説明

活性化ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ

【課題】脂質蓄積に関与するジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ(DGAT)蛋白質のN末端から23〜37番目の配列を欠失させたN末端側配列欠失DGAT蛋白質。
【解決手段】該蛋白質は全長のDGAT蛋白質よりも活性が大幅に向上している。該蛋白質は、表面プラズモン共鳴測定用基板に固定化し、表面プラズモン共鳴測定法を利用することにより、DGAT蛋白質の阻害因子あるいは活性化因子の検出、定量、スクリーニングを極めて迅速、効率的に行うことが可能となる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、活性化されたジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ及び、その遺伝子、及び該活性化されたジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼの利用に関する。
【背景技術】
【0002】
ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ(DGAT)は、貯蔵脂質の主要成分であるトリアシルグリセロールの合成酵素であり、貯蔵脂質の合成に重要な役割をもつ酵素である。このため、油糧微生物、植物による脂質生産を改変するためのターゲットであり(非特許文献1参照)、反対に、肥満、高脂血症、糖尿病などのメタボリックシンドロームに関係する脂質蓄積を改善するためのターゲットでもある(非特許文献2参照)。
【0003】
DGATは、その遺伝子配列より、コレステロールアシルトランスフェラーゼと相同性を有するDGAT1(非特許文献3参照)とモルティエレラ・ラマニアナ・バー・アングリスポラより精製したDGATの遺伝子配列と相同性を有するDGAT2(特許文献1,非特許文献4参照)に分類される。両者間では、相同性は有していない。両者ともに、微生物、植物、動物でオルトログが存在するが、トリアシルグリセロール合成における役割は、異なっていると考えられる。
【0004】
マウスでは、DGAT1の破壊はトリアシルグリセロール合成の低下をそれほどもたらさず、食餌による肥満に対して耐性を示すのに対し(非特許文献5参照)、DGAT2の破壊ではトリアシルグリセロールの顕著な低下を示し、誕生後直ちに死亡する(非特許文献6参照)。また、出芽酵母でもDGAT1タイプであるARE1, ARE2遺伝子の破壊よりも、DGAT2タイプであるDGA1遺伝子の破壊がトリアシルグリセロール合成の顕著な低下をもたらした(非特許文献7参照)。以上の結果より、DGAT2タイプの酵素がトリアシルグリセロール合成の主要な反応を担っていると考えられている。
【0005】
DGATは、既に述べたように脂質生産あるいは脂質蓄積における重要な酵素であり、その酵素活性、他の物質との相互作用能を活性化あるいは阻害する物質の探索は、脂質生産の向上及び脂質蓄積に伴う疾病の改善に重要である。しかしながら、DGATは膜結合性の不安定な酵素であり、天然での安定な酵素の供給源は知られていない。一方、DGAT遺伝子を取得して(非特許文献4、非特許文献8、特許文献1,2参照)、昆虫細胞、サッカロミセス・セレビジアなどで発現させて、酵素活性のある遺伝子産物を取得することは行われているが、報告によって得られた酵素活性にはばらつきがあり、安定して高い活性を示していない。
【0006】
さらに、DGATの酵素活性は、放射性同位元素を用いて溶液中で反応させた後に、基質と反応産物を薄層クロマトグラフィーなどで分離して測定するなどの煩雑な方法を必要とする。また、蛋白質、低分子化合物などとの相互作用の測定も、何らかの標識した蛋白質、化合物を必要とし、DGATと結合した複合体を何らかの方法で分離するなどの煩雑な方法を必要とする。従って、現状では、十分に高い酵素活性をもつDGATを使用して、その酵素活性、相互作用能を活性化あるいは阻害する有用物質の探索を迅速にハイスループットで行うことは難しい。
【0007】
一方、本発明者らは、先に、サッカロミセス・セレビシェのSNF2遺伝子破壊株にサッカロミセス・セレビシェのDGAT遺伝子であるDGA1遺伝子を過剰発現させることで、脂質含量を30%程度まで増加させることができ(特許文献3参照)、またこの形質転換株で発現されたDGATが、非常に高い活性を有しており、この組み換えDGATを用いて、DGATの活性化物質又は阻害物質のスクリーニング系を確立できるという知見を得ていた(特許文献4参照)。しかし、これらのDGATが何故、高い酵素活性を有するかについては、DGAT翻訳後の修飾の可能性は示唆したものの充分な知見は得られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】国際公開2000/001713(WO 00/001713)
【特許文献2】国際公開2000/004682(WO 02/04682)
【特許文献3】特開2007-209240号公報
【特許文献4】特開2009-38991号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Lung, S.-C. and Weselake, R.J. Lipids, 41, 1073 (2006)
【非特許文献2】Coleman, R.A. and Lee, D.P. Prog. Lipid Res. 43, 134 (2004)
【非特許文献3】Cases, S. et al, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 95, 13018 (1998)
【非特許文献4】Lardizabal, K. et al, J. Biol. Chem. 276, 38862 (2001)
【非特許文献5】Smith, S.J. et al, Nature Genetics 25, 87 (2000)
【非特許文献6】Stone, S.J. et al, J. Biol. Chem. 279, 11767 (2004)
【非特許文献7】Sandager, L. et al, J. Biol. Chem. 277, 6478 (2002)
【非特許文献8】Cases,S. et al., J.Biol.Chem. 276, 38870 (2001)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の課題は、DGAT遺伝子を改変して、高い酵素活性を有する組換えDGATを提供することであり、また、DGAT蛋白質の酵素活性を、従来のように放射性同位元素等の標識化合物を基質として酵素反応を行う等の煩雑な方法で評価するのではなく、基板に固定して、その酵素活性、あるいは他の物質との相互作用を、迅速、ハイスループットに測定する手法を提供し、この方法を用いて、極めて効率的かつ高精度でDGATを活性化あるいは阻害する物質の探索を行うシステムを確立できるようにする点にある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記背景技術に示すように、サッカロミセス・セレビシェのSNF2遺伝子破壊株に、DGAT蛋白質をコードする遺伝子を過剰発現させることで、野生株を使用した場合に産生するDGAT蛋白質に比べ、極めて活性の高いDGAT蛋白質を見いだしていたが、この実験に使用した遺伝子はDGAT蛋白質の全長をコードする遺伝子であり、また、予想される産生蛋白質の分子量50kDa付近には他の明確なバンドが検出できなかったため、このDGAT蛋白質の高い活性は、SNF2遺伝子破壊株の使用に起因する何らかの蛋白質修飾によるものであろうと結論づけていた。
【0012】
しかし、本発明者は、さらに活性の高いDGAT蛋白質を見いだすため、鋭意研究を続けた結果、DGAT蛋白質の全長をコードする遺伝子の3’末端にタグ配列をコードする塩基配列を付加した遺伝子を使用して得られた蛋白質において、そのタグを認識する抗体を用いて産生蛋白質を解析したところ分子量50kDa付近の主バンドの他に、さらに低分子の別の蛋白質のバンドが存在することを新たに見いだし、これら低分子量蛋白質は、DGAT蛋白質のN末端側のアミノ酸配列が一部欠失した蛋白質であることを突き止めた。そこで、SNF2遺伝子を破壊したサッカロミセス・セレビシェに、DGAT遺伝子を、そのコードする蛋白質のN末端側の数十残基を欠失するように改変して発現させた結果、得られたN末側配列欠失DGAT蛋白質が、全長DGAT蛋白質よりも極めて高い活性を有するという全く予想外の発見をした。
【0013】
