説明

機能性可溶化剤

【課題】ナノカーボン材料などの難溶性材料を可溶化する可溶化剤があるが、高分子や界面活性剤が用いられ光機能性をもつものは少ない。単純な高分子や界面活性剤である場合には可溶化の目的は達せられるが、可溶化剤は残留し、最終的にナノカーボン材料と混合した材料となってしまい、ナノカーボン材料本来の物性をそこなうことがある。この機能を有効に利用するには可溶化するだけでなく一重項酸素のキャリアーの機能などを有し、ナノカーボン材料の可溶化能力を制御できることが望まれる。
【解決手段】ナノカーボン材料とのπ−π相互作用などによっての親和性が高いアントラセン骨格にスルホ基などの溶解性をもつ置換基を有する誘導体を合成し、ナノカーボン材料を溶媒可溶化した。さらにアントラセン骨格に由来する一重項酸素の付加、脱離の反応性によってをこの課題を解決した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機能性可溶化剤に関し、より詳細には、ナノカーボン材料等の難溶性材料を可溶化するものに関する。
【背景技術】
【0002】
ナノカーボン材料の一つであるカーボンナノチューブは、銅の100倍以上の高電流密度耐性と10倍以上の高熱伝導特性を有し、その構造により伝導体にも半導体にもなる(例えば下記非特許文献1参照)。また、ナノカーボン材料にはこのほかにもフラーレンやその誘導体、ナノグラファンなどに分類される材料があり、同様に量子細線などへの応用などが期待されている。
【0003】
しかしながら、一般にナノカーボン材料は高い分子間力を持つため難溶性である。例えば、カーボンナノチューブは水にも有機溶媒にも溶けない。これらは凝集し溶媒への可溶化・分散化が非常に困難であるため精製や加工が困難である。これが実用化の上での大きな課題となっている。
【0004】
そこで、界面活性剤や親水性のポリマーなどを用いたさまざまな可溶化剤が提案されている。緑茶成分がカーボンナノチューブを水に分散できるとの報告もある(例えば下記非特許文献2参照)。またカーボンナノチューブとのπ−π相互作用を利用して、水溶性ポリマーの側鎖にアントラセン骨格などを修飾した水への可溶化剤(例えば下記非特許文献3参照)や、長鎖アルキル基を側鎖にもつ共役高分子による有機溶媒への可溶化(例えば下記非特許文献4参照)などがある。
【0005】
さらに、これらの可溶化剤に機能性を付与することが試みられている。例えば、ポリエチレングリコール残基をもつマラカイトグリーン誘導体によりカーボンナノチューブを水に分散し、このマラカイトグリーン誘導体の光反応によってカチオン化することを利用した機能性可溶化剤が報告されている(例えば下記非特許文献5参照)。この報告によればカーボンナノチューブの分散液に紫外線を照射することによって会合状態を変化させることができ、黒色の堆積物が得られたとしている。
【0006】
一方、アントラセン誘導体の一重項酸素の付加、脱離の反応性は古くから知られている。フォトクロミック反応のひとつとして古くから知られている(例えば下記非特許文献6参照)。また、再現よく一重項酸素の付加、脱離が起こるアントラセン誘導体は可逆的フォトクロミック反応のひとつとして報告されている(例えば下記非特許文献7参照)。さらに、水溶性にしたアントラセン誘導体は一重項酸素のキャリアーとしても注目されている(例えば下記非特許文献8参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】粟野ら、 応用物理、 73 (2004) 1212; 応用物理、 76 (2007) 1112.
【非特許文献2】N.Nakashima、K.Narimitsu、Y.Niidome、N.Nakashima、Chem.Lett.、36(2007)1140-1141.
【非特許文献3】K.Narimatsu、J.Nishioka、H.Murakami、N.Nakashima、Chem.Lett.、35(2006)892-893.
【非特許文献4】T.Umeyama、N.Kadota、N.Tezuka、Y.Matano、H.Imahori、Chem.Phys.Lett.、444(2007)263-367.
【非特許文献5】S.Chen、Y.Jiang、Z.Wang、X.Zhang、L.Dai、M.Smet、Langmuir、24(2008)9233-9236.
【非特許文献6】R.Schmidt、K.Schaffner、W.Trost、H.−D.Brauer、J.Phys.Chem、88(1984)956-958.
【非特許文献7】K.Schaffner、R.Schmidt、H.−D.Brauer、Mol.Cryst.Liq.Cryst.、246(1994)119-125.
