説明

検体の捕捉方法

【課題】マイクロ流体チップによるRNA分子からの分離、洗浄、濃縮、回収などの操作を可能とし、従来の煩雑で毒性試薬を用いる生化学的方法に代替して、RNAなどの生体分子を簡便でかつ迅速に抽出することができる方法を提供すること。
【解決手段】流路に狭小部を有する液体流路に、検体として塊状の立体構造を有する生体分子を変性させた変性生体分子を含む液体を加圧下で流すとともにその液体の流れ方向と逆向きの力を、電界を印加することにより作用させ、狭小部で変性生体分子を捕捉することを特徴とする検体の捕捉方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、検体の捕捉方法に関する。さらに詳しくは、例えば、人体などから取り出された組織や血液からRNA、タンパク質などの生体分子を捕捉することができる検体の捕捉方法、および生体分子を捕捉ないし解放することができる検体の捕捉ないし解放方法に関する。本発明の方法は、生体分子の分離装置、抽出装置、生成装置、濃縮装置などに好適に使用することができる。
【背景技術】
【0002】
人体から取り出した組織や血液などに含まれているDNAを分析する方法は、ヒトの遺伝子情報を把握することができ、また、生活習慣病や遺伝病の診断、オーダーメード医療にも適用することができるほか、血液などに含まれている病原菌やウイルスのDNAを取り出して特定することにより、感染症の診断にも応用することができるので、近年、注目されている。
【0003】
精製されたDNAの検出は、PCR法、LAMP法などを用いて特定配列を持つDNAだけを増幅する方法を利用することによって行なうことができる。このような方法を用いるには、採取した細胞やウイルスが含まれうる液体から、DNAに有害な物質を除外し、細胞膜やウイルス壁を破砕してDNAを取り出し、その後の反応や検出を阻害する物質を除外し、PCRやLAMP法に適したDNA濃度、塩濃度、pHなどを調整する前処理が必要である。
【0004】
前処理は、試薬の混合、反応およびDNAの回収処理を繰り返すことによって行なわれる。DNAの回収処理としては、DNAの濃縮、分離、DNAのみを残した溶液の交換、溶液の交換によるDNAの洗浄などがある。この回収処理においては、介在物が存在する溶液から、できるだけ選択的にDNAのみを1ヵ所に集めて他の介在物と分離して回収することが必要である。その際、DNAを1まとめにした状態で溶液内に移動させるか、またはこれとは逆に溶液を移動させることにより、溶液の交換や洗浄を行なうことができれば、より簡単に前処理を行なうことができる。このようなDNAの回収を行う方法として、遠心分離法、磁気ビーズを用いてDNAを絡め取った磁気ビーズを磁石により移動させる方法などがある。
【0005】
遠心分離法を採用した場合、遠心分離後の上澄み、中間層および沈殿物の分取は、人手によって行なわれるため、その操作が煩雑であるのみならず、サンプルが微量であるときには、その操作が困難である。
【0006】
磁気ビーズを用いてDNAを絡め取った磁気ビーズを磁石により移動させる方法は、チップ上で実施することができるが、磁場の移動が煩雑であるとともに、集めたDNAを次の処理のために再度、溶液中に解放することが困難である。
【0007】
そこで、チップ上に形成した簡単な機構を用いて、流路を流れるタンパク質や種々の試薬などを含む液体からDNAを選択的に捕捉してDNAの回収や濃縮を行い、また捕捉されたDNAを簡単な操作で放出し、次の処理に用いることができる方法として、DNAが含まれている液体を流すことができる流路の狭い部分とその狭い部分を有する流路に前記液体を移動させる圧力差をその液体に印加し、液体が移動する方向と反対の方向にDNAを移動させる電界を液体に印加するDNAのトラップ・リリース方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0008】
この方法によれば、狭小部をもつ微細な流路中にDNAを注入し、圧力流れとこれに対向する直流電場を同時に印加すると、DNAが狭小部近傍で捕捉され、濃縮されるという現象がみられる。
【0009】
しかし、この方法は、マイクロメートルオーダーの比較的大きな生体物質に対して適用することができるが、RNAのようなナノメートルオーダーの小さい分子を捕捉することが困難である。
【0010】
【特許文献1】特開2004−217号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、前記従来技術に鑑みてなされたものであり、マイクロ流体チップによるRNA分子などの生体分子の分離、洗浄、濃縮、回収などの操作を可能とし、従来の煩雑で毒性試薬を用いる生化学的方法に代替して、RNAなどの生体分子を簡便でかつ迅速に抽出することができる方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、
