説明

椎間板再生用の幹細胞用培地及び幹細胞を用いた椎間板の再生

再生すべき椎間板を有する個体の血清を滅菌及び非働化した自己血清、細胞培養用培地及び少なくとも一種の抗生物質を含む椎間板再生用の幹細胞用培地並びに自己又は同種もしくは異種の個体より採取した幹細胞を、直接又は椎間板再生用の幹細胞用培地を用いて培養した後、前記培地中に懸濁せしめるか、又は細胞キャリアーに包埋せしめ、次いでこの幹細胞の懸濁液又は包埋物を椎間板の髄核腔に移植する椎間板の再生方法。

【発明の詳細な説明】
発明の技術分野
本発明は、椎間板再生用の幹細胞用培地及び腰痛、特に椎間板変性に伴なう椎間板障害の治療に関する。
発明の背景
腰痛は整形外科患者の約4割強を占め、元来四つ足歩行であった人類が起立歩行を始めた時から発生した問題である。腰痛の主たる原因に椎間板変性にともなう椎間板障害が挙げられ、中でも椎間板ヘルニアは20〜40代の青、壮年期に好発し、日常生活制限、労働障害を伴う社会問題となっている。椎間板ヘルニアの治療法としては、現在後方進入ヘルニア摘出術が一般的に採用されている。しかし、この治療は、手術後、椎間板から髄核が摘出された後の椎間板内が空洞となり、椎間板の形態維持に不可欠である髄核を失ったため、椎間板が変性の一途を辿り腰痛の再発を促し、問題となっている。また手術を行わない椎間板ヘルニアや腰椎すべり症、変形性腰椎症においても椎間板変性の進行が腰痛出現の引き金となっている。
しかし、現在、椎間板の再生に対し臨床的に有効な手段はほとんど認められていない。
本発明者らは、先きに、独自の共培養システムにより再活性化した髄核細胞を椎間板の髄核腔内に再挿入することで椎間板組織の変性を抑制しうることを実験的に証明し(以下の非特許文献1〜3参照)、2000年に臨床応用を開始した。
非特許文献1:Nishimura K,Mochida J:Percutaneous reinsertion of the nucleus pulposus−An experimental study−.Spine.22:1531−1539;1998
非特許文献2:Okuma M,Mochida J,Nishimura K,Sakabe K,Seiki K:Reinsertion of activated nucleus pulposus cells retards intervertebral disc degeneration−An in vitro and in vivo experimental study−.J Orthop Res.18:983−997;2000
非特許文献3:Nomura T,Mochida J,et al:Nucleus pulposus allograft retards intervertebral disc degeneration−An in vivo experimental study−.Clin.Orthop.,388:94−101;2001
しかしながら、我々のこれらの技術は、広く臨床応用するにはヒトでは採取できる細胞数が少なく、新鮮な髄核を得るためには、健常椎間板から髄核を採取する他無く、現実的でないという問題がある。
発明の要約
従って、本発明は前述の従来の椎間板障害の治療における問題点を克服し、椎間板変性に伴う障害に対し広く一般的に適用することができる椎間板の再生方法及びそれに使用する幹細胞用培地を提供することを目的とする。
本発明に従えば、再生すべき椎間板を有する個体の血清を滅菌及び非働化した自己血清、細胞培養用培地及び少なくとも一種の抗生物質を含んでなる椎間板再生用の幹細胞用培地が提供される。
本発明に従えば、また自己又は同種もしくは異種の固体より採取した幹細胞を、直接、又は細胞培養技術、特に本発明の椎間板再生用の幹細胞用培地を用いて培養した後を、培地中に懸濁せしめるか、又は細胞キャリアーに包埋せしめ、次いでこの幹細胞の懸濁液又は包埋物を椎間板の髄核腔に移植する工程を含む椎間板の再生方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
以下、図面を参照しながら本発明を具体的に説明する。
図1(a)は実施例で用いた家兎の椎間板の正常状態、図1(b)はその変性状態及び図1(c)はその再生後の状態の椎間板の矢状断面をそれぞれ示す図面(写真)であり、
図2(a)は実施例で用いた家兎の椎間板の正常状態、図2(b)はその変性状態及び図2(c)はその再生後の状態の椎間板矢状断における顕微鏡下の組織像をそれぞれ示す図面(写真)である。
発明の詳細な説明
