説明

歯車伝達装置用トルク測定装置と駆動系制御装置と転がり軸受の予圧測定方法

【課題】実用的な構造で、エンジン1の出力トルクを測定し、経年劣化したり、指定以外の燃料を給油されたエンジン1でも、それぞれの状態に応じた最適な制御を行える構造を実現する。
【解決手段】変速機2の伝達するトルクを求めるトルク測定器4を備える。このトルク測定器4は、前記エンジン1のクランクシャフトと比例したトルクで回転する、回転軸を支持する転がり軸受の内輪に支持固定されたエンコーダと、固定の部分に支持された状態で、検出部をこのエンコーダの被検出面に対向させたセンサと、このセンサの出力信号に基づいて前記回転軸のトルクを算出するトルク演算器とを備える。そして、エンジン制御器3は、このトルク演算器が算出したトルクの値に基づいて、前記エンジン1への燃料供給量を調整したり、前記変速機2の変速比を調節する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、自動車用変速機等の歯車伝達装置を構成する回転軸のトルクの値を測定する為の歯車伝達装置用トルク測定装置、及び、この歯車伝達装置用トルク測定装置を組み込んで、自動車、各種産業機械等のエンジンを制御する事により、最適な運行状態を実現する為の駆動系制御装置、前記歯車伝達装置の回転軸を支持固定する転がり軸受の予圧測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の電子制御された自動車の場合、アクセルペダルの操作状態(開度、操作速度等)に応じてエンジンが出力すべきトルク(目標トルク)を求め、エンジン制御器によりこのエンジンの燃焼室に供給する燃料(ガソリン、軽油等の燃料と空気との混合気)の供給量を調整する事が、例えば特許文献1等に記載されて広く知られており、実際に広く行われている。又、更に電子化された自動車の場合、前記操作状態に対応して、自動変速機の変速比を調節する事も、例えば特許文献2等に記載されて広く知られており、実際に広く行われている。尚、前記自動変速機が遊星歯車式等の有段式の場合には、変速機調節は段階的に行われ、ベルト式、トロイダル式等の無段式の場合には、変速比調節は連続的に行われる。
【0003】
図14は、アクセルペダルの操作状況に応じてエンジン及び変速機(自動変速機)を制御する自動車の駆動系制御装置の動作状況の1例を示している。S(ステップ)1で運転者によるアクセルの操作状態を検出したならば、S2でエンジン制御器により、エンジンの燃焼室内への燃料の供給状態(供給量)を決定し、S3で、実際にエンジンを、前記操作状況に応じて運転する。そして、S4で、このエンジンの出力トルクを推定する。この出力トルクの推定は、前記燃料の供給量とこのエンジンの回転速度とから前記燃焼室内の圧力を算出し、更にこの圧力と燃焼室の数(気筒数)とから求める。そして、求めたトルクの推定値を前記エンジン制御器にフィードバックし、このエンジン制御器による前記エンジン制御の精度を向上させる。又、前記トルクの推定値を表す信号は、前記自動変速機の制御器にも送り、S5で、この自動変速機の変速比を制御する。
【0004】
上述の図14に示した、エンジン及び自動変速機の制御は、このエンジンの性能が設計値通りである事を前提としている。これに対して、エンジンの性能は、長期間に亙る使用に伴って、僅かずつではあるが低下(経年劣化)する事が避けられない。例えば、燃焼室の内周面やピストンリングの外周縁は次第に摩耗し、シリンダ室内の圧力が、僅かずつ低下して、前記出力トルクが低下する。従って、前記図14に示した様な手順で、経年劣化したエンジンをフィードバック制御すると、適切な制御を行えず、運転者が意図する走行性能を得られなかったり、燃費性能が悪化する可能性がある。尚、この様に、実際の出力トルクが設計値からずれる状況は、燃料として指定された以外のものを使用した場合(ハイオクガソリン指定に拘らずレギュラーガソリンを給油したり、粗悪な燃料を給油された場合)にも生じる。何れにしても、前記燃焼室内に圧力センサを設置して、この燃焼室内の圧力を実際に測定すれば、前記経年劣化に拘らず、適切なフィードバック制御が可能になる。但し、各燃焼室内の圧力を実測してこのフィードバック制御に利用する事は現実的ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2010−13003号公報
