説明

消化発酵汚泥から単離した細菌による水素生産とその固定化

【課題】高効率で水素を生産することができ、かつ、菌体の高密度化に適した新規な微生物を提供する。
【解決手段】特定の16S rDNA遺伝子塩基配列を示し、嫌気条件下でPGY液体培地中、37℃、pH5.0で培養した場合に、2.5mol-H2/mol-グルコース以上の水素収率にて水素を生産する、クロストリジウム属細菌。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い効率で水素を生産する微生物およびそれを固定化してなる水素生産性固定化菌体に関する。
【背景技術】
【0002】
水素は、化石燃料に代わるクリーンかつ燃焼効率の高い理想的な燃料として期待されている。しかし、水素はメタンガスの改質や水の電気分解によって生産されているのが現状である。
【0003】
近年、有機物から直接水素を生産する嫌気性微生物による水素発酵が環境調和型技術として注目されている。水素発酵により得られる水素は、直接回収して利用できる上、多大なプロセスエネルギーを必要とする分離、精製、改質装置も不要となり、コスト面からも有利である。
【0004】
しかし、微生物を用いたバイオプロセスは、従来の化学プロセスでは困難な反応が可能である一方、反応容積当たりの速度が遅いため、実用化プロセスの構築は容易ではない。
【0005】
この問題を解決する一つの方法として、発酵槽内の微生物を高密度化することが挙げられる。微生物を高密度化してバイオフィルムを形成させると、発酵操作で問題となる阻害物質に対する耐性の発現も期待できる。このような条件を満たすためには、微生物が固体界面に付着し易く、かつ微生物同士も付着し易いことが必要となる。
【0006】
既往の研究より、純粋菌や単離菌を用いた基質グルコースの中温域での回分培養における水素収率は0.5-2.5 mol-H2/mol-グルコース程度である(非特許文献1)。また、水素生成速度は0.2 L/L/hで基礎研究の段階である(非特許文献2)。実用化のためには少なくとも1〜2桁の水素発生速度の向上が必要とされている。
【0007】
なお、グルコースを基質とした水素発酵の反応式は次の通りであり、理論的には1molのグルコースから最大4molの水素を得ることができる。
C6H12O6+2H2O → 4H2+2CO2+2Acetate (1)
C6H12O6 →2H2+2CO2+Butyrate (2)
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】J. Wang and W. Wan, Int. J. Hydrogen Energy, 34, 799 (2009)
【非特許文献2】経済産業省, 技術戦略マップ2006, PDF-2006/79-13.pdf
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、高効率で水素を生産することができ、かつ、菌体の高密度化に適した新規な微生物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで本発明者は、平板培地を用いて、消化発酵汚泥から水素生産微生物を単離し、その至適条件について検討すると共に、コロイド科学の観点から菌体の高密度化に適した微生物の探索を行い、本発明を完成するに至った。
【0011】
本発明は、16S rDNA遺伝子塩基配列が、配列番号1に示す塩基配列と96%以上の相同性を示し、嫌気条件下でPGY液体培地中、37℃、pH5.0で培養した場合に、2.5mol-H2/mol-グルコース以上の水素収率にて水素を生産する、クロストリジウム属細菌を提供する。好ましくは、16S rDNA遺伝子塩基配列は、配列番号1に示す塩基配列と98%以上の相同性を示す。かかるクロストリジウム属細菌は、好ましくは、細菌細胞同士が付着して凝集したときの表面自由エネルギー変化が負であるものである。特に好ましくは、本発明は、独立行政法人産業技術総合研究所特許微生物寄託センターに、受領番号FERM AP-21832にて寄託された、クロストリジウム属細菌株SIID6979-01を提供する。
【0012】
本発明において「相同性」とは、以下のように計算され、本発明のクロストリジウム属細菌は、その16S rDNA遺伝子塩基配列が、配列番号1に示す塩基配列と96%以上、好ましくは97%以上、より好ましくは98%以上、さらに好ましくは99%以上である。
【0013】
本願発明の、配列番号1で示す塩基配列と、所与の塩基配列との相同性は、米国NCBIのBLASTnに採用されているアルゴリズムを用いて、両者のアラインメントを作成し、一致する塩基の数を、アラインメントの全長で割り、100をかけることにより算出されるものである。
米国NCBIのBLASTに採用されているアラインメント作成アルゴリズムのパラメーターは、以下に定義される。
NCBIにおけるBLASTデフォルトパラメーター(2009年8月現在)