慢性腰痛の主たる原因である椎間板変性は不可逆的変化である。我々は、1993年以降、椎間板の変性抑制、再生を目指し、活性化髄核の再挿入による椎間板変性抑制効果を実験的に証明し、臨床応用を開始した。しかし変性された椎間板から採取できる細胞数には限りがあり、新鮮な髄核は健常な椎間板から採取する他無く、新鮮な髄核を得ることは現実的には困難と思われた。そこで間葉系幹細胞、又は万能な可塑性を有する万能幹細胞、を用いた椎間板の再生を試み、動物実験において一定の効果を確認し、本発明をするに至った。
我々は、変性椎間板内に移植された間葉系幹細胞又は万能な可塑性を有する万能幹細胞が、その後椎間板類似又は椎間板細胞そのものへ誘導され、椎間板が機能的に再生されることを見出した。この方法は我々が従来行って来た自己又は同種由来の椎間板細胞再挿入法に比べ、健常椎間板からの細胞を必要とせず、比較的容易に移植細胞を得ることが出来、再生効果も高いことから臨床応用に非常に適した画期的な変性椎間板の再生法といえる。
幹細胞を用いた椎間板の再生に関する研究の文献的報告は我々は知らない。特に椎間板への移植においては我々が第17回日本整形外科学会基礎学術集会(平成14年10月)において報告したものが世界で最初と考える。今後、かかる技法が広く臨床応用可能となった場合、現在、椎間板変性抑制治療として有効な手段がないため、医学のみならず社会的インパクトも大きいと考える。この方法は、椎間板の構造上、比較的臨床応用しやすく、また髄核再挿入術の臨床応用の経験もあることから、本発明は医療経済的にも高い社会的貢献が期待される。
本発明に従って、椎間板髄核腔に移植された幹細胞は、移植されると移植部位にて周囲細胞に対して栄養因子などを提供する他、周囲組織由来の栄養因子、分化誘導促進因子などにより幹細胞自身も分化誘導される。このように幹細胞を変性椎間板へ移植すると、椎間板細胞の形質を示す細胞へと誘導され、椎間板組織を再生することができる。このような幹細胞としては、自己又は同種もしくは異種の固体に由来するものを用いることができ、具体的には間葉系幹細胞、万能幹細胞などをあげることができる。採取された幹細胞は直接我々の開発した椎間板再生用の幹細胞用培地に懸濁させたり、細胞キャリアー(例えばアガロース、アルジネート、アテロコラーゲンゲルなど)に包埋して移植することができる。しかし、我々の実験によれば、我々の開発した椎間板再生用の幹細胞用培地内で培養して増殖させた後、前述の培地中に懸濁させたり、細胞キャリアーに包埋させて、椎間板の骨髄核腔に移植する方法が椎間板の再生効果が高くて好ましい。
本発明に従った、椎間板再生用の幹細胞用培地としては、一般的に間葉系幹細胞を培養する際に用いられる、市販の培養液、即ち、あらかじめ合成された成長因子や他動物由来の血清を混在させた、幹細胞用培地を用いることができる。しかし、我々は幹細胞を生体内に移植するに際し可能な限り、移植を受ける生体成分に近い状態のものを移植することが望ましいという観点から、以下の培地を用いて実験を行い、間葉系幹細胞を椎間板の髄核腔内へ移植することで椎間板を再生させることに成功した。
即ち、まず移植に使用する個体より全血を必要量採取し、遠振器にて血球成分を遠沈し、血清を分離する。この血清を滅菌フィルターを使用して滅菌し、恒温槽内で例えば50〜70℃、好ましくは55〜60℃で、例えば20〜40分間、好ましくは25〜35分間加熱し、非働化を施す。次に、あらかじめ滅菌処理をした細胞培養用培地、例えばDMEM(Dulbecco’s Modified Eagle Medium),DMEM/F−12MEM(Minimum Essential Medium),RPMI1640,BME(Basal Medium Eagle),Brinster’s BMOC−3,BGJb,CMRL 1066,F−10,F−12,Glasgow MEM,IMDM(Iscove’s Dulbecco’s Medium),McCoy’s 5A Medium,MCDB131 Medium,Medium 199,NCTC−109 Medium,Waymouth’s MB 752−1 Medium,William’s Medium E,Opti−MEM I Reduced−Serum Mediumなどの細胞培養用培地中に、前記自己血清が1〜25重量%、好ましくは5〜20重量%の濃度になるように混注する。なお、これらの培地は従来から細胞培養用培地として知られており、市販されている。これらの培地は効果又は混合物として使用することができる。
本発明に従えば、さらに培地当り抗菌作用が得られかつ培養細胞が生存し得る濃度の抗生物質、具体的には例えばペニシリン:8,000〜10,000U/ml、ストレプトマイシン:8,000〜10,000μg/ml、アンフォテリシンB:20〜25μg/ml、ゲンタマイシン:0.5〜50μg/ml、ハイグロマイシンB:25〜1000μg/ml、硫酸カナマイシン:0.5〜50μg/ml、アクチノマイシンD:0.5〜50μg/ml、硫酸ネオマイシン:8,000〜10,000μg/mlなどを単独又は混合物として加えることによって椎間板再生用の幹細胞用培地を得ることができる。