(1)流路に狭小部を有する液体流路に、検体として塊状の立体構造を有する生体分子を変性させた変性生体分子を含む液体を加圧下で流すとともにその液体の流れ方向と逆向きの力を、電界を印加することにより作用させ、狭小部で変性生体分子を捕捉することを特徴とする検体の捕捉方法、
(2)流路に狭小部を有する液体流路に、検体として塊状の立体構造を有する生体分子を変性させた変性生体分子を含む液体を加圧下で流すとともにその液体の流れ方向と逆向きの力を、電界を印加することにより作用させ、狭小部で変性生体分子を捕捉した後、その液体の圧力および/または電界を調節し、狭小部で捕捉されている変性生体分子を解放することを特徴とする検体の捕捉ないし解放方法、および
(3)狭小部で変性生体分子を解放する際に用いる液体が前記変性生体分子を含む液体とは異なる液体である前記(2)に記載の検体の捕捉ないし解放方法
に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、従来の誘電泳動では捕捉することが困難であるRNA分子などの生体分子を捕捉することができる。したがって、マイクロ流体チップによるRNA分子などの生体分子の分離、洗浄、濃縮、回収などの操作を可能とし、従来の煩雑で毒性試薬を用いる生化学的方法に代替して、RNAなどの生体分子を簡便でかつ迅速に抽出することができる。
【0014】
また、本発明によれば、生体分子の大きさの選択性があるので、その大きさに応じた生体分子を抽出することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
従来、狭小部をもつ微細な流路中にDNAを注入し、圧力流れとこれに対向する直流電場を同時に印加すると、DNAが狭小部近傍で捕捉され、濃縮される現象が見出されている(例えば、特開2004−217号公報参照)。
【0016】
これに対して、本発明では、検体として、塊状の立体構造を有する生体分子を変性させた変性生体分子が用いられている点に特徴がある。例えば、検体を含む液体を加圧下で流し、その液体の流れ方向と逆向きの力を、電界を印加することにより作用させ、狭小部で検体を捕捉する方法において、蛍光感度を維持しつつ、コンパクトな塊状の生体分子としてRNAを変性することにより、RNAを捕捉することができる。
【0017】
このRNAの捕捉には、液体流路の内壁近傍と流路の中央との2つの主要な捕捉パターンがあり、RNA分子の大きさに対応した捕捉が可能な液体の圧力の下限値が存在することから、従来の誘電泳動とは異なる新しい捕捉メカニズムが働いていると考えられる。
【0018】
本発明の検体の捕捉方法は、細胞または組織からの煩雑なトータルRNAの抽出を迅速かつ簡便に行うことができるツールの実現に道を開くとともに、細胞中で発現している未知のRNAの回収への応用が期待される。
【0019】
本発明の検体の捕捉方法によれば、流路に狭小部を有する液体流路に、検体として塊状の立体構造を有する生体分子を変性させた変性生体分子を含む液体を加圧下で流し、その液体の流れ方向と逆向きの力を、電界を印加することにより作用させることにより、狭小部で変性生体分子が捕捉される。
【0020】
流路に狭小部を有する液体流路は、通常、チップ内で形成させることができる。そのチップの一例を図1に示す。図1は、本発明の検体の捕捉方法に用いることができるチップの一実施態様を示す概略説明図である。
【0021】
図1に示される狭小部1を有する液体流路2は、例えば、ポリジメチルシロキサンなどのシリコーン樹脂で形成させることができる。
【0022】
狭小部1の形状は、特に限定されないが、変性生体分子の捕捉効率を高める観点から、矩形などの形状であることが好ましい。狭小部1は、液体流路2において、テーパ3を設けることによって形成することができる。このテーパ3がなす角度αは、狭小部1において流路が詰まることを回避する観点および回収する生体分子が損傷することを回避する観点から、好ましくは60〜120°、より好ましくは75〜105°、より一層好ましくは80〜100°、さらに好ましくは85〜95°、特に好ましくは90°である。
【0023】
図1では、流路に狭小部1が1ヵ所だけ設けられている実施態様が示されているが、本発明では、狭小部が設けられる個数に特に限定がなく、例えば、特開2004−217号公報に記載されているように、2〜5個の複数個であってもよい。また、本発明においては、図1に示された実施態様以外にも、例えば、特開2004−217号公報の図1〜7に記載されている態様で実施することもできる。
【0024】