-G Cost to open gap [Integer]: default = 5 for nucleotides/ 11 for proteins
-E Cost to extend gap [Integer]: default = 2 for nucleotides/ 1 for proteins
-q Penalty for nucleotide mismatch [Integer]: default = -3
-r reward for nucleotide match [Integer]: default = 1
-e expect value [Real]: default = 10
-W wordsize [Integer]: default = 11 for nucleotides/ 28 for megablast/ 3 for proteins
-y Dropoff (X) for blast extensions in bits: default = 20 for blastn/ 7 for others
-X X dropoff value for gapped alignment (in bits): default = 15 for all programs, not applicable to blastn
-Z final X dropoff value for gapped alignment (in bits): 50 for blastn 25 for others
本願発明の配列番号1の配列との相同性は、米国NCBIのBLASTnにより決定されるものとする。
よって、相同性の演算には以下のパラメーターを採用する。
-G Cost to open gap [Integer]: default = 5
-E Cost to extend gap [Integer]: default = 2
-q Penalty for nucleotide mismatch [Integer]: default = -3
-r reward for nucleotide match [Integer]: default = 1
-e expect value [Real]: default = 10
-W wordsize [Integer]: default = 11
-y Dropoff (X) for blast extensions in bits: default = 20
-X X dropoff value for gapped alignment (in bits): not applicable
-Z final X dropoff value for gapped alignment (in bits): 50
【0014】
本発明において「嫌気条件下」とは、実質的に酸素が存在しない条件下を意味し、具体的には、酸素濃度が0.1%以下の条件下をいう。かかる条件としては、好ましくは、窒素雰囲気下が挙げられる。嫌気条件は、市販のガス置換装置、例えば、三紳工業社製のガス置換装置を用いて作ることが出来る。
【0015】
「PGY液体培地」とは、ペプトン2.0 g/l、グルコース1.8 g/l、酵母エキス1.0 g/lの組成の液体培地をいう。
【0016】
本発明の細菌は、その16S rDNA遺伝子塩基配列が、配列番号1に示す塩基配列と96%以上、好ましくは98%以上の相同性を示し、かつ、上記に定義する嫌気条件下でPGY液体培地中、37℃、pH5.0で培養した場合に、2.5mol-H2/mol-グルコース以上の水素収率にて水素を生産する、クロスジウム属細菌であるが、その水素収率は、以下のようにして測定することが出来る。
[水素収率の算出方法]
水素発酵により生成したバイオガスは、例えば、ミリガスカウンター(日本フローコントロール社製)により発生量を計測する。また、発生したガスは、ガスバックに捕集後、例えば、TCDガスクロマトグラフ(島津製作所製)によりガス組成を定量する。また、PGY液体培地に含まれるグルコースの消化量をフェノール硫酸法により定量する。バイオガス発生量と水素ガス組成の割合から水素ガス発生量を求め、PGY液体培地に含まれるグルコースの消化量から水素収率を算出する。
【0017】
本発明の細菌は、上記の性質を満たす細菌のなかで、特に好ましくは、細菌細胞同士が付着して凝集したときの表面自由エネルギー変化が負であるものである。
ここで、細菌細胞同士が付着して凝集したときの表面自由エネルギー変化、および、細菌が固体界面に付着したときの表面自由エネルギー変化は、以下のようにして与えられる。
【0018】
表面自由エネルギー変化(C.J. van Oss, Interfacial Forces in Aqueous Media, Marcel Dekker, 1994)
微生物同士の自己凝集および微生物の固体界面への付着による表面自由エネルギー変化ΔGadh [J/m2]はそれぞれ(3)式および(4)式で与えられる。
【数1】

