説明

水酸化脂肪酸の製造方法

【課題】生体触媒を利用して水酸化脂肪酸を製造する方法の提供。
【解決手段】以下の(a)〜(c)から選択されるタンパク質を含む生体触媒を用いて、脂肪酸に水酸基を導入する工程を含むことを特徴とする、水酸化脂肪酸の製造方法:(a)Bacillussubtilis由来のCypC(シトクロムP450ファミリー);(b)上記蛋白質の配列おいて1又は数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換、付加又は転移されたアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸水酸化活性を有するタンパク質;及び(c)上記蛋白質のアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸水酸化活性を有するタンパク質。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体触媒を利用して水酸化脂肪酸を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水酸化脂肪酸類は工業用原料として幅広く利用されている。例えば、α−ヒドロキシ脂肪酸及びその誘導体には、従来、界面活性剤、抗しわ剤等の機能が知られており、また、抗菌活性を有することから、医薬又は農薬中間体等として利用されている。
【0003】
α−ヒドロキシ脂肪酸は天然物から抽出することもできるが、従来、製造方法として、脂肪酸のα位にハロゲン原子を導入した後そのハロゲン原子を加水分解する化学的方法(非特許文献1)等が知られていた。しかし、これらの化学的方法は、2段階工程を要する上、有害なハロゲン化水素等を大量に使用するため、危険性を伴うものであった。また、化学的方法では、光学異性体を等量ずつ含むラセミ体を合成するので、生体利用能の高い光学活性体を得るには、ラセミ体からの光学分割をさらに行う必要があった。
【0004】
一方、生化学的手法としては、従来、シトクロムP450酵素ファミリーや酵母セラミド2−ヒドロキシラ−ゼのヒトホモログを用いた反応によりα位又はβ位に水酸基を導入する方法が知られていた(非特許文献2〜4)。α−ヒドロキシ脂肪酸の製造法としてはまた、固定担体に固定した微生物あるいは植物抽出物由来の生体触媒を用いる手法が開発されており(特許文献1)、生体触媒の具体例として、エンドウ豆若葉若しくはラッカセイ発芽子葉由来の粗酵素、Arthrobacter simplex、Candida rugosaが挙げられている。これらの生体触媒を用いた手法は、化学的手法と比較して温和な反応条件で製造が可能となる上、ハロゲン化水素等の有害な化合物を使用しないので安全性が高い。更に、酵素等の生体触媒を用いた反応の特徴としては、高い位置及び立体選択性が挙げられる(特許文献2及び3)。
【0005】
脂肪酸のような脂溶性の基質に水酸基を導入する酵素の多くは、シトクロムP450と呼ばれる酵素ファミリーに属している。シトクロムP450ファミリーは、脂肪酸以外にもステロイドや芳香族化合物を基質とし、ステロイドホルモンの生合成や代謝等、生体内の様々な反応に関与している。また、シトクロムP450ファミリーは、微生物、植物及び動物に幅広く存在し且つ高度に保存された配列を持つ為、未知タンパク質がシトクロムP450ファミリーであるか否かは、アミノ酸配列から予測可能である(非特許文献5)。
【0006】
一方、シトクロムP450ファミリーのアミノ酸配列とそれらが基質に対して水酸基を導入する位置との関係については、十分な知見が得られていない。そのため、新規P450酵素が発見された場合には、既存の酵素との相同性比較のみならず、実際に反応生成物を分析することによって、その水酸基導入位置の選択性が調べられている。
【0007】