【特許文献2】特開2003−166640号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、自動車用変速機等の歯車伝達装置の回転軸のトルクを測定する歯車伝達装置用トルク測定装置、及び、この歯車伝達装置用トルク測定装置を組み込んだ、駆動系制御装置、前記歯車伝達装置の回転軸を支持固定する転がり軸受の予圧測定方法を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の歯車伝達装置用トルク測定装置と駆動系制御装置と転がり軸受の予圧測定方法とのうち、歯車伝達装置用トルク測定装置は、1対の回転軸と、1対のはすば歯車と、転がり軸受と、エンコーダと、1対のセンサと、トルク演算器とを備える。
このうちの両はすば歯車は、前記両回転軸のそれぞれの一部に固定されて、それぞれの外径側端部に形成した歯を互いに噛合させる事により、前記両回転軸同士の間でのトルクの伝達を可能にする。
又、前記転がり軸受は、内周面に外輪軌道を有する外輪相当部材を、静止部材に対して固定し、外周面に内輪軌道を有する内輪相当部材の内径側に、前記回転軸を内嵌固定している。そして、これら外輪軌道と内輪軌道との間に複数の転動体を、予圧を付与した状態で転動自在に設けている。
又、前記エンコーダは、前記内輪相当部材に固定され、前記回転軸と同心に設けられた被検出面のうち、互いに軸方向に外れた2箇所位置に第一、第二両特性変化部を設けている。これら第一、第二両特性変化部の特性は、円周方向に関して交互に且つ互いに同じピッチで変化している。又、軸方向に関して、これら第一、第二両特性変化部の一方の特性変化部の特性変化の位相を、他方の特性変化部と異なる状態で漸次変化させている。
又、前記両センサは、前記外輪相当部材に設けられ、これら両センサのうちの一方のセンサを前記第一特性変化部に、同じく他方のセンサを前記第二特性変化部に、それぞれ対向させている。
又、前記トルク演算器は、前記両センサの出力信号同士の間に存在する位相差と、前記転がり軸受に付与された予圧とに基づいて、前記回転軸のトルクを算出する。
【0008】
上述の様な本発明の歯車伝達装置用トルク測定装置を実施する場合に好ましくは、請求項2に記載した発明の様に、前記転がり軸受の予圧の大きさを、この転がり軸受の温度情報により補正する。
又、請求項3に記載した発明の様に、前記トルク演算器に、前記エンコーダ及び前記両センサの取付誤差によって生じるずれを補正する機能を持たせる。
【0009】
又、請求項4に記載した駆動系制御装置は、エンジンと、変速機と、エンジン制御器と、歯車伝達装置用トルク測定装置とを備える。
このうちのエンジンは、シリンダ内への燃料供給に基づいてクランクシャフトを回転させる。
又、前記変速機は、このクランクシャフトの回転を入力し、この回転の速度を所望の速度に変更してから出力する。
又、前記エンジン制御器は、前記エンジンのシリンダ内への燃料供給量を調整する。
又、前記歯車伝達装置用トルク測定装置は、前記クランクシャフトと比例したトルクで回転する回転軸のトルクを求める。
特に、本発明の駆動系制御装置に於いては、前記歯車伝達装置用トルク測定装置を、上述した様な、本発明の歯車伝達装置用トルク測定装置とする。
【0010】
上述の様な本発明の駆動系制御装置を実施する場合に、例えば請求項5に記載した発明の様に、前記エンジン制御器に、前記歯車伝達装置用トルク測定装置が算出したトルクの値に基づいて、前記燃料供給量を調整する機能を持たせる。