これに基づき、本発明者は、このような活性が極めて高く、かつ純度が高いDGAT改変蛋白質を大量に発現させることに成功するとともに、さらに、この高い酵素活性をもつDGAT改変蛋白質を表面プラズモン共鳴用の基板に固定し、表面プラズモン共鳴を測定した結果、DGATの基質、阻害剤、相互作用蛋白質等との結合を、迅速、ハイスループットに測定可能であることを確信し、本発明を完成するに至ったものである。
すなわち、本発明は以下のとおりである。
【0014】
(1)a)SNF2遺伝子が破壊又は機能低下しているサッカロミセス・セレビシェに、ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ(DGAT)全長遺伝子あるいはその5’末端側配列欠失遺伝子を導入し、取得された形質転換株から得られたN末端側配列欠失DGAT蛋白質であって、配列番号1のアミノ酸配列において、N末端から、23〜37番目までのアミノ酸残基が欠失しているアミノ酸配列を有するか、または
b)上記a)のN末端側配列欠失DGAT蛋白質のアミノ酸配列において、さらに1又は数個のアミノ酸残基が、欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列を有し、かつジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ活性を有することを特徴とする、N末端側配列欠失 DGAT蛋白質。
(2)さらに、タグペプチド配列を有する、上記(1)に記載のN末端側配列欠失DGAT蛋白質。
(3)N末端にメチオニンが付加されていることを特徴とする、上記(1)または(2)に記載のN末端側配列欠失 DGAT蛋白質。
(4)上記(1)〜(3)のいずれかに記載のN末端側配列欠失DGAT蛋白質をコードする遺伝子。
(5)上記(4)に遺伝子を担持することを特徴とする組換え蛋白質発現ベクター
(6)SNF2遺伝子が破壊又は機能低下しているサッカロミセス・セレビシェに、上記(5)に記載の組換え蛋白質発現ベクターが導入されていること特徴とする、形質転換サッカロミセス・セレビシェ。
(7)上記SNF2遺伝子が破壊又は機能低下しているサッカロミセス・セレビシェにおいて、さらにLEU2遺伝子が導入されていることを特徴とする、上記(6)に記載の形質転換サッカロミセス・セレビシェ。
(8)上記(6)または(7)に記載の形質転換サッカロミセス・セレビシェを培地に培養し、培養菌体から、上記(1)〜(3)のいずれかに記載のN末端側配列欠失
DGAT蛋白質を採取することを特徴する、組換えDGAT蛋白質の製造方法。
(9)上記(6)または(7)に記載の形質転換サッカロミセス・セレビシェを培地に培養し、培養菌体から、トリアシルグリセロールを採取することを特徴とする、トリアシルグリセロールの製造方法。
(10)上記(1)−(3)のいずれかに記載のN末端側配列欠失DGAT蛋白質が、基板の金属薄膜表面に固定されていることを特徴とする、表面プラズモン共鳴測定用基板。
(11)基板の金属薄膜表面に請求項1〜3に記載のN末端側配列欠失DGAT蛋白質に対する抗体が固定化され、さらに、該抗体を介してN末端側配列欠失DGAT蛋白質が固定化されていることを特徴とする、上記(10)に記載の表面プラズモン共鳴測定用基板。
(12)上記(10)または(11)に記載の基板に、試料を接触させ、表面プラズモン共鳴測定を行うことにより、試料中のDGAT蛋白質と相互作用する物質を検出及び/または定量することを特徴とする、DGAT蛋白質と相互作用する物質を検出及び/または定量方法。
(13)上記(10)または(11)に記載の基板に、DGATの阻害因子または活性化因子の候補物質を接触させ、表面プラズモン共鳴測定を行い、基板上のDGATと、上記DGATの阻害因子または活性化因子の候補物質との結合の程度を指標に、DGATの阻害因子または活性化因子をスクリーニングすることを特徴とする、DGATの阻害因子または活性化因子のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、酵素活性が高くかつ純度の高いDGAT改変蛋白質分子を提供することができ、該DGAT改変蛋白質分子を、表面プラズモン共鳴測定用の基板に固定化することにより、DGATの活性化剤、阻害剤等のDGATの機能を調節し得る物質を、迅速かつ精度良くハイスループットに、検出、探索あるいは定量することが可能となる。
例えば、DGATの阻害物質は、メタボリックシンドローム、肥満、糖尿病などの疾患に対する創薬のターゲットとなることから、本発明は、メタボリックシンドローム、肥満、糖尿病などの疾患用創薬の開発に大いに貢献するものである。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】野生株、Δsnf2株にDGA1-6xHis(N)FLAG(C)を発現させた時の発現産物を解析するために、anti-6xHisあるいはanti-FLAG抗体と結合するバンドを、ウエスタンブロッティングで解析した結果を示す図である。
【図2】Δsnf2株に、DGA1あるいはDGA1-6xHis(N)FLAG(C)を発現させた形質転換株を細胞分画し、それぞれの画分でのDGAT活性を測定した結果を示す図である。
【図3】Δsnf2株にDGA1-6xHis(N)FLAG(C)を発現させて細胞分画した時のDGA1pを解析するために、anti-FLAG抗体と結合するバンドをウエスタンブロッティングで解析した結果を示す図である。
【図4】DGA1-6xHis(N)FLAG(C)を発現させたΔsnf2株のリピッドボディ画分から界面活性剤で可溶化した画分から、anti-FLAG M2 antibody agarose、TALON Co2+ affinity columnを用いて、DGATを精製した時のDGAT活性を示す図である。
【図5】DGA1-6xHis(N)FLAG(C)を発現させたΔsnf2株のリピッドボディ画分から界面活性剤で可溶化した画分から、anti-FLAG M2 antibody agarose、TALON Co2+ affinity columnを用いて、DGATを精製した時の各ステップでの回収率を示す図である。
【図6】DGA1-6xHis(N)FLAG(C)を発現させたΔsnf2株のリピッドボディ画分から界面活性剤で可溶化した画分から、DGATを精製した時の各画分でのanti-FLAGと結合するバンドをウエスタンブロッティングで解析した結果を示す図である。
【図7】DGA1-6xHis(N)FLAG(C)を発現させたΔsnf2株のリピッドボディ画分から精製した活性の高いDGA1p分子種の切断部位をエドマン分解法で同定した結果を示す図である。
【図8】DGA1-FLAG(C)、DGA1-Δ29(N)FLAG(C)を発現させた野生株、Δsnf2株のホモジネートにおけるanti-FLAGと結合するバンドを、ウエスタンブロッティングで解析した結果を示す図である。
【図9】DGA1-Δ29(N)FLAG(C)を発現させたΔsnf2株のリピッドボディ画分から、anti-FLAG M2 antibody agarose、を用いて、DGATを精製した時のDGAT活性を示す図である。
【図10】DGA1p-Δ29(N)FLAG(C)の精製画分での、anti-FLAGと結合するバンド及びCBBで染色される蛋白質バンドを示す図である。
【図11】DGA1p-Δ29(N)FLAG(C)を固定化したL1基板とアシルCoAとの相互作用を示すセンサーグラム及びアシルCoAの濃度依存的なSPRシグナルの増加を示す図である。
【図12】DGA1p-Δ29(N)FLAG(C)を固定化したL1基板とDGA1pあるいはGAPDHに対する抗体との相互作用を示すセンサーグラム及び抗体の濃度依存的なSPRシグナルの増加を示す図である。
【図13】DGA1p-Δ29(N)FLAG(C)を固定化したL1基板とDGAT阻害剤との相互作用を示すセンサーグラム及びDGAT阻害剤と他の化合物の添加によるSPRシグナルの比較を示す図である。
【図14】DGA1p-Δ29(N)FLAG(C)を固定化したL1基板に、DGAT阻害剤等の化合物とoleoyl-CoAを同時添加した時のSPRシグナルの比較を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の DGAT蛋白質は、サッカロミセス・セレビシェ由来であって、主要な貯蔵脂質であるトリアシルグリセロールを合成する酵素であるDGAT蛋白質において、そのN末端を数十残基欠失させた蛋白質(以下、N末端側配列欠失 DGAT蛋白質という。)である。
