説明

植物細胞壁の誘導方法

【課題】植物の柔細胞を厚壁細胞に変換する方法を提供する。
【解決手段】植物又は植物細胞において、その柔細胞を厚壁細胞に変換するための融合タンパク質をコードする核酸であって、該融合タンパク質が、厚壁細胞の生成に関与する転写因子配列、ウイルス由来の転写活性化ドメイン配列、及び薬剤による一過的転写活性化を誘導するための哺乳動物由来の転写活性化誘導ドメイン配列を含むことを特徴とする上記核酸、該核酸を含むベクター、並びに、柔細胞が厚壁細胞に変換されている植物の作出方法

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物の柔細胞を厚壁細胞に変換するための融合タンパク質をコードする核酸、並びに、該核酸を含むベクターに関する。
本発明はまた、上記核酸又はベクターを含み、柔細胞が厚壁細胞に変換されている植物又は植物細胞、或いは、該植物由来の細胞、組織又は種子に関する。
本発明はさらに、上記核酸又はベクターを使用して上記植物又は植物細胞を作出する方法に関する。
本発明はさらにまた、上記核酸又はベクターを使用して、植物の柔細胞を厚壁細胞に変換するための方法に関する。
本発明はさらに、上記植物又は植物細胞からのセルロース系成分の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明者ら及び国内外の研究者らは、厚壁細胞である木部道管、木部繊維細胞などで特異的に機能する一部のNAC転写因子ファミリーをカリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーターなどの恒常的プロモーターで過剰発現させることで、一部の柔細胞が厚壁細胞に変換した植物体(シロイヌナズナ、ポプラ、タバコ培養細胞)の作出に成功している(非特許文献1〜6)。厚壁細胞の二次細胞壁はバイオエタノールの原料となるセルロース分子を主成分とすることから、これらNAC転写因子を利用することで、産業上有用な植物や培養細胞の作出が期待できる。しかしながら、CaMV 35Sプロモーターなどを用いた単純な過剰発現で厚壁細胞に変換する頻度は非常に低く約5%以下であるため(非特許文献1〜6)、産業上有用な植物や培養細胞を作出するためには、高頻度で柔細胞が厚壁細胞に変換する技術が求められる。
【0003】
厚壁細胞の二次細胞壁をバイオリファイナリーに産業利用するとき、二次細胞壁に含まれる3種の主成分、すなわち、セルロース、ヘミセルロース、リグニンの比率の違いが問題となる。特に、バイオエタノールの製造ではリグニンを二次細胞壁から除去するためのコストが大きく、リグニン含量の低い二次細胞壁をもつ樹木の開発が進められている。
【0004】
従って、NAC転写因子を用いて産業上有用な効果を得るためには、リグニン含量の低い二次細胞壁をもつ厚壁細胞を高頻度に誘導する新規な方法の開発が必要とされていた。
【0005】
【非特許文献1】Kubo et al., 2005. Genes & Dev. 19: 1855-1860
【非特許文献2】Mitsuda et al., 2005. Plant Cell 17: 2993-3006
【非特許文献3】Zhong et al. 2006. Plant Cell 18:3158-3170
【非特許文献4】Zhong et al. 2007. Planta 225:1603-1611
【非特許文献5】Mitsuda et al., 2007. Plant Cell 19: 270-280
【非特許文献6】Ko et al., 2007. Plant Journal 50: 1035-1048
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
植物細胞は、一次細胞壁と呼ばれる薄い細胞壁をもつ柔細胞と、二次細胞壁と呼ばれる厚い細胞壁をもつ厚壁細胞とに大別できる。この厚壁細胞の二次細胞壁は、バイオリファイナリーの原料となるセルロース分子等を主成分とするので、利用価値がある。
【0007】
本発明は、従来の約5%程度の低変換率を大きく改善するための、柔細胞を厚壁細胞に効率よく変換する方法を提供し、さらにまた、この方法を利用して、柔細胞が厚壁細胞に変換された植物及び植物細胞を提供することを目的とする。
【0008】
このような植物及び植物細胞は、セルロース系成分の含量が野生型に比べて増加しているため、バイオリファイナリーの原料として有用であると考えられる。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、植物の厚壁細胞の中でも道管に特異的なNAC転写因子ファミリーなどの厚壁細胞の生成に関与する転写因子と、転写を活性化するドメインと、転写活性化を誘導するドメインとを組み合わせた融合タンパク質を植物又は植物細胞内に存在させることによって、柔細胞が厚壁細胞に、従来と比べて格別高い効率で変換されることを初めて見出した。
<発明の概要>
本発明は、要約すると、以下の特徴を含む。
(1) 植物又は植物細胞において、その柔細胞を厚壁細胞に変換するための融合タンパク質をコードする核酸であって、該融合タンパク質が、厚壁細胞の生成に関与する転写因子配列、ウイルス由来の転写活性化因子配列、及び薬剤による一過的転写活性化を誘導するための転写活性化誘導因子配列を含むことを特徴とする、上記核酸。
(2) 上記転写因子が、NAC転写因子ファミリーの転写因子である、上記(1)に記載の核酸。
(3) 上記NAC転写因子ファミリーの転写因子が、VND6又はVND7のいずれかである、上記(2)に記載の核酸。
(4) 上記転写活性化ドメインが、単純ヘルペスウイルス由来VP16タンパク質の転写活性化ドメインである、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の核酸。
(5) 上記転写活性化誘導ドメインが、グルココルチコイド受容体のホルモン結合ドメインである、上記(1)〜(4)のいずれかに記載の核酸。
【0010】
(6) 前記転写因子配列、転写活性化ドメイン配列及び転写活性化誘導ドメイン配列が、この順序で、上記融合タンパク質のN末端側からC末端側に向かって配置されている、上記(1)〜(5)のいずれかに記載の核酸。
