説明

水中物体までの水平距離を算出するための水平距離算出システム及び水平距離算出方法

【課題】距離方向に音速プロファイルが変化しても、水中物体までの水平距離の算出誤差を低く抑え、かつ音波伝搬経路の観測誤差や音波伝搬中のゆらぎの影響を極力小さくする。
【解決手段】音速プロファイルに基づいて水中物体までの音波伝搬経路を算出する音波伝搬経路算出手段21と、水中物体までの音波伝搬時間を算出する音波伝搬時間算出手段22と、送信物体と受信物体の位置をそれぞれ測定する位置測定手段23と、送信物体及び受信物体の位置と音波伝搬時間算出手段22が算出した音波伝搬時間とに基づいて送信物体と受信物体との間の計測水平距離を算出する計測水平距離算出手段24と、計測水平距離に基づいて音波伝搬経路算出手段21が算出した音波伝搬経路を補正して補正後音波伝搬経路を生成する音波伝搬経路補正手段25とを備え、音波伝搬経路補正手段25が補正した補正後音波伝搬経路に基づいて水中物体までの水平距離を算出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、水平距離算出システム及び水平距離算出方法に係り、とくに、海洋内に音波を放射し、水中物体からの反響音を受信して、音源から水中物体までの水平距離を算出する水平距離算出システム及び水平距離算出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、海洋内に音波を放射し、水中物体(水中目標物)からの反響音を受信することによって、海洋内に潜在する水中物体を捜索するソナーシステムとして、音波の屈折の大きい音波伝搬を利用して音源から水中物体までの音波伝搬時間を測定し、この音波伝搬時間に基づいて、音源から水中物体までの水平距離を算出する水平距離算出システムが広く知られている。
【0003】
上述の水平距離算出システムでは、一般的に、次述の算出システムによって水中物体までの水平距離を求めている。すなわち、予め音波が放射される水中深度における水温を測定しておき、この測定結果に基づいて、海洋における音速の算出式を示すLeroyの式等を用いて、次の式(1)によって所定の水中深度における音速c[m/s]を求める。
【0004】
c[m/s]
=1493.0+3(θ−10)−0.006(θ−10)−0.04(θ−18)+1.2(S−35)−0.01(θ−18)(S−35)+D/61.0 (1)
ただし、θは水温[℃]、Sは塩分濃度[ppt]、Dは深度[m]である。
【0005】
そして、求められた音速c[m/sec]を距離算出時の設定音速Vs[m/sec]とする。すなわち、c[m/sec]=Vs[m/sec]とする。
【0006】
次に、水中物体までの音波伝搬時間T[sec]を計測し、式(2)のように、設定音速Vs[m/s]と音波伝搬時間T[sec]とを乗算して、水中物体までの水平距離R[m/s]を算出する。
【0007】
R[m/s]=Vs[m/s]×T[sec] (2)
【0008】
上述の水中物体までの水平距離の算出システムでは、一定の音波放射深度における音速で音源から水中物体まで音波が伝搬すると仮定して、音源から水中物体までの音波伝搬時間によって水中物体までの水平距離R[m/s]を算出している。すなわち、音波は音源から水中物体まで等速で水平に伝搬すると仮定して、水中物体までの水平距離R[m/s]を算出している。しかしながら、水中における実際の音波は、水温や水中深度などによって音線(音波伝搬経路)の屈折度合や音速が変化しながら、音源から水中物体まで伝搬する。
【0009】
図7及び図8を参照して、水中における音波の複雑な伝搬状況について説明する。なお、図7は、水中における典型的な音速プロファイルを示す図であり、横軸は音速、縦軸は水深を示している。また、図8は、図7に示す典型的な音速プロファイルによって発生する音波の水中における伝搬経路を示す図であり、横軸は距離、縦軸は水深を示している。
【0010】
図7に示すように、典型的な音速プロファイル1は、混合層2と、水温躍層3と、深海等温層4とによって構成されている。混合層2は、海面上を吹く風の作用で形成される等温水の層であり、音速プロファイル1は正の傾きを有し、二つの異なる媒体中における進行波の屈折現象の法則を示すスネルの法則に基づいて、音波は上向きに屈折しながら伝搬する。
【0011】
