説明

海苔を用いた血中インスリン値上昇抑制剤、脂肪分解抑制剤、高インスリン血症治療薬、糖尿病治療薬、および、機能性飲食品

【課題】新規な糖尿病治療剤、高インスリン血症治療剤、血中インスリン値上昇抑制剤および脂肪分解抑制剤を提供することである。
【解決手段】海苔を水、熱水、または亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含む、糖尿病治療剤、高インスリン血症治療剤、血中インスリン値上昇抑制剤、および/または脂肪分解抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海苔を用いた血中インスリン値上昇抑制剤、脂肪分解抑制剤、高インスリン血症治療薬、糖尿病治療薬、および、機能性飲食品に関する。
【背景技術】
【0002】
生活習慣病の一つである糖尿病の患者数は世界規模で増加の一途をたどっており、2030年までには3億人を超えると予想されている。糖尿病のその発病原因に基づいて主に1型糖尿病(以下、単に「1型」と称することもある)と2型糖尿病(以下、単に「2型」と称することもある)とに分類される。1型糖尿病は、自己免疫などの原因で、膵臓のランゲルハンス島のβ細胞が破壊されて、インスリン分泌能が低下・途絶することで発症し、インスリンを補充しなければ生存することができないインスリン依存型の病像を呈する。一方、2型糖尿病は、インスリンの分泌不足またはその標的細胞側の感受性低下(インスリン抵抗性が高い状態)などによるインスリン作用不足が現れて高血糖になるものであり、過食、肥満、運動不足、加齢およびストレス等の誘因が加わると発症する。日本人の場合、この2型糖尿病が、糖尿病全体の90%以上を占めている。また、2型糖尿病では、一般的にはインスリン非依存型の病像を呈し、食事療法と運動療法により血糖値をコントロールすることが治療の基本となる。これらの治療法の次の段階として薬物療法が行われ、それでも治療が困難な場合にはインスリン療法が行われる。
【0003】
インスリン療法においては、インスリンは小腸で分解され、腸管吸収ができないため、通常医師の指導下で皮下または筋肉注射により血糖値のコントロールを行わなくてはならない。現在、さまざまな糖尿病経口薬が市販されているが、副作用があり、満足できる治療効果が得られていない。また、食品による経口摂取可能なインスリン様作用物質の報告は少ない。
【0004】
一方、海苔は、古くから日本人に食されてきた海藻で、非常になじみ深い食品である。乾海苔の年間消費量は近年約100億枚強で推移している。近年発生している色落ち海苔や、海苔製品の成形の際に出る屑海苔などは、未利用あるいは一部しか利用されておらず、大部分は堆肥化あるいは廃棄されている現状であり、その資源の有効利用が望まれている。
【0005】
特許文献1には、アマノリ属海藻から血糖降下能を有する新規なポリペプチドを製造することを目的として、アマノリ属海藻の葉状体またはその加工品の乾燥細粒化物を膨潤させ、これを、水を用いて抽出し、この抽出物を分画精製してポリペプチドを得ることが記載されている。
また、特許文献2には、海苔を熱水で抽出して得られる上清を有効成分として含む、糖尿病治療剤、血糖低下剤が開示されている。
また、特許文献3には、海苔を熱水で抽出して得られるポルフィランの低分子化分解物を有効成分としたα−グルコシダーゼ阻害剤が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平11−1495号公報
【特許文献2】特開2008−56604号公報
【特許文献3】特開2006−104100号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
2型糖尿病は、前述したとおり、インスリンの分泌不足またはその標的細胞側の感受性低下(インスリン抵抗性が高い状態)などによるインスリン作用不足が主な原因とされている。2型糖尿病においては、インスリンの感受性が低下(インスリン抵抗性が上昇)すると、インスリンによる血糖値を下げる作用の低下が起こり、これを補うため、膵臓はインスリンを過剰に分泌するように働く。この状態が続き、2型糖尿病がさらに進行すると、膵臓が疲弊してしまい、インスリン分泌能が徐々に低下し、インスリンを分泌できなくなってしまう。また、インスリン抵抗性は高インスリン血症を引き起こすことが知られている。この高インスリン血症は糖尿病発症に関与するだけでなく、高血圧や高脂血症などの生活習慣病の原因であるとされている。
