説明

消耗電極式アーク溶接方法

【課題】炭酸ガスを使用した消耗電極式アーク溶接方法の多層盛溶接方法において、初層盛の溶接にて狙いずれに対する許容度が高く、十分な溶け込みが得られると共に、スパッタの発生も抑制することができる消耗電極式アーク溶接方法を提供する。
【解決手段】初層又は初層から複数層の溶接パスは、定電圧でアーク溶接するので、アークが広がり、溶接線に対する狙い位置のずれの許容度が高いと共に、優れた溶け込みを得ることができる。この場合に、スパッタ発生量が増大するが、初層又はその近傍の深い位置での溶接であるので、溶接作業性には影響しない。一方、その後の最終層までのパスは、パルス電流でアーク溶接するので、スパッタ発生量が低減され、溶接作業性が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、炭酸ガスをシールドガスとして使用する消耗電極式アーク溶接の多層盛溶接方法に関し、特に、初層のみ、又は初層を含む複数層の溶接パスと、その後の1又は複数層の溶接パスとを溶接方法を異ならせる消耗電極式アーク溶接方法に関する。
【背景技術】
【0002】
炭酸ガスをシールドガスとして、消耗電極式アーク溶接方法により、多層盛溶接を行う場合、通常は、全層の溶接パスを同一の溶接方法で溶接していた。この場合の溶接方法は、定電圧特性を用いた溶接である。これに対し、炭酸ガスシールドガスを使用した溶接方法として、スパッタを低減するために、パルスアーク溶接する方法が特許文献1に提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−233728号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、炭酸ガスを使用した消耗電極式アーク溶接による自動溶接の多層溶接方法においては、パルス溶接を使用すると、スパッタは低減されるものの、アークが集中するために、溶け込みの広がりが小さくなり、溶接線に対する狙いずれ等に対する許容度が小さくなるという問題点がある。
【0005】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、炭酸ガスを使用した消耗電極式アーク溶接方法の多層盛溶接方法において、初層の溶接にて狙いずれに対する許容度が高く、十分な溶け込みが得られると共に、スパッタの発生も抑制することができる消耗電極式アーク溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明に係る消耗電極式アーク溶接方法は、
炭酸ガスシールドの消耗電極式アーク溶接方法において、
初層又は初層から複数層目までの1又は複数の溶接パスを、定電圧の溶接条件でアーク溶接し、
その後の1又は複数層の溶接パスを、パルス電流を用いた溶接条件でアーク溶接することを特徴とする。
【0007】
この場合に、前記定電圧の溶接条件によるアーク溶接は、例えば、初層から4層目までである。
【発明の効果】
【0008】
本発明においては、初層又は初層から複数層目までの溶接パスにおいては、定電圧特性を用いたアーク溶接を行うので、アークが広がり、溶接線に対する狙い位置のずれの許容度が高いと共に、優れた溶け込みを得ることができる。この場合に、スパッタ発生量は多いが、初層の深い位置での溶接により発生したものであるので、スパッタの多くは、後のパスで再溶融するため、完了後の溶接ビード及びその付近には影響しない。一方、その後の溶接パスは、パルス電流でアーク溶接するので、スパッタ発生量が低減され、溶接作業性が向上すると共に、溶接完了後のビード付近に付着するスパッタ量を低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】本発明の実施形態に係る消耗電極式アーク溶接方法を示す開先断面図である。
【図2】アークの形態を示す図である。
【図3】初層又は初層及びその後の複数層における溶接パスのアーク溶接の電流パターンを示す図である。
【図4】定電圧溶接の後の1又は複数層における溶接パスのアーク溶接の電流パターンを示す図である。
【図5】多層盛溶接の積層方法の例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態について、添付の図面を参照して具体的に説明する。図1に示すように、多層盛溶接においては、例えば、立板1と開先のある板2との間にレ型の開先を形成し、開先底部に裏当材3を配置し、この開先により形成される溶接線(紙面に垂直方向)に沿って、トーチを移動させ、消耗電極式アーク溶接方法によりアーク溶接を行う。このとき、1パス目(初層)10の溶接が終了した後、2パス目11(2層目)の溶接が行われ、以後、同様にして、3パス目12(2層目)の溶接が行われる。本実施形態においては、初層(1パス目)のアーク溶接を、定電圧特性の溶接条件で行い、2層目(2パス目、3パス目)以降のアーク溶接を、パルス電流で行う。
