説明

水素吸蔵方法及び水素吸蔵体

【課題】水素ハイドレートの微結晶を固定する物質をより軽量な炭素材料を使用することでエネルギー密度の向上を図るとともに、繰り返しの使用に耐えうる水素吸蔵方法及び水素吸蔵体を実現する。
【解決手段】カーボンナノチューブを凝集させて直径0.5mm−50mmのカーボンナノチューブビーズを形成し、このカーボンナノチューブビーズ内の、カーボンナノチューブが互いに絡まりあう空隙に、水にテトラヒドロフランを加えた溶液を吸収させて、氷点下の温度に冷却しハイドレートの微結晶を作り、120気圧〜200気圧程度、より好ましくは120気圧程度の低圧の圧力下で水素分子を前記ハイドレートの中に吸蔵させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素吸蔵方法及び水素吸蔵体に関し、特に、多孔質炭素材料内に氷結して生成したハイドレートに水素分子を包接させて貯蔵する水素吸蔵方法及び水素吸蔵体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、燃料電池技術が急速に進展しており、燃料電池のシステム技術、要素技術を含めて、より一層の発展がもとめられている。その中で、水素貯蔵技術は、燃料電池、特に燃料電池自動車の実用化の鍵を握る技術で重要であり、最近は高圧ボンベを用いた圧縮水素の車載技術や、水素吸蔵合金を用いた水素吸蔵技術などの研究が盛んに行なわれている。
【0003】
このように、燃料電池を用いる水素社会を導くためには、水素の運搬及び貯蔵の技術開発が必須である。350気圧以上の高圧水素ボンベを利用する方法があるが、ボンベの重量が大きく、さらに高圧に対応するインフラストラクチャーが必要となるという問題がある。
【0004】
そのため、100気圧程度での低圧で水素を貯蔵する材料の実用化が課題となっている。吸着剤重量に対して6wt%以上の吸蔵量が得られ、100℃以下の放出温度、2000サイクルの水素吸蔵放出で初期吸蔵量の90%以上の性能が必要である。
【0005】
また、合金材料による水素吸蔵も検討されているが、放出温度及びサイクル回数において課題が多く実用化が困難な状況にある。
【0006】
カーボンナノチューブによる水素吸蔵が検討されてきたが、実用化に匹敵する吸蔵量が得られていない。本発明者らも、カーボンナノチューブを用いた水素吸蔵の方法を検討し、国際誌論文で発表してきた。
【0007】
そのような中、氷の格子の中に水素を閉じ込めることで作られる水素ハイドレートを利用し水素を貯蔵するという技術が報告された。この水素ハイドレードを形成するには超高圧が必要であるが、ハイドレートを作る際にTHF(テトラヒドロフラン)を加えることで合成圧力を低下させる(120気圧)ことが可能になったという技術も報告された(非特許文献1〜3参照)。
【0008】
さらに報告された技術が、まずシリカビーズ内にTHFハイドレートを形成させそこに水素を導入するという技術である。シリカビーズ内にTHFハイドレートを形成することで反応相を拡散することができ、その後の水素吸蔵がこれまでの技術に比べると非常に早く進むようになった。
【0009】
【特許文献1】W.L.Mao, H.Mao, A.F.Goncharov, V.V.Struzhkin, Q.Guo, J.Hu, J.Shu, R.J.Hemley, M.Somayazulu, Y.Zhao, “Hydrogen clusters in clathrate hydrate”, 「Science, 2002(www.sciencemag.org)」, The American Association for the Advancement of Science, 2002年9月27日, p. 2247−2249
【特許文献2】L.J.Florusse, C.J.Peters, J.Schoonman, K.C.Hester, C.A.Koh, S.F.Dec, K.N.Marsh, E.D.Sloan, “Stable low-pressure hydrogen clusters stored in a binary clathrate hydrate”, 「Science, 2004(www.sciencemag.org)」, The American Association for the Advancement of Science, 2004年10月15日, p. 469−471
