説明

極細炭素繊維フィラメントおよびその製造方法

【課題】
単繊維の直径が極めて小さいのみでなく、単繊維繊度の均一性にもきわめて優れた極細炭素繊維マルチフィラメントおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】
セルロースを主体とするフィラメントを炭化処理して得られる連続マルチフィラメントであって、前記連続マルチフィラメントの単繊維直径の平均値が100〜4000nmであり、単繊維直径の繊度CV%が0.1〜10%であることを特徴とする極細炭素繊維フィラメント。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セルロースを主体とするフィラメントを炭化処理して得られる極細炭素繊維フィラメントおよびその製造方法に関するものである。さらに詳しくは、本発明は、単繊維直径が小さく、かつ均一な単繊維繊度を有するため、吸着繊維として好適な極細炭素繊維フィラメントおよびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
セルロース系材料は、地球上で最も大量に生産されるバイオマスとして、また、自然環境下において生分解可能な材料として、昨今、大きな注目を集めており活用が進められている。セルロースの繊維分野における利用に関しては、その吸湿性や発色性が良好なことを活かした衣料用繊維としての利用、高強度を活かした産業用繊維としての利用、および抄紙を行って紙の形態としての利用などが古くから行われてきた。また、セルロースは、加熱によって炭化する材料であるため、レーヨン繊維を原料とした炭素繊維や活性炭繊維などとしても利用が行われていてきる。
【0003】
炭素繊維に関しては、得られる繊維の強度と弾性率が高いことから、ポリアクリロニトリルを原料とする炭素繊維が多く用いられているが、細繊度化が可能なことや賦活化して活性炭繊維としての活用ができることなどの理由によってフェノール樹脂繊維を原料とする炭素繊維や、ピッチ系組成物を原料とする炭素繊維も多く用いられている。
【0004】
フェノール樹脂を用いて細繊度炭素繊維を得る技術として、フェノール樹脂をフェノール樹脂とは非相溶の樹脂に分散させたポリマーブレンド物を紡糸し、繊維化した後に非相溶の樹脂を除去することにより、ポリマー中に均一分散していたフェノール樹脂成分のみを残す技術が提案されている(特許文献1参照)。しかしながら、この提案の場合には、得られるフェノール樹脂繊維は1μm以下のきわめて細いものとなるが、ポリマー中に分散していたブレンド成分としての形状となるため、必然的に繊維は有限の長さの短繊維となり、また、繊維の長さ方向の両端部は繊維の平均直径と比べて著しく細くなる。そのため、全体としてさまざまな繊度分布や繊維長分布をもつ短繊維の集合体になるという問題があった。
【0005】
フェノール系樹脂系組成物を用いて細繊度炭素繊維を得る技術としては、フェノール樹脂を含有する溶液をエレクトロスプレーデポジッション法によって紡糸し、極細繊維の不織布を得る方法についても提案されている(特許文献2参照)。しかしながら、この提案においては、電圧によってエレクトロスピニングを行うものであるため紡出糸の制御は実質的に行うことができず、繊度のばらつきが大きく、捕集形態も不織布状のものである。
【0006】
また、他の原料として石油ピッチを用いた炭素繊維も広く用いられている。ピッチ系炭素繊維の細繊度化についても、ピッチ成分を水溶性のポリビニルアルコールに分散させ、ポリマーブレンド状態とした後に紡糸することによって極細炭素繊維を得る技術が提案されている(特許文献3、4参照)。しかしながら、この提案の場合も、前述の特許文献1と同じくポリマーブレンド紡糸であるため、さまざまな繊度分布や繊維長分布をもつ短繊維の集合体になるという問題がある。
【特許文献1】特開2005−105450号公報
【特許文献2】特開2007−70738号公報
【特許文献3】特開2005−97792号公報
【特許文献4】特再WO06/100783号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の課題は、上記従来技術の問題点を解決し、単繊維の直径が極めて小さいのみでなく、単繊維繊度の均一性にもきわめて優れた極細炭素繊維フィラメントおよびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の本発明の課題は、セルロースを主体とするフィラメントを炭化処理して得られる連続マルチフィラメントであって、前記連続マルチフィラメントの単繊維直径の平均値が100〜4,000nmであり、単繊維直径の繊度CV%が0.1〜10%であることを特徴とする極細炭素繊維フィラメントによって解決することが可能である。