さらに具体的には、配列表の配列番号1で示される全長アミノ酸配列のうち、N末端から23〜37番目までのアミノ酸配列を欠失させた蛋白質であり、N末端からどの位置のアミノ酸残基まで欠失させるかは23〜37番目アミノ酸残基の間で任意に選択できる。すなわち、本願発明は、N末端から23番目までのアミノ酸配列の欠失を最小の欠失とし、N末端から37番目までのアミノ酸配列の欠失を最大の欠失とするものであるが、この範囲の欠失であれば、少なくとも全長DCAT蛋白質よりも活性が高い。
【0018】
本発明の上記N末端側配列欠失 蛋白質は、そのN末端にメチオニンが付加されてもよいが、付加されていなくても活性を有する。これらのN末端側配列欠失蛋白質は、さらにそのN末端に、ヒスチジンタグ等のタグペプチドのアミノ酸配列が付加されていてもよい。これにより蛋白質の精製がより容易になるほか、後記するように、該タグペプチド配列を認識する抗体を介して、表面プラズモン共鳴測定用基板に本願発明のN末端側配列欠失DGAT蛋白質を固定することが可能となる。これによれば該タグペプチドがスペーサーとなり、蛋白質の立体構造を維持できるので、活性の低下が抑制できる。これら本発明のN末端側配列欠失DGAT蛋白質のアミノ酸配列の具体例は、配列番号2〜4,7〜9に示される。
【0019】
一方、本発明においては、配列番号1で示される全長アミノ酸配列のうち、N末端から23〜37番目までのアミノ酸配列を欠失させたN末端側配列欠失蛋白質の他に、該N末端側配列欠失蛋白質のアミノ酸配列において、1または数個のアミノ酸残基が欠失、置換、挿入または付加された配列を有するものであっても、ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ活性を有するものである限りにおいて、本発明に含まれる。
【0020】
本発明における上記N末端側配列欠失 蛋白質を発現するための遺伝子としては、例えば、サッカロミセス・セレビシェのDGA1の全長ORF配列のうち、N末端から23〜37番目までのアミノ酸配列をコードする塩基配列部分(すなわち、5’末端側の対応する塩基配列部分)を欠失した遺伝子(以下、5’末端側配列欠失DGAT遺伝子という場合がある。)が挙げられるが、上記したN末端側配列欠失DGAT蛋白質あるいはその変異体タンパクをコードするものであれば、如何なる塩基配列を有するものであっても良い。これら遺伝子においては、その5’末端にメチオニンコドン(ATG)、あるいはさらにタグペプチドをコードする塩基配列を付加してもよい。
【0021】
また、本発明において、N末端側配列欠失蛋白質を得るために使用する遺伝子としては、DGAT蛋白質の全長をコードする遺伝子であってもよく、該遺伝子をSNF2遺伝子が破壊又は機能低下しているサッカロミセス・セレビシェに導入、発現させた場合においては、発現した蛋白質は、全長蛋白質を主要産物とするが、他にN末端側を欠失した本願発明のN末端側配列欠失 蛋白質も産生され、これをカラムクロマトグラフィー、電気泳動等により分離すればよい。
同様に、5’末端側配列欠失DGAT遺伝子を導入した場合においても、該導入遺伝子に対応するアミノ酸配列を有するN末端側配列欠失DGAT蛋白質が主であるが、さらにN末端側が削除されたより低分子量の蛋白質も副産する。これらもカラムクロマトグラフィー、電気泳動等により分離できる。
【0022】
本発明における使用遺伝子の具体例は、DGA1の全長ORF配列からなるものを含めて配列表の配列番号10〜18に示される。
本発明における、上記全長あるいは5’末端側配列欠失DGAT遺伝子の発現は、染色体外で複製するプラスミド等のベクター中に組み込んで行っても、染色体内に組み込まれるベクター中に組み込んで行ってもよい。また、リポソーム法などのDGAT遺伝子を直接導入する方法を用いることもできる。上記染色体外で複製するベクターとしてはpL1091-5, pL1177-2, pYES2/NT, pAUR123 等があげられる。染色体内で複製するベクターとしてはpAUR101、pK002、Yip5等が挙げられる。
【0023】
本発明の上記遺伝子が挿入されたベクターにより形質転換される宿主としては、SNF2遺伝子が破壊又は機能低下しているサッカロミセス・セレビシェに属する菌株が最適であり、該菌株の形質転換体は、培地に培養し、培養菌体を破砕し、適宜上記分離法を適用することにより、本発明のN末端側配列欠失DGAT蛋白質を得るが、この菌体中にはN末端側配列欠失 DGAT蛋白質の作用により多量のトリアシルグリセロール(脂質)が蓄積しており、トリアシルグリセロール(脂質)も上記培養菌体の破砕物から回収することができる。
【0024】
また、DGA1遺伝子が挿入されたベクターを用いて、サッカロミセス・セレビシェを形質転換してDGA1遺伝子を発現させる場合、同時にLEU2遺伝子を発現していた方が脂質含量が高いことが知られているので(特許文献3)、LEU2遺伝子も同時に加えて形質転換を行うことが好ましい。
このような、SNF2遺伝子が破壊又は機能低下しているサッカロミセス・セレビシェに属する菌株を用いる場合には、野生株を宿主として得られたものよりも、得られるDGAT全長蛋白質のみならずN末端側配列欠失DGAT蛋白質の活性が著しく高くなる。これは、該蛋白質の何らかの修飾が原因と考えられるが、その修飾の詳細は解明できてはいない。
【0025】
本発明のN末端側配列欠失DGAT蛋白質は、活性が極めて高く、これを基板に固定し、表面プラズモン共鳴測定を行うことにより、極めて感度よく、しかも効率的に、DGAT蛋白質と相互作用する物質を解析することが可能となる。
使用する基板としては、ガラス等の基板に金、銀等の金属薄膜を形成した基板が用いられる。該基板に本発明のN末端側配列欠失DGAT蛋白質を固定されるが、蛋白質を表面プラズモン共鳴測定用基板に固定化する際、一般的に用いられている手法を適用でき、このような方法としては、例えばN末端側配列欠失DGAT蛋白質のアミノ基と基板上のカルボキシル基とのNHS/EDC混合溶液によるカップリング、N末端側配列欠失DGAT蛋白質のチオール基と基板上のカルボキシル基とのNHS/EDC混合溶液によるカップリング、あるいはビオチン標識したN末端側配列欠失 DGAT蛋白質とストレプトアビジンを付けた基板との結合等が挙げられる。
【0026】
しかし、本発明において最も望ましい手法は、タグペプチドを付けて発現させたN末端側配列欠失DGAT蛋白質を、あらかじめタグペプチドに対する抗体を化学結合させた基板に、抗原抗体反応を介して基板に固定する方法である。この場合、N末端側配列欠失DGAT蛋白質は必要に応じて基板から簡単に除くことができ、同一の基板に、活性のある新鮮なDGAT蛋白質を固定して使用することができる。さらに、抗体は、基板に固定した状態で長期に渡って安定であるのに対し、DGAT蛋白質は比較的安定性が悪いため、このような固定の仕方には利点がある。このような固定化法によれば、固定化されたN末端側配列欠失 DGAT蛋白質は、その活性中心を含む蛋白質の立体構造が維持でき、固定化による活性の低下を抑制できる。
【0027】
なお、基板に固定する抗体は必ずしもタグペプチドに対するものでなくてもよく、化合物、蛋白質等との相互作用を妨害しないN末端側配列欠失 DGAT蛋白質の領域に対するペプチド抗体でもよい。
本発明において、DGAT蛋白質に付加するタグペプチドとしては、6xHis、GST(グルタチオンSトランスフェラーゼ)、FLAG、マルトース結合蛋白質などがあり、酵素活性に影響を与える位置に付与しないかぎりいずれを用いてもよい。タグペプチドが付加されたN末端側配列欠失DGAT蛋白質は、界面活性剤による可溶化後、それぞれのタグペプチドを特異的に認識するアフィニティーカラムによって容易に均一に精製できるため、基板に固定する際に不要な蛋白質の混入を避けることができる。また、基板に固定する時にもタグペプチドに対する抗体によって選択が行われるため、タグペプチドの付与されていない蛋白質の結合は防ぐことができる。
【0028】
本発明において、N末端側配列欠失DGAT蛋白質を基板に固定し、化合物、蛋白質等との相互作用を表面プラズモン共鳴で測定する際には、界面活性剤のミセル中に存在する形態のN末端側配列欠失DGAT蛋白質を使用することができる。その際、界面活性剤はDGAT酵素活性、相互作用能を妨害したり、表面プラズモン共鳴の測定を妨害しない限り、どのようなものも使用することができる。また、脂質二重膜中に存在する形態のDGAT蛋白質を使用した方が、酵素活性、相互作用能が発揮できる場合には、基板上でそのような形態を作成することができる。その際、脂質としてはリン脂質、中性脂質、糖脂質など、DGAT蛋白質が必要とするいずれの脂質でも加えることができる。
【0029】
上記N末端側配列欠失DGAT蛋白質が固定化された基板は、DGAT蛋白質の阻害因子あるいは活性化因子等の蛋白質と相互作用を有する物質の検出、定量あるいは該相互作用物質のスクリーニングに使用できる。