(7) 上記融合タンパク質が、配列番号1又は配列番号2に示されるアミノ酸配列を含むか、或いは、前記融合タンパク質が、配列番号1又は配列番号2に示されるアミノ酸配列を含むか、或いは前記アミノ酸配列と90%以上の同一性を有する異なるアミノ酸配列を含みかつ柔細胞を厚壁細胞に変換するための能力を有する、上記(1)〜(6)のいずれかに記載の核酸。
(8) 上記核酸が、配列番号3又は配列番号4に示される塩基配列を含むか、或いは前記塩基配列と90%以上の同一性を有する異なる塩基配列を含みかつ該異なる塩基配列によってコードされるタンパク質が柔細胞を厚壁細胞に変換するための能力を有する、上記(1)〜(7)のいずれかに記載の核酸。
(9) 上記(1)〜(8)のいずれかに記載の核酸を含むベクター。
(10) 制御配列をさらに含む、上記(9)に記載のベクター。
【0011】
(11) 制御配列が、プロモーターである、上記(10)に記載のベクター。
(12) 上記(1)〜(8)のいずれかに記載の核酸、或いは上記(9)〜(10)のいずれかに記載のベクター、によって形質転換された植物細胞。
(13) 上記(1)〜(8)のいずれかに記載の核酸を含み、これによって柔細胞が厚壁細胞に変換されていることを特徴とする植物又は植物細胞。
(14) 野生型対照と比べてセルロース成分含量が増加している、上記(13)に記載の植物又は植物細胞。
(15) 野生型対照と比べてリグニン含量が低下している、上記(13)又は(14)に記載の植物又は植物細胞。
【0012】
(16) 上記植物が後代である、上記(13)〜(15)のいずれかに記載の植物。
(17) 上記(13)〜(16)のいずれかに記載の植物の種子。
(18) 上記(13)〜(16)のいずれかに記載の植物由来の細胞又は組織。
(19) 柔細胞が厚壁細胞に変換されている植物の作出方法であって、野生型植物細胞又は組織を準備し、該細胞又は組織を、上記(1)〜(8)のいずれかに記載の核酸或いは上記(9)〜(11)のいずれかに記載のベクターで形質転換し、並びに、得られた形質転換細胞又は組織から前記植物を再生することを含む、上記方法。
(20) 植物の柔細胞を厚壁細胞に変換する方法であって、野生型植物細胞を、上記(1)〜 (8)のいずれかに記載の核酸或いは上記(9)〜(11)のいずれかに記載のベクターで形質転換し、得られた形質転換細胞を培養することを含む、上記方法。
(21) 上記(12)〜(16)のいずれかに記載の植物又は植物細胞からセルロース系成分を回収することを含む、セルロース系成分の製造方法。
【0013】
<定義>
本明細書中で使用する用語は、以下の意味を包含するが、これらの意味に制限されないことを意図している。
【0014】
「植物」とは、その植物細胞において、柔細胞と厚壁細胞とを有するすべての植物を指し、このなかには、双子葉植物、単子葉植物、裸子植物、樹木などが含まれる。
「柔細胞」とは、植物細胞において一次細胞壁と呼ばれる薄い細胞壁もつ細胞を指す。
「厚壁細胞」とは、植物細胞において二次細胞壁と呼ばれる厚い細胞壁をもつ細胞を指す。
「融合タンパク質」とは、複数の異なるタンパク質又はポリペプチドを含んでなる分子であり、これらのタンパク質又はポリペプチドは、リンカーを介して又はリンカーを介さないで結合している分子をいう。
「転写因子」とは、通常、DNAからRNAを合成する転写反応において、転写酵素RNAポリメラーゼ以外の必要とされるタンパク質性因子を指す。
【0015】
「転写活性化ドメイン」とは、転写を引き起こす作用そのものには働かないが、転写を制御(本発明の場合、活性化)する役割を有するタンパク質性因子を指す。
「転写活性化誘導ドメイン」とは、上記転写活性化因子の働きを誘導するタンパク質性因子を指し、通常、該転写活性化誘導ドメインは、それを制御する誘導剤とともに、上記転写活性化ドメインの働きを誘導し、それによって上記転写因子を調節する役割を有する。
「NAC転写因子ファミリー」とは、植物特有の転写因子群であり、N末端側にNAC(NAM, ATAF1,2, CUC2)ドメインをもつことを特徴とする(Olsen et al., 2005. Trends in Plant Sci. 10: 79-8)。本発明において、該ファミリーに属するNAC転写因子類は、厚壁細胞の生成に関与する、あるいは、厚壁細胞で特異的に機能する、転写因子である。このような転写因子として、例えばVND1〜VND7などが含まれる。ここで、VNDは、Vascular-related NAC-Domainの略称として使用されている。
「核酸」とは、DNA、RNA、又はそれらの化学修飾誘導体を指す。
「セルロース系成分」とは、セルロース及び/又はヘミセルロースからなるセルロース系多糖類を指し、本明細書で「セルロース系成分」というときには、セルロースを主成分(例えば、50%以上、60%以上、70%以上など)とする。
【0016】
本明細書で使用するその他の用語の定義は、当該分野で一般的に使用される意味を包含するものとする。
【発明の効果】
【0017】
本発明により、柔細胞が厚壁細胞に変換された植物及び植物細胞を得ることができる。このような変換によって、野生型と比較してセルロース系成分が増加すること、リグニン含量が低下することなどの特長が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下において、本発明をさらに詳細に説明する。
<融合タンパク質をコードする核酸>
本発明は、その第1の態様において、植物又は植物細胞において、その柔細胞を厚壁細胞に変換するための融合タンパク質をコードする核酸であって、該融合タンパク質が、厚壁細胞の生成に関与する転写因子配列、ウイルス由来の転写活性化ドメイン配列、及び薬剤による一過的転写活性化を誘導するための哺乳動物由来の転写活性化誘導ドメイン配列を含むことを特徴とする上記核酸を提供する。
【0019】