CypCは、Bacillus clausii由来の脂肪酸α位水酸化酵素と推測されている(NCBIデータベースよりhttp://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/entrez)。しかし、公知の酵素のうちCypCに対して最も配列相同性の高いものは、Bacillus subtilis由来の脂肪酸α,β位水酸化酵素であるCYP152A(非特許文献2)であるが、その相同性は51%程度と低い。したがって、相同性解析からCypCの脂肪酸水酸化活性の特性を決定することは困難である。CypCに対して比較的高い相同性を有する他の酵素としては、Shingomonas paucimobilis由来の脂肪酸α位水酸化酵素であるCYP152B1(非特許文献3)がある。しかし、この酵素としてもCypCとの間の相同性は41%に過ぎず、やはり相同性解析の対象にはなり得なかった。このように、従来知られるCypCの活性特性の推定は信頼できるとはいえない。実際にCypCが脂肪酸水酸化活性を有するか否か、及びその水酸化活性における水酸基導入位置の選択性について、これまで信頼できる知見は公知の知見の中には見当たらなかった。当然、より具体的な特性、例えば、鎖長特異性や、特に、水酸化反応の光学特異性に関しては、報告、記載ともに全く見当たらなかった。
【非特許文献1】J. Org. Chem., 1956, 21, 1426
【非特許文献2】Lipids, 1999, Vol.34, no.8: 841-846
【非特許文献3】J. Bio. Chem., 1997, Vol.272, No.38: 23592-23596
【非特許文献4】J. Bio. Chem., 2004, Vol.279, No.47: 48562-48568
【非特許文献5】今井 嘉郎, 「P450の分子生物学」, 2003年, 講談社サイエンティフィック, p15−p34
【特許文献1】特開平11−192096号公報
【特許文献2】特開平2006−320294号公報
【特許文献3】特開平2004−159587号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、生体触媒を利用して水酸化脂肪酸を製造する方法に関する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、生体触媒を利用して脂肪酸から安全且つ効率的に水酸化脂肪酸を製造する手段について検討したところ、Bacillus clausiiに由来するシトクロムP450ファミリーに属するタンパク質であるCypCを含む生体触媒を用いることにより、(S)−α−ヒドロキシ脂肪酸を簡便、安全且つ効率的に製造できることを見出した。
【0010】
即ち、本発明は、以下の(1)〜(3)を提供するものである。
(1)以下の(a)〜(c)から選択されるタンパク質を含む生体触媒を用いて、炭素数6〜30の脂肪酸に水酸基を導入する工程を含むことを特徴とする、水酸化脂肪酸の製造方法:
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換、付加又は転移されたアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸水酸化活性を有するタンパク質;
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸水酸化活性を有するタンパク質。

(2) 以下の(a)〜(c)から選択されるタンパク質を含む生体触媒を用いて、脂肪酸のα位に水酸基を導入する工程を含むことを特徴とする、(S)−α−ヒドロキシ脂肪酸の製造方法:
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換、付加又は転移されたアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸α位水酸化活性を有するタンパク質;
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸α位水酸化活性を有するタンパク質。
(3)前記脂肪酸が炭素数6〜30の脂肪酸である、(2)記載の製造方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明は、生体触媒を用いて、水酸化脂肪酸、好ましくは(S)−α−ヒドロキシ脂肪酸を簡便、安全且つ効率よく製造する方法を提供する。本発明の方法によれば、水酸化脂肪酸、好ましくは光学活性な(S)−α−ヒドロキシ脂肪酸を、天然あるいは合成原料として容易に入手し得る脂肪酸から、化学合成法に比べ温和且つ低環境負荷な反応条件で、高純度に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
