説明

植物の再分化能を付与する遺伝子、並びにその利用

連鎖解析により、植物の再分化能に関与する遺伝子の単離・同定に成功した。また、該遺伝子を利用した高再分化品種の育種手法、培養困難品種の形質転換法および形質転換細胞の選抜法をも見出した。本発明は、植物の品種改良等の分野において、また形質転換法を用いた遺伝子解析等の分野において有用である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、植物の再分化能を付与する遺伝子の単離・同定、並びに該遺伝子を利用した再分化能の増加、形質転換細胞の選抜法に関する。本発明によれば、植物の培養特性の改良、および安全性に配慮した形質転換法の開発が可能となる。
【背景技術】
植物の分化した組織は、適当な条件下に置くと脱分化し細胞分裂を経てカルス(脱分化細胞群)を形成する。カルスはさらに条件により再分化を引き起こし完全な植物体を再生することができる。このような分化した細胞もしくは脱分化した細胞が個体を再生しうる能力は分化全能性と言い、1930〜1950年代のタバコやトマトなどの培養研究により最初に実証された。組織培養技術は、この分化全能性をもとにした技術であり、細胞融合や胚珠培養による新品種の作出や育種年数の短縮、遺伝形質の固定など特に植物育種の分野で広く利用されてきた。近年では遺伝子機能解析を目的とした人為的な遺伝子導入(形質転換法)における基幹技術として、分子育種や植物の基礎研究にも欠かせない技術となっている。
一般に分化全能性は全ての植物が保持する能力とされているが、実際は植物種や品種、器官によってその能力を発揮しやすいものと、しにくいものがあることが知られている。双子葉植物に比べて主要作物のイネ、ムギ、トウモロコシなどの単子葉植物は組織培養、再分化が困難であるため形質転換法を始めとした培養を用いる解析には多くの試行錯誤が必要である。イネでは特定の品種の完熟種子を用いることにより比較的容易な培養系が確立されているものの、十分な再分化能を持つ品種は限られている。特に良食味品種のコシヒカリ、ササニシキ、熱帯地方で多く栽培されているIR系統の品種は再分化能が低く、組織培養による植物体の再生が困難である。これら品種の再分化能が向上できれば、品種改良や遺伝子の特性研究に役立つだけでなく、再分化過程のメカニズムの解明にもつながり、さらには他の培養困難植物種や品種の再分化能の改善も期待される。
また近年、多くの遺伝子組換え農作物(GMO)が開発され年々作付け面積が増加している一方で、その安全性に不安を持つ消費者が多い。GMOの安全性議論において最も問題視されているのはGMOに抗生物質耐性遺伝子が組み込まれているという点である。従って抗生物質耐性遺伝子を用いない形質転換法の開発はこれまでのGMOに対する消費者の不安感を和らげると同時に、高価な抗生物質が不要でかつ簡易な形質転換法として研究開発者にもメリットがあると期待される。
【発明の開示】
再分化能は複数の遺伝子の相互作用による量的形質(QTL)として支配されており、未だその遺伝子座に存在する再分化能遺伝子の単離に成功した報告はない。本発明の目的は、植物の再分化能に関与する遺伝子の単離・同定、並びに該遺伝子を利用した植物の改良方法、さらには該遺伝子を選抜マーカーとして利用する形質転換法を提供することにある。
本発明者らは再分化能QTLの検出に用いる雑種集団の育成に先駆け、雑種集団の親となる品種の選定を試み、再分化能に明瞭な差が見られた日本型イネの「コシヒカリ」とインド型イネ「カサラス」2つの品種を選抜した(図1写真)。これら二つの品種を交雑したF1個体に、コシヒカリを反復親とした戻し交雑と自殖を行い、99系統のBC1F1集団を作成後、BC1F2種子を採種した。各系統のBC1F2種子20粒ずつ用いてカルスを誘導培地で30日間培養した後、増殖したカルスを再分化培地に移植しさらに30日間培養した。30日後、1粒あたりのカルス重とシュート数を計測し、各系統について20粒の平均値をとりそれを再分化能とした(図1グラフ)。各系統の遺伝子型は262個のPCRマーカーを用いて決定した。これらのデータをもとに再分化能に関するQTL解析を行った結果、再分化能を増加させる効果を持つ4箇所のQTLを検出した(図2)。この内、第1番染色体短腕TGS2451マーカー近傍にカサラスのゲノムがコシヒカリに対して再分化能を増加させる効果の大きいQTL(PSR1;romoter of hoot egeneration 1)を見いだすことに成功した(図2)。次にPSR1遺伝子の大まかな座乗領域を特定するためにBC2F1集団の中からPSR1領域がカサラスに置換された30個体を選抜し、それらの種子(BC2F2種子)各10粒ずつを用いてカルスを誘導した。増殖カルスからDNAを抽出し分子マーカーにより遺伝子型を明らかにするとともに再分化能を調査し、連鎖解析を行った。さらに、詳細な座乗領域の特定のためにPSR1が分離するBC3F2種子約3,800粒を用いて分子マーカーによる遺伝子型を調査し、高精度連鎖解析を行った。その結果、PSR1は分子マーカー3132とP182に挟まれる約50.8kb領域内に座乗することが明らかになった(図3)。この領域に存在する遺伝子を予想した結果、Hypothetical Proteinも含め4つの遺伝子の存在が示唆された。この内、どの遺伝子が再分化能遺伝子であるか同定するために、カサラスBACライブラリー(平均長120kb)を作成し、PSR1領域を含むBACクローン(BHAL15)をPCRスクリーニングにより単離した。BHAL15クローン内の適当な制限酵素部位を用いて各候補遺伝子領域を含むカサラスゲノム断片を調整しコシヒカリに導入したところ、フェレドキシン亜硝酸還元酵素をコードすると予想された遺伝子(NiR)を含むカサラスゲノム断片(図3の3F)を導入した場合にのみコシヒカリの再分化能が増加することがわかった(図4)。フェレドキシン亜硝酸還元酵素はフェレドキシンを電子供与体として機能する亜硝酸還元酵素であり、亜硝酸イオンをアンモニアに変換する作用を持つ。このフェレドキシン亜硝酸還元酵素と予想された遺伝子領域およびその上流約2kbについてカサラスとコシヒカリの塩基配列を決定し比較したところ、多数の塩基配列の変異が見出された(図5)。またsemi−quantitative RT−PCRおよびリアルタイム定量PCRによりカルス中の本遺伝子mRNAの発現量を調べたところ、カサラスではコシヒカリの約2.5倍量のmRNAが存在することが分かった(図6左写真上段、中段、および右のグラフ)。また、NiRタンパク質に特異的な抗体を用いたウェスタンブロット解析においても、コシヒカリよりカサラスでNiRタンパク質が多く蓄積されていることが分かった(図6左写真下段)。さらに大腸菌で発現誘導したNiR組換えタンパクを用いてナフチルエチレンジアミン法によりタンパク質量当たりのNiR酵素活性を比較した結果、カサラスのNiRはコシヒカリの約1.6倍高い酵素活性を示すことが分かった(図7)。以上の結果から、コシヒカリとカサラスの再分化能の違いは、第一にNiR遺伝子の転写調節レベルの違いによるものであり、第二に合成されたタンパク質1分子当たりの活性の違いが要因であることが明らかになった。