すなわち、N末端側配列欠失DGAT蛋白質が固定化された基板を表面プラズモン共鳴測定装置にセットし、該基板に試料を接触させ表面プラズモン共鳴シグナル(SPRシグナル)を測定することにより行われる。上記試料中に、DGAT蛋白質の阻害因子あるいは活性化因子が存在すれば、SPRシグナルの変化により検出することができる。
【0030】
また、阻害因子あるいは活性化因子が既知物質であれば、例えば、該既知物質と同一物質の濃度とSPRシグナル強度(例えば平衡時)の対応データを予め作成しておき、試料のシグナル強度と対比することにより、試料中の濃度をこれと対比することにより、阻害因子あるいは活性化因子を定量することができる。また、阻害因子あるいは活性化因子の候補物質と上記固定化基板とを接触させSPRシグナルを測定すれば、これら候補物質が一定濃度の場合には、該シグナル強度及びその変化速度は、それぞれDGAT蛋白質に対する結合量及び結合速度を反映するから、これらの結合程度を指標に、阻害因子あるいは活性化因子のスクリーニングを行うことができる。
【0031】
本発明において、このような表面プラズモン共鳴測定法を用いれば、DGAT蛋白質の酵素活性を従来のように放射性同位元素等の標識化合物を基質として酵素反応を行う等の煩雑な方法を用いることなく、DGAT蛋白質の酵素活性を迅速、効率的かつリアルタイムで測定可能となり、上記DGAT蛋白質の阻害剤あるいは活性化剤の探索あるいはこれらの機能解析等に大いに資するものである。
以下に、本発明を実施例により詳しく説明するが、本発明は実施例のみに限定されるものではない。
【実施例】
【0032】
[実施例1]
タグペプチド付きのDGAT遺伝子を発現させた出芽酵母サッカロミセス・セレビシェSNF2遺伝子破壊株から、可溶化、精製することによる、酵素活性が高いN末端の29残基が切断されたDGAT蛋白質の取得
出芽酵母サッカロミセス・セレビシェSNF2遺伝子の変異株(BY4741Δsnf2株)(Mat a leu2Δ0 his3Δ1 ura3Δ0 met15Δ0 SNF2::kanMX)(インビトロジェン社製)あるいは野生株(BY4741株)(Mat a leu2Δ0 his3Δ1 ura3Δ0 met15Δ0) (インビトロジェン社製)を宿主として用いた。発現させるDGAT遺伝子は、サッカロミセス・セレビシェ自身のDGAT遺伝子であるDGA1(配列番号10)を用いた。DGA1の発現産物のN末端側に6xHisタグ、C末端側にFLAGタグが付与された蛋白質(DGA1p-6xHis(N)FLAG(C);配列番号5)をコードするコンストラクトは、以下のようにして作製した。
【0033】
まず、既に報告したように(特許文献4)、6xHisタグ付き蛋白質を発現させるためのベクターであるpYES2/NTC(インビトロジェン社製)にDGA1遺伝子(配列番号10)をクローニングした。そのため、DGA1は、サッカロミセス・セレビシェのゲノムDNAを鋳型とし、表1のDGA1用のプライマーを用いたPCRによって増幅して取得した。
【0034】
このプライマーは、既に決定されているゲノムDNA配列にもとづいて、遺伝子全長を増幅できるように設計され、その末端に制限酵素EcoRI認識部位とXbaI認識部位を含んでいる。この時のPCR増幅条件は、0.4 units KOD plus polymerase (Toyobo社製)、0.2 mM dNTP mixture、0.5μMプライマー、10 ng サッカロミセス・セレビシェのゲノムDNAを、1 mM MgCl2を含む添付の緩衝液中で反応させた(全反応液 20μl)。増幅条件は、94℃で2分間反応させた後、94℃(15秒間)/55℃(30秒間)/68℃(90秒間)を1サイクルとして25回くり返すことで行った。
【0035】
反応液は、0.7%アガロースゲル電気泳動にかけ、エチジウムブロマイド染色後、紫外線照射して、予期した約1.3kbpの単一バンドが得られたことを確認した。増幅したDGA1は、PCR purification kit (キアゲン社製)により、プライマーなどを除いて、精製した。このプライマーで増幅されたコンストラクトの3’末端側にEcoRI認識部位(DGA1のORFの外側)を含むため、このコンストラクトをEcoRIで処理すると両端にEcoRI切断による粘着性末端が作成された。ベクターであるpYES2/NTCもEcoRIで処理し、アルカリフォスファターゼ(TSAP、プロメガ社製)で脱リン酸し、PCR purification kitにより、制限酵素で切断された低分子のオリゴヌクレオチドを除いた後、ライゲーションによりインサート遺伝子をベクターに組み込んだ。ライゲーションは、ベクター:インサート比が1/1〜1/10程度になるように混合し、Ligation high (Toyobo社製)を用いて16℃で1時間−3時間反応させて行った。
【0036】
ライゲーションしたベクターの大腸菌への形質転換は、大腸菌JM109株コンピテントセル(ECOS、ニッポンジーン社製)を用いて行った。ライゲーション反応液をコンピテントセルに加え、氷中で5分間インキュベートした後、42℃45秒の熱ショックを加え、アンピシリンを含むLB寒天培地にまいて、37℃で1晩培養後のアンピシリン耐性のコロニーの有無を確認して、6xHis領域を含む DGA1をクローニングした。この場合には、DGA1の挿入の仕方は2通りあるが、6xHisにDGA1の5’領域が続くように挿入したベクターを制限酵素処理によって確認して取得した。また、この領域は塩基配列を決定して蛋白質への翻訳の読み枠が予定通りであることは確認した。さらに、得られたベクターpYES2/NTC/DGA1は、HindIIIとNotIで酵素処理し、6xHis付き DGA1の領域を切り出し、HindIIIとNotIで酵素処理したpL1091-5とライゲーションを行い、大腸菌を形質転換して、pL1091-5に6xHis領域を5’側にもつDGA1が挿入されたベクターpL1091-5/DGA1-6xHis(N)を得た。
【0037】
【表1】

【0038】
次に、得られたベクターpL1091-5/DGA1-6xHis(N)を鋳型とし、表1に示すようなプライマーを用いたPCRによって、5‘側に6xHis領域を3’側にFLAG領域をもつDGA1を増幅した。この5’側のプライマー(pVT100L-5’)は、pL1091-5/DGA1-6xHis(N)の6xHis領域よりも5’側を認識し、3’側のプライマー(DGA1-3F)は、その末端に制限酵素XhoI認識部位とFLAG領域をを含んでいる。PCRは、0.4 units KOD plus polymerase (Toyobo社製)を用いて、上記と全く同様な増幅条件で増幅し、予期した約1.5kbpの単一のバンドを確認した。増幅したDGA1-6xHis(N)FLAG(C)(配列番号14)は、HndIII, XhoIで酵素処理し、同じくHndIII, XhoIで酵素処理したpL1091-5とライゲーションを行い、既に詳述したように大腸菌の形質転換を行って、pL1091-5/DGA1-6xHis(N)FLAG(C)ベクターを取得した。ベクターのインサート領域の塩基配列を決定して、N末端側に6xHisタグ、C末端側にFLAGタグをもつDGA1p(配列番号5)が予定された読み枠で翻訳されることを確認した。
【0039】
得られたベクターpL1091-5/DGA1-6xHis(N)FLAG(C)を用いた、サッカロミセス・セレビシェBY4741野生株及びΔsnf2破壊株の形質転換、液体培養、菌体破砕は、既に報告したように(特願2007-204775、Kamisaka, Y., et al., Biochem. J. 408, 61 (2007))行った。形質転換は、pL1091-5/ DGA1-6xHis(N)FLAG(C)と脂質含量を高める作用のあるLEU2遺伝子(特許文献3)を選択マーカーとしてもつベクターpL1177-2の両方を用いて行った。形質転換は、酵母形質転換キット(S.c. EasyComp Transformation Kit, インビトロジェン社製)を用いて行い、マーカー遺伝子により合成が可能になる栄養素(ウラシル及びロイシン)を含まないSD寒天培地(20 g/l グルコース、6.7 g/l yeast nitrogen base w/o amino acids、20 mg/lヒスチジン、20 mg/lメチオニン、20 g/l 寒天を加えた培地)で増殖してくるコロニーを取得し、シングルコロニーを形質転換株として用いた。
【0040】