後述の実施例に示すように、Bacillus clausii由来のP450ファミリーに属するタンパク質であるCypCは、脂肪酸α位を高度に選択的に水酸化した。さらに、α−ヒドロキシ脂肪酸の中でも、α位に不斉炭素を有するS体のα−ヒドロキシ脂肪酸を選択的に生成した。
【0013】
本発明の水酸化脂肪酸の製造方法では、以下の(a)〜(c)から選択されるタンパク質からなる脂肪酸水酸化酵素が使用される:
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換、付加又は転移されたアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸水酸化活性を有するタンパク質;
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸水酸化活性を有するタンパク質。
本発明の(S)−α−ヒドロキシ脂肪酸の製造方法では、以下の(a)〜(c)から選択されるタンパク質からなる脂肪酸α位水酸化酵素が使用される:
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換、付加又は転移されたアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸α位水酸化活性を有するタンパク質;
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸α位水酸化活性を有するタンパク質。
【0014】
配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質は、P450ファミリーのCypCを構成する。当該タンパク質は、Bacillus clausii KSM-K16株から単離し得る。あるいは、配列番号1で示されるアミノ酸配列をコードする塩基配列を挿入した発現ベクターを導入された宿主から単離してもよい。
【0015】
配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質と実質的に同一なタンパク質もまた、本発明で使用される酵素に包含される。「実質的に同一なタンパク質」とは、脂肪酸水酸化活性、好ましくは脂肪酸α位水酸化活性を有する限りにおいて、配列番号1のアミノ酸配列において1又は数個(例えば、1〜30個、好ましくは1〜20個、より好ましくは1〜10個、さらに好ましくは1〜5個)のアミノ酸が欠失、置換、挿入、付加又は転移されたアミノ酸配列からなるタンパク質をいう。
【0016】
「実質的に同一なタンパク質」としてはまた、脂肪酸水酸化活性、好ましくは脂肪酸α位水酸化活性を有する限りにおいて、配列番号1のアミノ酸配列と、70%以上の配列同一性、好ましくは80%以上の配列同一性、より好ましくは85%以上の配列同一性、さらに好ましくは90%以上の配列同一性、さらにより好ましくは95%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。アミノ配列の同一性は、例えば、リップマン−パーソン法(Lipman−Pearson法;Science,227,1435(1985))によって計算される。具体的には、遺伝情報処理ソフトウェアGenetyx−Win(Ver.5.1.1;ソフトウェア開発)のホモロジー解析(Search Homology)プログラムを用いて、Unit size to compare(ktup)を2として解析を行うことにより算出される。
【0017】
