説明

水中モータ用電線の製造方法

【課題】エナメル層におけるクラックの発生を防止する水中モータ用電線の製造方法を提供する。
【解決手段】導体2の外周にエナメル層3を形成し、該エナメル層3の外周に絶縁層4を形成してなる水中モータ用電線1の製造方法において、上記エナメル層3の外周に架橋剤を配合した絶縁性組成物を連続押出架橋することにより上記絶縁層4を形成し、その後、上記エナメル層3の初期ガラス転移温度Tg(℃)に対して乾燥温度T(℃)を、
T≦Tg−30(℃)
にして上記絶縁層4の乾燥作業を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エナメル層におけるクラックの発生を防止する水中モータ用電線の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水中モータのコイル(巻線)等には、水中モータ用電線が使用される。水中モータ用電線は、その名称が示すように、水中にて使用することを目的とする電線であり、導体を覆う絶縁層を有する。水中に浸漬した巻線は、浸漬時間の経過に伴い絶縁層の分子間に、過分の水分を含有した状態となる。水分を含有した絶縁層と導体(金属;例えば銅)とが直接触れると、水中モータ運転時の電圧印加により導体表面から巻線の外周に向かって絶縁層に銅イオンが析出・拡散する。さらに、この銅イオンを起因として絶縁層中に水トリーが発生し、この水トリーが巻線の絶縁性の劣化・絶縁破壊の原因となる。
【0003】
したがって、従来、水中モータ用電線は、導体の外周に銅イオンの析出・拡散を防止する皮膜として導体遮蔽絶縁層(例えば、エナメル樹脂によるエナメル層)を設ける。
【0004】
一方、水中モータ用電線の絶縁層の材料としては、非架橋のポリエチレンを適用することが多いが、使用環境が水温70℃以上となる可能性がある場合は、耐熱性を向上させるために、架橋ポリエチレンを適用することがある。
【0005】
架橋ポリエチレンは、ポリエチレンの分子間に橋架け(架橋)を行い、網状の分子構造としたもので、架橋の方法は種々あるが、熱化学架橋方式の場合はポリエチレン中に架橋剤として有機過酸化物を添加し、熱処理によって化学反応を起こさせることによって架橋を行う。この結果、架橋後の絶縁層である架橋ポリエチレン中には、上記化学反応に伴う架橋分解残渣が存在する。
【0006】
架橋分解残渣は、絶縁層のtanδ特性を低下させ、ひいては水トリー劣化を誘引する等の原因となり得る。このため、水中モータ用電線の製造においては、絶縁層中の架橋分解残渣をできるだけ低位安定とするため、架橋後に乾燥作業を施して架橋剤分解残渣を揮発させる。
【0007】
【特許文献1】特開昭61−114410号公報
【特許文献2】特開平4−87222号公報
【特許文献3】特開平6−260038号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述のように、水分を含んだ架橋ポリエチレン等からなる絶縁層と導体が直接触れる状態では、絶縁層中に銅イオンの析出・拡散、それに伴う水トリーの発生・進捗、巻線の短時間絶縁破壊の原因となる。この対策として導体と絶縁層との間に導体遮蔽絶縁層を設ける。
【0009】
しかし、絶縁体に架橋ポリエチレンを適用し、導体遮蔽絶縁層にエナメルを適用した水中モータ用電線では、使用時間の経過と共にエナメル層へのクラックが発生するという問題がある。
【0010】
図2に、従来技術(乾燥温度約85℃)で製造された水中モータ用電線と、その水中モータ用電線に発生したエナメル層のクラックと水トリーを示す。図2中の斜視図に示されるように、水中モータ用電線21は、導体22の外周にエナメル層23を形成し、エナメル層23の外周に絶縁層24を形成したものである。断面拡大図に示されるように、絶縁層24中にエナメル層23から外周に向かって伸びた水トリー25が発生しており、この水トリー25の部分の絶縁層24を剥ぎ取り、露出したエナメル層23を矢印Aの方向から見ると、外周面拡大図に示されるように、エナメル層23にクラック26がある。つまり、絶縁層24の水トリー25はエナメル層23のクラック26を起点として発生している。
【0011】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、エナメル層におけるクラックの発生を防止する水中モータ用電線の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために本発明は、導体の外周にエナメル層を形成し、該エナメル層の外周に絶縁層を形成してなる水中モータ用電線の製造方法において、上記エナメル層の外周に架橋剤を配合した絶縁性組成物を連続押出架橋することにより上記絶縁層を形成し、その後、上記エナメル層の初期ガラス転移温度Tg(℃)に対して乾燥温度T(℃)を、
T≦Tg−30(℃)
にして上記絶縁層の乾燥作業を行うものである。
【0013】
上記乾燥作業後に上記絶縁層に残る架橋剤分解残渣量が0.1質量%以下であってもよい。
【0014】
上記絶縁層を架橋ポリエチレンにより形成してもよい。
【0015】
