説明

殺菌剤不活化液剤

【課題】コンタクトレンズの内部や外表面に付着したカチオン性殺菌剤による眼障害を防止し得ると共に、優れた使用感と保存安定性を兼ね備えた殺菌剤不活化液剤を提供すること。
【解決手段】(A)アニオン性高分子化合物と(B)窒素含有非解離性高分子化合物とを含有し、且つ、25℃におけるpHが6.5〜8.0となるようにして、殺菌剤不活化液剤を調製し、その殺菌剤不活化液剤を、コンタクトレンズに接触せしめることによって、コンタクトレンズの内部及び/又は外表面に付着したカチオン性殺菌剤を不活化させるようにした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、殺菌剤不活化液剤に係り、特に、コンタクトレンズに付着したカチオン性殺菌剤を不活化せしめて、眼障害の発生を防止するための液剤に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、コンタクトレンズ装用者は、コンタクトレンズを安全且つ快適に使用するために、コンタクトレンズの材質や種類に応じたケア用品(コンタクトレンズ用液剤)を用いて、コンタクトレンズのケアを行っている。そして、そのようなケア用品として、近年においては、液剤1本でコンタクトレンズの洗浄処理、すすぎ処理、消毒処理、及び保存の全てを行うことが出来るマルチパーパスソリューション(MPS)が、従来の煮沸や過酸化水素の中和等の煩雑な処理が必要なケア用品に比べてケアが簡単で利便性に優れているところから、急速に普及してきている。
【0003】
そして、そのようなMPSには、液剤中における微生物の繁殖や微生物によるコンタクトレンズの汚染を防いで、コンタクトレンズを清潔に保つために、ポリヘキサメチレンビグアニド(PHMB)やポリクオタニウム(polyquaternium)−1等のカチオン性の高分子殺菌剤が添加されているが、その添加量が極少量(1〜10ppm程度)であるために、MPSで処理されたコンタクトレンズを、他の液剤ですすぐことなく、そのまま、直接、眼に装用することが許容されているのである。
【0004】
しかしながら、近年のMPSの普及やシリコーンハイドロゲル等の新素材のコンタクトレンズの登場に伴い、MPSに含まれるカチオン性高分子殺菌剤が原因で、角膜上皮障害等の眼障害を訴える装用者が増加する傾向にある。これは、MPSを利用する装用者の絶対数が増え、カチオン性殺菌剤に対して元々過敏なコンタクトレンズ装用者の人数が増えたことや、コンタクトレンズが親水化処理等によってカチオン性の高分子殺菌剤を取り込みやすい素材となってきていること等に起因する。特に、後者の場合には、MPSに含有される殺菌剤の濃度を低く抑えたとしても、MPSを使用する日々のコンタクトレンズケアによって殺菌剤がコンタクトレンズの内部に取り込まれて蓄積し、そのように蓄積されたカチオン性殺菌剤が、コンタクトレンズ装着後、涙液によって眼表面に高濃度で放出されて、角膜上皮を攻撃(角膜上皮に吸着)し、眼障害を惹起する。このため、カチオン性殺菌剤によって惹起される眼障害を防止することが、大きな課題となっているのである。
【0005】
そして、カチオン性殺菌剤による眼障害の問題に対処すべく、アニオン性成分を用い、カチオン性殺菌剤をアニオン性成分とイオン的に結合せしめることにより、かかるカチオン性殺菌剤の殺菌効力を失活化せしめる方策が、種々検討されている。例えば、特許文献1には、アニオン性モノマーと親水性を有するノニオン性モノマーとの共重合によって得られる親水性のアニオン性コポリマーからなる非水溶性の失活剤を、コンタクトレンズが浸漬されたコンタクトレンズ殺菌液に接触せしめて、かかる殺菌液中のカチオン性殺菌剤の効力を低下・消失させる手法が、明らかにされている。また、特許文献2には、非水溶性のアニオン性物質を、コンタクトレンズが浸漬された殺菌液に接触せしめつつ、アニオン性物質とカチオン性殺菌剤との接触を制限して、コンタクトレンズの殺菌時間を十分に確保すると共に、殺菌液中のカチオン性殺菌剤の効力を低下・消失させる手法が、明らかにされている。
【0006】
しかしながら、それらの特許文献では、コンタクトレンズを浸漬した状態で、コンタクトレンズ殺菌液中に存在するカチオン性殺菌剤の殺菌効力を低下・消失せしめているところから、カチオン性殺菌剤の殺菌効力が消失した時点でコンタクトレンズを殺菌液から取り出して装用しないと、所望の効果が得られないといった問題があった。つまり、カチオン性殺菌剤の殺菌効力が消失する前に、殺菌液からコンタクトレンズを取り出して装用した場合には、カチオン性殺菌剤による眼への影響を完全に払拭することができず、逆に、殺菌効力が消失した後、長期間コンタクトレンズを使用しない場合には、殺菌液に残存した細菌が繁殖するおそれがあったのである。
【0007】
また、コンタクトレンズの内部や外部に存在する殺菌剤による眼の刺激を軽減又は解消するために、特許文献3には、コンタクトレンズの外部又は内部に存在するPHMB等の非酸化性抗菌成分を、アニオン性セルロース誘導体やアニオン性アクリル酸含有ポリマー、アニオン性メタクリル酸含有ポリマー、アニオン性アミノ酸含有ポリマー等のポリアニオン性成分で不活化せしめる方法、並びに、そのようなポリアニオン性成分を含有する組成物が、明らかにされている。ここでは、不活化成分であるポリアニオン性成分を含む組成物が、眼に装用する前のコンタクトレンズに直接接触せしめられたり、或いは、眼に装用中のレンズに接触せしめられているところから、上述の如き細菌の繁殖の問題は生じない。しかしながら、かかるポリアニオン性成分を含むコンタクトレンズ用組成物は、殺菌剤を不活化させる能力は高いものの、低粘度でも、糸ひきやねばつき、べたつきがあるために使用感が悪く、更に、高い粘度とした場合には、流動性に劣り、滴下や注出しづらい等の問題があった。また、ポリアニオン性成分として、特に、カルボキシメチルセルロースやヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース等のアニオン性セルロース誘導体を用いた場合には、長期保存安定性に劣り、液剤の粘度が時間の経過とともに減少することが明らかとなったのである。
【0008】
【特許文献1】特開2005−80817号公報
【特許文献2】特開2005−80818号公報
