説明

核酸の検出方法およびセンサーチップ表面

【課題】DNA等の核酸検出用センサーの検出感度を向上させることを目的とした、核酸検出用センサーチップにおける手段を提供すること。
【解決手段】金属コロイド標識した検出対象物質と特異的に相互作用するか、相補的配列を有するプローブを用いて、金属コロイドによるセンサーシグナルの増幅作用を利用した高感度検出系。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バイオセンサーを用いた核酸の検出方法に関する発明であり、さらに具体的には、標的核酸と相補的配列を有するオリゴDNAプローブを固定化したバイオセンサーに対し、金属コロイドの増感作用、または金属コロイドの脱離によるシグナルの減衰を効果的に検出する方法、および当該センサー用の機能性表面ならびに標識プローブに関する。
【背景技術】
【0002】
現在、分子生物学研究、感染症診断、遺伝子診断の分野で、核酸のハイブリダイゼーションを利用した測定が数多く行われているが、従来法では煩雑な操作や標識物質を必要とするため、物質の検出と定量を迅速、簡便に行う方法論が求められている。ハイブリダイゼーション法に基づく、遺伝子DNAの検出、測定法として、近年、相補的配列を有する核酸プローブを、物理吸着、共有結合、イオン結合、および特異的相互作用により基板上に固定化した表面に対して、被検物質をハイブリダイズさせ、その結合をシグナルとして検出するバイオセンサーが広く用いられている。代表例として、例えば、表面プラズモン共鳴(SPR)、水晶振動子(QCM)を用いたバイオセンサーが挙げられる。SPRはチップの金属膜近傍のエバネッセント場におけるプラズモン共鳴に伴う屈折率変化を測定して求めることにより、表面近傍に起こる吸着及び脱着を検知する方法である。また、QCMは、水晶発振子の金チップ上の物質の吸脱着による発振子の振動数変化から、ナノグラムレベルで吸脱着質量を検出できる技術である。
【0003】
しかしながら、遺伝子診断、特に一塩基多型(SNP)の検出は、センサーチップによる簡便な方法論が確立されておらず、現状ではPCR法などを組み合せた煩雑な方法に頼らざるを得ない。
【0004】
たとえば、〔特許文献1〕特開2002−171986公報では、特異的プライマーを用いるPCR法と電気泳動、高速液体クロマトグラフィー、質量分析などを組み合せた方法により、特定の塩基多型の検出を行っており、検出結果を得るために時間がかかる。
【0005】
一方、金属のコロイド粒子は、表面シグナル増感効果により共鳴ラマン散乱を増大させることが知られ、このような特性を生かし、標識試薬として用いることにより、生体内の被験物質を高感度に検出、定量する手段として用いられている。また、金コロイドを用いた凝集法による抗原検出法は、金コロイド比色法として、抗原抗体反応をプラズモン吸収の変化を指標とするものであり、便潜血検査による大腸がん検診等に用いられ、目視判定、あるいは専用の計測機器との組合せで検出が行われている。本技術に関連する文献として、〔特許文献2〕特開2000−55920公報、〔特許文献3〕特開2002−267669公報、〔特許文献3〕特開2003−14765公報が挙げられる。
【0006】
金コロイドを用いた核酸の簡便な検出法としては〔特許文献4〕特開平07−227299公報、〔特許文献5〕特開2004−275187公報が挙げられる。前者は、特定の励起光により生ずるラマン散乱光を、後者はハイブリダイゼーションによる金コロイド粒子の凝集に伴うプラズモン吸収の変化を、それぞれ指標とするものである。
【0007】
以上の技術、すなわち、センサーチップを用いる方法、あるいは金コロイド標識法ならびに比色法において、表面の設計が非常に重要である。すなわち、バイオセンサーおよび目視判定において、非特異的な吸着による界面近傍でのシグナル変化を特異的な結合の有無に拘らず計測してしまい、検出データの再現性と信頼性に疑問が残る場合が少なくない。したがって、原理的には、高感度測定が可能であるにも拘らず、一般の臨床診断分野においてはほとんど普及していない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上述したように、簡便、安全、かつリアルタイムに核酸の検出定量が可能な金属表面を利用するセンサーにおいて、金コロイド標識を用いることにより、さらなる高感度化、および信頼性の高い手段を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者は、金属コロイド粒子で標識した特異的プローブを用いて、これを当該金属表面を有するセンサーチップに作用させることによるシグナル増幅効果により、鋭敏に核酸の検出を行うことができることを見出し、本発明を完成した。