上記連続押出架橋は、熱源に高温高圧の水蒸気を用いる熱化学架橋方式で行ってもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、エナメル層におけるクラックの発生を防止することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明の一実施形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0018】
図1に示されるように、本発明に係る水中モータ用電線1の製造方法は、導体2の外周にエナメル層3を形成し、エナメル層3の外周に絶縁層4を形成してなる水中モータ用電線1の製造方法において、エナメル層3の外周に架橋前材料と架橋剤とを配合した絶縁性組成物を連続押出架橋することにより絶縁層4を形成し、その後、エナメル層3の初期ガラス転移温度Tg(℃)に対して乾燥温度T(℃)を、
T≦Tg−30(℃) (1)
にして絶縁層4の乾燥作業を行うものである。
【0019】
ここで、エナメル層3の初期ガラス転移温度Tgを定義する。一般に、加熱された高分子物質が非結晶性重合体又は部分結晶性の非晶質領域から粘性状態又はゴム状態への可逆的変化をする温度を「ガラス転移温度」といい、その測定は、例えば、JIS K 7197に記載された熱機械分析装置により行う。高分子物質がガラス転移温度以下の温度である場合、分子間力が大きく分子が剛直である。本発明では、エナメル層3の初期ガラス転移温度Tgとは、水中モータ用電線1の製造途上において、導体2からエナメル層3までが形成され、絶縁層4が形成される前の状態における、エナメル層2の初期ガラス転移温度Tgを示す。
【0020】
本実施形態では、乾燥作業後に絶縁層4に残る架橋剤分解残渣量が0.1質量%以下となるよう絶縁層4の乾燥作業を行うものとする。架橋剤分解残渣量は、乾燥時間を長くすることで少なくでき、乾燥時間を短くすると多くなる。乾燥時間を調整することで架橋剤分解残渣量を調整できる。
【0021】
絶縁層4は、例えば、架橋ポリエチレンにより形成する。
【0022】
絶縁層4の連続押出架橋は、熱源に高温高圧の水蒸気を用いる熱化学架橋方式で行うものとする。
【0023】
以下、本発明の効果を説明する。
【0024】
本発明では、エナメル層3の外周に連続押出架橋により絶縁層4を形成し、その後、エナメル層3の初期ガラス転移温度Tg(℃)に対して乾燥温度T(℃)を、
T≦Tg−30(℃)
にして絶縁層4の乾燥作業を行う。連続押出架橋の際に生成された架橋剤分解残渣の一部は、架橋時の温度上昇によりエナメル層3に拡散・浸透する。このため、エナメル層3の分子間力及びガラス転移温度が低下してしまう。エナメル層3の分子間力が低下した後のエナメル層3のガラス転移温度をTg(℃)としたとき、本発明者らは実験から、
Tg>Tg−30(℃) (2)
であることを見出した。
【0025】
従来の水中モータ用電線では、エナメル層中の架橋剤分解残渣は、乾燥によりその大部分がエナメル層の外部へ揮発されるが、その一方でエナメル層内に揮発されずに残った架橋剤分解残渣がソルベントクレージングを発生させる。ソルベントクレージングは、エナメル層の機械的強度を低下させる要因ともなり得る現象である。ソルベントクレージングが発生したエナメル層3含む水中モータ用電線を水中モータの巻線に適用すると、巻き線形成のための加工時の曲げ応力により、ソルベントクレージングを起点としてエナメル層内にクラックが発生する。
【0026】
ソルベントクレージングは、ガラス転移温度以上の温度、すなわちエナメル層が強い分子間力を保持できなくなる温度以上で発生が促進される。したがって、架橋後の乾燥温度T(℃)を、式(2)から
T≦Tg−30(℃)<Tg
とすることにより、ソルベントクレージングの発生を抑制することができる。すなわち、本発明の水中モータ用電線1は、式(1)の条件で乾燥作業を行うので、ソルベントクレージングの発生を抑制することができる。
【0027】
一方、従来の水中モータ用電線では、乾燥により揮発しきれずに絶縁層中に残留した架橋剤分解残渣は、水中モータ用電線が水中モータの巻線に適用された後に、エナメル層の分子間に浸透し、ひいてはエナメル層のソルベントクレージング・エナメル層のクラックを引き起こす要因となり得る。
【0028】
これに対し、本発明の水中モータ用電線1では、絶縁層4中の架橋剤分解残渣量が低位安定(0.1質量%以下)まで乾燥を行うことにより、エナメル層3におけるクラックの発生を抑えることができる。
【0029】
以上のように、本発明では、乾燥作業の温度・時間を管理することにより、エナメル層3に拡散する架橋剤分解残渣を抑制することができる。その結果、エナメル層3におけるソルベントクレージングの発生を抑制し、水中モータの巻線に適用したときのエナメル層3におけるクラックの発生を抑制し、ひいては絶縁層4中への導体2からの銅イオン拡散・水トリーの発生をも抑制し、水中モータ用電線1の絶縁寿命の安定化に寄与する。
【0030】
絶縁層4の連続押出架橋は、熱源に高温高圧の水蒸気を用いる熱化学架橋方式で行う方法に限らず、化学架橋方式(ガス架橋方式)を用いてもよい。
【実施例】
【0031】