【0008】
しかしながら、特許文献1、特許文献2および、特許文献3では、血中インスリン値の観点からは何ら検討はなされていない。
【0009】
したがって、血糖値のコントロールだけでなく、血中インスリン値をコントロールすることが可能な糖尿病治療薬の開発が強く望まれていた。
【0010】
なお、前述したとおり、わが国では、1型糖尿病に比べ2型糖尿病の方がはるかに多く発症するので、糖尿病治療においては、1型糖尿病の存在をほとんど考慮する必要はないとも考えられる。
【0011】
しかしながら、2型糖尿病においては、発症時の臨床的なタイプは2型であるが、年数(平均して3年)の経過に従って徐々にインスリン分泌能が低下し、最終的にはインスリン依存状態となるような症状を呈する糖尿病(SlOwly prOgressive IDDM:SPIDDM)が存在することが知られている。このSPIDDMは、見掛けは2型であるが、最終的に1型に類似する症状に移行するタイプの糖尿病といえる。SPIDDM患者は、抗GAD抗体が長期間持続陽性を示し、改めて検査を行わないと1型に類似する症状と判明しない事例が多く存在する。したがって、健康診断等で2型糖尿病と診断されたにもかかわらず、自覚症状がないことを理由に長期間放置していた結果、いつしかインスリン注射等でインスリンを補充しなければ生命の危険に陥るという深刻な症状になってしまう可能性が考えられる。
【0012】
また、特許文献2では、血中インスリン値の観点からは何ら検討はなされていないし、実験を2型糖尿病に近い病態を有する動物を用いて行っている。したがって、当該文献に開示の成分が1型糖尿病やこれに類似する症状を呈する進行した2型糖尿病の治療に対しても有効であるかは不明であった。
【0013】
よって、前述した事項から、安全で副作用がなく、糖尿病のさまざまな症状に効果的に対処可能な糖尿病治療薬の開発が強く望まれていた。
【0014】
すなわち、本発明は、新規な血中インスリン値上昇抑制剤、脂肪分解抑制剤、高インスリン血症治療薬、糖尿病治療薬、および、機能性飲食品を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0015】
即ち、本発明によれば、海苔を水、熱水、または亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含む、血中インスリン値上昇抑制剤が提供される。この構成によれば、海苔を水、熱水、または亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含むため、血中インスリン値の上昇を抑制することができる。
【0016】
また、本発明によれば、海苔を水、熱水、または亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含む、高インスリン血症治療剤が提供される。この構成によれば、海苔を水、熱水、または亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含むため、高インスリン血症を有効に治療することができる。
【0017】
さらに、本発明によれば、海苔を水、熱水、または亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含む、脂肪分解抑制剤が提供される。この構成によれば、海苔を水、熱水、または亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含むため、脂肪分解を抑制することができる。
【0018】
さらにまた、本発明によれば、海苔を水、熱水、または亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含む、糖尿病治療剤が提供される。この構成によれば、海苔を水、熱水、または亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含むため、糖尿病を有効に治療することができる。
【0019】