【特許文献3】H.Lee, J.Lee, D.Y.Kim, J.Park, Y.Seo, H.Zeng, I.L.Moudrakovski, C.I.Ratcliffe, J.A.Ripmeester, “Tuning clathrate hydrates for hydrogen storage”「Nature, 2005 (www.nature.com/nature)」, Nature Publishing Group, 2005年4月7日, p. 743−746
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
従来の水素吸蔵材料では、水素の吸蔵及び放出の温度が100℃以上であり、繰り返し実験で吸蔵材の変質が課題であった。ブレークスルーとなるべき軽量な吸蔵材の開発が待望されていた。また、簡便な水素の貯蔵方式が求められていた。
【0011】
本発明者らにより発表した非特許文献1記載のカーボンナノチューブを用いた水素吸蔵の方法は、放出温度が400℃以上と高いことが問題であり、解決すべき課題として残されていた。
【0012】
非特許文献3で発表された、水に加えて凍らせたハイドレートに120気圧で水素を吸蔵させることができる技術は、水素ハイドレートを形成するには非常に長い時間を要するという問題がある。
【0013】
これに対して、シリカビーズ内にTHFハイドレートを形成させそこに水素を導入する技術は、水素吸蔵がこれまでの技術に比べると非常に早く進むようになったが、シリカビーズは、その重量は大きく、軽量の多孔質材料が求められている。そして、この軽量化に関連して、より多くの水素を貯蔵するというエネルギー密度(通常は、「単位体積当たりのエネルギーの量」を言うが、本明細書に即して言えば、「単位体積当たりの水素貯蔵量」である。)の改善ではさらに改良の余地がある。
【0014】
本発明は、上記従来の技術の問題を解決することを目的とし、軽量な炭素材料内に氷点付近の温度でハイドレート微結晶を作成し、水素を吸蔵及び放出を可能にし、繰り返しの使用に耐えうる水素吸蔵方法を実現することを課題とする。
【0015】
特に、本発明では、水素ハイドレートの微結晶を固定する物質として、カーボンナノチューブ、カーボンナノチューブビーズ、活性炭等の軽量な炭素材料を使用することで、エネルギー密度の向上が計れることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明は上記課題を解決するために、水にテトラヒドロフラン及びアセトンのいずれか1つ又は2つを加えた溶液を、多孔質炭素材料に吸収させて、氷点下の温度に冷却しハイドレートの微結晶を作り、120〜200気圧で水素分子を前記ハイドレートの中に吸蔵させることを特徴とする水素吸蔵方法を提供する。
【0017】
前記多孔質炭素材料として、カーボンナノチューブ又は活性炭を使用することが好ましい。
【0018】
前記多孔質炭素材料として、カーボンナノチューブを凝集させて形成したカーボンナノチューブビーズを使用することが好ましい。
【0019】
本発明は上記課題を解決するために、水素を吸蔵する多孔質炭素材料から成る水素吸蔵体であって、前記多孔質炭素材料は、カーボンナノチューブが互いに絡まりあって形成される空隙を有するものであり、前記空隙には、水にテトラヒドロフラン及びアセトンのいずれか1つ又は2つを加えた溶液が充填可能であり、該溶液が氷結されて形成されるハイドレートの微結晶内に120〜200気圧で水素分子が吸蔵できることを特徴とする水素吸蔵体を提供する。
【0020】
本発明は上記課題を解決するために、水素を吸蔵するカーボンナノチューブの塊りを有する水素吸蔵体であって、前記カーボンナノチューブの塊りは、カーボンナノチューブが、テトラヒドロフラン、アセトン、蒸留水から成る群のうちのいずれか1又は2以上を用いてゲル化されて固められて成るものであることを特徴とする水素吸蔵体を提供する。
