説明

水性溶液組成物

【課題】「1液」でのポットライフがあり、かつ基材へ塗布・含浸後に常温乾燥でもキトサン被膜を水不溶化ができ、さらにはキトサン被膜の黄変が少ないキトサン組成物を提供すること。
【解決手段】脱アセチル化チキンおよび/または脱アセチル化チキン誘導体とグリオキシル酸とを必須成分として含有することを特徴とする組成物。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脱アセチル化キチンおよび/または脱アセチル化キチン誘導体(以下両者を「キトサン」といい、この「キトサン」はキトサンの誘導体も含む)を含む水性溶液組成物(以下単に「組成物」という場合がある)に関し、さらに詳しくはキトサンとグリオキシル酸とを必須成分として含有する組成物、該組成物から生成される含溶液ゲル、水不溶性キトサン被膜、並びに該組成物で基材を処理してなる物品に関する。
【背景技術】
【0002】
キチン、キトサンが天然由来の機能性多糖として注目され、種々の分野で利用されている。キチン、キトサンは慣用名であり、両者を明確に区別する公式に統一された定義はない。そこで本発明ではN−アセチルグルコサミンのみからなる多糖をキチンと呼び、N−アセチルグルコサミンとグルコサミンが共存若しくはグルコサミンのみからなる多糖またはその誘導体を本発明ではキトサンと呼ぶこととする。キトサンは天然に存在することが知られており、しかも工業生産されている数少ないアミノ多糖で、そのアミノ基に由来する機能、例えば、酸性物質の吸着能、その結果生じるカチオン性が多方面で利用されている。具体的にはキトサンと繊維とを種々の方法で複合したものが、抗菌防臭繊維として販売されている。
【0003】
繊維とキトサンとを複合する方法として最も簡便な方法の一つが、キトサンの希酸水溶液を繊維若しくは繊維製品に塗布・含浸および乾燥する方法である。この方法による処理によって繊維製品に抗菌防臭機能を付与することができる。しかし、この処理では繊維に付与されたキトサンが水不溶化されていないために、洗濯によって繊維からキトサンが容易に流失してしまい、いわゆるキトサン処理繊維の洗濯堅牢度が確保できない。このキトサンの洗濯堅牢度確保のみならず、キトサンを活用するうえで、キトサンを任意に水不溶化することが、重要なキーテクノロジーとなる。このため、キトサンを水不溶化するための種々の方法が試みられている。
【0004】
例えば、キトサンを酸性水溶液に加えてキトサンを酸との塩(キトサン塩)として溶解した水溶液を、適当な基材に塗布・含浸・乾燥後、苛性ソーダや重曹などのアルカリ性水溶液で上記酸を中和して、水不溶性のキトサンを遊離させたり、基材に塗布・含浸されたキトサン塩をアルギン酸やカルボキシメチルセルロースなどのアニオン性ポリマー溶液で処理し、キトサンと上記アニオン性ポリマーとのポリイオンコンプレックスを形成して、キトサンを水不溶化することが試みられている。これらの方法でもキトサン塩を水不溶化することは可能であるが、得られるキトサンからなる被膜は、強度が十分ではないうえ、1液処理ではなく2液処理となるため、上記処理工程が長くなり、処理コスト面でも不利である。また、架橋剤を用いるキトサンの水不溶化についても種々の方法が試みられている。
なお、本発明において「1液」とは1種のみのキトサン溶液で被膜を形成することを意味し、「2液」とは、キトサン被膜の形成に際し、キトサン溶液と、キトサンを水不溶化する他の溶液(上記のアルカリ溶液、アニオン性ポリマー溶液、架橋剤溶液など)を使用して被膜を形成することを意味する。
【0005】
例えば、特許文献1では、アミノ基を有するキトサンを、グリシジルエーテル基を有するポリエチレングリコール誘導体で架橋させて水不溶化する技術が開示され、特許文献2では水溶性キトサンを、分子末端にカルバモイルスルフォネート基を有する水溶性ウレタンプレポリマーで架橋させて水不溶化する技術が記載されているが、いずれも被膜形成に際し150℃程度の熱処理が必要であり、上記技術は、感熱紙の処理の如く、高温処理ができない用途には利用できない。
【0006】
また、キトサン塩溶液にグリオキサールやグルタルアルデヒドなどのジアルデヒド化合物を混合した混合溶液は、基材に塗布・含浸後に加熱乾燥は勿論、常温乾燥においても水不溶性被膜を得ることができる。しかし、上記混合溶液は「1液」であるが、この「1液」溶液はポットライフ(耐用寿命)が短いため、使用に制限を受ける。そして何より、これらジアルデヒドを使用した架橋キトサン被膜は、経時的に強く黄変することが避けられず、黄変の少ない架橋キトサン被膜を形成し得る「1液」タイプのキトサン溶液の開発が望まれている。