椎間板組織への幹細胞の移植手技には特に限定はないが、椎間板を露出した上で注射器などの液体、ゲル状の細胞キャリアーを注入できる適当なものを用いるか、スキャホールド(例えば生体吸収性ポリマーなど)を用いる場合においては直接椎間板内へ留置することによって実施することができる。ヒトの場合、椎間板に亀裂や穴が空いていることがあるが、その場合には移植細胞の流出を防ぐために、従来から公知の一般的な生理的組織接着剤(例えばフィブリンのりなど)や骨膜などの結合組織を用いて修復する。この移植法は椎間板に直接又は間接的に影響を与える手術(例えば椎間板ヘルニア摘出など)の施行時に椎間板の変性を抑制又は再生させる目的で使用される。また手術を行わない椎間板ヘルニアや腰椎すべり症、変形性腰椎症においても椎間板変性の進行した場合には我々の開発した椎間板再生用の幹細胞用培地及び椎間板再生方法を用いることによって抑制又は再生させることができる。これらの際、移植する幹細胞は自己のものを用いることが望ましいが、同種でも又は異種の個体より得られたものを用いることができる。
【実施例】
以下に幹細胞の椎間板内移植方法の一例を具体的に説明するが、本発明を以下の実施例に限定するものでないことはいうまでもない。
椎間板再生用の幹細胞用培地の作製
まず移植に使用する12週令の家兎の耳動脈より全血を必要量採取し、遠振器にて血球成分を遠沈し、血清を分離した。この血清を滅菌フィルターを使用して滅菌し、恒温槽内で56℃にて30分加熱し、非働化させた。次に、あらかじめ滅菌処理をしたDMEM(Dulbecco’s Modified Eagle Medium)培地に対して上記自己血清を10%の濃度になるように混注し、さらに抗生物質として、ペニシリン:10,000U/ml、ストレプトマイシン:10,000μg/ml、アンフォテリシンB:25μg/mlの濃度で加え、椎間板再生用の幹細胞用培地を得た。
間葉系幹細胞の準備
12週令の家兎の骨髄液を採取し、比重分離液を用いて単球層を回収し、回収単球層をカルチャーフラスコに播種し、37℃及び5%CO雰囲気の恒温槽中でフラスコのほぼ全表面にわたって細胞が増殖するまで(subconfluentに達するまで)(約14日)培養した。なお、培地は前記椎間板再生用の幹細胞用培地で増殖した付着細胞に、LacZ(ベータガラクトシダーゼ)又はGFP(Green Fluorescent Protein)のマーカー遺伝子を組み込んだアデノ又はレトロウイルスベクターを導入し、移植後の生着、活性を確認できるようにマーキングした。その後トリプシン処理により細胞を回収し、移植用細胞とした。このようにして得られた骨髄間葉系幹細胞を用いて、軟骨、骨、脂肪細胞への誘導を行い、その可塑性の再現性から間葉系幹細胞であることを確認した。なおヒトで行う場合は、フローサイトメトリーにて骨髄間葉系細胞の白血球表面抗原を調べることによって確認できる。
家兎変性椎間板の準備
上で用いたのと同じ、14週令となった(2週経過後)家兎に対し麻酔下に経側腹アプローチにて腰椎2/3〜5/6の4椎間を展開し、椎間板に21G針付注射器を用いて穿刺し、髄核約5mgを吸引搾取することにより変性処理を施した。なお、この方法における椎間板変性モデル作製法の妥当性は前記非特許文献1〜3及びその他の文献に記載されている通りである。
移植手技
上で得た間葉系幹細胞を、前述の椎間板再生用培地に懸濁し、その細胞懸濁液を、直接又は細胞キャリアーであるアテロコラーゲンゲル内に包埋した後、上記変性処理を施した家兎の椎間板へ27G針付注射器を用いて移植した。
評価方法
2,4,8,16,24,48週経過時にMRI(Magnetic Resonance Imaging磁気共鳴画像)により椎間板内の含水量を測定したのちに安楽死させ、前記処置を加えた4椎間を摘出、ホルマリン固定後、脱灰、パラフィンに包埋して4μm厚の矢状断切片を作成した。この切片を用いて組織学的及び免疫組織学的検討を行ない、椎間板組織内の変性程度、再生を評価した。
結果
上記評価の結果、本発明に従って間葉系幹細胞を移植した群においては、移植していない対照変性群に比べ、MRIでの椎間板内水分含量は比較的高い値を保ち、対照変性群で認める椎間板高の減少は認められなかった。組織学的検討の結果、間葉系幹細胞が移植された椎間板腔は椎間板細胞様な細胞で満たされていた。また以下の椎間板変性度分類の5段階評価においては、20週令(8週経過後)の対照変性群ですでに最も変性が進んだGrade4〜5であったのに対し、幹細胞を移植した群では60週令(48週経過後)でももっとも正常に近いGrade0〜1であった。さらにプロテオグリカンの染色性レベルも、本発明の幹細胞を移植した群は対照変性群に比較して3〜3.5倍の染色性を示し、変性が優位に抑制されていた。