また、本発明によれば、海苔を水、熱水、または亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含む、血中インスリン値上昇抑制用の機能性飲食品が提供される。この構成によれば、海苔を水、熱水、または亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含むため、血中インスリン値の上昇を抑制することができる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、海苔を水、熱水、または亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含むため、血中インスリン値の上昇を抑制することができる。また、本発明によれば、同様の理由により、脂肪分解を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】図1は、糖尿病発症マウスにおける血中インスリン濃度の経時的変化を示す。
【図2】図2は、グルコース負荷糖尿病発症マウスにおける血中インスリン濃度の経時的変化を示す。
【図3】図3は、海苔熱水抽出物のHPLCによる分析の結果を示す。
【図4】図4は、HPLCで分画された画分の脂肪細胞における脂肪分解活性の測定の結果を示す。
【図5】図5は、海苔抽出物の脂肪細胞における脂肪分解活性の測定の結果を示す。
【図6】図6は、海苔抽出物の脂肪細胞における脂肪分解活性の測定の結果を示す。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、海苔から抽出して得られる上清由来の成分が、脂肪分解を抑制する作用、および、血中インスリン値の上昇を抑制する作用を有することを確認して糖尿病および高インスリン血症の治療に有効であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0023】
以下、本発明の実施の形態について具体的に説明する。
本実施形態による糖尿病治療剤、高インスリン血症治療剤、血中インスリン値上昇抑制剤および/または脂肪分解抑制剤は、海苔を水、熱水、または亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含むものである。海苔を水、熱水、または亜臨界水で抽出して得られる上清としては、(1)海苔を水で抽出して得られる上清、(2)海苔を亜臨界水で抽出して得られる上清、(3)海苔を熱水で抽出して得られる上清、(4)海苔を熱水で抽出した後に、40℃から70℃に冷却してさらに2時間以上抽出して得られる上清、または(5)海苔を熱水で抽出した後に、40℃から70℃に冷却してさらに2時間以上抽出して上清を取得し、この上清にエタノールを添加して得られる非沈殿画分などを用いることができる。
【0024】
本実施形態で用いる海苔としては、その種類は特に限定されず任意のものを用いることができ、例えば、色落ち海苔、商品とならない低品質海苔や、海苔製品の成形の際に出る屑海苔などを用いることもできる。また、摘採された製品化前の生ノリ、製品化に適していない低品質の生ノリなどを用いてもよい。
【0025】
これにより、本実施形態に係る糖尿病治療剤、高インスリン血症治療剤、血中インスリン値上昇抑制剤および/または脂肪分解抑制剤においては、原材料として、元来から廃棄物として処理され、その処理コストや環境の観点から海苔製造業者等を長年にわたって悩ませ続けてきた、低品質の海苔や屑海苔などの未利用資源を有効に利用することができる。また、コストの面でも有利であることはいうまでもない。
【0026】
本実施形態では、海苔を水、熱水、または亜臨界水、例えば25℃以上(例えば、120℃など)で所定の時間(例えば、10分間以上など)抽出する。その後、40℃から70℃(例えば、50℃など)に冷却してさらに所定の時間(例えば2時間以上、一例としては12時間から一昼夜など)抽出する。次いで、この抽出物を遠心して(例えば、3500rpm、10分)遠心上清を取得することができる。あるいは、前述の遠心上清にエタノール(例えば、75%エタノールなど)を添加し、沈殿画分(多糖類画分)と非沈殿画分(低分子画分)に分け、このうちの非沈殿画分を、遠心上清として用いることもできる。さらに、前述の遠心上清または非沈殿画分を分子量で分画して、分子量1000以下の画分とする。分子量による分画は、例えば、限外濾過膜(分子量1000膜;濾過できる分子量の上限が1000である限外濾過膜)を用いて行うことができる。なお、活性が低下することを防止するため、凍結乾燥して保存するのが好ましい。
【0027】
