説明

海苔発酵組成物およびその製造方法

【課題】アミノ酸含有量に富み、かつ、良好な風味を有する海苔発酵組成物を提供する。
【解決手段】海苔類を水溶液に混和した海苔原料液を調整し、該海苔原料液をプロテアーゼで処理した後、特定の乳酸菌を用いて発酵させることで、海苔発酵組成物を得る。
【効果】上記方法により得られる海苔発酵組成物は、アミノ酸含有量に富み、風味が良好であるとともに、天然物由来であるため安全性が高く、調味料、機能性食品素材として利用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海苔類をプロテアーゼで処理し、乳酸菌で発酵させて得られる海苔発酵組成物およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
発酵とは、広義には、微生物の持つ働きを利用し、食物の成分を好ましい物質に変える作用をいう。発酵には、微生物の作用により食品の保存性向上、栄養価や消化吸収性の向上、あるいは機能性を有する成分の増加等という効果をもたらす利点があり、。また、発酵工程を経ることにより、食品の素材そのものからは得られない独特の香りや味が付加される利点がある。
【0003】
発酵食品には、有史以前からの長い歴史があり、その優れた利点から、世界各地に多種多様な発酵食品が発展している。発酵食品の例としては、チーズ、ヨーグルト、ワイン、清酒、味噌、醤油、魚醤、納豆、糠漬け、ザワークラウト、キムチ、鮒寿司、豆腐よう等が挙げられ、今日の食卓において欠かせないものとなっている。しかし、幅広い食材を原料とした発酵食品が広く知られているにも関わらず、海苔類を主原料とする発酵食品の開発は未だ十分に進んでいるとはいえない。
【0004】
海藻の一種である海苔類は、他の海藻と比べて、特にタンパク質含量が高いことが知られている(例えば、非特許文献1参照)。そのため、海苔類のタンパク質を、発酵工程を経ることにより分解した場合、アミノ酸が豊富に生成されることが予想される。特に、海苔類のタンパク質を構成するアミノ酸は、グルタミン酸およびアスパラギン酸の割合が高いことから、それらを分解し遊離アミノ酸とすることで、強い旨味を有する発酵組成物を得ることができると期待される。また、海苔類から糖尿病予防作用、コレステロール低下作用等を有する成分が見出されていることから(例えば、特許文献1,2参照)、海苔類を原料とする発酵食品の開発により、機能性を有する食品素材の提供が期待できる。
【0005】
従来、海苔類を含む海藻を発酵させる技術としては、海藻中に含まれる成分を水などで抽出後、乳酸菌あるいは麹菌で発酵させる方法(例えば、特許文献3参照)や、コンブエキスを含む原料を乳酸菌としてLactobacillus hilgardiiを用いて発酵させた後、一定量のγ−アミノ酪酸(GABA)を添加することで、発酵物が持つ特有のエグ味や苦味を抑えた飲食品を提供する方法が知られている(例えば、特許文献4参照)。しかし、海藻を単に乳酸菌と接触させても、海藻中に含まれるセルロース等の多糖類により発酵が阻害され、充分に発酵が進行しないという問題が生じる。その欠点を改善するために、海藻を発酵する前にセルラーゼで処理することにより、発酵を阻害する多糖類を分解する方法(例えば、特許文献5〜7参照)が提案されている。この方法によれば、セルラーゼの作用により、特に糖質を効率的に遊離することができ、栄養価が豊富な発酵食品または飼料を得ることができる。一方、発酵食品の旨味や風味に関与するグルタミン酸等のアミノ酸を海苔類が含有するタンパク質から十分に引き出すという観点においては、未だ技術開発の余地がみられる。特に、タンパク質含量の高い海苔類は、乳酸菌を直接作用させてもタンパク質分解が進行しにくいという課題がある。
【0006】
すなわち、海苔類を発酵する工程において、効率よくタンパク質を分解することで、アミノ酸含有量が高く、かつ、良好な風味を有する海苔発酵組成物を製造する方法の提供が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−104100号公報
