説明

水性樹脂分散体の製造方法、及び該製造方法により得られる水性樹脂分散体、並びに水性塗料

【課題】短時間での塗膜形成が可能で、防食性に優れた硬化塗膜を形成することのできる水性樹脂分散体を提供する。
【解決手段】(a)エポキシ樹脂、(b)酸化重合性不飽和結合を有さないモノグリシジル化合物、(c)ダイマー酸、及び(d)酸化重合性不飽和結合を有さない多塩基酸、を重合反応させ、エポキシエステル樹脂を得る重合工程と、エポキシエステル樹脂に酸基含有ビニル系モノマーを含むビニル系モノマーをグラフト重合させてビニル変性エポキシエステル樹脂を形成するグラフト工程と、水性媒体中にビニル変性エポキシエステル樹脂を添加して、酸基を中和することにより、分散させる樹脂分散工程と、を備え、エポキシ樹脂(a)及びモノグリシジル化合物(b)の合計量に対する、モノグリシジル化合物(b)の割合は10〜70モル%、ダイマー酸(c)及び多塩基酸(d)の合計量に対するダイマー酸(c)の割合は30〜70モル%である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水性媒体にビニル変性エポキシエステル樹脂が分散されてなる水性樹脂分散体及びその製造方法、並びに、該水性樹脂分散体を用いた水性塗料に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、防錆塗料として有機溶剤を溶媒とする油性塗料が広く用いられているが、有機溶剤の使用は労働衛生上好ましくないとされており、また、環境負荷も高いとされている。このような観点から、近年、水性の防錆塗料の開発が進められている。しかしながら、水性の防錆塗料は耐水性に劣ったり、塗膜形成のための硬化時間が長いといった問題があった。
【0003】
水性の防錆塗料に用いられる樹脂成分としては、例えば、下記特許文献1及び下記特許文献2に開示されたような、ビニル変性エポキシエステル樹脂の水性樹脂分散体が知られている。
【0004】
特許文献1及び特許文献2には、ビスフェノール型エポキシ樹脂と不飽和脂肪酸及び二塩基酸を含有する酸成分とを反応させてエポキシエステル樹脂を形成し、該エポキシエステル樹脂に酸基含有モノマーを含むビニル系モノマーでグラフト反応させて得られたビニル変性エポキシエステル樹脂を中和することにより、水中に分散されたビニル変性エポキシエステル樹脂の水分散体が得られることが記載されている。そして、不飽和脂肪酸としては、大豆油脂肪酸、トール油脂肪酸、桐油脂肪酸、亜麻仁油脂肪酸等の乾性油や、綿実油等の半乾性油、オリーブ油等の不乾性油、これらの脂肪酸を精製して得られるオレイン酸、リノール酸、リノレン酸等の不飽和脂肪酸が挙げられている。このようなビニル変性エポキシエステル樹脂においては、エポキシエステル樹脂の主鎖末端に不飽和脂肪酸に由来する酸化重合性の不飽和二重結合が存在する。そして、このようなビニル変性エポキシエステル樹脂の水分散体を基材に塗布した場合には、分散媒体である水や揮発性成分が乾燥除去された後に、エポキシエステル樹脂の主鎖末端の不飽和二重結合が空気中の酸素と反応する酸化重合反応により、架橋構造が形成されて硬化塗膜が形成される。
【0005】
上述したような酸化重合反応は比較的遅い反応であり、充分に硬化された硬化塗膜が得られるまでには比較的長い時間を要する。酸化重合反応を促進させるために、ドライヤーと呼ばれるナフテン酸またはオクテン酸等のPb、Co、Mn、Zr塩のような硬化金属触媒等を配合する方法も知られている。しかしながら、ドライヤーを配合しても充分な初期硬化性が得られず、また、塗膜も防食性も充分なものではなかった。また、ドライヤーの活性が残る間は硬化塗膜が形成された後も酸化と同時に分解が進み、微量のホルムアルデヒドが発生する懸念もあった。
【0006】
また、工業ラインにおいては、乾燥および硬化を促進させるために加熱工程を設ける方法も行われている。しかしながら、このような、加熱工程を工業ラインに設けることは生産性の低下の原因になり、また、エネルギー負担コストも大きかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−282949号公報
【特許文献2】特開2008−001790号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、塗膜形成に長い時間を要する酸化重合反応を用いずに高い初期硬化性を有し、且つ、塗膜として要求される充分な密着性や耐衝撃性を備えた防食性に優れた硬化塗膜を形成することのできる水性樹脂分散体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る水性樹脂分散体の製造方法は、(a)エポキシ樹脂、(b)酸化重合性不飽和結合を有さないモノグリシジル化合物、(c)ダイマー酸、及び(d)酸化重合性不飽和結合を有さない多塩基酸、を重合反応させることによりエポキシエステル樹脂を得るエポキシエステル樹脂重合工程と、前記エポキシエステル樹脂に酸基含有ビニル系モノマーを含むビニル系モノマー液を滴下してグラフト重合させることにより、ビニル変性エポキシエステル樹脂を形成するグラフト重合工程と、塩基性化合物が溶解された水性媒体中に前記ビニル変性エポキシエステル樹脂を添加して、該ビニル変性エポキシエステル樹脂中の酸基を中和することにより、該ビニル変性エポキシエステル樹脂を該水性媒体中に分散させる樹脂分散工程とを備え、前記エポキシ樹脂(a)のエポキシモル当量及び前記モノグリシジル化合物(b)のエポキシモル当量の合計に対する、前記モノグリシジル化合物(b)のエポキシモル当量の割合が10〜70%モル当量であり、前記ダイマー酸(c)の酸基モル当量及び前記多塩基酸(d)の酸基モル当量の合計に対する、前記ダイマー酸(c)の酸モル当量の割合が30〜70%モル当量であることを特徴とする。エポキシ樹脂とカルボン酸とを反応させて得られるエポキシエステル樹脂に酸基含有モノマーを含むビニル鎖をグラフトさせて得られるビニル変性エポキシエステル樹脂を中和することにより、水性媒体に対する分散性、防食性、硬度、密着性を兼ね備えた硬化膜が得られる。そして、酸化重合性不飽和結合を有さないモノグリシジル化合物により主鎖末端が封鎖されたエポキシエステル樹脂を用いることにより、水及び揮発性成分の乾燥除去のみにより塗膜が形成される。そのために、不飽和脂肪酸により主鎖末端が封鎖されたエポキシエステル樹脂の様に水及び揮発性成分が乾燥した後に長時間をかけて酸化重合反応により架橋構造を形成させなくても、初期硬化性に優れた防錆塗膜が得られる。また、酸化重合反応を促進させるためのドライヤー(硬化金属触媒)を配合しなくても、短時間での乾燥及び硬化が可能である。従って、例えば工業ラインで工業品に塗膜を形成するような場合にも、加熱設備を必要とせずに常温で乾燥及び硬化することも可能である。
