説明

水系の金属腐食抑制方法

【課題】環境汚染を引き起こすことなく、優れた防食効果を発揮する金属の腐食抑制方法を提供する。
【解決手段】水系の金属腐食抑制方法であって、少なくともりん酸塩と、亜鉛塩と、Mアルカリ度成分と、が添加され、全りん濃度及び全亜鉛濃度がそれぞれ0を超え1mg/L以下、かつ、30℃におけるランゲリア指数を1.2以上とすることを特徴とする水系の金属腐食抑制方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水系の金属腐食抑制方法に関する。より詳しくは、環境汚染を発生させることのない水系の金属腐食抑制方法に関する。
【背景技術】
【0002】
冷却水系等の水系において、各種の水処理剤を添加することにより、金属の腐食やスケールの抑制が図られている。
【0003】
水処理剤のうち、金属の腐食抑制の目的で、りん酸塩等や、亜鉛塩等の重金属塩が使用されているが、りん酸塩は、湖沼や海洋の富栄養化などの環境問題を引き起こす原因となる。また、重金属塩は近年の環境規制の強化により、その使用が制限されている。
【0004】
しかしながら、りん酸塩等と、亜鉛塩等を含まない薬剤による水処理では、金属の防食性が劣り、水系の金属の腐食を充分に抑制することができないという問題があった。
【0005】
特に、カルシウム硬度が100mgCaCO/L以下の場合は、十分な金属の防食効果を得るために、一定量以上のりん酸塩等を添加する必要があった(非特許文献1参照)。
【非特許文献1】栗田工業薬品ハンドブック編集委員会編,薬品ハンドブック第3版 第183頁。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、環境汚染を引き起こすことなく、優れた防食効果を発揮する金属の腐食抑制方法を提供することを主目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、本発明は、水系の金属腐食抑制方法であって、少なくともりん酸塩と、亜鉛塩と、Mアルカリ度成分と、が添加され、全りん濃度及び全亜鉛濃度がそれぞれ0を超え1mg/L以下、かつ、ランゲリア指数を1.2以上とすることを特徴とする水系の金属腐食抑制方法を提供する。かかる構成とすることにより、全りん濃度及び全亜鉛濃度を低減しつつ、充分な金属の防食効果を得ることができる。
また、本発明に係る水系の金属腐食抑制方法において、用いられる前記Mアルカリ度成分は特に限定されないが、水酸化ナトリウムが好適に用いられる。水酸化ナトリウムを用いることにより、少ない添加量でランゲリア指数を上昇させることができ、コスト面で有利である。
さらに、本発明に係る水系の金属腐食抑制方法において、前記ランゲリア指数は1.2以上であれば特に限定されないが、1.3〜2.0以上とするのが好適である。
本発明に係る水系の金属腐食抑制方法は、カルシウム硬度が100mgCaCO/L以下であっても、充分な金属の防食効果が得られる。
また、本発明に係る水系の金属腐食抑制方法が用いられる水系は、特に限定されないが、開放循環冷却水系に好適に用いられる。
【0008】
ここで、本発明に用いられる用語の説明をする。「Mアルカリ度成分」とは、水中に溶解している炭酸水素塩、炭酸塩、りん酸塩、水酸化物などの全てのアルカリ成分をいい、総アルカリ度ともいう。
【0009】
「ランゲリア指数」とは、水の腐食性を判定する指数であり、(1)式にて示される。本発明において使用するランゲリア指数は30℃における値「LSI(30)」とし、その計算式は下記式(1)のとおりである。
【0010】
(数1)
LSI(30) = log[Ca2+] + log[A] + pH−11.79

LSI :ランゲリア指数(飽和指数)
pH :水の実際のpH値
log[Ca2+] :カルシウムイオン濃度の対数
log[A] :総アルカリ度の対数

【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、環境汚染を引き起こすことなく、優れた防食効果を発揮する金属の腐食抑制方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための好適な形態について説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明の代表的な実施形態の一例を示したものであり、これにより本発明の範囲が狭く解釈されることはない。