【特許文献2】特開平9−301987号公報
【特許文献3】特開平3−172147号公報
【特許文献4】特許第4128893号公報
【特許文献5】特開平1−277482号公報
【特許文献6】特許第3637353号公報
【特許文献7】特許第4017783号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】海藻の科学,朝倉書店,大石圭一編,第19頁(1993年)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の課題は、アミノ酸含量に富み、かつ、良好な風味を有する海苔発酵組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、鋭意研究を重ねた結果、海苔類の粉末を含む水溶液をプロテアーゼで処理することにより、セルラーゼ処理を行うよりもグルコース遊離率およびタンパク質遊離率が高くなっていることに着目し、本発明を完成させるに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、以下に関する。
1)海苔類をプロテアーゼで処理し、乳酸菌により発酵させることを特徴とする海苔発酵組成物。
2)海苔類をプロテアーゼで処理し、乳酸菌により発酵させることで得られる総アミノ酸量が10.0mg/ml以上、グルタミン酸含有量が1.0mg/ml以上で、かつ、アスパラギン酸含有量が0.7mg/ml以上となる海苔発酵組成物。
3)乳酸菌が、Pediococcus acidilacticおよび/またはLactobacillus fermentumである前記1)〜2)記載の海苔発酵組成物。
4)海苔類の濃度が10〜30%(w/v)となる海苔原料液を調製し、該海苔原料液に、終濃度が0.5〜1.0%(w/v)および2.0〜5.0%(w/v)となるようプロテアーゼおよび塩化ナトリウムを添加し、25〜35℃で24時間以上培養することを特徴とする前記1〜3記載の海苔発酵組成物の製造法。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、アミノ酸量に富み、かつ、良好な風味を有する海苔発酵組成物を提供することができる。本発明の海苔発酵組成物は、天然物由来であるため安全性が高く、調味料、機能性食品素材として利用することが可能である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(海苔類)
本発明における海苔類はウシケノリ網・ウシケノリ目・ウシケノリ科・アマノリ属に属するものをいい、アサクサノリ、スサビノリ、ウップルイノリ等があげられる。その形状は、特に限定されることはないが、焼海苔、乾海苔、生海苔から選ばれる少なくとも一種であることが好ましい。中でも乾海苔は、熱によるタンパク質変性の影響が少ないことから特に好ましい。
【0014】
(海苔原料液)
海苔類は、酵素処理および乳酸菌での分解を容易に進行させるために、乾燥後に破砕し粉末状にした後、水等の液体に混和し、水溶液(以下、「海苔原料液」という。)として用いる。海苔原料液を均質化することが撹拌のみでは困難な場合は、ミンチ機等を用いて水と混合することが好ましい。海苔原料液における海苔類の濃度は、特に限定されないが、風味に富んだ海苔発酵組成物を得るために、質量パーセント濃度換算で10〜30%(w/v)の粉末状の海苔類を原料として用いることが好ましい。海苔類の濃度が10%未満の場合、発酵により生成されるアミノ酸量が少量となり、得られる海藻発酵組成物の風味は弱くなる。一方、海苔類の濃度が30%を超える場合は、海苔類と水分との混合が不均一となり、発酵には不適となる。
【0015】
(酵素処理)