なお、狭小部1は、流路の垂直方向または水平方向のみに狭くなっている狭小部であってもよく、あるいは垂直方向および水平方向のいずれの方向においても狭くなっている狭小路であってもよい。また、狭小路1は、流路の幅を変えるのではなく、例えば、特開2004−217号公報の図4の中段の図に示されているように、その流路にビーズなどの液体の流れを妨げる障害物を詰めることによって狭小路1が形成されていてもよく、あるいは特開2004−217号公報の図4の下段の図に示されているように、多孔質膜や多孔質の物質を流路に形成することによって狭小路1が形成されていてもよい。
【0025】
図1に示されるチップにおいては、狭小部1を通過した生体分子を一気に液体流路2に戻すために狭小部1を通過した後の液体流路2にはテーパが設けられておらず、急峻な角度をなしているが、必要により、テーパが設けられていてもよい。
【0026】
液体流路2の幅(円形の場合には直径。以下同じ)dは、狭小部1の縦断面積に応じて決定することができる。 液体流路2の幅dは、狭小部1の縦断面積が2〜30倍、好ましくは10〜20倍となるように設定することが望ましい。通常、液体流路2の幅dは、異物が詰まるのを防止するとともに、その作製を容易にする観点から、好ましくは10〜300μm、より好ましくは30〜200μm、さらに好ましくは50〜150μm、特に好ましくは90〜110μmである。
【0027】
狭小部1の孔径qは、使用する生体分子の種類によって異なるので、一概には決定することができないため、その生体分子の種類に応じて適宜決定することが好ましい。通常、狭小部1の孔径qは、異物が詰まるのを防止するとともに、その作製を容易にする観点から、好ましくは0.01〜50μm、より好ましくは1〜30μm、より一層好ましくは3〜20μm、さらに好ましくは5〜15μmである。
【0028】
なお、変性生体分子の捕捉効果は、変性生体分子の大きさなどによって異なる。変性生体分子の捕捉量は、液体流路の流路径やその形状を変更したり、あるいは印加する電界の電圧や電流を変更することにより、容易に調節することができる。また、液体流路の内径やその形状を変更したり、あるいは印加する電界の電圧や電流を変更することにより、捕捉することができる変性生体分子の大きさを変更することができる。
【0029】
検体として、塊状の立体構造を有する生体分子を変性させた変性生体分子が用いられる。生体分子としては、例えば、RNA、タンパク質などが挙げられるが、本発明は、かかる例示のみに限定されるものではない。RNAとしては、例えば、トータルRNA、レボゾームRNAマーカー、RNAラダーマーカー、スモールRNAラダーマーカーなどが挙げられる。
【0030】
変性生体分子としては、例えば、ホルムアルデヒドおよびグリオキザールからなる群より選ばれた少なくとも1種でRNAが変性された変性生体分子、RNAを80〜100℃の温度に保持することによってRNAが熱変性された変性生体分子、タンパク質をドデシル硫酸ナトリウム(以下、SDSという)で変性した変性生体分子などが挙げられる。この変性により、塊状の立体構造を有する生体分子が線状に解きほぐされる。
【0031】
生体分子を変性する方法としては、例えば、RNAと、ホルムアルデヒド、グリオキザールなどとを溶媒の存在下で混合する方法、RNAを溶媒の存在下で80〜100℃の温度に保持する方法、溶媒の存在下でタンパク質をSDSで変性する方法などが挙げられる。これらの方法のなかでは、RNAとホルムアルデヒドとを溶媒の存在下で混合する方法およびRNAとホルムアミドとホルムアルデヒドとを溶媒の存在下で混合する方法は、RNAを十分に変性させる観点から好ましい。
【0032】
RNA分子とホルムアルデヒドとを溶媒の存在下で混合する場合、ホルムアルデヒドの量は、RNAを十分に変性させるとともに、変性させたRNAの安定性を高める観点から、RNA100重量部あたり、好ましくは260〜2600重量部、より好ましくは1000〜1500重量部である。また、ホルムアミドとホルムアルデヒドとを併用する場合、ホルムアミドの量は、RNAを十分に変性させるとともに、変性させたRNAの安定性を高める観点から、通常、ホルムアルデヒド1mgあたり、好ましくは1〜10μL、より好ましくは2〜5μLである。
【0033】
RNAとホルムアルデヒドと必要によりホルムアミドとを溶媒の存在下で混合する際の温度は、例えば、好ましくは10〜30℃程度、より好ましくは15〜20℃程度である。また、RNAとホルムアルデヒドと必要によりホルムアミドとを溶媒の存在下で混合する際、RNAとホルムアルデヒドと必要によりホルムアミドとの混合物におけるRNAの濃度は、RNAなどの生体分子を十分に変性させるとともに、変性させたRNAなどの生体分子の安定性を高める観点から、通常、好ましくは0.2〜10μg/μL、より好ましくは1〜3μg/μLである。なお、溶媒として、例えば、水をはじめ、緩衝液などを用いることができる。