(3)
【数2】

(4)
ここで、γは界面張力[J/m2]、下添字SB、SL、BLはそれぞれ固体・微生物、固体・液体、微生物・液体の界面を表す。表面張力は(5)式のようにLifshiz-van der Waals成分(LW)と酸塩基相互作用成分(AB)に分けることができ、
【数3】

(5)
微生物同士の自己凝集の場合は(6)式と(7)式から、微生物の固体界面への付着は(8)式と(9)式から、それぞれの表面自由エネルギー変化を求めることができる。
【数4】

(6)
【数5】

(7)
【数6】

(8)
【数7】

(9)
ここで、上添字+と−はそれぞれ酸塩基相互作用の電子受容成分および電子供与成分、下添字B、S、Lはそれぞれ微生物、固体、液体を表す。
【0019】
本発明の、「16S rDNA遺伝子塩基配列が、配列番号1に示す塩基配列と96%以上の相同性を示し、嫌気条件下でPGY液体培地中、37℃、pH5.0で培養した場合に、2.5mol-H2/mol-グルコース以上の水素収率にて水素を生産する、クロストリジウム属細菌」は、発酵汚泥から実施例に記載の方法により、嫌気条件下でPGY液体培地中37℃、pH5.0の培養条件で2.5mol-H2/mol-グルコース以上の水素収率を示すものをスクリーニングし、得られた菌の16S rDNA遺伝子塩基配列を常套の方法により解読し、上記の方法により配列番号1の配列と比較して96%以上の相同性を示すものを選択することにより得ることが出来る。
【0020】
特に好ましくは、本発明は、独立行政法人産業技術総合研究所特許微生物寄託センターに、受領番号FERM AP-21832にて寄託された、クロストリジウム属細菌株SIID6979-01である新規微生物を提供する。この菌株の16S rDNA遺伝子塩基配列を配列番号1に示す。この菌株は、実施例に示すように嫌気条件下でPGY液体培地中、37℃、pH5.0で培養した場合に、2.8mol-H2/mol-グルコースの水素収率を示し、菌体同士が付着し自己凝集した場合の表面エネルギー変化は負の値であり、疎水性、かつ、自己凝集性を示す。さらに、本新規微生物は、ポリプロピレン、ポリエチレン、ポリウレタンなどの担体表面によく付着して多層構造を形成しやすく、菌体の高密度化に適している。
【0021】
本発明はさらに、上記のクロストリジウム属細菌を、嫌気条件下、20〜45℃、pH4〜9で、炭素源を含む液体培地で培養することを含む、水素の生産方法を提供する。培養温度は20〜45℃、好ましくは30〜42℃、より好ましくは35〜40℃であり、pHは、4〜9、好ましくは4.5〜7.0、より好ましくは5.0〜6.0である。また、培地としては、生育および水素生産に十分な炭素源を含んでいる液体培地であればよく、炭素源としては、例えば、グルコース、フルクトース、ガラクトース、マルトース、スクロース、ラクトース、可溶性デンプンが挙げられ、好ましくは、グルコース、フルクトース、ガラクトース、マルトース、スクロース、可溶性デンプンである。炭素源以外には液体培地は、窒素源、必要な無機塩基等を含んでいるものが好ましく、例えば、PGY液体培地、GAM液体培地等が挙げられる。GAM液体培地の組成は、74g(1L分)中 ペプトン10.0g、ダイズペプトン3.0g、プロテオーゼペプトン10.0g、消化血清末13.5g、酵母エキス5.0g、肉エキス2.2g、肝臓エキス1.2g、ブドウ糖3.0g、リン酸二水素カリウム2.5g、塩化ナトリウム3.0g、溶性デンプン5.0g、L-システイン塩酸塩0.3g、チオグリコール酸ナトリウム0.3gである。
【0022】
本発明はさらに、上記のクロストリジウム属細菌を、疎水性樹脂からなる担体に付着させ、増殖させて形成される、水素生産性固定化菌体を提供する。ここで、担体の形状としては、フィルム状、スポンジ状、球状等が挙げられ、特に限定されない。このような担体を用いることにより、フィルム状、スポンジ状、球状等の形状の固定化菌体が得られる。また、菌体同士が担体上で凝集することにより、酸素耐性が発揮される。
【0023】
本発明において、「疎水性樹脂」とは、実施例において単離した、独立行政法人産業技術総合研究所特許微生物寄託センターに、受領番号FERM AP-21832にて寄託された、クロストリジウム属細菌株SIID6979-01が固体表面に付着したときの表面自由エネルギー変化が負の材質を基材とする担体をいい、例えば、ポリプロピレン、ポリエチレンおよびポリウレタンが挙げられる。
【0024】
かかる本発明の固定化菌体は、好ましくは、嫌気条件下でPGY液体培地中、37℃、pH5.0で培養した場合に、2.8mol-H2/mol-グルコース以上の水素収率にて水素を生産するものである。