【特許文献3】特表2001−526794号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ここにおいて、本発明は、かかる事情を背景にして為されたものであって、その解決すべき課題とするところは、コンタクトレンズの内部や外表面に付着したカチオン性殺菌剤による眼障害を防止し得ると共に、優れた使用感と保存安定性を兼ね備えた殺菌剤不活化液剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そして、本発明者等は、そのような課題を解決すべく、鋭意検討を重ねた結果、特定のアニオン性高分子化合物と窒素含有非解離性高分子化合物とを併用することで、アニオン性高分子化合物によるカチオン性殺菌剤の不活化効果を有利に発揮しつつ、糸ひきやねばつき、べたつきが抑制され得ることを見出したのである。また、特定のアニオン性高分子化合物と窒素含有非解離性高分子化合物の採用により、25℃におけるpHを6.5〜8.0に調整することが容易となり、以て、眼にしみる等の眼刺激を与えることのない液剤を得ることができることを見出したのである。
【0011】
すなわち、本発明は、コンタクトレンズに接触せしめることによって、該コンタクトレンズの内部及び/又は外表面に付着したカチオン性殺菌剤を不活化させる殺菌剤不活化液剤であって、(A)重量平均分子量がそれぞれ100,000〜10,000,000であるポリ(メタ)アクリル酸、カルボキシビニルポリマー、(メタ)アクリル酸コポリマー、及びそれらの塩;並びに重量平均分子量がそれぞれ1,000〜10,000,000であるポリアスパラギン酸、ポリグルタミン酸、及びそれらの塩からなる群より選ばれる少なくとも1種のアニオン性高分子化合物と、(B)ポリビニルピロリドン、ポリジアルキル(メタ)アクリルアミド、ポリジアルキルアミノアルキル(メタ)アクリレート、ポリ(メタ)アクリルアミド、及びそれらのコポリマーからなる群より選ばれる少なくとも1種の窒素含有非解離性高分子化合物と、を含有すると共に、25℃におけるpHが6.5〜8.0であることを特徴とする殺菌剤不活化液剤を、その要旨とするものである。
【0012】
なお、かかる本発明に従う殺菌剤不活化液剤の好ましい態様の一つによれば、コンドロイチン硫酸及びその塩、ヒアルロン酸及びその塩、キサンタンガム、並びにカラギーナンからなる群より選ばれる少なくとも1種のアニオン性多糖類が、更に含有される。
【0013】
また、本発明に従う殺菌剤不活化液剤における別の好ましい態様の一つによれば、コンタクトレンズ用すすぎ液、洗眼液、コンタクトレンズ用装着液、又は点眼液として用いられる。
【0014】
さらに、本発明に従う殺菌剤不活化液剤における望ましい態様の一つによれば、前記アニオン性高分子化合物が、(i)前記コンタクトレンズ用すすぎ液又は前記洗眼液においては、0.00001〜0.008w/v%の割合で、(ii)前記装着液又は前記点眼液においては、0.015〜0.045w/v%の割合で、含有されている。
【0015】
加えて、本発明に従う殺菌剤不活化液剤における他の望ましい態様によれば、前記窒素含有非解離性高分子化合物が、0.01〜1.0w/v%の割合で含有される一方、前記アニオン性多糖類が、0.001〜1.0w/v%の割合で含有される。
【0016】
また、本発明に従う殺菌剤不活化液剤の別の好ましい態様によれば、前記アニオン性高分子化合物と前記窒素含有非解離性高分子化合物とが、1:1〜1:60の割合で含有され、また、前記アニオン性高分子化合物と前記アニオン性多糖類とが、1:1〜1:60の割合で含有される。
【0017】
さらに、本発明に従う殺菌剤不活化液剤における別の好ましい態様の一つによれば、pH緩衝剤として、リン酸、クエン酸、ホウ酸、及びそれらの塩から選ばれる少なくとも1種が含有される
【0018】
加えて、本発明に従う殺菌剤不活化液剤の望ましい態様の一つによれば、等張化剤、界面活性剤、キレート化剤、防腐剤、粘稠化剤、抗炎症剤、抗ヒスタミン剤、抗アレルギー剤、ビタミン類、アミノ酸類、及び清涼化剤から選ばれる少なくとも1種が、更に含有せしめられる。
【発明の効果】
【0019】
このように、本発明に従う殺菌剤不活化液剤にあっては、特定のアニオン性高分子化合物と窒素含有非解離性高分子化合物とが併用されているところから、アニオン性高分子化合物によるカチオン性殺菌剤の不活化効果が十分に発揮され得ると共に、アニオン性高分子化合物による糸ひきやねばつき、べたつきも効果的に解消され得て、良好な使い心地が実現され得るのである。
【0020】
また、アニオン性高分子化合物として、所定の重量平均分子量を有するポリ(メタ)アクリル酸、カルボキシビニルポリマー、(メタ)アクリル酸コポリマー、及びそれら水溶性ビニルポリマーの塩;ポリアスパラギン酸、ポリグルタミン酸、及びそれら水溶性ポリアミノ酸の塩からなる群より選ばれる少なくとも1種が用いられているところから、カルボキシメチルセルロース等のアニオン性セルロース誘導体を用いた場合のように液剤の粘度が経時的に減少してしまうようなことはなく、長期的な保存安定性にも優れたものとなっているのである。
【0021】
加えて、本発明に従う殺菌剤不活化液剤においては、上述せる如きアニオン性高分子化合物と窒素含有非解離性高分子化合物との採用によって、25℃におけるpHを6.5〜8.0に調整することが容易となり、つまり、製剤後においてpHが減少乃至は増加して上記pH範囲を外れてしまうようなことがなく、所望のpH:6.5〜8.0が持続されるのであり、これにて、適用時に眼がしみる等、眼に対する刺激が有利に防止され得ているのである。
【0022】
従って、本発明に従う殺菌剤不活化液剤は、コンタクトレンズに付着したカチオン性殺菌剤による眼障害を有利に防止しつつ、優れた使用感と保存安定性を兼ね備えたものとなっているのである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
ところで、本発明に従う殺菌剤不活化液剤は、(A)アニオン性高分子化合物と(B)窒素含有非解離性高分子化合物とを組み合わせ、それらを水系媒体中に溶解、含有せしめてなるものであって、例えば、コンタクトレンズ用すすぎ液や、洗眼液、コンタクトレンズ用装着液、点眼液等として用いられて、装用直前のコンタクトレンズ又は装用直後のコンタクトレンズに接触せしめられることによって、コンタクトレンズの内部や外表面に付着乃至は取り込まれたカチオン性殺菌剤(消毒剤)の殺菌効力を不活化するものである。
【0024】
ここで、本発明に従う殺菌剤不活化液剤にて殺菌効力が失活されるカチオン性殺菌剤としては、コンタクトレンズの殺菌(消毒)のために用いられている従来から公知のカチオン性殺菌剤を挙げることができるが、それらの中でも、特に、少量で優れた殺菌効果を奏することから、市販のコンタクトレンズ用ケア用品において広く使用されている、ビグアニド系や4級アンモニウム塩系のカチオン性殺菌剤、中でも、カチオン性の高分子殺菌剤に対して、本発明に従う殺菌剤不活化液剤が有利に適用されるのである。
【0025】
なお、上記したカチオン性殺菌剤のうち、ビグアニド系殺菌剤としては、例えば、ポリヘキサメチレンビグアニド(PHMB)や、下記の構造式(I)にて示されるビグアニド系ポリマー等を挙げることが出来る。
【0026】
【化1】