或いは、請求項6に記載した発明の様に、前記変速機を自動変速機とする。又、前記アクセルの操作に関連する状態量を表す信号に基づいてこの自動変速機の変速比を調整する、変速機制御器を備える。そして、この変速機制御器に、前記歯車伝達装置用トルク伝達装置が算出したトルクの値に基づいて、前記変速比を調整する機能を持たせる。
【0011】
又、請求項7に記載した、転がり軸受の予圧測定方法は、内周面に外輪軌道を有する外輪相当部材を、静止部材に対して固定し、外周面に内輪軌道を有する内輪相当部材の内径側に、回転軸を内嵌固定する。そして、この内輪相当部材に、被検出面がこの回転軸と同心に設けられたエンコーダを固定する。このエンコーダの被検出面には、互いに軸方向に外れた2箇所位置に第一、第二両特性変化部を設け、これら第一、第二両特性変化部の特性を、円周方向に関して交互に且つ互いに同じピッチで変化させる。又、軸方向に関して、前記第一、第二両特性変化部の一方の特性変化部の特性変化の位相を、他方の特性変化部と異なる状態で漸次変化させる。又、前記外輪相当部材に、1対のセンサを設け、これら両センサのうちの一方のセンサの検出部を前記第一特性変化部に、同じく他方のセンサの検出部を前記第二特性変化部に、それぞれ対向させる。そして、前記回転軸のトルクを変化させた場合の前記両センサの出力信号同士の間に存在する位相差の変化に基づいて、前記転がり軸受に付与された予圧を算出する。
【発明の効果】
【0012】
上述の様に構成する本発明の歯車伝達装置用トルク測定装置によれば、自動車用変速機等の歯車伝達装置の回転軸のトルクを測定する事ができる。そして、例えば請求項4〜6に記載した発明の様に、この歯車伝達装置用トルク測定装置を組み込んだ、駆動系制御装置に於いて、エンジンの出力トルクに比例したトルクを測定する事ができ、この測定値に応じて各種制御(エンジン制御、変速機制御)を適切に行う事ができる。
又、本発明の転がり軸受の予圧測定方法によれば、回転軸に設けられた転がり軸受に付与されている予圧の大きさを取得する事ができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の実施の形態の1例の駆動系制御装置を自動車に適用した場合の基本的構造を示す模式図。
【図2】同じく、トルク測定装置を示す断面図。
【図3】トルクに基づくエンコーダの軸方向変位により、1対のセンサの出力信号同士の間に位相差が生じる状況を説明する為の模式図。
【図4】軸方向力が加わった状態を誇張して示す、図2のA部拡大図
【図5】回転軸に加わるトルクと、この回転軸の軸方向変位量と、この回転軸を支持した転がり軸受に付与された予圧との関係を示す線図。
【図6】ケーシング内の油温と、転がり軸受の予圧との関係を示す線図。
【図7】トルク測定器により前記回転軸のトルクを算出する手順を示すフローチャート。
【図8】センサ及びエンコーダの取付誤差により、前記軸方向変位量にずれが生じる状況を説明する為の、トルクと軸方向変位量との関係を示す線図。
【図9】軸方向変位量と、転がり軸受の予圧と、トルクとの関係を示すマップ。
【図10】前記トルク測定器により測定したトルクを利用して、エンジン及び自動変速機を制御する手順を示すフローチャート。
【図11】転がり軸受の初期予圧、及び、前記ずれの値を算出する手順を示すフローチャート。
【図12】トルクと軸方向変位量とから変位量の差分を求める状況を示す為の、これらトルクと軸方向変位量との関係を示す線図。
【図13】前記変位量の差分と、転がり軸受の予圧との関係を示す線図。
【図14】従来から行われている、エンジン及び自動変速機を制御する状態を示すフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[実施の形態の1例]
図1〜13は、全ての請求項に対応する、本発明の実施の形態の1例を示している。本例の駆動系制御装置は、図1に示す様に、エンジン1と、変速機2と、エンジン制御器3と、歯車伝達装置用トルク測定装置である、トルク測定器4とを備える。このうちのエンジン1は、シリンダ内への燃料供給に基づいてクランクシャフトを回転させる。又、前記変速機2は、このクランクシャフトの回転を入力し、この回転の速度を変更してから、デファレンシャルギヤ等を介して、左右1対の駆動輪5、5に向けて出力する。