【0007】
「1液」でのポットライフ性能を改善したキトサン溶液であって、該溶液から得られるキトサン被膜を水不溶化する方法の一つとして、本発明者らはキトサンと多塩基酸との水溶液が、「1液」として常温で長期にわたり安定で、かつ一旦これを基材に塗布・含浸・乾燥後、150℃以上で加熱処理するとキトサン被膜が水不溶性となることを開示している(特許文献3)。この方法は、加熱処理によって優れた耐水性を有するキトサン被膜を得ることができるが、上記方法では、常温(低温)乾燥においては、耐水性に優れたキトサン被膜を得ることができない。
【0008】
以上のように、「1液」でのポットライフがあり、かつ基材へ塗布・含浸後に常温乾燥でもキトサン被膜を水不溶化ができ、さらにはキトサン被膜の黄変が少ないキトサン組成物の開発が望まれていた。
【特許文献1】特開平11−247067号公報
【特許文献2】特開平4−253705号公報
【特許文献3】特開2003−206409号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記の問題点に鑑みて為された発明であって、本発明の目的は、「1液」でのポットライフがあり、かつ基材へ塗布・含浸後に常温乾燥でもキトサン被膜を水不溶化ができ、さらにはキトサン被膜の黄変が少ないキトサン組成物、該組成物から生成される含溶液ゲル、水不溶性キトサン被膜、並びに該組成物で処理してなる物品を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上述した目的を達成するため鋭意研究を重ねた結果、キトサンとグリオキシル酸とを必須成分として含有する組成物が、「1液」としてポットライフに優れ、一旦これを基材に塗布・含浸後、高温乾燥を要せず、常温乾燥でも水不溶化されたキトサン被膜の形成が可能であることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は、キトサンとグリオキシル酸とを必須成分として含有することを特徴とする組成物を提供する。
【0012】
上記組成物においては、キトサンの含有量が30質量%以下であること;グリオキシル酸の含有量が、キトサンの0.1〜3倍質量であること;キトサンが、分子内に少なくとも1個の1級アミノ基を有すること;グリオキシル酸以外に少なくとも1種の酸性成分を含むこと;酸性成分が、キトサンの溶解能を有することが好ましい。
【0013】
また、本発明は、上記本発明の組成物から形成されたことを特徴とする含溶液ゲル;上記本発明の組成物を乾燥して得られたことを特徴とする水不溶性キトサン被膜;上記本発明の組成物で基材を処理し、キトサンを水不溶化してなることを特徴とする複合体を提供する。
【0014】
上記基材は、例えば、板状、箔状、スポンジ状、繊維状或いは立体成型物であり、それらの材質は、金属、ガラス、セラミックス、コンクリート、紙、樹脂、木材、有機高分子或いは無機高分子であり得る。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、「1液」としてポットライフに優れ、一旦これを基材に塗布・含浸後、高温乾燥を要せず、常温乾燥でも水不溶化されたキトサン被膜の形成が可能である組成物、該組成物から生成される含溶液ゲル、水不溶性キトサン被膜、並びに該組成物で基材を処理してなる物品を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
次に好ましい実施の形態を挙げて本発明をさらに詳しく説明する。本発明者らは、従来の検討をさらに進めた結果、従来の高温加熱によるキトサン被膜の不溶化技術では為しえない、新たなキトサン被膜の水不溶化技術を開発した。
本発明の組成物は、該溶液を基材に塗布・含浸した後、加熱することなく、水不溶性のキトサン被膜を形成でき、同時にキトサン被膜の着色を抑えることができる。本発明の組成物は、キトサンとグリオキシル酸とを必須成分として、水性媒体(「水性媒体」とは、水を主たる溶媒とし、さらに有機溶媒を含有してもよいことを意味している)に溶解したものである。
【0017】
本発明に使用する脱アセチル化キチン(キトサン)とは、N−アセチルグルコサミンとグルコサミンが共存若しくはグルコサミンのみからなる多糖である。さらに、該キトサンを原料として化学修飾されたキトサン誘導体も含む。これらの各キトサンは単独または混合物として使用される。
【0018】