【0009】
また、本発明の別の課題は、セルロースエステル組成物(A)とアルカリ加水分解によって除去可能な熱可塑性重合体(B)からなる高分子相互配列体繊維を、アルカリ加水分解処理することによって、セルロースエステル組成物(A)の少なくとも一部のエステル側鎖と熱可塑性重合体(B)を溶解除去し、その後炭化処理を行うことを特徴とする極細炭素繊維フィラメントの製造方法によって解決することが可能である。
【0010】
その際、アルカリ加水分解によって除去可能な熱可塑性重合体(B)が、脂肪族ポリエステルおよび/または芳香族ポリエステルであること、得られる極細炭素繊維フィラメントが連続マルチフィラメントであって、その単繊維直径の平均値が100〜4000nmであり、単繊維直径の繊度CV%が0.1〜10%であることを好適な態様として採用することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明の極細炭素繊維フィラメントは、単繊維直径の平均値が100〜4000nmときわめて小さいため、比表面積が大きい炭素繊維構造物および高目付の炭素繊維構造物を提供することができる。また、単繊維の繊度CV%が0.1〜10%と繊維直径に関する均一性が優れているため、極細炭素繊維構造物として均一な繊維構造物を提供することができ、活性炭繊維前駆体などに好適に用いることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の極細炭素繊維フィラメントは、セルロースを主体とするフィラメントを炭化処理して得られる連続マルチフィラメントであって、その連続マルチフィラメントの単繊維直径の平均値は100〜4000nmであり、単繊維直径の繊度CV%は0.1〜10%ある。
【0013】
このように、本発明の極細炭素繊維フィラメントは、セルロースを主体とするフィラメントを炭化処理して得られるものである。セルロースを主体とするフィラメントとは、繊維重量の過半量がセルロースからなるものであることを意味しており、セルロースアセテート、セルロースアセテートプロピオネートおよびセルロースアセテートブチレートなどのセルロースエステル繊維や、メチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロースおよびカルボキシメチルセルロースなどのセルロースエーテル繊維であってもよい。これらの側鎖を有するセルロース誘導体繊維の場合には、炭化処理の際に溶融しないように、側鎖部分の重量が繊維全体の40%を超えないことが好ましい。また、溶融を防ぐために、これらのセルロース誘導体の側鎖をアルカリ加水分解などの処理によって少なくとも一部、好ましくは全てを除去し、セルロースへと再生した繊維であることも好適に用いうる。また、ビスコース法レーヨン繊維、キュプラアンモニウム法レーヨン繊維およびNメチルモルフォリンNオキサイドを溶媒として乾湿式紡糸して得られた繊維などのセルロースのみからなるフィラメントも好適に用いることができる。
【0014】
本発明の極細炭素繊維フィラメントは連続マルチフィラメントであって、その単繊維直径の平均値は、100〜4000nmである。単繊維直径の平均値が100nm以上であれば、マルチフィラメントの糸切れ等のトラブルが生じることが無く、繊維の取り扱い性が良好である。また、繊維の取り扱い性の観点からは、単繊維直径の平均値は、200nm以上であることがより好ましく、500nm以上であることが最も好ましい態様である。一方、単繊維直径の平均値が4000nm以下であれば、繊維が十分細いことによって繊維の比表面積が大きくなり、吸着繊維としての性能が良好となる。大きな比表面積の観点からは、単繊維直径の平均値は、2000nm以下であることがより好ましく、1000nm以下であることが最も好ましい態様である。
【0015】
マルチフィラメントの本数については、総繊度に応じて適宜決定することができるが、本発明では単繊維直径の平均値が4000nm以下であるので、取り扱い性を良好とする観点からフィラメント数は12本以上であることが好ましい。フィラメント数は、18本以上、36本以上および72本以上など口金孔の数に応じたフィラメント数とすることができる。さらには一旦得られたフィラメントを合糸することによってフィラメント数を144本以上、288本以上などとすることも可能である。