【0010】
前記酸化重合性不飽和結合を有さないモノグリシジル化合物(b)は、飽和有機酸のモノグリシジルエステル化合物であることが外観性に優れている点から好ましい。
【0011】
また、前記多塩基酸(d)は、(無水)フタル酸、イソフタル酸及び、テレフタル酸から選ばれる少なくとも1種の化合物を含有することが初期硬化性および硬度の点から好ましい。
【0012】
また、前記エポキシエステル樹脂100質量部に対する、前記ビニル系モノマー液の滴下量が10〜250質量部であることが、水性媒体に対する分散性、防食性、硬度、及び密着性のバランスに優れた硬化膜が得られる点から好ましい。
【0013】
また、本発明に係る水性樹脂分散体は、上記何れかに記載の水性樹脂分散体の製造方法により得られたことを特徴とする。このような水性樹脂分散体中に分散する前記ビニル変性エポキシエステルの平均粒子径は、50〜300nmの範囲であることが水性媒体に対する分散性、防食性、密着性の点から好ましい。
【0014】
また、上記製造方法により得られる水性樹脂分散体は、水性媒体にビニル変性エポキシエステル樹脂が分散されてなる水性樹脂分散体であって、前記ビニル変性エポキシエステル樹脂は、(a)エポキシ樹脂、(b)酸化重合性不飽和結合を有さないモノグリシジル化合物、(c)ダイマー酸、及び(d)酸化重合性不飽和結合を有さない多塩基酸、の重合物からなるエポキシエステル樹脂を主鎖とし、該主鎖に酸基含有ビニル系モノマー単位を構成単位として含有するビニル鎖がグラフト結合され、さらに、該ビニル鎖中の酸基が中和されており、前記エポキシ樹脂(a)のエポキシモル当量及び前記モノグリシジル化合物(b)のエポキシモル当量の合計に対する、前記モノグリシジル化合物(b)のエポキシモル当量の割合が10〜70%モル当量であり、前記ダイマー酸(c)の酸基モル当量及び前記多塩基酸(d)の酸基モル当量の合計に対する、前記ダイマー酸(c)の酸モル当量の割合が30〜70%モル当量であることを特徴とする。
【0015】
また、本発明に係る水性塗料は、上記何れかの水性樹脂分散体に顔料を分散させてなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
エポキシ樹脂とカルボン酸とを反応させて得られるエポキシエステル樹脂に酸基含有モノマー単位を含むビニル鎖をグラフトさせて得られるビニル変性エポキシエステル樹脂を中和することにより、水性媒体に対する分散性及び防食性に優れ、且つ、硬度、密着性、耐衝撃性を兼ね備えた防錆塗膜を得るための水性樹脂分散体が得られる。この場合において、酸化重合性不飽和結合を有さないモノグリシジル化合物によりエポキシエステル樹脂の主鎖末端を封鎖することにより、水性媒体の乾燥のみにより短時間で高い初期塗膜硬度を発現する塗膜が形成される。そのために、ドライヤー(硬化金属触媒)を配合しなくても、短時間で硬化が可能である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明に係る水性樹脂分散体の製造方法は、(a)エポキシ樹脂、(b)酸化重合性不飽和結合を有さないモノグリシジル化合物、(c)ダイマー酸、及び(d)酸化重合性不飽和結合を有さない多塩基酸、を重合反応させることによりエポキシエステル樹脂を得るエポキシエステル樹脂重合工程と、前記エポキシエステル樹脂に酸基含有ビニル系モノマーを含むビニル系モノマー液を滴下してグラフト重合させることにより、ビニル変性エポキシエステル樹脂を形成するグラフト重合工程と、塩基性化合物が溶解された水性媒体中に前記ビニル変性エポキシエステル樹脂を添加して、該ビニル変性エポキシエステル樹脂中の酸基を中和することにより、該ビニル変性エポキシエステル樹脂を該水性媒体中に分散させる樹脂分散工程と、を備え、前記エポキシ樹脂(a)のエポキシモル当量及び前記モノグリシジル化合物(b)のエポキシモル当量の合計に対する、前記モノグリシジル化合物(b)のエポキシモル当量の割合が10〜70%モル当量であり、前記ダイマー酸(c)の酸基モル当量及び前記多塩基酸(d)の酸基モル当量の合計に対する、前記ダイマー酸(c)の酸モル当量の割合が30〜70%モル当量であることを特徴とする。このような製造方法により得られる水性樹脂分散体は、ビニル変性エポキシエステル樹脂の酸化重合反応によらずに硬化されるために、短時間で高い初期塗膜硬度が得られる。また、酸化重合反応によらないために、加熱工程を設けたりドライヤー(硬化金属触媒)を配合したりしなくても、短時間で硬化させ、高い初期塗膜硬度を得ることができる。そのために、例えば、工業ラインにおいて工業品に塗膜を形成するような場合には、加熱設備を必要とせずに常温で硬化し、高い初期塗膜硬度を得ることも可能である。また、主鎖末端に不飽和脂肪酸に由来する不飽和二重結合を有するようなエポキシエステル樹脂を用いないために、ホルムアルデヒドの生成や放散を抑制することができる。また、活性な不飽和二重結合を有する樹脂を含有する水性塗料をスプレー塗装等する場合には、塗料のミストが堆積することを原因とする自然発火が発生する懸念があったが、本発明に係る水性樹脂分散体によれば、そのような懸念も払拭される。
【0018】
はじめに、本発明に係る水性樹脂分散体の製造方法における、エポキシエステル樹脂重合工程について説明する。
【0019】
エポキシエステル樹脂重合工程においては、(a)エポキシ樹脂、(b)酸化重合性不飽和結合を有さないモノグリシジル化合物、(c)ダイマー酸、及び(d)酸化重合性不飽和結合を有さない多塩基酸、を重合反応させることによりエポキシエステル樹脂を得る。詳しくは、エポキシ樹脂(a)のエポキシ基と、ダイマー酸(c)及び多塩基酸化合物(d)のカルボキシル基とが反応することにより重合反応が進行する。この場合において、エポキシ基とカルボキシル基との反応による重合反応において、伸長するエポキシエステル樹脂の主鎖末端のカルボキシル基にモノグリシジル化合物(b)のエポキシ基が反応することにより、適度な分子量の範囲になるように重合を停止させる。
【0020】
