説明

波長分散型X線分光器

【課題】詳細で精密な分析を短時間で行うことができ、しかも、個体差の少ない波長分散型X線分光器を提供する。
【解決手段】試料Sから放出されたX線が分光され、X線検出器10に導入されることにより該X線検出器10から出力される信号はプリアンプ14を経てA/D変換器30に入力され、所定のサンプリング周期でサンプリングされディジタル化された後、ディジタル処理回路32に入力される。ディジタル処理回路32は、入力されたディジタル信号をその波高値に応じて弁別した後、それぞれ独立的に計数し、波高分布データを作成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電子線プローブ微小分析装置、走査電子顕微鏡、透過電子顕微鏡、蛍光X線分析装置等に用いられる波長分散型X線分光器に関する。
【背景技術】
【0002】
電子線プローブ微小分析装置(EMPA)では、高エネルギーを有する電子ビームを励起線として試料に照射し、それによって試料から放出される固有X線を分析することにより試料に含まれる元素の同定や定量を行ったり、元素の分布を調べたりする。このようなEMPAで用いられるX線の分光器には大別して波長分散型(WDS)とエネルギー分散型(EDS)とがある。
波長分散型X線分光器は、X線を分光結晶等で分光し、特定波長(エネルギー)を有するX線のみを検出器に導入して検出する。一方、エネルギー分散型X線分析装置は、X線を波長選別を行わずに直接半導体検出器に導入し、その検出信号をエネルギー(つまり波長)毎に分離する。このようにエネルギー分散型では、多数の波長の情報が同時に得られるため、短時間で波長(又はエネルギー)に対するX線強度分布を取得できるが、波長分解能やS/N比が比較的低い。これに対して、波長分散型は分光結晶で波長を逐次選別してから検出するため、高い波長分解能とS/N比でX線強度分布を取得できる(例えば特許文献1参照)。
【0003】
図5は従来の波長分散型X線分析装置の概略構成図である。図5に示すように、電子ビームが照射されることにより試料Sから放出されたX線は分光結晶10に入射する。分光結晶10に入射したX線は波長分散されることにより、特定波長を有するX線が選別されてX線検出器12に入射する。
具体的には、X線検出器12には次式(1)に示すブラッグの式を満たすX線が選別されて到達する。
2d・sinθ=nλ ・・・(1)
ここで、dは分光結晶の光子面間隔(格子定数)、θは分光結晶へのX線の入射角、λはX線の波長、nは自然数で回折次数を表す。
【0004】
式(1)から明らかなように、X線検出器12には1次線(n=1)だけでなく、n=2以上のいわゆる高次線が混在して到達する。次数の異なるX線は波長、即ちエネルギーが異なるため、それぞれ異なる高さのパルス状の波形としてX線検出器12から出力される。そこで、単一波長のX線(通常は1次のX線)を選別するために、X線検出器12から出力されるパルス状の波形はプリアンプ14で増幅された後、波高弁別回路16にて所定の波高値を有するパルス信号のみが選別され、計数回路18にて計数される。
この場合、X線検出器12から出力される信号には各種ノイズが重畳しているため、波高弁別回路16の前段に波形整形回路20を設けて、X線検出器12からのパルス信号を適当な波形形状に整えるようにしている。前記波形整形回路20には通常、ノイズを除去するためのCRフィルタが用いられている。
【特許文献1】特開2000-180392号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところが、このような従来の波長分散型X線分析装置では次のような問題がある。即ち、CRフィルタのようなアナログ部品は部品間のバラツキが大きく、バラツキによる固体差をなくすための調整が必要となる。
更に、従来の波長分散型X線分析装置では、波高弁別回路16による弁別範囲の設定値を決めるために、実際の測定に先立って波高分布を求めるためのパルス信号の計数作業を行う必要がある。つまり、波高弁別回路16の弁別範囲の設定値を順次変更してパルス信号を計数し、波高と信号強度との関係(波高分布)を求めてから、波高弁別回路16による弁別範囲の設定値を決める必要があり、分析時間が長くなってしまう。
【0006】