【0016】
マルチフィラメントの総繊度は、取り扱い性を良好とする観点から30dtex以上であることが好ましい。さらには総繊度は、50dtex以上、100dtex以上と使用する目的に応じて適宜選択することができる。総繊度は、1000dtex以下であれば繊維の柔軟性が過度に損なわれることがなく好ましい態様である。
【0017】
また、本発明の極細炭素繊維フィラメントの単繊維直径の繊度CV%は、0.1〜10%である。繊度CV%とは、単繊維繊度の平均値を単繊維繊度の標準偏差で割って100を掛けた値であり、繊度CV%が小さければ小さいほど単繊維繊度が均一な繊度のマルチフィラメントであることを意味している。ここで、繊度CV%を採用し標準偏差を採用しない理由は、同じ割合のばらつきを有する繊維の場合にも、繊度の大きさの絶対値が大きい場合には標準偏差は大きな値となり、繊度の大きさの絶対値が小さい場合には標準偏差が小さな値となるためである。標準偏差を平均値で割って100を掛けた繊度CV%であれば、そのような繊度の絶対値の違いによる見かけ上の誤差が生じることがない。均一な繊維構造物を得る観点から、繊度CV%は小さければ小さいほどよく、より好ましくは7%以下であり、最も好ましくは5%以下がよいが、0.1%程度が下限値である。
【0018】
本発明の極細炭素繊維フィラメントは、連続マルチフィラメントの形態を有するものである。目的とするポリマー成分を、それとは非相溶なポリマーとのポリマーブレンドとし、極細繊維を得る技術が知られているが、このポリマーブレンドによるナノファイバーの製造においては得られる繊維が必ず有限の長さを有しており、また繊維末端は平均直径よりも小さな直径を有するものとなる。そのため、単繊維繊度の均一性が悪化するとともに、繊維末端が存在することによって構造欠点を生じることとなる。実質的に繊維の直径が繊維長手方向において大きく変動しない連続フィラメントであり、また、フィラメントを構成する単繊維の繊度も均一であることが、本発明においては重要である。すなわち、繊度CV%の良好な極細繊維を得るためには、ポリマーブレンドによるナノファイバーの製造方法ではなく、一定の速度で回転するゴデットローラーで繊維を引き取ることによって繊維全体の太さが繊維長手方向で均一であり、しかも繊維内部においては海成分と島成分が所定の重量比で軽量され、常に同じ断面形状で繊維化されることが必要である。
【0019】
本発明の極細炭素繊維フィラメントは、セルロースエステル組成物(A)とアルカリ加水分解によって除去可能な熱可塑性重合体(B)からなる高分子相互配列体繊維を、アルカリ加水分解処理することによって、セルロースエステル組成物(A)の少なくとも一部のエステル側鎖と、熱可塑性重合体(B)を溶解除去し、その後炭化処理を行う製造方法によって製造することができる。
【0020】
ここで、セルロースエステル組成物(A)は、セルロースエステルを主成分とする組成物であり、その組成物は熱可塑性を有するものであることが好ましい。セルロースエステルとしては、具体的にはセルロースアセテートプロピオネート、セルロースアセテートブチレート、セルロースアセテートフタレートおよびセルロースプロピオネートブチレートなどのセルロース混合エステル類、およびセルロースプロピオネートやセルロースブチレートなどの炭素数3以上のアシル基を側鎖に有するセルロースエステルなどを好適に用いることができる。
【0021】
セルロースエステルの平均置換度は、2.3〜2.7であることが好ましい。セルロースエステルの平均置換度が上記の範囲を満たしているときには、溶融紡糸を行うにあたって十分な熱可塑性が得られるため安定した繊維の製造が可能となる。
【0022】
本発明で用いられるセルロースエステル組成物(A)は、最終的に極細繊維を形成する成分であるため、紡糸時には優れた熱流動性を有することが好ましく、熱流動性向上剤としてセルロースエステルと混和する可塑剤を含有することができる。セルロースエステル組成物(A)の可塑剤の含有量は、5.0〜30.0重量%であることが好ましい。可塑剤を5.0重量%以上とすることにより、セルロースエステル組成物(A)の溶融粘度を低減させることができ溶融紡糸の製糸操業性が良好となる。また、可塑剤を30.0重量%以下とすることにより、繊維の機械的特性の低下を生じさせず、繊維の取り扱い性が良好となる。可塑剤の含有量は、より好ましくは8.0〜25.0重量%であり、さらに好ましくは10.0〜20.0重量%である。