【0010】
金属コロイド粒子、ならびにセンサーチップの表面の支持体を構成する金属は、例えば、金、白金、銀、銅、パラジウム、ロジウム等を挙げることができるが、金が好適である。また、金属粒子の粒子径は0.5nm〜500μm、好適には1nm〜1μm程度である。
【0011】
本発明に用いられるセンサーは、被検物質との相補的結合対の形成により、チップ表面に生ずる何らかの変化を検出ことが可能なセンサーであれば、特に限定されるものではなく、紫外可視分光、蛍光、化学発光、電気化学発光、表面プラズモン共鳴(SPR)、水晶振動子(QCM)等を挙げることができ、特に、電気化学発光、SPR、QCMを用いるバイオセンサーにおける検出に用いるのが好適である。
【0012】
金属コロイド粒子、またはセンサーチップ表面に対する核酸プローブの担持には、支持体表面に対して、物理吸着、化学吸着、配位結合、共有結合等を利用して、直接的に結合させる方法と、金属コロイド粒子ないしセンサーチップ表面に親水性ポリマーの一部を結合させて、当該親水性ポリマーの末端または主鎖ないし側鎖に、直接的、または間接的に結合させることにより、行うことができる。
【0013】
親水性ポリマーによる表面処理は、予め被検物質と相補的な核酸プローブを担持した表面の間隙を埋める方法、ならびに親水性ポリマーで表面修飾した金属コロイドまたはセンサーチップ表面に相補的核酸プローブを上記方法で結合させる方法のいずれを用いてもよい。
【0014】
当該親水性ポリマーは、その分子内に金属表面に対して結合し得る官能基を有し、金属コロイド、またはセンサーチップ表面上に安定な被覆層を形成することが必要である。本発明において用い得る好適な親水性ポリマーとしては、下記構造を有する親水性ポリマー誘導体を挙げることができる。
【化1】
−L−(CHCHO)−L−X
[式中、Rは、水素原子、官能基、保護された官能基またはリガンドを表し、L、Lは、相互に独立した連結基または原子価結合を表し、Xは、金属コロイドおよびセンサーチップの表面の支持体と配位可能な官能基または配位可能な官能基を有するモノマー単位を含むポリマーのセグメントである]
【0015】
官能基Xにより、金属コロイドないしセンサーチップ表面に対する結合を形成し、親水性ポリマー誘導体を金属コロイドないしセンサーチップ表面に担持させることにより、当該親水性ポリマーがブラシ状に表面を被覆する構造体を形成することができる。
【0016】
官能基Xとしては、例えば、メルカプト基、アミノ基、カルボキシル基またはジスルフィド基が好適である。
【0017】
本発明における被検物質と相補的な核酸プローブの担持は、核酸の一方の末端に、金属表面と結合し得る官能基を導入することにより行われれば、特に限定されるものではないが、メルカプト基、アミノ基、カルボキシル基またはジスルフィド基が好適である。
【0018】
金属コロイド表面に担持される物質は、検出対象配列を含む物質と特異的に相互作用する物質であればよく、他の物質を結合し得る部位に、検出対象配列と相補的な配列、または、アビジン、ストレプトアビジン、ヒスチジンタグ、GSTタグ、プロテインA、プロテインG等が好適に用いられる。
【0019】
上述したように、本検出方法は、被検物質の検出対象配列と相補的な核酸プローブを担持したセンサーチップに対し、金属コロイドに担持された検出対象配列を含む物質と特異的に相互作用する物質を作用させることによるセンサーシグナルの増幅を検出するか、または、予め当該修飾金属コロイドを結合させたセンサーチップに対し、被検物質を接触させることによって生じる被検物質との競争反応による金属コロイドの脱離を指標としたシグナルの減衰により、被検物質を検出定量する方法である。
【0020】
本発明の検出方法により、遺伝子診断、感染症診断、分子生物学研究の迅速化が達成され、また一塩基多型の検出によるテーラーメード医療の普及への展開が期待される。
【発明の効果】
【0021】
上述したように、本発明によれば、金属コロイド標識したプローブを用いることにより、ハイブリダイゼーションを高感度に検出し、しかも、表面が親水性高分子で修飾されているため、非特異結合に起因する、特異的な結合とは無関係なシグナルの発生を有意に抑制した、信頼性の高い遺伝子配列検出法を提供するものである。さらに、本発明の方法は、本発明によれば、ターゲットDNAの末端一塩基変異の検出を行うこともでき、更には、遺伝子診断を行うこともできる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明の方法は、表面に1本鎖DNAプローブを固定したセンサーチップに、被検物質をハイブリダイズさせ、DNAの配列を検知する方法であり、センサーシグナルの増幅効果により、従来のバイオセンサーでは簡便に検知することが難しかった、一塩基多型を検出することも可能にするものである。
