説明

検体溶液の攪拌方法および検体の分析方法

【課題】分析チップを用いた検体溶液の分析を行う際に、検体溶液中を効率的に撹拌することで被検物質を激しく動かして、反応の均一化ならびに反応効率の向上を図り、短時間で定量的な分析を可能にする検体溶液の攪拌方法と検体の分析方法を提供する。
【解決手段】被検物質を含む検体溶液をアプライした分析チップを、振動源として圧電素子が具備された反応装置に設置し、その圧電素子を作動させて振動を検体溶液に伝播させることにより、検体溶液を効率よく撹拌する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被検物質を含む検体溶液をアプライした分析用チップを、振動源として圧電素子を具備した反応装置に設置し、その圧電素子を作動させることにより、検体溶液に振動を伝播させ該検体溶液を攪拌する検体溶液の攪拌方法と検体の分析方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
分析用チップは、遺伝子、タンパク質、脂質および糖などの選択結合性物質が固定化された基板を有し、この基板上の選択結合性物質と被検物質を通常溶液として反応させて、反応結果から被検物質の存在の有無、状態または量などを分析するために用いられる。この基板としては、一般にガラス製、金属製および樹脂製の基板が用いられる。
【0003】
分析用チップの一態様として、数百〜数万という多数の遺伝子発現を同時に測定することを目的として、基板上にDNAなどの分子を高密度に配置した、マイクロアレイと呼ばれる分析用チップがある。マイクロアレイを使用することによって、各種疾患動物モデルや細胞生物学現象における体系的かつ網羅的な遺伝子発現解析を行うことができる。具体的には、遺伝子の機能、すなわち遺伝子がコードするタンパク質を明らかにするとともに、タンパク質が発現する時期や作用する場所を特定することが可能になる。生物の細胞または組織レベルでの遺伝子発現の変動をマイクロアレイによって解析し、これを生理学的、細胞生物学的および生化学的事象データと組み合わせて遺伝子発現プロファイルデータベースを構築することによって、疾患遺伝子および治療関連遺伝子の検索や治療方法の探索が可能になると考えられている。
【0004】
現在、分析チップを用いた反応における課題として、分析チップに固定化した選択結合性物質に検体溶液中の被検物質を結合させる反応が十分に進行しないことや、反応ムラが生じることが挙げられる。このような状態では、被検物質の濃度等を定量的に比較することができず、マイクロアレイの性能を十分に発揮することができない。これらの原因として、分析チップに固定化した選択結合性物質と被検物質の反応において、検体溶液中の被検物質の運動性が不十分であることが考えられる。
【0005】
そこで、反応効率の向上や、反応の均一化を図るための反応方法が提案されている。具体的に、核酸のハイブリダイゼーション方法および装置に関して、選択結合性物質と被検物質との結合を効率よく行うために、ポンプを用いて検体溶液を循環させる方法、装置について提案がなされている(特許文献1参照)。しかしながら、この提案の方法と装置を用いる場合、微小な液体を送液するためのポンプや、液体を加温するためのヒーターが必要となり、装置が非常に煩雑となる。
【0006】
また、検体溶液に向けて音波を放出し、検体溶液に局部的な流れを発生させて検体液体を攪拌するデバイスが提案されている(特許文献2参照)。しかしながら、この提案のデバイスは、開放系において液体を攪拌するものであり、分析チップへの応用は難しいと考えられる。
【0007】
また、微少液滴内の分子運動を促して攪拌する方法およびそれに用いる装置が開示されている(特許文献3参照)。しかしながら、この提案の攪拌方法および装置は、極微少量の液滴内を攪拌するものであり、分析チップのようなある程度容量のある液体を攪拌する技術とはいえない。したがって、いずれの方法も、上記の課題を解決する手段としては必ずしも満足するものではなかった。
【特許文献1】特開2007−209236
【特許文献2】特開2005−257406
【特許文献3】特開2001−327846