【0021】
本発明は上記課題を解決するために、水素を吸蔵するカーボンナノチューブビーズを有する水素吸蔵体であって、前記カーボンナノチューブビーズは、カーボンナノチューブを凝集させて形成され、カーボンナノチューブが互いに絡まりあって形成される空隙を有し、前記空隙には、水にテトラヒドロフラン及びアセトンのいずれか1つ又は2つを加えた溶液が充填可能であり、該溶液が氷結されて形成されるハイドレートの微結晶内に水素分子が吸蔵できることを特徴とする水素吸蔵体を提供する。
【0022】
本発明は上記課題を解決するために、水素を吸蔵するカーボンナノチューブビーズを有する水素吸蔵体であって、前記カーボンナノチューブビーズは、直径20nm−60nmのカーボンナノチューブが、テトラヒドロフラン、アセトン、蒸留水から成る群のうちのいずれか1又は2以上を用いてゲル化されて、直径0.5 mm−50mmのビーズ状に形成されたものであることを特徴とする記載の水素吸蔵体を提供する。
【0023】
本発明の水素吸蔵方法及び水素吸蔵体では、前記カーボンナノチューブビーズは、直径50−500nmのマクロ孔を有する多孔質であることが好ましい。
【発明の効果】
【0024】
本発明に係る多孔質炭素材料を用いたハイドレートによる水素吸蔵方法及び水素吸蔵体によれば、次のような効果が生じる。
(1)水素吸蔵体として、多孔質炭素材料を利用したので、エネルギー密度の向上を図ることができ、しかも軽量な水素吸蔵体を得る事ができる。特に、カーボンナノチューブビーズを利用することで、密に絡み合ったカーボンナノチューブ間のスペースが、毛細管としての役割を果たし非常に多量の水を吸収するができるから、この水を氷結して形成したハイドレートの微結晶内に多量の水素を吸蔵させることができる。
【0025】
(2)カーボンナノチューブビーズは、ビーズ状の塊として形成されており、シリカビーズ等の従来のビーズに比べて多孔の孔が表面でより広く開口しているので、水素分子の氷微結晶への出入りが、拡散が容易となる。
【0026】
(3)氷結して微細結晶を形成する溶液として、水にTHFを加えた溶液を利用したので、水のみを氷結して形成したハイドレートの微結晶内に水素を吸蔵させるより、より低圧で水素を吸蔵させることが可能となる。また、水にTHFを加えると、従来のものより高温で安定となるから、常温付近での水素を吸蔵することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明に係る多孔質炭素材料を用いたハイドレートによる水素吸蔵方法及び水素吸蔵体を実施するための最良形態について、その実施例を、図面を参照して、以下に説明する。
【0028】
本発明に係る水素吸蔵方法は、軽量な炭素材料として多孔質炭素材料を使用し、この多孔質炭素材料内に、水にTHFを加えた溶液を、充填して氷結以下の温度に冷却しハイドレート(水分子から成る籠状の結晶構造)の微結晶を作り、このハイドレートの微結晶内に120気圧〜200気圧程度、より好ましくは120気圧程度の低圧の圧力下で水素分子を吸蔵させる方法である。
【0029】
上記数値範囲である「120〜200気圧程度」の根拠は次のとおりである。これまで、350−500気圧の水素ボンベが使用されていたが、水素を吸蔵材に貯蔵する場合、低圧ほどコスト面で有利である。好ましくは、120気圧程度までの低圧にすることができることが重要である。しかし、120気圧程度以上でもよいが、200気圧以上にしても、ハイドレート内へ水素がほぼ充填されつくし、吸蔵量はそれほど大きくならないから、上限値は200気圧である。
【0030】
なお、水に加える物質としては、THFに替えてアセトンでもよいし、又は、THFとアセトンの両方でもよい。又、多孔質炭素材料としては、活性炭を使用してもよい。
【0031】
この水素吸蔵方法によると、軽量な炭素材料として多孔質炭素材料を使用したので、氷点付近の温度で水素を吸蔵及び放出を可能にし、繰り返しの使用に耐えうる水素吸蔵方法を実現することができる。特に、本発明では、水素を吸収させるハイドレートの微結晶を、より軽量な炭素材料に固定したので、軽量で、エネルギー貯蔵密度の向上を図ることができる。