本実施形態における海苔を水、熱水、または亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含むものである糖尿病治療剤、高インスリン血症治療剤、血中インスリン値上昇抑制剤および/または脂肪分解抑制剤の有効成分は、明確には同定されていないが、インスリン様作用を有する水溶性であるので、体内に吸収されやすく、糖尿病治療剤等として効果的である。また、前述の有効成分は、伝統的に食されてきた海苔由来であり、副作用の心配がなく、新規素材よりも安全性が高いので、安心して供することができる。また、後述する実施例の糖尿病発症動物の実験結果からも、経口投与が可能であり、従来のインスリン療法で行われていた皮下または筋肉注射のように、患者の皮膚を傷つけるなどにより患者に物理的・精神的な苦痛を与えることがない。さらにまた、後述する実施例2の結果より、本実施形態の糖尿病治療剤、高インスリン血症治療剤、血中インスリン値上昇抑制剤および/または脂肪分解抑制剤は、有効成分を含む海苔抽出物(上清)を120℃で10分間の加熱処理を行っても、インスリン様作用を維持することができるので、製造に際し加熱プロセスを必要とする製剤等であっても製造に供することができ、幅広い形態等による投与の可能性が考えられる。
【0028】
本実施形態の糖尿病治療剤、高インスリン血症治療剤、血中インスリン値上昇抑制剤および/または脂肪分解抑制剤の製剤形態は特に限定されず、経口投与または非経口投与用の製剤形態の中から治療や予防の目的に最も適した適宜の形態のものを選択することが可能である。経口投与に適した製剤形態としては、例えば、錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、シロップ剤、溶液剤、乳剤、懸濁剤、チュアブル剤などを挙げることができ、非経口投与に適する製剤形態としては、例えば、注射剤(皮下注射、筋肉内注射、または静脈内注射など)、点滴剤、吸入剤、噴霧剤、坐剤、ゲル剤もしくは軟膏剤などの形態の経皮吸収剤、経粘膜吸収剤、貼付剤もしくはテープ剤などの形態の経皮吸収剤などを挙げることができるが、これらに限定されることはない。
【0029】
経口投与に適当な液体製剤、例えば、溶液剤、乳剤、またはシロップ剤などは、水、ソルビット、果糖などの糖類、ポリエチレングリコール、プロピレングリコールなどのグリコール類、ごま油、オリーブ油、大豆油などの油類、p−ヒドロキシ安息香酸エステル類などの防腐剤、ストロベリーフレーバー、ペパーミントなどのフレーバー類などを用いて製造することができる。また、カプセル剤、錠剤、散剤、または顆粒剤などの固体製剤の製造には、乳糖、マンニットなどの賦形剤、澱粉、アルギン酸ソーダなどの崩壊剤、ステアリン酸マグネシウム、タルクなどの滑沢剤、ポリビニールアルコール、ヒドロキシプロピルセルロース、ゼラチンなどの結合剤、脂肪酸エステルなどの界面活性剤、グリセリンなどの可塑剤などを用いることができる。
【0030】
非経口投与に適当な注射用または点滴用の製剤は、好ましくは、受容者の血液と等張な滅菌水性媒体に有効成分である前述の物質を溶解または懸濁状態で含んでいる。例えば、注射剤の場合、塩溶液、または塩水と他の溶液との混合物からなる水性媒体などを用いて溶液を調製することができる。腸内投与のための製剤は、例えば、カカオ脂、水素化脂肪、または水素化カルボン酸などの担体を用いて調製することができ、座剤として提供される。また、噴霧剤の製造には、有効成分である前述の物質を微細な粒子として分散させることができ、受容者の口腔および気道粘膜を刺激せず、かつ有効成分の吸収を容易ならしめる担体を用いることができる。担体としては、具体的には、乳糖又はグリセリンなどが例示される。有効成分である物質及び使用する担体の性質に応じて、エアロゾル又はドライパウダーなどの形態の製剤が調製可能である。これらの非経口投与用製剤には、グリコール類、油類、フレーバー類、防腐剤、賦形剤、崩壊剤、滑沢剤、結合剤、界面活性剤、可塑剤などから選択される1種または2種以上の補助成分を添加することもできる。
【0031】
本実施形態の糖尿病治療剤、血中インスリン値上昇抑制剤および/または脂肪分解抑制剤の投与量および投与回数は、疾患の種類や重篤度、投与形態、患者の年齢や体重などの条件、合併症の有無などの種々の要因により適宜設定することができるが、一般的には、有効成分の投与量として一回当たり10μg/kg〜1000mg/kg、好ましくは100μg/kg〜1000mg/kgである。
【0032】