所与のタンパク質と実質的に同一なタンパク質は、公知の技術によって取得される。例えば、実質的に同一なタンパク質は、部位特異的変異法によって、所与のタンパク質のアミノ酸配列から特定の部位のアミノ酸が置換、欠失、挿入、付加等されるようにそのタンパク質の遺伝子の塩基配列を改変することによって得られる。また、上記のような改変された塩基配列を有するポリヌクレオチドは、従来知られている他の突然変異処理によっても取得できる。他の突然変異処理としては、配列番号1のアミノ酸配列をコードするDNAをヒドロキシアミン等でインビトロ処理する方法、及び配列番号1のアミノ酸配列をコードするDNAを保持する微生物等を紫外線照射もしくはニトロソグアニジン等の通常人工突然変異に用いられている変異剤によって処理する方法が挙げられる。
【0018】
また、上記のような塩基の置換、欠失、挿入、付加、及び転移等の改変には、微生物の種あるいは菌株による差等、天然に生じる改変も含まれる。上記のような改変を有するDNAを適当な細胞で発現させ、発現産物の酵素活性を調べることにより、配列番号1のアミノ酸配列からなるタンパク質と実質的に同一のタンパク質及びそれをコードするDNAが得られる。
【0019】
本発明における「脂肪酸水酸化活性」とは、通常シトクロムP450が有する酸素添加活性(この中には基質自身が酸素の受容体となると同時に水素供与体として働く場合も含まれる)を介した脂肪酸炭素鎖への水酸基導入活性をいう。本発明における「脂肪酸α位水酸化活性」とは、上記水酸基導入活性のうち、α位選択的に作用するものをいう。これらの活性は、具体的には、二次代謝産物の合成における様々な反応を触媒する活性として働く。
【0020】
本発明の水酸化脂肪酸の製造方法は、上記の脂肪酸水酸化酵素を含む生体触媒を用いて脂肪酸に水酸基を導入する工程を含むものである。また、本発明の(S)−α−ヒドロキシ脂肪酸の製造方法は、上記の脂肪酸α位水酸化酵素を含む生体触媒を用いて脂肪酸のα位に水酸基を導入する工程を含むものである。すなわち、脂肪酸を、上記の脂肪酸α位水酸化酵素を含む生体触媒と接触させることにより(S)体かつα位選択的に水酸化させ、水酸化反応終了後、反応混合物から目的の(S)−α−ヒドロキシ脂肪酸を単離することにより行うことができる。
【0021】
本発明の方法において、生体触媒は、上記の脂肪酸水酸化酵素または脂肪酸α位水酸化酵素を含む限り、任意の形態で用いられ得る。これらの酵素を含む生体触媒としては、例えば、本発明の酵素を産生する動物細胞、植物細胞、微生物菌体(生菌体、死滅菌体、休止菌体若しくは静止菌体等)等の生体細胞、又はその培養物;本発明の酵素を含むオルガネラ(細胞小器官);上記生体細胞やオルガネラのホモジネート又は抽出物;粗酵素;及び精製酵素等が挙げられる。上記の本発明の酵素を産生する生体細胞等は、天然に存在するものであっても、遺伝子操作を初めとする種々の方法で改変された変異体であってもよい。これらの生体触媒は、単独で使用されても組み合わせて使用されてもよく、また、そのまま使用されてもよいが、溶液、懸濁液等の液体形態や、任意の固相担体に固定された形態であってもよい。
【0022】
固相担体に固定された生体触媒としては、上記生体触媒を、任意の水不溶性固相担体に公知の方法に従って固定したものが挙げられる。生体触媒を固形担体に固定化することにより、バッチ反応における回収・再使用が容易で、かつ半連続、連続反応にも容易に使用可能となることから、長期且つ繰り返して使用可能な固定化生体触媒が得られる。
【0023】
担体への結合法としては、例えば、特開平11−192096号公報に記載されるような、物理的吸着法、イオン結合法、共有結合法、架橋法、包括法又はこれらの組み合わせが挙げられる。結合に用いられる担体としては、例えば、以下:活性炭、多孔性ガラス、酸性白土、漂白土、カオリナイト、アルミナ、シリカゲル、ベントナイト、ヒドロキシアパタイト、リン酸カルシウム、金属酸化物のような無機物質;デンプン、グルテンのような天然高分子;多孔性の合成樹脂;セラミック;限界濾過膜や限界濾過膜でできた中空糸;疎水基をもつブチル−ヘキシルセファデックス;タンニンをリガンドとするセルロース誘導体;イオン交換基をもった多糖類(DEAE−Sephadex);イオン交換樹脂;天然又は合成高分子のゲル又はマイクロカプセル、が挙げられる。
【0024】