カサラスPSR1遺伝子のゲノム領域をコシヒカリに導入すると、再分化しないコシヒカリに再分化能を付与することができる。このことは、コシヒカリの形質転換を行う際に、カサラスPSR1遺伝子を選抜マーカーとして利用することが可能であることを示唆している。すなわち、カサラスPSR1遺伝子と目的遺伝子を並列に組み込んだベクターをコシヒカリに導入すると、PSR1遺伝子が導入された細胞のみが再分化能を獲得するため、再分化した植物体には同時に目的遺伝子も導入されていると予想される。そこでこの考えを実証するために、バイナリーベクターpBI101のT−DNA領域内にカサラスNiR genome + 35S promoter GUS、カサラス NiR promoter::NiR cDNA::NiR terminator + 35S promoter GUS、イネ Actin1 promoter::NiR cDNA::NiR terminator + 35S promoter GUSを含むベクター、およびNiR遺伝子を含まないベクターを構築し、コシヒカリに導入した。その結果、NiR遺伝子を含む3種類のベクターの導入ではいずれの場合でも多数の再分化個体が得られ、かつそれらが由来するカルスではGUS遺伝子による染色が認められた(図8)。さらに、毒性を示す亜硝酸を代謝する性質を有するNiR遺伝子の特徴を利用すると、高再分化能品種への形質転換においてもNiR遺伝子をマーカーとして用いることができた。具体的にはイネの高発現プロモーターの1つであるアクチンプロモーター制御下でNiR遺伝子を過剰発現させるベクターを高再分化品種カサラスに導入し、通常の野生型では増殖抑制される濃度の亜硝酸を添加した培地上において培養した。過剰に発現させたNiR遺伝子の効果により形質転換細胞のみが増殖し、増殖した細胞にのみGUS染色が認められた(図9)。この選抜方法を用いることにより、従来の遺伝子組換え農作物の問題点とされている微生物由来の抗生物質耐性遺伝子(形質転換細胞の選抜マーカー)を用いることなくより安全性に考慮した組換え植物の作成が可能になった。また高価な抗生物質が不要であるため形質転換体の開発コストを削減することができた。
即ち、本発明は、植物の再分化能を増加させる遺伝子の単離および同定、ならびに該遺伝子を利用した植物の培養特性の改良、さらには該遺伝子を選抜マーカーとして利用する形質転換法に関し、以下の[1]〜[22]を提供するものである。
[1] 植物の再分化能に関与する、下記(a)から(d)のいずれかに記載のDNA。
(a)配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA。
(b)配列番号:1もしくは2に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA。
(c)配列番号:3に記載のアミノ酸配列において1または複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA。
(d)配列番号:1もしくは2に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA。
[2] 配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質の部分ペプチドをコードするDNA。
[3] 配列番号:1もしくは2に記載の塩基配列のプロモーター領域を含むDNA。
[4] [1]または[2]に記載のDNAを含むベクター。
[5] [3]に記載のDNAを含むベクター。
[6] [4]に記載のベクターが導入された宿主細胞。
[7] [4]に記載のベクターが導入された植物細胞。
[8] [7]に記載の植物細胞を含む形質転換植物体。
[9] [8]に記載の形質転換植物体の子孫またはクローンである、形質転換植物体。
[10] [8]または[9]に記載の形質転換植物体の繁殖材料。
[11] [1]または[2]に記載のDNAを植物細胞に導入し、該植物細胞から植物体を再生させる工程を含む、形質転換植物体の製造方法。
[12] [1]または[2]に記載のDNAによりコードされるタンパク質。
[13] [6]に記載の宿主細胞を培養し、該細胞またはその培養上清から組換えタンパク質を回収する工程を含む、[12]に記載のタンパク質の製造方法。
[14] [12]に記載のタンパク質に結合する抗体。
[15] 配列番号:1もしくは2に記載の塩基配列またはその相補配列に相補的な少なくとも15の連続する塩基を含むポリヌクレオチド。
[16] [1]または[2]に記載のDNAを植物体の細胞内で発現させる工程を含む、植物の再分化能を増加させる方法。
[17] [1]もしくは[2]に記載のDNA、または[4]に記載のベクターを有効成分とする、植物の再分化能を改変する薬剤。
[18] 植物細胞における再分化能を判定する方法であって、植物細胞における[1]に記載のDNAまたは[12]に記載のタンパク質の発現を検出する工程を含む方法。
[19] 植物細胞における再分化能を判定する方法であって、植物細胞における[12]に記載のタンパク質の活性を検出する工程を含む方法。
[20] 植物における内因性の[12]に記載のタンパク質の活性を制御することを特徴とする、植物の再分化能を改良する方法。
[21] 形質転換植物細胞の選抜方法であって、
(a)[1]または[2]に記載のDNAを選抜マーカーとして該DNAを含むベクターを植物細胞に導入する工程、および
(b)該植物細胞を培養し、再分化能を獲得した植物細胞を選抜する工程、
を含む方法。
[22] 植物における内因性の[1]または[2]に記載のDNAを交配により置換することを特徴とする、植物の再分化能を改変する方法。