【0034】
ホルムアルデヒドは、通常、その水溶液であるホルマリンとして用いることができる。ホルマリン中のホルムアルデヒドの濃度は、特に限定されないが、通常、35〜40%程度であることが好ましい。
【0035】
生体分子の変性は、例えば、生体分子と、ホルムアルデヒドおよび/またはホルムアミドとを混合した後、得られた混合物を好ましくは50〜70℃、より好ましくは55〜65℃の温度で、好ましくは5〜30分間程度、より好ましくは10〜15分間程度加熱することによって行なうことができる。加熱終了後は、その混合物を5℃以下の冷水で急冷した後、好ましくは5〜30分間程度、より好ましくは10〜15分間程度保持することにより、変性生体分子が得られる。
【0036】
変性生体分子を含む液体は、変性生体分子の濃度が所望の濃度となるように、例えば、超純水などの水で希釈することによって得ることができる。希釈後の液体における変性生体分子の濃度は、特に限定されないが、通常、0.05〜0.5μg/μL程度であることが好ましい。
【0037】
なお、変性生体分子は、例えば、核酸用インターカレータ色素を用いてラベリングしてもよい。
【0038】
次に、変性生体分子を含む液体を加圧下で液体流路2に流す。図1に示されるチップでは、変性生体分子を含む液体は、リザーバ4から導入され、矢印A方向で液体流路2に流れ、ウエステ5から排出される。液体への圧力は、リザーバ4およびウエステ5の少なくとも一方に圧力源と接続された管と接続し、圧力源によって加圧することにより、調節することができる。
【0039】
溶液を加圧下で液体流路2に流すとともに、溶液に電界を印加する。図1に示されるチップでは、矢印Aで示される液体の流れ方向と逆向きの力を、矢印Bで示される方向から液体に電界を印加することにより作用させる。より具体的には、電界は、リザーバ4およびウエステ5に電極などを配設し、変性生体分子を含む液体を加圧してリザーバ4からウエステ5に向けて矢印A方向に送液するとともに、リザーバ4に正の電圧、ウエステ5に負の電圧を加えることによって生じさせることができる。
【0040】
これにより、リザーバ4から導入された変性生体分子を含む液体のうち変性生体分子が狭小部1で捕捉される。
【0041】
溶液に加える圧力は、生体分子の種類や液体流路の形状、大きさなどによって異なるので、一概には決定することができないことから、その生体分子の種類や液体流路の形状、大きさなどに応じて適宜決定することが好ましい。
【0042】
溶液に加える圧力の下限値は、その変性生体分子を十分に捕捉する観点から、例えば、変性生体分子に用いられるRNAが、レボゾームRNAマーカーである場合には25hPaであり、RNAラダーマーカーである場合には100hPaであり、スモールRNAマーカーである場合には200hPaであることが好ましい。溶液に加える圧力の上限値は、RNAを安定して回収する観点から、例えば、変性生体分子に用いられるRNAが、レボゾームRNAマーカーである場合には200hPaであり、RNAラダーマーカーである場合には250hPaであり、スモールRNAマーカーである場合には300hPaであることが好ましい。
【0043】
変性生体分子を含む液体の送液の終了後には、電極間の電界を強めるか、または液体の圧力を弱めるか、あるいは液体が流れる方向を逆転させて矢印B方向に流れるようにするか、または電極間の電界の向きを逆転させて矢印A方向に流れるようにすることにより、リザーバ4で濃縮された変性生体分子を回収することができる。また、液体を矢印A方向に送液し、その圧力を高めるか、あるいは矢印B方向の電界を弱めるかまたは電界を矢印A方向に反転させることにより、ウエステ5から濃縮された変性生体分子を回収することができる。
【0044】
溶液に加える電界は、印加する電圧によって決定することができる。印加する電圧は、変性生体分子の種類や液体流路の形状、大きさなどによって異なるので一概には決定することができない。印加する電圧は、通常、5〜1000Vの範囲から選択される。
【0045】
液体に印加される電界と液体に加える圧力を調節することにより、矢印A方向に流れる変性生体分子を選択的に狭小部1およびその近傍に捕捉することができる。このとき、溶液中の捕捉されない物質は、電界または液体の圧力によって流れ去るので、変性生体分子を回収したり、その濃縮をすることができる。また、変性生体分子が捕捉されている状態で液体が流れるので、その液体を他の液体に交換して流すことにより、捕捉されている変性生体分子を洗浄することができる。
【0046】