また、水温の深度傾度が大きい層である水温躍層3は、水深の深度の増加と共に音速プロファイル1が減少する負の傾きを持つ層であり、スネルの法則に基づいて音波は下向きに屈折しながら伝搬する。また、深海等温層4は主に圧力の影響を受けて深度の増加と共に音速プロファイル1が増加する正の傾きを持つ層であり、スネルの法則から音波は上向きに屈折しながら伝搬する。すなわち、これらの音速プロファイル1の傾きから、水中における音波は単純に直進するのではなく、上向きまたは下向きに屈折しながら水中を伝搬することになる。
【0012】
したがって、図7に示す典型的な音速プロファイル1によって発生する図8に示す水中における音波の伝搬経路について、艦船から発する音波を例に挙げて説明すると、自艦の送信位置5から送信される音波の垂直方向に対する放射角度によって、さまざまな伝搬経路が発生する。その代表例として、図8に示すように、音波が混合層2内を上向きに屈折しながら伝搬し、海面7で反射されて、再度、上向きに屈折しながら伝搬する現象を繰り返すSurface Duct伝搬経路8と、音波が海底6で反射して海面7に達するBottom Bounce伝搬経路9と、音波が水温躍層3内で下向きに屈折し、さらに深海等温層4内で上向きに屈折されることにより、海底6に当たらないで海面7に達するConvergence Zone伝搬経路10とがある。
【0013】
このように、自艦の送信位置5から送信された音波は単純に直進して伝搬するのではなく、Surface Duct伝搬経路8、Bottom Bounce伝搬経路9、及びConvergence Zone伝搬経路10のように、複雑な経路によって伝搬される。このために、式(2)を用いて、設定音速Vs[m/sec]×音波伝搬時間T[sec]から水中物体までの水平距離R[m/s]を算出する単純な算出方法では、水中物体までの水平距離の算出誤差が大きくなってしまう。
【0014】
そこで、水中物体までの水平距離の算出誤差を小さくするために、音線(音波の伝搬経路)の屈折度合や音速の変化を考慮した水中物体までの水平距離の算出システムが種々提案されている。例えば、海水の深度ごとの水温分布データに基づいて目標物体までの音波伝搬経路を算出すると共に、該音波伝搬経路を微小な一定間隔に区切った上で水中物体までの水平距離と伝搬時間とを計算する音波伝搬経路計算手段と、前記計算された水平距離と伝搬時間とによって、目標物体までの距離算出のファクターとして用いる水平方向の平均音速を計算する平均音速計算手段と、実際に測定された目標物体までの音波伝搬時間と前記計算された平均音速とにより水中物体までの水平距離を算出する目標水平距離計算手段とから構成される水中物体の水平距離算出システムが提供されている(例えば、特許文献1参照)。この水平距離算出システムによれば、目標物体までの水平距離の算出誤差を低く抑えることができる。
【0015】
また、関連技術として、船舶Aと船舶Bの位置をGPS(Global Positioning System)によって算出し、さらに、船舶Aが水中物体に音波を発信した発信時刻と船舶Bが当該水中物体から音波を受信した受信時刻とに基づいて音波の伝搬時間を算出することにより、水中物体の位置を高精度に測定する技術が開示されている(例えば、特許文献2参照)。さらに、音速勾配が不連続である境界があっても、分割区域ごとに音線径路(音波伝搬径路)を補正することにより、音源から水中の目標物に発信した音波の音線径路を正確に算出する技術が開示されている(例えば、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特開平08−220227号公報
【特許文献2】特開2006−292435号公報
【特許文献3】特開平10−062544号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
しかしながら、音速プロファイルは水中における距離方向に対して全く同じになることはなく、距離ごとに混合層の水中深度が異なっている。したがって、測定距離間において一定の混合層で水中物体までの水平距離を算出した場合には算出誤差が生じる。また、水温躍層と深海等温層の傾きが異なるため、特許文献1で提案された水中物体の水平距離算出システムにおいては、自艦の送信位置のみの音速プロファイルを用いているため、実際の音波伝搬経路と比較すると水平距離に算出誤差が発生してしまう。