【0025】
本発明は、特に、実施例において単離した、独立行政法人産業技術総合研究所特許微生物寄託センターに、受領番号FERM AP-21832にて寄託された、クロストリジウム属細菌株SIID6979-01を疎水性樹脂からなる担体に付着させ、増殖させて形成される、水素生産性固定化菌体を提供する。かかる固定化菌体は、実施例に示すように、嫌気条件下でPGY液体培地中、37℃、pH5.0で培養した場合に、3.5mol-H2/mol-グルコースの水素収率を示し、菌体を分離状態で液体培養した場合に比べて、その水素収率が向上している。
【0026】
本発明はさらに、上記の固定化菌体を、炭素源を含む液体培地で培養することを含む、水素の生産方法を提供する。かかる固定化菌体は、酸素耐性を獲得しているので、嫌気条件下で培養する必要がない。培地としては、炭素源としてグルコース、フルクトース、ガラクトース、マルトース、スクロース、または可溶性デンプンを含み、さらに窒素源、必要な無機塩基を含むもの、例えば、PGY液体培地、GAM液体培地が挙げられ、培養条件としては、培養温度は20〜45℃、好ましくは30〜42℃、より好ましくは35〜40℃であり、pHは、4〜9、好ましくは4.5〜7.0、より好ましくは5.0〜6.0である。
【0027】
かかる固定化菌体の培養により、本発明の菌体を分離して培養した場合と比べてより高収率で水素を生産することが出来、水素生成速度のさらなる向上も期待できる。
【発明の効果】
【0028】
本発明の水素生産性細菌は、それ自体で高い水素生産能を有するだけでなく、疎水性で自己凝集性が高く、疎水性担体表面に付着し易いため、菌体を多層にした高密度化に適しており、高密度化によってさらに水素生成速度の向上した固定化菌体が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】A-20株の16S rDNAを用いた分子系統樹
【図2】A-20株のコロニー像
【図3】A-20株のグラム染色像
【実施例】
【0030】
1. 実験方法
1.1 実験に用いた種菌
京都府八木町にある八木バイオエコロジーセンターのBIAM消化槽から採取した液肥を、遠心分離(3000 rpm、10 min)し、その上澄液を吸引ろ過によって不純物を除去したものを種菌として用いた。
【0031】
1.2 微生物の単離
種菌の希釈液0.1 mLをGAM寒天培地(組成:74g(1L分)中 ペプトン10.0g、ダイズペプトン3.0g、プロテオーゼペプトン10.0g、消化血清末13.5g、酵母エキス5.0g、肉エキス2.2g、肝臓エキス1.2g、ブドウ糖3.0g、リン酸二水素カリウム2.5g、塩化ナトリウム3.0g、溶性デンプン5.0g、L-システイン塩酸塩0.3g、チオグリコール酸ナトリウム0.3g、寒天15.0g)もしくはPGY寒天培地(組成:ペプトン2.0 g/l、グルコース1.8 g/l、酵母エキス1.0 g/l、寒天15.0g)に塗布し、嫌気ジャー内に入れ、窒素ガスで置換後、37℃で2日間嫌気培養を行った。
【0032】
1.3 水素生成菌のスクリーニング
平板培地に形成されたコロニーをPGY液体培地(ペプトン2.0 g/l、グルコース1.8 g/l、酵母エキス1.0 g/l)に植菌し、窒素ガスで置換して2日間37℃で嫌気培養後、TCDガスクロマトグラフ(島津製作所、GC-8APT)により水素生成量を定量した。
【0033】
1.4 ジャーファメンターによる水素発酵
1.5L容のジャーファメンターを用いて回分培養により水素発酵を行った。反応容器に、PGY液体培地(ペプトン2.0 g/l、グルコース1.8 g/l、酵母エキス1.0 g/l)1Lを入れ、単離した菌体を接種後、窒素ガスで置換し、pHを4〜7の範囲で一定にして、 37℃、撹拌速度80 rpm で嫌気培養を行った。バイオガスの発生量はミリガスカウンターにより測定した。気相成分はTCDガスクロマトグラフ、液相成分はフェノール硫酸法、高速液体クロマトグラフ、濁度により分析した。また、菌体は光学顕微鏡により観察した。
【0034】
1.5 単離菌の表面性状評価(H. J. Busscher et al., Appl. Environ. Microbiol., 48, 980-983 (1984)参照)
フィルター上に集菌した菌体層を用いて液滴法により接触角を測定した。液滴には純水、ホルムアミド、α-ブロモナフタレンの3種類を用い、得られた接触角よりYoung-Dupreの式を用いて各種表面張力を見積もった。
【数8】