又、前記エンジン制御器3は、運転者が行う、アクセルペダル6の操作に関連する状態量、即ち、操作方向(開閉方向)、踏み込み量、踏み込み速度(開放速度)等を表す信号に基づいて、前記エンジン1のシリンダ内への燃料供給量を調整する。
【0015】
又、前記トルク測定器4は、図2に示す様に、前記変速機2を構成し、前記エンジン1のクランクシャフトと比例したトルクで回転する、回転軸7のトルクを求める。この回転軸7の中間部に支持されたファイナルギヤである、歯車8と、図示しない別の回転軸の中間部に支持された歯車とを、互いに噛合している。前記回転軸7は、前記変速機2の構成部品を収納したケーシング内に、径方向及び軸方向に関するがたつきを抑えた状態で、回転自在に支持している。この為に、前記両回転軸7を前記ケーシングの端壁或いは中間支持壁に、予圧が付与された円すいころ軸受である、転がり軸受9a、9bにより支持している。又、前記両歯車8は、何れも、工具鋼等の金属製のはすば歯車で、それぞれの外周面に、それぞれ軸方向に傾斜した歯10を形成している。
【0016】
前記両転がり軸受9a、9bのうちの一方の転がり軸受9aの内輪11には、エンコーダ12を、前記回転軸7と同心に支持固定している。又、この転がり軸受9aの外輪13に、1対のセンサ14a、14bを支持すると共に、これら両センサ14a、14bの検出部を、前記エンコーダ12の被検出面である、このエンコーダ12の外周面に近接対向させている。このエンコーダ12は、炭素鋼等の磁性金属板製である。このエンコーダ12に、透孔15、15と柱部16、16とを、円周方向に関して交互に且つ等間隔で配置している。従って、被検出面である、前記エンコーダ12の外周面の磁気特性は、円周方向に関して、交互に且つ等間隔で変化している。前記各透孔15、15と各柱部16、16との境界は、前記エンコーダ12の軸方向に対し同じ角度だけ傾斜させると共に、この軸方向に対する傾斜方向を、このエンコーダ12の軸方向中間部を境に互いに逆方向としている。従って、前記各透孔15、15と前記各柱部16、16とは、軸方向中間部が円周方向に関して最も突出した「く」字形となっている。そして、前記境界の傾斜方向が互いに異なる、前記被検出面の軸方向外半部(図2の左半部)と軸方向内半部(図2の右半部)とのうち、軸方向外半部を第一特性変化部17とし、軸方向内半部を第二特性変化部18としている。
【0017】
又、前記両センサ14a、14bはそれぞれ、永久磁石と、検出部を構成する磁気検知素子とから成る。これら両センサ14a、14bは、前記外輪13の一端面(図2の左側面)に支持固定した状態で、一方のセンサ14aの検出部を前記第一特性変化部17に、他方のセンサ14bの検出部を前記第二特性変化部18に、それぞれ近接対向させている。これら両センサ14a、14bの検出部がこれら両特性変化部17、18に対向する位置は、前記エンコーダ12の円周方向に関して同じ位置としている。又、前記回転軸7にトルクが加わっていない状態で、前記各透孔15、15及び柱部16、16の軸方向中間部で円周方向に関して最も突出した部分(境界の傾斜方向が変化する部分)が、前記両センサ14a、14bの検出部同士の間の丁度中央位置に存在する様に、各部材12、14a、14bの設置位置を規制している。
【0018】
本例の場合には、前記両センサ14a、14bに、波形整形回路を有するICを組み込んでいる。従って、これら両センサ14a、14bは、それぞれの検出部の近傍(微小隙間を介して対向する直前部分)を、前記エンコーダ12の外周面に形成した前記各透孔15、15と前記各柱部16、16とが通過すると、図3の(B)或いは(C)に示す様な矩形波(パルス信号)を出力する。
【0019】