本発明は、イネ由来のNiRタンパク質をコードするDNAを提供する。「カサラス」のゲノムDNAの塩基配列を配列番号:1に、「カサラス」のcDNAの塩基配列を配列番号:2に、該DNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:3に示す。また、「コシヒカリ」のゲノムDNAの塩基配列を配列番号:4に、「コシヒカリ」のcDNAの塩基配列を配列番号:5に、該DNAがコードするタンパク質のアミノ酸配列を配列番号:6に示す。
本発明によって、植物のPSR1遺伝子の発現制御あるいは活性制御により植物の再分化能が向上できることが明らかになった。これによりコシヒカリのような培養困難品種の培養を可能にし、かつ安定的に高い再分化能を有する高再分化能品種の作出が可能となった。
本発明における「再分化能の向上」とは培養条件における植物の再分化能を高めるだけで、再分化個体の形態には変化をもたらさないことを意味する。この再分化能の向上により所望の品種を様々な培養実験に供することが可能となり、その結果、効率的に新品種の開発や遺伝子の機能解析を行うことができる。
本発明において、「植物のPSR1遺伝子」とは、植物のフェレドキシン亜硝酸還元酵素をコードするNiR遺伝子を意味する。「植物のPSR1遺伝子」には、イネのPSR1遺伝子(図5)、および他の植物由来のPSR1遺伝子が含まれる。またPSR1タンパク質をコードするDNAには、ゲノムDNA、cDNA、および化学合成DNAが含まれる。ゲノムDNAおよびcDNAの調製は、当業者にとって常套手段を利用して行うことが可能である。ゲノムDNAは、例えば、該PSR1遺伝子を有するイネ品種(例えば、「コシヒカリ」)からゲノムDNAを抽出し、ゲノミックライブラリー(ベクターとしては、プラスミド、ファージ、コスミド、BAC、PACなどが利用できる)を作成し、これを展開して、本発明タンパク質をコードするDNA(例えば、配列番号:1もしくは2)を基に調製したプローブを用いてコロニーハイブリダイゼーションあるいはプラークハイブリダイゼーションを行うことにより調製することが可能である。また、本発明タンパク質をコードするDNA(例えば、配列番号:1もしくは2)に特異的なプライマーを作成し、これを利用したPCRをおこなうことによって調製することも可能である。また、cDNAは、例えば、PSR1遺伝子を有するイネ品種(例えば、「コシヒカリ」)から抽出したmRNAを基にcDNAを合成し、これをλZAP等のベクターに挿入してcDNAライブラリーを作成し、これを展開して、上記と同様にコロニーハイブリダイゼーションあるいはプラークハイブリダイゼーションを行うことにより、また、PCRを行うことにより調製することが可能である。
本発明は、配列番号:3に記載のPSR1タンパク質(「カサラス」)と機能的に同等なタンパク質をコードするDNAを包含する。ここで「PSR1タンパク質と同等の機能を有する」とは、対象となるタンパク質の発現量または活性を改変させることにより、再分化能を増加させる機能を有することを指す。
このようなDNAには、例えば、配列番号:3に記載のアミノ酸配列において1若しくは複数のアミノ酸が置換、欠失、付加および/または挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードする変異体、誘導体、アレル、バリアントおよびホモログが含まれる。
アミノ酸配列が改変されたタンパク質をコードするDNAを調製するための当業者によく知られた方法としては、例えば、site−directed mutagenesis法(Kramer,W.& Fritz,H.−J.(1987)Oligonucleotide−directed construction of mutagenesis via gapped duplex DNA.Methods in Enzymology,154:350−367)が挙げられる。また、塩基配列の変異によりコードするタンパク質のアミノ酸配列が変異することは、自然界においても生じ得る。このように天然型のPSR1タンパク質をコードするアミノ酸配列において1もしくは複数のアミノ酸が置換、欠失もしくは付加したアミノ酸配列を有するタンパク質をコードするDNAであっても、天然型のPSR1タンパク質(配列番号:3)と同等の機能を有するタンパク質をコードする限り、本発明のDNAに含まれる。また、たとえ、塩基配列が変異した場合でも、それがタンパク質中のアミノ酸の変異を伴わない場合(縮重変異)もあり、このような縮重変異体も本発明のDNAに含まれる。
配列番号:3に記載のPSR1タンパク質と機能的に同等なタンパク質をコードするDNAを調製するために、当業者によく知られた他の方法としては、ハイブリダイゼーション技術(Southern,E.M.(1975)Journal of Molecular Biology,98,503)やポリメラーゼ連鎖反応(PCR)技術(Saiki,R.K.et al.(1985)Science,230,1350−1354、Saiki,R.K.et al.(1988)Science,239,487−491)を利用する方法が挙げられる。即ち、当業者にとっては、PSR1遺伝子の塩基配列(配列番号:2)もしくはその一部をプローブとして、またPSR1遺伝子(配列番号:2)に特異的にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドをプライマーとして、イネや他の植物からPSR1遺伝子と高い相同性を有するDNAを単離することは通常行いうることである。このようにハイブリダイズ技術やPCR技術により単離しうるPSR1タンパク質と同等の機能を有するタンパク質をコードするDNAもまた本発明のDNAに含まれる。