【0013】
本発明に係る水系の金属腐食抑制方法は、少なくともりん酸塩と、亜鉛塩と、Mアルカリ度成分と、が添加され、全りん濃度及び全亜鉛濃度がそれぞれ0を超え1mg/L以下、かつ、ランゲリア指数が1.2以上であることを特徴とするものである。
【0014】
本発明に係る水系の金属腐食抑制方法において、水系に添加されるりん酸塩の種類は特に限定されず、例えば、無機りん酸(正りん酸、重合りん酸)やその塩、有機りん酸やその塩あるいはそのエステル、各種ホスホン酸が挙げられる。より具体的にはヘキサメタりん酸、トリポリりん酸、オルソりん酸、ホスホノブタントリカルボン酸、ヒドロキシエチリデンジホスホン酸(HEDP)、アミノトリメチルホスホン酸等を単独で、或いは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0015】
また、前記水系の全りん濃度は、0を超え1mg/L以下であれば特に限定されない。本発明に係る方法によれば、全りん濃度が0を超え1mg/L以下という低濃度であっても、充分な金属腐食抑制効果を得ることができる。
【0016】
本発明に係る水系の金属腐食抑制方法において、水系に添加される亜鉛塩の種類は特に限定されず、例えば、塩化亜鉛、硫酸亜鉛、硝酸亜鉛、酢酸亜鉛、リンゴ酸亜鉛、クエン酸亜鉛等を単独で、或いは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0017】
また、前記水系の全亜鉛濃度は、0を超え1mg/L以下であれば特に限定されない。本発明に係る方法によれば、全亜鉛濃度が0を超え1mg/L以下という低濃度であっても、充分な金属腐食抑制効果を得ることができる。
【0018】
本発明に係る水系の金属腐食抑制方法に用いられるMアルカリ成分の種類は特に限定されず、例えば、アルカリ水酸化物塩、アルカリ重炭酸塩、アルカリ炭酸塩、カルシウム塩等を用いることができる。
前記アルカリ水酸化物塩の具体例として、例えば、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等が挙げられる。
前記アルカリ重炭酸塩の具体例として、例えば、重炭酸ナトリウム、重炭酸カリウム等が挙げられる。
前記アルカリ炭酸塩の具体例として、例えば、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等が挙げられる。
前記カルシウム塩の具体例として、例えば、炭酸カルシウム、水酸化カルシウム、塩化カルシウム等が挙げられる。
【0019】
また、前記Mアルカリ度成分の濃度は、水系のランゲリア指数が1.2以上となるように添加されれば特に限定されず、水系のpH、カルシウム濃度等を考慮して適宜設定することができる。Mアルカリ度成分を添加することにより、りん及び亜鉛が低濃度であっても、水系の金属の腐食を効果的に抑制することができる。
特に、従来は、水系のカルシウム硬度が低い場合には、比較的高濃度のりん酸塩及び亜鉛塩を添加しなければ充分な金属腐食抑制効果を得ることができなかった。しかしながら、本発明に係る方法によれば、水系のカルシウム硬度が低い場合においても、りん酸塩及び亜鉛塩の濃度を上げることなく金属の腐食を抑制することができる。
【0020】
本発明に係る水系の金属腐食抑制方法において、水系のランゲリア指数は1.2以上であれば特に限定されないが、好適には1.3〜2.0とするのが望ましい。ランゲリア指数を前記範囲とすることにより、りん及び亜鉛が低濃度であっても、水系の金属の腐食を効果的に抑制することができる。
【0021】
本発明に係る水系の金属腐食抑制方法において、水系のカルシウム硬度は特に限定されないが、従来、充分な金属の腐食抑制が困難であった、100mgCaCO/L以下の低カルシウム硬度条件下においても、効果的に金属の腐食を抑制することができる。
【0022】
本発明に係る水系の金属腐食抑制方法は、あらゆる水系に用いることができ、例えば、開放循環冷却水系、密閉冷却水系等の冷却水系に用いることができる。
