説明

歯車部品

【課題】歯車部品における歯元強度と歯面強度とを両立させることが可能な歯車部品を提供する。
【解決手段】本発明の歯車部品は、C:0.10〜0.40%、Si:1.50%以下、Mn:0.30〜1.80%、Cr:0.30〜1.50%、Mo:0.80%以下、Ti:0.05%以下、Al:0.05%以下、N:0.010%以下、Nb:0.10%以下、P:0.020%以下、S:0.020%以下、B:0.0005〜0.0035%、を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなる肌焼鋼が所定の歯車形状とされた後に施される浸炭処理により、下記式(1)及び(2)を満たしたものとなる。
歯元部:(553.53×S質量%)+(34.36×有効硬化層深さmm)
−(0.16×心部硬さHV)+(123.86×表層C濃度%)≦52…(1)
歯面部:(0.001×心部硬さHV)+(0.037×全硬化層深さmm)≧0.460…(2)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯車部品、特に自動車等の駆動系に使用される歯車部品に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車等のディファレンシャルギヤに代表される歯車部品は、肌焼鋼を所定の歯車形状に鍛造成形若しくは切削加工した後、浸炭処理を施すのが一般的である。この種の歯車部品には、高い衝撃疲労強度(低サイクル衝撃曲げ疲労強度)が要求されており、例えば特許文献1には、結晶粒度と浸炭硬化層を適度にバランスさせることで衝撃疲労強度を改善する手法が提案されている。また、例えば特許文献2には、表層C濃度とC濃度0.4%深さをそれぞれ所定の値に設定することで衝撃疲労強度と共に、耐磨耗性を改善する手法が提案されている。
【0003】
【特許文献1】特開2003−96539号公報
【特許文献2】特開2007−231305号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、上記特許文献1,2に記載の手法は、衝撃疲労強度を高めるためには有効であるが、耐塑性変形性の改善という観点からは不十分であった。すなわち、歯車部品においては、その歯元部に衝撃疲労強度(歯元強度)が要求されるのに対し、その歯面部に耐塑性変形性(歯面強度)が要求される。したがって、上記特許文献1,2に記載の手法のように、歯元強度の確保を重要視し過ぎると、歯面強度が必要以上に低下して歯面部での塑性変形が助長されるおそれがある。これに対して、歯面強度の確保を重要視し過ぎると、歯元強度が必要以上に増大して衝撃入力時に歯元部でのき裂の進展が促進されるおそれがある。このように、歯車部品では、歯元強度と歯面強度とを両立させることが理想的であるが、両強度は相反する特性であるため、両強度を両立させることは困難である。
【0005】
本発明は、上記問題に対処するためになされたものであり、その目的は、歯車部品における歯元強度と歯面強度とを両立させることが可能な歯車部品を提供することにある。
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、以下の知見を得た。(a)歯車部品に求められる強度特性を歯元部と歯面部とに分けて定式化することができれば、歯元部と歯面部とに求められる各強度特性を明確に特定することができる。(b)歯元強度を向上させるためには、衝撃入力時の初期き裂長さを短くし、その後のき裂の進展を遅延化させることが有効である。(c)歯面強度を向上させるためには、歯面部の硬さを高める(歯面部の塑性変形量を抑制する)ことが有効である。
【0007】
すなわち、本発明の歯車部品は、質量%で、C:0.10〜0.40%、Si:1.50%以下、Mn:0.30〜1.80%、Cr:0.30〜1.50%、Mo:0.80%以下、Ti:0.05%以下、Al:0.05%以下、N:0.010%以下、Nb:0.10%以下、P:0.020%以下、S:0.020%以下、B:0.0005〜0.0035%、を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなる肌焼鋼が所定の歯車形状とされた後に施される浸炭処理により、下記式(1)及び(2)を満たしたものとなることを特徴とする。
歯車部品の歯元部:
(553.53×S質量%)+(34.36×有効硬化層深さmm)
−(0.16×心部硬さHV)+(123.86×表層C濃度質量%)≦52…(1)
歯車部品の歯面部:
(0.001×心部硬さHV)+(0.037×全硬化層深さmm)≧0.460…(2)
【0008】
この場合、歯車部品は、さらに質量%で、Ni:0.20〜2.50%を含有するものであるとよく、また、質量%で、Bi:0.30%以下、Ca:0.30%以下、Pb:0.30%以下のうち1種又は2種以上を含有するものであるとよい。なお、本明細書において、合金組成の範囲を示す記載、例えばC:0.10〜0.40%とは、Cの含有量が0.10質量%以上0.40質量%以下を表すものとする。
【0009】
以下、各元素の組成限定理由および限定条件について説明する。
【0010】
(1)C:0.10〜0.40%
Cは、歯車部品の強度(心部の強度)を確保するための元素である。この効果を得るには、0.10%以上の含有が必要である。他方、過度に含有させると、靭性および衝撃疲労強度が低下してしまうため、上限を0.40%以下とする。好ましくは0.15〜0.35%である。
【0011】
(2)Si:1.50%以下
Siは、溶製時の脱酸剤として添加される。このSiは、浸炭時における粒界酸化を助長する元素であり、衝撃疲労強度の低下をもたらす。また、過剰な含有は冷間鍛造性若しくは切削加工性を著しく損なうため、1.50%以下とする。好ましくは0.20%以下とする。なお、真空浸炭やプラズマ浸炭等の粒界酸化の抑制が可能な浸炭処理の場合は、焼もどし軟化抵抗を向上させるため、0.5%以上添加してもよい。
【0012】
(3)Mn:0.30〜1.80%
Mnは、浸炭時における粒界酸化を助長する元素であり、衝撃疲労強度の低下をもたらすため、その含有を極力制限する必要がある。具体的には、1.80%以下の含有とする。他方、Mnは、鋼の焼入れ性を高めるのに有効な元素であり、また、靭性向上のためには浸炭後の適度なオーステナイトの残留が必要である。これらの効果を得るには、0.30%以上の含有が必要である。
【0013】
(4)Cr:0.30〜1.50%
Crも、Mnと同様に浸炭時における粒界酸化を助長する元素であり、衝撃疲労強度の低下をもたらし、過剰な含有は結晶粒界の脆化を招来するおそれがある。具体的には、その含有量を1.50%以下に制限する。他方、Crは、鋼の焼入れ性を高めるのに有効な元素であるから、この効果を得るには、0.30%以上の含有が必要である。
【0014】
(5)Mo:0.80%以下
Moは、鋼の焼入れ性を高めるのに有効な元素であり、Cr含有量を制限したことにより不足する鋼の焼入れ性を補完するために添加する。また、浸炭された表層の靭性を向上させるのに有効な元素でもある。他方、過度の含有は、塑性加工時の硬さが高くなり過ぎ、製造性が悪化してしまうので、0.80%以下の含有とする。
【0015】
(6)Ti:0.05%以下
Tiは、浸炭鋼中のNと結合して窒化物を生成し、NがBと結合することを防止することで、固溶Bを確保してBの焼入れ性向上の効果を維持するのに有効な元素である。ただし、0.05%を超えるとTiNの大型化により冷間での加工性が低下するので、0.05%以下の含有とする。
【0016】
(7)Al(固溶Al):0.05%以下
Alは、浸炭鋼中のNと結合して窒化物を生成し、浸炭時のオーステナイト結晶粒の粗大化を防止するのに有効な元素である。ただし、0.05%を超えるとオーステナイト結晶粒の粗大化を防止する効果が飽和するので、0.05%以下の含有とする。
【0017】
(8)N:0.010%以下
Nは、上述したとおり、浸炭鋼中のTiやAlと反応して窒化物を形成する。ただし、0.010%を超えると大型のTiNが生成し、これが疲労破壊の起点となって疲れ特性を損なう。また、0.010%を超えると上記したオーステナイト結晶粒の粗大化を防止する効果も飽和するため、0.010%以下の含有とする。
【0018】
(9)Nb:0.10%以下
Nbは、浸炭鋼中のCやNと反応して炭窒化物を形成し、浸炭時のオーステナイト結晶粒の粗大化を防止するのに有効な元素である。ただし、0.10%を超えるとその効果が飽和する。
【0019】
(10)P:0.020%以下
Pは、浸炭層の靭性を劣化させる元素である。特に、その含有量が0.020%を超えると、衝撃疲労強度の低下が著しくなる。また、Pは、不純物元素であるので、できるだけ含有量を0%に近づけることが好ましい。
