件から、変更することによって、上記した問題を解消することができる。
例えば、割断の開始点付近では、割断の中央区間よりも放電出力を高めることによって、板状ガラス部材の内部温度を、内部加熱が支配的となる温度域まで上昇させることができる。また、割断の開始点付近において、板状ガラス部材にクラックを生じさせ、該クラックを進展させるのに十分な内部加熱を行うことができる。これにより、クラックの進展速度が低下や割断精度の悪化が抑制される。
また、割断の開始点付近において、割断の中央区間よりも放電の走査速度を下げることによっても、板状ガラス部材の内部温度を、内部加熱が支配的となる温度域まで上昇させることができる。また、割断の開始点付近において、板状ガラス部材にクラックを生じさせ、該クラックを進展させるのに十分な内部加熱を行うことができる。これにより、クラックの進展速度が低下や割断精度の悪化が抑制される。
割断する板状ガラス部材が非強化ガラスの場合は、割断の終了点付近についても上記と同様であり、割断の中央区間よりも放電出力を高めることによって、割断の終了点付近において、クラックを進展させるのに十分な内部加熱を行うことができる。これにより、クラックの進展速度が低下や割断精度の悪化が抑制される。
また、割断の中央区間よりも放電の走査速度を下げることによって、割断の終了点付近において、クラックを進展させるのに十分な内部加熱を行うことができる。これにより、クラックの進展速度が低下や割断精度の悪化が抑制される。
【0030】
一方、割断する板状ガラス部材が強化ガラスの場合、割断の終了点付近において、割断の中央区間よりも放電出力を高くすることによって、クラックの自走を防止し、割断精度の悪化を抑制することができる。
また、割断の中央区間よりも放電の走査速度を下げることによって、クラックの自走を防止し、割断精度の悪化を抑制することができる。
【0031】
上述した手順を実施するため、本発明の割断方法では、板状ガラス部材に対する放電の走査速度がVa、放電出力がPaの時の該板状ガラス部材におけるクラック進展速度をVbとするとき、放電の走査速度Vaと、クラック進展速度Vbと、の相対速度に基づいて、放電の走査速度Va、および、放電出力Paのうち、少なくとも一方を制御する。
例えば、割断の開始点付近や、割断する板状ガラス部材が非強化ガラスの場合、割断の終了点付近においては、クラック進展速度Vbが放電の走査速度Vaに対して遅くなる。この場合、放電の走査速度Vaを低くする制御、および、放電出力Paを高くする制御のうち、少なくとも一方を実施すればよい。
一方、割断する板状ガラス部材が強化ガラスの場合、割断の終了点付近においては、クラックの自走により、クラック進展速度Vbが放電の走査速度Vaに対して速くなる。上述したように、クラックの自走を防止するためには、放電の走査速度Vaを低くする制御、および、放電出力Paを高くする制御のうち、少なくとも一方を実施すればよい。
【0032】
ここで、板状ガラス部材の割断時において、板状ガラス部材におけるクラック進展速度Vbを測定すれば、測定されたクラック進展速度Vbと、放電の走査速度Vaと、の相対速度に基づいて、放電の走査速度Va、および、放電出力Paのうち、少なくとも一方を制御することができる。
また、上述したように、割断の開始点付近や終了点付近のように、放電の走査速度Vaと、クラック進展速度Vbと、の相対速度がどのようになるか予め知見が得られている場合、予め得られている知見に基づいて、放電の走査速度Va、および、放電出力Paのうち、少なくとも一方を制御することができる。
【0033】
以下、本発明の割断方法について、さらに記載する。
上述した点から明らかなように、放電により板状ガラス部材が割断されるのは、板状ガラス部材200の放電電極10の直下の部位(対向電極20の直上の部位)では、当該部位が放電により内部加熱されることによって圧縮応力が作用した後、その反作用として、該内部加熱された部位より割断予定線の後方で引張応力が作用するからである。この引張応力は板状ガラス部材の内部加熱された部位がその後冷却されることによって作用する。本発明の割断方法では、引張応力の作用を促進するために、放電電極10(対向電極20)より割断予定線220の後方で板状ガラス部材200を冷却してもよい。