本発明の方法においては、必要に応じて、上記の脂肪酸水酸化酵素または脂肪酸α位水酸化酵素とともに、適切な酵素、補酵素、その他の本発明の水酸化反応に必要な物質が用いられる。例えば、酸素源が必要とされる場合には、適宜、過酸化水素、酸素、及びグルコースオキシダーゼとグルコース等が用いられる。また必要に応じて金属イオン(Fe2+、Fe3+等)が用いられる。上記動物、植物細胞、オルガネラ、微生物菌体等は、水酸化に必要とされる酵素系や補酵素系を含有している点で、好ましい生体触媒である。
【0025】
以上に示した生体触媒を用いた本発明の方法による水酸化脂肪酸の製造は、化学的手法に比べてマイルドな条件で行うことができる。例えば、生体触媒に含まれる本発明の酵素と原料脂肪酸との反応においては、pHは通常、本発明の酵素の至適pH(pH5〜9、好ましくはpH7〜7.5)付近に緩衝液を用いて調整される。反応温度は20〜60℃、好ましくは25〜30℃である。反応時間は、1分〜48時間、好ましくは1〜12時間である。反応系には、原料脂肪酸の溶解性を向上させる為に、適宜ノニオン、アニオン、カチオン、両性等の界面活性剤を添加してもよい。同様に、脂肪酸の溶解性向上の為に有機溶媒を添加してもよい。これらの有機溶媒は、酵素活性を阻害せず、原料脂肪酸を溶解するものであれば、いずれの溶媒も使用可能である。具体例としては、アルコール類、ケトン類、エーテル類等の極性溶媒、ピリジン、ジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、キノリン等の含窒素溶媒、ジメチルスルホキシド等の含硫黄溶媒、芳香族や飽和、不飽和炭化水素等の非極性溶媒等が使用され得るが、エタノール5%添加が最も好ましい。
【0026】
生体触媒として生体細胞培養物を利用する場合、例えば、当該培養物に原料脂肪酸を添加することができる。水酸化反応に必要な補酵素等は、細胞内のものを利用すればよいが、必要に応じて培養物中に添加してもよい。原料及び適切な物質を添加した培養物を、適切な培養条件下で一定時間保持することにより、培養物中の本発明の酵素と原料脂肪酸とが反応し、水酸化脂肪酸または(S)−α−ヒドロキシ脂肪酸が生成される。上記適切な培養条件及び時間は、用いる細胞の種類によって異なるが、当業者の通常の知識に従って適宜設定すればよい。
【0027】
本発明で使用される反応原料の脂肪酸は、炭素数が6〜30、好ましくは10〜16の天然又は合成品であり、直鎖もしくは分岐鎖状で、飽和又は不飽和の脂肪酸である。これらの脂肪酸の例としては、カプロン酸、エナント酸、カプリル酸、ペラルゴン酸、カプリン酸、ラウリン酸、トリデシル酸、ミリスチン酸、ペンタデシル酸、パルミチン酸、ヘプタデシル酸、ステアリン酸、ノナデカン酸、アラキン酸、ベヘン酸、リグノセリン酸、セロチン酸、ヘプタコサン酸、モンタン酸、メリシン酸、等の直鎖飽和脂肪酸;ウンデシレン酸、オレイン酸、エライジン酸、バクセン酸、ガドレイン酸、エルカ酸、ネルボン酸、リノール酸、リノレン酸、エレオステアリン酸、ステアリドン酸、アラキドン酸、エイコサペンタエン酸等の直鎖不飽和脂肪酸;3-メチルヘプタン酸、3−メチルオクタン酸、3−メチルデカン酸、4−メチルドデカン酸、4−メチルテトラデカン酸、3−メチルヘキサデカン酸、3−メチルオクタデカン酸、フィタン酸等の分岐鎖飽和脂肪酸;ならびに3−メチルウンデシレン酸、4−エチルオレイン酸、4−メチルエライジン酸、3−メチルエルカ酸、3−エチルブラシジン酸、3−メチルリノール酸、3−エチルリノレン酸、3−メチルアラキドン酸等の分岐不飽和脂肪酸等が挙げられるが、直鎖飽和脂肪酸が好ましい。これらの原料脂肪酸は、単独もしくは組み合わせて使用され得る。組み合わせて使用する場合には、やし油、パーム核油、なたね油、牛脂脂肪酸混合物等も用いられる。
【0028】
本発明の方法により製造される水酸化脂肪酸の例としては、先に挙げた原料脂肪酸の炭素鎖上に水酸基が導入されたものが挙げられる。本発明の方法により製造される(S)−α−ヒドロキシ脂肪酸の例としては、先に挙げた原料脂肪酸の炭素鎖上のα位に水酸基が導入されたものの(S)体が挙げられ、それらの例としては以下のものの(S)体が挙げられる。2−ヒドロキシカプロン酸、2−ヒドロキシカプリル酸、2−ヒドロキシカプリン酸、2−ヒドロキシラウリン酸、2−ヒドロキシミリスチン酸、2−ヒドロキシペンタデカン酸、2−ヒドロキシパルミチン酸、2−ヒドロキシパルミトレイン酸、2−ヒドロキシステアリン酸、2−ヒドロキシリノール酸、2−ヒドロキシリノレン酸、2−ヒドロキシ−γ−リノレン酸、2−ヒドロキシ−4−メチルドデカン酸、2−ヒドロキシリグノセリン酸、2−ヒドロキシフィタン酸。これらのヒドロキシ脂肪酸は、光学活性体として得られることが多く、また、必要に応じて光学純度の向上が必要な場合には、光学分割法により光学純度の高い光学異性体を得ることも出来る。