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、上記に鑑みてなされたものであり、分析チップを用いた検体溶液の分析を行う際に、検体溶液中を効率的に撹拌することで被検物質を激しく動かして、反応の均一化ならびに反応効率の向上を図り、短時間で定量的な分析を可能にする検体溶液の攪拌方法と検体の分析方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題に鑑みて、本発明者らは鋭意検討した結果、分析チップを用いて検体溶液の分析を行う際に、検体溶液をアプライした分析チップを振動源として圧電素子が具備された装置に設置し、検体溶液に振動を伝播させて検体溶液を撹拌することにより、検体溶液中の被検物質と分析チップに固定された選択結合性物質との反応を迅速かつ均一に行えることを見出し、さらに検体溶液中の被検物質を定量的に検出できることを見出し、本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明の検体溶液の攪拌方法は、被検物質を含む検体溶液をアプライした分析用チップを、振動源として圧電素子が具備された反応装置に設置し、その圧電素子を作動させることにより、検体溶液に振動を伝播させて検体溶液を攪拌する方法である。
【0011】
また、本発明の検体の分析方法は、選択結合性物質が固定された分析用チップに被検物質を含む検体溶液をアプライする工程と、検体溶液をアプライした分析用チップを振動源として圧電素子が具備された反応装置に設置する工程と、振動発生機構である振動源の圧電素子を作動させることにより検体溶液に振動を伝播させて検体溶液を撹拌し、分析用チップに固定された選択結合性物質と検体溶液中の被検物質を反応させ結合させる工程と、選択結合性物質に結合した被検物質を検出する工程からなる方法である。
【0012】
また、本発明の検体の分析装置は、被検物質を含む検体溶液をアプライするための基板を備えた分析用チップと、該分析用チップを内部に設置して用いる反応装置からなり、該反応装置は分析用チップを振動させ検体溶液に振動を伝播させて検体溶液を撹拌する振動源としての圧電素子を具備している装置である。
【0013】
本発明の検体の分析装置の好ましい態様によれば、前記の分析用チップは、基板およびその基板の一部に密着可能なカバー部材を備え、該カバー部材と基板の間に空隙部を有し、カバー部材に該空隙部と連通する貫通孔が少なくとも一つ備えられていることである。
【0014】
本発明の検体の分析装置の好ましい態様によれば、前記の分析用チップの空隙にビーズが封入されていることである。
【発明の効果】
【0015】
本発明の検体溶液の撹拌方法により、分析チップを用いて検体溶液中の被検物質を分析することにより、従来の撹拌方法と比べて検体溶液中の被検物質の分子運動を大幅に促進できる。その結果、従来の分析方法と比較して反応効率が大幅に向上し、さらに反応ムラが著しく低減される。したがって、本発明の検体溶液の撹拌方法で検体溶液の撹拌を実施することにより、短時間で目的の反応を完了させることができ、かつS/N比および検出感度を大幅に改善し、定量的な評価が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の検体溶液の攪拌方法と検体の分析方法について、さらに具体的に説明する。
【0017】
本発明でいう分析チップとは、ガラス、セラミックスおよびシリコンなどの無機材料、ステンレスや金(めっき)などの金属類、あるいはポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリエチレンテレフタレート、酢酸セルロース、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリジメチルシロキサンおよびシリコンゴムなどの高分子材料からなる基板に、被検物質となるタンパク質、核酸、糖、脂質、細胞および低分子化合物等に対する選択結合性物質を、数百〜数万固定したものである。選択結合性物質が固定された分析チップに被検物質を含む検体溶液をアプライし、被検物質を選択結合性物質と結合させ、被検物質の量や性状を測定することができる。
【0018】