(10)
表1に用いた溶媒の各種表面張力を示す。
【0035】
【表1】

【0036】
2. 実験結果と考察
2.1 微生物の単離
GAM平板培地により32種、PGY平板培地により26種、合計58種類の菌を単離した。
【0037】
2.2 水素生成菌のスクリーニング
単離した菌体をPGY液体培地に植菌し、2日間嫌気培養した結果、7種類の菌体が水素収率2.3 mol-H2/mol-グルコース以上であった。
【0038】
2.3 ジャーファメンターによる水素発酵
水素収率の高かった7種類の菌体について、ジャーファメンターを用いてPGY液体培地のpHを5.0で一定として水素発酵実験を行った。水素収率と凝集性の観点からA-20株について詳細な分析を行った。
【0039】
表2にグルコースを基質としたときの水素発酵実験の分析結果を示す。これより、単離菌体の至適pHは5.0、水素収率は2.8 mol-H2/mol-グルコース、水素生成速度は120 mL/L/h(5.4 mmol/L/h)であった。
【0040】
【表2】

【0041】
2.4 表面性状評価
表3に単離菌の接触角の測定結果とYoung-Dupreの式を用いて見積もった各種表面張力を示す。これらの結果を用いて、微生物同士の自己凝集および微生物の固定化用担体への付着による表面自由エネルギー変化を見積もった。表4に微生物の固定化用担体の材質としてよく用いられるPP(ポリプロピレン)、PE(ポリエチレン)、PU(ポリウレタン)、PEG(ポリエチレングリコール)、PVA(ポリビニルアルコール)の各種表面張力を示す。その結果を表5に示す。これより、微生物同士が自己凝集した場合の表面自由エネルギー変化は負の値(-13.3 mJ/m2)となり、疎水性で自己凝集性があることが分かった。また、単離菌は微生物が固定化用担体に付着したときの表面自由エネルギー変化は、PP、PE、PUについて負の値(それぞれ-45.0 mJ/m2、-46.0 mJ/m2、-27.9 mJ/m2)となり、よく付着することが分かった。以上のことは、本実施例で単離した菌体がPP、PE、PUなどの担体表面上に付着後、増殖して多層構造(バイオフィルム)を形成し易く、発酵槽内の菌体の高密度化に適していること意味している。
【0042】
【表3】

【0043】
【表4】

【0044】
【表5】

【0045】
以上より、本実施例で単離した菌体は、水素収率に関しては良い結果であったが、水素生成速度は少し遅いことが分かった。本菌株は、菌体の高密度化に適した性質を有しており、水素生成速度の大幅な向上が期待できる。
【0046】
2.5 単離菌の同定
16S rDNA塩基配列解析、形態観察および生理・生化学試験の結果より、本研究で単離した菌体は、クロストリジウム(Clostridium)属と推察された。
【0047】
詳細
GAM寒天培地で30℃で48時間嫌気培養したA-20株を試験菌体として同定を行った。
A-20株について、16S rDNA塩基配列を解読した結果、配列番号1に示す塩基配列からなることが判明した。16S rDNAを用いた解析では、既知種の基準株と相同性98.7%以上を示す場合、試験菌体は該菌株と同種である可能性を考慮する必要があるが、本解析では、この配列と、98.7%以上の相同性を示す既知種の基準株に由来する16S rDNAは検索されず、A-20株は、新種を構成することが示唆された。配列のデータベース検索の結果得られた分子系統樹を図1に示す。
【0048】
細菌第一段階試験
光学顕微鏡による形態観察およびBARROWらの方法に基づきカタラーゼ反応、オキシダーゼ反応、ブドウ糖からの酸/ガス産生、ブドウ糖の酸化/発酵(O/F)について試験を行った。結果を図2および図3、表6に示す。
【0049】
【表6】

【0050】
細菌第一段階試験を行った結果、A-20株は、嫌気条件下で生育し、運動性を示し、グラム陽性桿菌で、芽胞を形成し、カタラーゼ反応は陽性、オキシダーゼ反応は陰性を示した。これらの性状はクロストリジウム属の性状に類似性がある。
【0051】
細菌第二段階試験
細菌第二段階試験では、API20A(bioMerieux、Lyon、France)のキットを用いた。結果を表7に示す。
【0052】
【表7】