また、狭小部1で変性生体分子を捕捉した後、変性生体分子が解放されるように液体の圧力および/または電界を調節することにより、捕捉した変性生体分子を解放することができる。より具体的には、液体流路2の狭小部1で捕捉された変性生体分子は、印加する電界および液体の圧力の少なくとも一方を調節することにより、液体の入り口側または出口側に放出することができる。これにより、変性生体分子を容易に回収することができる。
【0047】
捕捉した変性生体分子を解放する際に用いる液体として、前記変性生体分子を含む液体とは異なる液体を用いることができる。このように変性生体分子を含む液体とは異なる液体を用いた場合には、捕捉した変性生体分子を解放する際に用いる液体とは異なる液体に変性生体分子を放出することができる。
【0048】
また、本発明においては、特開2004−217号公報の図5に示されるように、変性生体分子の捕捉量を増大させるために、複数のチップを並列に接続してもよい。
【0049】
また、異なる大きさの変性生体分子を異なるチップに捕捉するために、変性生体分子を捕捉することができる狭小部の大きさが異なるチップを直列に接続してもよい。このように接続することにより、大きさが異なる変性生体分子を異なるチップで捕捉することができる。この方法は、変性生体分子の分析やフィルタリングにも応用することができる。
【0050】
本発明においては、さらに、特開2004−217号公報の図7に記載の実施態様に示されているように、各部材を配設することにより、血液、細胞、菌類、血清中で薄められているウイルス中のRNAを濃縮することができるので、チップ上でRNAを高感度で検出することができる。
【0051】
以上に述べたように、本発明によれば、液体から変性生体分子を捕捉し、必要に応じて解放することができる。
【0052】
したがって、チップ上で変性生体分子を取り出すための前処理の溶液から変性生体分子のみを回収することができ、変性生体分子を残して緩衝液などを交換したり、非常に薄められた変性生体分子を濃縮することができるので、その検出感度を高めたり、チップ上で取り扱いやすい液量に調節したりすることが容易となる。また、RNAを利用したタンパク質の合成や、RNAを用いた分析法、RNAを用いたデバイスの開発において、溶液中のRNAのみを一時的に固定することができることは、溶液の交換、RNAのマニュピレーション、RNAの観察などを容易にするため、種々の波及的効果を期待することもできる。
【実施例】
【0053】
次に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明するが、本発明は、かかる実施例のみに限定されるものではない。
【0054】
(1)チップ
図1に示される形状の液体流路2が形成されているポリジメチルシロキサン(以下、PDMSという)製のシートをカバーガラスに貼り付けてチップとした。このとき、図1に示される液体流路2の幅d:100μm、高さ10μm、テーパ3のなす角度を90度とし、狭小部1における孔径qを10μmとした。また、電気浸透流を抑制するために流路の内壁をポリビニルピロリドンで保護して実験を行った。
【0055】
(2)実験装置
実験装置として、図2に示される実験装置を用いた。図2は、実施例で用いられた実験装置の概略説明図である。図2には、実験装置として、倒立落射蛍光観察装置(蛍光顕微鏡)〔オリンパス(株)製、光源:超高圧水銀ランプ、レンズ:UPlanApo 40倍N.A.0.85、フィルタ:U−MWBV〕31が用いられている。
【0056】
電源装置22として、直流安定化電源〔菊水電子工業(株)製、品番:PMC500−0.1A〕を用い、CCDカメラ23として、CCDカメラ〔フローウェル(FLOWEL)社製、品番:ADT−33C〕を用いる。
【0057】
シリンジ24の開口部(図示せず)は、導管を介して圧力計25に接続され、その導管は、チップ21の内部空間に接続されている。変性生体分子26は、蛍光顕微鏡31で観察され、その画像がCCDカメラ23で捉えられる。
【0058】
電源装置22によって電圧が白金電極27に印加され、電界が発生する。圧力計25では、シリンジ24を用いて加えた圧力が計測される。ガラス板28は、白金電極27と導管とチップ21を密閉するために用いられる。図1に示される流路が形成されているPDMSシート29は、カバーガラス30と自発的に接着され、チップ21となる。
【0059】
(3)RNA
RNAとして、シグマ・アルドリッチ(SIGMA−ALDRICH)社製のリボソームRNA(18s+28s Ribosomal RNA from calf livwer)、ノバゲン(Novagen)社製のRNAラダーマーカー(Perfect RNA Markers, 0.1−1kb)、またはバイオダイナミック・ラボラトリー・インク(BioDynamics Laboratory Inc.)社製の商品名:Small RNA 2(20b−100b)を用いた。