酵素処理は、海苔原料液にプロテアーゼを添加、加温することで行う。使用するプロテアーゼは安価に入手できる食品添加用のプロテアーゼの中から適宜選択することができる。特に、カビ由来のプロテアーゼは力価が高く、少量の添加で効率よく海苔類の発酵を行うことができるため好ましい。海苔原料液を用いて発酵を行う場合のプロテアーゼの濃度は、特に限定されることはないが、例えば食品添加用のプロテアーゼ(例えば、天野エンザイム社製)を用いる場合、大量に添加しても効果に大きな変化はないため、コスト面を考慮すると0.5〜1.0%(w/v)の濃度の範囲が好ましい。
【0016】
(乳酸発酵)
本発明に用いる乳酸菌は、Pediococcus acidilacticおよび/またはLactobacillus fermentumの乳酸菌を、同時または逐次的に使用する。得られる海苔発酵組成物のアミノ酸生成が高いことから、Pediococcus acidilacticiを用いることが好ましい。乳酸発酵は、酵素分解を行った後に行うことで、好ましい栄養価や風味を持った発酵組成物が得られるが、酵素分解と同時に行うこともできる。
【0017】
酵素処理、乳酸発酵は、常法により行うことができる。例えば、酵素処理と乳酸発酵を同時に行う場合は、海苔原料液にプロテアーゼおよび乳酸菌を添加し、恒温振とう培養機等により25〜35℃で、24時間〜2週間培養することで、目的とする海苔発酵組成物を得ることができる。酵素処理と乳酸発酵を同時に行う場合、添加する酵素由来の雑菌によって汚染することが考えられるため、(1)酵素溶液をあらかじめフィルター除菌する、(2)乳酸発酵の際に添加する乳酸菌の接種量を増やす、(3)グルコース等の糖質を添加し水溶液中のpHを低下させる、(4)培養時における水溶液に対し終濃度2.0〜5.0%となるよう塩化ナトリウムを添加する等、雑菌の増殖を防ぐ操作をすることが好ましい。
【0018】
(海苔発酵組成物)
海苔原料液をプロテアーゼ処理後、乳酸菌を用いて発酵することにより、アミノ酸を豊富に含有する組成物(以下、「海苔発酵組成物」という。)を得ることができる。該海苔発酵組成物のアミノ酸含有量は、10.0mg/ml以上であり、かつ、アスパラギン酸を0.7mg/ml以上、グルタミン酸を1.0mg/ml以上含有することを特徴とする。海苔発酵組成物は、そのまま調味料等に使用することもできるが、固形分をろ過や遠心分離によって除去し、上清を抽出した後、醤油のように使用したり、あるいは、ドレッシングや麺つゆ等の成分のひとつとしても使用することができる。また、海苔発酵組成物は、機能性組成物を豊富に含有しているため、そのまま健康飲料の成分とするか、あるいは、濃縮、乾燥したうえで健康食品の成分として利用することが可能である。
【0019】
以下に本発明の実施例を記載するが、本発明の技術的範囲はこれらの記載によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0020】
[各種乳酸菌を用いた海苔発酵組成物の調製]
漬物等から分離した乳酸菌487株を用いて、海苔発酵組成物を調整した。各乳酸菌を、40mlのMRS培地にて30℃で20時間静置培養後、遠心分離にて菌体を分取し、それぞれに30%グリセリンを添加した50%MRS培地を加えて、保存用菌体懸濁液を得た。次に、粉末海苔(三重県産)1200mgおよびプロテアーゼ(天野エンザイム社製)100mg、滅菌水を総量20mlとなるよう加えて得られる海苔水溶液20mlに、保存用菌体懸濁液0.1mlを加え、30℃で48時間発酵し、海苔発酵組成物を得た。各海苔発酵組成物のグルタミン酸量を、バイオセンサーBF−5(王子計測社製)を用いて測定した。その代表例を表1に示す。
【0021】
【表1】

【0022】
表1で示すとおり、使用する菌株によって、得られる海苔発酵組成物のグルタミン酸量には差がみられた。
【実施例2】
【0023】
[プロテアーゼ、セルラーゼによる海苔発酵物のアミノ酸生成比較]
海苔をプロテアーゼあるいはセルラーゼで処理し、乳酸菌にて発酵させた海苔発酵組成物中に含まれる遊離総アミノ酸量を比較した。
【0024】