キトサンは、一般的に酸性水溶液に溶けるが、水には溶解しない。キチンは菌類の細胞壁の構成要素として存在することが知られている天然機能性高分子である。工業的にはカニやエビなどの甲殻類の外皮などから、塩酸処理によりカルシウムなどからなる灰分を、アルカリ処理によりタンパク質を除去してキチンが得られ、さらにキチンを脱アセチル化することによってキトサンは製造されている。いずれもキトサンを溶解する工程が無い不均一な反応による製造方法である。
【0019】
キチンが、N−アセチル−D−グルコサミンを主構成単位としているのに対し、キトサンは、D−グルコサミンを主構成単位とし、N−アセチル−D−グルコサミン単位もある程度は含まれている場合が殆どで、本発明では、それらの割合は限定されず、いずれのキトサンであってもよい。
【0020】
上記キトサンは、それ自体は既に工業的に生産されており、種々のグレードのものが市場から入手できる。これらの公知のキトサンはいずれも本発明で使用することができ、キトサンの脱アセチル化度や重合度に特別の制限はなく、用途に応じて最適なものを適宜選択すればよい。
【0021】
キトサンの脱アセチル化度についていえば、脱アセチル化度が25モル%以上のキトサンが本発明では好ましく、より好ましくはキトサン誘導体の合成の容易性を考えれば、脱アセチル化度が40〜100モル%のキトサンが好ましい。キトサンの脱アセチル化度は従来から公知であるコロイド滴定にて測定される。
【0022】
(脱アセチル化度測定方法)
キトサンの脱アセチル化度は、コロイド滴定により測定された滴定量から算出することができる。具体的には、指示薬にトルイジンブルー溶液を用い、ポリビニル硫酸カリウム水溶液でコロイド滴定することにより、キトサン分子における遊離アミノ基を定量し、キトサンの脱アセチル化度を求める。以下、本発明における試料調製および滴定試験は約20℃の室温にて行った。
【0023】
(脱アセチル化度測定における試料調製と滴定試験)
0.5質量%酢酸水溶液に所定量のキトサンを添加し、キトサン純分濃度が0.5質量%となる調製液を正確に100gとし、攪拌溶解する。次にこの調製液10gとイオン交換水90gとを正確に採取し、攪拌混合して、0.05質量%のキトサン溶液を調製する。さらにこの0.05質量%キトサン溶液から10gを正確に量り取り、そこにイオン交換水50ml、トルイジンブルー溶液約0.2mlを添加し、ポリビニル硫酸カリウム溶液(N/400PVSK)にて遊離アミノ基を滴定する。滴定速度を2ml/分〜5ml/分とし、測定溶液が青から赤紫色に変色後、30秒間以上保持する点を終点の滴定量とする。
【0024】
(空試験)
上記滴定試験に使用した調製液の代わりに、イオン交換水を使用し、同様の滴定試験を行う。
【0025】
(計算方法)
X=1/400×161×f×(V−B)/1000=0.4025×f×(V−B)/1000
Y=0.5/100−X
X:キトサン中の遊離アミノ基質量(グルコサミン残基質量に相当)
Y:キトサン中の結合アミノ基質量(N−アセチルグルコサミン残基質量に相当)
f:N/400PVSKの力価
V:試料の滴定量(ml)
B:空試験滴定量(ml)
脱アセチル化度(モル%)=(遊離アミノ基)/{(遊離アミノ基)+(結合アミノ基)}×100=(X/161)/(X/161+Y/203)×100
なお、161はグルコサミン残基の当量分子量、203はN−アセチルグルコサミン残基の当量分子量である。
【0026】
また、特に低脱アセチル化度のキトサンの脱アセチル化度の測定には、以下の方法が有効である。例えば、キトサンをp−トルエンスルホン酸で加水分解し、遊離する酢酸をヨウ素に吸収させ、残存するヨウ素をチオ硫酸ナトリウムで滴定することによって酢酸のモル数(m)を求める。この(m)は同時にキトサン中のN−アセチルグルコサミン単位のモル数である。キトサン中のグルコサミン単位のモル数を(n)とすると、以下の通りである。
n=(キトサン 質量−203m)/161
脱アセチル化度(モル%)=n/(m+n)×100
【0027】
上記分析は基本的にEKEKとHARTEの方法(Ind.Eng.Chem.,Anal.Ed.8(4)267(1936))で行うが、キトサンは吸湿性が高いので、精秤することが難しい。そこで、以下の工夫を併用して分析を行う。
【0028】