このようなDNAを単離するためには、好ましくはストリンジェントな条件下でハイブリダイゼーション反応を行う。本発明においてストリンジェントなハイブリダイゼーション条件とは、6M尿素、0.4%SDS、0.5xSSCの条件またはこれと同等のストリンジェンシーのハイブリダイゼーション条件を指す。よりストリンジェンシーの高い条件、例えば、6M尿素、0.4%SDS、0.1xSSCの条件を用いることにより、より相同性の高いDNAの単離を期待することができる。これにより単離されたDNAは、アミノ酸レベルにおいて、PSR1タンパク質のアミノ酸配列(配列番号:3または6)と高い相同性を有すると考えられる。高い相同性とは、アミノ酸配列全体で、少なくとも50%以上、さらに好ましくは70%以上、さらに好ましくは90%以上(例えば、95%,96%,97%,98%,99%以上)の配列の同一性を指す。アミノ酸配列や塩基配列の同一性は、カーリンおよびアルチュールによるアルゴリズムBLAST(Proc.Natl.Acad.Sci.USA87:2264−2268,1990、Proc Natl Acad Sci USA 90:5873,1993)を用いて決定できる。BLASTのアルゴリズムに基づいたBLASTNやBLASTXと呼ばれるプログラムが開発されている(Altschul SF,et al:J Mol Biol 215:403,1990)。BLASTNを用いて塩基配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=100、wordlength=12とする。また、BLASTXを用いてアミノ酸配列を解析する場合は、パラメーターは、例えばscore=50、wordlength=3とする。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合は、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である。
あるDNAが再分化能に関与するタンパク質をコードするか否かは以下のようにして評価することができる。最も一般的な方法としては、該DNAの機能を欠失させた上で栽培を行い、再分化能を調べる手法である。すなわち該DNAの機能を保った条件と該DNAの機能を欠失させた条件で培養し、再分化能を比較する方法である。再分化能が変わらないかほとんど同じ場合は、該DNAは再分化能に関与しないと判断する。該DNAが再分化能に関る場合は、再分化率はより増加し、その差を再分化能の程度とみなすことができる。
本発明のDNAは、例えば、組み換えタンパク質の調製や再分化能が改変された形質転換植物体の作出などに利用することが可能である。組み換えタンパク質を調製する場合には、通常、本発明のタンパク質をコードするDNAを適当な発現ベクターに挿入し、該ベクターを適当な細胞に導入し、形質転換細胞を培養して発現させたタンパク質を精製する。組み換えタンパク質は、精製を容易にするなどの目的で、他のタンパク質との融合タンパク質として発現させることも可能である。例えば、大腸菌を宿主としてマルトース結合タンパク質との融合タンパク質として調製する方法(米国New England BioLabs社発売のベクターpMALシリーズ)、グルタチオン−S−トランスフェラーゼ(GST)との融合タンパク質として調製する方法(Amersham Pharmacia Biotech社発売のベクターpGEXシリーズ)、ヒスチジンタグを付加して調製する方法(Novagen社のpETシリーズ)などを利用することが可能である。宿主細胞としては、組み換えタンパク質の発現に適した細胞であれば特に制限はなく、上記の大腸菌の他、例えば、酵母、種々の動植物細胞、昆虫細胞などを用いることが可能である。宿主細胞へのベクターの導入には、当業者に公知の種々の方法を用いることが可能である。例えば、大腸菌への導入には、カルシウムイオンを利用した導入方法(Mandel,M.& Higa,A.(1970)Journal of Molecular Biology,53,158−162、Hanahan,D.(1983)Journal of Molecular Biology,166,557−580)を用いることができる。宿主細胞内で発現させた組み換えタンパク質は、該宿主細胞またはその培養上清から、当業者に公知の方法により精製し、回収することが可能である。組み換えタンパク質を上記のマルトース結合タンパク質などとの融合タンパク質として発現させた場合には、容易にアフィニティー精製を行うことが可能である。また、後述する手法で、本発明のDNAが導入された形質転換植物体を作成し、該植物体から本発明のタンパク質を調製することも可能である。従って、本発明の形質転換植物体には、後述する、再分化能を改変するために本発明のDNAが導入された植物体のみならず、本発明のタンパク質の調製のために本発明のDNAが導入された植物体も含まれる。
得られた組換えタンパク質を用いれば、これに結合する抗体を調製することができる。例えば、ポリクローナル抗体は、精製した本発明のタンパク質若しくはその一部のペプチドをウサギなどの免疫動物に免疫し、一定期間の後に血液を採取し、血ぺいを除去することにより調製することが可能である。また、モノクローナル抗体は、上記タンパク質若しくはペプチドで免疫した動物の抗体産生細胞と骨腫瘍細胞とを融合させ、目的とする抗体を産生する単一クローンの細胞(ハイブリドーマ)を単離し、該細胞から抗体を得ることにより調製することができる。これにより得られた抗体は、本発明のタンパク質の精製や検出などに利用することが可能である。本発明には、本発明のタンパク質に結合する抗体が含まれる。これらの抗体を用いることにより、植物体における再分化能に関与するタンパク質の発現部位の判別、もしくは植物種が再分化能に関与するタンパク質を発現するか否かの判別を行うことが出来る。
本発明のDNAを利用して再分化能が増加した形質転換植物体を作製する場合には、本発明のタンパク質をコードするDNAを適当なベクターに挿入して、これを植物細胞に導入し、これにより得られた形質転換植物細胞を再生させる。ベクターを導入する植物細胞としては、本発明のDNAの発現が低い植物細胞であることが好ましい。ここでいう「植物細胞」には、種々の形態の植物細胞、例えば、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片、カルスなどが含まれる。
植物細胞の形質転換に用いられるベクターとしては、該細胞内で挿入遺伝子を発現させることが可能なものであれば特に制限はない。例えば、プラスミド「pBI121」、「pBI221」、「pBI101」(いずれもClontech社製)などが挙げられる。
本発明のベクターは、本発明のタンパク質を恒常的または誘導的に発現させるためのプロモーターを含有しうる。恒常的に発現させるためのプロモーターとしては、例えば、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター(Odell et al.1985 Nature 313:810)、イネのアクチンプロモーター(Zhang et al.1991 Plant Cell 3:1155)、トウモロコシのユビキチンプロモーター(Cornejo et al.1993 Plant Mol.Biol.23:56)などが挙げられる。