本発明は上記課題を解決するためになされたものであり、その目的は、詳細で精密な分析を短時間で行うことができ、しかも、個体差の少ない波長分散型X線分光器を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するためになされた本発明は、試料から発生するX線を分光素子で分光しX線検出器に導入して検出する波長分散型X線分光器において、
a) 前記X線検出器の出力信号をディジタル信号に変換するA/D変換手段と、
b) 前記ディジタル信号からパルス部分を抽出し、該パルス部分をその波高毎に分別し、それぞれを独立的に計数することにより波高分布データを求める波高分布データ取得手段と、
を備えることを特徴としている。
【0008】
本発明に係る波長分散型X線分光器は、X線検出器からのパルス状の信号を波高毎に独立的に計数して波高分布データを求めるようにしたことにより、得られた波高分布データから定量分析に利用する波高の範囲を決めることができる。波高の範囲を決める方法は特に限定されないが、例えば波高分布データに基づく波高分布図を表示部に表示させ、その波高分布図を見ながら作業者が決めるように構成してもよく、予め記憶された元素毎の波高分布データとの比較により自動的に決まるようにしても良い。
尚、X線検出器による電気信号は、そのままディジタル信号に変換することもできるが、増幅してからディジタル信号に変換することも可能である。
【0009】
X線検出器に1次線と高次線とが混在して到達した場合には、波高分布データに複数のピークが現れる。そこで、前記波高分布データに基づいてピークを検出し、そのピークのX線強度を算出する強度算出手段を設け、前記強度算出手段は、複数のピークを検出したときはピーク分離処理を行い、各ピークのX線強度を算出するように構成するとよい。これにより、重複しているピークの影響を取り除くことができ、各ピークのX線強度を精度良く算出することができる。
【0010】
また、本発明に係る波長分散型X線分光器の一態様として、前記分光素子及びX線検出器を所定の角度関係を保って走査することにより前記分光素子へのX線の入射角度を走査する走査手段と、走査角度位置毎の波高分布データを記憶する波高分布データ記憶手段とを設けることができる。
【0011】
更に、別の態様として、ディジタル信号の波高の時系列データを記憶する波高データ記憶手段を設けることも良い構成である。このような構成において前記分光素子及びX線検出器を所定の角度関係を保って走査することにより前記分光素子へのX線の入射角度を走査する走査手段を設ける場合には、前記波高データ記憶手段は、走査角度位置毎のディジタル信号の波高の時系列データを記憶すると良い。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る波長分散型X線分光器は、X線検出器による出力信号の全体波形をディジタル信号に変換し、その後の処理をディジタル的に行うように構成したことにより、アナログ回路を用いて処理していた従来構成に比べて個体差を小さくすることができる。また、ディジタル信号をその波高毎に分別し、それぞれ独立的に計数することにより波高分布データを得るようにしたため、試料に含まれる元素の定量分析に要する時間を短縮することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明を電子線プローブ微小分析装置(EPMA)に適用した一実施例について図1〜図4を参照しながら説明する。図5で説明した構成要素と同一のものについては同一の符号を付している。
図1は本実施例に係るEPMAの概略構成図である。本実施例に係るEPMAは、ビーム発生部28、分光素子である湾曲型の分光結晶10、X線検出器12、プリアンプ14、A/D変換器30、ディジタル処理回路32、波長走査駆動部34、表示部38、前記ディジタル処理回路32及び波長走査駆動部34を制御する制御部36を備えて構成されている。
【0014】
前記分光結晶10の結晶面、X線検出器12の入射面(前記分光結晶10の出射側焦点)、試料S上の電子ビーム照射位置(分光結晶10の入射側焦点)はローランド円上に乗っており、X線検出器12及び分光結晶10は波長走査駆動部34により、それぞれ同軸上の周りに1:2の回転角度比で回転駆動されるようになっている。これにより、分光結晶10とX線検出器12とは倍角の関係(θ、2θ)を保って移動し、X線検出器12に入射するX線の波長(エネルギー)が走査される。