得られた形質転換株は、液体培地中で30℃、120rpmのロータリーシェーカーで7日間培養した。培地は、SD窒素源欠乏培地(NLSD)(20 g/l グルコース、1.7 g/l yeast nitrogen base w/o amino acids and ammonium sulfate、1 g/l ammonium sulfate、20 mg/lヒスチジン、20 mg/lメチオニンを含む培地)を用いた。培養後、菌体を遠心分離(1500 x g, 5分)によって沈降させ、4℃で菌体破砕用緩衝液(10 mM Tris-HCl (pH 7.4), 0.25M ショ糖, 0.15 M KCl, 1 mM EDTA)にて洗浄して遠心分離を行った後、菌体を破砕した。菌体の破砕は、ブラウン社製のMSKホモジナイザーを用い、ガラスビーズ(直径0.45-0.5 mm)を加えて炭酸ガスで冷却しながら30秒間運転して行った。菌体破砕後の溶液を遠心分離(1500 x g, 5分)し、その上清をホモジネート液として取得した。
【0041】
野生株とΔsnf2破壊株にDGA1-6xHis(N)FLAG(C)(配列番号14)を過剰発現させた形質転換株のホモジネートでの発現産物を、6xHisタグ、FLAGタグに対する抗体を用いたウエスタンブロッティングで、既に報告したようにして検討した(特許文献4、Kamisaka, Y., et al., Biochem. J. 408, 61 (2007))。すなわち、ホモジネートは、12.5% SDSポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)にアプライして泳動後、ゲルをPVDF膜(Hybond-P, GEヘルスケア社製)にブロッティングし、マウス抗6xHis抗体(GEヘルスケア社製、1:2000希釈)あるいはマウス抗FLAG抗体(シグマ社製、1:2000希釈)を1次抗体とし、ぺルオキシダーゼ標識ヒツジ抗マウス抗体(GEヘルスケア社製、1:2000希釈)を2次抗体として反応させた。その後、化学発光検出試薬(ECL、GEヘルスケア社製)を加えて、N末端6xHisあるいはC末端FLAGを有するDGA1pに相当するバンドで生じた化学発光をイメージアナライザー(LAS1000plus、富士フィルム社製)で検出した。
【0042】
その結果、N末端6xHisを有するDGA1pは、野生株、Δsnf2破壊株とも1本のバンド(図1の右側上の矢印で示す)で、これは既に報告したDGA1p-6xHis(N)を発現させた場合と同様であった(特許文献4、Kamisaka, Y., et al., Biochem. J. 408, 61 (2007))。しかしながら、C末端FLAGをもつDGA1pを検出した所、抗6xHis抗体で検出されるバンドの位置に、野生株、Δsnf2破壊株で検出される以外に、Δsnf2破壊株では、それよりやや分子量が小さい位置に1本の濃いバンド(図1の右側下の矢印で示す)と1本の薄いバンドが検出された(図1)。抗6xHis、抗FLAGの両者で検出されるバンドは、N末端、C末端ともに有している全長DGA1pであるのに対し、Δsnf2破壊株で検出される他の2本は、C末端側は有しているが、N末端側が除去されたDGA1pであることを示している。そのうち、マイナーなバンドの位置は6xHisタグをもたないDGA1p-FLAG(C)よりもやや高分子側であることから、DGA1でコードされる蛋白質領域ではなく、6xHisとのスペーサー領域での切断と思われた。そのため、もう1つのバンドに焦点を絞って解析を行った。
【0043】
次に、DGA1p-6xHis(N)FLAG(C)の細胞内局在を調べるため、Δsnf2破壊株のホモジネートの細胞分画を行った。細胞分画は、モルティエレラ属糸状菌を用いて行った方法(Kamisaka, Y., et al., J. Biochem. 116, 1295 (1994))に準じて行った。まず、ホモジネートのショ糖濃度を0.5Mにした後、10 mM Tris-HCl (pH 7.4), 0.3M ショ糖, 0.15 M KClを重層し、超遠心分離(58,000 x g、3時間)を行った。遠心後、表面に浮上してきた画分をリピッドボディ画分、底面に沈澱した画分を膜画分、浮上も沈澱もしない画分を可溶性画分として分取して、解析を行った。
【0044】
まず、Δsnf2破壊株にDGA1p-6xHis(N)FLAG(C)を過剰発現した場合の細胞内分布を、タグが付与されていないDGA1pを過剰発現した場合の分布と比較した。そのため、それぞれの細胞画分でのDGAT活性を測定し、比較した。DGAT活性は、既に報告された方法に基づいて行った(Kamisaka, Y. et al. Lipids, 29, 583-587 (1993)、特許文献4)。反応液として、10 mMリン酸緩衝液(pH 7.0), 0.15 M KCl, 3.4μM (0.2μCi/ml) [1-14C]oleoyl-CoA, 1 mM 1,2-diolein, 0.1% Triton X-100に適当量のホモジネートを加えて、液量を100μlとし、30℃で5分間反応させた。反応後、クロロホルム/メタノール(1:2)を用いて、脂質を抽出し、シリカゲル60TLCプレート(メルク社製)を用いて、DGAT活性によって[1-14C]oleoyl-CoAが1,2-dioleoinに転移して合成される14C-trioleinのスポットを分離し、かきとって、シンチレーションカクテルを加え、シンチレーションカウンター(アロカ社製)にて放射活性を測定し、酵素活性を算出した。
【0045】
その結果、DGA1p-6xHis(N)FLAG(C)を過剰発現させると、タグなしのDGA1pを過剰発現させた場合に比べて、DGAT活性は減少したが、リピッドボディ画分に活性が濃縮されることは同様に認められた(図2)。DGAT活性の減少は、C末端にFLAGタグを付与したためと考えられるが、それでも充分に高い安定した活性を有していた。さらに、細胞画分を抗FLAG抗体によるウエスタンブロッティングによって、DGA1p分子種の分布を調べた所、N末端が除去された低分子量のDGA1p(図3の右側下の矢印で示す)は、特にリピッドボディ画分に濃縮されることが見い出された(図3)。この結果から、このN末端が除去された低分子量のDGA1pは活性化型で、リピッドボディ画分に濃縮されて、リピッドボディ形成に関与していることが示唆された。
【0046】
そこで、DGAT活性の高いリピッドボディ画分から、DGA1pを可溶化して精製することを試みた。可溶化は、モルティエレラ属糸状菌のリピッドボディ画分を用いて行った方法(Kamisaka, Y., et al., 121, 1107 (1997))に準じて行った。リピッドボディ画分を、可溶化溶液(10 mM Tris-HCl (pH 7.4), 0.1% (最終濃度、以下同様) Triton X-100, 0.6M KCl, 1 mM EDTA, 1 mM PMSF, 1μg/ml leupeptin, 1μg/ml pepstatin, 2μg/ml aprotinin)と4℃、1時間撹拌した後、ショ糖濃度を0.5Mにし、10 mM Tris-HCl (pH 7.4), 0.3M ショ糖, 0.15 M KClを重層し、超遠心分離(58,000 x g,3時間)を行った。遠心後、表面に浮上も沈澱もしない画分をリピッドボディ画分からのTriton X-100可溶化液として使用した。
【0047】
なお、リピッドボディ画分から可溶化した画分のDGAT活性は、細胞画分で測定している方法では検出しにくくなり、陰イオン性リン脂質を反応液に添加する必要があることは、既にモルティエレラ属糸状菌のDGATについて報告しているが(Kamisaka, Y. et al., J. Biochem. 119, 520 (1996))、出芽酵母のDGAT活性についても同様で、以下のように陰イオン性リン脂質であるホスファチジルセリンを加えた反応液を用いて活性測定を行った。すなわち、10 mM リン酸緩衝液(pH 7.0), 0.15 M KCl, 3.4μM (0.2μCi/ml) [1-14C]oleoyl-CoA, 1 mM 1,2-diolein, 0.5 mM dioleoyl-phosphatidylserine, 0.2% Triton X-100を反応液として用いた。他の条件は、前述した細胞画分での方法と同様に測定した。
【0048】