【0023】
以下、本発明の実施例を記載して、本発明をさらに具体的に説明するが、この記載は、本発明の範囲を限定するものではない。
【実施例】
【0024】
実施例1:Streptavidin/PEG−SH修飾金コロイドの調製
市販金コロイド(ポリサイエンス社製、粒径20nm、0.01g/mL)1mLに対し、ストレプトアビジン溶液(2.0μM)150μLを加え、10分間攪拌した後、メトキシ−PEG−SH(分子量5,000)(1.5mg/mL)を100μL加え、1時間攪拌した。得られた金コロイド粒子は、150,000×g,4℃,15minの条件で、3回遠心精製し、目的物を得た。
【0025】
実施例2:Streptavidin/PEG−SH修飾金コロイドによる一塩基多型検出
SPR用金チップをピラニア洗浄し、SPRセンサー、BIACORE3000(ビアコア社製)を用いて、PEG/PAMA(分子量5000/5000)(1mg/mL)を流速10ml/min、30min、37℃の条件で、表面支持体として金蒸着したセンサーチップ上に固定化した。続いて、1.0mMの、5‘−末端をチオール基で修飾した、標的配列を有するオリゴDNAプローブSH−DNA(5′−SH−dT(20)GCC ACC AGC−30′)を流速5.0ml/min、30min、37℃の条件下で固定化した。このようにして、得られたセンサーチップに対し、5‘末端をビオチン化した相補的配列を含むDNA配列A(3′−CGG TGG TCG−5′)、および1箇所にミスマッチを導入したDNA配列B(3′−CGG TTG TCG−5′)をハイブリダイズさせ、前出のストレプトアビジン化金コロイドを用いて検出した。その結果を図1に示す。この結果から明らかなように、金コロイド標識したストレプトアビジンを使用することにより、著しく感度が上昇し、相補的配列と、一塩基置換された配列が明暸に識別できた。特に、低濃度(核酸濃度1pM)では、顕著な金コロイドの増幅効果が認められた。また、ストレプトアビジンを有しない金コロイドを用いた場合のシグナル変化の上昇がほとんど見られなかったことより、非特異的な結合は検出しないことが確認された。
【0026】
実施例3:抗ビオチン抗体/PEG−SH修飾金コロイドによる感度の上昇
実施例2と同様に、標的配列を有するオリゴDNAプローブSH−DNAを金チップ上に固定化し、実施例1と同様な方法で調製した抗ビオチン抗体/PEG−SH修飾金コロイドを用いて、一塩基置換によるミスマッチの検出を行った。その結果を図2に示す。この結果から明らかなように、抗ビオチン抗体/PEG−SH修飾金コロイドにより、さらに高感度化し、また、ビオチン修飾していない場合はほとんど検出されないこと、すなわち、非特異的吸着はほとんど検出されないことが確認された。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【0028】
【図1】 相補的または一塩基置換したビオチン標識DNAプローブの結合量、および金コロイド標識ストレプトアビジンを流した時のシグナル変化を示す。
【0029】
【図2】 ビオチンラベルオリゴDNAを固定化したSPRチップ表面上に、抗ビオチン抗体/PEG−SH修飾金コロイドを接触させた時のシグナル変化を示す。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定可能なシグナルを検出することにより被検試料中の標的核酸分子を検出、定量するための方法であって:(a)標的核酸と相補的な配列を有する修飾されていてもよい核酸プローブが固定化されたセンサーチップ表面上に、被検試料を接触させてハイブリダイズする工程と、(b)金属コロイド標識された、検出対象配列を含む物質と特異的に相互作用する物質、または、金属コロイド標識された、検出対象配列を含む物質と相補的な配列を有する修飾されていても良い核酸プローブより選ばれる、少なくとも1種類のプローブを作用させることにより、金属コロイドにより増幅されたシグナルを指標として検出対象物質の検出、定量を行う工程とを含む核酸分子検出方法、および当該センサーチップならびに金属コロイド標識プローブ。
【請求項2】