本発明で用いられる選択結合性物質は、被検物質と直接的または間接的に、選択的に結合しうる物質をいう。そのような選択結合性物質の例として、核酸、タンパク質、糖類および他の抗原性化合物が挙げられる。核酸には、デオキシリボ核酸(DNA)、リボ核酸(RNA)、ペプチド核酸(PNA)、相補的DNA(cDNA)および相補的RNA(cRNA)などが含まれる。タンパク質には、抗体およびその断片、抗原および酵素基質が含まれる。糖類には、オリゴ糖や多糖類が含まれる。他の抗原性化合物には、ペプチドおよび低分子化合物が含まれる。特に好ましい選択結合性物質は、核酸およびタンパク質(特に抗体、抗原など)である。この点で、本発明で特に好ましく用いられる分析チップの例は、DNAマイクロアレイ(DNAチップともいう)またはタンパク質分析チップである。また、このような選択結合性物質は、市販のものでもよいし、あるいは、合成するか、生体組織または細胞などの天然源から調製したものであってもよい。
【0019】
本発明でいう検体溶液とは、分析対象となる被検物質を含む溶液のことをいう。ここで、被検物質としては、抗体、抗原およびペプチドアプタマー等のタンパク質、DNA、RNAおよび核酸アプタマー等の核酸、単純脂質や複合脂質等の脂質類、多糖、オリゴ糖等の糖類、細胞、低分子化合物およびそれらの複合体から選ばれる少なくとも一つが挙げられる。被検物質は、分析用チップにアプライする前に、蛍光化合物や放射化合物等により標識しておくことが好ましい。また、被検物質を予めビオチン化しておき、分析用チップにアプライして選択結合性物質と結合したものに対して、蛍光標識したアビジンまたはストレプトアビジンを結合させる方法で検出する方法も好ましく用いられる。
【0020】
本発明でいうアプライとは、検体溶液を分析チップの反応部に垂らして、被検物質を選択結合性物質に接触させることをいう。検体溶液中の被検物質を分析チップの選択結合性物質に結合させることで、どのような被検物質がどの程度検体溶液中に含まれているかを判定することができる。アプライは、使用する分析チップの形状に応じて任意の方法で行うことができる。
【0021】
分析チップに検体溶液をアプライした後、検体溶液をアプライした分析チップを反応装置に設置する。本発明で用いられる反応装置とは、分析チップにアプライした検体溶液中の被検物質を、分析チップの選択結合性物質と結合させる際に使用するものを指し、振動源を具備している。振動源は、振動を検体溶液に伝播させることができ、振動周波数や振幅、加速度を比較的容易に制御できるもので、本発明では圧電素子が用いられる。さらに、反応装置には、分析チップを所定の温度に加温・冷却する機構や、旋回回転、往復回転、八の字回転および重力回転等により、分析チップを揺動させる機構が備わっていることが好ましい。
【0022】
本発明で用いられる圧電素子とは、強誘電体の一種で、振動や圧力などの力が加わると電圧が発生し、また逆に電圧が加えられると伸縮する素子のことを指す。圧電素子は、電圧の制御によって微妙に伸縮変化させることが可能であり、攪拌の程度を調節することができる。圧電素子を分析チップにアプライした検体溶液に接触させた状態で、圧電素子に電圧を印加することにより、検体溶液に振動を伝播させて攪拌する方法や、圧電素子に振動板を接触させた状態で、振動板と検体溶液をアプライした分析チップとを接触させ、圧電素子に電圧を印加することで、振動板を介して振動を分析チップに伝播させ、検体溶液を攪拌する方法が好ましく用いられる。検体溶液に圧電素子を接触させて撹拌する場合、使用毎に洗浄を要することを勘案すれば、振動板を用いた方法の方が好ましい。
【0023】
本発明で用いられる圧電素子の種類としては、例えば、チタン酸バリウム系セラミックスやジルコン酸鉛とチタン酸塩の固溶体セラミックス等のセラミックス類、リン酸二水素アンモニウム、リン酸二水素カリウム、水晶、ロッシェル塩、ポリフッ化ビニリデン、ポリ塩化ビニルおよびナイロン11等の有機高分子化合物が挙げられる。
【0024】
上記の撹拌方法により、分析チップを用いて被検物質を含む検体溶液を分析することができる。このとき、分析チップの形状は平板構造でもよいし、凹凸構造を有していてもよい。
【0025】
次に、図面に基づいて、本発明で用いられる分析用チップについて説明する。
【0026】