Triton X-100可溶化液は、平衡化溶液(50 mM Tris-HCl (pH 7.4), 150 mM NaCl, 0.25M sucrose, 0.1% Triton X-100)で平衡化したanti-FLAG M2 antibody agarose (0.5 ml ゲル, Sigma社製)にアプライし、平衡化溶液で洗浄後、溶出溶液(50 mM Tris-HCl (pH 7.4), 150 mM NaCl, 0.25M sucrose, 0.1% Triton X-100, 300μg/ml FLAG peptide)で溶出した。次に、DGA1p-6xHis(N)FLAG(C)が回収された溶出画分を、平衡化溶液(10 mM phosphate buffer (pH 7.0), 300 mM NaCl, 0.25 M sucrose, 0.1% Triton X-100)で平衡化したTALON Co2+ affinity column (0.5 ml ゲル, クロンテック社製)にアプライし、平衡化液で洗浄した後、溶出溶液(10 mM phosphate buffer (pH 7.0), 300 mM NaCl, 0.25 M sucrose, 0.1% Triton X-100, 150 mM imidazol)で溶出した。なお、この精製の際に、溶出溶液に0.25M sucroseを加えると精製画分のDGAT活性の安定性が増すことも見い出した。
【0049】
anti-FLAG M2 antibody agaroseとTALON Co2+ affinity columnでのDGAT活性のプロファイルを調べると、主要な活性は、anti-FLAG結合画分及びTALON非結合画分に検出された(図4)。DGAT活性の2回のカラムクロマトグラフィーでの回収率を、Triton X-100可溶化液のDGAT活性を100%として計算すると(図5)、anti-FLAG M2 antibody agaroseでは全体としての活性の回収率は54%で、そのうち結合画分には68%が回収された。また、TALON Co2+ affinity columnでは、anti-FLAG結合画分のうち76%の活性が回収され、そのうち非結合画分に93%が回収された。以上の結果より、2回のカラムクロマトグラフィーでのDGAT活性の損失は少なく、主要な活性はTALON非結合画分に回収されることが示された。
【0050】
精製された画分について、抗FLAG抗体を用いたウエスタンブロッティングを行い、DGA1pの分子種を検討した所、リピッドボディ画分に存在した分子種は、予想通りの分離を示していた(図6)。すなわち、anti-FLAG結合画分では、DGA1p-6xHis(N)FLAG(C) (図6右側上の矢印で示す)とN末端除去DGA1p-FLAG(C)(図6右側下の矢印で示す)の両者が検出され、TALON Co2+ affinity columnによって両者が分離し、非結合画分にはN末端除去DGA1p-FLAG(C)が、結合画分にはDGA1p-6xHis(N)FLAG(C)が検出された。このウエスタンブロッティングの結果とDGAT活性の結果を重ね合わせると、N末端除去DGA1p-FLAG(C)が活性型であることが結論づけることができた。
【0051】
なお、TALON非結合画分で検出されるもう1本の分子量がやや高いバンドは、量が少ないことに加えて、前述したようにDGA1pのコードされた領域外で切断をうけていることが示唆されているので、TALON結合画分と同様に、全長のDGA1pを有していると考えられ、活性型ではないと考えられた。また、anti-FLAG非結合画分でもある程度のDGAT活性が検出されたが、この画分ではタグ付きのDGA1pは検出されず、過剰発現させたプラスミドに挿入されたDGA1ではなく、ゲノムのDGA1に由来するものと考えられた。ただし、DGA1p-6xHis(N)FLAG(C)のN末端が切断された後、C末端も切断されて活性が残っている分子種が存在すれば、この画分に分離されるはずであり、リピッドボディ画分の主要な活性ではないが、更に検討する必要がある。
以上、Δsnf2破壊株にDGA1pを発現した場合に認められる高いDGAT活性の要因として、N末端除去DGA1p-FLAG(C)の存在を見い出し、その精製した分子種をDGATを使用する様々な測定系、スクリーニング系などに利用する方法を確立することができた。
【0052】
[実施例2]
タグペプチド付きでN末端の23、29、37残基が欠失した蛋白質をコードするように改変されたDGAT遺伝子を発現させた出芽酵母サッカロミセス・セレビシェSNF2遺伝子破壊株から、精製することによる、酵素活性が高いN末端の23、29、37残基が欠失したDGAT蛋白質の取得
Δsnf2破壊株にDGA1p-6xHis(N)FLAG(C)を過剰発現させた場合に生成するN末端除去DGA1p-FLAG(C)のN末端付近での切断部位を同定するために、N末端除去DGA1p-FLAG(C)を実施例1に示すように精製し、前述した12.5% SDS-PAGEで分離した後、ゲルをPVDF膜(Sequi-Blot, バイオラッド社製)にブロッティングした。ブロッティング後、膜を染色液(0.1%クマシーブリリアントブルーR250(ナカライテスク社製)、45% メタノール、10%酢酸)で5分間染色し、脱染色後のバンドを切り出して、エドマン分解法によるアミノ酸切断部位の解析を行った。
【0053】
解析は、Prosice 494 cLC Protein Sequencing System (アプライドバイオシステムズ社製)を用いて、アプロサイエンス社による受託分析によって行った。その結果、複数のN末端アミノ酸配列が検出され、切断部位は1箇所だけではないと考えられたが、主要な切断部位として図7の実戦の矢印で示すようなN末端アミノ酸から29番目のリジンと30番目のセリンの間が同定された。また、マイナーな切断部位としては、図7の破線の矢印で示す23番目のトレオニンと24番目のグルタミン酸の間及び37番目のアルギニンと38番目のグルタミン酸の間も検出された。
【0054】
そこで、DGA1pのN末端から24番目のグルタミン酸、30番目のセリン、38番目のグルタミン酸以降のポリペプチドに、N末端メチオニンを付けた蛋白質(それぞれDGA1pΔ23;配列番号2、DGA1pΔ29;配列番号3、DGA1pΔ37;配列番号4)をコードするように、DGA1を改変した。このようなコンストラクトDGA1Δ23(N)FLAC(C)(配列番号16)、DGA1-Δ29(N)FLAG(C)(配列番号17)、DGA1Δ37(N)FLAG(C)(配列番号18)は、表1のようなプライマーを用いて、pL1091-5/DGA1(特許文献4、Kamisaka, Y., et al., Biochem. J. 408, 61 (2007))を鋳型としてPCRによって増幅した。
【0055】
増幅したコンストラクトの両端には、HindIII認識部位とXhoI認識部位を有しており、実施例1で述べた方法を用いて、pL1091-5にライゲーションし、pL1091-5/DGA1-Δ23(N)FLAG(C)、pL1091-5/DGA1-Δ29(N)FLAG(C)、pL1091-5/DGA1-Δ37(N)FLAG(C)を取得した。また、コントロールとして、DGA1-FLAG(C)(配列番号6)を発現させるため、pL1091-5/DGA1-FLAG(C)を表1のプライマーを用いたPCR増幅をもとに構築した。そして、これらのベクターをBY4741株の野生株、Δsnf2破壊株に過剰発現させた。形質転換は、実施例1と同様にLEU2を選択マーカーにもつpL1177-2ベクターも一緒に導入した。
【0056】
得られた形質転換株は、実施例1と同様に培養を行い、菌体を破砕し、ホモジネート及びリピッドボディ画分を取得し、そのDGAT活性を測定した(表2)。その結果、Δsnf2破壊株にDGA1-Δ29(N)FLAG(C)を過剰発現することによって、DGA1-FLAG(C)を過剰発現させた場合よりも高いDGAT活性が検出され、全長のDGA1pが存在しなくても、DGA1p-Δ29(N)が存在すれば高いDGAT活性を発現できることが確認された。また、DGA1-Δ23(N)FLAG(C)、DGA1-Δ37(N)FLAG(C)を過剰発現させた場合についても、リピッドボディ画分では全長DGA1pの過剰発現株よりも高いDGAT活性を得ることができた。
【0057】
一方、野生株にDGA1-Δ29(N)FLAG(C)を過剰発現させても、DGA1-FLAG(C)を過剰発現させた場合と同様に、ホモジネートでのDGAT活性は低いままであった。従って、N末端から29番目のリジンのC末端側が切断されることは、DGA1pの活性化のための必要十分条件ではなく、活性化には他に何らかの蛋白質修飾(あるいは脱修飾)が必要であり、野生株ではその部分の相違があるために、DGA1p-Δ29(N)FLAG(C)を発現させても高いDGAT活性を検出することができなかったと推測された。他のN末端欠失DGA1pの野生株での過剰発現でも同様であった。DGA1-Δ29(N)FLAG(C)を過剰発現させた株のホモジネートのDGA1pを抗FLAG抗体を用いたウエスタンブロッティングで調べた所、DGA1p-Δ29(N)FLAG(C)は主要な1つのバンド(図8の右側下の矢印で示す)が、DGA1p-FLAG(C)のN末端が欠損したバンドと同様な分子量で検出された(図8)。