【0060】
(4)サンプルの調製
1.RNAの濃度調節
タカラバイオ(株)製の濃度調整キットを用いて、変性時のRNAの濃度を2μg/μLに調節した。
【0061】
2.ホルムアルデヒド変性
前記で濃度が調節されたRNA5.0μL、10×MOPS(3−モルホリノプロパンスルホン酸緩衝液)0.7μL、37%ホルマリン2.3μL、およびホルムアミド6.6μLをよく混合した。次に、60℃で15分間加熱し、氷水で急冷した後、10分間保持することにより、変性RNAを得た。
【0062】
3.ラベリング
モレキュラー・プローブ(Molecular Probe)社製の核酸用インターカレータ色素(品番:POPO3)を超純水で25万倍に希釈し、その希釈液で変性RNAを染色した後、−20℃で一晩放置し、ラベリングされた変性RNAを得た。
【0063】
4.サンプルの調製
0.6%ポリビニルピロリドン50μL、0.5×TBE(トリスホウ酸−エチレンジアミン四酢酸緩衝液)40μL、およびラベリングされた変性RNA10μLを加え、緩やかに混合した。
【0064】
(5)実験
図1に示されるリザーバ4からサンプルを投入し、図2に示される圧力計25を見ながらシリンジ24で液体に加える圧力を段階的に設定した後、リザーバ4と廃液用リザーバ間に設けられた白金電極27,27間の電圧を電源装置22で変化させながら、蛍光顕微鏡31でチップ21の狭小部を観察し、変性RNAの捕捉領域を探索した。
【0065】
その結果を図3に示す。図3は、送液される液体の圧力が100hPaのときのレボソームRNAマーカー(5kbと2kb)の代表的な捕捉パターンおよびその遷移を示す顕微鏡写真である。
【0066】
最初に変性RNAの捕捉が見られるのは、図3(a)に示されているように、印加電圧が100Vのときであり、液体流路の両内壁部に変性RNAが捕捉されている。
【0067】
次に、さらに印加電圧を高めると、変性RNAの捕捉領域が若干成長する。図3(b)および(c)に見られるように、印加電圧が150Vから175Vに高められると、突然、液体流路の中央部に捕捉点が出現する。
【0068】
さらに印加電圧を200Vに高めると、図3(d)に見られるように、内壁の捕捉点が完全に消え、中央の捕捉領域が成長するとともに、捕捉された変性RNAの形状が球形から長楕円形状に変化し、右方に尾が現れている。また、捕捉領域の中心点が若干左方の圧力の高い側にシフトしていることがわかる。
【0069】
印加電圧が225Vに高められたとき、図3(e)に示されるように、変性RNAが捕捉された領域が中央流線上で左方に引き伸ばされ、2ヵ所に分離していることがわかる。
【0070】
さらに印加電圧を300Vに高めると、図3(f)に示されるように、左側の変性RNAの捕捉領域が消滅し、右側の捕捉領域が左方にシフトしながら若干成長する。印加電圧を400Vに高めた場合には、図3(g)に示されるように、電気力がドラッグフォースと拮抗し、捕捉された変性RNAの分子の数が少なくなり、さらに印加電圧を500Vに高めると、図3(h)に示されるように、捕捉された変性RNAの領域が完全に消滅していることがわかる。
【0071】
以上の結果から、液体流路に変性生体分子を含む液体を加圧下で流しつつ、電圧を印加し、その電圧を高めていくと、まず液体流路の内壁近傍に変性生体分子が捕捉され、ある電圧のときに急激に狭小部の中央部分で変性生体分子が捕捉されることがわかる。
この捕捉された変性生体分子は、安定しており、電圧が高くなるとともに、圧力が高い側にその捕捉された領域が成長するが、さらに電圧が高くなると捕捉領域が伸び、ついには消滅することがわかる。
【0072】
なお、この捕捉領域の遷移で、印加された電圧が低い内壁近傍での変性生体分子の捕捉パターンは、ラダーマカー(100bから1kb)とスモールRNAマーカー(20bから100b)では出現しないが、狭小部の中央部分で捕捉されたものについては、レボソームRNAマーカーと同じパターンを示す。
【0073】
図4は、実施例1で得られた変性されたRNAが捕捉された領域を示す説明図である。図4において、各プロットは、変性生体分子の捕捉が確認されたときの液体の圧力と印加された電圧の組み合わせに対応している。実線Aで囲まれた領域は、レボソームRNAマーカーが捕捉された領域を示す。実線Bおよび一点鎖線Cで囲まれた領域は、それぞれ、RNAラダーマーカーおよびスモールRNAマーカーが捕捉された領域である。また、各領域において、破線で示された領域は、未確認ではあるが、液体の圧力が高く、電圧がより高い領域にも変性生体分子の捕捉領域があると考えられる。