また、誘導的に発現させるためのプロモーターとしては、例えば糸状菌・細菌・ウイルスの感染や侵入、低温、高温、乾燥、紫外線の照射、特定の化合物の散布などの外因によって発現することが知られているプロモーターなどが挙げられる。このようなプロモーターとしては、例えば、糸状菌・細菌・ウイルスの感染や侵入によって発現するイネキチナーゼ遺伝子のプロモーター(Xu et al.1996 Plant Mol.Biol.30:387)やタバコのPRタンパク質遺伝子のプロモーター(Ohshima et al.1990 Plant Cell 2:95)、低温によって誘導されるイネの「lip19」遺伝子のプロモーター(Aguan et al.1993 Mol.GenGenet.240:1)、高温によって誘導されるイネの「hsp80」遺伝子と「hsp72」遺伝子のプロモーター(Van Breusegem et al.1994 Planta 193:57)、乾燥によって誘導されるシロイヌナズナの「rab16」遺伝子のプロモーター(Nundy et al.1990 Proc.Natl.Acad.Sci.USA 87:1406)、紫外線の照射によって誘導されるパセリのカルコン合成酵素遺伝子のプロモーター(Schulze−Lefert et al.1989 EMBO J.8:651)、嫌気的条件で誘導されるトウモロコシのアルコールデヒドロゲナーゼ遺伝子のプロモーター(Walker et al.1987 Proc.Natl.Acad.Sci.USA 84:6624)などが挙げられる。また、イネキチナーゼ遺伝子のプロモーターとタバコのPRタンパク質遺伝子のプロモーターはサリチル酸などの特定の化合物によって、「rab16」は植物ホルモンのアブシジン酸の散布によっても誘導される。
さらに、ベクターは、本発明のタンパク質をコードするDNAのプロモーターを有していてもよい。本発明のタンパク質をコードするDNAのプロモーター領域は、例えば、配列番号:1または2に記載の塩基配列からなるDNAまたはその一部をプローブとしたゲノムDNAライブラリーのスクリーニングにより取得することが可能である。
また、本発明は、本発明のベクターが導入された形質転換細胞を提供する。本発明のベクターが導入される細胞には、組み換えタンパク質の生産に用いる上記した細胞の他に、形質転換植物体作製のための植物細胞が含まれる。植物細胞としては特に制限はなく、例えば、シロイヌナズナ、イネ、トウモロコシ、ジャガイモ、タバコなどの細胞が挙げられる。本発明の植物細胞には、培養細胞の他、植物体中の細胞も含まれる。また、プロトプラスト、苗条原基、多芽体、毛状根も含まれる。植物細胞へのベクターの導入は、ポリエチレングリコール法、電気穿孔法(エレクトロポーレーション)、アグロバクテリウムを介する方法、パーティクルガン法など当業者に公知の種々の方法を用いることができる。形質転換植物細胞からの植物体の再生は、植物細胞の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことが可能である(Toki et al.(1995)Plant Physiol.100:1503−1507参照)。例えば、イネにおいては、形質転換植物体を作出する手法については、ポリエチレングリコールによりプロトプラストへ遺伝子導入し、植物体(インド型イネ品種が適している)を再生させる方法(Datta,S.K.(1995)In Gene Transfer To Plants(Potrykus I and Spangenberg Eds.)pp66−74)、電気パルスによりプロトプラストへ遺伝子導入し、植物体(日本型イネ品種が適している)を再生させる方法(Toki et al.(1992)Plant Physiol.100,1503−1507)、パーティクルガン法により細胞へ遺伝子を直接導入し、植物体を再生させる方法(Christou et al.(1991)Bio/technology,9:957−962.)およびアグロバクテリウムを介して遺伝子を導入し、植物体を再生させる方法(Hiei et al.(1994)Plant J.6:271−282.)など、いくつかの技術が既に確立し、本願発明の技術分野において広く用いられている。本発明においては、これらの方法を好適に用いることができる。
一旦、ゲノム内に本発明のDNAあるいは本発明のDNAが導入された形質転換植物体が得られれば、該植物体から有性生殖または無性生殖により子孫を得ることが可能である。また、該植物体やその子孫あるいはクローンから繁殖材料(例えば、種子、果実、切穂、塊茎、塊根、株、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に該植物体を量産することも可能である。本発明には、本発明のDNAが導入された植物細胞、該細胞を含む植物体、該植物体の子孫およびクローン、並びに該植物体、その子孫、およびクローンの繁殖材料が含まれる。
このようにして作出された再分化能が改変された植物体は、野生型植物体と比較して、その再分化能が変化している。例えば、イネアクチンプロモーターの制御下においてPSR1タンパク質をコードするDNAを導入した植物体では、その再分化能の増加が期待される。本発明の手法を用いれば、有用農作物であるイネにおいては、その再分化能を増加することができ、高再分化能イネ品種の育成の上で非常に有益である。
また、本発明は、配列番号:1もしくは2に記載の塩基配列またはその相補配列に相補的な少なくとも15の連続する塩基を含むポリヌクレオチドを提供する。ここで「相補配列」とは、A:T、G:Cの塩基対からなる2本鎖DNAの一方の鎖の配列に対する他方の鎖の配列を指す。また、「相補的」とは、少なくとも15個の連続したヌクレオチド領域で完全に相補配列である場合に限られず、少なくとも70%、好ましくは少なくとも80%、より好ましくは90%、さらに好ましくは95%以上(例えば、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上)の塩基配列の同一性を有すればよい。このようなDNAは、本発明のDNAの検出や単離を行なうためのプローブとして、また、増幅を行なうためのプライマーとして有用である。