上記融合タンパク質において、転写因子配列、転写活性化ドメイン配列及び転写活性化誘導ドメイン配列の順序は、特に制限されないものとし、該融合タンパク質のN末端側からC末端側に向かって、上記のような配列順序の他に、例えば、転写活性化誘導ドメイン配列、転写活性化ドメイン配列、転写因子の順序、転写活性化ドメイン配列、転写因子、転写活性化誘導ドメイン配列の順序などであってもよく、好ましくは、転写因子配列、転写活性化ドメイン配列及び転写活性化誘導ドメイン配列の順序である。
【0020】
上記転写因子配列、転写活性化ドメイン配列及び転写活性化誘導ドメイン配列の配列間には、リンカーが存在してもよいし、或いは、リンカーが存在しなくてもよい。リンカーとしてペプチド性リンカーが好ましく、該リンカーのアミノ酸数は、通常、1〜50の整数、例えば1〜30、1〜20、1〜10の整数などである。ペプチド性リンカーの例は、上記タンパク質因子をコードする核酸同士を連結するための制限酵素認識配列などによってコードされるペプチドである。
【0021】
転写因子配列、転写活性化ドメイン配列及び転写活性化誘導ドメイン配列は、上に定義した意味を有している。
【0022】
転写因子は、厚壁細胞の生成に関与する転写因子のいずれかであり、例えば、NAC転写因子ファミリーに属する転写因子である。
【0023】
NAC転写因子ファミリーに属する転写因子としては、VND転写因子、NST転写因子、SND転写因子などが挙げられる。好ましい転写因子は、VND転写因子、例えばVND1〜VND7、好ましくはVND6及びVND7の転写因子である。これらの転写因子は、植物の科、属又は種によって配列、活性などについて個々に異なると考えられるため、植物の種類に応じて適する転写因子を選択すればよい。例えば、シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)のVND6のアミノ酸配列及び塩基配列は、AGI code At5g62380またはGenBank accession No. BT026510(配列番号5及び6)として、また、シロイヌナズナのVND7のアミノ酸配列及び塩基配列は、AGI code At1g71930またはGenBank accession No.BT026447(配列番号7及び8)としてそれぞれ登録されている。これらの登録されたアミノ酸又は塩基配列を利用して、これらの配列と、例えば50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、90%以上、95%以上又は98%以上の同一性を有する他の植物由来のホモログ配列を、植物ゲノムを公開する、例えばNCBI(米国)、EBI(欧州)、KAOS(かずさDNA研究所)、IRGSP(国際イネゲノム塩基配列解析プロジェクト)、GrainGenes(米国)、PGDIC(米国)、ForestGEN(森林総合研究所)などのwebサイトにアクセスすることによって入手することができる。
【0024】
転写活性化ドメインとしては、上記転写因子の活性を高める作用を有するものであれば特に制限されない。このような転写活性化ドメインの例は、大腸菌由来、ウイルス(例えば単純ヘルペスウイルスなど)由来、動物由来、植物由来の転写活性化因子などである。本発明の実施形態によれば、転写活性化ドメインは、単純ヘルペスウイルス由来VP16タンパク質の転写活性化ドメイン(GenBank accession No. M15621;配列番号9(アミノ酸配列)、配列番号10(塩基配列))である。
【0025】
転写活性化誘導ドメインとしては、一過的に転写因子の転写活性化を誘導する作用を有するものであれば、その由来、配列、活性などについて特に制限されない。ここで、「一過的」とは、誘導剤が存在したときに転写因子の活性化を誘導し、誘導剤の非存在下では該活性化を誘導しないことを意味する。このような転写活性化誘導ドメインの例は、ステロイドホルモン受容体のホルモン結合ドメイン、例えば動物由来のグルココルチコイド受容体、エストロゲン受容体などの受容体のホルモン結合ドメインなどである。本発明の実施形態によれば、転写活性化誘導ドメインは、哺乳動物由来のグルココルチコイド受容体、例えばラット、マウスなどのげっ歯類由来のグルココルチコイド受容体(それぞれNM_012576、NM_008173)のホルモン結合ドメイン(GR)である。例えばラットグルココルチコイド受容体のホルモン結合ドメイン(GR)配列は、GenBank accession No. AY066016として登録されている(配列番号11(アミノ酸配列)、配列番号12(塩基配列))。
【0026】
本発明の実施形態によれば、上記融合タンパク質は、VND6-VP16-GR(配列番号1)又はVND7-VP16-GR(配列番号2)である。また、該融合タンパク質をコードする塩基配列は、VND6-VP16-GR(配列番号3)又はVND7-VP16-GR(配列番号4)である。
【0027】
本発明では、上記の融合タンパク質又はその構成ポリペプチドのアミノ酸配列、或いは該融合タンパク質又はポリペプチドのアミノ酸配列をコードする塩基配列、に1又は複数のアミノ酸又はヌクレオチドの変異が含まれていてもよく、この場合、転写因子としての活性を保持しているべきである。このような変異は、天然での突然変異であっても人為的変異であってもよく、例えば、アミノ酸配列における変異は、保存的アミノ酸置換、非保存的アミノ酸変異などを含むことが可能であるし、一方、塩基配列における変異は、遺伝暗号の縮重に基づく変異(サイレント変異など)、スプライス変異、多型による変異などを含むことができる。
【0028】
これらの変異体は、上記の特定の配列(配列番号1〜12)の各々と50%以上、60%以上、70%以上、80%以上、85%以上、90%以上、93%以上、95%以上、又は98%以上の同一性を有するものであるか、或いは、該特定の配列において、1もしくは数個のアミノ酸又はヌクレオチドの置換、欠失、付加又は挿入を含む配列を有するものである。或いは、上記特定の配列が塩基配列である場合には、該塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズ可能な塩基配列からなる変異体も包含する。ここで、数個とは、通常、10以下の整数を指す。
【0029】