前記両センサ14a、14bの出力信号は、図示しないトルク演算器に入力する。すると、このトルク演算器は、これら両センサ14a、14bの出力信号同士の間に存在する位相差に関する情報に基づき、前記転がり軸受9aのうちで、前記両センサ14a、14bを設置した外輪13に対する、内径側に前記回転軸7を内嵌固定した内輪11の軸方向に関する変位量を算出する。以下、前記外輪13に対し、この内輪11が軸方向に変位する理由に就いて説明する。
【0020】
はすば歯車である歯車8と、図示しない別の歯車との間の噛合部には、図2に矢印で示す様に軸方向の力が加わる。即ち、歯車伝達の分野で広く知られている様に、前記両歯車8のそれぞれの歯10同士の噛合に基づき、これら両歯車8同士を軸方向に相対変位させる方向に軸方向力Fが、これら両歯車8の中心軸の方向に対する前記両歯10の傾斜(捩れ角の存在)に基づいて、前記変速機2が伝達するトルクTの伝達方向に応じた方向に加わる。尚、前記噛合部には、上述した軸方向力Fに加え、前記両歯10の円周方向側面同士の押し付け合いに基づいて、前記噛合部の接線方向に接線方向力が、これら両歯10の円周方向側面の傾斜に基づいて、前記両歯車8の回転中心同士を離す方向に半径方向力がそれぞれ加わる。
【0021】
前記歯車8は前記回転軸7に支持固定されており、この回転軸7は、前述した様にケーシング内に、予圧を付与された1対の転がり軸受9a、9bにより、回転自在に支持されている。これら両転がり軸受9a、9bは、互いに同じ仕様を有する。そして、前記変速機2により前記トルクTを伝達する際には、前記軸方向力Fに基づいて、前記歯車8、及び、この歯車8を支持固定した、前記回転軸7が軸方向に変位する。この時、図4に誇張して示す様に、前記転がり軸受9aのうち、この回転軸7を内径側に内嵌固定した内輪11も軸方向に変位する。一方、この転がり軸受9aのうち、前記ケーシングの端壁或いは中間支持壁に固定された外輪13は殆ど変位しない。この様にして生じる前記内輪11の、この外輪13に対する軸方向変位量Dは、前記トルクTに応じて前記軸方向力Fが大きくなる程大きくなり、前記転がり軸受9aの支持剛性が高い程小さくなる(支持剛性が低い程大きくなる)。尚、本例の場合、前記トルク測定器4を構成する歯車8をファイナルギヤとしている。この理由は、一般的な自動車用変速機の場合、後段程、伝達するトルクTが大きくなり、前記歯車8の軸方向変位に基づく、前記内輪11の軸方向変位量Dも多くなり、前記両センサ14a、14bによるこの軸方向変位量Dの測定を容易に行える為である。
【0022】
ここで、この転がり軸受9aの支持剛性は、この転がり軸受9a(及び9b)に付与された予圧の大きさによって変化する。即ち、図5に示す様に、前記トルクTが零の時に対する、トルクTを変化させた(大きくした)時の軸方向変位量Dの変化の大きさ(図5に示したグラフの、トルクTが正の場合の傾きの大きさ)は、前記転がり軸受9aに付与された予圧が高い程少なくなる。従って、前記トルクTを精度良く測定する為には、前記転がり軸受9aの予圧を知る必要がある。尚、前記図5は、トルクT及び予圧が何れも零の場合の内輪11の位置を零としている。更に、この予圧は、前記転がり軸受9aの温度変化に伴い、この転がり軸受9aを構成する各部材が熱膨張或いは熱収縮する事により変化する。即ち、図6に示す様に、前記転がり軸受9aに付与された予圧は、前記ケーシング内の油温が高くなる程低くなる。従って、前記トルクTを精度良く測定する為には、この油温を知る必要がある。本例の場合には、前記内輪11に支持固定されたエンコーダ12にそれぞれの検出部を近接対向させた状態で前記外輪13に支持固定された、前記両センサ14a、14bの出力信号同士の間に存在する位相差に基づいて、前記内輪11の軸方向変位量Dを測定する。そして、この軸方向変位量Dに基づき、前記転がり軸受9a、9bに付与された予圧及びこれら両転がり軸受9a、9bを潤滑する潤滑油の温度を勘案しつつ、前記回転軸7の伝達するトルクTを算出する。以下、このトルクTを算出する手順に就いて説明する。
【0023】