エポキシ樹脂(a)としては、1分子中に2個以上のグリシジル基を有するエポキシ樹脂であれば、特に限定なく用いられる。その具体例としては、例えば、ビスフェノールA型、ビスフェノールF型、ビスフェノールS型等のビスフェノール型エポキシ樹脂、フェノールノボラック型エポキシ樹脂、脂環式エポキシ樹脂、ポリオキシエチレンジグリシジルエーテル等のポリオキシアルキレンジグリシジルエーテル等が挙げられる。これらは単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。これらの中では、ビスフェノール型エポキシ樹脂が防食性、密着性の点から好ましく用いられる。
【0021】
酸化重合性不飽和結合を有さないモノグリシジル化合物(b)としては、酸化重合性不飽和結合を有さず、グリシジル基を一つ有する化合物であれば、特に限定なく用いられる。その具体例としては、例えば、ネオデカン酸グリシジルエステル、ヘキサヒドロフタル酸グリシジルエステル等の飽和有機酸のモノグリシジルエステル化合物;モノグリシジルエーテル化合物;メチルグリシジルエーテル、エチルグリシジルエーテル、ブチルグリシジルエーテル、2−エチルヘキシルグリシジルエーテル、フェニルグリシジルエーテル、トリルグリシジルエーテル、クレジルグリシジルエーテル等が挙げられる。これらは単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0022】
ダイマー酸(c)は、エポキシ樹脂(a)と反応することにより、得られるエポキシエステル樹脂に柔軟性を付与するために用いられる成分であり、また、ラジカル反応性の不飽和結合を有するために、後述するグラフト重合のグラフト鎖の起点ともなる。ダイマー酸(c)は、トール油脂肪酸、大豆油脂肪酸、綿実油脂肪酸、米糠油脂肪酸のような植物由来又は動物由来の不飽和脂肪酸(具体的には、炭素数8〜24、主として炭素数18の不飽和脂肪酸など)を重合し、蒸留精製することにより得られる脂肪酸である。ダイマー酸の一般的組成の一例としては、例えば、炭素数18の一塩基酸が0〜10質量%、炭素数36の二塩基酸が60〜99質量%、炭素数54の三塩基酸が30質量%以下であるようなものが挙げられる。ダイマー酸としては市販品として、例えばハリマ化成(株)製ハリダイマー200が入手しうる。
【0023】
酸化重合性不飽和結合を有さない多塩基酸(d)としては、酸化重合性の不飽和結合を有さない、複数、好ましくは2つのカルボキシル基を有する化合物であれば、特に限定なく用いられる。その具体例としては、(無水)フタル酸、イソフタル酸、テレフタル酸、テトラヒドロフタル酸、アジピン酸、セバシン酸等が挙げられる。
【0024】
エポキシエステル樹脂重合工程においては、はじめに、(a)エポキシ樹脂、(b)酸化重合性不飽和結合を有さないモノグリシジル化合物、(c)ダイマー酸、及び(d)酸化重合性不飽和結合を有さない多塩基酸、を含有するモノマー混合物を調製する。
【0025】
エポキシ樹脂(a)とモノグリシジル化合物(b)の配合割合としては、エポキシ樹脂(a)のエポキシモル当量及びモノグリシジル化合物(b)のエポキシモル当量の合計に対する、モノグリシジル化合物(b)のエポキシモル当量の割合が10〜70%モル当量であり、20〜60%モル当量、さらには20〜40%モル当量であることが好ましい。前記モノグリシジル化合物(b)のエポキシモル当量の割合が10%モル当量未満の場合には、得られるエポキシエステル樹脂の分子量が大きくなりすぎて、ゲル化しやすくなり、また、水性媒体に対する分散性が低下する。一方、モノグリシジル化合物(b)のエポキシモル当量の割合が70%モル当量を超える場合には、得られるエポキシエステル樹脂の分子量が小さくなりすぎて、塗膜の硬度や防食性が低下する。
【0026】
また、ダイマー酸(c)と多塩基酸(d)の配合割合としては、ダイマー酸(c)の酸基モル当量及び多塩基酸(d)の酸基モル当量の合計に対する、ダイマー酸(c)の酸基モル当量の割合が、30〜70%モル当量であり、30〜60モル%、さらには33〜50モル%であることが好ましい。ダイマー酸(c)の酸基モル当量の割合が30%モル当量未満の場合には得られる塗膜が硬くなりすぎて脆くなり、70%モル当量を超える場合には塗膜の硬化性が低下する。
【0027】
エポキシエステル樹脂の重合は、攪拌機、不活性ガス導入管、還流管及び温度計を備えたフラスコに上述したような組成のモノマー混合物、及び、必要に応じて重合開始剤及び溶媒を仕込み、窒素フローしながら、フラスコ内のモノマー混合物を重合反応が進行しうる温度で攪拌することにより行われる。
【0028】
重合触媒としては、4級アンモニウム塩等が好ましく用いられうる。4級アンモニウム塩の具体例としては、例えば、テトラメチルアンモニウムクロライド、テトラメチルアンモニウムブロマイド等のテトラ低級アルキルアンモニウムハライドや、トリメチルベンジルアンモニウムクロライド等のトリ低級アルキルベンジルアンモニウムハライド等が挙げられる。4級アンモニウム塩の添加量はとくに限定されないが、具体的には、エポキシ樹脂(a)及び酸化重合性不飽和結合を有さないモノグリシジル化合物(b)のグリシジル基1当量に対して、0.01〜0.50質量部、さらには、0.05〜0.30質量部、とくには0.08〜0.20質量部であることが好ましい。
【0029】
重合反応における反応温度は反応が進行する温度であれば特に限定されないが、具体的には、140〜200℃の範囲、とくには150〜190℃の範囲であることが好ましい。また、反応時間は1〜10時間、とくには2〜8時間であることが好ましい。
【0030】
重合反応は、無溶剤で反応させても、溶剤で希釈して反応させてもよい。
【0031】
重合反応の進行は、粘度変化をモニターすることにより確認することができる。そして、粘度上昇が終了したことを確認した後、通常、所定の時間、撹拌しながら熟成処理をすることにより重合反応が完結してエポキシエステル樹脂が得られる。
【0032】
このようにして得られるエポキシエステル樹脂の分子量としては、重量平均分子量が5,000〜60,000、さらには、10,000〜50,000であることが好ましい。なお、重量平均分子量はGPC(gel permeation chromatography)分析装置(東ソー(株)製:HCL−8220)にて、ポリスチレン換算により分子量を測定した。
上述のようにして得られたエポキシエステル樹脂は、常温では流動性が低いために、グラフト重合に際しては、予め、エチレングリコールモノブチルエーテルのような水溶性溶媒で希釈されることが好ましい。