Grade0:正常
Grade1:軽度蛇行
Grade2:中等度蛇行
Grade3:軽度反転を伴なう著しい蛇行
Grade4:著しい反転
Grade5:線維輪構造の消失
上記実施例に用いた家兎の椎間板の状態を示す写真を図1(a)、(b)及び(c)(倍率:4倍)及び図2(a)、(b)及び(c)(倍率:10倍)に示す。それぞれの写真において、(a)は正常状態を、(b)は変性状態を、そして(c)は再生状態を示し、図1(a)、(b)及び(c)は椎間板の矢状断肉眼像を示し、図2(a)、(b)及び(c)は同じく矢状断組織像を示す。図1(a)、(b)及び(c)並びに/又は図2(a)、(b)及び(c)において1は骨部、2は髄核、3は線維輪、4は空洞、5は移植幹細胞を示す。正常状態(a)においては骨部1の間に髄核2及び線維輪3が存在し、椎間板の変性は認められないが、変性状態(b)では髄核2が存在せず、線維輪3の部分の高さが減少している。これを再生した状態(c)(24週経過後)では移植した幹細胞5が分化誘導されて、形状は異なるものの、正常状態(a)の状態に相当する状態となっている。
産業上の利用性
以上のとおり、本発明に係る椎間板再生用の幹細胞用培地を使用することによって、間葉系幹細胞を椎間板内に移植した場合には、椎間板の変性が抑制され、さらに移植された幹細胞は移植部位より分泌される成長因子、誘導促進因子などにより椎間板様細胞へと分化誘導され、椎間板を再生することができる。このように、間葉系幹細胞は椎間板再生用の新たな移植材料として有用である。特に椎間板内への自家骨髄間葉系幹細胞移植は全て自己材料で行えるため、即時臨床応用の期待が持てる手法と考えられる。なお、同様の方法にて間葉系幹細胞以外の幹細胞、例えば万能幹細胞を用いて椎間板を再生することもできる。





【特許請求の範囲】
【請求項1】
再生すべき椎間板を有する個体の血清を滅菌及び非働化した自己血清、細胞培養用培地及び少なくとも一種の抗生物質を含んでなる椎間板再生用の幹細胞用培地。
【請求項2】
自己血清の細胞培養用培地中の濃度が1〜25重量%であり、かつ培地中の抗生物質の濃度が抗菌作用が得られかつ培養細胞が生存し得る濃度である請求項1に記載の幹細胞用培地。
【請求項3】
前記細胞培養用培地がDMEM(Dulbecco’s Modified Eagle Medium),DMEM/F−12MEM(Minimum Essential Medium),RPMI1640,BME(Basal Medium Eagle),Brinster’s BMOC−3,BGJb,CMRL 1066,F−10,F−12,Glasgow MEM,IMDM(Iscove’s Dulbecco’s Medium),McCoy’s 5A Medium,MCDB131 Medium,Medium 199,NCTC−109 Medium,Waymouth’s MB 752−1 Medium,William’s Medium E及びOpti−MEM I Reduced−Serum Mediumからなる群から選ばれた少なくとも1種の培地である請求項1に記載の幹細胞用培地。
【請求項4】
自己又は同種もしくは異種の個体より採取した幹細胞を、直接又は請求項1に記載の幹細胞用培地を用いて培養した後、請求項1に記載の培地中に懸濁せしめるか、又は細胞キャリアーに包埋せしめ、次いでこの幹細胞の懸濁液又は包埋物を椎間板の髄核腔に移植する工程を含む椎間板の再生方法。
【請求項5】
前記幹細胞が間葉系幹細胞又は万能幹細胞である請求項4に記載の方法。

【国際公開番号】WO2004/076652
【国際公開日】平成16年9月10日(2004.9.10)
【発行日】平成18年6月8日(2006.6.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−568729(P2004−568729)
【国際出願番号】PCT/JP2003/002065
【国際出願日】平成15年2月25日(2003.2.25)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成14年8月25日社団法人日本整形外科学会発行の「第76巻第8号日本整形外科学会雑誌」にて発表
【出願人】(000125369)学校法人東海大学 (352)
【出願人】(505278425)
【Fターム(参考)】