【0023】
さらに、本発明に係る水系の金属腐食抑制方法において、水系に水溶性ポリマー等を併用することにより、金属の腐食抑制効果を更に向上させるとともに、過飽和の炭酸カルシウム、シリカ、ケイ酸カルシウム、ケイ酸マグネシウムなどの金属表面へのスケールとしての付着を抑制することができる。
【0024】
用いられる水溶性ポリマーは特に限定されず、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、マレイン酸、無水マレイン酸、イタコン酸、ビニルスルホン酸、アリルスルホン酸、スチレンスルホン酸、2−ヒドロキシ−3−アクリロキシ−1−プロパンスルホン酸、2−アクリルアミド−2−メチルプロパンスルホン酸、イソプレンスルホン酸、それらの塩などのホモポリマー、コポリマーなどを挙げることができる。これらの水溶性ポリマーは、単独で、或いは2種以上を組み合わせて用いることができる。
【0025】
次亜塩素酸塩、次亜臭素酸塩、5−クロロ−2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オン、2−メチル−4−イソチアゾリン−3−オンなどのスライムコントロール剤を添加することができる。
【実施例】
【0026】
以下、実施例をあげて本発明を詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるものではない。
【0027】
図1に示すベンチスケール冷却水系評価試験装置を用い、下記実施例及び比較例の腐食抑制効果を調べる実験を行った。
【0028】
図1に示すベンチスケール冷却水系評価試験装置において、冷却塔1から、ポンプP1を有する循環配管2により循環冷却水が熱交換器3に送給され、戻り水が配管4より冷却塔1に戻される。5は補給水の導入配管、6は実施例及び比較例に係る評価薬剤の導入配管、7は冷却水の水質調整剤タンク、8は強制ブロー配管であり、各々ポンプP2〜P4を備える。熱交換器3は、外径19mm、長さ1300mm、厚さ2.3mmの炭素鋼製チューブ2本が設けられた蒸気加熱チューブ側通水熱交換器である。
【産業上の利用可能性】
【0029】
以下の運転条件にて評価試験を行った。
<運転条件>
保有水量:350L
流速:0.3m/秒
熱交換器入口水温:30℃
熱交換器出口水温:50℃
評価薬剤添加方法:下記実施例及び比較例に係る評価薬剤を用い、冷却水中の保持濃度が60mg/Lとなるように連続注入
【0030】
市販の初期処理薬剤により初期防食皮膜を形成した炭素鋼製テストチューブを用い、上記の運転を14日間行い、熱交換器チューブに生じた局部腐食の最大深さで腐食抑制効果の評価を行った。14日間の運転後に、熱交換器よりテストチューブを取り出した。インヒビター入り塩酸でテストチューブを酸洗し、腐食生成物を取り除いた。テストチューブ表面に生じた局部腐食深さをデプスゲージで測定し、その最大値を求めた。
【0031】
<評価方法>
初期処理はリン亜鉛初期処理とし、野木町水(カルシウム硬度50mgCaCO/L)にクリロイヤルP−320(栗田工業株式会社製 防食剤)400mg/L、クリロイヤルP−652(栗田工業株式会社製 防食剤)200mg/Lを添加することにより行った。初期処理期間は、1日間とした。保持処理水への切り替えは、あらかじめ所定の水質に調整した保持処理水に一括で切り替える方法とした。保持処理水の水質は、評価薬剤を添加し、カルシウム硬度、酸消費量(pH4.8)シリカ濃度をそれぞれ変化させた。なお、カルシウム硬度を調整する目的には塩化カルシウムを、酸消費量(pH4.8)を調整する目的には炭酸水素ナトリウム又は水酸化ナトリウムを、シリカ濃度を調整する目的にはケイ酸3号をそれぞれ使用した。また、水温は、熱交換器入口が30℃、熱交換器出口がチューブ側通水50℃とし、流速は、チューブ側通水0.3m/sとした。保持処理期間は、14日間とした。
スライムコントロール処理は次亜塩素酸ナトリウムを用い、全残留塩素が0.3〜0.5mgCl/L検出されるように連続添加を実施した。
【0032】
<評価薬剤A>