また、本実施形態の糖尿病治療剤、高インスリン血症治療剤、血中インスリン値上昇抑制剤および/または脂肪分解抑制剤は、後述する実施例1の結果より、用量依存性であり、有効成分の投与量が多いほど、効果が現れるものと考えられる。したがって、本実施形態の糖尿病治療剤、高インスリン血症治療剤、血中インスリン値上昇抑制剤および/または脂肪分解抑制剤では、医師等の取り扱いが容易となり、患者の症状に応じた適切な投与による治療が可能となる。
【0033】
本実施形態の糖尿病治療剤、高インスリン血症治療剤、血中インスリン値上昇抑制剤および/または脂肪分解抑制剤は、ヒトを含む任意の哺乳動物に投与することができるが、好ましくはヒトに投与される。
【0034】
本実施形態の糖尿病治療剤、高インスリン血症治療剤、血中インスリン値上昇抑制剤および/または脂肪分解抑制剤は、糖尿病または糖尿病の合併症の予防および/または治療のために用いることができる。糖尿病は高血糖を特徴の一つとする糖代謝異常に基づく疾患であり、本実施形態の糖尿病治療剤、高インスリン血症治療剤、血中インスリン値上昇抑制剤および/または脂肪分解抑制剤を用いて、その有効成分として含まれるインスリン様作用によって糖尿病患者の血糖値を低下させることにより、糖尿病を治療することができ、また糖尿病の疑いのある患者の血糖値をコントロールすることによって糖尿病を予防することもできる。また、本実施形態の糖尿病治療剤、高インスリン血症治療剤、血中インスリン値上昇抑制剤および/または脂肪分解抑制剤を用いて、その有効成分として含まれるインスリン様作用によって糖尿病患者の血中インスリン値の上昇を抑制することにより、インスリン感受性および膵臓のインスリン分泌低下を改善して、糖尿病を治療することができ、また糖尿病の疑いのある患者の血中インスリン値をコントロールすることによって糖尿病を予防することもできる。さらに、本実施形態の糖尿病治療剤、高インスリン血症治療剤、血中インスリン値上昇抑制剤および/または脂肪分解抑制剤を用いて、従来のインスリン療法におけるインスリン投与に代わって、有効成分として含まれるインスリン様作用により、1型糖尿病を治療することができ、また1型糖尿病の疑いのある患者の血中インスリン値をコントロールすることによって1型糖尿病を予防することもできる。
【0035】
また、糖尿病は初期段階では自覚症状がほとんどないため、その進行によって、網膜症、腎症、神経障害などの重篤な合併症が生じることが知られている。本実施形態の糖尿病治療剤、高インスリン血症治療剤、血中インスリン値上昇抑制剤および/または脂肪分解抑制剤を用いて糖尿病患者の血中インスリン値をコントロールすることにより、これら糖尿病合併症の予防および/または治療を達成することもできる。
【0036】
さらに、本実施形態の高インスリン血症治療剤は、糖尿病またはその合併症の予防および/または治療のためのみならず、高インスリン血症の治療のために広く用いることができる。高インスリン血症は、糖尿病ばかりでなく、高血圧や高脂血症等の生活習慣病の発症原因とされている。高インスリン血症は、膵臓のインスリン感受性が低下(インスリン抵抗性が上昇)することで発症する。本実施形態の高インスリン血症治療剤は、膵臓のインスリン感受性を改善(インスリン抵抗性を緩和)させるために用いてもよい。
【0037】
さらにまた、本実施形態の血中インスリン値上昇抑制剤は、糖尿病またはその合併症の予防および/または治療のためのみならず、血糖低下のために広く用いることができる。臨床的に高血糖が存在すれば、糖尿病が疑われるが、糖尿病以外の各種疾患によることもあり、例えば、膵組織の器質的障害、慢性肝疾患、内分泌疾患、脳圧亢進状態、肥満症、過食、アルコール過飲、胃切除後の食餌性高血糖、発熱性疾患、一酸化炭素中毒、薬剤による血糖上昇など様々な要因により高血糖が生じることがある。本実施形態の血中インスリン値上昇抑制剤は、これらの高血糖を正常レベルの血糖値まで低下させるために用いてもよい。
【0038】
また、本実施形態の血中インスリン値上昇抑制剤は、高インスリン血症治療薬および/または糖尿病治療薬として提供することもできる。即ち、海苔を水、熱水または、亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含む高インスリン血症治療薬および/または糖尿病治療薬の形態で提供してもよい。
【0039】
本実施形態の血中インスリン値上昇抑制剤は、機能性飲食品として提供することもできる。即ち、海苔を水、熱水または、亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を、血中インスリン値上昇抑制用の機能性飲食品の形態で提供してもよい。