【0032】
本発明に係る水素吸蔵体は、水素を吸蔵する多孔質炭素材料から成る水素吸蔵体であって、嵩密度が0.3〜0.4g/cm程度にきわめて小さいカーボンナノチューブ又は活性炭等である。カーボンナノチューブは、互いに絡まりあって形成される空隙を有し、この空隙には、水にテトラヒドロフラン及びアセトンのいずれか1つ又は2つを加えた溶液が充填し、この溶液を氷結すると、ハイドレートの微結晶が生成され、この微結晶内に120気圧〜200気圧程度、より好ましくは120気圧程度の低圧の圧力下で水素分子がエネルギー貯蔵密度で吸蔵できる。
【0033】
水素吸蔵体としてカーボンナノチューブを使用する場合には、カーボンナノチューブが、テトラヒドロフラン、アセトン、蒸留水から成る群のうちのいずれか1又は2以上を用いてゲル化されて固められた球状のカーボンナノチューブビーズ、或いは角状等、その他の形状の塊とすると、使用勝手がよい。
【0034】
特に、カーボンナノチューブビーズは、カーボンナノチューブを凝集させて形成され、カーボンナノチューブが互いに絡まりあって形成される空隙を有し、これらの空隙には、水にテトラヒドロフラン及びアセトンのいずれか1つ又は2つを加えた溶液が充填可能であり、この溶液が氷結されて形成されるハイドレートの微結晶内に水素分子が効率的に吸蔵できる。
【実施例】
【0035】
本発明に係る水素吸蔵方法及び水素吸蔵体について、カーボンナノチューブビーズを利用した実施例を、以下に説明する。
【0036】
(水素吸蔵体:カーボンナノチューブビーズ)
発明者らは、カーボンナノチューブ内に水を含ませ氷結して、その氷中に水素を吸蔵させる研究開発過程において、まず、本来疎水性であるカーボンナノチューブの親水性を向上させる研究を行っていた。具体的には、カーボンナノチューブを酸化処理して表面に親水基であるOH基を生成させるものである。
【0037】
この研究中、本発明者らは、カーボンナノチューブの酸化を促進する触媒(Co)を、THF溶媒を用いて担持する含浸法を実施している際に、偶然にも、カーボンナノチューブビーズが生成されるという知見を得た。Coを添加しない場合でもカーボンナノチューブビーズを作製することができる。
【0038】
この実施例では、多孔質炭素材料として、カーボンナノチューブビーズを使用する。このカーボンナノチューブビーズは、カーボンナノチューブを凝集させて作製するものである。図1(a)は、本発明の実施例のカーボンナノチューブビーズの外観を示す図である。
【0039】
このカーボンナノチューブビーズは、直径20nm−60nmの多層カーボンナノチューブ(MWCNT)と、THFと、蒸留水又はエタノールとを混ぜてペースト状にし、それを球状に成型して丸底容器(例えば、丸底フラスコ)内で転がしながら凝集させ乾燥させて作製し、直径0.5〜50mmの寸法のものである。
【0040】
図1(b)は、本発明の実施例のカーボンナノチューブビーズを走査顕微鏡(SEM)で観察して得たSEM像である。このカーボンナノチューブビーズは、カーボンナノチューブが互いに密に絡み合って毛玉状に形成された球状の固まりであり、直径100−200nm(実際に走査顕微鏡で測定したときの値)の微細なマクロ孔を有する多孔質のものである。
【0041】
このような構造のために、このカーボンナノチューブビーズは、水の吸収効果がきわめて大きく、従って、後述するが、吸収された水が氷結した際に形成されるハイドレート内に水素が包接され水素を吸蔵するが、水素吸蔵量が大きく、エネルギー密度がきわめて大きい。
【0042】
カーボンナノチューブビーズ(CNT beads)の物性は次のとおりである。カーボンナノチューブビーズの嵩密度は、0.3〜0.4g/cmであり、これは活性炭と同じ程度の値である。
【0043】
ところで、一般にマクロ孔は直径は50nm以上の孔を意味するが、本発明の実施例のカーボンナノチューブビーズについて、吸着量と圧力の関係を調べる吸着実験を行なった結果、マクロ孔に特有の吸着挙動を示した。つまり、凝集したカーボンナノチューブビーズに、マクロ孔サイズに相当するスペースが存在していることがわかった。