測定可能なシグナルの減衰を測定することにより被検試料中の標的核酸分子を検出、定量する方法であって:(a)標的核酸と相補的な配列を有する修飾されていてもよい核酸プローブが固定化されたセンサーチップ表面上に、金属コロイド標識された、検出対象配列を含む物質と特異的に相互作用する物質、または、金属コロイド標識された、検出対象配列を含む物質と相補的な配列を有する核酸プローブより選ばれる少なくとも1種類のプローブを結合させる工程と、(b)検出対象物質を含む試料を接触させ、当該検出対象物質中の標的配列と、金属コロイド標識されたプローブとの競合による、金属コロイド粒子の解離による増幅シグナルの減衰を指標として検出対象物質の検出、定量を行う工程とを含む核酸分子検出方法、および当該センサーチップならびに金属コロイド標識プローブ。
【請求項3】
金属コロイド粒子、および、センサーチップ表面が親水性ポリマーで修飾され、検出対象物質中に含まれる夾雑物に起因する非特異吸着を抑制、および/または特異的分子認識能の増強により高感度化された請求項1,2記載のセンサーチップ表面、修飾プローブおよび検出方法。
【請求項4】
センサーチップ、または、金属コロイド表面上に固定化される親水性ポリマーが、式

[式中、Rは、水素原子、官能基、保護された官能基またはリガンドを表し、L、Lは、相互に独立した連結基または原子価結合を表し、Xは、金属コロイドおよびセンサーチップの表面の支持体と配位可能な官能基または配位可能な官能基を有するモノマー単位を含むポリマーのセグメントである]で表される親水性ポリマー誘導体の1種または2種以上であり、金属コロイド表面およびセンサーチップ表面の支持体と配位可能な官能基を介して固定化されている、請求項3記載の核酸検出用センサーチップ表面および金属コロイド標識プローブ。
【請求項5】
式〔化1〕中のXが、メルカプト基、ジチオール基、スルフィド基、アミノ基、カルボキシル基、シラノール基、炭素原子数が1〜5のトリアルキルシリル基、モノ−、もしくはジ−低級アルキル置換アミノ基を側鎖に有するオリゴマーまたはポリマー、複数のイミノ基を主鎖に有するオリゴまたはポリイミンよりなる群から選ばれる、請求項4記載の核酸検出用センサーチップ表面および金属コロイド標識プローブ。
【請求項6】
核酸の一方の末端に、直接的または間接的に付加されている、メルカプト基、ジチオール基、スルフィド基、アミノ基、イミノ基、ビオチニル基、あるいは、ジゴキシゲニン、ヒスチジンタグ等よりなる群より選ばれる化合物を介して、センサーチップ表面に当該核酸が結合している、請求項1〜5のいずれかに記載の核酸検出用チップの表面。
【請求項7】
センサーチップに固定化される核酸プローブが、それぞれ修飾されていてもよく且つ一本鎖であるDNA、RNA、PNA、CNAもしくはHNAからなるポリヌクレオチドまたはオリゴヌクレオチドを含むプローブである、請求項1〜6記載の核酸検出用チップの表面。
【請求項8】
請求項1,2記載の金属コロイド標識された、検出対象配列を含む物質と特異的に相互作用する物質が、他の物質を結合し得る部位に、検出対象配列を含む配列の一部に対する相補的配列を含む修飾されていても良いDNA、RNA、PNA、CNAもしくはHNAからなるポリヌクレオチドまたはオリゴヌクレオチドを含むプローブ、または、特異抗体、アビジン、ストレプトアビジン、ヒスチジンタグ、グルタチオントランスフェラーゼ(GST)タグ、プロテインA、プロテインG等よりなる群から選ばれる特異的結合能を有するペプチドまたはタンパク質が結合した請求項1〜7のいずれかに記載の核酸検出用センサーチップ表面および金属コロイド標識プローブ。
【請求項9】
標識に使用される金属コロイド粒子が金コロイドであり、かつ、センサーチップ表面の支持体が金よりなる、請求項1〜7記載のセンサーチップ表面、金コロイド標識プローブおよび検出方法。
【請求項10】
核酸検出用チップの使用方法において、核酸同士のハイブリダイズの検出が、表面プラズモン共鳴を利用するセンサーによって行われる、核酸検出方法。
【請求項11】
被検物質の検出工程において、核酸検出に用いる緩衝液の塩の合計濃度が0.01〜10Mであることを特徴とする請求項1〜9記載の方法。
【請求項12】
DNA、RNAの特定配列の検出、またはそれらの一塩基多型検出のための、請求項1〜10記載の核酸分子検出方法。

【公開番号】特開2006−177915(P2006−177915A)
【公開日】平成18年7月6日(2006.7.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−382694(P2004−382694)
【出願日】平成16年12月20日(2004.12.20)
【出願人】(597059085)
【Fターム(参考)】