さらに、本発明は、植物の再分化能の有無を判定する遺伝子診断方法を提供する。本発明において「植物の再分化能の有無を判定」とは、これまでに栽培されていた品種における再分化能の有無の判定に有効のみならず、交配や遺伝子組換え技術による新しい品種における再分化能の有無の判定も含まれる。この方法は特に日本型イネ品種の再分化能の有無の判定に有効である。
本発明の植物の再分化能の有無を評価する方法は、植物のPSR1タンパク質をコードするDNAおよびPSR1タンパク質の発現量を検出することを特徴とする。例えば、PSR1をコードするDNAまたはPSR1タンパク質の発現がコシヒカリの当該遺伝子およびタンパク質より高ければ、この被検植物は再分化能を持つ品種であると診断される。
本発明は植物の形質転換における選抜マーカーとしてのPSR1遺伝子の利用法についても提供する。これまでに用いられている、形質転換した植物細胞の選抜マーカー遺伝子としては、例えば抗生物質ハイグロマイシンに耐性であるハイグロマイシンホスホトランスフェラーゼ遺伝子、カナマイシンまたはゲンタマイシンに耐性であるネオマイシンホスホトランスフェラーゼ、除草剤ホスフィノスリシンに耐性であるアセチルトランスフェラーゼ遺伝子、およびビアラフォスに耐性であるビアラフォス耐性遺伝子等が挙げられる。これらの遺伝子を用いる場合は、選抜マーカー遺伝子の種類に従って適当な選抜用薬剤を含む公知の選抜用培地上で培養することにより形質転換された植物培養細胞を得る。これら薬剤耐性遺伝子に対してPSR1遺伝子を選抜マーカーとして利用する場合、形質転換する植物細胞がコシヒカリのような再分化能がないものであれば、選抜のための特別な薬剤等を用いることなく再分化能の獲得をマーカー形質として形質転換体を選抜できる。つまり非形質転換体は再分化できないためPSR1遺伝子の効果により再分化した個体が形質転換体とみなされる。また、再分化能を持つ植物細胞にPSR1遺伝子を選抜マーカーとして利用する場合は、選抜用培地に非形質転換体の生育が阻害される濃度の亜硝酸を加えることにより形質転換細胞を選抜することができる。従来の形質転換体の選抜に用いる上記の薬剤耐性遺伝子は微生物由来の遺伝子であるため、それら、遺伝子が残存する組換え農作物(GMO)は生態系への影響や人体への不安が問題視されている。しかしながら本発明のPSR1遺伝子による形質転換体の選抜方法によれば、それらの不安が軽減されるとともに安価な遺伝子組換え作物の開発が可能になるという利点を有する。
なお本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【図面の簡単な説明】
図1は、コシヒカリおよびカサラスの表現型を示すグラフおよび写真である。写真は、左側がコシヒカリ、右側がカサラスを示す。グラフは、コシヒカリ、カサラスの再分化能を1gカルスあたりの再分化個体数で表した。
図2は、再分化能QTLの染色体における位置を示す図である。
図3は、再分化能QTLの高精度連鎖MAPを示す図である。
図4は、相補性検定の結果を示す写真である。左側がベクターのみをコシヒカリに導入したもの、右側がカサラスの3F断片をコシヒカリに導入した場合の再分化の様子を示す。
図5は、コシヒカリNiRゲノム配列に対するカサラスNiRゲノムの変異部位を示す図である。模式図中のアラビア数字は挿入または欠失の塩基数を示す。黒四角はコード領域を示す。垂直線は置換部位を示す。枠内の配列は、コシヒカリ(上側)とカサラス(下側)におけるNiR遺伝子配列を比較した図である。四角で囲った部位はコシヒカリとカサラスで異なっていたアミノ酸を示す。斜体太字で示した領域は葉緑体移行ペプチドドメインを、点線下線で示した領域はフェレドキシン結合領域を、下線で示した部位は4Fe−4Sクラスターを示す。
図6は、コシヒカリとカサラスのカルスにおけるNiR遺伝子およびNiRタンパク質の発現量を比較した写真および図である。左写真上段はNiR遺伝子をsemi−quantitative RT−PCRで検出したもの、左写真中段は発現コントロールとしてイネユビキチン1遺伝子(Rubq1)をsemi−quantitative RT−PCRで検出したもの、左写真下段はNiRタンパク質の抗体を用いてウェスタンブロットハイブリダイゼーションによりNiRタンパク質を検出したもの、右のグラフはRubq1遺伝子の発現量を内部標準としてリアルタイム定量RT−PCRでNiR遺伝子の発現量を測定した結果を示す。RT−PCRのプライマー部位は図5に示す。
図7は、コシヒカリおよびカサラスのNiR組換えタンパク質の酵素活性を比較したグラフである。
図8は、NiR遺伝子の選抜マーカーとしての有効性を確認する実験結果を示す図および写真である。模式図は形質転換に用いたバイナリーベクターのT−DNA領域の図である。写真はそれぞれのベクターをコシヒカリに導入した場合の再分化の様子を示す。表は再分化個体におけるGUS染色個体の割合を示す。
図9は、アクチンプロモーターによりNiR遺伝子を過剰発現させるベクターをカサラスへ導入した場合のカルスの選抜結果を示す写真である。上段写真はカルスの選抜結果を示す。培地中には亜硝酸が添加されており形質転換体のaはNiR遺伝子の過剰発現の効果により増殖しているのに対してbの非形質転換体ではカルスの増殖が抑制されている。下段の写真はa,bカルスのGUS染色結果を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが本発明はこれら実施例に制限されるものではない。
〔実施例1〕 試験材料の選定および準同質遺伝子系統の作製
QTL解析を行う雑種集団の育成に先駆け、雑種集団の親となる品種の選定を試みた。まず、日本型イネ−数品種、インド型イネ−数品種の平均再分化能を調査し、両品種間で再分化能に明瞭な差が見られた日本型イネの「コシヒカリ」とインド型イネ「カサラス」2つの品種を選抜した(図1写真)。日本型品種「コシヒカリ」にインド型品種「カサラス」を交雑したF1個体に、コシヒカリを反復親とした戻し交雑と自殖を行い、BC1F1集団を作成後、BC1F2種子を採種した。各系統のBC1F2種子20粒ずつ用いてカルスを誘導培地で30日間培養した後、増殖したカルスを再分化培地に移植し、移植後30日経た時点で1粒あたりのカルス重とシュート数を計測し、各系統について20粒の平均値をとりそれを再分化能とした(図1グラフ)。各系統の遺伝子型は262個のPCRマーカーを用いて決定した。