図1は、本発明で使用する分析用チップを構成する基板の一例を概略的に示す斜視図であり、図2は、本発明で使用する分析用チップの一例を概略的に示す縦断面図であり、図3は、本発明で使用する分析用チップの一例の概略的に示す斜視図であり、そして。図4は、本発明で使用する分析用チップを構成するカバー部材の一例を示す部分断面図である。
【0027】
図1と図2において、基板1の少なくとも一部分は凹凸構造を有している。凹凸構造の凹部および凸部の形状としては、特に凸部は角柱、円柱および円錐台などの柱状形状の構造であることが好ましい。また、凸部の上面の形状は、円形または三〜八角形などの角形であることが好ましい。凹部または凸部は、完全にまたは実質的に同一の構造を有しており、また交互に規則的に配列していることが好ましい。このような規則的な配列の場合、凸部の形状に応じて凹部の形状が決まる。凹凸構造を有する分析チップの場合、凸部の上面に選択結合性物質2が固定される。
【0028】
さらに、分析チップにおいては、図2に示すように、基板1の凹部と凸部を覆うカバー部材3を接着部材4で接着することも好ましい態様である。このとき、基板1の凸部の上面とカバー部材3との間には、選択結合性物質と被検物質とが結合しうるための空間部を設ける必要がある。そのような空間部のサイズは、例えば、高さ方向で好適には1〜500μmである。空間部サイズが1μmより小さいと、固定された選択結合性物質に被検物質が接触する機会が極端に少なくなり、ハイブリダイゼーション後のシグナルが著しく小さくなる。一方、空間部サイズが500μmを超えると、多くの液量が必要となり、微量な検体を分析する場合、検体溶液の濃度が薄くなってハイブリダイゼーションの反応性が低下し、検出時のシグナルが弱くなる。ここで、ハイブリダイゼーションとは、相補的な配列を有する核酸分子同士が複合体を形成することをいい、本発明においては、分析用チップに固定された選択結合性物質と相補的な配列を持つ被検物質とが特異的に結合する性質を利用して、各被検物質の検出、定量を行うことができる。
【0029】
さらに、ハイブリダイゼーション後に、そのシグナル(蛍光)を測定することを考慮すると、カバー部材3はハイブリダイゼーション後に脱離可能であることが好ましいことから、固定手段として両面テープやPDMS(ポリジメチルシロキサン)等の接着部材4が好適に用いられる。
【0030】
また、カバー部材3には、図2〜図4に示されるように、上記の空間部に連通する1つ以上の貫通孔5を備えていることが好ましい。この貫通孔5は、検体溶液や結合用バッファーなどの液体を注入するためのものであり、また同時に、基板1内部の圧力を大気圧に保持するためのものでもある。貫通孔5は、一つの空隙に対して複数あることが好ましく、中でも3〜6個とすることにより、検体溶液の充填が容易となる。カバー部材が複数の貫通孔を有する場合、それらの孔径は、同一でも異なっていてもよいが、複数の貫通孔のうちの一つをアプライ口とし、他の貫通孔を空気の抜け口として機能させる場合、検体溶液のアプライの容易さおよび該検体溶液の密閉保持性の点から、アプライ口のみをアプライに必要な広い孔径とし、その他の貫通孔をより狭い孔径とすることが好ましい。具体的には、検体溶液をアプライするための貫通孔5のサイズは直径0.01mmから2.0mmの範囲内とし、その他の貫通孔5の直径は0.01mm〜1.0mmとすることが好ましい。
【0031】
また、このカバー部材には、好ましくは貫通孔5と連通する液面駐止用チャンバー7を設けることができる。液面駐止用チャンバー7を設けることにより、貫通孔5からアプライされ空間部に充填された検体溶液の液面の上昇を抑え、貫通孔5を封止部材により封止するのを容易かつ確実に行うことが可能となるとともに、検体溶液の中への空気の流入や検体溶液の流出を防ぐことができる。液面駐止用チャンバー7のサイズは、直径1.0mmから10mmの範囲内が好ましい。
【0032】
上記のようなカバー部材3は、例えば、樹脂の場合は射出成形法、ホットエンボス法等および削り出し等の方法、ガラスやセラミックの場合はサンドブラスト法、そしてシリコンの場合は半導体プロセスで使用される方法等で好ましく製造される。
【0033】