【0053】
細菌第二段階試験の結果、A-20株はインドールを産生せず、ウレアーゼ活性を示さず、グルコース、D−マンニトール、ラクトースおよびサッカロースなどを発酵し、ゼラチンを加水分解せず、エクスリンを加水分解し、グリセロールやD−メレチトースなどは発酵しなかった。クロストリジウム属の既知種にこれらの性状と完全に一致する種はみあたらず、A-20株は、クロストリジウム属に近縁である新種であると推定された。
【0054】
なお、A-20株の16S rDNA遺伝子の、DNAデータベース上での最近縁属種名やその周辺近縁種との相同性(%)情報を以下に示す。
【表8】

【0055】
A-20株を、独立行政法人産業技術総合研究所特許微生物寄託センターに、受領番号FERM AP-21832にて寄託した。
【0056】
2.6 単離菌体の高密度化
PGY液体培地にウレタン系素材の微生物固定化担体を入れて、単離菌A-20株を植菌し、窒素ガスで置換して37℃で嫌気培養を行い、担体に単離菌を付着させた。次に、単離菌が付着した担体をPGY液体培地で嫌気培養を繰り返し、担体に単離菌のバイオフィルムを形成させた。このバイオフィルムを形成した担体を用いて、ジャーファメンターによりPGY液体培地のpHを5.0で一定として回分培養により水素発酵を行った。その結果、水素収率は3.5 mol-H2/mol-グルコース、水素生成速度は570 mL/L/h(25.4 mmol/L/h)が得られた。これより、本発明の菌体は高密度化に適した性質を有していることが明らかとなった。さらに、連続型反応器を用いて水素発酵を行えば、さらなる水素生成速度の向上が期待できる。
【受託番号】
【0057】
本発明の新規菌株は、独立行政法人産業技術総合研究所特許微生物寄託センターに、受領番号FERM AP-21832にて寄託された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
16S rDNA遺伝子塩基配列が、配列番号1に示す塩基配列と96%以上の相同性を示し、嫌気条件下でPGY液体培地中、37℃、pH5.0で培養した場合に、2.5mol-H2/mol-グルコース以上の水素収率にて水素を生産する、クロストリジウム属細菌。
【請求項2】
16S rDNA遺伝子塩基配列が、配列番号1に示す塩基配列と98%以上の相同性を示す、請求項1に記載のクロストリジウム属細菌。
【請求項3】
細菌細胞同士が付着して凝集したときの表面自由エネルギー変化が負である請求項1または2に記載のクロストリジウム属細菌。
【請求項4】
独立行政法人産業技術総合研究所特許微生物寄託センターに、受領番号FERM AP-21832にて寄託された、クロストリジウム属細菌株SIID6979-01。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれかに記載の細菌を、嫌気条件下、20〜45℃、pH4〜9で、炭素源を含む液体培地で培養することを含む、水素の生産方法。
【請求項6】
炭素源がグルコース、フルクトース、ガラクトース、マルトース、スクロース、および可溶性デンプンから選択される、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
請求項1〜4のいずれかの細菌を、疎水性樹脂からなる担体に付着させ、増殖させて形成される、水素生産性固定化菌体。
【請求項8】
嫌気条件下でPGY液体培地中、37℃、pH5.0で培養した場合に、2.8mol-H2/mol-グルコース以上の水素収率にて水素を生産する、請求項7に記載の固定化菌体。
【請求項9】
請求項4に記載の細菌を、疎水性樹脂からなる担体に付着させ、増殖させて形成される、水素生産性固定化菌体。
【請求項10】
疎水性樹脂が、ポリプロピレン、ポリエチレンおよびポリウレタンからなる群から選択される、請求項7から9いずれかに記載の固定化菌体。
【請求項11】
請求項7〜10のいずれかに記載の固定化菌体を、炭素源を含む液体培地で培養することを含む、水素の生産方法。
【請求項12】
炭素源がグルコース、フルクトース、ガラクトース、マルトース、スクロース、および可溶性デンプンから選択される、請求項11に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−36194(P2011−36194A)
【公開日】平成23年2月24日(2011.2.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−187326(P2009−187326)
【出願日】平成21年8月12日(2009.8.12)
【出願人】(505127721)公立大学法人大阪府立大学 (688)
【Fターム(参考)】