ストリンジェントな条件とは、例えば、約42〜55℃、2〜6×SSCでのハイブリダイゼーションののち、50〜65℃、0.1〜1×SSC、0.1〜0.2% SDSでの1回もしくは複数回の洗浄からなる条件を含むが、このような条件は、鋳型核酸のGC含量、イオン強度、温度などによって変化するため、上記の特定の条件に制限されないものとする。ここで、1×SSCは、0.15M NaCl、0.015M クエン酸Na、pH7.0からなる。一般に、ストリンジェントな条件は、規定されたイオン強度、pHでの特定の配列の融解温度(Tm)よりも約5℃低くなるように設定される。ここで、Tmは、鋳型配列に相補的なプローブの50%が、平衡状態で鋳型配列にハイブリダイズする温度をいう。
【0030】
保存的アミノ酸置換とは、例えば構造的、電気的、極性もしくは疎水性などの性質が類似したアミノ酸間の置換を意味する。このような性質は、例えばアミノ酸側鎖の類似性で分類することも可能である。塩基性側鎖を有するアミノ酸は、リシン、アルギニン、ヒスチジンからなり、酸性側鎖を有するアミノ酸は、アスパラギン酸、グルタミン酸からなり、非荷電極性側鎖を有するアミノ酸は、グリシン、アスパラギン、グルタミン、セリン、トレオニン、チロシン、システインなどを含み、疎水性側鎖を有するアミノ酸は、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、メチオニンなどを含み、分岐側鎖を有するアミノ酸はトレオニン、バリン、イソロイシンからなり、ならびに、芳香族側鎖を有するアミノ酸は、チロシン、トリプトファン、フェニルアラニン、ヒスチジンからなる。
【0031】
スプライス変異は、ゲノムから転写された前駆体RNAから、スプライシング(切断)によって、該RNA上のイントロン配列が除去されてmRNAに変換される際に、ドナーサイト又はアクセプターサイトに変異が生じることを意味し、このとき生じるmRNAは、前記サイトでの切断が起こらないため、イントロン配列の一部を保持することになる。
【0032】
人為的に変異を導入する手法として、例えば部位特異的突然変異誘発法、PCRを利用する変異導入法などが好ましく使用できる(Sambrookら(下記)、Ausubelら(下記)など)。
【0033】
本明細書中で使用する「同一性」パーセンテージは、例えば2つのアミノ酸配列又は塩基配列を、ギャップを導入するか又はギャップを導入しないで整列させたとき、アミノ酸又は塩基の総数に対する同一アミノ酸又は塩基の数の割合(%)を意味する。
【0034】
ホモログ配列の検索或いは相同性検索は、BLAST (BLASTN, BLASTP, BLASTXなど)、FASTAなどの公知のアルゴリズムを利用することによって実施できる。
【0035】
本発明の融合タンパク質をコードする核酸及び該核酸を含むベクターは、例えば遺伝子組換え技術によって製造することができる。遺伝子組換え技術は、例えばSambrookら, Molecular Cloning A Laboratory Manual, 1989, Cold Spring Harbor Laboratory Press、Ausubelら, Current Protocols in Molecular Biology, 1994, John Wiley & Sonsなどに記載される手法を利用することができる。
【0036】
簡単に説明すると、融合タンパク質を構成する各ポリペプチドをコードするDNAを公知のクローニング手法、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)法などを使用して、該ポリペプチドをコードする遺伝子が発現される生物組織由来のライブラリーから増幅したのち、適当な制限酵素認識配列を該DNAの末端に形成し、適当な発現ベクターのマルチクローニングサイトに、上記転写因子配列、転写活性化ドメイン配列、転写活性化誘導ドメイン配列を各々コードする3つのDNAを意図する順番で挿入し、これによってベクターを得ることができる。また、このとき、ベクターから、クローニング又はPCRによって、本発明の核酸を増幅することができる。
【0037】
本発明においては、柔細胞を厚壁細胞に変換するために、植物又は植物細胞は、上記融合タンパク質をコードする核酸が発現可能なように該核酸で形質転換される。このため、植物における形質転換に適したベクターが通常使用されうる。このようなベクターの好ましい例は、バイナリーベクターである。バイナリーベクターは、アグロバクテリウムT-DNAのライトボーダー(RB)とレフトボーダー(LB)の2つの約25bpボーダー配列を含み、両ボーダー配列の間に、外来核酸(本発明の場合、融合タンパク質をコードする核酸)が挿入される。この外来核酸の5’末端には、プロモーターが連結される。プロモーターの例は、カリフラワーモザイクウイルス(CaMV)35Sプロモーター、ノパリン合成酵素遺伝子プロモーター、トウモロコシユビキチンプロモーター、オクトピン合成酵素遺伝子プロモーター、イネアクチンプロモーターなどである。また、外来遺伝子の3’末端にはターミネーター(例えばノパリン合成酵素遺伝子ターミネーター)が挿入される。ベクターにはさらに、形質転換細胞を選抜するために必要な選択マーカーが挿入される。選択マーカーの例は、薬剤耐性遺伝子であるカナマイシン耐性遺伝子(NPTII)、ハイグロマイシン耐性遺伝子(htp)、ビアラホス耐性遺伝子(bar)などである。
【0038】
本発明の実施形態によれば、使用可能な上記バイナリーベクターは、pBI系(例えば、pBI101, pBI101.2, pBI101.3, pBI121, pBI221 (以上Clontech社))、pGA482、pGAH、pBIGなどである。他のベクターには、中間系プラスミドpLGV23Neo、pNCAT、pMON200など、又はGATEWAYカセットを含むpH35GS(Kuboら, 2005. Genes & Dev. 19: 1855-1860)などである。これらのベクターを利用する、本発明の融合タンパク質をコードする核酸を挿入したベクターの構築法は、図1及び図5にそれぞれ示されている。ここで挿入された核酸の具体例は、VND6-VP16-GR又はVND7-VP16-GRをコードする、それぞれ配列番号3又は配列番号4で示される塩基配列を有している。本発明の実施形態により、該核酸は、配列番号3又は4に示される塩基配列を含むか、或いは前記塩基配列と90%以上の同一性を有する異なる塩基配列を含みかつ該異なる塩基配列によってコードされるタンパク質が柔細胞を厚壁細胞に変換するための能力を有する塩基配列を含むことができる。