【0027】
一方、4級アンモニウム塩系殺菌剤としては、例えば、アルキルトリメチルアンモニウムクロライド等のテトラアルキルアンモニウム塩や、オクタデシルジメチルベンジルアンモニウムクロライド等のトリアルキルベンジルアンモニウム塩の如きアルキルアンモニウム塩類;ヒドロキシエチルアルキルイミダゾリンクロライドに代表されるアルキルヒドロキシアルキルイミダゾリン4級塩類;アルキルイソキノリニウムブロマイドに代表されるアルキルイソキノリニウム塩類;アルキルピリジニウム塩類;アミドアミン類等のカチオン性界面活性剤の他、下記の構造式(II)〜(IV)にて表される4級アンモニウムポリマーや、特許第2550036号明細書に開示の如き、ジアミン類とジハロゲン化合物との縮合体、特開平4−231054号公報、特表平8−512145号公報、特開平11−249087号公報等に開示されているポリカチオン性のものや、ハロゲン化ベンザルコニウム等が挙げられる。
【0028】
【化2】

【0029】
【化3】

【0030】
【化4】

【0031】
そして、そのようなカチオン性殺菌剤を含むコンタクトレンズ用液剤(例えば、マルチパーパスソリューションやコンタクトレンズ用殺菌液、コンタクトレンズ用保存液等)に浸漬される等して処理されたコンタクトレンズには、多かれ少なかれ、その内部及び/又は外表面に、カチオン性殺菌剤が付着している(取り込まれている)ところから、そのようなコンタクトレンズの内部及び/又は外表面から眼表面上に放出されるカチオン性殺菌剤による悪影響を防ぐために、本発明に従う殺菌剤不活化液剤が用いられるのである。
【0032】
ここにおいて、本発明に従う殺菌剤不活化液剤には、上述せるように、(A)アニオン性高分子化合物と(B)窒素含有非解離性高分子化合物とが必須の成分として含有せしめられているのであるが、このうち、(A)アニオン性高分子化合物は、コンタクトレンズの外表面や内部に存在するカチオン性殺菌剤とイオン的に結合することにより、カチオン性殺菌剤を不活化せしめる不活化成分であって、具体的には、(A−1)水溶性ビニルポリマーであるポリ(メタ)アクリル酸及びその塩(例えば、ナトリウム塩等、以下同じ。)、カルボキシビニルポリマー及びその塩、メタクリル酸メチル−メタクリル酸コポリマー等の(メタ)アクリル酸コポリマー及びその塩;(A−2)水溶性ポリアミノ酸であるポリアスパラギン酸及びその塩、ポリグルタミン酸及びその塩が採用され、それらのうちの少なくとも1種が単独で、或いは2種以上が組み合わされて用いられる。なお、本明細書において、「・・(メタ)アクリル酸・・」とあるのは、「・・アクリル酸・・」及び「・・メタクリル酸・・」の二つの化合物を表すものであり、その他の(メタ)アクリル化合物についても、同様に二つの化合物を表すことが、理解されるべきである。
【0033】
また、そのようなアニオン性高分子化合物の重量平均分子量は、上記水溶性ビニルポリマーの場合は、それぞれ、100,000〜10,000,000の範囲とされる一方、上記水溶性ポリアミノ酸の場合には、それぞれ、1,000〜10,000,000の範囲とされる。なぜなら、かかる重量平均分子量が、上記範囲よりも小さい場合には、液剤の粘度が低くなって、アニオン性高分子化合物による不活化効果が十分に発揮され得なくなるからであり、また、上記範囲よりも大きな場合には、液剤の粘度が高くなりすぎて、使用感に劣る等の問題が生じるからである。より具体的には、液剤の粘度が適度に高くされることによって、殺菌剤不活化液剤が眼表面上において長く滞留するようになり、以て不活化効果が持続することとなるのであるが、液剤の粘度が低い場合には、殺菌剤不活化液剤が眼表面で滞留せず、涙道を通って数分で排出されてしまうために、コンタクトレンズ内部から徐々に放出されるカチオン性殺菌剤を十分に不活化せしめることができなくなるのである。また、粘度が高すぎる場合には、眼刺激が惹起されたり、視界不良が惹起されて、視力が不安定となり、使用感が悪化するのである。ここにおいて、上記「重量平均分子量」は、従来から公知の測定手法、例えば、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)により測定されるものである。
【0034】
一方、上記(B)窒素含有非解離性高分子化合物は、分子内に少なくとも1つの窒素原子を有し、且つそれ自体が解離しない水溶性の高分子化合物であって、具体的には、ポリビニルピロリドン;ポリジメチルアクリルアミド等のポリジアルキル(メタ)アクリルアミド;ポリジメチルアミノエチルメタクリレート等のポリジアルキルアミノアルキル(メタ)アクリレート;ポリ(メタ)アクリルアミド;及び、それらのホモポリマーを構成するモノマーを主成分として、これに他のモノマーを重合させて得られるコポリマー(例えば、ポリビニルピロリドンのモノマーであるビニルピロリドンを主成分として、これに、他のモノマーを重合させて得られるコポリマー等)が採用され、それらのうちの少なくとも1種が単独で、或いは2種以上が組み合わされて用いられる。なお、上記「ポリジアルキル(メタ)アクリルアミド」や「ポリジアルキルアミノアルキル(メタ)アクリレート」における「アルキル」は、それぞれ、炭素数が1〜5程度である。
【0035】
そして、上述の如きアニオン性高分子化合物と窒素含有非解離性高分子化合物とを組み合わせることによって、アニオン性高分子化合物によるカチオン性殺菌剤の不活化効果(デトックス効果)が高度に発揮されつつ、アニオン性高分子化合物による糸ひきやねばつき、べたつきが効果的に解消され得て、視界不良の発生が抑制され、良好な使用感が実現され得るようになるのである。また、カルボキシメチルセルロースやヒドロキシプロピルメチルセルロース、ヒドロキシエチルセルロース等のアニオン性セルロース誘導体を不活化成分として用いる場合とは違って、液剤の粘度が減少することはなく、保存安定性にも優れたものとなっているのである。
【0036】
また、窒素含有非解離性高分子化合物は、弱カチオン性であるところから、上記アニオン性高分子化合物と窒素含有非解離性高分子化合物とが、静電的に相互作用することによって、ゲル架橋が形成されて、液剤にチキソトロピー(Thixotropy)性が付与せしめられるようになっており、以て、力を加えることによって液剤の粘度が減少して流動性が高められる一方、放置する(力を抜く)ことによって粘度が増大して流動性が低下するようになる。このため、液剤の液ダレ等が有利に防止され得て、滴下や抽出が極めて容易に行われ得るようになり、使用感が効果的に高められ得ているのである。
【0037】