【0023】
本発明で用いられるセルロースエステル組成物(A)に含まれる可塑剤としては、例えば、ポリアルキレングリコール系化合物、グリセリン系化合物、カプロラクトン系化合物、フタル酸エステル化合物、脂肪族二塩基酸エステル、ポリエステル系化合物、エポキシ系化合物、リン酸エステル系化合物およびトリメリット酸エステル系化合物などが挙げられるが、これらを単独もしくは併用して使用することができる。特に、セルロースエステル組成物(A)に含まれるセルロースエステルおよびセルロースアセテートとの相溶性が良好であり、溶融紡糸の可能な熱可塑化効果が顕著に現れるポリアルキレングリコール系化合物、グリセリン系化合物、カプロラクトン系化合物、フタル酸エステル化合物および脂肪族二塩基酸エステルがより好ましく、高次加工工程で水などを用いて可塑剤を溶出することができ、溶融紡糸の際に発煙などを起こすことがないポリアルキレングリコール系化合物が更に好ましく用いられる。ポリアルキレングリコールの具体的な例としては、重量平均分子量が200〜4000であるポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコールおよびポリブチレングリコールなどが挙げられ、これらを単独もしくは併用して使用することができる。
【0024】
本発明で用いられるセルロースエステル組成物(A)は、その特性を損なわない範囲で酸化防止剤、艶消し剤、消臭剤、難燃剤、糸摩擦低減剤、着色防止剤、着色顔料、染料、制電剤、抗菌剤、紫外線吸収剤、赤外線吸収剤、結晶核剤および蛍光増白剤等として、無機微粒子や有機化合物を必要に応じて含有しても良い。酸化防止剤としては、リン系酸化防止剤を含有していることが好ましく、特にペンタエリスリトール系化合物が好ましく用いられる。リン系酸化防止剤を含有している場合、紡糸温度が高い範囲および低吐出領域においてもセルロースエステル組成物の熱分解防止効果が非常に顕著であり、繊維の機械的特性の悪化が抑制され、得られる繊維の色調が良好になる。リン系酸化防止剤の配合量は、セルロースエステル組成物(A)の全量に対して0.005重量%〜0.500重量%であることが好ましい。
【0025】
本発明におけるアルカリ加水分解によって除去可能な熱可塑性重合体(B)は、溶融紡糸に耐えうる熱可塑性と、繊維を製造してから後にアルカリ水溶液によって除去できる特性を有するものであり、容易にアルカリ加水分解できる観点において、例えば、ポリ乳酸、ポリグリコール酸およびポリ乳酸−グリコール酸共重合体などのポリヒドロキシカルボン酸類、ポリエチレンアジペート、ポリエチレンサクシネート、ポリエチレンセバケート、ポリプロピレンアジペート、ポリプロピレンサクシネート、ポリプロピレンセバケート、ポリブチレンアジペート、ポリブチレンサクシネートおよびポリブチレンセバケートなどの脂肪族ポリエステル類などが好ましく用いられる。
【0026】
また、アルカリ加水分解によって除去可能な熱可塑性重合体(B)としては、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレンテレフタレートおよびポリブチレンテレフタレートなどの芳香族ポリエステルを採用することもできる。この場合、加水分解速度を高める目的あるいは融点を低下させる目的で、共重合ポリエステルを採用することができる。例えば、イソフタル酸、スルホイソフタル酸金属塩およびポリエチレングリコールなどを共重合成分として有する共重合ポリエステルを用いることができる。
【0027】
本発明における高分子相互配列体繊維は、前述のセルロースエステル組成物(A)とアルカリ加水分解によって除去可能な熱可塑性重合体(B)を、別々のポリマー流として溶融し、溶融紡糸の紡糸パック内で複合する複合紡糸の方法によって製造することができる。具体的には、特公昭44−18369号公報の第1図に示されているような多数の芯鞘複合流を形成し、これらの芯鞘複合流を一つの吐出孔に導入して海島型の複合繊維とする方法や、特公昭49−81613号公報の第10図に示されているような放射状スリットと該放射状スリットの間に設けた別のポリマー流入孔によって複合させることによって海成分が放射状の連続層を形成した海島型の複合繊維とする方法などが好適な一例として使用できる。ここで重要なことは、(A)成分と(B)成分をポリマーブレンドとしてひとつのポリマー流としたポリマーブレンド紡糸ではなく、高分子相互配列体繊維として複合紡糸を行うことである。高分子相互配列体繊維として得られた繊維は長手方向における繊度のバラツキが小さく、エンドレスの連続フィラメントを製造することができることとなる。