【非特許文献8】L.Alavetinska、J.Mosinger、P.Kubat、J.Photochem.Photobio.A:Chem.、195(2008)1-9.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
一般に、ナノカーボン材料などの難溶性材料を可溶化する可溶化剤は存在するが、高分子や界面活性剤が用いられ、光機能性をもつものは少ない。単純な高分子や界面活性剤である場合には可溶化の目的は達せられるが、可溶化剤は残留し、最終的にナノカーボン材料と混合した材料となってしまい、ナノカーボン材料本来の物性を損なうことがある。
【0009】
また、上述のように、マラカイトグリーン誘導体の光反応によってカチオン化することを利用した機能性可溶化剤が報告されている(上記非特許文献5)が、これも高分子である。
【0010】
ところで、カーボンナノチューブは一重項酸素を生成することが報告されている(N.Gandra、P.L.Chiu、W.Li、Y.R.Anderson、S.Mitra、H.He、R.Gao、P.Kubat、J.Phys.Chem.C.、113(2009)5182−5185.)。この機能を有効に利用するには可溶化するだけでなく一重項酸素のキャリアーの機能があると応用が広がる。
【0011】
すなわち、機能性の高い可溶化剤が求められている。本発明は、かかる事情に鑑みなされたものであって、これらの課題を解決する機能性可溶化剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、アントラセン誘導体の可逆的フォトクロミック反応と会合性について鋭意研究してきたところ、上記課題を解決するために以下の点に着目して、本発明を創出するに至った。
【0013】
(着目点)
アントラセン誘導体はナノカーボン材料とのπ−π相互作用などの親和性が高く、報告されている可溶化剤の構造の一部に用いられているが、その光反応性を用いたものはなかった。また光反応性を用いた可溶化剤は知られているが可逆性がなく、一重項酸素の付加、脱離の反応性を用いたものは知られていなかった。そこでアントラセン骨格にスルホ基をつけただけの基本となる化合物を合成し、ナノカーボン材料を水に分散させたところ、水にまったく溶けないナノカーボン材料がよく分散することを見出し、この課題の解決に結びついた。
【0014】
即ち、本発明の一観点にかかる可溶化剤は、アントラセン骨格に水溶性または疎水性の置換基を有する。
【0015】
この場合において、限定されるわけではないが、可溶化剤は、一重項酸素の付加、脱離の反応性を有することが好ましい。
【0016】
またこの場合において、可溶化剤は、アントラセン−2−スルホン酸ナトリウム誘導体を含むことが好ましい。
【発明の効果】
【0017】
上記のように構成された本発明は、以下のように、上記課題を解決することができる。
(1)ナノカーボン材料の可溶化の実現
高分子中にアントラセン骨格を修飾するのではなく、アントラセン骨格に水溶性または疎水性の置換基を組み込んだ分子を設計、合成し、この化合物によりナノカーボン材料が可溶化できることを見出した。
【0018】
(2)一重項酸素の付加、脱離の実現
アントラセン骨格に水溶性または疎水性の置換基を組み込んだ分子が、一重項酸素の付加、脱離の反応性をもち、ナノカーボン材料の凝集状態の変化をもたらすことを見いだした。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】ANSによりカーボンナノチューブが分散された実施例1とカーボンナノチューブのみの比較例1を比較した写真図である。
【図2】実施例1および比較例2の光吸収スペクトルを示す図である。1 ANSによりカーボンナノチューブが分散された水中の試料の光吸収スペクトルを示す図である。2 比較例2におけるANSのみが水に溶解した光吸収スペクトルを示す図である。
【図3】比較例3の写真を示す図である。
【図4】比較例3の光吸収スペクトルを示す図である。
【図5】実施例2の光吸収スペクトルを示す図である。
【図6】比較例2の光吸収スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、本発明の実施の形態について説明する。ただし、本発明は多くの異なる形態による実施が可能であり、以下に示す実施形態、実施例に狭く限定されるものではない。
【0021】
本実施形態に係る可溶化剤は、アントラセン骨格に水溶性または疎水性の置換基を有する。アントラセン骨格には、アントラセンそのものを含むのはもちろんであるが、アントラセンの水素が置換基に置換されたものも含む。ここで水溶性又は疎水性の置換基としては、限定されるわけではないが、例えばスルホ基を例示することができ、この場合アントラセンスルホン酸となる。
【0022】
また本実施形態において、アントラセンスルホン酸の場合、スルホン酸塩であることは好ましい一形態であり、例えばこのナトリウム塩、カリウム塩等を例示することができる。なおアントラセンスルホン酸塩の誘導体は、アントラセンスルホン酸塩そのものを含むことはもちろんであるが、上記の通りアントラセン骨格の水素が他の置換基に置換されたものを含む。
【0023】
また本実施形態において、可溶化剤は、一重項酸素の付加又は脱離の反応性を有することが好ましい。この反応性を有することで、例えばカーボンナノチューブが生成する一重項酸素のキャリアー機能を有することができ、より有用となる。