【0018】
また、日本周辺海域は太平洋の西岸となり、地球の自転の影響から黒潮や親潮に代表される比較的強い海流が生じる特異海域であり、それぞれの海流の周辺では、暖かい海流が主流から切り離されて暖水塊となったり、冷たい海流が主流から切り離されて冷水塊となったりするように、海流は乱流のように複雑な分布をとることが知られている。このため、自艦の送信位置のみの音速プロファイルを用いて算出する水平距離算出システムでは、水平距離に算出誤差が生じてしまう。
【0019】
このため、自艦の送信位置のみならず、僚艦やソノブイ(吊り下げ式ソナー内蔵無線浮標)などによって計測された複数の音速プロファイルを用いて、水中物体までの水平距離を算出する方法が知られている。しかし、この測定方法でも、観測時間や費用の制約などから、計測可能な音速プロファイルの観測水平密度は粗く、その上、観測誤差や音波伝搬中のゆらぎ等の影響を受けるため、複数の音速プロファイルを用いて算出された水平距離においても水中物体までの水平距離に算出誤差が含まれてしまう。
【0020】
また、特許文献2の技術においては、音波の発信元及び受信先の位置と音波伝搬時間とに基づいて水中物体の位置を測定することはできるが、水温や潮流の変化による音波伝搬経路の補正や、混合層、水温躍層、及び海等温層の水中深度による音波伝搬経路の補正が行われていないので、水中物体までの水平距離に算出誤差が生じてしまう。さらに、特許文献3の技術においては、音速勾配が不連続である境界があっても音線径路(音波伝搬径路)を正確に算出することができるが、この音線径路に基づいてどのようにして水中物体までの距離を算出するかについては開示されていないので、水中物体までの水平距離を正確に算出する技術に展開することはできない。
【0021】
この発明は、上述の事情に鑑みてなされたもので、距離方向に音速プロファイルが変化する海洋においても、水中物体までの水平距離の算出誤差を極力小さくすることができる水中物体までの水平距離算出システム及び水平距離算出方法を提供することを第1の目的としている。
また、この発明は、音波伝搬経路の観測誤差や音波伝搬中のゆらぎの影響による水中物体までの水平距離の算出誤差を極力小さくすることができる水中物体までの水平距離算出システム及び水平距離算出方法を提供することを第2の目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0022】
上記課題を解決するために、この発明の第1の構成は、音波の送受信によって、水中物体までの水平距離を算出するための水平距離算出システムであって、水中の層ごとに異なる音波伝搬特性を示す音速プロファイルに基づいて、前記水中物体までの音波伝搬経路を算出する音波伝搬経路算出手段と、送信物体から音波が送信された送信時刻と受信物体が前記送信物体から送信された音波を受信した受信時刻とに基づいて、音波伝搬時間を算出する音波伝搬時間算出手段と、前記送信物体の水面上の位置と前記受信物体の水面上の位置をそれぞれ測定する位置測定手段と、該位置測定手段が測定した前記送信物体及び前記受信物体の水面上の位置と前記音波伝搬時間算出手段が算出した音波伝搬時間とに基づいて、前記送信物体と前記受信物体との間の計測水平距離を算出する計測水平距離算出手段と、該計測水平距離算出手段が算出した計測水平距離に基づいて、前記音波伝搬経路算出手段が算出した音波伝搬経路を補正して補正後音波伝搬経路を生成する音波伝搬経路補正手段とを備え、前記音波伝搬経路補正手段が補正した補正後音波伝搬経路に基づいて、前記水中物体までの水平距離を算出することを特徴としている。
【0023】
また、この発明の第2の構成は、音波の送受信によって、水中物体までの水平距離を算出するための水平距離算出方法であって、水中の層ごとに異なる音波伝搬特性を示す音速プロファイルに基づいて、前記水中物体までの音波伝搬経路を算出する音波伝搬経路算出処理と、送信物体から音波が送信された送信時刻と受信物体が前記送信物体から送信された音波を受信した受信時刻とに基づいて、音波伝搬時間を算出する音波伝搬時間算出処理と、前記送信物体の水面上の位置と前記受信物体の水面上の位置をそれぞれ測定する位置測定処理と、該位置測定処理で測定された前記送信物体及び前記受信物体の水面上の位置と前記音波伝搬時間算出処理で算出された音波伝搬時間とに基づいて、前記送信物体と前記受信物体との間の計測水平距離を算出する計測水平距離算出処理と、該計測水平距離算出処理で算出された計測水平距離に基づいて、前記音波伝搬経路算出処理で算出された音波伝搬経路を補正して補正後音波伝搬経路を生成する音波伝搬経路補正処理と、該音波伝搬経路補正処理で補正された補正後音波伝搬経路に基づいて、前記水中物体までの水平距離を算出する水平距離算出処理とを含んでなることを特徴としている。