【0028】
得られた高分子配列体繊維は、織物や編物などの繊維構造体とした後、あるいは織物や編物などの繊維構造体とすることなく、アルカリ加水分解処理することによって、加水分解によって除去可能な熱可塑性重合体(B)を溶解除去する。また、これと同時に、セルロースエステル組成物(A)のエステル側鎖のアルカリ加水分解による脱離を行うことができる。
【0029】
アルカリ加水分解による脱離については、セルロースエステル組成物(A)のエステル側鎖を全て脱離することが、繊維の熱可塑性を発現させないために好ましく採用できる。炭化処理の際に繊維が溶融することがなければ、全てのエステル側鎖を脱離させることは必ずしも必要ではなく、例えば全体の30%のエステル側鎖の脱離、全体の50%のエステル側鎖の脱離、全体の80%のエステル側鎖の脱離等適宜選択することができる。
【0030】
アルカリ加水分解処理に用いられる溶液としては、pHが8以上の溶液が用いられ、例えば、水酸化ナトリウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液およびトリポリリン酸ナトリウム水溶液などを好適に用いることができる。アルカリ加水分解処理は、処理温度が高いほど処理時間を短縮することができるが、60℃〜100℃の温度範囲で処理を行うことが好ましい。処理温度が60℃以上であれば加水分解速度が高いため処理時間の短縮を図ることができ、100℃以下であれば繊維の分子量低下など副反応を抑制できる。熱可塑性重合体(B)を完全に溶解除去し、セルロースエステル組成物(A)の側鎖を完全にアルカリ加水分解してセルロースへと再生させる条件は、例えば、水酸化ナトリウム2〜5重量%の水溶液中、90〜100℃の温度条件で30〜120分間処理する方法を採用することができる。このように処理によって、熱可塑性重合体(B)およびセルロースエステル(A)の側鎖の少なくとも一部分が除去されることによって、繊維はセルロースを主体とする極細繊維として残存し、連続マルチフィラメントを構成することとなる。
【0031】
このようにして得られたセルロースを主体とする極細繊維からなる連続マルチフィラメントは、炭化処理される。すなわち、電気炉や熱風オーブン等を用いて、好適には300〜500℃の温度条件下で、1〜5時間程度の加熱処理を継続することによって、セルロースの熱分解が進み炭素繊維化が進むこととなる。
【0032】
本発明の極細炭素繊維フィラメントの製造方法においては、得られる極細炭素繊維フィラメントの繊維直径の平均値は100〜4000nmとすることが好ましく、繊維直径の繊度CV%を0.1〜10%とすることが好ましい。また、繊維が連続フィラメントであることも本発明において重要な要件である。
【0033】
本発明の極細炭素繊維フィラメントは、単繊維直径の平均値が100〜4000nmときわめて小さいため、比表面積が大きい炭素繊維構造物、高目付の炭素繊維構造物を提供することができる。また、繊維の繊度CV%が0.1〜10%と繊維直径に関する均一性が優れているため、極細炭素繊維構造物として均一な繊維構造物を提供することができ、活性炭繊維前駆体などに好適に用いることができる。
【実施例】
【0034】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明する。
【0035】
A.単繊維直径の平均値
炭素繊維化された単繊維の平均繊維径については、走査型電子顕微鏡(SEM:日立製S−4000型)を用いた観察により算出した。炭素繊維化されたマルチフィラメントをSEM観察用試料台へ貼付した後、白金−パラジウム合金を蒸着してSEMにより観察した。無作為に選んだ20本の単繊維直径を計測し、その平均値を単繊維直径の平均値(nm)とした。
【0036】
B.単繊維直径の繊度CV(%)
単繊維直径の平均値の測定と同様に、炭素繊維化されたマルチフィラメントをSEM観察用試料台へ貼付した後、白金−パラジウム合金を蒸着してSEMにより観察した。無作為に選んだ20本の単繊維直径を計測し、その平均値X(nm)と標準偏差σ(nm)を算出した。単繊維直径の繊度CV(%)は、次式によって算出した。
【0037】
単繊維直径の繊度CV(%)=(σ/X)×100
C.繊維構造物の均一性