【0011】
このようにして、溶け込みの安定性を要求される初層(1パス目)の溶接又は初層(1パス目)溶接及びその後の複数層の溶接パスにおいて、パルスなしの定電圧溶接を行い、スパッタの発生を低減したい中間層及び仕上げ層においては、パルス溶接を使用する。
【0012】
図2(a)は定電圧の場合のアークの形態を示す図であり、溶接ワイヤ4の先端に形成された溶滴21は広がり、また、この溶滴21の先端から開先に向かうアーク20は広がったものとなる。一方、図2(b)に示すように、パルス電流でアーク溶接した場合は、溶接ワイヤ4の先端に形成された溶滴23は広がらず、この溶滴23から開先に向かうアーク22は集中したものとなる。
【0013】
パルス溶接は突出し部のジュール発熱効果が大きくなるため、同一の平均電流では、パルスなし溶接に比べてパルス溶接のワイヤ溶融速度が高くなる。つまり、ワイヤ溶融速度を同じにした場合、パルス溶接時の平均電流は低くなり、溶け込み深さは浅くなる傾向がある。
【0014】
また、従来の炭酸ガスの定電圧溶接では、MAG溶接と比較して溶接が粗大化し、アーク力によって溶滴が不規則に振動・変形する。炭酸ガスを用いた消耗電極式アーク溶接の特にグロビュール移行形態においては、不規則に揺れる溶滴から被溶接部材にアークが発生するため、ミクロ的なアーク発生位置も変化する。逆に、マクロ的にはアークは広がりを持ち、溶け込みの広がりも大きく、アークの溶接線に対する狙いずれ等に対する許容範囲はMAG溶接に比べて大きい。
【0015】
これに対し、パルス溶接では、規則的に溶滴を移行させるため、ミクロ的なアーク発生位置も安定し、結果として、定電圧溶接と比べた場合に、アークの広がりも狭まるため、溶け込み範囲も狭くなる。
【0016】
以上のように、電流及びアークの広がりに起因する溶け込み範囲の違いから、パルス溶接の場合には、パルスなし溶接と比べて、全体的な溶け込みの安定性を保つためには狙い位置の管理がシビアとなる。つまり、誤差に対する許容度が小さくなってしまう。
【0017】
本発明は、このような定電圧溶接と、パルス溶接との特性を組み合せたもので、被溶接部材の組立精度及び仮付け溶接ビード等の不安定要素がある初層溶接又は初層溶接及びその後の複数層の溶接パスにおいては、定電圧溶接の方が溶け込み性能の観点で優位性があり、それ以降のパスにおいては、アークセンサなどのセンシング手段により実際の溶接線位置を検出した後の溶接であるので、かつスパッタの飛散を抑えるために、パルス溶接を行う。
【0018】
このように、本実施形態においては、この初層又は初層から複数層におけるパスの溶接を、定電圧特性を用いて溶接する。図3はこの初層又は初層から複数層におけるパスの溶接電流パターンを示す。先ず、アークスタート後の例えば0.1乃至1.0秒の期間、定電圧の短絡移行でアーク溶接する(第1工程)。その後、溶接電流をグロビュール移行形態の電流範囲に高めて、定電圧でアーク溶接する(第2工程)。
【0019】
即ち、初層又は初層から複数層におけるパスのアーク溶接においては、先ず、第1工程において、溶接ワイヤのタッチにより、アークをスタートする。この第1工程は、定電圧であり、電流値が相対的に低く、短絡移行でアークを形成する。例えば、この第1工程における溶接電流は、100乃至200A、アーク電圧は15乃至27Vであり、アークスタートからの経過時間が0.1乃至1.0秒と微小時間である。
【0020】
次に、この第1工程が経過した後、溶接電流の設定値を、本溶接相当のグロビュール移行形態の電流範囲内の一定値に設定し、定電圧でアーク溶接する第2工程に入る。例えば、この第2工程における溶接電流は240乃至350Aの高電流であり、アーク電圧は29乃至38Vである。このような条件で定電圧アーク溶接を行うと、グロビュール移行のアーク形態でアークが形成され、高い溶着量が得られる。この第2工程においては、アークが広がり、安定したアークが得られて、十分な溶け込みが得られ、溶融プールが安定形成される。この第2工程で溶接終端部まで溶接する。
【0021】
次に、その後の1又は複数層の最上層までのアーク溶接においては、図4に示すように、上述の第1工程の後に、第3工程にてパルス電流によりアーク溶接する。即ち、定電圧の溶接の後のパスは、本溶接の平均溶接電流値で、パルスアーク溶接を行う。このときのアーク形態は、グロビュール移行である。この第3工程においては、パルス電流の平均溶接電流が220乃至340A、アーク電圧が32乃至39Vである。この溶接条件は、通常の本溶接の条件であり、溶接線の端部までこの条件でパルス溶接する。パルスアーク溶接においては、定電圧アーク溶接よりも、ワイヤ送給速度を速くして、溶着金属の溶着速度を上昇させ、溶接を速やかに進行させることができる。
【0022】