海苔原料液として、粉末海苔(三重県産)1.2gを水20mlに加えて撹拌して得られる6%海苔水溶液を用いた。海苔原料液に対して、プロテアーゼ(天野エンザイム社製)を終濃度が0.5%となるように添加し、乳酸菌を添加しないで30℃で48時間培養した群(区分1)、プロテアーゼ(天野エンザイム社製)を終濃度が0.5%となるように添加し,そこへLactobacillus helveticusの保存用菌体懸濁液を0.1ml混合し、30℃で48時間培養した群(区分2)、セルラーゼ(天野エンザイム社製)を終濃度が0.5%となるように添加し、そこへPediococcus acidilacticiの保存用菌体懸濁液を0.1ml混合し、30℃で48時間培養した群(区分3)を対照群として調製した。一方、本発明として、海苔原料液に対して、プロテアーゼ(天野エンザイム社製)を終濃度が0.5%となるように添加し、そこへPediococcus acidilacticiの保存用菌体懸濁液を0.1ml混合し、30℃で48時間培養した群(区分4)を調整した。尚、海苔原料液には雑菌汚染防止のため2.0%の終濃度で塩化ナトリウムを添加した。次に、各群より得られる海苔発酵組成物の総遊離アミノ酸量をHPLCにより測定した。結果を表2に示す。
【0025】
【表2】

【0026】
表2に示すとおり、プロテアーゼで処理後に乳酸発酵を行った本発明の海苔発酵組成物(区分4)は、セルラーゼで処理後に乳酸発酵を行った組成物(区分3)と比較して高いアミノ酸量を示した。また、プロテアーゼで処理後に、タンパク分解能が強いとされるLactobacillus helveticusを用いて発酵した組成物(区分2)より、本発明のPediococcus acidilacticiにより発酵した組成物(区分4)のほうが総遊離アミノ酸値が高い結果となった。本結果より、本発明である海苔発酵組成物は、乳酸菌により海苔原料液が効率よく発酵され、旨味成分であるアミノ酸を豊富に含有していることから、従来の技術であるセルラーゼを用いて海苔を発酵して得られる組成物に比べ、風味に優れていることが示唆された。
【0027】
次いで、本発明の海苔発酵組成物(区分4)およびセルラーゼ処理後に乳酸発酵を行った組成物(区分3)について、官能評価試験を行った。官能評価は、5人のパネラーにより行い、旨味および酸味の呈味性を中心に、風味の総合的な評価を行った。その結果、セルラーゼ処理後に乳酸発酵を行った組成物(区分3)と比較し、本発明の海苔発酵組成物(区分4)は、程よい酸味の中に旨味が感じられ、極めて良好な風味を有していることが確認された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
海苔類をプロテアーゼで処理し、乳酸菌により発酵させることを特徴とする海苔発酵組成物。
【請求項2】
海苔類をプロテアーゼで処理し、乳酸菌により発酵させることで得られる総アミノ酸量が10.0mg/ml以上、グルタミン酸含有量が1.0mg/ml以上で、かつ、アスパラギン酸含有量が0.7mg/ml以上となる海苔発酵組成物。
【請求項3】
乳酸菌が、Pediococcus acidilacticおよび/またはLactobacillus fermentumである請求項1〜2記載の海苔発酵組成物。
【請求項4】
海苔類の濃度が10〜30%(w/v)となる海苔原料液を調製し、該海苔原料液に、終濃度が0.5〜1.0%(w/v)および2.0〜5.0%(w/v)となるようプロテアーゼおよび塩化ナトリウムを添加し、25〜35℃で24時間以上培養することを特徴とする請求項1〜3記載の海苔発酵組成物の製造法。

【公開番号】特開2011−160761(P2011−160761A)
【公開日】平成23年8月25日(2011.8.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−29612(P2010−29612)
【出願日】平成22年2月15日(2010.2.15)
【出願人】(000004477)キッコーマン株式会社 (212)
【Fターム(参考)】