【0034】
次に、本発明の板状ガラス部材の割断装置(以下、「本発明の割断装置」という。)について記載する。本発明の割断装置は、板状ガラス部材を支持するステージ、該板状ガラス部材の表面に対向する位置に配置される放電電極、該放電電極に接続された高周波交流電源、該高周波交流電源の制御機構、該ステージに対し該放電電極を走査する走査機構、および、該板状ガラス部材の表面温度を測定する温度測定手段を有する。
【0035】
ステージは、板状ガラス部材の一方の面(図1に示す板状ガラス部材200の場合は裏面。以下、「裏面」とする。)を支持する。ステージは、板状ガラス部材の裏面の全面を支持してもよいし、裏面の一部を支持していてもよい。板状ガラス部材の裏面は、ステージに吸着固定されてもよいし、ステージに粘着固定されてもよい。
【0036】
上記の放電電極には、図1における放電電極10および対向電極20が該当する。放電電極としては、導電性に優れ、高融点であり、酸化されにくい材料であることが好ましい。このような材料の具体例としては、金、白金、パラジウムのような貴金属もしくはその合金が挙げられ、特に白金もしくはパラジウム、またはそれらの合金が好ましい。
【0037】
放電電極と、板状ガラス部材の表面と、の間隔は、放電電極と板状ガラス部材の表面との間に放電を形成することができる限り特に限定されないが、0mm〜10cmであることが好ましく、0mm〜10mmであることがより好ましく、0.05mm〜5mmであることがさらに好ましい。ここで、0mmとは、放電電極と板状ガラス部材の表面とが接触している状態を意味する。
【0038】
高周波交流電源は、放電を形成可能な高周波の交流電流を発生できる限り特に限定されない。具体例としては、たとえば、テスラ変圧器(すなわち、テスラコイルを用いた高周波交流電源)、フライバック変圧器、高出力高周波発生器、高周波半導体チョッパのような共振変圧器を用いた高周波交流電源が挙げられる。これらの中でも、テスラコイルを用いた高周波交流電源が、小型化、低コストを実現できると共に、高周波交流電源から放電電極までの距離を最小とすることができ伝送経路での高電圧の低下を防ぐことから好ましい。
【0039】
テスラコイルを用いた高周波交流電源の一構成例を図2に示す。図2は、本発明の割断装置の要部を示した模式図であり、板状ガラス部材200の表面に対向する位置に配置される放電電極(放電電極10、対向電極20)、該放電電極10に接続された高周波交流電源30、板状ガラス部材200の表面温度を測定する温度測定手段40、および、放電電極10からの放電100の発光強度、および、該放電100の発光スペクトルの少なくとも一方を検出する検出手段50が示されている。なお、検出手段50については後述する。
【0040】
図2に示す高周波交流電源30において、高周波発生器31は高周波駆動出力段32を駆動する。テスラコイルの一次コイル33と接続されている。テスラコイルの二次コイル34は、放電電極(放電電極10、対向電極20)と接続されている。
【0041】
高周波交流電源は、電圧が10V〜107V、より好ましくは100V〜106V、さらに好ましくは100V〜105Vで、周波数が1kHz〜10GHz、より好ましくは10kHz〜1GHz、さらに好ましくは100kHz〜100MHzの高周波交流電流を発生することが好ましい。
【0042】
なお、放電100を形成するため、放電電極10および対向電極20、ならびに、両者の間に位置する板状ガラス部材200は、圧力1Pa〜100MPa、より好ましくは1kPa〜1MPaの、窒素雰囲気またはアルゴン雰囲気下に置くことが好ましい。
【0043】
温度測定手段40は、板状ガラス部材200の表面温度を測定可能である限り特に限定されない。但し、ガラスピーク温度を測定するためは、非接触型の表面温度測定手段であることが好ましい。非接触型の表面温度測定手段としては、例えば、放射温度計、サーモグラフィー、光温度計等を用いることができる。これらの中でも、放射温度計が高応答性の理由から好ましい。