しかも、アニオン性高分子化合物や窒素含有非解離性高分子化合物として、前述せる如き特定の化合物が採用されているところから、液剤の25℃におけるpHを、眼がしみる等の眼刺激を惹起させないpH範囲に、具体的には、pH:6.5〜8.0、好ましくは6.8〜7.8、更に好ましくは、7.0〜7.6、特に好ましくは生理的中性(7.3付近)に調整することが容易に行われ得るようになっているのである。つまり、製剤後にpHが減少乃至は増加して上記pH範囲を外れてしまうようなことがなく、上述せる如きpH範囲が維持されるのである。
【0038】
なお、ここにおいて、上記アニオン性高分子化合物は、カチオン性殺菌剤の不活化に有効な量において適宜に用いられ得るものであるが、本発明に従う殺菌剤不活化液剤を装着液や点眼液として用いる場合には、1回当たりの使用量が数滴程度であるところから、好ましくは0.015〜0.045w/v%の含有量にて用いられ、また、コンタクトレンズ用すすぎ液や洗眼液として使用する場合には、点眼剤や装着液等に比して液剤使用量が多くなるところから、好ましくは0.00001〜0.008w/v%の含有量において用いられる。上記範囲よりも少なくなると、アニオン性高分子化合物を含有せしめることによる不活化効果が十分に発揮され得なくなるおそれがあると共に、液剤の粘度が低くなりすぎて、使い心地が悪くなるからであり、また、0.08%よりも多くなると、粘度が高くなりすぎたり、液剤が顕著に糸を引くようになって、使用感が損なわれると共に、視界不良やレンズ規格への悪影響が招来されるおそれがあるからである。
【0039】
一方、窒素含有非解離性高分子化合物の含有量にあっても、適宜に設定され得るものの、含有量が少なくなり過ぎると、アニオン性高分子化合物による糸ひきやねばねば感、べたつきを十分に解消することができなくなる一方、多くなり過ぎると、液剤が高粘度となって、視界不良や眼刺激が発生したり、レンズ規格にも悪影響を及ぼすおそれがあるところから、好ましくは0.01〜1.0w/v%、より好ましくは0.02〜0.9w/v%の範囲で含有されることが望ましい。
【0040】
また、(A)アニオン性高分子化合物と(B)窒素含有非解離性高分子化合物との配合割合にあっても、特に制限されるものではないものの、好ましくは(A):(B)=1:1〜1:60、更に好ましくは1:2〜1:40とされることが望ましく、このような配合割合を採用することによって、液剤の粘度が適度に高くなって、使用感が著しく改善され、以て、2成分による効果をより一層効率的に得ることが可能となる。
【0041】
ここで、本発明に従う殺菌剤不活化液剤における粘度は、目的とする殺菌剤不活化液剤の用途に応じて、適宜に設定され得るのであるが、例えば、装着液として用いる場合には、ウベローデ型毛細管粘度計を用いた20℃における粘度(動粘度)が、好ましくは1.2〜20.0mm2/s、より好ましくは1.4〜15.0mm2/s、更に好ましくは1.5〜10.0mm2/sとされることが望ましい。また、点眼液の場合には、好ましくは1.1〜10.0mm2/s、より好ましくは1.2〜8.0mm2/s、更に好ましくは1.3〜6.0mm2/sとされる。更に、コンタクトレンズ用すすぎ液として用いる場合には、好ましくは0.9〜8.0mm2/s、より好ましくは1.0〜6.0mm2/s、更に好ましくは1.1〜5.0mm2/sとされ、加えて、洗眼液の場合には、好ましくは0.9〜9.0mm2/s、より好ましくは1.0〜6.0mm2/s、更に好ましくは1.1〜5.0mm2/sとされることが望ましい。
【0042】
そして、このような粘度とされることによって、眼表面上における殺菌剤不活化液剤の滞留時間がより一層長くなり、これにより、コンタクトレンズの内部に残留するカチオン性殺菌剤が徐々に放出されても、カチオン性殺菌剤の不活化効果を有利に長く享受することが可能となるのである。その結果、カチオン性殺菌剤による角膜上皮の損傷が防止され得て、眼障害の発生が効果的に阻止され得るのである。
【0043】
また、上述せる如きアニオン性高分子化合物と窒素含有非解離性高分子化合物とを必須の成分として含有する本発明に従う殺菌剤不活化液剤には、更に、(C)アニオン性多糖類が含有されていることが望ましい。かかるアニオン性多糖類も、アニオン性を有しているところから、カチオン性殺菌剤とイオン的に結合してカチオン性殺菌剤を不活化する作用を奏し得るのであるが、その不活化能力は低く、アニオン性多糖類単独では、カチオン性殺菌剤を十分に不活化できない。しかしながら、このアニオン性多糖類を上記アニオン性高分子化合物に組み合わせて用いることによって、アニオン性高分子化合物の不活化効果が、アニオン性多糖類の不活化効果と相俟って、相乗的に増強されるようになるのである。
【0044】
なお、かかるアニオン性多糖類の具体例としては、コンドロイチン硫酸及びその塩、ヒアルロン酸及びその塩、キサンタンガム、並びにカラギーナン等が挙げられ、これらのうちの1種が単独で、或いは2種以上が組み合わされて使用される。これらの中でも、コンドロイチン硫酸及びその塩、ヒアルロン酸及びその塩が、特に好適に採用される。
【0045】
また、上記アニオン性多糖類の含有量としては、適宜に設定され得るものの、その含有量が過少であると、添加による効果が十分に発揮されなくなる一方、多くなり過ぎると、液剤の粘度が高くなりすぎて、視界不良や眼刺激が発生したり、レンズ規格にも悪影響を及ぼすおそれがあるところから、好ましくは0.001〜1.0w/v%、より好ましくは0.01〜0.75w/v%の範囲で含有されることが望ましい。
【0046】
さらに、必須成分である(A)アニオン性高分子化合物に対する(C)アニオン性多糖類の配合割合にあっても、特に制限されるものではないものの、好ましくは(A):(C)=1:1〜1:60、更に好ましくは1:2〜1:50とされることが望ましく、このような配合割合を採用することによって、不活化効果をより一層高めることが可能となる。
【0047】
また、本発明に係る殺菌剤不活化液剤においては、眼への適用時に、眼がしみる等の眼刺激を与えることがないように、25℃におけるpHが上述せる如き範囲:6.5〜8.0、好ましくは6.8〜7.8、更に好ましくは、7.0〜7.6、特に好ましくは生理的中性(7.3付近)となるように調整されることとなるのであるが、かかるpHの調整には、一般に、pH緩衝剤やpH調整剤が通常の含有割合において用いられるのである。
【0048】