単繊維直径の平均値の測定と同様に、極細炭素繊維マルチフィラメントを含む繊維構造物をSEM観察用試料台へ貼付した後、白金−パラジウム合金を蒸着してSEMにより観察した。100μm四方の視野における観察を別々の箇所で10回実施し、それぞれの視野において極細炭素繊維マルチフィラメントが占める面積比を算出した。面積比が最も大きかった観察時の面積比を100%とした場合、面積比が最も小さかった観察時の面積比が95%以上を◎、90%以上を○、90%未満を×とし、90%以上を合格と判定した。
【0038】
D.比表面積
JIS−K−1147の7.1比表面積に基づいて、BET吸着法(一点法)により求めた。
【0039】
(合成例1)
セルロース(コットンリンター)100重量部に、酢酸240重量部とプロピオン酸67重量部を加え、50℃の温度で30分間混合した。得られた混合物を25℃まで冷却した後、これに氷浴中で冷却した無水酢酸172重量部と無水プロピオン酸168重量部をエステル化剤として、そして硫酸4重量部をエステル化触媒として加えて、150分間撹拌を行い、エステル化反応を行った。エステル化反応において、40℃の温度を超えるときは、水浴で冷却した。エステル化反応後、反応停止剤として酢酸100重量部と水33重量部の混合溶液を20分間かけて添加して、過剰の無水物を加水分解した。その後、酢酸333重量部と水100重量部を加えて、80℃の温度で1時間加熱撹拌した。反応終了後、炭酸ナトリウム6重量部を含む水溶液を加えて、析出したセルロースアセテートプロピオネートを濾別し、続いて水で洗浄した後、60℃の温度で4時間乾燥した。得られたセルロースアセテートプロピオネート(CAP)のアセチル基およびプロピオニル基の平均置換度は、各々1.9と0.7であり、重量平均分子量は17.2万であった。
【0040】
(実施例1、2)
合成例1で得られたセルロースアセテートプロピオネート79.9重量%と、可塑剤として平均分子量600のポリエチレングリコール(PEG600)20.0重量%と、安定剤としてリン系酸化防止剤であるビス(2,6−t−ブチル−4−メチルフェニル)ペンタエリスリトールジホスファイト0.1重量%とを、二軸エクストルーダーを用いて240℃の温度で混練し、押し出したストランドを直径2mm、長さ5mm程度にカッティングしてセルロースエステル組成物(A)を得た。
【0041】
得られたセルロースエステル組成物(A)を島成分として用い、実施例1では5−ナトリウムスルホイソフタル酸を10.0モル%とイソフタル酸を35モル%共重合した熱水可溶性ポリエチレンテレフタレートを海成分として用い、実施例2では乳酸成分のみを繰り返し単位とするポリ乳酸を海成分として用い、島数が70で孔数が18の海島型複合口金を用いて、高分子相互配列体繊維を紡出した。実施例1では海/島比率を50/50重量%とし、実施例2では海/島比率を40/60重量%とした。紡出糸を25℃の温度のチムニー風により冷却した後、油剤を付与して集束し、1000m/minで回転するゴデットローラーにより引き取った。実施例1と実施例2で得られた連続マルチフィラメントの品種は、いずれも80dtex−18フィラメント(本)であった。
【0042】
得られた連続マルチフィラメントを経糸および緯糸に用いて、経糸密度45本/cm、緯糸密度45本/cmのタフタ織物を製織した。得られたタフタ織物のアルカリ加水分解処理は、水酸化ナトリウム3重量%溶液で90℃×60分の条件で行った。アルカリ加水分解処理後のタフタ織物は、経糸、緯糸ともに海成分が除去され、島成分はエステル側鎖がアルカリ加水分解処理によって全量が除去されてセルロースへと再生されており、品種は、実施例1では17dtex−1260フィラメント(本)となり、実施例2では20dtex−1260フィラメント(本)となった。
【0043】
アルカリ加水分解処理により得られたタフタ織物を用いて、熱風オーブン(ADVANTEC社製FV−650)を用いて、400℃×60分の条件で焼成処理を行ったところ、マルチフィラメントは完全に炭化されていた。炭化され得られた繊維構造体について、走査型電子顕微鏡を用いて電子顕微鏡観察を行ったところ、実施例1では単繊維直径の平均値が836nmと十分に極細繊維化されており、繊度CVも2.5%と十分に小さい値であり、繊維構造体の均一性がきわめて優れたものであった。また、実施例2では単繊維直径の平均値が916nmと十分に極細化されており、繊度CVも2.7%と十分に小さい値であり、繊維構造体の均一性がきわめて優れたものであった。また、実施例1実施例2の繊維構造体の比表面積は、それぞれ3.5m/gおよび3.2m/gと高い値であった。結果を、表1に示す。