図2では、温度測定手段40が、板状ガラス部材200の上面の温度を測定しているが、複数の温度測定手段を設けて、板状ガラス部材200の両面(上面、下面)の温度を測定してもよい。
【0044】
本発明の割断装置では、高周波交流電源30の制御機構が、温度測定手段40で測定された板状ガラス部材200の表面温度に基づいて高周波交流電源30を制御する。
高周波交流電源30の制御機構は、高周波交流電源30から独立した制御機構として構成してもよい、高周波交流電源30自体が備えている制御機構、あるいは、高周波交流電源の構成要素が備えている制御機構を用いることもできる。図2では、高周波交流電源30の高周波発生器31が備えている制御機構を利用している。
【0045】
本発明の割断装置において、温度測定手段40で測定された板状ガラス部材200の表面温度に基づいて高周波交流電源30を制御するのは、本発明の割断方法において、ガラスピーク温度の測定値に基づいて、放電出力を制御するためである。
したがって、ここで言う高周波交流電源30の制御は、放電出力の制御に関連する制御であり、高周波交流電源からの高周波交流の電圧および周波数のうちのいずれか1つ、または複数の制御であり、これによって放電出力を制御する。図2の高周波交流電源30では、高周波発生器31が備えている制御機構によって、高周波発生器31での周波数を制御することによって、高周波交流電源30からの高周波交流の電圧および周波数のうちのいずれか1つ、または複数を制御し、これによって放電出力を制御する。
【0046】
図2に示した構成例のように、本発明の割断装置は、板状ガラス部材200の表面温度を測定する温度測定手段40に加えて、放電電極10からの放電100の発光強度、および、該放電100の発光スペクトルの少なくとも一方を検出する検出手段50を有していることが好ましい。
上述したように、本発明の割断方法において、ガラスピーク温度の測定に放射温度計を用いる場合、割断の開始点付近では、放電出力の制御にガラスピーク温度の測定値を利用できない。本発明の割断装置が、放電電極10からの放電100の発光強度、および、該放電100の発光スペクトルの少なくとも一方を検出する検出手段50を有していれば、検出手段50で検出された発光強度および発光スペクトルのうち少なくとも一方に基づいて、放電出力を制御することができる。より具体的には、検出手段50で検出された発光強度および発光スペクトルのうち少なくとも一方に基づいて、ガラスピーク温度を特定し、特定されたガラスピーク温度に基づいて、制御機構が高周波交流電源30を制御することができる。
検出手段50としては、放電電極10からの放電100の発光強度、および、該放電100の発光スペクトルのうち、いずれか一方を検出するものであっても、両方を検出するものであってもよい。このような検出手段の具体例としては、たとえば、光量計、分光器等が挙げられる。
【0047】
本発明の割断装置において、ステージに対し放電電極を走査する走査機構は、放電電極に対して、ステージを相対的に移動させる機構であってもよいし、ステージに対して、放電電極を相対的に移動させる機構であってもよい。前者の場合、たとえば、駆動装置と接続されたステージを使用し、放電電極に対してステージを相対的に移動させればよい。後者の場合、放電電極を駆動装置と接続して、ステージに対して放電電極を相対的に移動させればよい。
ステージと接続する駆動機構、あるいは、放電電極と接続する駆動装置は、一般的な構成であって良く、例えばアクチュエータなどで構成される。
【0048】
本発明の割断装置は、さらに、放電電極より板状ガラス部材の割断予定線に沿った後方で、該板状ガラス部材を冷却する冷却機構を有していてもよい。冷却機構としては、たとえば、板状ガラス部材の表面に気体、液体、エアロゾル等の冷却剤を吹き付ける機構が挙げられる。
【0049】