そして、pH緩衝剤としては、眼に対して安全であり、しかもコンタクトレンズに対する影響が少ないという理由から、リン酸、ホウ酸、クエン酸等のカルボン酸類、オキシカルボン酸等の酸や、それらの塩、更にはGood−Bufferやトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(TRIS)、ビス(2−ヒドロキシエチル)イミノトリス(ヒドロキシメチル)メタン(Bis−Tris)、炭酸水素ナトリウム等を挙げることが出来る一方、pH調整剤としては、水酸化ナトリウムや塩酸等を挙げることができる。かくして、これらのpH緩衝剤やpH調整剤が適宜に選択されて、pHが上記範囲に調整されることとなるのであるが、本発明においては、これらの中でも、pH緩衝剤として、リン酸、クエン酸、ホウ酸、及びそれらの塩が、特に好適に用いられることとなる。これは、リン酸及びその塩、クエン酸及びその塩のうちの少なくとも1種を用いた場合には、カチオン性殺菌剤による角膜上皮への影響が、これらのpH緩衝剤によっても低減せしめられるからであり、また、ホウ酸又はその塩を用いた場合には、殺菌剤不活化液剤の防腐効力が高められるといった利点も享受され得るからである。
【0049】
加えて、本発明に従う殺菌剤不活化液剤においては、更に必要に応じて、従来のコンタクトレンズ用すすぎ液や、洗眼液、コンタクトレンズ用装着液、点眼剤等に用いられている各種の添加成分、例えば、等張化剤、界面活性剤、キレート化剤、防腐剤、粘稠化剤、抗炎症剤、抗ヒスタミン剤、抗アレルギー剤、ビタミン類、アミノ酸類、清涼化剤等のうちの1種が又は2種以上が適宜に選択されて、通常の添加割合において添加せしめられていても、何等差し支えない。なお、そのような添加成分は、生体への安全性が高く、尚且つ眼科的に充分に許容され、コンタクトレンズの形状又は物性に対する影響のないものであることが好ましく、また、そういった要件を満たす量的範囲内で用いられることが望ましいのであり、これによって、本発明の効果を何等阻害することなく、その添加成分に応じた各種の機能を殺菌剤不活化液剤に対して有利に付与することが出来る。
【0050】
そして、例えば、本発明に従う殺菌剤不活化液剤において、使用時に、その浸透圧が大きくなり過ぎても、逆に小さくなり過ぎても、眼に対して刺激を与えたり、眼障害を招来するおそれがあるところから、浸透圧は、等張化剤を添加することによって、通常、200〜350mOsm/L程度に調整されていることが、望ましい。ただし、本液剤による静電的な不活化効果は、電解質量に依存する、或いは、ハイドロゲル等のコンタクトレンズ素材に対する本液剤の浸透圧差に依存すると考えられるため、等張化剤は、不活化効果を損なわず、且つ眼刺激を惹起しない、最適な量的範囲にて用いられるべきである。また、等張化剤としては、一般に、塩化ナトリウム、塩化カリウム、糖類、糖アルコール、及び多価アルコール若しくはそのエーテル又はそのエステルを挙げることが出来、それらのうちの1種が単独で乃至は2種以上が組み合わされて用いられることとなる。
【0051】
さらに、本発明に従う殺菌剤不活化液剤には、高分子化合物の水系媒体への溶解を補助して、液剤の安定性を向上させるために、或いは角膜上やコンタクトレンズに付着した眼脂汚れ等を除去乃至は洗浄するために、従来から眼科用の液剤等に一般的に用いられている、アニオン系界面活性剤、両性界面活性剤、カチオン系界面活性剤、非イオン系界面活性剤等の界面活性剤が、添加、含有されても良い。そして、そのような界面活性剤の具体例としては、例えば、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンブロックコポリマー、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンエチレンジアミン、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルホルムアルデヒド縮合物、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビット脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンヒマシ油、ポリオキシエチレンステロール、ポリオキシエチレン水素添加ステロール、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン・ポリオキシプロピレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンラノリンアルコール、ポリオキシエチレンアルキルアミン、ポリオキシエチレンアルキルアミド、ポリオキシエチレンアルキルエーテルリン酸、ポリソルベート等を挙げることが出来、単独で或いは複数を組み合わせて用いることが出来る。
【0052】
また、殺菌剤不活化液剤に金属イオンが混入した場合における品質の劣化や、涙液に含まれるカルシウム等のコンタクトレンズへの沈着乃至は吸着を防止するために、キレート化剤が添加されてもよい。そのようなキレート化剤としては、例えば、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)及びその塩、例えばエチレンジアミン四酢酸・2ナトリウム(EDTA・2Na)、エチレンジアミン四酢酸・3ナトリウム(EDTA・3Na)等を挙げることができる。
【0053】
さらに、本発明に従う殺菌剤不活化液剤には、液剤内での細菌の繁殖等を防止し、液剤に防腐・保存性を付与することを目的として、眼科的に許容される防腐剤が、必要に応じて添加せしめられる。なお、そのような防腐剤によっても、眼障害が招来されるおそれがあるところから、その添加量は可及的に少なくされることが望ましく、また、防腐剤としては、眼やコンタクトレンズへの適合性に優れたもの、更には、アレルギー等の障害の要因となり難いものが適宜に選定される。例えば、そのような防腐剤としては、ソルビン酸、ソルビン酸カリウム、安息香酸及びその塩、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸ブチル、パラオキシ安息香酸プロピル、パラオキシ安息香酸メチル、クロロブタノール、二酸化塩素、過ホウ酸及びその塩等を挙げることができ、これらのうちの1種が単独で、或いは2種以上が組み合わされて用いられる。なお、このような防腐剤を添加しない場合には、液剤内で細菌の繁殖が起こらないように、1回で使い切るシングルドーズタイプとしたり、或いは無菌性を維持し得る構造のフィルター付吐出容器を使用したマルチドーズタイプとすることが望ましい。
【0054】