【0033】
次に、上述のようにして得られたエポキシエステル樹脂に酸基含有ビニル系モノマーを含むビニル系モノマー液を滴下してグラフト重合することにより、ビニル変性エポキシエステル樹脂を形成するグラフト重合工程について説明する。グラフト重合工程においては、エポキシエステル樹脂のダイマー酸等に由来するラジカル重合性不飽和結合に、酸基含有ビニル系モノマー単位を構成単位として含むビニル鎖をグラフトさせることにより、エポキシエステル樹脂に水分散性、基材に対する密着性等が付与されたビニル変性エポキシエステル樹脂が得られる。
【0034】
グラフト重合に用いられるビニル系モノマー液は、酸基含有ビニル系モノマー及び、該酸基含有ビニル系モノマーと共重合可能なその他のビニル系モノマーを含有する。
【0035】
酸基含有ビニル系モノマーは、その酸基の中和によりエポキシエステル樹脂に水性溶媒に対する分散性を付与するために用いられる成分であり、カルボキシル基、スルホン酸基、ホスホン酸基のような酸基を有するビニル系モノマーであれば、特に限定なく用いることができる。酸基含有ビニル系モノマーの具体例としては、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸、クロトン酸、(無水)マレイン酸、フマル酸、(無水)シトラコン酸等のカルボキシル基含有ビニル系モノマーや、スチレンスルホン酸、ビニルスルホン酸、アリルスルホン酸、イソプレンスルホン酸、2−(メタ)アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸等のスルホン酸基含有ビニル系モノマー等が挙げられる。これらは、単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。また、これらの酸基は、予め中和されたものであってもよい。これらの中ではカルボキシル基含有ビニル系モノマーが、水分散性に優れている点から特に好ましい。
【0036】
酸基含有ビニル系モノマーと共重合可能なその他のビニル系モノマーとしては、酸基含有ビニル系モノマーと共重合可能なビニル系モノマーであれば特に限定なく用いられ、水性樹脂分散体の用途に応じて適宜選択される。酸基含有ビニル系モノマーと共重合可能なその他のビニル系モノマーの具体例としては、例えば、スチレン、α−メチルスチレン、ビニルトルエン、p−クロルスチレン等のスチレン系モノマー;メタクリル酸メチル、メタクリル酸エチル、メタクリル酸プロピル、メタクリル酸n−ブチル、メタクリル酸i-ブチル、メタクリル酸t−ブチル、メタクリル酸シクロヘキシル、メタクリル酸ベンジル等のメタクリル酸エステル;アクリル酸エチル、アクリル酸プロピル、アクリル酸n−ブチル、アクリル酸i-ブチル、アクリル酸t−ブチル、アクリル酸2−エチルヘキシル、アクリル酸シクロヘキシル、アクリル酸ベンジル等のアクリル酸アルキルエステル;アクリル酸2-ヒドロキシエチル、アクリル酸2-ヒドロキシプロピル、メタクリル酸2-ヒドロキシエチル、メタクリル酸2-ヒドロキシプロピル、メタクリル酸ポリエチレングリコール、メタクリル酸ポリプロピレングリコールなどの水酸基含有(メタ)アクリレート;アクリロイルモルホリン;アクリルアミド、メタアクリルアミド、ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド等のアミノ基含有(メタ)アクリルアミド、ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、ジエチルアミノエチル(メタ)アクリレート等の3級アミノ基含有(メタ)アクリレート;メトキシポリエチレングリコールアクリレート、メトキシポリエチレングリコールメタクリレート、メトキシジエチレングリコールメタクリレートなどのポリオキシアルキレン含有(メタ)アクリレートが挙げられる。
【0037】
ビニル系モノマー液中の酸基含有ビニル系モノマーの割合としては、5〜100質量%、さらには10〜50質量%の範囲であることが好ましい。
【0038】
グラフト化工程において添加されるビニル系モノマー液の添加割合は、水性樹脂分散体の用いられる用途に応じて適宜調整されるが、反応性や安定性等の点から、エポキシエステル樹脂100質量部に対して、10〜250質量部、さらには15〜150質量部の範囲であることが好ましい。ビニル系モノマー液の添加割合が低すぎる場合には、水分散性が悪化する傾向がある。また、ビニル系モノマー液の添加割合が高すぎる場合には、耐水性や防食性が低下する傾向がある。
【0039】
グラフト重合工程においては、攪拌機、不活性ガス導入管、還流管、滴下ロート、及び温度計を備えたフラスコに、所定の不揮発分濃度に調整されたエポキシエステル樹脂を仕込んで所定の温度に制御し、窒素フローしながら、フラスコ内のエポキシエステル樹脂を撹拌しながらビニル系モノマー液及び重合開始剤を滴下ロートから所定の時間をかけて滴下することにより、グラフト重合反応を進行させる。
【0040】
重合開始剤としては、特に制限がなく、各種の有機過酸化物やアゾ化合物を用いることができる。アゾ系化合物の具体例としては、例えば2,2’−アゾビスイソブチルニトリル、2,2’−アゾビスシアノバレロニトリル等が挙げられる。過酸化物の具体例としては、例えば、ターシャリーブチルペルオキシベンゾエート、ターシャリーブチルペルオキシ2-エチルヘキサノエート、ジターシャリーブチルペルオキシド、ターシャリーブチルペルオキシイソプロピルモノカルボネート等が挙げられる。重合開始剤の添加量としては、ビニル系モノマー液100質量部に対して、0.5〜5質量部程度であることが好ましい。
【0041】
グラフト重合工程における反応温度はグラフト重合反応が進行する温度であれば特に限定されないが、使用する開始剤の半減期に応じて適宜選択される。具体的には半減期が0.1〜4時間、特には0.5〜3時間となるような反応温度であることが望ましい。
【0042】
上述のようにして、エポキシエステル樹脂にビニル系のグラフト鎖が形成されたビニル変性エポキシエステル樹脂が得られる。なお、グラフト重合工程においては、ビニル系モノマーの一部はグラフトせずに単独で重合して水性媒体中に分散していてもよい。
【0043】
次に、ビニル変性エポキシエステル樹脂を水中に分散して水性樹脂分散体とする樹脂分散工程について説明する。
【0044】
樹脂分散工程は、塩基性化合物が溶解された水性媒体を撹拌しながらビニル変性エポキシエステル樹脂を添加して、ビニル変性エポキシエステル樹脂中の酸基を中和することにより、ビニル変性エポキシエステル樹脂を水に分散させる工程である。