【0040】
本実施形態による血中インスリン値上昇抑制剤用の機能性飲食品の製品の具体例としては、清涼飲料、ドリンク剤、健康食品、特定保健用食品、機能性食品、機能活性型食品、栄養補助食品、サプリメント、飼料、飼料添加物などと一般に呼称される、飲料を含む健康食品または補助食品が挙げられる。
【0041】
本実施形態の機能性飲食品は、海苔を水、熱水または、亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を、食品に使われる一般的な原料に直接混合、分散したのち、公知の方法により所望の形態に加工することによって得ることができる。本実施形態の飲食品はあらゆる形態の飲食品を包含するものであり、その種類は特に制限されず、前述したような各種飲食物、あるいは各種栄養組成物、例えば、各種の経口または経腸栄養剤や飲料等に、本実施形態の血中インスリン値上昇抑制剤を配合して飲食品として提供することができる。飲食品の形態は特に限定されず、摂取しやすい形態であれば、固形、粉末、液体、ゲル状、スラリー状等のいずれであってもよい。
【実施例】
【0042】
以下、本発明を実施例によりさらに説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0043】
[実施例1] 糖尿病発症マウスの血中インスリン濃度に及ぼす影響
(1−1)試料
インスリン様作用成分の調製は、海苔を熱水(120℃、20分)抽出後、50℃に冷却してさらに12時間(一夜)抽出した。この抽出物を遠心して得られた遠心上清に75%エタノールを添加し、沈殿成分(多糖類画分)と非沈殿画分に分けた。次いで、非沈殿画分をミリポア製の限外濾過膜(分子量1000膜)を用いて分画し、得られた画分(以下、NS<1000画分と称する。)は減圧濃縮後、凍結乾燥して実験に供した。
【0044】
(1−2)実験方法
6週齢の雄性KK-AY/Ta:jclマウス(遺伝的に高血糖と高インスリン血症を呈し、2型糖尿病のモデル動物として用いられる)を体重に有意差が出ないようにコントロール群と被験物群(0.5g/kg体重投与群、2.0g/kg体重投与群)の3群に分け、コントロール群には、純水を被験物群には各濃度になるように純水で溶解して調整した被験物質を経口により非麻酔下で毎日投与した。飼育期間中は、固型飼育用飼料CE-2(日本クレア(株))を自由摂取させ、自由飲水とした。飼育期間は5週間で、飼育開始時を0週目とし、3週目と4週目の非絶食時に非麻酔下で尾静脈より採血を行った。さらに、5週目には一夜絶食を行い、糖負荷試験(D(+)-グルコース水溶液3.0g/kg体重)を行った。それぞれ各群グルコース摂取量に差が出ないように調整して非麻酔下で経口投与した。投与前を0分として、30および60分後に非麻酔下で尾静脈より採血した。なお、実験マウスは、九動(株)より購入し、室温23℃、12時間のライトサイクルで、固型飼育用飼料CE-2(日本クレア(株))を自由摂取させ、自由飲水として飼育した。
【0045】
(1−3)血中インスリン濃度の測定
採取した血液を3000rpmで遠心分離した後、血清を分画した。血清中のインスリン濃度は、モリナガインスリン測定キット((株)森永生科学研究所)を用いて測定した。
【0046】
(1−4)統計処理
有意差検定を行う前に、Bartlettの等分散検定によりデータの等分散性を確認し、非等分散であったものに対しては常用対数または平方根をとって等分散性を保った上で有意差検定を行った。有意差検定は、Student’s t-testにより行った。また、P<0.05をもって有意差ありと判定した。
【0047】
(1−5)結果
NS<1000画分の血中インスリン濃度に及ぼす作用についての結果を図1に示した。投与開始3週間後、コントロール群に比較して0.5g/kg体重投与群の血中インスリン濃度が有意に低値を示した。さらに、4週間後では、0.5g/kg体重投与群および2.0g/kg体重投与群でコントロール群に比較して血中インスリン濃度が有意に低値を示した。
【0048】
また、グルコース負荷試験におけるNS<1000画分の血中インスリン濃度に及ぼす作用についての結果を図2に示した。投与開始30分後、コントロール群に比較して2.0g/kg体重投与群の血中インスリン濃度が有意に低値を示した。
【0049】
図1および図2より、NS<1000画分の濃度の点からは、濃度が増加すると、インスリン様作用が増加しており、NS<1000画分は、用量依存性であることが示唆された。