このように、最終層を含む後半のパスにおいては、基本的にはパルス溶接を行う。これにより、第1工程においては、短絡移行であり、通常のアークスタートを切るが、その後、第3工程において、グロビュール移行の本溶接に入り、パルス溶接を行う。
【0023】
通常、消耗電極式アーク溶接においては、溶接終端部のクレータ処理を行う。このクレータ処理においては、例えば,電流を100乃至200Aに落とし、電圧を15乃至27Vに落として、短絡移行に切り替える。また、アーク電圧は一定値である。
【0024】
上述のごとく、本実施形態においては、炭酸ガスシールドの消耗電極式アーク溶接による自動溶接の多層盛溶接法において、溶け込みの安定性を要求される初層又はその後の複数層の溶接パスにおいて、パルスなし溶接を行い、スパッタの発生を低減したい中間層及び仕上げ層においてはパルス溶接を行うことにより、高い溶接品質を得ることができる。
【0025】
図5は、多層盛溶接の積層方法の例を示す模式図である。3層の場合で、最初の初層を、定電圧アーク溶接で溶接し、2層及び3層目のパスを、パルスアーク溶接で溶接する例を示している。5層の場合は、最初の1層目から3層目までを、定電圧アーク溶接し、次の4層目から5層目までをパルスアーク溶接する。7層の場合は、初層から4層目までを定電圧アーク溶接し、5層目から7層目までをパルスアーク溶接する。8層の場合も、初層から4層目までを定電圧アーク溶接し、その後の5層目から8層目までをパルスアーク溶接する。以後、同様にして、層数が増加しても、初層から4層目までを定電圧アーク溶接し、その後の5層目以降をパルスアーク溶接する。
【0026】
これは、前述の如く、初層又は初層から複数層(4層目)までは、溶け込み深さに対する余裕度の点で定電圧アーク溶接が優位であることが主目的であるが、その他、ロボット溶接で使用しているアーク倣いの安定性を確保することも大きな目的である。
【0027】
実際上、溶接処理において、初層溶接のほか、2層目においても、組立精度がビード形状に与える影響(凸ビードになる等)が残るケースがある。また、直線部からコーナー部、コーナー部から直線部に切り替わるときに、溶融プールの長さ及び動きが変わる。これに対し、パルス電流により、アーク状態及び溶滴の動きを制御しているパルスモードの溶接においては、溶融プールの動きがアークを不安定にしてしまう場合がある。つまり、上述のような箇所においては、母材形状及び母材を保持しているポジショナ等の影響を受けて溶融プールの状態が変化しやすく、そういった影響を受けた状態では、アークが不安定になるため、溶接線を追従するために行っているアークセンサーへのフィードバック電流にも乱れを生じ、結果として、溶接線倣いも不安定となり、正常な溶接を阻害する。
【0028】
よって、この初層又は初層から最高4層目までは、定電圧モードでアーク溶接する。定電圧アーク溶接を適用する層数は、ワーク形状等に依存するが、前述の溶け込み深さに対する余裕度及びアーク倣いの安定性という課題のもとで、板が厚くなれば、定電圧モードで発生するスパッタ付着部の多くは、以降のパスにより埋没(再溶融)するため、初層等のパスが定電圧アーク溶接でも、スパッタ軽減の効果が維持される。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明においては、初層又は初層から複数層における溶接パスのアークの安定化と、その後の層における溶接パスのスパッタ低減とを図ることができ、多層溶接における溶接作業性の向上に、極めて有効である。
【符号の説明】
【0030】
1:縦板
2:横板
3:裏当部材
4:溶接ワイヤ
20,22:アーク
21、23:溶滴
10:初層
11:2層
12:2層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭酸ガスシールドの消耗電極式アーク溶接方法において、
初層又は初層から複数層目までの1又は複数の溶接パスを、定電圧の溶接条件でアーク溶接し、
その後の1又は複数層の溶接パスを、パルス電流を用いた溶接条件でアーク溶接することを特徴とする消耗電極式多層アーク溶接方法
【請求項2】
前記定電圧の溶接条件によるアーク溶接は、初層から4層目までであることを特徴とする請求項1に記載の消耗電極式多層アーク溶接方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2011−224617(P2011−224617A)
【公開日】平成23年11月10日(2011.11.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−96815(P2010−96815)
【出願日】平成22年4月20日(2010.4.20)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】