【0074】
図4では、3種類のRNAマーカーが捕捉された領域が1つの図に示されているが、この図に示された結果から、大きさがもっとも大きいレボソームRNAマーカーが捕捉された領域が最も広く、大きさがもっとも小さいスモールRNAマーカーが捕捉された領域が最も狭いことから、大きさが大きい分子が捕捉される領域が、大きさが小さい分子が捕捉される領域を包含することがわかる。つまり、RNA分子の大きさが小さいほど捕捉される条件が厳しくなり、その捕捉される領域が、液体の高圧側でかつ高電圧側にシフトしていることがわかる。
【0075】
図4において、各境界線の傾きは、分子に作用するドラッグフォースと電気力との比に相当する。また、それぞれのマーカーは、捕捉可能な液体の圧力に下限値を有し、その下限値は、レボソームRNAマーカーでは25hPa、RNAラダーマーカーでは100hPa、スモールRNAマーカーでは200hPaとなっている。
【0076】
このことは、RNAが捕捉されるには、RNA分子の大きさに選択性があることを明確に示しており、捕捉可能な液体の圧力の下限値を利用して所定の大きさのRNAを選択して抽出することができることを示している。
【0077】
次に、従来の誘電泳動法との相違点について、簡単に説明する。
第1の相違点は、本発明の方法では、捕捉パターンが印加電圧によって遷移することであり、主として低電圧時の流路内壁と流路中央部の2つに顕著な捕捉パターンが存在することである。
【0078】
本発明における捕捉パターン遷移については、おおむね、次のように理解することができる。つまり、捕捉パターン遷移は、流体中を移動する荷電分子に作用するドラッグフォースと印加電界による電気力とのバランスに起因すると考えられる。浸透流を抑えた微小平板流は、レイノルズ数が1以下の層流であるから、その速度分布は、液体流路の内壁面でゼロ、流路の中心部で最大となる放物線で与えられ、液体中のRNA分子が受けるドラッグフォースは、ストークス抵抗で近似され、図5に示されるように流路の断面に対して放物線状に変化する。
【0079】
なお、図5(a)〜(c)は、それぞれ、荷電粒子に作用する力のバランス点の移動を示す概略説明図である。
【0080】
図5において、向かって左向きの矢印は、一様な電界による電気力、右向きの矢印は、ドラッグフォースを示す。図5(a)に示されるように、電気力が小さい場合には、力のバランス点が流路内壁近傍にあり、電界の増加とともに中央に移動する。
【0081】
液体流路で移動するRNA分子に対し、印加電界をゼロから徐々に増加させていくと、電気力は流路断面に対して一様であるから、まず、図5(a)に示されるように、液体流路の内壁近傍に力のバランス点aが現れる。次に、図5(b)に示されるように、荷電粒子に作用する電気力の増加とともにバランス点bが流路中心に向かって移動し、最後には、図5(c)に示されるように、流路中心線上がバランス点cとなる。これ以上印加電界を増加させると電気力がドラッグフォースよりも大きくなり、バランス点が消滅する。
【0082】
また、第2の相違点は、現状の誘電泳動では難しいナノオーダーサイズのRNA分子を捕捉することができる点にある。殊に、100b以下のスモールRNAを捕捉することができることは、この捕捉現象には、ブラウン運動の外乱に影響されない、力のバランス点への大きな復元力が存在していることを示唆している。
【0083】
本発明において、予備実験として上記と同じチップを用いて、トータルRNAの抽出液から非変性のままのRNAの捕捉を試みたが、まったく捕捉することができなかった。このことから、コンパクトな塊状RNA分子が変性されると複雑な三次元構造が解きほぐされ、流体力学的な大きさと形状に変化し、その結果、抵抗係数も大きくなることがわかる。
【0084】
したがって、保有する総電荷が変わらずに、トータルのドラッグフォースが大きくなるため、ドラッグフォースと電気力の比が図5(b)の捕捉の境界線b−bの傾きよりも大きくなり、捕捉することが可能になったものと考えられる。
【0085】
第3の相違点は、上述したように、RNAのサイズごとに捕捉可能な液体の圧力の限界が存在することから、流体力学的な力が関与していることである。
【0086】
以上のことから、RNA分子の流体力学的性状が、その捕捉に顕著に反映しており、誘電泳動法とは異なる何らかの流体力学的な力が関与する捕捉のメカニズムが働いているものと考えられる。
【0087】
以上説明したように、本発明によれば、従来の誘電泳動では困難であるRNA分子などの生体分子を捕捉することができる。また、本発明の方法によれば、生体分子の大きさの選択性があるので、その大きさに応じた生体分子を抽出することができる。
【0088】