これらのデータをもとに再分化能に関するQTL解析を行った結果、再分化能を増加させる効果を持つ4箇所のQTLを検出した(図2)。この内、第1番染色体短腕TGS2451マーカー近傍にカサラスのゲノムがコシヒカリに対して再分化能を増加させる効果の大きいQTL(PSR1;romoter of hoot egeneration 1)を見いだすことに成功した。返し戻し交雑とMASを用いて、PSR1準同質遺伝子系統(Nil−PSR1:コシヒカリの染色体にカサラスの第1染色体TGS2451マーカー近傍が置換した系統)を作製した。Nil−PSR1及びコシヒカリ(コントロール)の再分化能を調査し、QTL(PSR1)の存在を確認した。第1染色体短腕、TGS2451近傍がカサラスに置換した系統は平均で14.7倍再分化能を増加させた。
〔実施例2〕 PSR1の分離集団を用いた高精度連鎖解析
BC2F1集団の中からPSR1領域がカサラスに置換された30個体を選抜し、それらの種子(BC2F2種子)各10粒ずつを用いてカルスからDNAを抽出して分子マーカーにより遺伝子型を明らかにするとともに再分化能を調査し、連鎖解析を行った。その後さらに詳細な座乗領域の特定のためにPSR1が分離するBC3F2種子約3,800粒を用いて分子マーカーによる遺伝子型を調査し、高精度連鎖解析を行った。その結果、PSR1は分子マーカー3132とP182に挟まれる約50.8kb領域内に座乗することが明らかになった(図3)。この領域に存在する遺伝子を予想した結果、Hypothetical Proteinも含め4つの遺伝子の存在が示唆された。この内、どの遺伝子が再分化能遺伝子であるか同定するために、カサラスBACライブラリー(平均長120kb)を作成し、PSR1領域を含むBACクローン(BHAL15)をPCRスクリーニングにより単離した。BHAL15クローン内の適当な制限酵素部位を用いて各候補遺伝子領域を含むカサラスゲノム断片を調整しコシヒカリに導入したところ、フェレドキシン亜硝酸還元酵素をコードすると予想された遺伝子(NiR)を含むカサラスゲノム断片(図3の3F)を導入した場合にのみコシヒカリの再分化能がすることがわかった(図4)。このフェレドキシン亜硝酸還元酵素と予想された遺伝子領域およびその上流約2kbについてカサラスとコシヒカリの塩基配列を決定し比較したところ、多数の塩基配列の変異が見出された(図5)。
〔実施例3〕 培養困難品種の培養特性の改良
コシヒカリに再分化能を付与する目的でカサラスのPSR1遺伝子領域(ゲノム配列でもcDNA配列でも可。)をコシヒカリに導入すると高再分化能なコシヒカリが得られた(図4、図8、図9)。この時PSR1遺伝子の発現に用いるプロモーターはPSRプロモーターでもアクチンプロモーターのような恒常的プロモーターでも効果が見られた。
〔実施例4〕 PSR1遺伝子およびPSR1タンパク質の発現解析
semi−quantitative RT−PCRおよびリアルタイム定量PCRによりカルス中のNiR mRNAの発現量を調べたところ、カサラスではコシヒカリの約2.5倍量のmRNAが存在することが分かった(図6左写真上段、中段、および右のグラフ)。また、NiRタンパク質に特異的な抗体を用いたウェスタンブロット解析においても、コシヒカリよりカサラスでNiRタンパク質が多く蓄積されていることが分かった(図6左写真下段)。さらに大腸菌で発現誘導したNiR組換えタンパクを用いてナフチルエチレンジアミン法によりタンパク質量あたりのNiR酵素活性を比較した結果、カサラスのNiRタンパク質はコシヒカリの約1.6倍高い酵素活性を示すことが分かった(図7)。以上の結果から、コシヒカリとカサラスの再分化能の違いは、第一にNiR遺伝子の転写調節レベルの違いによるものであり、第二に合成されたタンパク質1分子あたりの活性の違いも要因となっていることが明らかになった。
〔実施例5〕 再分化能を選抜形質とする形質転換
カサラスPSR1遺伝子をコシヒカリに導入すると再分化しないコシヒカリに再分化能を付与することができる。このことは、コシヒカリの形質転換を行う際に、カサラスPSR1遺伝子を選抜マーカーとして利用することが可能であることを示している。すなわち、カサラスPSR1遺伝子と目的遺伝子を並列に組み込んだベクターをコシヒカリに導入すると、PSR1遺伝子が導入された細胞のみが再分化能を獲得するため、再分化した植物体には同時に目的遺伝子も導入されていると予想される。そこでこの考えを実証するために、バイナリーベクターpBI101のT−DNA領域内にカサラスNiR genome + 35S promoter GUS,カサラスNiR promoter::NiR cDNA::NiR terminator + 35S promoter GUS,イネ Actin1 promoter::NiR cDNA::NiR terminator + 35S promoter GUSを含むベクター、およびNiR遺伝子を含まないベクターを構築し、コシヒカリに導入した。その結果、NiR遺伝子を含む3種類のベクターの導入では多数の再分化個体が得られ、かつそれらが由来するカルスではGUS遺伝子による染色が認められた(図8)。
さらに、毒性を示す亜硝酸を代謝する性質を有するNiR遺伝子の特徴を利用すると、高再分化能品種への形質転換においてもNiR遺伝子をマーカーとして利用できた。具体的には、イネの高発現プロモーターの1つであるアクチンプロモーター制御下でNiR遺伝子を過剰発現させるベクターを高再分化品種カサラスに導入し、通常の野生型では増殖抑制される濃度の亜硝酸を添加した培地上において培養した。過剰に発現させたNiR遺伝子の効果により形質転換細胞のみが増殖し、増殖した細胞にのみGUS染色が認められた(図9)。この選抜方法を用いることにより、従来の微生物由来の抗生物質耐性遺伝子を選抜マーカーとする場合に比べて抗生物質のコストが削減できる上に、再分化した植物体には微生物の遺伝子が含まれないため、より環境に考慮した組換え植物の作成も可能になる。
産業上の利用の可能性
近年、有用植物の開発や遺伝子の機能解析などにおいて形質転換法を用いた研究が加速している。形質転換法は交配と選抜を主体とする従来育種では不可能な生物種を超えた遺伝子利用が可能なため、これまでにない新たな植物を作出できる可能性がある。また次々と解明されるゲノム配列解読を受け、個々の遺伝子機能の解明を目的とした遺伝子破壊や発現制御解析なども形質転換法を利用して行われている。一般に形質転換植物を作製する場合、導入したい遺伝子と抗生物質などの薬剤耐性マーカー遺伝子とを共に含むプラスミドベクターをアグロバクテリウム法や電気穿孔法(エレクトロポレーション法)などで植物細胞に導入し、薬剤処理により形質転換細胞を選抜する。選抜した形質転換細胞は細胞増殖を経て植物体へと再分化される。つまりこのような形質転換法を利用するためには組織培養技術の確立が不可欠である。また組織培養技術は、形質転換法だけでなく、培養変異による変異体の作出、細胞融合や胚珠培養による品種育成、遺伝形質の固定や育種年数の短縮などにも非常に有効である。