【0050】
[実施例2] 脂肪細胞における脂肪分解活性の測定
(2−1)試料
NS<1000画分には、加熱処理を行うことでインスリン様作用物質が熱によって失活するか確認した。NS<1000画分の100mg/ml水溶液を調製し、この水溶液を120℃で10分加熱した物を凍結乾燥して実験に供した。なお、比較試料として、前述の水溶液を加熱せずに凍結乾燥を行ったものを作製した。
【0051】
次いで、NS<1000画分からODSカラムを用いてHPLCで分画して得られた画分をそれぞれ、濃縮乾固、凍結乾燥して実験に供した。なお、HPLCによる分析条件は以下のとおりである。
【0052】
<HPLC分析条件>
カラム:COSMOSIL PACKED COLUMN 5C18-AR-II(SIZE 20×250mm TYPE Waters MANF.NO.K55111)
移動相:A液:0.05%トリフルオロ酢酸/水、B液:0.05%トリフルオロ酢酸/アセトニトリル
グラジエント条件:0→35%B液(60分)直線グラジエント、0%B液(60〜120分)
流速:1.0ml/min
測定波長:220nm
カラム温度:30℃
試料:10mg/ml(蒸留水に溶解)
注入量:200μl
【0053】
また、海苔を水、約2時間室温(約26度)抽出後、この抽出物を遠心し、上清を凍結乾燥して、水抽出物を作製した。水抽出物の終濃度を、1.0mg/ml 、0.1mg/ml 、0.05mg/ml、0.01mg/mlとなるように実験に供した。
【0054】
また、海苔を熱水(120℃、20分)抽出後、50℃に冷却してさらに2時間抽出した。この抽出物を遠心し、上清を凍結乾燥して、熱水抽出物を作製した。熱水抽出物の終濃度を、1.0mg/ml 、0.1mg/ml となるように実験に供した。
【0055】
また、海苔を亜臨界水抽出後、この抽出物を遠心し、上清を凍結乾燥して、亜臨界水抽出物を作製した。亜臨界水抽出物の終濃度を、1.0mg/ml 、0.1mg/ml となるように実験に供した。なお、亜臨界水抽出条件は以下のとおりである。
【0056】
亜臨界水抽出条件1
温度:180℃
圧力:5MPa
流速:1ml/min
収集区間:30−45min
亜臨界水抽出条件2
温度:160℃
圧力:5MPa
流速:1ml/min
収集区間:15−30min
【0057】
(2−2)実験方法
インスリンは、脂肪分解を抑制する作用を有することが知られている。即ち、インスリンは、脂肪組織や肝臓で、PDE(ホスホジエステラーゼ)を活性化させ、cAMPを5'AMPに異化させることで、cAMP濃度を減少させ、ホルモン感受性リパーゼ(HSL)の活性を抑制する。そこで、インスリン様作用を評価するため、脂肪分解について測定を行った。その実験方法は以下のとおりである。即ち、9週齢のKud:Wistar雄性ラットをエーテル麻酔下でと殺し、睾丸周辺の白色脂肪組織を摘出した。Hanks緩衝液(pH7.4)で洗浄した脂肪組織4gに15mlのHanks緩衝液(pH7.4)を加え、細かい粒子に切断した。これを遠心分離して得られた上層を脂肪組織切片とした。Hanks緩衝液(pH7.4)(200μl)に被験物(25μl)、ノルエピネフリン(25μl、終濃度0.05μg/ml)および調整した脂肪組織切片(50μl)を加え、37℃、60分反応して、遊離した脂肪酸量を測定した。なお、実験ラットは、九動(株)より購入し、室温23℃、12時間のライトサイクルで、固型飼育用飼料CE-2(日本クレア(株))を自由摂取させ、自由飲水として飼育した。
【0058】
(2―3)結果
NS<1000画分の加熱物において、インスリン様作用は、非加熱のNS<1000画分と比較して、低下する傾向はみられなかった(データは示さない)。したがって、加熱処理はNS<1000画分のインスリン様作用に影響を与えないことが示唆された。
【0059】
そして、HPLCによる分析においては、図3に示すとおり、A〜Eの5つの画分に分
画された。これらの画分について、インスリン様作用について測定したところ、波長220nmで検出された画分(C)および画分(E)において強いインスリン様作用を示した(図4参照)。
【0060】
また、水抽出物、熱水抽出物、または亜臨界水抽出物の脂肪細胞における脂肪分解活性の測定結果を、図5および図6に示した。それぞれコントロールと比較して、脂肪分解率が低値を示した。
【0061】