さらに、図2に示されるように、基板1とカバー部材3の間の空間部に微粒子(ビーズ)6を封入することができる。空間部に検体溶液をアプライして、検体溶液に振動を伝播させると、微粒子6が検体溶液中で激しく動き回り、攪拌効率が著しく高くなる。その結果、ハイブリダイゼーションの反応促進効果がもたらされる。ここで、微粒子6の材質としては、例えば、ガラス、セラミックス(例えば、イットリア安定化ジルコニア)、ステンレス等の金属類、ナイロンやポリスチレン等のポリマー、および磁性体などが好適に用いられる。中でも、物理的および化学的に安定であり、かつ比重が大きいことから、セラミックの微粒子が特に好ましく用いられる。微粒子6のサイズは、前記基板1のような凹凸構造を有する基板においては、微粒子6の直径が凸部上面とカバー部材との間隔の最短距離より大きいことが好ましい。
【0034】
さらに、本発明では、基板1を回転させて重力方向に微粒子6を落下させる方法、基板を振盪させる方法、および磁性微粒子を用いて磁力により微粒子6を移動させる方法などを併用することで、より一層攪拌効率を向上させることができる。
【0035】
次に、本発明で用いられる反応装置について説明する。図5と図6は、いずれも本発明で用いられる反応装置に分析用チップを設置した状態の検体の分析装置を概略的に示す断面図である。
【0036】
カバー部材3を有する基板1のハイブリダイゼーション反応を実施する場合、図5で示されるような反応装置を好適に利用することができる。すなわち、カバー部材3を接着した基板1を反応装置8aにセットし、カバー部材3の上に振動板11を密着させた状態で、スイッチ13aを入れて振動板11に設置した圧電素子10aに電源12aから電圧をかけることにより、圧電素子10aを振動させ、振動板11を介してカバー部材3と基板1の空間部に充填された検体溶液に振動を伝播させることにより、検体溶液を攪拌できる。反応の際には、温度調節機構14aを利用して、所望の温度にて反応させることができる。
【0037】
また、基板1がカバー部材3を有さない場合には、図6で示されるような反応装置により、ハイブリダイゼーション反応を行うことができる。すなわち、検体溶液をアプライした基板1を反応装置8aにセットし、圧電素子10bを備えたギャップカバーガラス9を基板1に密着させて検体溶液を密閉した状態として、スイッチ13bを入れて圧電素子10bに電源12bから電圧をかけることにより、圧電素子10bを振動させて、ギャップカバーガラス9と基板1の空間部に密閉された検体溶液に振動を伝播させ、検体溶液を攪拌できる。反応の際には、温度調節機構14bを利用して、所望の温度にて反応させることができる。
【実施例】
【0038】
次に、本発明を実施例によってさらに詳細に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0039】
(実施例1)
(分析用チップの基板の作製)
基板として、外形が縦76mm、横26mm、厚み1mmであり、基板の中央部に縦39.4mm、横19.0mm、深さ0.15mmの凹部を設け、この凹部の中に、直径0.1mm、高さ0.15mmの凸部を9248箇所設けたポリメチルメタクリレート(PMMA)樹脂製基板(以下「基板A」とする)を用いた。この基板Aにおいて、凸部上面と平坦部上面との高さの差(凸部は高さの平均値)は、3μm以下であった。また、凸部上面の高さのばらつき(最も高い凸部上面の高さと最も低い凸部上面との高さの差)は、3μm以下であった。また、凸部のピッチ(凸部中央部から隣接した凸部中央部までの距離)を0.5mmとした。
【0040】
上記の基板Aを、10Nの水酸化ナトリウム水溶液に70℃の温度で12時間浸漬した。この基板Aを、純水、0.1NのHCl水溶液、純水の順で洗浄し、基板表面にカルボキシル基を生成させた。
【0041】
(選択結合性物質の固定化)