また、図示しないが試料Sは試料テーブルに載置されており、この試料テーブルを水平方向に移動させることにより試料S上の電子ビーム照射位置を走査できるようになっている。
【0015】
ビーム発生部28にて発せられた電子ビームが試料Sに当たると、これにより励起されたX線が試料Sより放出され、分光結晶により波長選別されてX線検出器12に入射して検出される。X線検出器12からの出力はプリアンプ14にて増幅される。このときの出力は電圧パルス信号となる。この信号の高さの違いが回折次数に対応している。この電圧パルス信号はA/D変換器30にて所定のサンプリング周期でサンプリングされ、ディジタル化されてディジタル処理回路32に入力される。
【0016】
ディジタル処理回路32では、ディジタル化された信号波形をディジタル的にフィルタリングした後、パルス部分を抽出し、各パルス部分を波高値に応じて弁別し、それぞれを独立的に並列に計数する。そして、波高分布データを作成してデータメモリ32aに格納する。これにより、図2に示すような波高分布データが得られる。このように弁別後のパルス信号をそれぞれ独立的に且つ並列に計数することにより、波高分布データの作成時間を短縮できる。
また、波長走査駆動部34による分光結晶10の回動動作に同期させて波高分布データを得るために、波長走査駆動部34からディジタル処理回路32に同期信号が送られるようになっている。これにより、データメモリ32aには、走査角度位置毎の波高分布データが時系列で格納される。
尚、波長走査駆動部34からディジタル処理回路32に同期信号を送る構成に代えて、制御部36から波長走査駆動部34及びディジタル処理回路32に制御信号を送るようにしてもよい。
【0017】
次に、ディジタル処理回路32で行われるデータ処理について図3及び図4を参照して説明する。
測定が開始されると、ビーム発生部28で発生した電子ビームが試料Sに照射され、試料Sの電子ビーム照射位置からX線が放出される。これにより、ディジタル処理回路32にて波高分布データが作成される。また、制御部36の制御の下、波長走査駆動部34により分光結晶10とX線検出器12とが駆動される。この結果、X線検出器12で検出されるX線の波長範囲が走査され、その走査角度位置毎の波高分布データがディジタル処理回路32にて取得される。取得された波高分布データはデータメモリ32aに格納されると共にそれに基づく波高分布図が表示部38に表示される。図3は走査角度位置毎に取得された波高分布図の一例を示している。
【0018】
また、試料Sが載置された試料テーブルを水平方向に移動させて試料S上の電子ビーム照射位置を走査する場合は、照射位置毎の波高分布データが取得される。試料テーブルの移動は制御部36の制御の下で行われる。このときディジタル処理回路32にて取得される波高分布データは、走査角度位置に加えて試料テーブルの位置、つまり試料S上における電子ビーム照射位置と共にデータメモリ32aに格納される。
【0019】
波高分布データが取得されると、ディジタル処理回路32はピーク検出処理を実行し、ピーク面積やピークの高さつまり信号強度から定量分析を行う。また、試料Sに含まれる元素の強度分布や元素の含有量分布に関する情報を得るための処理を実行する。このとき、複数のピーク、例えば図4に示すように2つのピークP1及びP2が重複している場合にはピーク分離処理を実行し、各ピークについて定量分析等を行う。
【0020】
ピーク分離処理としては例えば周知の関数フィッティング処理を用いることができる。関数フィッティング処理では、ガウス関数やローレンツ関数等といった関数が与える曲線を拡大、縮小等して一つの検出ピークにフィッティングさせ、そのフィッティングした関数が与えるピーク位置、ピーク強度を求めた後、その検出ピークからフィッティングした関数の値を差し引いてピークを除き、さらに残余の検出ピークについても同様の処理を行ってピーク位置とピーク強度を求めることで、順次ピーク分離を行う。これにより近接するピークを分離して相互のピークの影響が取り除くことができるため、真のピーク波長やピークの高さを求めることができる。これにより、正確な定量分析が可能となる。
【0021】
なお、上記実施例は一例であって、以下のような変更や修正を行うことができる。