キトサンを真空乾燥機中、減圧下、60℃で24時間予備乾燥させておく。別にパイレックス(登録商標)ガラス管の一端を溶融して閉じた後、膨らませて浮沈子を作製する。その大きさは以降の分析に使用するガラス容器に挿入できる大きさとする。この浮沈子の開放されている一端を密閉できるポリプロピレン製(以降の分析に障害をおこす物質を含まないことを確認する。)の蓋を用意する。この浮沈子および蓋を真空乾燥機中、減圧下、60℃で24時間予備乾燥および乾燥剤入りデシケータを使用して常法により恒量にし、質量(A質量部)を測定しておく。次にこの浮沈子中にキトサンを入れ、ポリプロピレン製蓋とともに、浮沈子の開放されている一端を開放したまま上向きに垂直に立てて、真空乾燥機中、減圧下、60℃で24時間乾燥後、静かに減圧を解除し、常圧下105℃で2時間乾燥する。その後乾燥機を開け、乾燥機中で速やかに浮沈子の開放口をポリプロピレン製蓋で塞ぎ、デシケータ中で放冷して質量(B質量部)を測定する。
【0029】
次に浮沈子の蓋をはずし、EKEKとHARTE法の加水分解のためのガラスフラスコに入れる。その後ガラスフラスコの上部からガラス棒を入れ、フラスコ中の浮沈子の膨らんだ部分を割った後、ガラス棒をフラスコ中で少量の蒸留水にて洗浄後、引き抜いて、滴下ロート、コンデンサー、受け器、減圧ライン、キトサン以外の試薬をEKEKとHARTE法の通りセットする。念のため、加水分解時間は5時間とし、その後は生成した酢酸のヨウ素液への吸収、ヨウ素液のチオ硫酸ナトリウム滴定を行い、滴定量から酢酸のモル数(m)を求め、これと仕込んだキトサン質量(B−A)を使用して上記式により脱アセチル化度を算出する。
【0030】
また、本発明においては、キトサンとして、キトサンを1質量%含有する酢酸水溶液の粘度が1mPa・s〜10,000mPa・sとなるキトサンを使用するのが好ましい。粘度測定において詳しくは、キトサンの純分濃度が1質量%になるよう調製した酢酸水溶液を恒温槽にて20℃に保ちながらB型回転粘度計を使用し、30rpm条件にて測定可能なローター選定により粘度測定を行った。純分とは、キトサン試料における固形分換算を意味し、具体的には、キトサン試料を105℃、2時間乾燥して求められる固形分質量である。
【0031】
上記粘度が1mPa・s未満では、水不溶化後にキトサン被膜の有効な性質が得られず、一方、上記粘度が、10,000mPa・sを超えるキトサンでは、粘度が高過ぎて、キトサン溶液の扱いと水不溶化処理が非効率となる。すなわち、本発明で用いるキトサンは、キトサンの有用な特性と反応性を効果的に得る点で、脱アセチル化度が40モル%〜100モル%であって、かつキトサンを1質量%含有するキトサン水溶液の粘度が、2mPa・s〜1,000mPa・sとなるキトサンがより好ましい。
【0032】
本発明で使用するキトサン誘導体とは、上記キトサンを原料とし、従来公知の方法でキトサンを化学修飾して得られる誘導体である。キトサン誘導体としては、例えば、キトサンのアルキル化物、アリル化物、アシル化物、硫酸化物、リン酸化物などが挙げられる。具体的には、出発物質であるキトサンの水酸基および/またはアミノ基に、メチル基、エチル基などのアルキル基、ヒドロキシエチル基、ヒドロキシプロピル基、ヒドロキシブチル基、ジヒドロキシプロピル基などのヒドロキシアルキル基、カルボキシメチル基、カルボキシエチル基などのカルボキシアルキル基、サクシニル基、イタコノイル基、マレオイル基、グルタロイル基、フタロイル基などのカルボキシアシル基、グリコロイル基、ラクトイル基などのヒドロキシアシル基、チオグリコロイル基などのチオアシル基、硫酸基、リン酸基を単独若しくは2種以上を組み合わせて導入した誘導体およびそれの塩が挙げられる。
【0033】
さらに、キトサンの水酸基および/またはアミノ基に、アクリル酸、メタクリル酸、アクリルアミド、アクリル酸エステル、アクリルニトリルなどのビニル化合物を付加させて得られる化合物、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、グリオキシル酸並びにラクトース、デキストラン、D−グルコース、D−グルコサミン、セロビオースなどの還元糖を含むアルデヒド化合物をキトサンの水酸基および/またはアミノ基と反応させてシッフ塩基を形成した後、シアノ水素化ホウ素ナトリウムなどで還元して得られる化合物が挙げられる。
【0034】
さらに、キトサンの水酸基および/またはアミノ基に、シアン酸、チオシアン酸を反応させて得られる尿素化物、チオ尿素化物およびジアリルジメチルアンモニウムハライドや2−クロロエチルジエチルアミン若しくはその塩酸塩、3−クロロ−2−ヒドロキシプロピルジエチルアミン、2,3−エポキシプロピルジメチルアミン、3−クロロ−2−ヒドロキシプロピルトリメチルアンモニウムクロライド、或いは2,3−エポキシプロピルトリメチルアンモニウムクロライドを反応させて得られる化合物が挙げられる。