【0058】
この結果は、DGA1p-FLAG(C)の主要なN末端切断部位が29番目のリジンのC末端であることを確認するものである。一方、主要なバンドの下にスメアが検出されたが、これは37番目のアルギニンでの切断を受けているためと推測された。
【0059】
【表2】

【0060】
Δsnf2破壊株にDGA1-Δ29(N)FLAG(C)(配列番号17) を過剰発現した形質転換株のリピッドボディ画分から、実施例1と同様の方法で、Triton X-100による可溶化、anti-FLAG M2 antibody agaroseによるクロマトグラフィーを行って、DGA1p-Δ29(N)FLAG(C)(配列番号8)を精製した(図9)。その結果、実施例1と同様に、anti-FLAG結合画分に主要なDGAT活性が回収された。また、抗FLAG抗体を用いたウエスタンブロッティングを行った所、主要な1つのバンド(図10の右側の矢印で示す)が検出され、クマシーブリリアントブルー染色でも1本のバンドであることから(図10)、蛋白質として純度の高い画分を取得することができたと考えられた。
【0061】
[実施例3]
DGA1遺伝子産物のN末端の29残基が欠失したDGAT蛋白質の表面プラズモン共鳴基板(L1チップ)への固定と、その固定化基板を用いたDGATの基質、抗体蛋白質、阻害剤との結合の測定
実施例2で精製したDGA1p-Δ29(N)FLAG(C)を用いて、DGATの基質、抗体蛋白質、阻害剤との相互作用を表面プラズモン共鳴(SPR)で解析し、DGATの迅速、ハイスループットな機能評価系の構築を行った。そのため、Biacore J装置(GEヘルスケア社製)を用いて、DGA1p-Δ29(N)FLAG(C)をL1基板(GEヘルスケア社製)に固定化する方法の確立を試みた。
【0062】
L1基板は、ガラスに金の薄膜を蒸着し、薄膜上にリンカー層を介してカルボキシメチル基を導入したデキストランを一様に結合させた基板(CM5、GEヘルスケア社製)に、さらに部分的に長鎖アルカンを導入した基板である。親水性と疎水性が混在するチップ表面になっており、脂質を結合させて生体膜を再構成することができることから、膜蛋白質の固定に適していると考えられた。
【0063】
ランニング緩衝液は、10 mM phosphate buffer (pH 7.0), 150 mM KClを用いて、25℃で、30μl/minの流速で送液を行った。まずマウス抗FLAGモノクローナル抗体(シグマ社製)をアミンカップリング法で、L1基板に結合させた。そのため、N-ethyl-N’-(3-dimethylaminopropyl)carbodiimidehydrochroride (EDC)とN-hydroxysuccinimide (NHS)の1:1混合溶液を6分間Biacore Jにインジェクションした後、抗FLAG抗体を10 mM酢酸緩衝液(pH 4.5)で100μg/mlに希釈して、インジェクションを行った。
【0064】
この時のインジェクションは抗FLAG抗体のL1基板への固定化が最大限にならないように、4分間(場合によっては3分間)を4回インジェクションした。その結果、抗FLAG抗体の結合量は、4500 RU (resonance unit, SPRによるシグナル強度)程度に抑えることができた。これは、最大限カップリングさせて10000 RU程度まで固定化してしまうと、逆にDGA1p-FLAG(C)との結合が低くなったために調節した。抗FLAG抗体を固定化した後、1 M ethanolamine hydrochrorideを6分間インジェクションして、残った活性基をブロックした。抗FLAG抗体を固定化したL1基板は、くり返し使用が可能であり、使用後は4℃で保存しておくことによって、長期間使用が可能であった。
【0065】
抗FLAG抗体を固定化したL1基板は、さらにFLAGタグを有するDGA1pと結合させた。この結合は、抗原抗体反応によるものであり、使用後はグリシン緩衝液(pH 2.5)などで除去できるので、必要に応じて新鮮で活性のあるDGA1pを結合させることができた。そこで、実施例2で精製したDGA1p-Δ29(N)FLAG(C)を結合させた。その際、精製で用いていたTriton X-100は、SPRのシグナルに不安定な影響を与えるようであったので、HiTrap Desalting (5 ml resin, GEヘルスケア社製)を用いて、10 mM phosphate buffer (pH 7.0), 0.15 M KCl, 20 mM n-octyl-β-glucosideを用いて、界面活性剤をn-octyl-β-glucosideに置換した。
【0066】
また、このDGA1p-Δ29(N)FLAG(C)溶液をそのままBiacore Jにインジェクションするよりも、ランニング緩衝液で希釈して界面活性剤濃度を低下させるほうが、DGA1p-Δ29(N)FLAG(C)の結合量が高いことが見い出されたので、通常は1/4希釈して、10分間インジェクションを行った。上記の方法により、300-500 RUのDGA1p-Δ29(N)FLAG(C)をL1基板に結合させた。
【0067】
そこで、構築したDGA1p固定化基板と、DGATの基質であるoleoyl-CoAとの相互作用を検討した。L1基板は、2ケ所のフローセルを有しており、両方の基板を抗FLAG抗体で固定化した後、一方にはDGA1p-Δ29(N)FLAG(C)を結合させ、他方には10 mM phosphate buffer (pH 7.0), 0.15 M KCl, 20 mM n-octyl-β-glucosideを流して、コントロールとした。この基板にランニング緩衝液に溶解した5μM oleoyl-CoAを濃度を変化させて3分間インジェクションし、DGA1p-Δ29(N)FLAG(C)が結合したフローセルと結合していないフローセルとの差のSPRシグナルを測定した。
【0068】
その結果、図11Aのようなセンサーグラムが得られた。これは、インジェクションしてからDGA1p-Δ29(N)FLAG(C)に結合し、時間とともに解離していく様子を示すものであり、最終的にベースラインよりも高い状態で平衡化していることから、DGA1p-Δ29(N)FLAG(C)に結合したままでいるoleoyl-CoAが存在していることを示している。この結合状態のoleoyl-CoAは、10 mM phosphate buffer (pH 7.0), 0.5 M KCl, 15 mM n-octyl-β-glucosideを2分間インジェクションすることによって、除去できることから、この溶液を再生溶液とした。
【0069】
この再生溶液は、DGA1p-Δ29(N)FLAG(C)を基板から洗い流さないことを確認しており、再生溶液とoleoyl-CoA溶液を交互にインジェクションすることによって、oleoyl-CoAのDGA1p-Δ29(N)FLAG(C)との結合を迅速に行うことができた。図11Bは、インジェクション後5分での結合量をoleoyl-CoAの濃度に対してプロットしたもので、oleoyl-CoAの濃度依存的にSPRのシグナルが増加することが認められた。これに対し、DGATの基質にならず結合もしないと考えられるbutyryl-CoAは、濃度依存的なシグナルの増加は全く見られなかった。
【0070】
以上の結果より、DGA1p-Δ29(N)FLAG(C)を固定した基板は、基質との相互作用を検出できることが見い出された。なお、oleoyl-CoAの分子量は1032であり、45kDa程度のDGA1p-Δ29(N)FLAG(C)と結合して、図11のようなシグナルを測定できるためには、会合体を形成しているか、1ヶ所だけでない結合サイトの存在などが考えられるが、現在の所は不明である。
【0071】
次に、DGA1p-Δ29(N)FLAG(C)結合基板と蛋白質との結合を測定するために、DGA1pのC末端のYENREKYGVPDAELKIVGペプチド(配列番号30)に対するラビットの抗体(anti-DGA1C抗体、シグマジェノシス受託生産)との相互作用を測定した。ラビットの抗体(抗血清)は、Protein A Sepharose CL (GEヘルスケア社製)でIgG画分を精製し、ランニング緩衝液で100μg/ml, 200μg/mlに希釈して、2分間インジェクションした。この場合の再生溶液は、10 mM glycine buffer (pH 2.5), 0.5 M KCl, 20 mM n-octyl-β-glucosideを用いるために、測定ごとに新たなDGA1p-Δ29(N)FLAG(C)を結合させた。
【0072】