【0020】
(11)S:0.020%以下
Sも、浸炭層の靭性を劣化させる元素であり、Pと同様にその含有量が0.020%を超えると、衝撃疲労強度の低下が著しくなる。また、Sは浸炭鋼中のMnと反応してMnSを生成し、このMnSがき裂伝播経路となって強度低下を引き起こす。したがって、Sは可能な限り低減することが望ましいが、0.020%以下の含有では強度低下の要因となるMnSがき裂伝播経路上に認められないことから、0.020%以下の含有とする。
【0021】
(12)B(固溶B):0.0005〜0.0035%
Bは、浸炭鋼の心部の焼入れ性を向上させるのに有効な元素である。すなわち、Bの添加により、不完全焼入れによる強度低下が防止され、後述する有効硬化層深さが深くなる効果が得られる。また、Bは、浸炭層の結晶粒界に優先偏析して浸炭層の粒界を強化するのに有効な元素でもある。この効果を得るには、0.0005%以上の含有が好ましい。他方、過度の含有は、焼入れ性向上の効果が飽和するだけでなく、熱間および冷間での加工性が低下するので、0.0035%以下の含有とする。
【0022】
さらに、本発明において以下の元素を添加することも可能である。
(13)Ni:0.20〜2.50%
Niは、オーステナイト生成元素であり、靭性の向上に寄与する。このような効果を得るためには、0.20%以上の含有が必要である。他方、過度の含有は焼なまし時の硬さが上昇するため、冷間加工性を劣化させる。このため、2.50%以下の含有とする。
【0023】
(14)Bi:0.30%以下、Ca:0.30%以下、Pb:0.30%以下
Bi,Ca,Pbは、被削性を向上させるのに有効な元素である。ただし、何れも0.30%を超えると、被削性を向上させる効果が飽和するばかりでなく、靭性を低下させることもあるので、0.30%以下の含有とする。なお、Bi,Ca,Pbは、被削性に影響するのみであって、積極的な添加を省略しても疲労強度及び曲げ矯正性への影響はほとんどない。
【0024】
本発明の歯車部品は、自動車のディファレンシャルギヤを構成するピニオンギヤ(ディファレンシャルピニオン)10(図1(a)参照)及びサイドギヤ20(図1(b)参照)の用途に好適である。ここで、後述する式(1)における歯車部品の歯元部11a,21aとは、通常は歯11,21のピッチ円から内側の部位を意味するが、この実施例では、図2に示すように、歯底R部から心部11b,21bに渡る部位を総称するものとする。また、後述する式(2)における歯車部品の歯面部11c,21cとは、通常は歯11,21の噛み合いに預かる面の全てを意味するが、この実施例では、図2に示すように、その面のうち両ギヤのピッチ円の接点(ピッチ点)の部位を代表して取り上げた。
【0025】
(15)歯元部11a,21a:
(553.53×S質量%)+(34.36×有効硬化層深さmm)
−(0.16×心部硬さHV)+(123.86×表層C濃度質量%)≦52…(1)
(a)(553.53×S質量%)
上述したように、Sは浸炭鋼中のMnと反応してMnSを生成し、このMnSが図2に示すき裂進展方向(D1)の経路となって歯元部11a,21aの衝撃疲労強度を低下させる要因となる。したがって、S量を下げることで、き裂伝播経路となるMnSが低減し、き裂進展速度を遅くすることができるため、歯元部11a,21aの衝撃疲労強度を高めることができる。
【0026】
(b)(34.36×有効硬化層深さmm)
有効硬化層深さは、限界硬さを513HVとする表面からの深さ(図2で示すき裂進展方向(D1)の深さ)を表す。歯元部11a,21aの有効効果層深さを浅くすることで、初期き裂長さを短く設定することができ、その後のき裂進展を遅延化させることができるため、歯元部11a,21aの衝撃疲労強度を高めることができる。
【0027】
(c)−(0.16×心部硬さHV)
心部硬さは、図2の心部11b,21bに代表される母材の硬さであり、母材のC量に依存する。母材のC量が多くなるほど、心部硬さが上昇して耐塑性変形性が向上する。ただし、C量が多いほど製造性(鍛造成形性若しくは切削加工性)が悪化し、靭性低下による衝撃疲労強度の低下が生じるため、心部硬さは400〜500HV程度となることが望ましい。
【0028】
(d)(123.86×表層C濃度質量%)