【0044】
次の表1は、本発明者らがカーボンナノチューブビーズの一例として作製した2つの試料の物性を測定した結果を示す表である。さらに、次の表2は、活性炭等の他の物質の嵩密度を示す表である。
【0045】
【表1】

【0046】
【表2】

【0047】
(水素吸蔵方法)
この実施例の水素吸蔵方法は、次のとおりである。上記カーボンナノチューブビーズを完全に乾燥させ、水にTHFを加えてなる溶液に浸してこの溶液を吸収させる。そして、カーボンナノチューブビーズから気泡が出なくなったら、カーボンナノチューブビーズを溶液から取り出し、カーボンナノチューブ表面の水分を拭き取る。これにより、氷結後にカーボンナノチューブビーズが有する微細孔の表面が凍結して水素が微細孔に入りにくくなることを防止する。
【0048】
このようにして、水にTHFを加えてなる溶液を吸収させたカーボンナノチューブビーズを、−10℃程度の冷凍庫で1日冷凍する。これにより、カーボンナノチューブビーズ内に、水にTHFを加えてなる溶液が氷結してなるハイドレートの微結晶が形成される。
【0049】
次に、ハイドレートの微結晶が形成されたカーボンナノチューブビーズを、密閉容器に内に入れ、液体窒素で冷やしながら脱気とHe導入を数回繰り返す。これにより、微結晶内に残留物や気体を排除する。そして、液体窒素温度から270K付近まで温め、270K付近で温度を維持する。一方、120気圧程度の圧力で蓄圧器に水素を導入し、圧力が安定したら、蓄圧器に水素を上記密閉容器に内に開放する。なお、蓄圧器への水素の導入は、120気圧程度が好ましいが、120気圧〜200気圧程度としてもよい。
【0050】
これにより、THFハイドレートの微結晶内に、水素を充填して吸蔵させ、水素ハイドレート(水分子から成る籠状構造内に水素が充填されたもの)を形成する。より正確には、H/THFハイドレートであり、水分子から成る籠状構造のあるものには水素が充填されており、また他のものにはTHFが充填されている。
【0051】
(作用、特徴等)
以上が、本発明に係る水素吸蔵方法及び水素吸蔵体の実施例であるが、本発明の作用、特徴等は次のとおりである。
【0052】
本発明の水素吸蔵方法及び水素吸蔵体の最も注目すべき点は、カーボンナノチューブビーズがきわめて大きい水吸収量を有するという物性である。カーボンナノチューブビーズの作製方法、大きさ等の条件により吸収量は多少変わるが、カーボンナノチューブビーズ自身の重量の約1.7−3.0倍の重量の水を吸収する。
【0053】
シリカビーズの水吸収量は、それ自身の重量の約1倍ということから考えると、カーボンナノチューブビーズは非常に多量の水を吸収するということが分かる。水吸収量が大きいことは、第一に、炭素が単位体積当たりの重量が小さいこと、すなわち軽量であること、第二にカーボンナノチューブビーズはマクロ孔が多く高容量の水を吸収することを意味する。
【0054】
そして、カーボンナノチューブビーズは、ビーズ状に形成されており、水素分子が氷微結晶へと容易に拡散することが可能になる。
【0055】
なお、水素をそれぞれ充填したカーボンナノチューブビーズとシリカビーズを、水中に入れて観察すると、カーボンナノチューブビーズからの水素の泡の方が、シリカビーズからの泡より大きい。要するに、カーボンナノチューブビーズの微細な多孔の孔の方が、シリカビーズに比べて、孔の開口表面で広く形成されている。よって、水素の充填、取り出しが速くでき、実用上の効果が優れている。
【0056】
本発明の水素吸蔵方法において、水にTHFを加える意義は、THFは水によく溶け、水素及びTHFをそれぞれ包接した水分子の籠状構造であるH/THFハイドレートが形成されるが、このH/THFハイドレートは、純水な水素ハイドレート(水素を包接した水分子の籠状構造)より低圧で、THFハイドレート(THFを包接した水分子の籠状構造)より高温で安定となる。よって、水にTHFを加えて形成されるH/THFハイドレートは、低圧、かつ常温付近での水素を吸蔵することが可能である。