イネは主要穀物の中ではもっとも培養技術の利用が進んでいる植物ではあるが、その培養特性が品種により大きく異なることが問題とされている。特にコシヒカリやあきたこまちなどの日本における主要品種や熱帯地方で栽培されている多くのインド型品種は培養が困難であり、これらの品種は組織培養の材料にすることができない。このような培養特性の品種間差はイネに限らず多くの植物に共通して見られる現象であるが、その原因の解明は進んでいない状況にある。
発明者らによる再分化能に関与する遺伝子の単離により、高再分化能形質を分子マーカーを用いて、効率的に選抜したり(マーカー選抜育種)、分子生物学的手法を用いた再分化能の改良が可能になった(分子育種)。またPSR1遺伝子を選抜マーカーとして利用することにより、より安価で環境影響に配慮した形質転換植物の作成法が可能となった。
イネ、トウモロコシ、コムギ、オオムギなどの穀類は、人類の主要エネルギー源となっており、人類にとって最も重要な植物である。これら穀類はすべてイネ科に属し、同一祖先から進化したと考えられており、お互いに高い遺伝子の相同性(ゲノムシンテニー)を有する。この中で最もゲノムサイズが小さい穀物がイネであり、イネが穀類のモデル植物として利用されている所以でもある。イネの遺伝子はその類縁のムギやトウモロコシゲノム中にも存在し、イネで単離された遺伝子はムギやトウモロコシから容易に単離する事が出来るばかりか、ムギやトウモロコシなどの穀物育種へ直接応用することも可能となるので、本遺伝子は、イネのみならず、広く植物に応用可能と思われる。
【配列表】




































































【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物の再分化能に関与する、下記(a)から(d)のいずれかに記載のDNA。
(a)配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA。
(b)配列番号:1もしくは2に記載の塩基配列のコード領域を含むDNA。
(c)配列番号:3に記載のアミノ酸配列において1または複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、および/または挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質をコードするDNA。
(d)配列番号:1もしくは2に記載の塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNA。
【請求項2】
配列番号:3に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質の部分ペプチドをコードするDNA。
【請求項3】
配列番号:1もしくは2に記載の塩基配列のプロモーター領域を含むDNA。
【請求項4】
請求項1または請求項2に記載のDNAを含むベクター。
【請求項5】
請求項3に記載のDNAを含むベクター。
【請求項6】
請求項4に記載のベクターが導入された宿主細胞。
【請求項7】
請求項4に記載のベクターが導入された植物細胞。
【請求項8】
請求項7に記載の植物細胞を含む形質転換植物体。
【請求項9】
請求項8に記載の形質転換植物体の子孫またはクローンである、形質転換植物体。
【請求項10】
請求項8または請求項9に記載の形質転換植物体の繁殖材料。
【請求項11】
請求項1または請求項2に記載のDNAを植物細胞に導入し、該植物細胞から植物体を再生させる工程を含む、形質転換植物体の製造方法。
【請求項12】
請求項1または請求項2に記載のDNAによりコードされるタンパク質。
【請求項13】
請求項6に記載の宿主細胞を培養し、該細胞またはその培養上清から組換えタンパク質を回収する工程を含む、請求項12に記載のタンパク質の製造方法。
【請求項14】
請求項12に記載のタンパク質に結合する抗体。
【請求項15】
配列番号:1もしくは2に記載の塩基配列またはその相補配列に相補的な少なくとも15の連続する塩基を含むポリヌクレオチド。
【請求項16】
請求項1または請求項2に記載のDNAを植物体の細胞内で発現させる工程を含む、植物の再分化能を増加させる方法。
【請求項17】
請求項1もしくは請求項2に記載のDNA、または請求項4に記載のベクターを有効成分とする、植物の再分化能を改変する薬剤。
【請求項18】
植物細胞における再分化能を判定する方法であって、植物細胞における請求項1に記載のDNAまたは請求項12に記載のタンパク質の発現を検出する工程を含む方法。
【請求項19】
植物細胞における再分化能を判定する方法であって、植物細胞における請求項12に記載のタンパク質の活性を検出する工程を含む方法。
【請求項20】
植物における内因性の請求項12に記載のタンパク質の活性を制御することを特徴とする、植物の再分化能を改良する方法。
【請求項21】
形質転換植物細胞の選抜方法であって、
(a)請求項1または請求項2に記載のDNAを選抜マーカーとして該DNAを含むベクターを植物細胞に導入する工程、および
(b)該植物細胞を培養し、再分化能を獲得した植物細胞を選抜する工程、
を含む方法。
【請求項22】
植物における内因性の請求項1または請求項2に記載のDNAを交配により置換することを特徴とする、植物の再分化能を改変する方法。

【国際公開番号】WO2005/012520
【国際公開日】平成17年2月10日(2005.2.10)
【発行日】平成18年9月21日(2006.9.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−512596(P2005−512596)
【国際出願番号】PCT/JP2004/011307
【国際出願日】平成16年7月30日(2004.7.30)
【出願人】(000005326)本田技研工業株式会社 (23,863)
【出願人】(504139662)国立大学法人名古屋大学 (996)
【Fターム(参考)】