【0045】
ビニル変性エポキシエステル樹脂を中和するための塩基性化合物としては、アンモニア、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどの無機の塩基性化合物や、メチルアミン、エチルアミン、n-ブチルアミン、ジメチルアミン、ジエチルアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、メチルエタノールアミン、ジメチルエタノールアミン、ジエチルエタノールアミンなどの有機の塩基性化合物等が用いられる。
【0046】
水性媒体中の塩基性化合物の濃度としては、酸基含有ビニル系モノマー100%モル当量に対して、65〜140%モル当量、さらには70〜100%モル当量であることが好ましい。
【0047】
樹脂分散工程においては、塩基性化合物が溶解された水性媒体を20〜60℃程度の温度で、撹拌しながらビニル変性エポキシエステル樹脂を滴下することが好ましい。
【0048】
水の量としては、滴下されるビニル変性エポキシエステル樹脂溶液100質量部に対し、85〜270質量部、さらには95〜150質量部であることが好ましい。
【0049】
なお、上述した樹脂分散工程においては、得られる塗膜の耐水性の低下を抑制する点から、界面活性剤を含有しない水性媒体中にビニル変性エポキシエステル樹脂を分散させることが好ましい。しかしながら、分散安定性を向上させたり、分散する樹脂の粒子径を調整するために、必要に応じて、本発明の目的を阻害しない範囲で界面活性剤を溶解した水性媒体中にビニル変性エポキシエステル樹脂を分散させてもよい。
【0050】
水性媒体中に溶解される界面活性剤の具体例としては、アニオン性界面活性剤、ノニオン性界面活性剤、両性界面活性剤などが挙げられる。アニオン性界面活性剤の具体例としては、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムなどのアルキルベンゼンスルホン酸塩、脂肪酸塩、ロジン酸塩、アルキル硫酸エステル、アルキルスルホコハク酸塩、α−オレフィンスルホン酸塩、アルキルナフタレンスルホン酸塩、ポリオキシエチレンアルキル(アリル)硫酸エステル塩などが挙げられる。また、ノニオン性界面活性剤としては、炭素数1〜20のアルカノール、フェノール、ナフトール、ビスフェノール類、炭素数1〜20のアルキルナフトール、ポリオキシエチレン(プロピレン)グリコール、脂肪族アミンなどのエチレンキシド及び/又はプロピレンオキシド付加物などが挙げられる。また、両性界面活性剤としては、カルボキシベタイン型、スルホベタイン型、アミノカルボン酸型、イミダゾリン誘導型などの界面活性剤が挙げられる。
【0051】
また、耐水性の低下を抑制するためにグラフト重合工程において用いられるビニル系モノマー液中に、反応性乳化剤を配合することによりグラフト鎖中に界面活性剤を組み込んでもよい。このような反応性乳化剤の具体例としては、ラジカル重合性の不飽和二重結合を有するポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルエーテルの硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテルのスルホコハク酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルの硫酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルのスルホコハク酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテルのリン酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテルのリン酸エステル塩、ポリオキシエチレンアルキルエーテルの脂肪族、或は芳香族カルボン酸塩、さらにこれらの構造を基本骨格とした各種誘導体等が挙げられる。
【0052】
上述した界面活性剤は、単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0053】
このような樹脂分散工程により、水中にビニル変性エポキシエステル樹脂が分散された水性樹脂分散体が得られる。
【0054】
水性樹脂分散体中に分散するビニル変性エポキシエステルの平均粒子径としては、50〜300nm、さらには70〜200nmの範囲であることが好ましい。前記平均粒子径が大きすぎる場合には、粒子安定性が悪化する傾向がある。また、前記平均粒子径が小さすぎる場合には、防食性が低下する傾向がある。なお、平均粒子径は粒子径測定装置(日機装(株)製:マイクロトラックMT3000)にて レーザー光散乱法により測定された値である。
【0055】
このようにして得られた水性樹脂分散体はそのままで、水性塗料として用いても、さらに、各種顔料や添加剤を配合した塗料組成物からなる水性塗料として用いてもよい。
【0056】
塗料組成物に配合される顔料としては、着色顔料、体質顔料、及び防錆顔料が挙げられる。
【0057】
着色顔料の具体例としては、例えば、カーボンブラック、フタロシアニン・ブルー等の各種有機顔料や、酸化チタン、酸化鉄、チタンイエロー等の各種無機顔料が挙げられる。また、体質顔料の具体例としては、タルク、クレー、炭酸カルシウム等が挙げられる。また、防錆顔料の具体例としては、例えば、リン酸亜鉛、トリポリリン酸アルミニウム、亜リン酸亜鉛等のリン酸塩類;塩基性モリブデン酸亜鉛、モリブデン酸カルシウム等のモリブデン酸塩類;メタホウ酸バリウム、メタホウ酸カルシウム、カルシウムボロシリケート等のホウ酸塩類;雲母状酸化鉄、磁性フェライト等の鉄酸化物類;塩基性クロム酸鉛、ジンクロメート、ストロンチウムクロメート、クロム酸バリウム等のクロム酸塩類;タングステン酸亜鉛、タングステン酸カルシウム等の塩基性タングステン酸塩類;鉛酸カルシウム、鉛丹、鉛シアナミド等の鉛系化合物等が挙げられる。これらは、単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0058】
また、塗料組成物に配合される添加剤としては、公知の各種顔料分散剤、各種沈降防止剤、各種増粘剤、各種消泡剤、各種紫外線防止剤、各種レベリング剤などが挙げられる。
【0059】