本発明によれば、建築用、自動車用、装飾用、家具用等の板ガラスや、PCのディスプレイや携帯電話、PDA等の携帯端末のディスプレイに代表されるフラットパネルディスプレイ(FPD)用のガラス基板、または、太陽電池用、タッチパネル用等のガラス基板、あるいは、FPD、太陽電池等のカバーガラスといった幅広い用途の板状ガラス部材の割断することができる。
板状ガラス部材を構成するガラスの組成もその用途によって様々であり、たとえば、ソーダライムガラス、無アルカリガラス等が挙げられる。
【0050】
また、板状ガラス部材の厚さもその用途によって様々である。例えば、建築用、自動車用、装飾用、家具用等の板ガラスとして用いられる板状ガラス部材の場合、1〜20 mmである。また、FPD用のガラス基板、または、太陽電池用、タッチパネル用等のガラス基板や各種カバーガラスとして用いられる板状ガラス部材の場合、0.05〜3mmである。
【符号の説明】
【0051】
10:放電電極
20:対向電極
30:高周波交流電源
31:高周波発生器
32:高周波駆動出力段
33:一次コイル
34:二次コイル
40:温度測定手段
50:検出手段
100:放電
200:板状ガラス部材
210:クラック
220:割断予定線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
板状ガラス部材の割断予定線に向けて、該板状ガラス部材の表面に対し放電を行い、該割断予定線に沿って放電を走査することによって、該板状ガラス部材を割断する方法であって、前記板状ガラス部材の表面におけるピーク温度近傍となる温度(ガラスピーク温度)を測定し、該測定された温度に基づき、放電出力を制御することを特徴とする板状ガラス部材の割断方法。
【請求項2】
放電の発光強度および該放電の発光スペクトルのうち、少なくとも一方に基づいて前記ガラスピーク温度を特定する、請求項1に記載の板状ガラス部材の割断方法。
【請求項3】
前記板状ガラス部材に対する放電の走査速度をVaとし、前記放電の出力をPaとし、前記板状ガラス部材に対する放電の走査速度がVa、かつ、前記放電の出力がPaの時の板状ガラス部材におけるクラック進展速度をVbとするとき、前記VaおよびVbの相対速度に基づいて、前記Va、および、前記Paのうち、少なくとも一方を制御する、請求項1または2に記載の板状ガラス部材の割断方法。
【請求項4】
板状ガラス部材を支持するステージ、前記板状ガラス部材の表面に対向する位置に配置される放電電極、該放電電極に接続された高周波交流電源、該高周波交流電源の制御機構、前記ステージに対し前記放電電極を走査する走査機構、および、前記板状ガラス部材の表面温度を測定する温度測定手段を有し、
前記制御機構が、前記温度測定手段で測定された前記板状ガラス部材の表面温度に基づいて、前記高周波交流電源を制御することを特徴とする板状ガラス部材の割断装置。
【請求項5】
さらに、前記放電電極からの放電の発光強度、および、該放電の発光スペクトルの少なくとも一方を検出する検出手段を有し、前記制御機構が、前記検出手段で検出された放電の発光強度および発光スペクトルの少なくとも一方に基づいて、前記高周波交流電源を制御することを特徴とする請求項4に記載の板状ガラス部材の割断装置。
【請求項6】
前記高周波交流電源が、テスラコイルを用いた高周波交流電源である請求項4または5に記載の板状ガラス部材の割断装置。
【請求項7】
前記走査機構が、前記放電電極に対して、前記ステージを相対的に移動させる機構である、請求項4〜6のいずれかに記載の板状ガラス部材の割断装置。
【請求項8】
前記走査機構が、前記ステージに対して、前記放電電極を相対的に移動させる機構である、請求項4〜6のいずれかに記載の板状ガラス部材の割断装置。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−201572(P2012−201572A)
【公開日】平成24年10月22日(2012.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−69790(P2011−69790)
【出願日】平成23年3月28日(2011.3.28)
【出願人】(000000044)旭硝子株式会社 (2,665)
【Fターム(参考)】