【実施例】
【0024】
以下、上記実施形態に係る機能性可溶化剤の効果について、具体的な化合物を用いてその効果を確認した。以下説明する。
【0025】
(実施例1)
(1)アントラセン‐2‐スルホン酸ナトリウム ANS の合成
アントラセン骨格に水溶性の置換基を組み込んだ分子であるアントラセン−2−スルホン酸ナトリウム(anthracene−2−sulfonic acid、sodium salt(以下「ANS」という。))を、以下の手順に従い合成した。
【0026】
まず、anthraquinone−2−sulfonic acid、sodium salt0.8gにZn powder1.2gとともに20%NHOH150mlで6時間還流した後、活性炭で不純物を除去し、水で再結晶した。この場合において収率は60%であった。下記に、ANSの化学構造式を示しておく。
【化1】

【0027】
(2)可溶化剤ANSによるカーボンナノチューブの水への分散
ANSとカーボンナノチューブを水中で超音波後静置し観察した。図1に写真を示す。また上澄み液のUV−Vis吸収スペクトルの測定をした。これを図2に示す。ANSの濃度は4.14×10-4mol/l、カーボンナノチューブはアルドリッチ社から購入した1.2−1.5nm×2−5μmのものを使用した。
【0028】
(比較例1)
実施例1(2)と同じ条件で可溶化剤ANSを入れない場合には水には全く分散しなかった。この写真を図1中に示しておく。
【0029】
(比較例2)
実施例1(2)と同じ条件で可溶化剤ANSのみの場合の光吸収スペクトルを図2に示す。実施例1と比較して、可視域全体に光吸収が見られカーボンナノチューブが可溶化したことを示す。
【0030】
(比較例3)
界面活性剤sodium dodecylbenzenesulfonate(以下「SDBS」という。)4.50×10-3 mol/l水溶液に実施例1と同じカーボンナノチューブを混合し、これを水中で超音波照射後、静置し観察し、上澄み液のUV−Vis吸収スペクトルの測定をおこなった。図3にこの試料の写真を、図4にこの吸収スペクトルの測定結果をそれぞれ示す。比較例3との比較により実施例1において可溶化剤ANSがSDBSと同じようにカーボンナノチューブを水に分散できることが確認できる。
【0031】
(実施例2)
可溶化剤ANSを1.46×10-3 mol/lの濃度で溶解した水溶液に実施例1と同じカーボンナノチューブを分散し、酸素雰囲気下で1mmセルに水フィルタを通したキセノンアークランプを照射すると、図5に示すようにANSの減少が見られた。これは光反応によって可溶化剤ANSが消失していることを示している。
【0032】
(比較例4)
可溶化剤ANSを2.61×10-4 mol/l、Rose Bengalを2.00×10-5 mol/lの濃度で溶解した水溶液に酸素雰囲気下で1cmセルにY42フィルタと水フィルタを通したキセノンアークランプからの光を照射した場合の吸収スペクトル変化を図6に示す。Rose Bengalは典型的な一重項酸素発生剤である。この例ではRose Bengalのみに光吸収が起こる。すなわち、Rose Bengalによって生成された一重項酸素によって可溶化剤ANSが消失していることが示される。
【0033】
(効果についてのまとめ)
以上説明したように、本発明は、アントラセン骨格に水溶性または疎水性の置換基を組み込んだ可溶化剤を設計、合成し、この化合物がナノカーボン材料を可溶化することを見出したものである。さらにこの可溶化剤はアントラセン骨格に由来して一重項酸素の付加、脱離の反応性をもつ機能性可溶化剤となることを見出した。
【産業上の利用可能性】
【0034】
カーボンナノチューブなどのナノカーボン材料は、その卓越した電気特性および熱特性から電子機器の飛躍的能力向上が期待される。また機械特性にも優れる。さらに資源枯渇に無縁であり、次世代の有力な工業材料として期待されている。本発明により加工法が拡大すれば産業上の利用可能性が格段に拡大するものと考えられる。本発明は、優れた導電性、熱伝導性、機械的強度、光学特性金属や半導体の特性が期待されるナノカーボン材料などの難溶性材料を可溶化することができこの点において産業上の利用可能性がある。なおこれらは一般的な材料分野に広く応用されるが、例えば、ナノカーボン材料などの難溶性材料の加工による材料の改質などの機械分野、導電性や半導体としての加工によるプリント基板や半導体回路の電子材料分野に応用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アントラセン骨格に水溶性または疎水性の置換基を有する可溶化剤。
【請求項2】
一重項酸素の付加又は脱離の反応性を有する請求項1記載の可溶化剤。
【請求項3】
アントラセン−2−スルホン酸ナトリウム誘導体を有する請求項1記載の可溶化剤。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2012−55814(P2012−55814A)
【公開日】平成24年3月22日(2012.3.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−200397(P2010−200397)
【出願日】平成22年9月7日(2010.9.7)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】