図5および図6より、水抽出物、熱水抽出物、または亜臨界水抽出物の濃度の点からは、濃度が増加すると、脂肪分解抑制作用が増加しており、水抽出物、熱水抽出物、または亜臨界水抽出物は、用量依存性であることが示唆された。
【0062】
[結果の考察]
本実施例による結果から、海苔の水、熱水または、亜臨界水抽出物から得られた海苔抽出物。または、海苔の熱水抽出物から得られた分子量1000以下の画分は、インスリン様作用を示すことが明らかとなり、糖尿病において、インスリンの感受性低下(インスリンの抵抗性の上昇)や膵臓の疲弊によるインスリン分泌低下等を改善することが示唆された。また、インスリン様作用として脂肪分解抑制作用が知られており、海苔の水、熱水または、亜臨界水抽出物から得られた海苔抽出物と、海苔の熱水抽出物から得られた分子量1000以下の画分は、いずれも脂肪分解率が低値を示し、海苔の熱水抽出物から得られた分子量1000以下の画分は血中インスリン濃度を低値にしたため、海苔の水、熱水または、亜臨界水抽出物から得られた海苔抽出物についても、血中インスリン濃度を低値にすることが当業者にとっては明らかである。また、インスリン様作用を有する海苔の水、熱水または、亜臨界水抽出物から得られた海苔抽出物と海苔の熱水抽出物から得られた分子量1000以下の画分は、従来のインスリン療法で行われていた皮下または筋肉注射等によるインスリン投与に代わって、体内への吸収が容易で、かつ、経口投与が可能なインスリン製剤として利用できる可能性が示唆された。さらに、インスリン様作用を有する海苔の水、熱水または、亜臨界水抽出物から得られた海苔抽出物と海苔の熱水抽出物から得られた分子量1000以下の画分は、膵臓のインスリン感受性が低下(インスリン抵抗性が上昇)することで発症する高インスリン血症の治療剤として有効に利用できる可能性が示唆された。また、インスリン様作用を有する海苔の水、熱水または、亜臨界水抽出物から得られた海苔抽出物と海苔の熱水抽出物から得られた分子量1000以下の画分は、健康食品等の分野においても広く利用できることが考えられた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
海苔を水、熱水または、亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含む、血中インスリン値上昇抑制剤。
【請求項2】
前記上清が、海苔を熱水で抽出した後に、40℃から70℃に冷却してさらに2時間以上抽出して得られる熱水抽出物である、請求項1に記載の血中インスリン値上昇抑制剤。
【請求項3】
前記上清が、前記熱水抽出物にエタノールを添加して得られる非沈殿画分である、請求項2に記載の血中インスリン値上昇抑制剤。
【請求項4】
前記上清が、分子量1000以下の有効成分を含む、請求項1から3の何れか一項に記載の血中インスリン値上昇抑制剤。
【請求項5】
前記血中インスリン値上昇抑制剤が、経口投与されるものである、請求項1から4の何れか一項に記載の血中インスリン値上昇抑制剤。
【請求項6】
前記血中インスリン値上昇抑制剤が、用量依存性である、請求項1から5の何れか一項に記載の血中インスリン値上昇抑制剤。
【請求項7】
海苔を水、熱水、または亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含む、血中インスリン値上昇抑制用の機能性飲食品。
【請求項8】
海苔を水、熱水、または亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含む、高インスリン血症治療薬。
【請求項9】
海苔を水、熱水、または亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含む、脂肪分解抑制薬。
【請求項10】
海苔を水、熱水、または亜臨界水で抽出して得られる上清由来の成分を含む、糖尿病治療薬。
【請求項11】
前記糖尿病治療薬が、1型糖尿病治療剤である、請求項10に記載の糖尿病治療薬。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−195772(P2010−195772A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−7372(P2010−7372)
【出願日】平成22年1月15日(2010.1.15)
【出願人】(398005157)通宝海苔株式会社 (4)
【Fターム(参考)】