【発明の効果】
【0024】
この発明では、音線の屈折具合の変化と伝搬する深度ごとの音速の変化に対応するために、送信物体(例えば、自艦)の送信位置と受信物体(例えば、僚艦やソノブイ等)の受信位置にて、複数の音速プロファイルを計測する。計測された複数の音速プロファイルに基づいて、水中物体までの音波伝搬経路を算出すると共に、送信物体(例えば、自艦)から送信した送信時刻と送信物体から送信した送信音を受信物体(例えば、僚艦やソノブイ等)で受信した受信時刻とから算出した音波伝搬時間と、送信物体と受信物体の位置をGPS等で計測する。
それゆえ、この発明の構成によれば、算出した計測水平距離とを用いて、水中物体までの音波伝搬経路を補正するので、一段と正確に水中物体までの水平距離を算出することができ、水中物体までの水平距離の算出誤差を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】この発明の第1の実施形態に係る水中物体までの水平距離算出システムの構成を示すブロック図である。
【図2】同第1の実施形態に係る水中物体までの水平距離算出システムの動作の流れの一例を示すフローチャートである。
【図3】自艦位置で計測された水中における音速プロファイルを示す図である。
【図4】僚艦位置で計測された水中における音速プロファイルを示す図である。
【図5】自艦の送信位置からの音波が僚艦の受信位置へ伝搬されるConvergenceZone伝搬経路を示す図である。
【図6】自艦の送信位置から僚艦の受信位置までの、補正前と補正後のConvergence Zone伝搬経路を示す図である。
【図7】関連技術を説明するための図で、水中における典型的な音速プロファイルを示す図である。
【図8】図7に示す典型的な音速プロファイルによって発生する音波の水中における伝搬経路を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0026】
この発明は、距離方向に音速プロファイルが変化する海洋において、現実的に取得可能な、数本程度の計測された音速プロファイルを用いることによって、水中物体までの水平距離の算出誤差を極力小さくすることができる水中物体までの水平距離算出システムを実現している。また、数本程度の計測された音速プロファイルを用いることによって、観測誤差や音波伝搬中のゆらぎの影響による水中物体までの水平距離の算出誤差を極力小さくすることができる水中物体までの水平距離算出システムを実現している。以下、図面を参照して、この発明の実施形態について詳細に説明する。
【実施形態1】
【0027】
まず、この発明の第1の実施形態による水中物体までの水平距離算出システムについて説明する。
図1は、この発明の第1の実施形態による水中物体までの水平距離算出システムの構成を示すブロック図である。まず、全体構成から説明する。この水平距離算出システム20は、音波伝搬経路算出手段21と、音波伝搬時間算出手段22と、位置測定手段23と、計測水平距離算出手段24と、音波伝搬経路補正手段25とから構成されている。
【0028】
次に、装置の各部について説明する。上記音波伝搬経路算出手段21は、水中の層ごとに異なる音波伝搬特性を示す音速プロファイルに基づいて、水中物体までの音波伝搬経路を算出する。上記音波伝搬時間算出手段22は、送信物体から音波が送信された送信時刻と受信物体が送信物体から送信された音波を受信した受信時刻とに基づいて、音波伝搬時間を算出する。上記位置測定手段23は、送信物体の水面上の位置と前記受信物体の水面上の位置をそれぞれ測定する。上記計測水平距離算出手段24は、位置測定手段23が測定した送信物体及び受信物体の水面上の位置と音波伝搬時間算出手段22が算出した音波伝搬時間とに基づいて、送信物体と受信物体との間の計測水平距離を算出する。上記音波伝搬経路補正手段25は、計測水平距離算出手段24が算出した計測水平距離に基づいて、音波伝搬経路算出手段21が算出した音波伝搬経路を補正して補正後音波伝搬経路を生成する。上記構成において、音波伝搬経路補正手段25が補正した補正後音波伝搬経路に基づいて、水中物体までの水平距離を正確に算出する。