なお、酸化重合反応により乾燥および硬化される従来の水性樹脂分散体においては、酸化重合反応を促進させるために、通常、ドライヤーと呼ばれるナフテン酸またはオクテン酸等のPb、Co、Mn、Zr塩のような硬化金属触媒等が配合される。しかしながら、本発明に係る水性樹脂分散体から得られる塗膜においては、酸化重合反応によって乾燥および硬化されるものではないために、ドライヤーを配合しなくとも、水分および揮発性成分の除去のみで乾燥および硬化されるために、初期硬化性に優れた水性塗料が得られる。
【0060】
本発明の水性塗料は防食性、密着性、耐水性に優れるために、下塗り錆止め用途に好ましく用いられ、さらに、光沢や耐候性にも優れるために、上塗り兼用のワンコート塗料にも好ましく用いられうる。
【実施例】
【0061】
以下に、本発明を実施例によりさらに詳しく説明する。なお、本発明の範囲は以下の実施例により何ら限定されるものではない。
【0062】
[実施例1]
〈エポキシエステル樹脂重合工程〉
攪拌機、不活性ガス導入管、還流管及び温度計を備えたフラスコに、窒素を通気しながら、エポキシ樹脂(a)として、ビスフェノールA型エポキシ樹脂(重量平均分子量380、エポキシ当量190;ジャパンエポキシレジン(株)製、JER828)20.5部(質量部、以下同様)、ビスフェノールA型エポキシ樹脂(重量平均分子量960、エポキシ当量480;ジャパンエポキシレジン(株)製、JER1001)8.8部、モノグリシジル化合物(b)として、ネオデカン酸グリシジルエステル(ヘキシオンスペシャルティケミカルズジャパン(株)製、カージュラN10、エポキシ当量250)11部、ダイマー酸(酸基当量290.5;ハリマ化成(株)製、ハリダイマー200)17.6部、多塩基酸(d)として、テレフタル酸4.7部、無水フタル酸4.4部、テトラメチルアンモニウムクロライド0.03部を仕込み、攪拌しながら180℃まで昇温し、180℃に保持したまま粘度が上昇しなくなるまで反応させて、エポキシエステル樹脂を得た。そして、得られたエポキシエステル樹脂をエチレングリコールモノブチルエーテル33部で希釈することにより、不揮発分67%のエポキシエステル樹脂溶液を得た。
【0063】
〈エポキシエステル樹脂のグラフト重合工程〉
攪拌機、不活性ガス導入管、還流管、温度計及び滴下漏斗を備えたフラスコに、窒素を通気しながらエポキシエステル樹脂重合工程で得た不揮発分67%のエポキシエステル樹脂溶液77.7部(固形分52.1部)を仕込み145℃に昇温した。次に、滴下漏斗にアクリル酸n-ブチル0.4部、アクリル酸3.1部、メタクリル酸メチル2部、スチレン16.8部、ジターシャリーブチルペルオキシド0.67部を仕込み、145℃を保ちながら、3時間かけてエポキシエステル樹脂に滴下した。その後、145℃で3時間熟成することにより、ビニル変性エポキシエステル樹脂の樹脂溶液を得た。
【0064】
〈樹脂分散工程〉
攪拌機、還流管及び温度計を備えたフラスコに、トリエチルアミン1.7部、イオン交換水50.7部を仕込み、室温で攪拌した。
【0065】
そこへグラフト重合工程で得られたビニル変性エポキシエステル樹脂の樹脂溶液47.6部を滴下し、60℃で1時間保持することにより不揮発分35質量%の水性樹脂分散体Aを得た。得られた水性樹脂分散体AのpH及び平均粒子径を表1に示す。
[実施例2]
エポキシエステル樹脂重合工程において、ビスフェノールA型エポキシ樹脂(JER1001)に変えて、ポリオキシエチレンジグリシジルエーテル(エポキシ当量270;共栄社化学(株)製、エポライト400E、)を用いた表1の組成に従ってエポキシエステル樹脂を重合したこと以外は実施例1と同様にして水性樹脂分散体Bを得た。得られた水性樹脂分散体BのpH及び平均粒子径を表1に示す。
【0066】
[実施例3]
エポキシエステル樹脂重合工程において、ネオデカン酸グリシジルエステルの配合割合を高めた表1の組成に基づいて重合したこと等以外は実施例1と同様にして、水性樹脂分散体Cを得た。得られた水性樹脂分散体CのpH及び平均粒子径を表1に示す。
【0067】
[実施例4]
グラフト重合工程において、エポキシエステル樹脂溶液の配合割合を高めた表1の組成に基づいてグラフト重合したこと等以外は実施例3と同様にして、水性樹脂分散体Dを得た。得られた水性樹脂分散体DのpH及び平均粒子径を表1に示す。
【0068】
[実施例5]
グラフト重合工程において、エポキシエステル樹脂溶液の配合割合を低めた表1の組成に基づいてグラフト重合したこと等以外は実施例3と同様にして、水性樹脂分散体Eを得た。得られた水性樹脂分散体EのpH及び平均粒子径を表1に示す。
【0069】
[実施例6]
エポキシエステル樹脂重合工程において、モノグリシジル化合物(b)をネオデカン酸グリシジルエステルに変えて、2−エチルヘキシルグリシジルエーテル(日油(株)製、エピオールEM、エポキシ当量174)を用いた表1の組成に基づいて重合したこと等以外は実施例1と同様にして、水性樹脂分散体Fを得た。得られた水性樹脂分散体FのpH及び平均粒子径を表1に示す。
【0070】
[実施例7]
エポキシエステル樹脂重合工程において、ダイマー酸の配合割合を高めることにより、ダイマー酸(c)の酸基モル当量の割合が65.4%モル当量になる表1の組成に基づいて重合したこと等以外は実施例1と同様にして、水性樹脂分散体Gを得た。得られた水性樹脂分散体GのpH及び平均粒子径を表1に示す。
【0071】
[実施例8]
エポキシエステル樹脂重合工程において、ネオデカン酸グリシジルエステルの配合割合を高めることにより、モノグリシジル化合物(b)のエポキシモル当量の割合が67.3%モル当量になる表1の組成に基づいて重合したこと等以外は実施例1と同様にして、水性樹脂分散体Hを得た。得られた水性樹脂分散体HのpH及び平均粒子径を表1に示す。
[実施例9]
エポキシエステル樹脂重合工程において、テレフタル酸を用いる代わりに、イソフタル酸(酸基当量83)を用いた表1の組成に基づいて重合したこと等以外は実施例1と同様にして、水性樹脂分散体Iを得た。得られた水性樹脂分散体IのpH及び平均粒子径を表1に示す。
[比較例1]
エポキシエステル樹脂重合工程において、モノグリシジル化合物を用いる代わりに、飽和脂肪酸であるイソステアリン酸(酸基当量280)を用いた表2の組成に基づいて重合したこと等以外は実施例1と同様にして、水性樹脂分散体Jを得た。得られた水性樹脂分散体JのpH及び平均粒子径を表2に示す。
【0072】
[比較例2]