【0035】
さらに、一般名を例示すれば、メチルキトサン、エチルキトサン、ヒドロキシエチルキトサン、ヒドロキシプロピルキトサン、ヒドロキシブチルキトサン、ヒドロキシプロピルヒドロキシブチルキトサン、ジヒドロキシプロピルキトサン、2−ヒドロキシプロピルジエチルアミンキトサン、2−ヒドロキシプロピルトリメチルアンモニウムクロライドキトサン、カルボキシメチルキトサン、カルボキシエチルキトサン、カルボキシブチルキトサン、サクシニルカルボキシメチルキトサン、サクシニルキトサン、イタコノイルキトサン、マレオイルキトサン、アセチルチオサクシノイルキトサン、グルタロイルキトサン、フタロイルキトサン、グリコロイルキトサン、ラクトイルキトサン、メチルグリコロイルキトサン、チオグリコロイルキトサン、シアノエチルキトサン、それらの塩およびそれらの共重合体などが挙げられる。
【0036】
本発明の組成物におけるキトサンの濃度は、0.1質量%以上であることが好ましい。キトサンの濃度が0.1質量%未満では固化または水不溶化後のキトサン被膜の有効な性質が得られにくい。また、本発明の組成物の用途の1つに基材へのコーティングであることから、キトサン濃度が30質量%以下であることが好ましい。これより高い濃度では、組成物があまりに高粘度になるため、コーティング適性に劣る。
【0037】
本発明の組成物に含有されるグリオキシル酸は、これまで公知である架橋剤、例えば、グリオキサール、グルタールアルデヒドなどの多価アルデヒドに比べて、グリオキシル酸によって不溶化されたキトサン被膜の黄変が少ない。
【0038】
また、キトサンの水不溶化には、キトサン中の1級アミノ基が強く関与するため、本発明で使用するキトサンには、少なくとも1分子中に1個以上の1級アミノ基が存在することが好ましい。
【0039】
本発明の組成物に用いる溶媒としては、水および/または水溶性有機溶媒が使用され、その種類や質量比は、得られる組成物の使用目的に応じて調整される。例えば、組成物に含まれている成分の親水性・疎水性、組成物の調整、キトサンの水不溶化における乾燥処理環境、基材の耐水性、組成物の保管・移送・安全面などを考慮し、水と有機溶媒との混合比を適宜選択することが好ましい。水と有機溶媒との混合物を使用する場合には、特にアルコールを使用する時には、安全性の点から組成物中に含まれる水の含有率を40質量%以上にすることが好ましい。
【0040】
また、本発明の組成物におけるグリオキシル酸の含有量は、上記キトサンの0.1〜3倍質量であることが好ましく、同時に、本発明の組成物は、グリオキシル酸以外の酸性成分、アルカリ成分、若しくは塩などをpH調整、溶液粘度調整などの目的で含むこともできる。これらの他の成分の添加量は特に制限は無く、例えば、グリオキシル酸の0.01〜20倍質量の範囲内で使用することが、組成物の安定性を保つ上で好ましい。
【0041】
さらに、キトサンの水性媒体に対する溶解性を増すために、キトサンの溶解時に水性媒体を加温或いは冷却してもよい。また、本発明の組成物は、本発明の目的である処理基材の着色を抑制するためには、最終的にそのpHを2以上に調整することが望ましい。pHが2未満では組成物それ自体、或いは該組成物で処理された基材(複合材料)において経時的な着色が観測されることがある。
【0042】
上記グリオキシル酸以外に使用できる酸性成分としては、水性媒体中に溶解性の有機酸や無機酸が使用でき、例えば、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、酪酸、タウリン、ピロリドンカルボン酸、クエン酸、リンゴ酸、乳酸、ヒドロキシマロン酸、マロン酸、コハク酸、アジピン酸、安息香酸、サリチル酸、アミノ安息香酸、フタル酸、けい皮酸、トリクロロ酢酸、ビタミンCなどの有機酸、塩酸、リン酸、硝酸、硫酸などの無機酸が挙げられ、これらから少なくとも1種の酸であればよい。
【0043】
さらに、本発明の組成物のpH調整などに使用するアルカリ物質としては、従来公知のアルカリ金属の水酸化物、または炭酸塩、アンモニア、アミンであり、例えば、水酸化リチウム、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、アンモニア、モルホリン、N−メチルモルホリン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、プロパノールアミン、ジプロパノールアミン、トリプロパノールアミン、N−メチルエタノールアミン、N,N−ジメチルエタノールアミン、N−エチルエタノールアミン、N,N−ジエチルエタノールアミン、N−メチルジエタノールアミン、N−エチルジエタノールアミン、N−メチルプロパノールアミン、N,N−ジメチルプロパノールアミン、アミノメチルプロパノールなどが挙げられ、これらから少なくとも1種が使用される。