【0039】
本発明のベクターは、制御配列を含むことができ、制御配列には、上記例示のプロモーター、ターミネーターなどが含まれる。ベクターにはさらに、上記例示の選択マーカーを含むことができる。
【0040】
<植物の形質転換>
上記のようにして構築したベクターを植物に導入する形質転換法としては、アグロバクテリウムを用いた方法を例示することができるが、それ以外にも、遺伝子銃、エレクトロポレーション、ウイルスベクター、フローラルディップ法、リーフディスク法などによっても、導入することができる。植物の形質転換技術や組織培養技術に関しては、例えば島本功、岡田清孝監修、植物細胞工学シリーズ15、モデル植物の実験プロトコール、遺伝学的手法からゲノム解析まで、秀潤社(2001年)に記載されている。
【0041】
本発明では、ベクターに挿入された、融合タンパク質をコードするDNAは、厚壁細胞の生成に関与する転写因子を含み、さらに転写因子を活性化するための因子と、転写活性化を誘導するための因子とを含むことを特徴としているため、形質転換後に、例えば転写活性化を誘導する物質(例えば、グルココルチコイド、デキサメタゾン、エストロゲン、それらの誘導体などのステロイドホルモン)を培地に添加することによって、或いは植物表面に該物質(施用濃度は限定されないが、例えば約1nM〜約100μM)を散布又は噴霧することによって、柔細胞が厚壁細胞に変換されうる。
【0042】
したがって、本発明は、柔細胞が厚壁細胞に変換されている植物の作出方法であって、野生型植物細胞又は組織を準備し、該細胞又は組織を、本発明の核酸或いはベクターで形質転換し、並びに、得られた形質転換細胞又は組織から前記植物を再生することを含む方法を提供する。
【0043】
ベクターとして、バイナリーベクター−アグロバクテリウム系を利用する方法では、植物細胞(カルスを含む)又は植物組織片を準備し、これにアグロバクテリウムを感染させて、本発明の融合タンパク質コード核酸を植物細胞内に導入する。形質転換においては、培地にフェノール化合物(アセトシリンゴン)を添加してもよく、特に単子葉植物においては、該細胞は効率よく形質転換されうる。また、アグロバクテリウムとしては、Agrobacterium tumefaciens菌株(C58, LBA4404, EHA101, EHA105, C58C1RifRなど)が使用されうる。
【0044】
形質転換用培地は、固体培地であり、例えばMS培地、B5培地、DKN培地、Linsmaier & Skoog培地などの植物培養用培地を基本培地として、これに1〜5%のマルトース、蔗糖、グルコース、ソルビトールなどの糖類、及び0.2〜1%の寒天、アガロース、ゲルライト、ゲランガムなどの多糖類固化剤を添加することができる。培地には、カザミノ酸、アブシジン酸、カイネチン、2,4-D、インドール酢酸、インドール酪酸などのオーキシン類やサイトカイニン類、カナマイシン、ハイグロマイシン、カルベニシリンなどの抗生物質、アセトシリンゴンなどを添加することができる。培地の好適pHは、5〜6、例えばpH5.5〜5.8である。
【0045】
具体的には、アグロバクテリウムの菌液を暗所、約25℃、約4日間での培養により調製し、この菌液に植物カルス又は組織(例えば葉片、根、茎片、成長点など)を数分間浸漬し、水分を除いたのち、固体培地に置床して共存培養する。カルスは、植物細胞塊であり、植物組織片又は完熟種子などからカルス誘導培地を用いて誘導することができる。形質転換されたカルス又は組織片を選択マーカーに基づいて選択し、その後、カルスについては、再分化培地にて幼植物体に再分化させることができる。一方、植物片については、植物片からカルスを誘導して幼植物体に再分化させるか、或いは植物片からプロトプラストを調製し、カルス培養を経て幼植物体に再分化させることができる。このようにして得られた幼植物体を発根後に土壌に移し植物体に再生する。
【0046】
後述の実施例ではフローラルディップ法により形質転換を行った。この方法は、例えばCloughとBent(Plant J.16, 735-743 (1998))らによって記載されるように、例えばアグロバクテリウムの菌液を暗所、約25℃、約4日間での培養により調製し、この菌液に未熟な花芽が発達するまで生育させた形質転換対象の植物宿主の花芽を10秒間浸漬し、覆いをして一晩湿度を保つ;翌日覆いを取り、植物をそのまま生育させて種子を収穫する;形質転換された個体は、適切な選択マーカー例えば抗生物質を加えた固体培地上に収穫した種子を播種することで選択することができる;このようにして選択した個体を土壌に移し生育させることにより、形質転換植物の次世代の種子を得ることができる方法からなる。
【0047】
本発明はまた、本発明の核酸或いはベクターによって形質転換された植物細胞を提供する。本発明の植物又は植物細胞は、本発明の上記核酸を含み、これによって柔細胞が厚壁細胞に変換されていることを特徴とする。
【0048】
柔細胞が厚壁細胞に変換されたかどうかは、例えば共焦点顕微鏡又は微分干渉顕微鏡を用いて細胞を観察することによって行うことができる。厚壁細胞に変換された場合、該細胞の二次細胞壁はサフラニン染色により共焦点顕微鏡で蛍光を発するか、或いは該細胞の二次細胞壁は微分干渉顕微鏡で強調される。
【0049】
本発明の植物又は植物細胞はさらに、野生型対照と比べてセルロース成分含量が増加していること、また、野生型対照と比べてリグニン含量が低下していることを特徴とする。
【0050】
本発明の形質転換植物はさらに、野生型との交配によって、同様の新規形質をもつ後代を作出するために使用しうる。
【0051】
本発明は、上記植物からの種子、細胞(カルス、胚を含む)、或いは組織を提供する。
本発明はまた、植物の柔細胞を厚壁細胞に変換する方法であって、野生型植物細胞を、本発明の核酸或いはベクターで形質転換し、得られた形質転換細胞を培養することを含む方法を提供する。
【0052】