表層C濃度を下げることで、歯元部11a,21aの靭性を向上させ、き裂の発生を遅延化させることができる。ただし、表層C濃度が少なすぎると耐塑性変形性が著しく悪化するため、歯元部11a,21aの表層C濃度質量%は0.5〜0.7%程度となることが望ましい。
【0029】
(16)歯面部11c,21c:
(0.001×心部硬さHV)+(0.037×全硬化層深さmm)≧0.460…(2)
(a)(0.037×全硬化層深さmm)
全硬化層深さは、表面焼入れした硬さが及ぶ範囲、すなわち母材の硬さに達するまでの表面からの深さ(図2で示す歯面11c,21cの法線方向(D2)の深さ)を表す。心部硬さを上げ、全硬化層深さを深くすることで、歯面部11c,21cの耐塑性変形性が向上するため、歯面部11c,21cの塑性変形量を抑制することができる。一般に、硬化層と母材との境界から生じる内部起点の損傷(例えばケースクラッシュ)を抑制するために、全硬化層深さを1.2mm程度付与する処理が行われているが、特に歯車部品の歯面部のように高い衝撃入力が付与される部品においては、この程度の全硬化層深さでは部品機能が損なわれるおそれがある。したがって、歯面部11c,21cの耐塑性変形性を十分に確保するために、歯面部11c,21cの全硬化層深さは1.3〜2.0mm程度となることが望ましい。これに対応して、歯面部11c,21cの有効硬化層深さは、歯元部11a,21aの有効硬化層深さよりも深くなるように設定される。
【0030】
また、歯面部11c,21cの表層硬さ(表面から0.05mmの深さ位置における硬さ)は、表面強度を確保する観点から少なくとも700HVの硬さが必要である。このため、歯面部11c,21cの表層C濃度は、歯元部11a,21aの表層C濃度と比べて0.03〜0.15%程度高くなるように設定される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
a.第1実施例
まず、表1に示す合金組成(残部はFe及び不可避不純物)の肌焼鋼Aを真空溶解炉を用いて溶製し、150kgのインゴットに鋳造した。次に、このインゴットを圧延してバー材にした後、このバー材を切断して図1(a)に示すピニオンギヤ10と、図1(b)に示すサイドギヤ20とをそれぞれ作成した。具体的には、ピニオンギヤ10については、切断後のバー材を球状化焼きなまし処理した後、冷間閉塞鍛造を行い、図3に示すヒートパターンで浸炭焼入れ焼戻し処理(真空浸炭)した後に仕上げ研削加工を施した。また、サイドギヤ20については、切断後のバー材を温間鍛造し、焼きならし処理した後に再圧縮(サイジング)を行い、旋削等の切削加工を施した後に図3に示すヒートパターンで浸炭焼入れ焼戻し処理を施した。この浸炭焼入れ焼戻し処理では、各ギヤ10,20における最終的な表層C濃度、有効硬化層深さ及び全硬化層深さがそれぞれ変化するように、浸炭焼入れ工程における浸炭時間又は拡散時間を適宜設定した。各ギヤ10,20のうち、ピニオンギヤ10において歯元部11aの表層C濃度及び有効硬化層深さを変化させ、歯面部11cの表層C濃度及び全硬化層深さを変化させたものをそれぞれ実施例1〜4、比較例1〜5とした。そして、歯元部11aでは図5に示す試験機を用いて衝撃試験を実施した。この試験機は、ケース101(ディファレンシャルケースに相当)を備えており、ケース101内にピニオンシャフト102を介して一対のピニオンギヤ10,10が組み込まれ、各ピニオンギヤ10とギヤ結合するようにシャフト103(アクスルシャフトに相当)を介して一対のサイドギヤ20,20が組み込まれる。各ギヤ10,20は、ケース101及びシャフト103と共にモータ104により回転駆動される。シャフト103は、その出力側端部にてブレーキ機構105により制動される。この試験機を用いて、ブレーキ機構105によるシャフト103の制動を繰り返し行い、各ギヤ10,20に衝撃荷重を入力して、ギヤ10の歯元部11aが破損に至ったときのシャフト103に生じるトルク(衝撃強度)をトルクメータ106で測定した。試験結果を表3に示す。ここでは、衝撃強度が1350Nm以上のものを良とする。
【0032】
ギヤ10の歯面部11cにおいては、図5に示す試験機を用いて塑性変形衝撃試験の一定入力で所定回数の入力を負荷した後、塑性変形量を求めた。具体的には、試験終了したギヤ10において、歯底直角に歯形方向へ形状を取得し、予め取得しておいた初期状態との比較を行うことで、塑性変形量を取得した。試験結果を表2に示す。ここでは、塑性変形量の絶対値が178μm以下を良とする。