【0057】
ここで、THFを加える意義を説明する。水と水素を混合して水素を包接するには、水素を2200気圧もの高圧にする必要があるという問題がある。ところで、水に液状のTHFを加えると容易にTHFは常圧でハイドレートが形成されることが一般に知られている。そこで、本発明では、まずTHFハイドレートを作り、籠状構造を作っておいて、そこに水素を120気圧程度で加えると、水素ハイドレートを生成することができる。すなわち、THFハイドレートを作ることで低圧で水素ハイドレートを作ることができる。
【0058】
ちなみに、THFを添加しない水から水素ハイドレートを作製するには、水素を2200気圧程度で加圧して、氷結した氷の塊に充填しなくてはならないが、THFを添加すれば、120気圧の加圧でも可能となる。
【0059】
そして、このH/THFハイドレートでは、ハイドレート中の大きな籠状構造(格子)はTHFにより満たされ、小さい格子は水素吸蔵に利用できる。ハイドレートの分解時に体積測定(volumetric mesurement)を行うと、小さい格子1つにつき平均1分子の水素が吸蔵されるが、水素2分子で占有されると水素吸蔵量は4wt%まで増加できる可能性がある。また、THFの濃度を低くしていくと、大きな格子内にも複数の水素の分子が入り込み、水素吸蔵量が増加していく。
【0060】
なお、水にTHFを加えることで、水素を包接したsII構造のハイドレートが形成される。ここで、sII構造の単位格子は8個の512(5角形12個と6角形4個から成る格子)と16個の512(5角形12個から成る格子)から成る。512には4つの水素分子が入り、512には2つの水素分子が入る。
【0061】
本発明に係る水素吸蔵方法で水素が吸蔵されたカーボンナノチューブビーズをラーマン(Raman)測定すると、格子の中の水素は自由回転状態にあることが分かる。つまり、格子であるHOと水素間に強い相互作用は働いていないということである。すなわち、水素を容易に取り出せることを示唆している。
【0062】
また、本発明に係る水素吸蔵方法で水素が吸蔵されたカーボンナノチューブビーズをIR測定(赤外分光測定)すると、512格子内の水素に起因するピークと512格子内の水素に起因するピークの位置もわかる。すなわち赤外分光法は水素の吸蔵状況を調べるための簡便な方法である。
【0063】
本発明は以上のとおりであるが、関連して、本発明に係る水素吸蔵方法で水素が吸蔵されたカーボンナノチューブビーズの水素吸蔵量の能力の測定方法について説明する。この測定方法では、圧力変化より水素吸蔵量をもとめる容積測定法を用いる。
【0064】
その概要は、まず、蓄圧器に予め決めた圧力を導入し、圧力が安定したら蓄圧器内の水素を、試料であるカーボンナノチューブビーズを入れた試料容器へ開放する。開放後、圧力が平衡に達したら圧力値を記録する。この圧力値を試料があるときと無いときで比較し、圧力減少分より水素吸蔵量をもとめる。
【0065】
具体的な手順は、以下のとおりである。
(1)試料であるカーボンナノチューブビーズを完全に乾燥させ、溶液(HO+THF)内に浸してこの溶液を吸収させる。
(2)炭素材料から気泡が出なくなったら試料を溶液から取り出して試料表面の水分を拭き取り、‐10℃程度の冷凍庫で1日冷凍する。
(3)試料容器を恒温槽内に入れて、この試料容器内に炭素材料を入れ、恒温槽内で液体窒素で冷やしながら脱気とHe導入を数回繰り返す。
【0066】
(4)液体窒素温度から270K付近まで温め、270K付近で温度を維持する。
(5)蓄圧器に予め決めた圧力の水素を導入し、圧力が安定したら試料容器へ水素を開放する。
(6)開放後、圧力が平衡に達したら、圧力値を記録する。
【0067】
試料無しの場合は、試料容器を空にして、上記(4)〜(6)と同じ手順で方法で実験を行なう。そして、試料があるときと、無いときで圧力値を比較し、圧力減少分より水素吸蔵量をもとめる。
【0068】