本発明で使用可能な植物は、双子葉植物、単子葉植物、裸子植物、樹木などの植物を含む。例えば、アブラナ科、イネ科、マメ科、ナス科、ブナ科、ユリ科、アカザ科、フトモモ科、ヤナギ科、ヤシ科などを作出対象とすることができる。より具体的には、シロイヌナズナ、西洋アブラナ、ブロッコリー、カリフラワー、キャベツ、ハクサイ、イネ、コムギ、オオムギ、トウモロコシ、ダイズ、トマト、ナス、ジャガイモ、ネギ、タマネギ、ニンニク、ホウレンソウ、サトウキビ、ユーカリ、ポプラ、アブラヤシ、ワサビ、ニラなどが例示される。
【0053】
本発明の上記方法によって、植物の柔細胞の約80%以上が厚壁細胞に変換可能である。従来、植物ホルモン等の培地への添加によってヒャクニチソウ、アスパラガス、シロイヌナズナの培養細胞を厚壁細胞に変換する方法が知られているが、変換の頻度は最大でも60%である(Fukuda and Komamine 1980. Plant Physiol. 65, 57-60; Matsubayashi et al., 1999. Plant Physiol. 120, 1043-1048; Oda et al., 2005. Plant Physiol. 137, 1027-1036)。本発明は、このような従来法に比べて該変換効率を飛躍的に高める方法を提供する。
【0054】
<セルロース系成分の製造>
本発明はさらに、本発明の植物又は植物細胞からセルロース系成分を回収することを含む、セルロース系成分の製造方法を提供する。
【0055】
セルロース系成分は、植物細胞壁の主要構成成分であり、セルロース又は、セルロース及びヘミセルロースからなる。草本植物であれば、植物体を乾燥することによりセルロース系成分を回収することができる。樹木であれば、チップに粉砕し、リグニンの除去処理(蒸解)をしたのちセルロース系成分を回収することができる。
【0056】
セルロース系成分は、糖類の製造、バイオエタノールの製造などの原料として利用することができる。
【実施例】
【0057】
以下の実施例により本発明をさらに詳しく説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。なお、実験手法に関しては、特に記載のない限り、「クローニングとシークエンス」(渡辺格監修、杉浦昌弘編集、農村文化社(1989年))や、「Molecular Cloning(Sambrookら(1989), Cold Spring Harbor Laboratory Press)」などの実験書に従った。
【0058】
(実施例1)解析用コンストラクトの構築
本実験で用いた植物形質転換用コンストラクト(35S::VND7-VP16-GR、35S::VND6-VP16-GR)は、以下のように構築した。
【0059】
汎用バイナリーベクターpBI121のGUS遺伝子断片がGVGカセット (酵母GAL4結合ドメイン+単純ヘルペスウイルスVP16転写活性化ドメイン+ラットグルココルチコイドレセプターホルモン結合ドメインGR)に置き換えられた基本ベクター(pBI121-GVG)を制限酵素XbaIとXhoIで処理し、酵母GAL4結合ドメインを取り除き、代わりに5’末端にXbaIサイトを3’末端にXhoIサイトを付加したVND7(At1g71930)遺伝子またはVND6(At5g62380)の全長cDNAを挿入することで35S::VND7-VP16-GR並びに35S::VND6-VP16-GRを構築した(図1)。
【0060】
(実施例2)シロイヌナズナの形質転換
実施例1で示した形質転換用コンストラクト(35S::VND7-VP16-GR、35S::VND6-VP16-GR)並びにコントロールとして基本ベクター(pBI-GVG)を、アグロバクテリウム(GV3101, pMP90)にエレクトロポレーションで導入し、フローラルディップ法にてシロイヌナズナ(Col-0株)に導入した(CloughとBent、1998.Plant J.16, 735-743)。形質転換体は、T1世代の幼植物体を、カナマイシン(20μg/ml)を含む生育培地(1/2MS培地, 1% ショ糖)に移植し、6日間生育させて選抜した。選抜された形質転換体は、抗生物質を含まない生育培地に移植し、T2世代以降の種子と植物体を得た。
【0061】
図2は、デキサメタゾン誘導後の形質転換体を観察した結果である。VND7-VP16-GR融合タンパク質またはVND6-VP16-GR融合タンパク質を35Sプロモーターで過剰発現させた形質転換体(T3世代)の種子を生育培地で22℃、連続光下で発芽・成長させ、播種後7日目に、生育培地上に10μMのデキサメタゾン水溶液を加えて、さらに3日間、22℃、連続光下に置きKubo et al., Genes & Dev., 2005に示す方法で観察した。コントロールとして基本ベクター(pBI-GVG)による形質転換したT3世代の種子を用いた。デキサメタゾンによる誘導によって、葉(Leaf)と根(Root)の柔細胞(葉肉細胞や皮層細胞)が高頻度で厚壁細胞である管状要素(道管構成細胞)に変換した像が観察された。また、これらVND7-VP16-GR融合タンパク質並びにVND6-VP16-GR融合タンパク質の一過的な活性化によって変換した厚壁細胞の細胞壁はフロログルシノールによってほとんど染色されなかった。これらの結果から、VND7-VP16-GR融合タンパク質並びにVND6-VP16-GR融合タンパク質を35Sプロモーター等の強力な恒常的プロモーターでシロイヌナズナ植物体全体に発現させ、デキサメタゾンによって一過的にVND7またはVND6の機能を活性化することによって、リグニン含量が低い二次細胞壁を効率よく形成することが可能であることが示された。
【0062】
(実施例3)タバコBY−2培養細胞の形質転換
実施例1で示した形質転換用コンストラクト(35S::VND7-VP16-GR)を、アグロバクテリウム(GV3101, pMP90)にエレクトロポレーションで導入し、組織培養法でタバコBY-2培養細胞に導入した。形質転換細胞は、カナマイシン(100μg/ml)とバンコマイシン(100μg/ml)を含む固体培地(Linsmaier & Skoog培地)上で3週間培養して選抜した。選抜した形質転換細胞の一部をカナマイシン(100μg/ml)を含む液体培地(Linsmaier & Skoog培地)に移植し、27℃、140rpm、暗所で、十分に増殖するまで振とう培養した。増殖した細胞の一部(約1.5ml)を新鮮な液体培地8.5mlに再懸濁し、さらにデキサメタゾン(最終濃度10μM)を加え、27℃・140rpm・暗所で3日間培養した。