なお、捕捉することができる生体分子の最小の大きさは、100b以下のスモールRNAが捕捉されていることから、20bレベルのマイクロRNAを捕捉することができると考えられる。また、チップ上で捕捉された生体分子をそのまま回収する技術と組み合わせることにより、様々なRNA分子の混合溶液であるトータルRNA抽出液から所望のRNAを抽出することができる。
【0089】
したがって、本発明によれば、細胞や組織からの所望の生体分子の簡便な抽出ツールの実現に道を開くとともに、細胞中で発現している配列不明な未知のRNAの回収への応用が期待される。また、本発明によって同時に得られた捕捉パターン遷移をはじめとする数多くの知見は、荷電生体高分子の捕捉現象の解明に大いに寄与することが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0090】
【図1】本発明の検体の捕捉方法に用いることができるチップの一実施形態を示す概略説明図である。
【図2】本発明の実施例で用いられた実験装置の概略説明図である。
【図3】本発明の実施例におけるRNAの捕捉パターンおよびその遷移を示す蛍光顕微鏡写真である。
【図4】本発明の実施例1で得られた変性されたRNAが捕捉された領域を示す説明図である。
【図5】本発明における荷電粒子に作用する力のバランス点の移動を示す概略説明図である。
【符号の説明】
【0091】
1 狭小部
2 液体流路
3 テーパ
4 リザーバ
5 ウエステ
21 チップ
22 電源装置
23 CCDカメラ
24 シリンジ
25 圧力計
26 変性生体分子
27 (白金)電極
28 ガラス板
29 流路が形成されているPDMSシート
30 カバーガラス
31 蛍光顕微鏡

【特許請求の範囲】
【請求項1】
流路に狭小部を有する液体流路に、検体として塊状の立体構造を有する生体分子を変性させた変性生体分子を含む液体を加圧下で流すとともにその液体の流れ方向と逆向きの力を、電界を印加することにより作用させ、狭小部で変性生体分子を捕捉することを特徴とする検体の捕捉方法。
【請求項2】
生体分子がRNAまたはタンパク質である請求項1に記載の検体の捕捉方法。
【請求項3】
狭小部の流路幅が0.01〜50μmである請求項1または2に記載の検体の捕捉方法。
【請求項4】
液体流路の断面積が、狭小部の流路の断面積の2〜30倍である請求項1〜3のいずれかに記載の検体の捕捉方法。
【請求項5】
流路に狭小部を有する液体流路に、検体として塊状の立体構造を有する生体分子を変性させた変性生体分子を含む液体を加圧下で流すとともにその液体の流れ方向と逆向きの力を、電界を印加することにより作用させ、狭小部で変性生体分子を捕捉した後、その液体の圧力および/または電界を調節し、狭小部で捕捉されている変性生体分子を解放することを特徴とする検体の捕捉ないし解放方法。
【請求項6】
狭小部で変性生体分子を解放する際に用いる液体が前記変性生体分子を含む液体とは異なる液体である請求項5に記載の検体の捕捉ないし解放方法。
【請求項7】
生体分子がRNAまたはタンパク質である請求項5または6に記載の検体の捕捉ないし解放方法。
【請求項8】
狭小部の流路の幅が0.01〜50μmである請求項5〜7のいずれかに記載の検体の捕捉ないし解放方法。
【請求項9】
液体流路の断面積が、狭小部の流路の断面積の2〜30倍である請求項5〜8のいずれかに記載の検体の捕捉ないし解放方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2008−116318(P2008−116318A)
【公開日】平成20年5月22日(2008.5.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−299716(P2006−299716)
【出願日】平成18年11月3日(2006.11.3)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2006年9月13日 応用物理学会 固体素子・材料コンファレンス発行の「Extended Abstracts of the 2006 International Conference on SOLID STATE DEVICES AND MATERIALS」に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成18年度、独立行政法人科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受ける特許出願
【出願人】(304024430)国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学 (169)
【Fターム(参考)】