その結果、200μg/ml anti-DGA1C抗体の添加によりSPRのシグナルが増加し、基板上での結合が認められた(図12A)。この場合、増加したシグナルは低下しないことから、結合が強く容易に解離はしないことを示しており、抗原抗体反応の特徴を表している。インジェクション後5分での結合量は、anti-DGA1C抗体の濃度に依存して増加しているのに対し、ラビットの出芽酵母glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase(GAPDH)に対する抗体のIgG画分(Nordic Immunology社製)では、そのようなシグナルは認められなかった(図12B)。以上の結果から、DGA1p-Δ29(N)FLAG(C)結合基板を用いたSPRによって、蛋白質との特異的相互作用も測定できることが見い出された。
【0073】
さらに、このDGA1p-Δ29(N)FLAG(C)結合基板のDGAT阻害剤との結合について検討した。DGAT阻害剤としては、キサントフモール(Tabata, N., et al., Phytochemistry, 46, 683 (1997))及びピペリン(特願2007-204775)を用い、コントロールとしては、リポミセス属酵母での脂質蓄積に全く影響を与えず、in vitroのDGAT活性を阻害しないバニリン(Kimura, K., et al., J. Agric. Food Chem., 54, 3529 (2006)、及び未発表データ)を用いた。
【0074】
これらの化合物との結合を測定する際には、ランニング緩衝液は10 mM phosphate buffer (pH 7.0), 150 mM KCl, 1% ethanolを使用した。ランニング緩衝液に溶解した50μg/mlキサントフモールを3分間インジェクションすると、当初シグナルが増加するが、その後減少し、ベースラインにもどるセンサーグラムを示した(図13A)。このことは、キサントフモールはDGA1p-Δ29(N)FLAG(C)と相互作用するが、平衡状態では結合しているものは残っていないことを示している。一方、ピペリン、バニリンのインジェクションでは、シグナルの大きな増加は見られなかった。インジェクション時の最大結合量で比較すると、キサントフモールは、ピペリン、バニリンよりも有意に高いシグナルを示し(図13B)、このタイプのDGAT阻害剤をDGA1p-Δ29(N)FLAG(C)固定化基板によって、迅速にスクリーニングできることが示された。
【0075】
一方、ピペリンは、それ自身で直接DGATと相互作用しないかあるいは相互作用が弱い可能性が示唆され、何らかの別の様式でDGATを阻害していると推測された。
そこで、これらの阻害剤をoleoyl-CoAと同時にインジェクションして、基板への結合量を測定した。その結果、キサントフモール、ピペリンは、5μM oleoyl-CoAと同時添加で、有意に結合量が増加した(図14)。キサントフモールは、単独添加で結合量が増加したので、図14ではキサントフモール結合量とoleoyl-CoA量の総和が増加しているとも考えられるが、ピペリンの場合には、両者の量の総和に比べて有意に結合量が増加しており、oleoyl-CoAの存在がシグナルの増加に影響を与えていた。
【0076】
シグナルがどのようにして増加するのかは今の所不明であるが、oleoyl-CoAと同時添加することで、ピペリンをDGA1p-Δ29(N)FLAG(C)固定化基板と相互作用する化合物としてスクリーニングできることが示された。
以上の結果より、高い活性をもつ精製DGA1p-Δ29(N)FLAG(C)を固定化した基板を用いて、DGATの基質、相互作用する蛋白質、阻害剤との相互作用を迅速、ハイスループットに検出する系を構築することができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
a)SNF2遺伝子が破壊又は機能低下しているサッカロミセス・セレビシェに、ジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ(DGAT)全長遺伝子あるいはその5’末端側配列欠失遺伝子を導入し、取得された形質転換株から得られたN末端側配列欠失 DGAT蛋白質であって、配列番号1のアミノ酸配列において、N末端から、23〜37番目までのアミノ酸残基が欠失しているアミノ酸配列を有するか、または
b)上記a)のN末端側配列欠失DGAT蛋白質のアミノ酸配列において、さらに1又は数個のアミノ酸残基が、欠失、置換、挿入または付加されたアミノ酸配列を有し、かつジアシルグリセロールアシルトランスフェラーゼ活性を有することを特徴とする、N末端側配列欠失 DGAT蛋白質。
【請求項2】
さらに、タグペプチド配列を有する、請求項1に記載のN末端側配列欠失DGAT蛋白質。
【請求項3】
N末端にメチオニンが付加されていることを特徴とする、請求項1または2に記載のN末端側配列欠失DGAT蛋白質。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれかに記載のN末端側配列欠失DGAT蛋白質をコードする遺伝子。
【請求項5】
請求項4に遺伝子を担持することを特徴とする組換え蛋白質発現ベクター。
【請求項6】
SNF2遺伝子が破壊又は機能低下しているサッカロミセス・セレビシェに、請求項5に記載の組換え蛋白質発現ベクターが導入されていること特徴とする、形質転換サッカロミセス・セレビシェ。
【請求項7】
上記SNF2遺伝子が破壊又は機能低下しているサッカロミセス・セレビシェにおいて、さらにLEU2遺伝子が導入されていることを特徴とする、請求項6に記載の形質転換サッカロミセス・セレビシェ。
【請求項8】
請求項6または7に記載の形質転換サッカロミセス・セレビシェを培地に培養し、培葉菌体から、請求項1〜3のいずれかに記載のN末端側配列欠失DGAT蛋白質を採取することを特徴する、組換えDGAT蛋白質の製造方法。
【請求項9】
請求項6または7に記載の形質転換サッカロミセス・セレビシェを培地に培養し、培葉菌体から、トリアシルグリセロールを採取することを特徴とする、トリアシルグリセロールの製造方法。
【請求項10】
請求項1−3のいずれかに記載のN末端側配列欠失DGATが、基板の金属薄膜表面に固定されていることを特徴とする、表面プラズモン共鳴測定用基板。
【請求項11】
基板の金属薄膜表面に請求項1〜3に記載のN末端側配列欠失DGAT蛋白質に対する抗体が固定化され、さらに、該抗体を介してN末端側配列欠失DGAT蛋白質が固定化されていることを特徴とする、請求項10に記載の表面プラズモン共鳴測定用基板。
【請求項12】
請求項10または11に記載の基板に、試料を接触させ、表面プラズモン共鳴測定を行うことにより、試料中のDGAT蛋白質と相互作用する物質を検出及び/または定量することを特徴とする、DGAT蛋白質と相互作用する物質を検出及び/または定量方法。
【請求項13】
請求項10または11に記載の基板に、DGATの阻害因子または活性化因子の候補物質を接触させ、表面プラズモン共鳴測定を行い、基板上のDGATと、上記DGATの阻害因子または活性化因子の候補物質との結合の程度を指標に、DGATの阻害因子または活性化因子をスクリーニングすることを特徴とする、DGATの阻害因子または活性化因子のスクリーニング方法。

【図2】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図9】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図1】
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【図3】
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【図6】
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【図8】
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【図10】
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【公開番号】特開2011−103836(P2011−103836A)
【公開日】平成23年6月2日(2011.6.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−264402(P2009−264402)
【出願日】平成21年11月19日(2009.11.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年9月25日 発行の「第82回日本生化学会大会 プログラム・講演要旨集(CD−ROM)」に発表
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】