波高分布データに計数値がゼロになる部分が存在する場合に、全ての波高についてその計数値を記憶することとすると、データメモリの記憶領域の無駄に消費してしまうことになる。そこで、波高値の時系列データをデータメモリに格納するようにすると良い。また、走査角度位置毎の波高値の時系列データを格納するようにしても良い。このような構成によれば、データメモリの記憶領域を節約することができる。
【0022】
波高分布データ或いは波高データをデータメモリに格納する際に対応付ける情報としては、走査角度位置、サンプリング時刻の他、雰囲気温度、電子ビームのエネルギー等の種々の情報を用いることができる。
分光結晶として平板型分光結晶を用いても良い。この場合は、試料から放出されるX線はマルチキャピラリX線レンズを通して平行化され、分光結晶により分光されて特定の波長を持つX線のみがソーラースリットを通って検出器に入射する。このような構成においても、分光結晶及び検出器は波長走査駆動部により倍角の関係を保って回転駆動される。
試料テーブルを水平方向に移動する代わりにビーム発生部を制御することにより試料S上の電子ビームの照射位置を走査するようにしても良い。
【0023】
また、上記以外にも本発明の趣旨の範囲で適宜変形、追加、修正を加えても本願の特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の一実施例を示す電子線プローブ微小分析装置の概略構成図。
【図2】本実施例のEPMAで取得される波高分布データの一例を示す図。
【図3】本実施例のEPMAで取得される走査角度位置毎の波高分布図の概念図。
【図4】ピーク分離処理を説明するための図。
【図5】従来の電子線プローブ微小分析装置の概略構成図。
【符号の説明】
【0025】
10…分光結晶
12…X線検出器
14…プリアンプ
16…波高弁別回路
18…計数回路
20…波形整形回路
28…ビーム発生部
30…A/D変換器
32…ディジタル処理回路
32a…データメモリ
34…波長走査駆動部
36…制御部
38…表示部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料から発生するX線を分光素子で分光し、X線検出器に導入して検出する波長分散型X線分光器において、
a) 前記X線検出器の出力信号をディジタル信号に変換するA/D変換手段と、
b) 前記ディジタル信号からパルス部分を抽出し、該パルス部分をその波高毎に分別し、それぞれを独立的に計数することにより波高分布データを求める波高分布データ取得手段と、
を備えることを特徴とする波長分散型X線分光器。
【請求項2】
前記波高分布データに基づいてピークを検出し、そのピークのX線強度を算出する強度算出手段を備え、
前記強度算出手段は、複数のピークを検出したときはピーク分離処理を行い、各ピークのX線強度を算出することを特徴とする請求項1に記載の波長分散型X線分光器。
【請求項3】
前記分光素子及びX線検出器を所定の角度関係を保って走査することにより前記分光器へのX線の入射角度を走査する走査手段と、
走査角度位置毎の波高分布データを記憶する波高分布データ記憶手段と、
を備えることを特徴とする請求項1又は2に記載の波長分散型X線分光器。
【請求項4】
ディジタル信号の波高の時系列データを記憶する波高データ記憶手段を備えることを特徴とする請求項1又は2に記載の波長分散型X線分光器。
【請求項5】
前記分光素子及びX線検出器を所定の角度関係を保って走査することにより前記分光素子へのX線の入射角度を走査する走査手段を備え、
前記波高データ記憶手段は、走査角度位置毎のディジタル信号の波高の時系列データを記憶することを特徴とする請求項4に記載の波長分散型X線分光器。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2009−264926(P2009−264926A)
【公開日】平成21年11月12日(2009.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−114829(P2008−114829)
【出願日】平成20年4月25日(2008.4.25)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】