外径約4.5mmの銅導体2の外周に、エポキシ樹脂を主体とする塗料を繰り返し塗布し、焼き付けて厚さ約0.06mmの塗膜によるエナメル層3を形成した。このときエナメル層3のガラス転移温度Tgは約105℃であった。このエナメル層3の外周に、低密度ポリエチレンをベース(架橋前材料)とし、架橋剤としてDCP(ジクミルパーオキサイド)が配合された架橋可能な絶縁性組成物を、厚さが約1.5mmとなるように押出被覆した後、連続的に加熱架橋を施して絶縁層4を形成することにより、水中モータ用電線1(未乾燥)を得た。この水中モータ用電線1をドラムに巻き取った。
【0032】
次いで、このドラムに巻き取られた水中モータ用電線1を室温60〜65℃の乾燥室に入れた。60〜65℃はガラス転移温度Tgより40〜45℃低温である。この乾燥室にて、絶縁層4中の架橋剤分解残渣量X(質量%)が低位安定(X≦0.1)となるまで乾燥させ、水中モータ用電線1の製造を完了した。
【0033】
一方、比較のため、以下に示す条件で比較例I、比較例II−a,b,cの水中モータ用電線を製造した。
【0034】
比較例Iは、実施例と同じ工程・条件にてエナメル層の外周に絶縁層を形成し、ドラムに巻き取った後、乾燥温度を85〜90℃(ガラス転移温度Tgより15〜20℃低温)で乾燥作業を行った。
【0035】
比較例IIは、実施例と同じ工程・条件にてエナメル層の外周に絶縁層を形成し、ドラムに巻き取った後、乾燥時間を実施例より短くし、乾燥後の絶縁層中の架橋剤分解残渣量Xがそれぞれ
a. 0.1<X≦0.2
b. 0.2<X≦0.3
c. 0.3<X
となるように乾燥作業を行った。
【0036】
以上の実施例、比較例Iの水中モータ用電線を巻線形成時の曲げ半径(R=約30mm)に成形したサンプルを各々20個作成した。これらのサンプルを巻線実用時の最高水温とされる90℃の水中に30日間浸漬した後、巻線の絶縁層を剥ぎ取り、曲げ部においてエナメル層に発生したクラックを拡大鏡で調べた。各サンプルのエナメル層に生じたクラックの数を表1に示す。
【0037】
【表1】

【0038】
表1に示されるように、実施例ではエナメル層にクラックの発生が全く認められないのに対し、比較例Iではその全てのサンプルでエナメル層にクラックの発生が認められ、その発生個数は最大10個、平均3.75個である。
【0039】
さらに、実施例、比較例Iについて同様の実験を浸漬日数10日、60日にて行ったところ、表1と同じ結果が得られた。したがって、乾燥温度の違いによってエナメル層のクラック発生数に有意差が生じ、そのクラックの発生は浸漬開始から数日間で過渡的に現れるものと考えられる。
【0040】
次に、比較例II−a,b,cの水中モータ用電線に対して上記と同様のサンプルを各々5個作成し、上記と同様の実験(浸漬日数は30日のみ)を行った。その結果、各サンプルのエナメル層に生じたクラックの数を前述の実施例の結果と共に表2に示す。
【0041】
【表2】

【0042】
表2に示されるように、比較例II−a,b,cではエナメル層にクラックの発生が認められることが多く、乾燥後の絶縁層中に架橋剤分解残渣が多いほど、エナメル層にクラックの発生が顕著になる。
【0043】
以上の実験より、本発明の製造方法を適用すればエナメル層におけるクラックの発生を防止できることが立証された。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の一実施形態を示す水中モータ用電線の断面図である。
【図2】水中モータ用電線の断面を含む斜視図、その断面の部分拡大図、エナメル層の外周面の部分拡大図である。
【符号の説明】
【0045】
1 水中モータ用電線
2 導体
3 エナメル層
4 絶縁層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体の外周にエナメル層を形成し、該エナメル層の外周に絶縁層を形成してなる水中モータ用電線の製造方法において、上記エナメル層の外周に架橋剤を配合した絶縁性組成物を連続押出架橋することにより上記絶縁層を形成し、その後、上記エナメル層の初期ガラス転移温度Tg(℃)に対して乾燥温度T(℃)を、
T≦Tg−30(℃)
にして上記絶縁層の乾燥作業を行うことを特徴とする水中モータ用電線の製造方法。
【請求項2】
上記乾燥作業後に上記絶縁層に残る架橋剤分解残渣量が0.1質量%以下であることを特徴とする請求項1記載の水中モータ用電線の製造方法。
【請求項3】
上記絶縁層を架橋ポリエチレンにより形成することを特徴とする請求項1又は2記載の水中モータ用電線の製造方法。
【請求項4】
上記連続押出架橋は、熱源に高温高圧の水蒸気を用いる熱化学架橋方式で行うことを特徴とする請求項1〜3いずれか記載の水中モータ用電線の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−54285(P2009−54285A)
【公開日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−216862(P2007−216862)
【出願日】平成19年8月23日(2007.8.23)
【出願人】(591039997)日立マグネットワイヤ株式会社 (63)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】