【0044】
また、本発明の組成物に添加する塩にとしては、溶媒に可溶の塩、例えば、アルカリ金属塩、アルカリ土類金属塩、無機アンモニウム塩などの無機塩類、例えば、スルホニウム塩、オキソニウム塩、有機アンモニウム塩などの有機塩類が挙げられる。これらの代表的な例としては、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸リチウム、炭酸マグネシウム、炭酸水素ナトリウム、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化リチウム、塩化マグネシウム、塩化アンモニウム、硫酸ナトリウム、燐酸二水素ナトリウム、燐酸二水素カリウム、臭化ナトリウム、臭化カリウム、ヨウ化ナトリウム、ヨウ化カリウム、ヨウ化テトラブチルアンモニウム、テトラブチルアンモニウムヒドロキシド、ナトリウムメトキシド、カリウムメトキシド、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、硝酸ナトリウム、硝酸カリウム、酒石酸ナトリウム、乳酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、メタンスルホン酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム、ほう砂などが挙げられ、配合量(濃度)も特に制限はなく適切な状態を付与できるように添加すればよい。
【0045】
本発明の組成物に使用する水性媒体としては、通常水または水と水溶性有機溶媒との混合溶媒であり、水としては、例えば、蒸留水、イオン交換水、水道水などが選択できる。また、有機溶媒としては、アセトン、メチルエチルケトンなどのケトン類、メタノール、エチルアルコール、イソプロピルアルコールなどのアルコール類、N−メチルピロリドン、ジメチルスルホキシド、N,N−ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ヘキサメチルホスホアミド、ハロゲン化炭化水素などの水溶性有機溶媒が挙げられる。
【0046】
本発明の組成物を用いる水不溶性キトサン被膜形成方法では、塗布・含浸物を高温加熱することは必要なく、低温から常温にてキトサンの水不溶化が進行し、組成物を基材の表面および/または内部に付与した後、必要に応じ該組成物中に存在している溶媒を除去することで、キトサンを固化および水不溶化させ、水不溶化キトサンで被覆され、または水不溶化キトサンを含む処理基材(複合体)とすることができる。なお、上記水不溶化に際しては勿論必要に応じ加熱してもよい。
【0047】
上記キトサンの固化または水不溶化に関する機構は明らかではないが、おそらく本発明の組成物に含有されているキトサンのアミノ基と、グリオキシル酸の反応性の高いアルデヒド基との反応で水不溶化が達成されると考えられる。
【0048】
上記キトサンの水不溶化は、本発明の組成物に含まれている成分、若しくは基材の熱感受性に応じて、不溶化条件(例えば、温度や時間)を選べばよい。本発明の組成物を、感熱印刷シートなどのように熱に敏感な化合物を含む基材に応用する場合、例えば、50℃以下の温度で組成物を塗布・含浸および乾燥すればよい。さらに塗布・含浸物から溶媒を除去する場合は、低温または減圧乾燥などの方法を使用することもできる。一方、100℃以上の耐熱性を持つ基材を本発明の組成物で処理する場合には、100℃以上の温度で乾燥してもよい。本発明の特徴である処理基材の黄変着色を、より抑制するためには、上記水不溶化処理を、0℃〜50℃の温度で行うことが好ましい。
【0049】
また、本発明の組成物の固化物または水不溶化物としての特性評価として、恒温水槽内保持により上記固化物または水不溶化物の耐水性評価、およびポットライフ特性評価を行い、さらに、本発明の組成物に香料を添加して調製した含溶液ゲルに関して、臭気の持続経過観察により、含溶液ゲルの液の徐放性の確認を行った。
【0050】
本発明の組成物を、低温から常温にて固化または水不溶化することで、本発明の組成物からなる含溶液ゲル、および上記組成物を基材の表面および/または内部に付与した後、固化または水不溶化して得られる基材(複合体)は、キトサンが第1級、第2級、第3級のいずれもアミノ基を含むか、または第4級アンモニウム基、カルボキシル基を含むために、上記複合体は、キトサン本来の抗菌性を有し、インクジェット記録紙などの場合には、記録紙中のキトサンとインキ中の染料との反応性がよく、記録物の耐水性が優れる。