【0029】
図2は、この発明の第1の実施形態による水平距離算出システムの動作の流れの一例を示すフローチャートである。また、図3は、自艦位置で計測された水中における音速プロファイルを示す図であり、横軸は音速、縦軸は水深を示している。さらに、図4は、僚艦位置で計測された水中における音速プロファイルを示す図であり、横軸は音速、縦軸は水深を示している。また、図5は、自艦の送信位置からの音波が僚艦の受信位置へ伝搬されるConvergence Zone伝搬経路を示す図であり、横軸は距離、縦軸は水深を示している。さらに、図6は、自艦の送信位置から僚艦の受信位置までの、補正前と補正後のConvergence Zone伝搬経路を示す図であり、横軸は距離、縦軸は水深を示している。
【0030】
以下、図2に示すフローチャートの流れにしたがって、この発明の第1の実施形態による水平距離算出システムの動作の流れを説明する。なお、適宜、図7、図8、図3、図4、図5、及び図6を参照してフローチャートの流れを説明する。以下の説明では、自艦及び僚艦が音速プロファイルを計測する場合について述べるが、ソノブイ等で音速プロファイルを計測してもよい。
【0031】
図2において、まず、図5に示す自艦の送信位置5において自艦位置の音速プロファイル11を計測する。ここで計測された自艦位置の音速プロファイル11は図3に示す通りである(ステップS1)。次に、図3に示す自艦位置の音速プロファイル11のみを用いて、図7に示すように、Surface Duct伝搬経路8、Bottom Bounce伝搬経路9、及びConvergence Zone伝搬経路10の音線経路(音波伝搬径路)を計算する(ステップS2)。この音線経路の算出は、スネルの法則を基にした音線理論により算出することができ、伝搬時間と水平距離との関係が導かれる。
【0032】
ここで、図7に示すSurface Duct伝搬経路8と、Bottom Bounce伝搬経路9と、Convergence Zone伝搬経路10とに基づいて、水平物体間の水平距離の算出誤差を抑えたい伝搬経路を特定する。ここでは、水平物体間の水平距離の算出誤差を抑えたい伝搬経路がConvergence Zone伝搬経路10に特定されたものとして説明を行う。
【0033】
次に、ステップS2で特定したConvergence Zone伝搬経路10の伝搬経路上に僚艦やソノブイ等を配置する(ステップS3)。この説明では、図5に示すように、Convergence Zone伝搬経路10の伝搬経路上に僚艦の受信位置12に配置したものとする。
【0034】
次に、図5に示す僚艦の受信位置12において、僚艦位置の音速プロファイル13(図4参照)を計測する(ステップS4)。さらに、図3に示すように計測された自艦の送信位置5の音速プロファイル11と、図4に示すように計測された僚艦の受信位置12の音速プロファイル13とを用いて、距離方向に線形補間し、2つの音速プロファイルにて線形補間した音速プロファイルを、微小な一定距離間隔ごとにそれぞれ算出して保持しておく。なお、自艦の送信位置5の音速プロファイル11と僚艦の受信位置12の音速プロファイル13との間に、さらに、他艦やソノブイ等で計測した音速プロファイルを追加して、複数の音速プロファイルで線形補間して算出してもよい(ステップS5)。
【0035】
次に、音波伝搬経路算出手段21は、ステップS5で保持した微小な一定距離間隔ごとに算出した音速プロファイルを用いて、図5に示す音波伝搬経路10のように音線経路を計算する(ステップS6)。
【0036】
さらに、音波伝搬時間算出手段22は、自艦から送信した音波の送信時刻を、予め衛星通信や地上波電波等を用いて僚艦やソノブイ等に通達し、自艦からの送信音を僚艦やソノブイ等が受信した際に、受信時刻と予め通達された送信時刻とに基づいて、実際の音波伝搬に要した計測伝搬時間を算出する。また、位置測定手段23は、GPS等を用いて、自艦からの音波の送信時における正確な送信位置を計測しておき、この送信位置についても僚艦やソノブイ等に通達することにより、計測水平距離算出手段24は、送信時における自艦の位置と受信時にける僚艦やソノブイ等の位置から計測水平距離を算出する(ステップS7)。