また、本発明に従う殺菌剤不活化液剤にあっては、上記必須成分を添加することによって、粘度調整が可能であるものの、粘度を適度に調整すると共に、角膜上における滞留時間を延ばしたり、湿潤性や保湿性を有利に向上せしめるために、他の粘稠剤(増粘剤)を添加することも可能であり、そのような粘稠剤として、例えば、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等のポリアルキレングリコールを挙げることができる。なお、粘稠剤としては、従来より、ヒドロキシエチルセルロース、カルボキシメチルセルロース、メチルセルロース等のセルロース誘導体や、ポリビニルアルコールが広く用いられているのであるが、セルロース誘導体にあっては、前述のように、長期安定性に乏しく、粘度の低下を引き起こすと共に、製剤の保存効力を減少させるおそれがあるために、その使用を回避することが望ましい。また、ポリビニルアルコールにあっては、pHを生理的中性(7.3)となるように調整してもポリビニルアルコールが加水分解して液剤のpHを減少させる。このため、製剤時に、pHを加水分解に対して比較的安定な酸性側(6.5未満)に設定する必要があるところから、本発明においては、その使用を回避することが望ましい。
【0055】
この他にも、本発明に従う殺菌剤不活化液剤には、グリチルリチン酸及びその塩、硫酸亜鉛、乳酸亜鉛、塩化リゾチーム、ε−アミノカプロン酸、アラントイン、塩化ベルベリン、硫酸ベルベリン、アズレンスルホン酸ナトリウム等の抗炎症剤;塩酸ジフェンヒドラミン、マレイン酸クロルフェニラミン等の抗ヒスタミン剤;クロモグリク酸、クロモグリク酸ナトリウム、トラニラスト、ペミロラストカリウム等の抗アレルギー剤;ビタミンA類(パルミチン酸レチノール、β−カロチン等を含む)、ビタミンB2 、B6 、B12、酢酸d−α−トコフェロール等のビタミンE類、パンテノール等のビタミン類;アスパラギン酸及びその塩、アミノエチルスルホン酸、アルギニン、アラニン、リジン、グルタミン酸等のアミノ酸類;メントール、ボルネオール、カンフル、ゲラニオール、ユーカリ油、ベルガモット油、ウィキョウ油、ハッカ油、ローズ油、クールミント等の清涼化剤等、各種添加成分を、目的とする殺菌剤不活化液剤の用途に応じて、適宜に添加することも可能である。
【0056】
ところで、かかる本発明に従う殺菌剤不活化液剤は、上述の如き成分を、従来と同様に、適当な水系媒体中に、それぞれ適量において添加、含有せしめることにより、調製されることとなるのであるが、それに際して用いられる水系媒体としては、水道水や精製水、蒸留水等の水そのものの他にも、水を主体とする溶液であれば、生体への安全性が高く、尚且つ眼科的に充分に許容され得るものである限り、何れも利用することが可能であることは、言うまでもないところである。
【0057】
また、上述の如き成分を含有せしめてなる、本発明に従う殺菌剤不活化液剤を調製するにあたっては、何等特殊な方法を必要とせず、通常の水溶液を調製する場合と同様に、水系媒体中に各成分を任意の順序にて溶解させることにより、容易に得ることが出来る。
【0058】
そして、以上のようにして得られた本発明に従う殺菌剤不活化液剤は、眼科的に許容され、コンタクトレンズの規格に何等悪影響を及ぼすものではなく、優れたレンズ適合性を有しているところから、例えば、コンタクトレンズ用すすぎ液や、洗眼液、コンタクトレンズ用装着液、点眼液等として用いられるのである。そして、本発明に従う殺菌剤不活化液剤が、カチオン性殺菌剤を含有する殺菌液で処理されたコンタクトレンズ(以下、「殺菌済コンタクトレンズ」と呼称する)に接触せしめられることにより、コンタクトレンズの内部や外表面に付着したカチオン性殺菌剤が不活化されるのである。
【0059】
例えば、本発明に従う殺菌剤不活化液剤を、コンタクトレンズ用すすぎ液として用いる場合には、殺菌済コンタクトレンズを装用する直前に、本液剤にて、殺菌済コンタクトレンズのすすぎを行い、その後、そのコンタクトレンズの表面に液剤が付着した状態のまま、コンタクトレンズを装用するようにすれば良い。また、本発明に従う殺菌剤不活化液剤を、洗眼液として用いる場合には、殺菌済コンタクトレンズを装用した後、その装用状態のまま、直ちに、本液剤が注入された容器の開口部を眼に押し当てて、眼が本液剤中に晒された状態で、数回瞬きするようにして洗眼することにより、角膜上で本液剤を殺菌済コンタクトレンズに接触させるのである。更に、本発明に従う殺菌剤不活化液剤を、コンタクトレンズ用装着液として用いる場合には、装用直前に、本液剤を、殺菌済コンタクトレンズのベースカーブ面に滴下して、そのまま装用すればよく、また、点眼液として用いる場合には、殺菌済コンタクトレンズを装用した後、直ちに、適量を点眼するようにすれば良い。このように、本発明に従う殺菌剤不活化液剤が、装用前のコンタクトレンズに対して直接、或いは装用直後のコンタクトレンズに対して角膜上で接触されることにより、殺菌済コンタクトレンズに付着するカチオン性殺菌剤が効果的に不活化され得るのである。また、本液剤は、アニオン性高分子化合物による糸ひきやねばつき、べたつきが効果的に解消され、優れた使用感を有しているところから、本液剤の使用に際して、使用者に不快感を与えることがなく、しかも、適度な粘度に調整され得ることによって、上記不活化効果が、長く持続するのである。
【0060】
なお、本発明に従う殺菌剤不活化液剤の適用対象となるコンタクトレンズとしては、その種類が何等限定されるものではなく、例えば、非含水、低含水、高含水等の全てに分類されるソフトコンタクトレンズ、及びハードコンタクトレンズが、その対象となり得るものである。特に、それらのコンタクトレンズの中でも、シリコーンハイドロゲル製のコンタクトレンズや含水率が50%以上の非イオン性ソフトコンタクトレンズ(米国FDA分類 グループII)等の、カチオン性殺菌剤が内部にまで取り込まれやすい材質のコンタクトレンズに対して、本発明の殺菌剤不活化液剤を適用することは、そのようなレンズから放出されるカチオン性殺菌剤による眼障害を防止する上においても、有効となるものである。
【実施例】
【0061】
以下に、本発明の実施例を幾つか示し、本発明を更に具体的に明らかにすることとするが、本発明が、そのような実施例の記載によって、何等の制約をも受けるものでないことは、言うまでもないところである。また、本発明には、以下の実施例の他にも、更には上記した具体的記述以外にも、本発明の趣旨を逸脱しない限りにおいて、当業者の知識に基づいて、種々なる変更、修正、改良等が加え得るものであることが、理解されるべきである。
【0062】
<殺菌剤不活化液剤の調製>
先ず、滅菌精製水に対して、所定の添加成分を、下記表1〜表8に示される各種割合(w/v%)においてそれぞれ添加せしめることにより、各種装着液(実施例1〜32、比較例1〜7)、点眼液(実施例33〜38、比較例8〜15)、コンタクトレンズ用すすぎ液(実施例39〜42、比較例16〜20)及び洗眼液(実施例43〜45、比較例21〜24)を、それぞれ調製した。