上記のようにして準備した基板Aに対し、次の条件で、選択結合性物質(プローブDNA)としてオリゴヌクレオチドを固定化した。オリゴヌクレオチドとして、オペロン社製DNAマイクロアレイ用オリゴヌクレオチドセット“Homo sapiens(Human)AROS V4.0(各60塩基)”を用いた。このオリゴヌクレオチドを、純水に0.3nmol/μLの濃度となるよう溶解させて、ストック溶液とした。このストック溶液を基板にスポット(点着)する際は、PBS(8gのNaCl、2.9gのNa2HPO・12HO、0.2gのKCl、および0.2gのKHPOを合わせて純水に溶かし、1Lにメスアップしたものに、塩酸を加えてpH5.5に調製したもの)で10倍希釈して、プローブDNAの終濃度を0.03nmol/μLとし、かつ、PMMA製基板表面に生成させたカルボキシル基とプローブDNAの末端アミノ基とを縮合させるため、1−エチル−3−(3−ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド(EDC)を加え、この終濃度を50mg/mLとした。この溶液を、アレイヤー(スポッター)(日本レーザー電子製;Gene Stamp−II)を用いて、基板Aの全ての凸部上面にスポットした。次いで、溶液をスポットした基板を、密閉したプラスチック容器に入れて、温度37℃、湿度100%の条件で20時間程度インキュベートした。最後に、純水で基板を洗浄し、スピンドライヤーで遠心して乾燥した。
【0042】
(分析用チップ基板へのカバー部材貼付)
選択結合性物質を固定化した上記の基板Aに対し、次のようにカバー部材を貼付した。カバー部材としては、縦41.4mm、横21mm、厚さ1mmのPMMA平板を切削加工により作製してカバー部材とした。作製したカバー部材には、図4のように貫通孔5および液面駐止用チャンバー7を設けた。貫通孔5の直径は0.8mmとし、液面駐止用チャンバーの直径は2.0mmとし、カバー部材の四隅に設置した。
そして接着部材として縦41.4mm、横21mm、幅1mm、厚さ25μmの両面テープをカバー部材を縁取るようなサイズにカットし、厚さ(クリアランス)が50μmとなるように積層させて貼り付けた後、そのカバー部材を基板Aに貼付した。
【0043】
(分析用チップへの微粒子封入)
上記のようにしてカバー部材を貼付した基板Aに、直径180μmのジルコニア製微粒子120mgを、基板Aとカバー部材とで形成される空間部(基板A表面の凹凸構造の凹部)に封入した。微粒子の封入は、カバー部材の貫通孔(図2または図4に例示される貫通孔5)から行った。以上のようにして得られた分析用チップを、「分析用チップ1」とした。
【0044】
(被検物質の調製)
被検物質として、マイクロアレイの被検物質として一般的なaRNA(antisense RNA)を用いた。市販のヒト培養細胞由来total RNA(CLONTECH社製Human Reference RNA)5μgから、Ambion社製aRNA調製キットを使用して、5μgのCy3標識aRNAを得た。この実施例1、および下記の実施例2と比較例1において、ハイブリダイゼーションの際の被験物質溶液は、特に断りのない限り、上記で調製したCy3標識aRNAを、1重量%BSA、5×SSC、0.01重量%サケ精子DNA、0.1重量%SDSの溶液(各濃度はいずれも終濃度)で希釈したものを用いた。
【0045】
(ハイブリダイゼーション)
上記の方法で調製した被検物質(Cy3標識aRNA)を、上記のように溶液(1重量%BSA、5×SSC、0.01重量%サケ精子DNA、0.1重量%SDSの溶液(各濃度はいずれも終濃度))に溶解させて、Cy3標識aRNA200ngを含む170μLの検体溶液を調製した。マイクロピペットを用いて、分析用チップAのオリゴヌクレオチドがスポットされた面(基板Aとカバー部材の空間部)にアプライした。カバー部材に備えられた4箇所の貫通孔をカプトンテープで塞いでから、分析用チップ1を、図5のように圧電素子および振動板を備えた反応装置Aに、分析用チップ1と振動版を接触させる形でセットした。反応装置の設定温度を37℃とし、振動源の圧電素子の電源を入れることにより圧電素子を振動させ、振動板を介して検体溶液に振動を伝播させて撹拌し、4時間反応させた。
【0046】
(蛍光シグナル値の測定)
分析用チップ1のカバー部材および両面テープを脱離した後、基板Aを洗浄し乾燥した。DNAチップ用のスキャナー(Axon Instruments社製 GenePix 4000B)に、上記処理後の基板Aをセットし、レーザー出力33%、フォトマルチプライヤーの電圧設定を500にした状態において、ハイブリダイゼーション反応した被験物質の標識体シグナル値(蛍光強度)、バックグラウンドノイズを測定した。全9248個のスポットのうち、32個をバックグラウンド蛍光値測定用のネガティブコントロールスポットとし、個々のシグナル値からバックグラウンドシグナル値を差し引いて各スポットの真のシグナル値を算出した。