【0037】
これにより、図6に示すように、図3に示す自艦の送信位置5の音速プロファイル11と、図4に示す僚艦の受信位置12の音速プロファイル13とを用いて算出したConvergence Zone伝搬経路10の算出水平距離14に対して、音波伝搬経路補正手段25は、GPS等によって計測された正確な自艦の送信位置5と僚艦位置15とに基づいて算出された計測水平距離16を用いてConvergence Zone伝搬経路10を補正する。このときの補正方法は、単純に、計測水平距離16/算出水平距離14の割合を、Convergence Zone伝搬経路10で示す音線上の一定距離間隔ごとのポイントに対して乗じることにより、図6に示すように、補正後の音線(補正後のConvergence Zone伝搬経路)17を得ることができる(ステップS8)。
【0038】
例えば、Convergence Zone伝搬経路10上のあるポイントを(水平距離a、水深b)としたときは、(水平距離a×計測水平距離16/算出水平距離14、水深b)によって補正後のポイントを求めることができる。図6に示すように、この補正方法によって得られた補正後のConvergence Zone伝搬経路17は、音波の伝搬時間が分かれば、より正確な水平伝搬距離が判明する関係式となる。
【0039】
次に、自艦のソナーシステムは、水中物体(水中目標物)からの反響音を受信し、この反響音の受信時刻から自艦の送信時の送信時刻を引くことで水中物体までの伝搬時間を算出する(ステップS9)。そして、最後に、ステップS9で計測された水中物体までの伝搬時間を、ステップS8の音線補正で得られた補正後のConvergence Zone伝搬経路17における伝搬時間とすることにより、式(2)で示した水平伝搬距離の関係式である、水中物体までの水平距離R[m/s]=設定音速Vs[m/s]×音波伝搬時間T[sec]によって、水中物体までの水平伝搬距離を正確に算出することができる(ステップS10)。
【0040】
このように、この実施形態のソナーシステムでは、水中物体までの水平距離算出システムの動作の流れに従って、水中物体までの音波伝搬時間を計測し、この音波伝搬時間とこの時点における音速とによって水中物体までの水平距離を算出する。
それゆえ、音線の屈折具合の変化と伝搬する深度ごとの音速の変化に対応するために、自艦の送信位置で計測した音速プロファイルと僚艦やソノブイ等を用いて計測した音速プロファイル(したがって、複数の音速プロファイル)に基づいて、水中物体までの音波伝搬経路を正確に算出することができる。
【0041】
また、自艦から音波を送信した送信時刻と自艦から送信された送信音を僚艦やソノブイ等が受信した受信時刻とから算出した計測伝搬時間と、自艦の送信位置と僚艦やソノブイ等の受信位置とをGPS等によって計測し、そこから算出した計測水平距離とを用いて水中物体までの音波伝搬経路を補正することにより、より正確に水中物体までの水平距離を算出することができるので、水中物体までの水平距離の算出誤差を低く抑えることができる。
【実施形態2】
【0042】
上記した第1の実施形態では、図2のステップS7において、自艦が送信した音波を僚艦が受信して音波伝搬時間と計測水平距離を算出したが、この発明の第2の実施形態では、ステップS7において、自艦とは反対に、僚艦が送信した音波を自艦が受信することによって音波伝搬時間と計測水平距離を算出することができる。また、第1の実施形態では、図2のステップS2において、水平物体間の水平距離の算出誤差を抑えたい伝搬経路をConvergence Zone伝搬経路に特定した場合の音線経路(音波伝搬径路)を計算したが、第2の実施形態では、図2のステップS2において、水平物体間の水平距離の算出誤差を抑えたい伝搬経路を、Surface Duct伝搬経路やBottom Bounce伝搬経路に特定した場合でも、算出誤差を抑えて水中物体までの水平距離を正確に算出することができる。
【0043】
このように、この実施形態の水平距離算出システムでは、音波伝搬経路を求める際に、音線の屈折具合の変化と伝搬する深度ごとの音速の変化に対応するために、自艦の送信位置と僚艦やソノブイ等を用いて複数の音速プロファイルを計測する。そして、計測した複数の音速プロファイルに基づいて、水中物体までの音波伝搬経路を算出する。その上、自艦から送信した送信時刻と自艦から送信した送信音を僚艦やソノブイ等で受信した受信時刻とに基づいて算出した音波伝搬時間と、自艦位置と僚艦やソノブイ等の位置をGPS等で計測し、そこから算出した計測水平距離を用いて水中物体までの音波伝搬経路を補正する。それゆえ、一段と正確に水中物体までの水平距離を算出することができる。