【0029】
斯くして製造された水酸化脂肪酸または(S)−α−ヒドロキシ脂肪酸は、反応終了後、反応系から単離され、回収される。単離は、当該分野で公知の任意の方法によって行うことができる。例えば、反応物を遠心又は濾過することによって、生成物を生体触媒から分離し、その後、クロマトグラフィーを行うことによって、高純度な生成物を含む画分を得ることができる。
【0030】
α−ヒドロキシ脂肪酸は、界面活性剤の原料となり(特開平2−283799号公報)、また抗しわ効果(特開平8−217622号公報)を有する。また、α−ヒドロキシ脂肪酸のエステル体は、抗菌性等の生理活性を有し、なお光学活性のα−ヒドロキシ脂肪酸のエステルはラセミ体よりも抗菌活性が高い(特開平8−325107号公報)。したがって、本発明の方法により製造される(S)−α−ヒドロキシ脂肪酸、及びその塩もしくは誘導体は、皮膚、毛髪等の洗浄剤、及び野菜、果物等の食品や食品用の洗浄剤として、クリーム、乳液等の種々の化粧品の有効成分として、ならびに種々の医薬又は農薬の有効成分又はそれらの中間体として、有用である。
【実施例】
【0031】
以下に本発明を実施例に基づいて詳細に説明する。
【0032】
(実施例1:Bacillus clausii由来P450、CypCの取得)
(i)大腸菌によるCypCの発現
タンパク質生産用宿主としてEscherichia coli BL21Star (DE3)(インビトロジェン)を用いた。グルタチオンSトランスフェラーゼ(GST)とCypCの融合タンパク質(GST-CypC)を高発現するベクターであるpGEXCypCは、CypC遺伝子をpGEX-6P(GE ヘルスケア)のマルチクローニングサイトに挿入したプラスミドである。CypC遺伝子の増幅はB. clausii KSM-K16株ゲノムを鋳型とし、プライマーとしてCypC/EcoRI FW、CypC/SalI RVを使用して行った(配列番号2,3)。PCRにはPyrobest DNAポリメラーゼ(タカラバイオ)を用いた。PCRの組成は添付のプロトコールに従った。PCR条件は、98℃1分の後に、98℃10秒、55℃30秒、72℃1分30秒のサイクルを25回行った。増幅した約1.2kbpのDNA断片をEcoRI、SalIで処理し、pET21a、pGEX-6PのEcoRI、SalIサイトに挿入した。pGEXCypCが導入された大腸菌の形質転換体を以下の様に培養し、タンパク質の発現誘導を行った。即ち、種培養液をアンピシリン100ppmを含むLB培地にそれぞれ1%(v/v)植菌し、37℃、150rpmでOD600=約0.4になるまで振盪培養した。次に終濃度としてイソプロピル−β―D−ガラクトシピラノシド(IPTG)を0.5mM、ヘムの原料となるアミノレブリン酸を1mM、FeCl3・6H2Oを0.001%(v/v)となるよう添加し、更に25℃、120rpmで14時間振盪培養した。培養液を4℃、8000rpmで15分間遠心して集菌し、50mMTris−HCl (pH8.0)緩衝液で1回洗菌を行った。
(ii)組換えタンパク質の精製
回収した菌体を、コンプリートミニEDTAフリー(ロシュ)を1錠/10mLとなるように溶解させた50mMTris−HCl (pH8.0)150mLに懸濁し、懸濁液中の菌体を破砕した後、破砕液を4℃、15000rpmで15分間遠心し、上清を取得した。上清を除菌処理した後、アフィニティークロマトグラフィー法により精製し、CypCを取得した。
【0033】
(参考例1:反応系)
以下の実施例で構築した反応系では、下記の式1の反応により、反応液中のグルコースとグルコースオキシダーゼ(GOD)から、CypCによる脂肪酸の水酸化に必要な過酸化水素を発生させた。この反応系では理論上、1 UnitのGODから1分間に1μmolの過酸化水素が発生する。