前述した様に、前記変速機2がトルクTを伝達している場合には、前記歯車8の歯10の噛合部に、軸方向力Fが加わる。そして、この軸方向力Fに基づき、この歯車8が軸方向に(例えば数十μm程度)微小変位する。この歯車8の微小変位に基づき、この歯車8を支持固定した回転軸7を内嵌固定した前記内輪11が、前記エンコーダ12と共に、軸方向に微小変位する。この微小変位に基づいて、このエンコーダ12の外周面に対向した前記両センサ14a、14bの出力信号同士の位相差が変化する。即ち、前記回転軸7にトルクが加わっていない状態(中立状態)では、前記両センサ14a、14bの検出部は、図3の(A)の実線イ、イ上、即ち、前記最も突出した部分から軸方向に同じだけずれた部分に対向する。従って、前記両センサ14a、14bの出力信号の位相は、同図の(C)に示す様に一致する。
【0024】
上述の様な中立状態から、前記内輪11の微小変位により前記エンコーダ12が軸方向に変位した場合に、前記両センサ14a、14bの検出部は、図3の(A)の破線ロ、ロ上、即ち、前記最も突出した部分から軸方向に関するずれが互いに異なる部分に対向する。この状態では、図7のフローチャートに示したS1a、S2aで取得した、前記両センサ14a、14bの出力信号の位相は、前記図3の(B)に示す様にずれる。この時の位相差δを、S3aで算出する。そして、S4aで、この位相差δから、前記エンコーダ12を固定した、前記内輪11の軸方向変位量D(前記回転軸7及び前記歯車8の軸方向変位量)を算出する。
【0025】
本例の場合、S5aで、前記各部材12、14a、14bの取付誤差により生じる、前記軸方向変位量DのずれGを、予め求める。即ち、理想的には、前述した中立状態に於いては、前記最も突出した部分が、前記両センサ14a、14bの検出部同士の間の丁度中央位置に存在する様に、前記各部材12、14a、14bを設ける。しかし、実際には、これら各部材12、14a、14bの設置に当たり取付誤差が生じる為、前記中立状態に於いても、これら両センサ14a、14bの出力信号同士の間に存在する位相がずれる。そして、図8に示す様に、前記トルクTの伝達に伴い前記内輪11が軸方向に変位した場合に、これら各部材12、14a、14bを理想的に配置した状態で算出される軸方向変位量Dthと、同じく取付誤差が生じた状態で算出される軸方向変位量Dとの間にずれGが生じる。そこで、前記S5aで求めたずれGを、S6aで、前記S4aで算出した軸方向変位量Dから取り除く事により、より精度の高い軸方向変位量Dを算出する。
【0026】
又、S7aで、前記転がり軸受9aの温度(油温)Kを、前記変速機2のケーシング内に設けた油温センサ等により求める。この温度Kと、S8aで、予め求めた、この変速機2の完成検査時の(前記回転軸7のトルクが零、且つ、前記転がり軸受9aが常温状態での)、この転がり軸受9aの初期予圧Pとから、この転がり軸受9aの予圧Pを推定する。即ち、S9aで、この初期予圧Pが付与された転がり軸受9aの、前記温度Kに於ける予圧Pを、前述した図5に示した、予圧と油温との関係から求める。
この様にして求めた予圧Pと軸方向変位量Dとから、図9に示す様なマップに基づいて、前記回転軸7のトルクTを求める。この図9に示す様な、これら予圧Pと軸方向変位量DとトルクTとの関係は、実験或いは計算により予め求めて、この軸方向変位量に基づきこのトルクを求める為のトルク演算器の、メモリ中に組み込んでおく。そして、このトルク演算器を使用した計算により、S10aに示す様に、前記トルクTを算出する。
【0027】
そして、図10に示す様に、S1bで運転者によるアクセルの操作状態を検出したならば、S2bで、エンジン制御器により、前記エンジン1の燃焼室内への燃料の供給状態(供給量)を決定し、S3bで、実際にこのエンジン1を、前記操作状況に応じて運転する。そして、S4bで、前記測定器4により、上述した様に、前記変速機2の回転軸7のトルクTを測定し、この回転軸7のトルクTに基づき、この変速機2の変速比等を考慮して、前記エンジン1の出力トルクT´を算出する。そして、求めたトルクT´の測定値を前記エンジン制御器3にフィードバックし、このエンジン制御器3による前記エンジン1の制御の精度を向上させる。又、前記回転軸7のトルクTの測定値を表す信号は、前記変速機2(自動変速機)の制御器にも送り、S5bで、この自動変速機の変速比を制御する。