【0044】
また、この発明に係る水中物体までの水平距離算出システムは、音波が伝搬する距離方向に音速プロファイルが変化する海洋において、現実的に取得が可能な、数本程度の計測された音速プロファイルを用いることにより、水中物体までの水平距離の算出誤差を極力小さくすることができる。
【0045】
さらに、この発明に係る水中物体までの水平距離算出システムは、音速プロファイルの複数のデータを距離方向において線形補間することにより、観測誤差や音波伝搬中のゆらぎの影響による水中物体までの水平距離の算出誤差を極力小さくすることができる。また、自艦位置の音速プロファイルと僚艦位置の音速プロファイルの間にさらに他艦やソノブイ等で計測した音速プロファイルを追加して、複数の音速プロファイルで線形補間して水中物体までの水平距離を算出することにより水中物体までの水平距離の算出誤差をさらに小さくすることができる。
【0046】
また、この発明に係る水中物体までの水平距離算出システムは、Convergence Zone伝搬経路のみならず、Surface Duct伝搬経路やBottom Bounce伝搬経路を音波伝搬経路に特定した場合でも、水中物体までの水平距離の算出誤差を低く抑えることができる。
【0047】
以上、この発明の実施形態を、図面を参照して詳述してきたが、この発明の具体的に構成は、これらの実施形態に限られるものではなく、この発明の趣旨を逸脱しない範囲の設計の変更等があってもそれらはこの発明に含まれる。例えば、上記の実施形態では海洋における水中物体までの水平距離算出システムについて述べたが、湖水における水中物体までの水平距離算出システムにも適用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0048】
この発明の水中物体までの水平距離算出システムは、漁船における漁礁の探査や、艦船における沈没船の調査や潜水艦の探査などに有効に利用することができる。
【符号の説明】
【0049】
1 典型的な音速プロファイル
2 混合層
3 水温躍層
4 深海等温層
5 自艦の送信位置
6 海底
7 海面
8 Surface Duct伝搬経路
9 Bottom Bounce伝搬経路
10 Convergence Zone伝搬経路
11 自艦位置の音速プロファイル
12 僚艦の受信位置
13 僚艦位置の音速プロファイル
14 Convergence Zone伝搬経路の算出水平距離
15 GPS等により計測された正確な僚艦位置
16 計測水平距離
17 補正後のConvergence Zone伝搬経路
20 水中物体までの水平距離算出システム
21 音波伝搬経路算出手段
22 音波伝搬時間算出手段
23 位置測定手段
24 計測水平距離算出手段
25 音波伝搬経路補正手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
音波の送受信によって、水中物体までの水平距離を算出するための水平距離算出システムであって、
水中の層ごとに異なる音波伝搬特性を示す音速プロファイルに基づいて、前記水中物体までの音波伝搬経路を算出する音波伝搬経路算出手段と、
送信物体から音波が送信された送信時刻と受信物体が前記送信物体から送信された音波を受信した受信時刻とに基づいて、音波伝搬時間を算出する音波伝搬時間算出手段と、
前記送信物体の水面上の位置と前記受信物体の水面上の位置をそれぞれ測定する位置測定手段と、
該位置測定手段が測定した前記送信物体及び前記受信物体の水面上の位置と前記音波伝搬時間算出手段が算出した音波伝搬時間とに基づいて、前記送信物体と前記受信物体との間の計測水平距離を算出する計測水平距離算出手段と、
該計測水平距離算出手段が算出した計測水平距離に基づいて、前記音波伝搬経路算出手段が算出した音波伝搬経路を補正して補正後音波伝搬経路を生成する音波伝搬経路補正手段とを備えてなると共に、
該音波伝搬経路補正手段が補正した補正後音波伝搬経路に基づいて、前記水中物体までの水平距離を算出することを特徴とする水中物体までの水平距離算出システム。