【0063】
図3は、培養した細胞を微分干渉顕微鏡で観察した結果である。図4は、3日間の間に約80%以上の細胞が厚壁細胞である管状要素に変換したことを示している。またこのVND7-VP16-GR融合タンパク質の一過的な活性化によって厚壁細胞に変換したBY-2培養細胞の細胞壁はフロログルシノールによってほとんど染色されなかった。これらの結果から、VND7-VP16-GR融合タンパク質等を35Sプロモーター等の強力な恒常的プロモーターで培養細胞に発現させ、デキサメタゾンによって一過的にVND7等の機能を活性化することによって、リグニン含量が低い二次細胞壁を効率よく形成することが可能であることが示された。
【0064】
(実施例4)別のコンストラクトでの変換誘導
本実施例ではGATEWAYシステムによってVND6およびVND7遺伝子を単純ヘルペスウイルスVP16転写活性化ドメインおよびラットグルココルチコイドレセプターに接続する方法によって解析用コンストラクトを作製した(図5)。GATEWAYカセットを含むバイナリーベクターpH35GS(Kubo et al., 2005. Genes & Dev. 19: 1855-1860)を制限酵素XhoIとApaIで処理し、その間に5’末端にXhoIサイトを3’末端にApaIサイトを付加したVP16-GR(単純ヘルペスウイルスVP16転写活性化ドメイン+ラットグルココルチコイドレセプターホルモン結合ドメインGR)を挿入することでpH35GVGRを構築した。常法に従って、エントリーベクターに組み込んだVND6遺伝子またはVND7遺伝子をGATEWAYカセットと入れ替えることで、pH35VND6VGRおよびpH35VND7VGRを構築した。これらコンストラクトを用いて実施例2と同様にシロイヌナズナを形質転換し、デキサメタゾン誘導を行うことで、実施例1と同等の効率で、柔細胞が厚壁細胞である管状要素に変換した。
【0065】
(考察)
本発明者らは、厚壁細胞の中でも道管に特異的なNAC転写因であるVND7又はVND6の機能を高める方法を開発するために、モデル植物であるシロイヌナズナとモデル培養細胞であるタバコBY-2を用いて、機能が高められたVND7又はVND6の効果を判断することを計画した。具体的には、VND7又はVND6の転写活性化因子としての機能を高めるために、単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus)のVP16転写活性化ドメインなどの転写活性化配列をVND7又はVND6のC末端側に融合させ、また、一過的にVND7又はVND6の転写活性化を引き起こすために、ラットのグルココルチコイドレセプターホルモン結合ドメイン(GR)などのような薬剤による一過的な転写活性化誘導因子をさらにC末端側に融合させることによって、VND7又はVND6の機能を高めることを計画した。
【0066】
本発明者らはさらに、VND7-VP16-GR融合タンパク質又はVND6-VP16-GR融合タンパク質を35Sプロモーター等の強力な恒常的プロモーターでシロイヌナズナ植物体全体やタバコBY-2培養細胞に蓄積させ、グルココルチコイドなどの薬剤で一過的にVND7又はVND6の機能を活性化することを計画した。
【0067】
その結果、上記実施例で実証したように、本発明者らは、機能を高めたVND7又はVND6の効果をシロイヌナズナとタバコBY-2培養細胞で確認し、シロイヌナズナとタバコBY-2培養細胞で極めて高頻度(80%以上)の効率で柔細胞を厚壁細胞へ変換することに成功した。また、柔細胞から変換した厚壁細胞の細胞壁がリグニンの染色試薬であるフロログルシノールによってほとんど染色されず、蛍光顕微鏡観察において柔細胞から変換した厚壁細胞の細胞壁がUV励起によるリグニンの自家蛍光をほとんど発しないことから、柔細胞から変換した厚壁細胞の細胞壁のリグニン含量が低いことも見出した。
【0068】
このように本発明は、厚壁細胞の道管の二次細胞壁形成を制御する転写因子の機能を一過的に高めることで、産業利用上有利なリグニン含量の低い二次細胞壁を効率よく形成する方法、該方法を用いて得られる植物体、並びにその利用を提供することができる。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明は、セルロース含量が高くかつリグニン含量が低い植物の作出を可能にするため、バイオエタノールの原料として適した植物を供給することを可能にする。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】ベクターコンストラクトの構築方法。汎用バイナリーベクターpBI121(アクセッション番号:AF485783)のGUS遺伝子の部分を、VND6またはVND7遺伝子、単純ヘルペスウイルスVP16転写活性化ドメイン、およびラットグルココルチコイドレセプター遺伝子のホルモン結合ドメイン(GR)、に置き換えたコンストラクト(35S:VND6-VP16-GR、35S:VND7-VP16-GR)を作製した。図中、RB:ライトボーダー、NOSpro:NOSプロモーター、NPTII:カナマイシン耐性遺伝子、NOSter:NOSターミネーター、CaMV35Spro:カリフラワーモザイクウイルス35Sプロモーター、GUS:βグルクロニダーゼ遺伝子、DB:酵母GAL4DNA結合ドメイン、VP16:単純ヘルペスウイルスVP16転写活性化ドメイン、GR:ラットグルココルチコイドレセプターホルモン結合ドメイン、VND6/7:VND6遺伝子/VND7遺伝子、LB:レフトボーダーをそれぞれ表す。