【0028】
上述の様に構成する本例の歯車伝達装置用トルク測定装置であるトルク測定器4は、トルク演算器によるトルク算出に於いて、予め求めた、前記転がり軸受9aの初期予圧P、及び、前記各部材12、14a、14bの取付誤差により生じるずれGを勘案する(これらP、Gによる補正を加える)。従って、算出するトルクTの精度をより向上させる事ができる。以下、これら補正用の値P、Gを求める方法に就いて説明する。
【0029】
図11のフローチャートに示したS1cで、前記変速機2のケーシング内の油温を一定温度Kとし、前記回転軸7のトルクを零とした状態(無負荷状態)で、この回転軸7を回転させ、前記両センサ14a、14bの出力信号同士を比較する事により、前記内輪11の軸方向変位量(組み付け誤差に基づく、前記エンコーダ12のオフセット量)Dを求める。同様にして、S2cで、前記回転軸7にトルク(例えば6000Nm)を加えた状態(高負荷状態)での、前記内輪11の軸方向変位量Dを求める。又、S3cで、これらDとDとの間の変位量の差分Ddiffを求める。ここで、図12に示す様に、温度Kに於ける、前記回転軸7のトルクTと、前記内輪11の軸方向変位量Dとの関係を、前記転がり軸受9aの予圧Pを変化させながら、実験或いは計算により予め求めておく。この図12から、各予圧P毎に、前記回転軸7のトルクを零とした時の軸方向変位量Dと、同じくトルクを加えた時の軸方向変位量Dとから変位量の差分Ddiffを求める。この様にして求めた予圧Pと差分Ddiffとの関係は、図13の様に表わされる。この図13と、前記S3cで求めたDdiffとから、S4cで、温度Kに於ける前記転がり軸受9aの予圧Pを求める。そして、S5cで、前述した図5に示した、温度と予圧との関係から常温(例えば20℃)時に於ける、前記転がり軸受9aの初期予圧Pを求める。
【0030】
又、S6cで、前記S4で求めた温度Kに於ける前記転がり軸受9aの予圧Pと、前記無負荷状態での軸方向変位量Dとから、前記各部材12、14a、14bの取付誤差により生じるずれGを求める。即ち、前記予圧Pを求める事ができれば、これら各部材12、14a、14bを理想的に設置した状態での、前記内輪11の軸方向変位量Dthが求められる。そして、前記軸方向変位量Dとこの軸方向変位量DthとのずれGを求める。
上述の様にして求めた、前記転がり軸受9aの初期予圧Pと、前記ずれGとを、S7cで、前記トルク演算器のメモリ中に保持しておく。
【0031】
上述の様に構成し作用する本例の駆動系制御装置は、実用的な構造で、実際にエンジン1が出力するトルクに比例するトルクを測定し、この測定値に基づいて、前記エンジン制御器3による燃料供給量の制御や前記変速機2の制御を行うので、経年劣化したり、指定以外の燃料を給油された場合でも、それぞれの状態に応じた最適な制御を行える。
【符号の説明】
【0032】
1 エンジン
2 変速機
3 エンジン制御器
4 トルク測定器
5 駆動輪
6 アクセルペダル
7 回転軸
8 歯車
9a、9b 転がり軸受
10 歯
11 内輪
12 エンコーダ
13 外輪
14a、14b センサ
15 透孔
16 柱部
17 第一特性変化部
18 第二特性変化部


【特許請求の範囲】
【請求項1】
1対の回転軸と、
これら両回転軸のそれぞれの一部に固定されて、それぞれの外周面に形成した歯を互いに噛合させる事により、前記両回転軸同士の間でのトルクの伝達を可能とした1対のはすば歯車と、
内周面に外輪軌道を有し、静止部材に対して固定された外輪相当部材と、外周面に内輪軌道を有し、内径側に前記回転軸を内嵌固定した内輪相当部材と、これら外輪軌道と内輪軌道との間に、予圧を付与された状態で転動自在に設けられた、複数の転動体とから成り、前記回転軸を静止部材に対して回転自在に支持する転がり軸受と、