【0047】
蛍光シグナル値の総和、ポジティブコントロールの平均値、およびポジティブコントロールのCV値を表1に示す。シグナル強度は強く、一方CV値は小さかったことから、定量的評価を行うのに十分満足できるレベルであった。
【0048】
(実施例2)
(基板への選択結合性物質の固定化)
基板Bとして、DNAマイクロアレイ用コートスライドガラス(松浪硝子)を用いた。この基板Bに次の条件で、選択結合性物質(プローブDNA)としてオリゴヌクレオチドを固定化した。オリゴヌクレオチドとしては、オペロン社製DNAマイクロアレイ用オリゴヌクレオチドセット“Homo sapiens(Human)AROS V4.0(各60塩基)”を用いた。このオリゴヌクレオチドを、終濃度が0.03nmol/μLとなるように、DNAマイクロアレイ用Spotting Solution(松浪硝子)に溶解した。この溶液を、アレイヤー(スポッター)(日本レーザー電子製;Gene Stamp−II)を用いて、計9248点(短軸方向に68スポット、長軸方向に136スポット)スポットした。以上のようにして得られた分析用チップを、「分析用チップ2」とした。
【0049】
(ハイブリダイゼーション)
実施例1で記載した方法と同様にして調製した被検物質(Cy3標識aRNA)を上記溶液に溶解させて、Cy3標識aRNA200ngを含む60μLの検体溶液を調製し、マイクロピペットを用いて分析用チップ2のオリゴヌクレオチドがスポットされた面にアプライした。分析用チップ2を、図6のように圧電素子を備えた反応装置Bにセットし、反応装置に接続された圧電素子を内側に貼り付けたギャップカバーガラス(松浪硝子)を検体溶液がアプライされた面に載せて、圧電素子と検体溶液を接触させた。反応装置の設定温度を37℃とし、振動源の圧電素子の電源を入れることにより圧電素子を振動させ、検体溶液に振動を伝播させて撹拌し、4時間反応させた。
【0050】
(蛍光シグナル値の測定)
分析用チップ2を、洗浄し乾燥した。DNAチップ用のスキャナー(Axon Instruments社製 GenePix 4000B)に、上記処理後の基板Bをセットし、レーザー出力33%、フォトマルチプライヤーの電圧設定を500にした状態において、ハイブリダイゼーション反応した被験物質の標識体シグナル値(蛍光強度)、バックグラウンドノイズを測定した。全9248個のスポットのうち、32個をバックグラウンド蛍光値測定用のネガティブコントロールスポットとし、個々のシグナル値からバックグラウンドシグナル値を差し引いて、各スポットの真のシグナル値を算出した。
【0051】
蛍光シグナル値の総和、ポジティブコントロールの平均値、およびポジティブコントロールのCV値を表1に示す。シグナル強度およびCV値共に、定量的評価を行うのに十分であった。
【0052】
(比較例1)
分析用チップとして実施例2で用いた「分析用チップ2」を使用し、ハイブリダイゼーションの際に反応装置Bを用いる代わりに、ハイブリダイゼーションインキュベーター(タイテック)を使用して37℃の温度で静置して反応させたこと以外は、実施例2と同様の操作を行った。
【0053】
蛍光シグナル値の総和、ポジティブコントロールの平均値、およびポジティブコントロールのCV値を表1に示す。実施例1、実施例2と比較して、比較例1におけるシグナル強度はかなり低く、一方CV値は高かったことから、反応効率がかなり悪く、反応ムラが大きいことが示された。
【0054】
(比較例2)
分析用チップとして実施例2で用いた「分析用チップ2」を使用し、ハイブリダイゼーションの際に反応装置Bを用いる代わりに、レシプロシェーカー(タイテック)を設置したハイブリダイゼーションオーブンを使用して、37℃の温度で往復運動により反応させたこと以外は、実施例2と同様の操作を行った。蛍光シグナル値の総和、ポジティブコントロールの平均値、およびポジティブコントロールのCV値を表1に示す。実施例1、実施例2と比較して、比較例2におけるシグナル強度は低く、一方CV値はかなり高かったことから、反応効率が悪く、反応ムラが非常に大きいことが示された。