【請求項2】
前記音速プロファイルは、前記音波が伝搬する距離方向において該音速プロファイルが変化する複数の位置で計測された複数のデータが、前記距離方向において線形補間されたものであることを特徴とする請求項1記載の水中物体までの水平距離算出システム。
【請求項3】
前記音速プロファイルは、前記送信物体の位置で計測されたデータと前記受信物体の位置で計測されたデータが線形補間されたものであることを特徴とする請求項1または2記載の水中物体までの水平距離算出システム。
【請求項4】
前記音波伝搬経路算出手段は、前記音速プロファイルの複数のデータが前記距離方向において線形補間されることにより、観測誤差や音波伝搬中のゆらぎの影響による音波伝搬経路の算出誤差を極力小さくすることを特徴とする請求項2または3記載の水中物体までの水平距離算出システム。
【請求項5】
前記音波伝搬経路算出手段は、前記音波が水温躍層内で下向きに屈折し、さらに深海等温層で上向きに屈折するConvergence Zone伝搬経路、前記音波が混合層内を上向きに屈折しながら伝搬して海面で反射し、再度、上向きに屈折しながら伝搬する現象を繰り返すSurface Duct伝搬経路、または、音波が海底で反射して海面に達するBottom Bounce伝搬経路のうち、少なくとも1つの伝搬経路を特定して前記水中物体までの音波伝搬経路を算出することを特徴とする請求項1、2、3または4記載の水中物体までの水平距離算出システム。
【請求項6】
音波の送受信によって、水中物体までの水平距離を算出するための水平距離算出方法であって、
水中の層ごとに異なる音波伝搬特性を示す音速プロファイルに基づいて、前記水中物体までの音波伝搬経路を算出する音波伝搬経路算出処理と、
送信物体から音波が送信された送信時刻と受信物体が前記送信物体から送信された音波を受信した受信時刻とに基づいて、音波伝搬時間を算出する音波伝搬時間算出処理と、
前記送信物体の水面上の位置と前記受信物体の水面上の位置をそれぞれ測定する位置測定処理と、
該位置測定処理で測定された前記送信物体及び前記受信物体の水面上の位置と前記音波伝搬時間算出処理で算出された音波伝搬時間とに基づいて、前記送信物体と前記受信物体との間の計測水平距離を算出する計測水平距離算出処理と、
該計測水平距離算出処理で算出された計測水平距離に基づいて、前記音波伝搬経路算出処理で算出された音波伝搬経路を補正して補正後音波伝搬経路を生成する音波伝搬経路補正処理と、
該音波伝搬経路補正処理で補正された補正後音波伝搬経路に基づいて、前記水中物体までの水平距離を算出する水平距離算出処理と
を含んでなることを特徴とする水中物体までの水平距離算出方法。
【請求項7】
前記音速プロファイルは、前記音波が伝搬する距離方向において該音速プロファイルが変化する複数の位置で計測された複数のデータが、前記距離方向において線形補間されたものであることを特徴とする請求項6記載の水中物体までの水平距離算出方法。
【請求項8】
前記音速プロファイルは、前記送信物体の位置で計測されたデータと前記受信物体の位置で計測されたデータが線形補間されたものであることを特徴とする請求項6または7記載の水中物体までの水平距離算出方法。
【請求項9】
前記音波伝搬経路算出処理において、前記音速プロファイルの複数のデータが前記距離方向において線形補間されることにより、観測誤差や音波伝搬中のゆらぎの影響による音波伝搬経路の算出誤差を極力小さくすることを特徴とする請求項7または8記載の水中物体までの水平距離算出方法。
【請求項10】
前記音波伝搬経路算出処理において、前記音波が水温躍層内で下向きに屈折し、さらに深海等温層で上向きに屈折するConvergence Zone伝搬経路、前記音波が混合層内を上向きに屈折しながら伝搬して海面で反射し、再度、上向きに屈折しながら伝搬する現象を繰り返すSurface Duct伝搬経路、または、音波が海底で反射して海面に達するBottom Bounce伝搬経路のうち、少なくとも1つの伝搬経路を特定して前記水中物体までの音波伝搬経路を算出することを特徴とすることを特徴とする請求項6、7、8または9記載の水中物体までの水平距離算出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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