【0033】
【表1】

【0034】
【表2】

【0035】
【表3】

【0036】
次に、本発明の効果を確認するために行った評価方法および試験について説明する。
【0037】
(1)表層C濃度
各試験片の表層C濃度を、JIS G 1253に基づき、発光分光分析により測定した。ここでは、C量1%まで測定できるように検量線を作成した(誤差は±0.01%)。また、各試験片の表層C濃度分布を、X線マイクロアナライザー(EPMA)を用いて線分析により測定した。
【0038】
(2)有効硬化層深さ
各試験ギヤの有効硬化層深さを、ISO2639(2002)に準拠し荷重300gのビッカース硬度計を用いて測定した。ただし、有効硬化層深さの限界硬さを513HVとした。
【0039】
(3)全硬化層深さ
各試験ギヤの全硬化層深さを、JIS G 0577(2006)に準拠した方法で表面から内部にかけて推移曲線を作成し、硬化層生地と区別できなくなるまでの深さを全硬化層深さとした。硬さは荷重300gのビッカース硬度計を用いて測定した。
【0040】
(4)心部硬さ
各試験ギヤの心部硬さを、JIS Z 2244に準拠し、図2に示す心部11b,21bにおける歯断面の硬さをビッカース硬度計を用いて測定した。
【0041】
表2によると、実施例1〜4に示すように、式(1)の左項が0.460以上である場合に、塑性変形量の絶対値が178μm以下となることがわかる。比較例1,2は、実施例1〜4に比して心部硬さが低く(376HV,383HV)、また全硬化層深さが浅いため(0.87mm,1.09mm)、式(1)の左項が何れも0.460を下回っており(0.408,0.423)、塑性変形量の絶対値が増大している(311.3,279.4)。また、比較例3に示すように、心部硬さ及び全硬化層深さが共に大きくなく(407HV,1.40mm)、式(1)の左項が0.460を下回る場合も(0.459)、塑性変形量の絶対値が178μmを超えることがわかる(191.2)。
【0042】
表3によると、実施例1〜4に示すように、式(2)の左項が52以下である場合に、衝撃強度が1350Nm以上となることがわかる。比較例4,5は、実施例1〜4に比して表層C濃度が高いため(0.73%,0.75%)、式(2)の左項が何れも52を超えており(56.2,61.2)、衝撃強度が低下している(1269Nm,1171Nm)。
【0043】
b.第2実施例
次に、合金組成の影響を判断するために、表4に示す合金組成(残部はFe及び不可避不純物)として、第1実施例と同様の試験ギヤを作成した後、図4に示すヒートパターンで浸炭焼入れ焼戻し処理を施した。なお、浸炭焼入れ焼戻し処理では、浸炭焼入れ工程における浸炭期(930℃)での保持時間を9時間とし、拡散期(850℃)での保持時間を0.5時間とした後、油冷した。また、その後の浸炭焼戻し工程では180℃に2時間保持した後、空冷した。これによって実施例5〜14、比較例6〜11を作製した。そして、これらの試験ギヤについても、上記第1実施例と同じ評価方法および試験を行った。以上の試験結果を表5,6に示す。
【0044】
【表4】

【0045】
【表5】

【0046】
【表6】

【0047】
表5によると、実施例5〜14に示すように、式(1)の左項が0.460以上である場合に、塑性変形量の絶対値が178μm以下となることがわかる。特に、実施例12では、Niの添加によって心部硬さが高くなり(462HV)、塑性変形量の絶対値が極めて小さくなっている(4.4)。比較例6は、実施例5〜14に比してC量が少ない(0.09質量%)。このため、心部硬さが低くなって(272HV)、式(1)の左項が0.460を下回り(0.334)、塑性変形量の絶対値が増大している(528.0)。比較例7は、実施例5〜14に比してSi量が多い(1.61質量%)。このため、全硬化層深さが浅めとなって(1.63mm)、式(1)の左項が0.460を下回り(0.456)、塑性変形量の絶対値が増大している(186.3)。比較例8は、実施例5〜14に比してCr量が少なく(0.25質量%)、比較例9は、実施例5〜14に比してCr量が多い(1.54質量%)。何れの場合も心部硬さが低くなって(383HV,394HV)、式(1)の左項が0.460を下回り(0.446,0.458)、塑性変形量の絶対値が増大している(216.3,181.7)。また比較例11は、実施例5〜13に比してB量が少ない(0.0003質量%)。このため、心部硬さが低くなって(377HV)、式(1)の左項が0.460を下回り(0.440)、塑性変形量の絶対値が増大している(232.7)。