エポキシエステル樹脂重合工程において、モノグリシジル化合物を用いず、不飽和脂肪酸であるトール油脂肪酸(酸基当量280)及び亜麻仁油脂肪酸(酸基当量280)と、安息香酸(酸基当量122)を配合した表2の組成に基づいて重合したこと等以外は実施例1と同様にして、水性樹脂分散体Kを得た。得られた水性樹脂分散体KのpH及び平均粒子径を表2に示す。
【0073】
[比較例3]
エポキシエステル樹脂重合工程において、ネオデカン酸グリシジルエステルの配合割合を低めることにより、モノグリシジル化合物(b)のエポキシモル当量の割合が8.3%モル当量になる表2の組成に基づいて重合したこと等以外は実施例1と同様にして、エポキシエステル樹脂の重合を行ったところ、重合反応途中でゲル化した。
【0074】
[比較例4]
エポキシエステル樹脂重合工程において、ネオデカン酸グリシジルエステルの配合割合を高めることにより、モノグリシジル化合物(b)のエポキシモル当量の割合が72.5%モル当量になる表2の組成に基づいて重合したこと等以外は実施例1と同様にして、水性樹脂分散体Lを得た。得られた水性樹脂分散体LのpH及び平均粒子径を表2に示す。
【0075】
[比較例5]
エポキシエステル樹脂重合工程において、ダイマー酸の配合割合を低めることにより、ダイマー酸(c)の酸基モル当量の割合が28.3%モル当量になる表2の組成に基づいて重合したこと等以外は実施例1と同様にして、水性樹脂分散体Mを得た。得られた水性樹脂分散体MのpH及び平均粒子径を表2に示す。
【0076】
[比較例6]
エポキシエステル樹脂重合工程において、ダイマー酸の配合割合を高めることにより、ダイマー酸(c)の酸基モル当量の割合が73.3%モル当量になる表2の組成に基づいて重合したこと等以外は実施例1と同様にして、水性樹脂分散体Nを得た。得られた水性樹脂分散体NのpH及び平均粒子径を表2に示す。
【0077】
【表1】

【0078】
【表2】

【0079】
[実施例10〜18、及び比較例7〜13:水性塗料組成物の調製]
表3の配合組成に従って、水性樹脂分散体A〜N、酸化チタン(白色顔料:テイカ(株)製のJR-603)、防錆顔料(東邦顔料(株)製 EXPERT NP530 リン酸亜鉛系)、硬化金
属触媒(東栄化工(株)製 ハイキュアーMIX(Co=1.2%、Zr=1.2%、K=3.8%))、増粘剤
(株式会社ADEKA製アデカノールUH-438)、及び消泡剤(サンノプコ(株)製 SNデフォーマ777)を配合した。そしてガラスビーズ25部を加えた後、ホモディスパー(特殊機化工業(株)製)を用いて、回転数3000rpmで25分間分散処理した。そして、ビーズを金網で分離除去することにより、実施例10〜18及び比較例7〜13の水性塗料組成物を得た。いずれの水性樹脂分散体を用いた場合にも、水性塗料のPWC(顔料重量濃度)が46%、塗料不揮発分が50質量%になるように調整した。
【0080】
そして、得られた水性塗料組成物を以下の評価方法により評価した。
【0081】
(鉛筆硬度試験)
調製された水性塗料組成物を、冷間圧延鋼板SPCC-D(ダル)(150mm×70mm×0.8mm)にバーコーターNo.65を用いて乾燥膜厚35〜45μmになる条件で塗布した。なお、冷間圧延鋼板は、予め溶剤で脱脂した後、サンドペーパー(#240)で研磨することにより表面粗化したものを用いた。そして、水性塗料組成物の塗布直後から、1日後、及び7日後の塗膜に対して、鉛筆硬度試験(破壊)を行った。なお、鉛筆硬度試験においては、各種硬度の三菱鉛筆(株)製「ユニ」を用いた。なお、6B未満の硬度の場合は×を示す。
【0082】
(乾燥性)
調製された各水性塗料組成物を、冷間圧延鋼板SPCC-D(ダル)(150mm×70mm×0.8mm)にバーコーターNo.65を用いて硬化膜厚35〜45μmになる条件で塗布した。なお、冷間圧延鋼板は、予め溶剤で脱脂した後、サンドペーパー(#240)で研磨することにより表面粗化したものを用いた。そして、水性塗料組成物の塗布直後から、塗面に指で触れ、指先が塗料で汚れなくなるまでの時間(指触)、塗面に静かに触って塗膜にすり痕がつかなくなるまでの時間(半硬化時間)、塗面を親指と人差し指で強く挟んでも指紋による凹みがつかず、塗膜の動きが感じられなくなるまでの時間(硬化時間)を測定した。
【0083】
(耐塩水噴霧性)
塩水噴霧試験機(スガ試験機株式会社製:STP-90)の試験槽を35℃に設定した後、5%塩化ナトリウム水溶液を噴霧・飽和させた。そして、上述した「鉛筆硬度試験」と同様にして得た、塗布直後から7日後の試験用塗膜板の塗膜に素地に達するスクラッチを形成した後、試験槽内に配置し、120時間放置した。そして、120時間経過後、試験用塗膜板を取出し、自然乾燥させた。そして、スクラッチ部にセロファン粘着テープを貼った後、剥離したときの状態を以下の基準で判定した。
優:剥離幅が1mm未満であり、極めて防食性に優れていた。
良:剥離幅が1mm以上2mm未満であった。
普通:剥離幅が2mm以上3mm未満であった。
劣:剥離幅が3mm以上であり、錆の発生が顕著であった。
【0084】
(密着性)
上述した「鉛筆硬度試験」と同様にして得た、塗布直後から7日後の試験用塗膜板の塗膜に、1cm2当たり100個の碁盤目の傷をガイドに沿ってカッターで形成した。そして、碁盤目の傷が形成された部分にセロファン粘着テープを貼り付けた後、セロファン粘着テープを剥離した(碁盤目試験)。そして、碁盤目により形成された100個のマスのうち、セロファン粘着テープの剥離により、塗膜が剥離しなかったマスの数を数えた。
【0085】
(2次密着性)
上述した「耐塩水噴霧性」にて処理された、試験用塗膜板の塗膜に対して、「密着性」の評価と同様にして碁盤目試験を行った。
【0086】
(耐衝撃性)
上述した「鉛筆硬度試験」と同様にして得た、塗布直後から7日後の試験用塗膜板の塗膜の耐衝撃性を、500gのおもりを用いたデュポン式衝撃性試験により評価した。なお、評価結果の数値は塗膜に割れやはがれの発生しなかった落下高さで示した。
【0087】
(外観)
上述した「鉛筆硬度試験」と同様にして得た、塗布直後から7日後の試験用塗膜板の外観を目視により観察し、優:塗膜の均一性が良好、良:塗膜の均一性がほぼ良好、劣:塗膜に著しい縮みが発生した、の基準により判定した。
結果を表3に示す。
【0088】
【表3】

【0089】