【0044】
(実施例3、4)
実施例3では、セルロースエステル組成物(A)として、アジピン酸ジオクチルを15重量%含有するセルロースアセテートブチレート(イーストマンケミカル社製)を島成分として用い、ポリプロピレンテレフタレートを海成分として用い、海/島比率を30/70としたこと以外は、実施例1と同様にして高分子相互配列体繊維を得た。また、実施例4では、海成分としてポリプロピレンテレフタレートを用い、海/島比率を20/80としたこと以外は、実施例1と同様にして高分子相互配列体繊維を得た。実施例3と実施例4で得られた連続マルチフィラメントの品種は、いずれも80dtex−18フィラメント(本)であった。
【0045】
得られた連続マルチフィラメントを用い実施例1と同様にしてタフタ織物とした。アルカリ加水分解処理は、水酸化ナトリウム5重量%溶液で98℃×120分の条件で行った。アルカリ加水分解処理後のタフタ織物は、経糸、緯糸ともに海成分が除去され、島成分は側鎖が加水分解によって全量が除去されてセルロースへと再生されており、品種は、実施例3では25dtex−1260フィラメント(本)、実施例4では27dtex−1260フィラメント(本)となった。
【0046】
アルカリ加水分解処理により得られたタフタ織物を用いて、実施例1と同様にして焼成処理を行ったところ、繊維は完全に炭化されていた。炭化され得られた繊維構造体について、走査電子顕微鏡を用いて電子顕微鏡観察を行ったところ、実施例3では単繊維直径の平均値が1020nmで、繊度CVが3.9%であった。また、実施例4では単繊維直径の平均値が1060nmで、繊度CVが4.5%であった。得られた繊維構造体の均一性は、実施例1と比べるとやや劣るものであったが、優れた均一性を有するものであった。実施例3実施例4の繊維構造体の比表面積は、それぞれ2.9m/gおよび2.8m/gと高い値であった。結果を、表1に示す。
【0047】
【表1】

【0048】
(比較例1)
単繊維繊度2.3dtexのビスコースレーヨンステープル紡績糸(60番手、単糸)を、経糸および緯糸に用いて、実施例1と同様にしてタフタ織物を製織した。
【0049】
アルカリ加水分解処理は行わず、タフタ織物を試料として実施例1と同様にして炭化処理を行ったところ、繊維(ビスコースレーヨンステープル紡績糸)は完全に炭化されていた。炭化され得られた繊維構造体について、走査電子顕微鏡を用いて電子顕微鏡観察を行ったところ、単繊維直径の平均値が11000nm(11μm)で、繊度CVが12.8%であった。得られた繊維構造体の均一性は、劣るものであった。また、得られた繊維構造体の比表面積は、0.27m/gと不十分な値であった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
セルロースを主体とするフィラメントを炭化処理して得られる連続マルチフィラメントであって、前記連続マルチフィラメントの単繊維直径の平均値が100〜4000nmであり、単繊維直径の繊度CV%が0.1〜10%であることを特徴とする極細炭素繊維フィラメント。
【請求項2】
セルロースエステル組成物(A)とアルカリ加水分解によって除去可能な熱可塑性重合体(B)からなる高分子相互配列体繊維を、アルカリ加水分解処理することによって、セルロースエステル組成物(A)の少なくとも一部のエステル側鎖と熱可塑性重合体(B)を溶解除去し、その後炭化処理を行うことを特徴とする極細炭素繊維フィラメントの製造方法。
【請求項3】
アルカリ加水分解によって除去可能な熱可塑性重合体(B)が、脂肪族ポリエステルおよび/または芳香族ポリエステルであることを特徴とする請求項2記載の極細炭素繊維フィラメントの製造方法。
【請求項4】
得られる極細炭素繊維フィラメントが連続マルチフィラメントであって、その単繊維直径の平均値が100〜4000nmであり、単繊維直径の繊度CV%が0.1〜10%であることを特徴とする請求項2または3記載の極細炭素繊維フィラメントの製造方法。

【公開番号】特開2010−100969(P2010−100969A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−274116(P2008−274116)
【出願日】平成20年10月24日(2008.10.24)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】