【0034】
(式1)
グルコース+H2O+O2 ⇒ D-グルコノ-δ-ラクトン+H22
GOD
【0035】
(実施例2:ヒドロキシラウリン酸の合成)
(i)材料及び手順
終濃度として0.5g/Lのラウリン酸、0.1M PBS(137mM NaCl、8.1mM Na2HPO4、2.68mM KCl、1.47mM KH2PO4:pH7.4)、10〜200mL/L精製酵素液(タンパク質濃度:1.1mg/mLを使用)、3mMグルコース(500mMグルコース液を希釈して使用)、1×103 Units/L GOD、5%(v/v)エタノールとなるよう調製し、25℃、150rpmで5時間振盪した。反応液に0.02倍容の濃塩酸を添加し反応を停止させた後、反応物を0.4倍容の酢酸エチルで抽出した。抽出した酢酸エチル層を遠心濃縮機で乾固させた後、適量の酢酸エチルに溶解し、そのうちの一部を採取し薄層クロマトグラフィー(TLC)分析、及びガスクロマトグラフィーを行った。
(ii)ヒドロキシラウリン酸の分析
TLC分析を行った結果、生成物のバンドがα−ヒドロキシラウリン酸と同じ位置に生じた。更にガスクロマトグラフィーでも生成物のピークが、α−ヒドロキシラウリン酸のピークと同じ保持時間で検出された。また、生成物のピークは、β−ヒドロキシラウリン酸等の、脂肪酸のα位以外に水酸基が導入されたヒドロキシ脂肪酸と同じ保持時間では出現しなかった事から、CypCによる脂肪酸の水酸化反応は、α位に特異的に水酸基を導入するものである事が明らかになった。
【0036】
(実施例3:添加有機溶媒種及び添加量とα−ヒドロキシラウリン酸生成量との関係)
反応液(0.5g/Lラウリン酸、0.1MPBS(pH7.4)、50mL/L精製酵素液、3mMグルコース、1×103 Units/L GOD)に、酢酸エチル、アセトン又はエタノール1〜5%(v/v)(あるいはエタノール0〜20%(v/v))をそれぞれ添加し、実施例2と同様に25℃、150rpmで5時間振盪した。反応を濃塩酸で停止させ、反応物を酢酸エチルで抽出した後、TLCにより反応性の確認を行った(図1)。この結果、反応液中にエタノールを5%添加した際に最も残存基質量が減少し、生成物であるα−ヒドロキシラウリン酸の量が多くなることがわかった。
【0037】
(実施例4:pH依存性)
反応液(0.2g/Lラウリン酸、0.1M各種バッファー、50mL/L精製酵素液、1mM過酸化水素)にエタノール 5%(v/v)をそれぞれ添加し、実施例2と同様に25℃、150rpmで5時間振盪した。反応を濃塩酸で停止させ、反応物を酢酸エチルで抽出した後、三フッ化ホウ素メタノール溶液(メルク)を用いたフッ化ホウ素法によりメチルエステル化した後、ガスクロマトグラフィーによる反応性の確認を行った(図2)。この結果、CypCの反応至適pHは7〜7.5であることが判明した。
【0038】
(実施例5:基質特異性)
反応液(0.2g/L各種飽和脂肪酸もしくはオレイン酸、0.1MPBS(pH7.4)、50mL/L精製酵素液、3mMグルコース、1×103 Units/L GOD)をそれぞれ添加し、実施例2と同様に25℃、150rpmで5時間振盪した。反応を濃塩酸で停止させ、反応物を酢酸エチルで抽出した後、TLCにより反応性の確認を行った(図3)。この結果、CypCによる脂肪酸水酸化反応は、鎖長10から18、より特異的には鎖長10から16の飽和脂肪酸及び不飽和脂肪酸であるオレイン酸に対し行われることが明らかとなった。
【0039】
(実施例6:α−ヒドロキシパルミチン酸の合成)
(i)材料及び手順
GST-CypCの精製酵素液(0.4mg/mL)を用いて、終濃度0.1MPBS(pH7.4)、0.3g/Lパルミチン酸、225mL/L精製酵素液、9mMグルコース、1×103 Units/L GOD、5%(v/v)エタノールを、25℃、150rpmで1時間振盪した。濃塩酸を添加して反応を停止させた後、反応物を酢酸エチルで抽出し、抽出した酢酸エチル層に5%(w/v)のMgSO4を加えて20分攪拌して脱水させた後、遠心濃縮機で乾固させ反応固形物を取得した。
(ii)α−ヒドロキシパルミチン酸の精製