【0051】
本発明の組成物の上記特徴を生かす用途として、本発明の組成物で処理される基材は、例えば、板状、箔状、スポンジ状、繊維状或いは立体成型物などであり、それらの材質としては、金属、ガラス、セラミックス、コンクリート、紙、樹脂、木材などの有機、無機高分子が挙げられる。特に本発明の組成物中のキトサンの水不溶化には、高温処理を必要とせず、低温で行われ、しかも着色性が低いので、本発明の組成物は、例えば、紙やフィルムなどの印刷シート、さらに具体的にはインクジェット記録紙などの処理に有用である。
【実施例】
【0052】
次に、実施例および比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。なお、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。文中の「部」および「%」は、特に断りのない限り質量基準である。実施例として用いた組成物の組成を表1に示し、それらの作成方法を以下に記した。
【0053】
<実施例1>
キトサン(重量平均分子量8万、脱アセチル化度85%)10部をイオン交換水80部に分散した後、50%グリオキシル酸水溶液10部を加え、室温で4時間撹拌溶解し、本発明の組成物を得た。
【0054】
<実施例2〜12>
キトサン(A成分)の種類、分子量、脱アセチル化度(DAC)、配合量、並びにグリオキシル酸(B成分)、酸性成分(C成分)、水以外の溶媒(D成分)の種類および配合量を表1に示すように変えた組成物を、実施例1と同様の方法により調製した。
【0055】
<比較例>
比較例として用いた組成物の組成を表1に示し、それらの作成方法を以下に記した。
<比較例1>
キトサン(重量平均分子量8万、脱アセチル化度85%)10部をイオン交換水85部に分散した後、酢酸5部を加え、室温で4時間撹拌溶解し、比較例1の組成物を得た。
【0056】
<比較例2>
キトサン(重量平均分子量8万、脱アセチル化度85%)10部をイオン交換水85部に分散した後、乳酸5部を加え、室温で4時間撹拌溶解した。次いで40%グリオキサール水溶液5部を撹拌混合し、比較例2の組成物を得た。
<比較例3>
キトサン(重量平均分子量8万、脱アセチル化度85%)10部をイオン交換水85部に分散した後、乳酸5部を加え、室温で4時間撹拌溶解した。次いでブロックイソシアナート(第一工業製薬(株)製、エラストロンBAP)60部を撹拌混合し、比較例3の組成物を得た。
【0057】

【0058】

【0059】
表1に示す組成により調製した組成物を用い、下記の被膜形成方法により得られた被膜の耐水性評価試験並びにポットライフ評価試験を行った。評価結果を表2に示す。
【0060】
<被膜形成方法並びに耐水性評価方法>
実施例1〜12および比較例1〜3の組成物5gを、それぞれ直径9cmのガラスシャーレ内に流延したものを各溶液2枚ずつ用意した。1枚は120℃×1時間の加熱乾燥で、もう1枚は室温×1週間の常温乾燥にて被膜を作成した。被膜作成後、ガラスシャーレに40℃の水80mlを注ぎ、40℃の恒温槽内に静置した。8時間毎に、計2回、40℃の水を取り替え、24時間後の被膜の状態を観察し、被膜の耐水性を評価した。なお、評価は下記の基準に従って行った。
【0061】
<耐水性評価基準>
◎:不溶かつ膨潤も少ない。
○:不溶であるが膨潤している。
△:一部溶解している或いは崩れている。
×:全部溶解或いは殆ど溶解している。
【0062】
<ポットライフ評価方法>
実施例1〜12および比較例1〜3の組成物30gを、各々50ccサンプル瓶に入れて密栓し、25℃に設定した恒温槽内にて表2に記載の期間放置し、溶液の状態変化を観察評価した。なお、評価は下記の基準に従って行った。
<ポットライフ評価基準>
○:増粘せずに安定した溶液状態を保っている。
△:増粘して流動性が低下している。
×:ゲル化して流動性なし。
【0063】

【0064】
表2に示した耐水性評価結果並びにポットライフ評価結果より、本発明の組成物から得られる被膜は、常温乾燥においても、十分な耐水性を有しているのに加え、「1液」で1週間以上のポットライフを持つことが分かる。実施例1〜4はキトサンの分子量を変えたものだが、結果は良好であった。実施例5〜7は溶媒を含水アルコールに変えたものであるが、十分な耐水性とポットライフを示した。実施例8〜12はキトサン誘導体の種類を変えたものであるが、いずれも良好な結果であった。