【図2】シロイヌナズナの葉と根に誘導された管状要素。pBI-GVG、35S:VND6-VP16-GR、および35S:VND7-VP16-GR(図1参照)を用いて形質転換したT3世代のシロイヌナズナを播種後7日間生育させた後、10μMのデキサメタゾン水溶液を加え、3日間インキュベートした。その後、植物体をKuboらの方法に従って共焦点レーザー顕微鏡で観察した(Kubo et al., 2005. Genes & Dev. 19: 1855-1860)。35S:VND6-VP16-GRまたは35S:VND7-VP16-GRによる形質転換体では VND6(C,D)およびVND7(E,F)の活性化によって柔細胞から変換した管状要素が観察された。一方、基本ベクター(pBI-GVG)を用いたコントロールでは管状要素への変換は観察されなかった(A,B)。
【図3】タバコBY-2培養細胞で誘導された管状要素。35S:VND7-VP16-GR(図1参照)を用いて形質転換したタバコBY-2培養細胞を増殖させ、最終濃度10μMのデキサメタゾンを投与することによって、管状要素への変換を誘導した。この写真は誘導後3日目の管状要素へ変換した細胞を微分干渉顕微鏡で観察した結果である。
【図4】タバコBY-2培養細胞での管状要素への変換率。このグラフは35S:VND7-VP16-GR(図1参照)を用いて形質転換したタバコBY-2培養細胞におけるデキサメタゾン投与後の管状要素への変換効率を示している。誘導前、誘導後24時間目、48時間目、72時間目、96時間目の管状要素と非管状要素(生存細胞)の数を計測し、管状要素/(管状要素+非管状要素)×100の値を「管状要素への変換率(%)」とした。
【図5】GATEWAYカセットを含むバイナリーベクターpH35GS(Kuboら(上記))からのベクターコンストラクト(pH35VND6VGR及びpH35VND7VGR)の構築方法。
【図6】VND6-VP16-GRのアミノ酸配列。
【図7】VND7-VP16-GRのアミノ酸配列。
【図8】VND6-VP16-GRの塩基配列。
【図9】VND7-VP16-GRの塩基配列。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物又は植物細胞において、その柔細胞を厚壁細胞に変換するための融合タンパク質をコードする核酸であって、該融合タンパク質が、厚壁細胞の生成に関与する転写因子配列、ウイルス由来の転写活性化ドメイン配列、及び薬剤による一過的転写活性化を誘導するための転写活性化誘導ドメイン配列を含むことを特徴とする、上記核酸。
【請求項2】
前記転写因子が、NAC転写因子ファミリーの転写因子である、請求項1に記載の核酸。
【請求項3】
前記NAC転写因子ファミリーの転写因子が、VND6又はVND7のいずれかである、請求項2に記載の核酸。
【請求項4】
前記転写活性化ドメインが、単純ヘルペスウイルス由来VP16タンパク質の転写活性化ドメインである、請求項1〜3のいずれか1項に記載の核酸。
【請求項5】
前記転写活性化誘導ドメインが、グルココルチコイド受容体のホルモン結合ドメインである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の核酸。
【請求項6】
前記転写因子配列、転写活性化ドメイン配列及び転写活性化誘導ドメイン配列が、この順序で、前記融合タンパク質のN末端側からC末端側に向かって配置されている、請求項1〜5のいずれか1項に記載の核酸。
【請求項7】
前記融合タンパク質が、配列番号1又は配列番号2に示されるアミノ酸配列を含むか、或いは前記アミノ酸配列と90%以上の同一性を有する異なるアミノ酸配列を含みかつ柔細胞を厚壁細胞に変換するための能力を有する、請求項1〜6のいずれか1項に記載の核酸。
【請求項8】
前記核酸が、配列番号3又は配列番号4に示される塩基配列を含むか、或いは前記塩基配列と90%以上の同一性を有する異なる塩基配列を含みかつ該異なる塩基配列によってコードされるタンパク質が柔細胞を厚壁細胞に変換するための能力を有する、請求項1〜7のいずれかに記載の核酸。
【請求項9】
請求項1〜8のいずれかに記載の核酸を含むベクター。
【請求項10】
制御配列をさらに含む、請求項9に記載のベクター。
【請求項11】
制御配列が、プロモーターである、請求項10に記載のベクター。
【請求項12】
請求項1〜8のいずれかに記載の核酸、或いは請求項9〜11のいずれか1項に記載のベクター、によって形質転換された植物細胞。
【請求項13】
請求項1〜8のいずれかに記載の核酸を含み、これによって柔細胞が厚壁細胞に変換されていることを特徴とする植物又は植物細胞。
【請求項14】
野生型対照と比べてセルロース成分含量が増加している、請求項13に記載の植物又は植物細胞。
【請求項15】
野生型対照と比べてリグニン含量が低下している、請求項13又は14に記載の植物又は植物細胞。
【請求項16】
前記植物が後代である、請求項13〜15のいずれか1項に記載の植物。
【請求項17】
請求項13〜16のいずれか1項に記載の植物の種子。
【請求項18】
請求項13〜16のいずれか1項に記載の植物由来の細胞又は組織。
【請求項19】
柔細胞が厚壁細胞に変換されている植物の作出方法であって、野生型植物細胞又は組織を準備し、該細胞又は組織を、請求項1〜8のいずれかに記載の核酸或いは請求項9〜11のいずれかに記載のベクターで形質転換し、並びに、得られた形質転換細胞又は組織から前記植物を再生することを含む、上記方法。
【請求項20】
植物の柔細胞を厚壁細胞に変換する方法であって、野生型植物細胞を、請求項1〜8のいずれかに記載の核酸或いは請求項9〜11のいずれかに記載のベクターで形質転換し、得られた形質転換細胞を培養することを含む、上記方法。
【請求項21】
請求項12〜16のいずれかに記載の植物又は植物細胞からセルロース系成分を回収することを含む、セルロース系成分の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−219397(P2009−219397A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−66052(P2008−66052)
【出願日】平成20年3月14日(2008.3.14)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】