ディクエスト2010(サームフォス社製、1−ヒドロキシエチリデン1,1−ジホスホリン酸)をPO換算で1mg/L、75%正りん酸をPO換算で2mg/L、塩化亜鉛を亜鉛換算で1mg/L、アクアリックGL−386(日本触媒社製、アクリル酸系ポリマー)を固形分換算で5mg/Lとなるように試験水に添加した。
【0033】
<評価薬剤B>
バイヒビットAM(バイエル社製、2−ホスホノ−1,2,4−ブタントリカルボン酸)をPO4換算で0.2mg/L、75%正りん酸をPO4換算で5.8mg/L、塩化亜鉛を亜鉛換算で3mg/L、ダイナクリンW−111(JSR株式会社製、アクリル酸・2ーヒドロキシエチルメタクリレート・2−メチルブタ−1,3−ジエン−1−スルホン酸共重合物の部分ナトリウム塩)を固形分換算で5mg/Lとなるように試験水に添加した。
【0034】
各実施例及び各比較例の評価条件を表1に示す。
【0035】
【表1】

【0036】
従来の金属腐食抑制方法における局部腐食深さを図2に示す。充分な防食効果を得るためには、全りん濃度及び全亜鉛濃度を高濃度にしなければならず、全りん濃度1mg/L、全亜鉛濃度1mg/Lでは充分な防食効果が得られなかった(比較例1、比較例2参照)。
【0037】
塩化カルシウム量を変化させ、ランゲリア係数LSI(30)を変化させた際の局部腐食深さを図3に示す。LSI(30)が1.4以上では、局部腐食深さが0.6mm以下となり、充分な防食効果が得られることを確認した(実施例1、実施例2、比較例1参照)。
【0038】
低カルシウム硬度条件における局部腐食深さを図4に示す。逆に、低カルシウム硬度(50mg/L)の場合であっても、Mアルカリ度を300mg/LとしてLSI(30)を1.2以上とすることにより、局部腐食深さを0.6mm以下とすることができ、充分な防食効果が得られることを確認した(実施例1、実施例3参照)。
【0039】
以上より、本発明に係る水系の金属腐食抑制方法では、全りん濃度及び全亜鉛濃度がそれぞれ0を超え1mg/L以下であっても、充分な金属腐食抑制効果が得られることが明らかとなった。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】ベンチスケール冷却水系評価試験装置の概念図である。
【図2】従来の金属腐食抑制方法における局部腐食深さを示す図である。
【図3】塩化カルシウム量を変化させ、ランゲリア係数LSI(30)を変化させた際の局部腐食深さを示す図である。
【図4】低カルシウム硬度条件における局部腐食深さ示す図である。
【符号の説明】
【0041】
1 冷却塔
2 循環配管
3 熱交換器
4 配管
5 補給水の導入配管
6 評価薬剤の導入配管
7 水質調整剤の導入配管
8 強制ブロー配管
P1,P2,P3,P4,P5 ポンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水系の金属腐食抑制方法であって、
少なくともりん酸塩と、亜鉛塩と、Mアルカリ度成分と、が添加され、
全りん濃度及び全亜鉛濃度がそれぞれ0を超え1mg/L以下、かつ、30℃におけるランゲリア指数を1.2以上とすることを特徴とする水系の金属腐食抑制方法。
【請求項2】
前記ランゲリア指数は、1.3〜2.0であることを特徴とする請求項1又は2記載の水系の金属腐食抑制方法。
【請求項3】
カルシウム硬度が150mgCaCO/L以下であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の水系の金属腐食抑制方法。
【請求項4】
前記水系は、開放循環冷却水系であることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の水系の金属腐食抑制方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−299161(P2009−299161A)
【公開日】平成21年12月24日(2009.12.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−156529(P2008−156529)
【出願日】平成20年6月16日(2008.6.16)
【出願人】(000001063)栗田工業株式会社 (1,536)
【Fターム(参考)】