【0048】
表6によると、実施例5〜14に示すように、式(2)の左項が52以下である場合に、衝撃強度が1350Nm以上となることがわかる。比較例6は、実施例5〜14に比してC量が少なく(0.09質量%)、心部硬さが極めて低いため(272HV)、式(2)の左項が52を超えており(56.0)、衝撃強度が低下している(1273Nm)。比較例10は、実施例5〜14に比してS量が多いため(0.026質量%)、式(2)の左項が52を超えており(54.1)、衝撃強度が低下している(1310Nm)。なお、比較例11は、式(2)の左項が52以下であるが(46.7)、実施例5〜14に比してB量が少ないため(0.0003質量%)、衝撃強度が低下している(1310Nm)。
【0049】
以上の結果、本発明では、歯元部における衝撃強度と、歯面部における耐塑性変形性とが優れていることが確認された。したがって、本発明をディファレンシャルギヤに適用することによって、その歯元強度と歯面強度とを共に向上させることが可能である。
【0050】
以上、本発明による歯車部品をディファレンシャルギヤに適用した一例について説明したが、歯車部品の適用範囲はこれに限らず、例えばスプライン形状の歯形を有するスプラインシャフト等にも適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】(a)は本発明の歯車部品の一実施形態に係るディファレンシャルギヤを構成するピニオンギヤの縦断面図。(b)は本発明の歯車部品の一実施形態に係るディファレンシャルギヤを構成するサイドギヤの縦断面図。
【図2】図1の各ギヤの歯元部及び歯面部の説明図。
【図3】第1実施例に係る浸炭焼入れ焼戻し処理を示す説明図。
【図4】第2実施例に係る浸炭焼入れ焼戻し処理を示す説明図。
【図5】図1のギヤを試験対象とする試験機の構造を示す概略図。
【符号の説明】
【0052】
10 ピニオンギヤ(歯車部品)
20 サイドギヤ(歯車部品)
11,21 歯
11a,21a 歯元部
11b,21b 心部
11c,21c 歯面部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.10〜0.40%、
Si:1.50%以下、
Mn:0.30〜1.80%、
Cr:0.30〜1.50%、
Mo:0.80%以下、
Ti:0.05%以下、
Al:0.05%以下、
N:0.010%以下、
Nb:0.10%以下、
P:0.020%以下、
S:0.020%以下、
B:0.0005〜0.0035%、
を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなる肌焼鋼が所定の歯車形状に形成された後に施される浸炭処理により、下記式(1)及び(2)を満たしたものとなることを特徴とする歯車部品。
前記歯車部品の歯元部:
(553.53×S質量%)+(34.36×有効硬化層深さmm)
−(0.16×心部硬さHV)+(123.86×表層C濃度質量%)≦52…(1)
前記歯車部品の歯面部:
(0.001×心部硬さHV)+(0.037×全硬化層深さmm)≧0.460…(2)
【請求項2】
さらに、質量%で、
Ni:0.20〜2.50%を含有する請求項1に記載の歯車部品。
【請求項3】
さらに、質量%で、
Bi:0.30%以下、
Ca:0.30%以下、
Pb:0.30%以下、
のうち1種又は2種以上を含有する請求項1又は2に記載の歯車部品。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2010−1527(P2010−1527A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−161196(P2008−161196)
【出願日】平成20年6月20日(2008.6.20)
【出願人】(000003713)大同特殊鋼株式会社 (916)
【出願人】(000003997)日産自動車株式会社 (16,386)
【Fターム(参考)】