【0065】
比較例1は架橋剤を配合していない、単なるキトサン酢酸水溶液であるが、常温乾燥は勿論加熱乾燥において形成した被膜も耐水性がなく溶解してしまった。比較例2はグリオキサールを架橋剤に使用したものであり、被膜耐水性は常温乾燥でも良好であったが、ポットライフが極めて短かった。比較例3はブロックイソシアナート化合物を架橋剤に使用したものであり、ポットライフは良好なものの、加熱乾燥しないと被膜耐水性が得られなかった。
【0066】
<応用例1>
実施例1の組成物100gに水溶性香料0.1gを添加し30分撹拌混合した後、密栓可能な容器に移し替え、60℃に設定した恒温槽に静置した。24時間後に恒温槽から取り出したところ、溶液全体が寒天状にゲル化した含溶液ゲルを得た。栓を開封し室内に放置したところ、得られた含溶液ゲルの香料臭気は1ヶ月以上経過しても持続しており、徐放性のゲル状担持体として有効である。
【0067】
<応用例2>
0.1N水酸化ナトリウム水溶液で脱脂処理したアルミ板表面に、実施例1の組成物をバーコーター(No.6)で塗布し、室温で1週間放置して乾燥し処理板を作製した。セロテープ(登録商標)剥離により被膜の密着性を確認したところ、被膜の剥離は見られず、被膜と基材との密着性は良好であった。また、得られた処理板を24時間水中に浸漬した後に観察したが、被膜の脱落はなく、風乾して被膜重量を測定し、水浸漬前後の被膜重量より被膜残存率を測定したところ、被膜残存率はほぼ100%であった。
【0068】
<応用例3>
実施例1と比較例2の組成物を、それぞれ上質紙にバーコーターにより固形分で5g/cm2の割合で塗布し、50℃で乾燥後、被膜の着色を促進するため、120℃の送風乾燥機にて5時間熱セットを行った後、被膜の着色度合を目視にて比較した。比較例2の組成物より作製した被膜は黄褐色に黄変していたのに対し、実施例1の組成物より作製した被膜は淡黄色と着色が少なく、グリオキサール架橋の被膜に比べ、黄変度合がかなり抑制されていた。
【産業上の利用可能性】
【0069】
本発明によれば、「1液」としてポットライフに優れ、一旦これを基材に塗布後、高温乾燥を要せず、常温乾燥でも水不溶化されたキトサン被膜の形成が可能である組成物、該組成物から生成される含溶液ゲル、水不溶性キトサン被膜、並びに該組成物で基材を処理してなる物品を提供できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
脱アセチル化キチンおよび/または脱アセチル化キチン誘導体とグリオキシル酸とを必須成分として含有することを特徴とする水性溶液組成物。
【請求項2】
脱アセチル化キチンおよび/または脱アセチル化キチン誘導体の含有量が、30質量%以下である請求項1に記載の水性溶液組成物。
【請求項3】
グリオキシル酸の含有量が、脱アセチル化キチンおよび/または脱アセチル化キチン誘導体の0.1〜3倍質量である請求項1に記載の水性溶液組成物。
【請求項4】
脱アセチル化キチンおよび/または脱アセチル化キチン誘導体が、分子内に少なくとも1個の1級アミノ基を有する請求項1に記載の水性溶液組成物。
【請求項5】
グリオキシル酸以外に少なくとも1種の酸性成分を含む請求項1に記載の水性溶液組成物。
【請求項6】
酸性成分が、脱アセチル化キチンおよび/または脱アセチル化キチン誘導体の溶解能を有する請求項1に記載の水性溶液組成物。
【請求項7】
請求項1に記載の水性溶液組成物から形成されたことを特徴とする含溶液ゲル。
【請求項8】
請求項1に記載の水性溶液組成物を乾燥して得られたことを特徴とする水不溶性被膜。
【請求項9】
請求項1に記載の水性溶液組成物で、基材を処理し、脱アセチル化キチンおよび/または脱アセチル化キチン誘導体を水不溶化してなることを特徴とする複合体。
【請求項10】
基材が、板状、箔状、スポンジ状、繊維状或いは立体成型物であり、それらの材質が、金属、ガラス、セラミックス、コンクリート、紙、樹脂、木材、有機高分子或いは無機高分子である請求項9に記載の複合体。

【公開番号】特開2008−195922(P2008−195922A)
【公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−336040(P2007−336040)
【出願日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【出願人】(000002820)大日精化工業株式会社 (387)
【Fターム(参考)】