【0063】
なお、かかる装着液の調製に際しては、(A)アニオン性高分子化合物として、重量平均分子量(Mw)が4,000,000であるポリアクリル酸ナトリウム(日本純薬株式会社製アロンビスSS)、Mw=800,000であるポリアクリル酸ナトリウム(和光純薬工業株式会社製)、Mw=2,000,000〜3,000,000であるカルボキシビニルポリマー(BF Goodrich社製Carbobol934)、Mw=135,000であるメタクリル酸メチル−メタクリル酸コポリマー(Aldrich社製)、Mw=4,000であるポリアスパラギン酸ナトリウム(味の素株式会社製アクアデュウSPA-30)、Mw=100,000であるポリアスパラギン酸ナトリウム(三井化学株式会社製)及びMw=2,500,000であるポリ−γ−グルタミン酸(和光純薬工業株式会社製)を用いた。また、(B)窒素含有非解離性高分子化合物として、ポリビニルピロリドン(BASF社製KollidonK90) 、ポリジメチルアクリルアミド、ポリジメチルアミノエチルメタクリレートを用いた。更に、(C)アニオン性多糖類として、コンドロイチン硫酸ナトリウム(生化学工業株式会社製)、ヒアルロン酸ナトリウム(生化学工業株式会社製)とそれぞれ用いた。また、点眼液においては、比較のために、セルロース誘導体であるヒドロキシプロピルメチルセルロース(信越化学工業株式会社製メトローズ)、ヒドロキシエチルセルロース(信越化学工業株式会社製HEC)を用いた。また、粘稠剤としては、ポリエチレングリコール(日本油脂株式会社製マクロゴール6000)を、界面活性剤としては、ポリオキシエチレンソルビタンモノオレート(日光ケミカルズ株式会社製ポリソルベート80)を、pH緩衝剤としては、リン酸水素ナトリウム、ホウ酸、クエン酸ナトリウムを、キレート化剤としては、エデト酸ナトリウム水和物を、等張化剤としては、塩化ナトリウムを、更に、防腐剤としては、ソルビン酸カリウムを、それぞれ、適宜に用いた。また、25℃におけるpHが、下記表1〜表8に示される値となるように、水酸化ナトリウム又は希塩酸をpH調整剤として用いて、pHの調整を行った。その他、抗炎症剤として、グリチルリチン酸二カリウムを、抗ヒスタミン剤として、マレイン酸クロルフェニラミンを、アミノ酸類として、アミノエチルスルホン酸を、それぞれ、適宜用いた。
【0064】
そして、得られた殺菌剤不活化液剤(装着液、点眼液、コンタクトレンズ用すすぎ液、又は洗眼液)について、後述する眼刺激評価試験、角膜ステイニング評価試験、及び使用感評価試験を、以下の殺菌済コンタクトレンズを用いて、それぞれ、行なった。なお、各評価試験を行うに際し、装着液においては、1〜2滴を殺菌済コンタクトレンズのベースカーブ面に滴下した後、そのコンタクトレンズをそのまま被験者に装用させ、また、点眼液の場合には、殺菌済コンタクトレンズを装用させた後、直ぐに、1〜3滴の点眼液を点眼させることにより、殺菌剤不活化液剤をコンタクトレンズに接触させた。また、コンタクトレンズ用すすぎ液の場合には、1〜20ml程度を、殺菌済コンタクトレンズにかけてすすいだ後、そのコンタクトレンズをそのまま被験者に装用させた。また、洗眼液の場合には、洗眼液を殺菌済コンタクトレンズを装用させた後、直ぐに、洗眼液3〜15ml程度を用いて、3〜10秒程度、洗眼させることにより、殺菌剤不活化液剤をコンタクトレンズに接触させた。
【0065】
<殺菌済コンタクトレンズの準備>
市販の非イオン性高含水ソフトコンタクトレンズ(材質:ポリジメチルアクリルアミド/ポリビニルピロリドン、米国FDA分類:グループII)を用い、これを、市販のマルチパーパスソリューション(PHMB含有量:1ppm)に一晩浸漬した後、マルチパーパスソリューションから取り出すことにより、殺菌済コンタクトレンズを準備した。
【0066】
<眼刺激評価試験>
カチオン性殺菌剤に対して過敏なコンタクトレンズ装用者3名(眼数:6)を被験者として、官能試験を行なった。具体的には、上記殺菌剤不活化液剤(装着液、点眼液、コンタクトレンズ用すすぎ液、又は洗眼液)が眼に接触した際の眼刺激を、4段階(0:眼刺激なし、1:僅かにしみる、2:明らかにしみる、3:眼が開けられないほどしみる、又は痛みがある)で評価し、その平均点から、下記のように眼刺激を◎、○、△、及び×で判定し、得られた結果を下記表1〜表8に示した。
(評価基準) ◎:0〜0.9
○:1.0〜1.9
△:2.0〜2.9
×:3.0〜3.9
【0067】
<角膜ステイニング評価試験>
上記眼刺激評価試験と同様に、カチオン性殺菌剤に対して過敏なコンタクトレンズ装用者3名を被験者として、試験を行なった。具体的には、被験者の一方の眼に、殺菌剤不活化液剤(装着液、点眼液、コンタクトレンズ用すすぎ液、又は洗眼液)を接触せしめたコンタクトレンズを2時間装用させる一方、他方の眼には、対照として、殺菌済コンタクトレンズをそのまま2時間装用させた。そして、装用2時間後、角膜染色検査(フルオレセイン染色)にて、角膜上皮の薬剤性ステイニングの程度と有無を観察して、5段階(0:染色なし、1:僅かな表層のステイニング、2:限局性又は瀰漫性のステイニング(軽度な角膜びらん)、3:直径2mmまでの密集したステイニング(角膜びらん)、4:直径2mm以上の密集した角膜ステイニング又は上皮欠損)で評価し、その平均点から、下記のように角膜ステイニングを◎、○、△、×及び××で判定し、得られた結果を下記表1〜表8に示した。なお、対照として、殺菌済コンタクトレンズをそのまま2時間装用した眼の角膜ステイニングは、何れも、△〜×であった。
(評価基準) ◎:0〜0.9
○:1.0〜1.9
△:2.0〜2.9
×:3.0〜3.9
××:4.0〜5.0
【0068】
<使用感評価試験>
上記眼刺激評価試験と同様に、カチオン性殺菌剤に対して過敏なコンタクトレンズ装用者3名(眼数:6)を被験者として、官能試験を行なった。具体的には、被験者自らが各装着液、点眼液、コンタクトレンズ用すすぎ液、及び洗眼液の使用感を、(1)「液の糸ひき性」、(2)「液の注出しやすさと使用性」、(3)「装用後のべたつき、見づらさ」の3つの観点から、それぞれ、5段階(0:良好、1:ほぼ良好、2:普通、3:やや不良、4:不良)で評価し、それら(1)〜(3)の平均合計点(最大12点)から、下記のように使用感を◎、○、△、×及び××で判定し、得られた結果を下記表1〜表8に示した。
(評価基準) ◎:0
○:1〜3
△:4〜8
×:9〜11
××:12
【0069】
【表1】