以上、本発明に係る水素吸蔵方法及び水素吸蔵体を実施するための最良の形態を、実施例に基づいて説明したが、本発明はこのような実施例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された技術的事項の範囲内でいろいろな実施例があることは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0069】
以上のとおり、本発明に係る水素吸蔵方法及び水素吸蔵体は、水素ハイドレートの微結晶を固定する物質をより軽量なカーボンナノチューブビーズ等の炭素材料を使用することでエネルギー密度の向上が計れることが可能であるから、車載用、家庭用の燃料電池等の水素貯蔵装置として好適である。
【図面の簡単な説明】
【0070】
【図1】(a)は、本発明の実施例のカーボンナノチューブビーズの外観を示す図であり、(b)は、本発明の実施例のカーボンナノチューブビーズを走査顕微鏡(SEM)で観察したSEM像である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水にテトラヒドロフラン及びアセトンのいずれか1つ又は2つを加えた溶液を、多孔質炭素材料に吸収させて、氷点下の温度に冷却しハイドレートの微結晶を作り、120〜200気圧で水素分子を前記ハイドレートの中に吸蔵させることを特徴とする水素吸蔵方法。
【請求項2】
前記多孔質炭素材料として、カーボンナノチューブ又は活性炭を使用することを特徴とする請求項1記載の水素吸蔵方法。
【請求項3】
前記多孔質炭素材料として、カーボンナノチューブを凝集させて形成したカーボンナノチューブビーズを使用することを特徴とする請求項1記載の水素吸蔵方法。
【請求項4】
前記カーボンナノチューブビーズを、直径0.5mm−50mmとすることを特徴とする請求項3記載の水素吸蔵方法。
【請求項5】
水素を吸蔵する多孔質炭素材料から成る水素吸蔵体であって、
前記多孔質炭素材料は、カーボンナノチューブが互いに絡まりあって形成される空隙を有するものであり、
前記空隙には、水にテトラヒドロフラン及びアセトンのいずれか1つ又は2つを加えた溶液が充填可能であり、
該溶液が氷結されて形成されるハイドレートの微結晶内に120〜200気圧で水素分子が吸蔵できることを特徴とする水素吸蔵体。
【請求項6】
水素を吸蔵するカーボンナノチューブの塊りを有する水素吸蔵体であって、
前記カーボンナノチューブの塊りは、カーボンナノチューブが、テトラヒドロフラン、アセトン、蒸留水から成る群のうちのいずれか1又は2以上を用いてゲル化されて固められて成るものであることを特徴とする水素吸蔵体。
【請求項7】
水素を吸蔵するカーボンナノチューブビーズを有する水素吸蔵体であって、
前記カーボンナノチューブビーズは、カーボンナノチューブを凝集させて形成され、カーボンナノチューブが互いに絡まりあって形成される空隙を有し、
前記空隙には、水にテトラヒドロフラン及びアセトンのいずれか1つ又は2つを加えた溶液が充填可能であり、
該溶液が氷結されて形成されるハイドレートの微結晶内に水素分子が吸蔵できることを特徴とする水素吸蔵体。
【請求項8】
水素を吸蔵するカーボンナノチューブビーズを有する水素吸蔵体であって、
前記カーボンナノチューブビーズは、直径20nm−60nmのカーボンナノチューブが、テトラヒドロフラン、アセトン、蒸留水から成る群のうちのいずれか1又は2以上を用いてゲル化されて、直径0.5mm−50mmのビーズ状に形成されたものであることを特徴とする記載の水素吸蔵体。
【請求項9】
前記カーボンナノチューブビーズは、直径50−500nmのマクロ孔を有する多孔質であることを特徴とする請求項7又は8記載の水素吸蔵方法。

【図1】
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【公開番号】特開2007−84361(P2007−84361A)
【公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−272781(P2005−272781)
【出願日】平成17年9月20日(2005.9.20)
【出願人】(504171134)国立大学法人 筑波大学 (510)
【Fターム(参考)】