反応乾固物の9倍量のシリカゲルをクロロホルムに懸濁し、予めシリカゲル層が直径:高さ=1:10〜20になるように設定したカラムに充填した。最少量の展開溶媒で溶かした反応物をカラムの上部に静かに添加し、展開溶媒を流してシリカゲルに吸着させた。その後シリカゲルの体積と同容〜3倍容の展開溶媒を流し、シリカゲルの1/10容ずつ分画を行った。TLCで各画分に含まれる反応物を確認し、α-ヒドロキシパルミチン酸のみを含むと見られる画分をまとめて乾固させ、未反応の基質を含む画分については、同様に再精製を行った。反応物の一部(約10mg)を三フッ化ホウ素メタノール溶液(メルク)を用いたフッ化ホウ素法によりメチルエステル化し、ガスクロマトグラフィーによる純度検定に供した結果、純度約88%のα−ヒドロキシパルミチン酸を含む事がわかった。
(iii)α−ヒドロキシパルミチン酸の光学純度分析
精製したα−ヒドロキシパルミチン酸の光学純度を、3、5−ジニトロフェニルイソシアネートで誘導体化し、光学活性カラムOA−3100を用いて測定した。その結果、CypCによる脂肪酸の水酸化反応では、光学純度86.7%e.e.で(S)−α−ヒドロキシパルミチン酸が合成される事がわかった(図4)。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】異なる添加有機溶媒種及び添加量でのCypCによる脂肪酸の水酸化反応。
【図2】CypCの反応におけるpH依存性。
【図3】各種脂肪酸に対するCypCの反応性。1、2のレーンには、コントロールとして2g/Lの各試薬を展開した。Cの後の数字は、基質である飽和脂肪酸の炭素数を示す。下線で示したレーンの左は反応前、右は反応後のサンプルを供した結果である。3のレーンには基質としてオレイン酸を用いた反応物を供した。図中の矢印はオレイン酸の移動度を示した。
【図4】光学分割カラムによる光学純度の分析結果。図中、D体はR体を、L体はS体を示す。D/L比=6.7/93.3、光学純度%e.e.=86.7。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の(a)〜(c)から選択されるタンパク質を含む生体触媒を用いて、炭素数6〜30の脂肪酸に水酸基を導入する工程を含むことを特徴とする、水酸化脂肪酸の製造方法:
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換、付加又は転移されたアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸水酸化活性を有するタンパク質;
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸水酸化活性を有するタンパク質。
【請求項2】
以下の(a)〜(c)から選択されるタンパク質を含む生体触媒を用いて、脂肪酸のα位に水酸基を導入する工程を含むことを特徴とする、(S)−α−ヒドロキシ脂肪酸の製造方法:
(a)配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b)配列番号1で示されるアミノ酸配列において1又は数個のアミノ酸が欠失、挿入、置換、付加又は転移されたアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸α位水酸化活性を有するタンパク質;
(c)配列番号1で示されるアミノ酸配列と70%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、且つ脂肪酸α位水酸化活性を有するタンパク質。
【請求項3】
前記脂肪酸が炭素数6〜30の脂肪酸である、請求項2記載の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−51174(P2010−51174A)
【公開日】平成22年3月11日(2010.3.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−216335(P2008−216335)
【出願日】平成20年8月26日(2008.8.26)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)
【Fターム(参考)】