【0070】
【表2】

【0071】
【表3】

【0072】
【表4】

【0073】
【表5】

【0074】
【表6】

【0075】
【表7】

【0076】
【表8】

【0077】
かかる表1〜表8の結果より明らかなように、実施例1〜32に係る装着液、実施例33〜38に係る点眼液、実施例39〜42に係るコンタクトレンズ用すすぎ液及び実施例43〜45に係る洗眼液にあっては、何れも、眼刺激評価、角膜ステイニング評価、及び使用感評価が、◎となっており、カチオン性高分子殺菌剤による眼障害や、眼刺激が有利に防止され得ていると共に、使用感に優れたものとなっていることが、認められる。
【0078】
一方、比較例1〜7に係る装着液、比較例8〜15に係る点眼液、比較例16〜20に係るコンタクトレンズ用すすぎ液及び比較例21〜24に係る洗眼液にあっては、眼刺激評価、角膜ステイニング評価、及び使用感評価のうちの何れかが×となっている。特に、アニオン性高分子化合物が添加されていないものにあっては、眼刺激が無い場合でも、角膜ステイニングが有り、眼障害が惹起されやすくなっていることが、認められる。また、アニオン性高分子化合物が添加され、且つ窒素含有非解離性高分子化合物が添加されていないものにあっては、使用感が良くないことがわかる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンタクトレンズに接触せしめることによって、該コンタクトレンズの内部及び/又は外表面に付着したカチオン性殺菌剤を不活化させる殺菌剤不活化液剤であって、
(A)重量平均分子量がそれぞれ100,000〜10,000,000であるポリ(メタ)アクリル酸、カルボキシビニルポリマー、(メタ)アクリル酸コポリマー、及びそれらの塩;並びに重量平均分子量がそれぞれ1,000〜10,000,000であるポリアスパラギン酸、ポリグルタミン酸、及びそれらの塩からなる群より選ばれる少なくとも1種のアニオン性高分子化合物と、
(B)ポリビニルピロリドン、ポリジアルキル(メタ)アクリルアミド、ポリジアルキルアミノアルキル(メタ)アクリレート、ポリ(メタ)アクリルアミド、及びそれらのコポリマーからなる群より選ばれる少なくとも1種の窒素含有非解離性高分子化合物と、
を含有すると共に、25℃におけるpHが6.5〜8.0であることを特徴とする殺菌剤不活化液剤。
【請求項2】
コンドロイチン硫酸及びその塩、ヒアルロン酸及びその塩、キサンタンガム、並びにカラギーナンからなる群より選ばれる少なくとも1種のアニオン性多糖類を更に含有する請求項1記載の殺菌剤不活化液剤。
【請求項3】
コンタクトレンズ用すすぎ液、洗眼液、コンタクトレンズ用装着液、又は点眼液として用いられる請求項1又は請求項2記載の殺菌剤不活化液剤。
【請求項4】
前記アニオン性高分子化合物が、(i)前記コンタクトレンズ用すすぎ液又は前記洗眼液においては、0.00001〜0.008w/v%の割合で、(ii)前記装着液又は前記点眼液においては、0.015〜0.045w/v%の割合で、含有されている請求項3に記載の殺菌剤不活化液剤。
【請求項5】
前記窒素含有非解離性高分子化合物が、0.01〜1.0w/v%の割合で含有されている請求項1乃至請求項4の何れか1項に記載の殺菌剤不活化液剤。
【請求項6】
前記アニオン性多糖類が、0.001〜1.0w/v%の割合で含有されている請求項2乃至請求項5の何れか1項に記載の殺菌剤不活化液剤。
【請求項7】
前記アニオン性高分子化合物と前記窒素含有非解離性高分子化合物とが、1:1〜1:60の割合で含有されている請求項1乃至請求項6の何れか1項に記載の殺菌剤不活化液剤。
【請求項8】
前記アニオン性高分子化合物と前記アニオン性多糖類とが、1:1〜1:60の割合で含有されている請求項2乃至請求項7の何れか1項に記載の殺菌剤不活化液剤。
【請求項9】
pH緩衝剤として、リン酸、クエン酸、ホウ酸、及びそれらの塩から選ばれる少なくとも1種が含有される請求項1乃至請求項8の何れか1項に記載の殺菌剤不活化液剤。
【請求項10】
等張化剤、界面活性剤、キレート化剤、防腐剤、粘稠化剤、抗炎症剤、抗ヒスタミン剤、抗アレルギー剤、ビタミン類、アミノ酸類、及び清涼化剤から選ばれる少なくとも1種が、更に含有せしめられている請求項1乃至請求項9の何れか1項に記載の殺菌剤不活化液剤。


【公開番号】特開2008−209677(P2008−209677A)
【公開日】平成20年9月11日(2008.9.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−46456(P2007−46456)
【出願日】平成19年2月27日(2007.2.27)
【出願人】(000138082)株式会社メニコン (150)
【Fターム(参考)】