表3の結果から、実施例1〜9により得られた水系樹脂分散体A〜Iを用いて得られた実施例10〜18の水性塗料は、鉛筆硬度試験による塗布1日後の硬度が高く、初期硬化性に優れており、また、耐塩水噴霧性、密着性、2次密着性、耐衝撃性、塗膜外観にも優れていることがわかる。一方、実施例1に対して、ネオデカン酸グリシジルエステルを用いる代わりにイソステアリン酸を用いた比較例1で得られた水系樹脂分散体Jを用いた比較例7の水性塗料は、耐塩水噴霧性及び2次密着性が劣っていることがわかる。また、実施例1に対して、ネオデカン酸グリシジルエステルを用いる代わりに、トール油脂肪酸及び亜麻仁油脂肪酸と安息香酸とを用いた比較例2で得られた水系樹脂分散体Kを用いた比較例8の水性塗料は、初期硬化性が非常に悪く、また、耐塩水噴霧性、2次密着性、及び塗膜外観も劣っていることがわかる。また、比較例8に対して、硬化金属触媒を配合した比較例9の水性塗料も初期硬化性が悪く、また、耐塩水噴霧性も充分ではないことがわかる。また、比較例9に対して、酸化チタンの一部を防錆顔料に置き換えた比較例10の水性塗料は、比較例9の水性塗料に比べて耐塩水噴霧性は改善されたが、初期硬化性は向上しないことがわかる。また、実施例1に対して、エポキシエステル樹脂重合工程において、モノグリシジル化合物(b)のエポキシモル当量の割合を8.3%モル当量になるような組成に変更して重合した比較例3においては、エポキシエステル樹脂の重合途中でゲル化した。また、実施例1に対して、エポキシエステル樹脂重合工程において、モノグリシジル化合物(b)のエポキシモル当量の割合が72.5%モル当量になるような組成に変更して重合した比較例4で得られた水性樹脂分散体Lを用いた比較例11の水性塗料は、エポキシエステル樹脂の分子量が小さすぎるために初期硬化性及び耐塩水噴霧性が劣っていることがわかる。また、実施例1に対して、エポキシエステル樹脂重合工程において、ダイマー酸(c)の酸基モル当量の割合が28.3%モル当量になるような組成に変更して重合した比較例5で得られた水性樹脂分散体Mを用いた比較例12の水性塗料は、塗膜硬度が高く鉛筆硬度試験に優れていることが分かるが、耐衝撃性が劣っていることが分かる。また、実施例1に対して、エポキシエステル樹脂重合工程において、ダイマー酸(c)の酸基モル当量の割合が73.3%モル当量になるような組成に変更して重合した比較例6で得られた水性樹脂分散体Nを用いた比較例13の水性塗料は、硬化性が悪く、また、塗膜硬度も低く、耐塩水噴霧性も劣っていることがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)エポキシ樹脂、(b)酸化重合性不飽和結合を有さないモノグリシジル化合物、(c)ダイマー酸、及び(d)酸化重合性不飽和結合を有さない多塩基酸、を重合反応させることによりエポキシエステル樹脂を得るエポキシエステル樹脂重合工程と、
前記エポキシエステル樹脂に酸基含有ビニル系モノマーを含むビニル系モノマー液を滴下してグラフト重合させることにより、ビニル変性エポキシエステル樹脂を形成するグラフト重合工程と、
塩基性化合物が溶解された水性媒体中に前記ビニル変性エポキシエステル樹脂を添加して、該ビニル変性エポキシエステル樹脂中の酸基を中和することにより、該ビニル変性エポキシエステル樹脂を該水性媒体中に分散させる樹脂分散工程と、を備え、
前記エポキシ樹脂(a)のエポキシモル当量及び前記酸化重合性不飽和結合を有さないモノグリシジル化合物(b)のエポキシモル当量の合計に対する、前記酸化重合性不飽和結合を有さないモノグリシジル化合物(b)のエポキシモル当量の割合が10〜70%モル当量であり、
前記ダイマー酸(c)の酸基モル当量及び前記多塩基酸(d)の酸基モル当量の合計に対する、前記ダイマー酸(c)の酸基モル当量の割合が30〜70%モル当量であることを特徴とする水性樹脂分散体の製造方法。
【請求項2】
酸化重合性不飽和結合を有さないモノグリシジル化合物(b)が飽和有機酸のモノグリシジルエステル化合物である請求項1に記載の水性樹脂分散体の製造方法。
【請求項3】
前記多塩基酸(d)が(無水)フタル酸、イソフタル酸及び、テレフタル酸から選ばれる少なくとも1種の化合物を含有する請求項1または2に記載の水性樹脂分散体の製造方法。
【請求項4】
前記エポキシエステル樹脂100質量部に対する、前記ビニル系モノマー液の滴下量が
10〜250質量部である請求項1〜3の何れか1項に記載の水性樹脂分散体の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜4の何れか1項に記載の水性樹脂分散体の製造方法により得られた水性樹脂分散体。
【請求項6】
前記水性樹脂分散体中に分散する前記ビニル変性エポキシエステルの平均粒子径が50〜300nmの範囲である請求項5に記載の水性樹脂分散体。
【請求項7】
水性媒体にビニル変性エポキシエステル樹脂が分散されてなる水性樹脂分散体であって、
前記ビニル変性エポキシエステル樹脂は、(a)エポキシ樹脂、(b)酸化重合性不飽和結合を有さないモノグリシジル化合物、(c)ダイマー酸、及び(d)酸化重合性不飽和結合を有さない多塩基酸、の重合物からなるエポキシエステル樹脂を主鎖とし、該主鎖に酸基含有ビニル系モノマー単位を構成単位として含有するビニル鎖がグラフト結合され、さらに、該ビニル鎖中の酸基が中和されており、
前記エポキシ樹脂(a)のエポキシモル当量及び前記酸化重合性不飽和結合を有さないモノグリシジル化合物(b)のエポキシモル当量の合計に対する、前記酸化重合性不飽和結合を有さないモノグリシジル化合物(b)のエポキシモル当量の割合が10〜70%モル当量であり、
前記ダイマー酸(c)の酸基モル当量及び前記多塩基酸(d)の酸基モル当量の合計に対する、前記ダイマー酸(c)の酸モル当量の割合が30〜70%モル当量であることを特徴とする水性樹脂分散体。
【請求項8】
酸化重合性不飽和結合を有さないモノグリシジル化合物(b)が飽和有機酸のグリシジルエステル化合物である請求項7に記載の水性樹脂分散体。
【請求項9】
請求項5または6の何れか1項に記載の水性樹脂分散体に顔料を分散させてなることを特徴とする水性塗料。
【請求項10】
請求項7または8に記載の水性樹脂分散体に顔料を分散させてなることを特徴とする水性塗料。

【公開番号】特開2011−21052(P2011−21052A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−164653(P2009−164653)
【出願日】平成21年7月13日(2009.7.13)
【出願人】(000233860)ハリマ化成株式会社 (167)
【Fターム(参考)】