【0055】
【表1】

【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明の検体溶液の攪拌方法により、分析用チップにアプライした検体溶液を撹拌することにより、分析チップに固定化した選択結合性物質と検体溶液中の被検物質との反応効率を高めることができ、さらに反応ムラの発生を抑制できることから、被検物質の迅速かつ定量的な検出が可能となる。特に、凹凸構造をもつ基板を特徴とするマイクロアレイにおいては、測定値のばらつきを改善し、信頼性の高い測定を可能にする本発明の検体溶液の撹拌方法によって、当該マイクロアレイが本来的にもつ良好なS/N比および高検出感度などの特性をさらに生かすことができる。このように、本発明の検体溶液の撹拌方法と検体の分析方法は、特に生物学、医学および微生物学などの分野で多用されているマイクロアレイの精度を向上できることから、産業上非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】図1は、本発明で使用する分析用チップを構成する基板の一例を概略的に示す斜視図である。
【図2】図2は、本発明で使用する分析用チップの一例を概略的に示す縦断面図である。
【図3】図3は、本発明で使用する分析用チップの一例の概略的に示す斜視図である。
【図4】図4は、本発明で使用する分析用チップを構成するカバー部材の一例を示す部分断面図である。
【図5】図5は、本発明で用いられる反応装置に分析用チップを設置した状態の検体の分析装置を概略的に示す断面図である。
【図6】図6は、本発明で用いられる反応装置に分析用チップを設置した状態の他の検体の分析装置を概略的に示す断面図である。
【符号の説明】
【0058】
1 基板
2 選択結合性物質
3 カバー部材
4 接着部剤
5 貫通孔
6 微粒子(ビーズ)
7 液面駐止用チャンバー
8a、8b 反応装置
9 ギャップカバーガラス
10a、10b 圧電素子
11 振動板
12a、12b 電源
13a、13b スイッチ
14a、14b 温度調節機構

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検物質を含む検体溶液をアプライした分析用チップを、振動源として圧電素子を具備した反応装置に設置し、該圧電素子を作動させることにより該検体溶液に振動を伝播させて検体溶液を攪拌する検体溶液の攪拌方法。
【請求項2】
分析用チップが、基板および該基板の一部に密着可能なカバー部材を備え、該カバー部材と基板の間に空隙部を有し、カバー部材に該空隙部と連通する貫通孔が少なくとも一つ備えられている請求項1記載の検体溶液の攪拌方法。
【請求項3】
分析用チップの空隙にビーズが封入されている請求項2記載の検体溶液の攪拌方法。
【請求項4】
選択結合性物質が固定された分析用チップに被検物質を含む検体溶液をアプライする工程と、検体溶液をアプライした分析用チップを振動源として圧電素子が具備された反応装置に設置する工程と、振動源の圧電素子を作動させることにより検体溶液に振動を伝播させて検体溶液を撹拌し、分析用チップに固定された選択結合性物質と検体溶液中の被検物質を反応させる工程と、選択結合性物質に結合した被検物質を検出する工程を少なくとも含む工程からなる検体の分析方法。
【請求項5】
被検物質を含む検体溶液をアプライするための基板を備えた分析用チップと、該分析用チップを内部に設置して用いる反応装置からなり、該反応装置は分析用チップを振動させ検体溶液に振動を伝播させて検体溶液を撹拌する振動源としての圧電素子を具備している検体の分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−117250(P2010−117250A)
【公開日】平成22年5月27日(2010.5.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−290864(P2008−290864)
【出願日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】