前記内輪相当部材に固定され、前記回転軸と同心に設けられた被検出面のうち、互いに軸方向に外れた2箇所位置に第一、第二両特性変化部を設け、これら第一、第二両特性変化部の特性が円周方向に関して交互に且つ互いに同じピッチで変化すると共に、これら第一、第二の両特性変化部のうちの一方の特性変化部の特性変化の位相が軸方向に関し、他方の特性変化部と異なる状態で漸次変化しているエンコーダと、
前記第一、第二両特性変化部に、それぞれ検出部を対向させた状態で、前記外輪相当部材に設けられた1対のセンサと、
これら両センサの出力信号同士の間に存在する位相差と、前記転がり軸受に付与された予圧とに基づいて、前記回転軸のトルクを算出する機能を有するトルク演算器とを備える歯車伝達装置用トルク測定装置。
【請求項2】
前記トルク演算器は、前記転がり軸受の予圧の大きさを、この転がり軸受の温度情報により補正する機能を有する、請求項1に記載した歯車伝達装置用トルク測定装置。
【請求項3】
前記トルク演算器は、前記エンコーダ及び前記両センサの取付誤差により生じるずれを補正する機能を有する、請求項1〜2のうちの何れか1項に記載した歯車伝達装置用トルク測定装置。
【請求項4】
シリンダ内への燃料供給に基づいてクランクシャフトを回転させるエンジンと、このクランクシャフトの回転を入力し、この回転の速度を変更してから出力する変速機と、運転者が行う、アクセルの操作に関連する状態量を表す信号に基づいて、前記エンジンのシリンダ内への燃料供給量を調整するエンジン制御器と、前記クランクシャフトと比例したトルクで回転する回転軸のトルクを求める歯車伝達装置用トルク測定装置とを備え、この歯車伝達装置用トルク測定装置が請求項1〜3のうちの何れか1項に記載した歯車伝達装置用トルク測定装置である駆動系制御装置。
【請求項5】
前記エンジン制御器は、前記歯車伝達装置用トルク測定装置が算出したトルクの値に基づいて前記燃料供給量を調整する機能を有する、請求項4に記載した駆動系制御装置。
【請求項6】
前記変速機が自動変速機であって、前記アクセルの操作に関連する状態量を表す信号に基づいてこの自動変速機の変速比を調整する変速機制御器を備え、この変速機制御器は、前記歯車伝達装置用トルク測定装置が算出したトルクの値に基づいて前記変速比を調整する機能を有する、請求項4〜5のうちの何れか1項に記載した駆動系制御装置。
【請求項7】
内周面に外輪軌道を有し、静止部材に対して固定された外輪相当部材と、外周面に内輪軌道を有し、内径側に回転軸を内嵌固定した内輪相当部材と、これら外輪軌道と内輪軌道との間に、予圧を付与された状態で転動自在に設けられた、複数の転動体とを備える転がり軸受の予圧測定方法であって、
前記内輪相当部材に、前記回転軸と同心に設けられた被検出面のうち、互いに軸方向に外れた2箇所位置に第一、第二両特性変化部を設け、これら第一、第二両特性変化部の特性が円周方向に関して交互に且つ互いに同じピッチで変化すると共に、これら第一、第二両特性変化部のうちの一方の特性変化部の特性変化の位相が軸方向に関し、他方の特性変化部と異なる状態で漸次変化しているエンコーダを設け、
前記外輪相当部材に、前記第一、第二両特性変化部に、それぞれ検出部を対向させた状態で1対のセンサを設け、
前記回転軸のトルクを変化させた場合のこれら両センサの出力信号同士の間に存在する位相差の変化に基づいて、前記予圧を算出する事を特徴とする転がり軸受の予圧測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2013−50344(P2013−50344A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−187513(P2011−187513)
【出願日】平成23年8月30日(2011.8.30)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】